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名古屋での各界代表者との懇談における総裁挨拶要旨

2006年11月28日
日本銀行

目次

はじめに

 日本銀行の福井でございます。中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚くお礼申し上げます。

 本日は、最近の経済・物価情勢や金融政策運営に関する基本的な考え方、そして金融システム面の課題などについて、お話したいと思います。

経済・物価の現状と先行き

 わが国経済は、緩やかに拡大しています。当地の景気についても、製造業を牽引役に拡大を続けており、全国対比でみても良好な状態にあるとみています。今回の景気回復は2002年1月に始まり、今月で4年10か月を迎える長期の拡大を続けています。先行きも、息の長い拡大を続けるとみています。

 最近の経済指標をみると、家計調査や機械受注など弱めの指標が続いた後、7~9月期のGDP速報値が前期比年率+2.0%と市場予想比強めとなるなど、強弱双方の指標が混在しています。そうした中、市場の景況感も振れやすくなっているように窺われます。重要な点は、こうした指標が全体として、経済・物価の基調を形成するメカニズムの変化を示唆しているのかどうかを判断していくことです。

 日本銀行では10月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の中で、先行き2年程度を展望した「経済・物価情勢の見通し」を示しました。そこでは、わが国経済は、内需と外需がともに増加し、好調な企業部門から家計部門への波及が進むもとで、息の長い拡大を続ける可能性が高いと評価しました。その後、先程述べたような強弱双方の経済指標が出ていますが、いずれも、こうした経済のメカニズムが変わったことを示唆するものではないと考えています。この点は、引き続き、各種の経済指標やミクロの情報などを、丹念に分析し、冷静に判断していきたいと思います。

 その際、ポイントとなる点をいくつかお話したいと思います。まず、世界経済、特に米国経済の動向です。米国経済は、7~9月期のGDP速報が前期比年率+1.6%成長となるなど、住宅投資の減少から足もと減速しています。これまでのところ、高水準の企業収益を背景に設備投資が増勢を維持しているほか、個人消費も、雇用者所得の増加やガソリン価格の下落に支えられて、増勢鈍化のペースは緩やかなため、先行きについては、安定成長に軟着陸していく可能性が高いと考えています。もっとも、住宅価格の調整がどの程度のものになるのか、そしてそのことが個人消費に影響を及ぼすかどうか、といった点は、IT産業をはじめとするわが国の生産や輸出にも影響を与えうる要因であるだけに、引き続き注目していく必要があると思っています。同時に、米国の資源稼働率が高いことを考えれば、インフレ予想が高まる可能性などアップサイドのリスクにも注意する必要があると考えています。

 ただ、世界経済全体としてみれば、中国が力強い拡大を続け、ユーロエリアでも景気回復の動きがより確かなものとなっています。また、中東などの産油国でも好況が続いています。米国経済の多少の減速があったとしても、他の地域の拡大で補い、世界経済全体としては拡大を続けていく可能性が高いと思っています。

 次に、企業部門の好調が続くかどうかという点です。企業収益は、中間決算をみても高水準が続いており、設備投資も増加を続けています。先行指標である機械受注は、7~9月期には大幅に減少しましたが、これには、前期に大きく増加した反動の面があるほか、携帯電話の受注減が大きく寄与している模様であり、設備投資の基調の変化を示すものとは、考えておりません。日銀短観や各種の中小企業向けの調査を見ても、収益の好調と設備投資の増加という傾向は明確です。なお、日本銀行は設備投資の現状を過熱とみているわけではありません。最近の設備投資の増加の背景には、高成長を続ける世界の市場を意識した企業の戦略があり、企業は投資採算を厳しく見定める姿勢を堅持していると考えています。ただ、極めて緩和的な金融環境が続いていることを考えると、設備投資の行き過ぎが生じ、資本ストックが過剰に積み上がってしまうようなことがないか、リスク要因のひとつとして意識しておく必要があると考えています。いずれにしても、企業部門の動向については、来月公表される短観などを通じて、再確認したいと思っています。

 3つめは、企業部門から家計部門への好影響の波及がどう進むかという点が重要です。企業活動の活発化を受け、雇用者数は前年比1%台のペースで増加を続けています。一人当たり賃金をみると、所定内給与は前年比ゼロ%近傍の動きとなっていますが、特別給与や所定外給与を中心に緩やかに増加しています。そうしたもとで、個人消費は、サービス関連支出や耐久財消費を中心に増加基調を続けています。7~9月期のGDP速報では、個人消費が前期比−0.7%と減少しましたが、これには、基礎統計である家計調査の消費支出が大幅に減少したことが影響しているとみられます。家計調査は、販売統計など他の消費関連統計に比べかなり弱い数字となっている点には留意が必要です。ただ、この点を割り引いたとしても、7~9月の個人消費の動きが弱めであったことは確かであり、これが天候不順やたばこ増税といった一時的要因によるものであったかどうか、秋以降の個人消費の動きをよくみていきたいと思います。

 最後にこの点に関連して、賃金と物価の動きが大事な注目点です。日本銀行としては、需給ギャップの需要超過幅が緩やかに拡大し、また、ユニット・レーバー・コスト(生産1単位当たりの人件費)からの物価押し下げ圧力が和らいでいく中で、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比のプラス幅は次第に拡大していくと考えています。

 もっとも、過去の経験則とは異なり、景気拡大の長期化にもかかわらず、生産性の上昇が継続し、賃金の上昇が遅れる場合には、物価が上昇しにくい状態が続くことも考えられます。これまでのところ、労働需給が着実に引き締まってきているにもかかわらず、賃金の上昇が緩やかなものにとどまっているのは、グローバルな競争環境のもとで企業サイドが人件費抑制姿勢をなかなか緩めない一方、労働者サイドでも過去の厳しい労働環境の経験から、賃上げよりも安定的な雇用を志向する面がなお残っていることが影響していると考えられます。もっとも、わが国の15歳以上人口が頭打ちとなる一方で、雇用者数は着実な増加を続けています。今後も、景気が拡大を続ける中で雇用者数の増加が続いていけば、マクロ的な労働需給の引き締まりは避けられません。こうしたもとでは、所定内給与を含め、賃金に徐々に上昇圧力がかかってくると考えるのが自然です。ただ、これがどの時点で生じるかは明らかではなく、賃金の動向や物価の基調的な動きについては、引き続きよくみていきたいと思います。

金融政策の運営

 以上のような経済・物価情勢の判断を踏まえて、金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。

 先行きの金融政策の運営方針については、展望レポートで示した「経済・物価情勢の見通し」に沿って、経済・物価が推移していくと見込まれるのであれば、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境を当面維持しながら、経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えられます。これまで繰り返し申し述べてきているとおり、金利の調整はゆっくりと進めていくということです。このことは、決して景気拡大の芽を摘むものではなく、むしろ息の長い拡大を実現していくことにつながるものです。

 具体的な時期については、毎回の金融政策決定会合で、経済・物価情勢を丹念に分析し、委員間で十分議論を尽くした上で決定していきます。その際には、個々の指標や様々な情報を、展望レポートで示した経済・物価のメカニズムに即してしっかりと点検し、経済・物価が見通しに沿って展開していくと見込まれるかどうかを、確認していきたいと考えています。

金融システム面の課題

 次に金融システム面について申し述べます。

 90年代のバブル崩壊以降、わが国金融機関は不良債権問題の処理に長い時間を要しましたが、最近では不良債権比率が低下し、この問題をほぼ克服しました。こうしたなかで金融機関の自己資本の回復も進み、わが国金融システムは全体として安定性を取り戻しています。

 こうしたもとで、金融機関の間には、多様な金融サービスの開発、提供に努め、顧客ニーズに一層きめ細かく対応していく動きが広がっています。たとえば、銀行窓口では、伝統的な預金商品に加えて投資信託、年金保険など幅広い品揃えが用意され、取扱いも増加しています。住宅ローンも、商品設計に様々な工夫がほどこされ、銀行貸出全体に占める割合は90年代の10%前後から最近では25%程度まで拡大しています。また、法人貸出の形態も多様化しています。シンジケート・ローンが増加しているほか、中小企業向けにも、クレジット・スコアリング・モデルと呼ばれる統計的な審査手法を用いて、小口の無担保ビジネスローンを提供する動きがみられています。

 このように、金融機関は、不良債権問題の克服と併行して、創造的な業務展開を行う体制を整えてきました。ただ、これを軌道に乗せていくためには、金融機関は、それぞれのビジネスラインがもつリスクを的確に分析・把握し、これをコントロールしていく力が不可欠となります。具体的には、近年急速に開発の進んだ高度なリスク管理手法を参考にしながら、それぞれのビジネスの実情に即す形で、信用リスクや市場リスク、業務リスクといった様々なリスクを適切に管理し、経営の安定と収益力の強化につなげていくことが課題となります。

 金融機関が多様な金融サービスの提供と高度なリスク管理技術を競い合えば、個々の金融機関の付加価値創造力が高まるだけでなく、金融市場全体の機能が向上し、金融システムの安定も一段と増すことになります。金融市場の機能向上は、企業の皆様方にとってもたいへん重要です。金融市場を通じて、より効率的な資金調達や資金運用が実現するだけでなく、最近わが国でも活発化してきた事業の再構築やバランスシートの調整を円滑に進めることができるようになります。米国経済は、近年、長期にわたる繁栄を続けていますが、これには、情報通信技術の革新に伴う生産性の向上に加えて、金融市場の深化・拡充が企業経営の柔軟性を高めたことも寄与しています。わが国経済の活性化にとっても、金融機関の経営力強化と金融市場の一段の整備が不可欠と言えましょう。

 私ども日本銀行としても、考査やモニタリング、各種セミナーなどを通じて、金融機関の経営力強化に向けた前向きな取組みを積極的にサポートして参ります。こうした活動を通じて、金融機関による新しい金融サービスの開拓・提供に向けた動きを支援し、地域経済の一層の発展にも貢献できればと考えています。

おわりに

 当地は、「ものづくり」の強さを活かして、グローバルな競争を勝ち抜き、日本経済を牽引する地域となっています。今後、わが国経済が持続的な発展を遂げるうえでは、民間部門の自律性に根ざした創意工夫が何よりも重要です。そうした意味でも、当地の一層の躍進を期待しております。

 ご清聴ありがとうございました。

以上