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わが国経済の展望と金融政策

内外情勢調査会における福井総裁講演要旨

2007年5月10日
日本銀行

目次

 日本銀行の福井でございます。本日は、多くの皆様の前でお話する機会を賜り、厚く御礼申し上げます。

 昨年5月に本席でお話致しましたが、それ以降も、わが国経済は、緩やかな拡大を続けています。日本銀行では、わが国経済の先行きについて、年2回、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を公表し、説明することとしています。先月末に公表した展望レポートでは、先行き2008年度までの2年間について、わが国経済は潜在成長率を幾分上回るペースで息の長い拡大を続けるという見通しを示しました。本日は、展望レポートで示した分析結果も踏まえて、経済・物価情勢に関する見方と、そのもとでの金融政策運営の基本的な考え方について、お話したいと思います。

世界経済の動向

 まず、わが国の経済展望の前提として、世界経済の状況についてお話します。世界経済は、現在、地域的な拡がりを伴って拡大しており、先行きも拡大を続けるとみています。米国では、足もと住宅市場の調整が続いていることなどから、景気拡大のテンポが鈍化していますが、先行きについては、家計支出を中心とした調整過程が一巡するにつれて、次第に潜在成長率近傍の成長パスに軟着陸していく可能性が高いと考えています。ユーロエリアでは、これまでの生産の増加と企業収益の改善が、設備投資や個人消費の回復につながり、景気回復はしっかりとしたものとなっています。また、東アジアをみると、中国では、輸出、設備投資がともに高い伸びを示しており、力強い景気拡大が続いています。NIEs、ASEAN諸国・地域では、輸出の増勢が一服していますが、内需の堅調さが持続していることから、総じてみれば緩やかな拡大が続いています。このように世界経済がバランスがとれた形で堅調な拡大を続けるという見方は、先月のG7でも共通の認識となりました。

日本経済の現状

 総じて良好な世界経済環境のもとで、わが国経済は、緩やかな拡大を続けています。輸出は、米国向けにやや弱めの動きもみられますが、海外経済が全体として拡大を続ける中で、堅調な増加を続けています。国内面をみると、企業収益が高水準を維持する中、設備投資は増加を続けています。企業の生産活動は、昨年10~12月期に自動車関連を中心に高い伸びとなった反動から、1~3月期には減産となりましたが、均してみれば、前期比1%程度のペースで増加を続けています。

 この間、家計部門では、所定内給与を中心に一人当たり賃金がやや伸び悩んでいますが、雇用者数の増加に支えられて、雇用者所得は緩やかな増加を続けています。また、株式配当などの財産所得も増えています。こうしたもとで、個人消費は、昨年夏場にかけて天候要因や新製品発表前の買い控えなどから伸び悩む局面もみられましたが、最近では再び伸びを取り戻しています。

 このように、わが国経済の現状については、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポがやや緩慢ではありますが、全体としてみれば、緩やかに拡大していると考えています。

 物価面をみると、国内企業物価は、3か月前対比でみて、このところ横這い圏内の動きとなっています。また、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比も、原油価格反落の影響などから、足もとゼロ%近傍での推移となっています。

今次景気拡張局面の特徴

 足もとの経済の動きは概略只今述べたとおりですが、次に、先行きの経済を展望する上で、今回の景気拡張局面がどのような特徴を持つものであるのか整理してみたいと思います。今回の景気拡張局面は2002年1月に始まりましたが、これまでの最も大きな特徴は、グローバル化が進行する中での経済成長であるということです。設備・雇用・債務面の過剰の調整を進め、競争力を回復した企業は、折からの海外経済の拡大と国際分業体制の深化を背景に、仕向け地域の裾野を拡げつつ、幅広い財——資本財・部品や自動車、情報関連や消費財など——で輸出を増加させてきました。また、グローバル市場での業績拡大は、企業からみた先行きの期待需要成長率を高めることとなり、企業の設備投資の積極化を促してきました。

 こうした形の経済成長は、成長の果実の家計部門への分配のあり方にも影響を与えています。グローバル化の進展に伴い競争が激化する中で、資本市場からの規律強化も影響して、企業の利益還元の仕方が変化しました。企業は、不確実性の高い競争環境下において、固定的なコストの増加を極力抑制しており、賃上げ、特に所定内給与の引き上げには慎重な姿勢を堅持しています。労働者側でも、過去の厳しい雇用環境の記憶とグローバルな競争の現実を前に、賃上げよりも雇用の安定を優先してきたように思います。このため、企業部門で高水準の収益が続くもとでも、賃金の増加は緩やかなものに止まっています。

 グローバル市場へのアクセスが相対的に少ない企業、すなわち、非製造業においても、厳しい市場環境に直面していることに変わりはありません。非製造業においては、規制緩和の進展が新規参入などを通じて供給圧力を高める一方で、公共支出の削減が需要の減少要因となっています。かつてに比べ賃金の業績連動の傾向が強まる中、非製造業の賃金の増加は、企業収益の状況を反映して、製造業に比べて緩やかになっています。

 このように厳しい環境の中で競争力を維持するため、企業は、人件費抑制姿勢を続けています。このため、家計部門の回復は企業部門の好調さから人々が連想するよりも遅れていると思われます。

 今回の景気拡張局面のこうした特徴は、物価を巡る環境にも影響を与えている可能性があります。まず、厳しい市場環境のもとで、企業は賃金の抑制に努めるとともに、生産性上昇にも取り組んできた結果、物価上昇圧力が抑制されてきたとみられます。また、グローバルに活躍する企業を中心とした企業部門が経済成長の牽引役であり、企業部門から家計部門への波及テンポがやや緩慢であることを踏まえると、消費財・サービスを巡る需給環境の改善の度合いは、経済全体の需給環境の改善に比べて緩やかなものになると考えられます。すなわち、需要面をみると、家計部門への所得波及がやや緩慢なもとでは、消費需要の伸びも緩やかになると思われます。一方、供給面をみると、グローバル化に伴う海外市場からの輸入増加は、規制緩和による新規参入などの影響とも相まって、供給圧力を高める方向に作用しています。実際、需給環境を評価する指標の一つとして、短観における設備判断と雇用人員判断の加重平均値を用いて、全産業ベースの企業の判断と小売業やサービス業などの消費関連部門における企業の判断とを比較してみると、消費関連部門における企業の判断の改善ペースがより緩やかとなっています。近年、設備や労働といった資源の稼働状況の高まりあるいは需給ギャップの変化に対する消費者物価の感応度が低下傾向にありますが、その背後には、規制緩和や技術進歩の影響に加え、こうしたグローバル化の影響があると思われます。

 今回の景気拡張局面のもう一つの特徴は、この間、極めて緩和的な金融環境が続き、民間需要を後押ししていることです。設備投資の増加の背景には、先ほど述べました、グローバル市場の拡大と過剰設備の調整進捗に加えて、緩和的な金融環境もあります。金利は、経済や物価との関係でみて、かなりの低水準で推移しています。例えば、実質成長率と実質短期金利を比べてみますと——実質金利を計算するに当たっては期待インフレ率をどうおくかという論点はありますが、一つの方法として、その時々の消費者物価を用いて実質化するとすれば——、この間、2%程度の成長が続く一方で、実質短期金利は0~0.5%程度で推移してきました。金融機関は、財務面の改善によるリスクテイク能力の拡大を背景に、積極的な貸出姿勢を続けており、銀行貸出は増加してきています。このように、金利と資金のアベイラビリティの両面で金融環境は緩和的な状態が続いています。また、為替相場は、実質実効レートでみて、プラザ合意後の最安値圏で推移しており、企業の輸出増加に寄与してきたと言えます。大都市部を中心に、地価の上昇地点が拡がってきているなど、資産価格が上昇していることも、民間需要を増加させる方向に作用していると考えられます。

日本経済の先行き

 以上のような現状認識を踏まえ、わが国経済の先行きについてお話します。先行き2008年度までを展望しても、わが国経済は、潜在成長率を幾分上回る2%程度の成長を続ける可能性が高いとみています。今申し述べた2つの特徴、すなわち、グローバル市場の拡大と緩和的な金融環境は、今後も続くと考えられ、これらを背景として、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが維持されると考えているためです。

 まず、企業部門をみますと、輸出が引き続き増加し、高水準の企業収益が維持されるもとで、設備投資の増加傾向が続くとみられます。3月短観における2007年度設備投資計画をみても、当初計画としてはしっかりとした内容になっています。次に、家計部門についてみると、好調な企業部門からの所得波及が緩やかながらも着実に進み、家計の支出は緩やかな増加基調を辿ると予想されます。企業の人件費抑制姿勢は続くとみられますが、人手不足感が今後とも高まっていくもとで、賃金への上昇圧力は次第に高まっていくと考えられます。実際、派遣労働者やアルバイトの賃金が上昇していることに加え、久方ぶりに新卒者の初任給引き上げも拡がりをみせています。また、今春の賃上げ交渉をみると、労働者側が従来に比べ要求圧力を強めており、企業側も、コスト抑制姿勢は維持しつつも、ある程度の賃上げに応じる結果になっています。企業側からしても、長期的な競争力をもたらす付加価値創造力や品質管理能力を維持・向上させていく観点から、良い人材を確保しておきたいという意向が今後より働いていく可能性があります。このように、雇用者数の増加に、賃金の上昇も加わっていけば、雇用者所得の増加はよりしっかりとしたものになっていくと考えられます。このほか、家計が株式を組み込んだ投資信託などの資産運用を増加させているもとで、株式の配当増加などにより、家計部門の財産所得も引き続き増加していくとみられます。さらには、退職を始めている団塊世代が、退職金やこれまでの蓄えを活かし、どのような支出行動をとるかも注目されます。このように、様々なルートを通じて家計部門への波及が進むもとで、個人消費は緩やかな増加基調を辿ると考えられます。

 こうした中、物価を巡る環境も徐々に改善していくとみられます。先行き2年間についても潜在成長率を上回る成長が続くとすれば、設備や労働といった資源の稼働状況はさらに高まっていきます。需給ギャップで言えば、引き続き需要超過方向で推移していくということです。消費財・サービスを巡る需給環境も、家計部門への所得波及がさらに進んで行く中で改善し、消費者物価に上昇圧力をもたらしていくと考えるのが自然です。また、ユニット・レーバー・コスト(生産1単位当たりの人件費)については、これまでのところは、賃金の上昇率がゼロ%近傍で推移するもとで引き続き下がっていますが、先行き、賃金が緩やかながらも上昇していくと予想されるもとで、下げ止まりから若干の上昇に転じていく可能性が高いと考えています。民間経済主体のインフレ予想をみると、既往の石油製品価格の下落の影響などから全般に下振れていますが、引き続き先行きにかけて物価が緩やかに上昇していくことが予想されています。

 こうした点を踏まえると、消費者物価の前年比は、原油価格の動向にもよりますが、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみられます。もっとも、グローバル化の進展や規制緩和などを背景に、需給ギャップに対する物価の感応度が低下していることを踏まえますと、上昇のペースは緩やかなものとなると考えられます。年度ベースで言えば、2007年度がごく小幅のプラス、2008年度が0%台半ばを予想しています。

経済情勢に関する上振れ・下振れ要因

 以上、私どもが最も蓋然性が高いと考える見通しについてご説明しました。もっとも、経済は様々なリスク要因に常に晒されており、リスク要因の顕現化によって、見通しのとおりにならない可能性も十分に考慮しておく必要があります。

 4月の展望レポートでは、景気の先行きを巡る上振れ・下振れ要因として、海外経済の動向、IT関連財の需給動向、そして金融・経済活動の振幅の拡大を指摘しました。

 まず、海外経済の動向について、見通しでは、地域的な拡がりを伴って拡大を続けると想定しています。もっとも、米国については、サブプライム住宅ローンの問題を含め、住宅市場の調整が続いているほか、設備投資の先行指標の一部に弱めの動きがみられます。住宅市場の調整が想定以上に深刻なものとなったり、設備投資が下振れた場合には、景気は一段と減速する可能性があります。一方で、米国では、資源の稼働状況が高水準であるもとで、コアの消費者物価はやや高止まっており、インフレ圧力が予想以上に持続するリスクもあります。仮にインフレ圧力が抑制されない場合には、長期金利や為替相場などの反応を介して、米国のみならず、世界の金融市場や経済に悪影響が及ぶリスクがあります。中国では、固定資産投資や輸出を中心に景気の上振れリスクを抱えています。こうしたリスクを上手く抑制しつつ、北京五輪後も含めて、安定成長を実現できるかどうかが注目されます。

 次に、IT関連財については、現在在庫調整が継続していますが、これは主として国内の局所的な要因、すなわち、携帯電話関連などで国内向け製品に関する在庫・出荷バランスの改善が遅れていることによるものと考えられます。世界全体のIT関連需要は、BRICs等の新興国市場の急成長もあって、拡大傾向を辿っているため、基本的には、在庫調整は本年半ば以降には一巡すると考えています。もっとも、この分野は供給の拡大ペースが速いので、例えば、海外経済における景気減速リスクが顕現化し、需要予測が大きく下方修正されるような場合には、在庫調整圧力が一段と高まる可能性もあります。

 3つ目のリスク要因は、金融環境などに関する楽観的な想定に基づいた金融・経済活動の振幅の拡大です。企業や金融機関の財務体質が改善している一方で、実質金利は極めて低い水準にあることから、金融・経済活動が積極化しやすい局面にあります。為替相場は、実質実効レートでみて、プラザ合意後の最安値圏で推移しているほか、3月に公表された公示地価で東京都、大阪府の商業地が前年比2桁の上昇を示したことにも表れているように、大都市における地価の上昇傾向が明確化してきています。こうした為替相場や資産価格の動きも、企業や金融機関の行動を活発化させる方向に作用すると考えられます。仮に期待成長率や資金調達コスト、為替相場や資産価格の見通しなど、先行きの採算に関する楽観的な想定に基づいて金融・経済活動が積極化する場合には、金融資本市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、結果的に非効率な経済活動に資金や資源が使用され、長い目でみた資源配分に歪みが生じる可能性があります。このような行動は、短期的には景気や資産価格を押し上げることがあっても、その後の反動を余儀なくされ、息の長い成長を阻害する可能性があります。

物価情勢に関する上振れ・下振れ要因

 以上のような経済の上振れ・下振れ要因が顕現化した場合には、物価にも影響する可能性がありますが、このほか、物価独自の上振れ・下振れ要因もあります。展望レポートでは、需給ギャップに対する物価の感応度、原油をはじめとする商品市況の動向を挙げています。

 需給ギャップに対する物価の感応度は、近年、経済のグローバル化などの影響により低下傾向にあり、この点は先ほど述べた物価見通しにおいても、踏まえていますが、そうした想定以上に物価の感応度が低い可能性もあります。景気拡大が長く続く中にあっても、賃金の上昇テンポが生産性との対比で高まっていかないような場合には、コスト面から物価へ下押し圧力が残ることになります。また、賃金の上昇テンポが下振れるなどして企業部門から家計部門への波及が想定以上に遅れる場合には、需給ギャップのタイト化ほどには消費財・サービスを巡る需給環境が改善しないことにもつながります。このような場合、経済情勢が改善しても、物価はそれほど上昇しない状況が続くことも考えられます。

 一方、潜在成長率を上回る成長が2008年度まで持続すれば、設備や労働といった資源の稼働状況は一段と高まり、需給ギャップは引き続き需要超過方向で推移していくと考えられます。資源の稼働状況、特に労働の不足感が一段と高まる中で、これまで低位で安定してきたインフレ予想が上昇する可能性があります。また、企業の人件費抑制姿勢についても、基本的には維持されると思いますが、人材確保の観点から変化していく可能性があります。こうした場合には、物価に上振れ圧力が加わることも考えられます。

 また、原油をはじめとする国際商品市況については、地政学リスクなどの要因によって、上下双方向に大きく振れる可能性があります。そうした場合、国内企業物価や消費者物価にも大きな影響を与えることになりますので、その動向をよくみていく必要があります。

金融政策運営

 次に、以上述べた経済・物価の見通しや、これが上下に振れる可能性を踏まえて、日本銀行が金融政策をどのように運営していくか、お話したいと思います。

 日本銀行は、昨年3月、量的緩和政策を解除した際に、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入しました。これは、(1)「中長期的な物価安定の理解」を公表し、(2)こうした「理解」を念頭においた上で、経済・物価情勢について2つの「柱」による点検を行い、(3)先行きの金融政策運営の考え方を示す、というものです。

 「中長期的な物価安定の理解」とは、金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率のことです。各政策委員は、これを念頭においた上で、わが国経済が物価安定のもとで持続的な成長をしていくかどうかを判断し、それをもとに政策判断を行います。この「理解」は、原則としてほぼ1年毎に点検していくこととしており、先月末の金融政策決定会合において、この作業を行いました。まず、出発点として、物価安定についての基本的な考え方を検討し、(1)「物価の安定」とは、家計や企業など様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況であること、また、(2)金融政策の効果の波及には長い時間がかかり、短期的な物価の変動を全て吸収しようとすると経済の変動がかえって大きくなるため、十分長い先行きの経済・物価の動向を予測しながら、中長期的にみて「物価の安定」を実現するように努めていくこと、などが再確認されました。

 さらに、「中長期的な物価安定の理解」を考える際の考慮点として、(1)消費者物価指数には計測誤差——すなわち「バイアス」——があるが、これをどの程度と考えるか、(2)デフレ・スパイラルの可能性がある場合には、そのリスクに備えてある程度の物価上昇を容認する——すなわち「のりしろ」を持つ——ことが考えられるが、どの程度と考えるか、(3)物価が安定していると家計や企業が考える物価上昇率──すなわち「国民の物価観」──に変化はないか、といった点について検討しました。まず、消費者物価指数の「バイアス」については、昨年の基準改定を踏まえても、引き続き、大きくないと考えられます。また、「のりしろ」に関しては、企業部門の体力や金融システムの頑健性が高まっていることから、デフレ・スパイラルのリスクはさらに小さくなっていると考えられます。さらに、物価はあまり変動しておらず、物価が安定していると家計や企業が考える物価上昇率には大きな変化はないとみられます。

 こうした検討結果を踏まえ、「中長期的な物価安定の理解」は、これまでと同様、消費者物価指数の前年比でみて0~2%程度の範囲内にあり、政策委員毎の中心値は、大勢として、概ね1%前後で分散していることを確認しました。

 次に、2つの「柱」による点検とは、先行きの経済・物価情勢について、標準シナリオとリスクという2つの観点から情勢判断を行うというものです。

 第1の柱では、先行き2年程度——今回は2008年度までの——経済・物価情勢について最も蓋然性が高いと判断される見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長といえるものかどうか点検しています。

 2008年度までを展望すると、先ほど述べたとおり、景気については、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが維持されるもとで、息の長い拡大が続くとみられます。また、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比については、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみられます。こうした動きは、政策委員が念頭においている「中長期的な物価安定の理解」に沿ったものと評価できます。このように、わが国経済は、2008年度までを展望して、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高いと判断されます。

 こうした見通しは市場や企業が先行きの政策変更を織り込んだ上で意思決定していることを前提としたものです。したがって、経済・物価が今後とも見通しに沿った動きを続けていくためには、政策金利水準の調整を行っていくことが必要となってくると考えられます。ただ、必要な調整のペースは、今後の経済や物価情勢の改善度合いに応じて、決まってくるものであり、予めそのスケジュールが決まっているものではありません。

 次に、第2の柱では、第1の柱よりも長期的な視点も踏まえつつ、金融政策運営の観点から重視すべきリスクを点検します。特に、このリスク点検では、確率は高くなくとも、仮にそれが発生した場合に生じるコストも意識することにしています。こうした観点からは、アップサイド、ダウンサイド双方のリスクに注意を払う必要があります。まず、アップサイドのリスクについては、先行き、経済・物価情勢の改善が展望できる状況において、金融政策面からの刺激効果が一段と強まることのリスクに注意する必要があります。例えば、仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、そうした期待を前提として、企業や金融機関などの行き過ぎた活動が生じる可能性があります。その結果、中長期的にみて、経済活動や物価上昇率の振幅が大きくなったり、資金や資源の配分に歪みが生じるリスクがあります。

 一方、ダウンサイドのリスクとしては、先ほど述べたような下振れリスクが顕現化するような場合には、経済情勢の改善が足踏みするような局面も考えられます。また、経済情勢の改善にもかかわらず、物価が上昇しない状況が続く可能性もあります。ただし、先ほども述べたように、わが国の企業部門の体力や金融システムの頑健性は高まっており、物価下落と景気悪化の悪循環のリスクが再燃する可能性はさらに小さくなっていると考えています。

 こうした見通しとリスクの点検結果を踏まえた上で、金融政策運営については、昨年3月に量的緩和政策を解除して以降行ってきた金融政策運営の基本的な考え方を維持することとしました。日本銀行は、昨年7月と本年2月に政策金利水準の調整を行いました。その背景となった情勢判断を一言で言えば、経済・物価情勢の先行きを展望して、(1)景気面では、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが働き、息の長い成長が続くとみられる、また、(2)物価面では、消費者物価は長い目でみると緩やかに上昇し「中長期的な物価安定の理解」に沿って推移する蓋然性が高い、ということです。こうした情勢判断に基づいて、「経済・物価情勢の変化に応じて、徐々に金利水準の調整を行う」という考え方を実践してきたということです。物価上昇圧力が弱いもとで、調整のペースはゆっくりとしたものであり、極めて低い金利水準による緩和的な金融環境が維持されました。今後の金融政策運営においても、こうした基本的な考え方を維持致します。すなわち、「中長期的な物価安定の理解」に照らして、わが国経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えています。

おわりにかえて

 最後に、金融政策運営に関する情報発信について一言申し述べます。日本銀行としては、引き続き「新たな金融政策運営の枠組み」に沿って、展望レポートなども活用しながら、日本銀行の経済・物価情勢に関する見方とそれを踏まえた金融政策運営の基本的な考え方について、丁寧な説明を心掛けて参る所存です。

 この点に関連して、具体的な政策変更のスケジュールに関する情報の発信を期待する声に接することがありますが、そうした情報を発信することは、可能であるとも、適当であるとも考えていません。日本銀行が発信すべき情報は、(1)経済・物価情勢に関する判断と(2)金融政策運営の基本的な考え方の2つです。市場参加者はそうした情報を踏まえた上で、自らの経済・物価観に照らして取引を行い、市場金利を形成する、日本銀行は、形成された金利から市場参加者の経済・物価観についての情報を得て、自らの情勢判断に役立てていく、こうした双方向のやり取りが重要だと考えています。中央銀行が具体的に政策変更のスケジュールを示してしまった場合、市場参加者はそれぞれの経済・物価観にかかわらず、中央銀行の発信にしたがった取引を行うことになってしまいます。市場が十分に価格発見機能や効率的な資源配分機能を発揮するためにも、中央銀行の情報発信が今申し上げたような形で行われることが必要だと考えられます。日本銀行としては、引き続き適切な金融政策運営を行うことを通じて、わが国経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していけるよう、貢献して参りたいと考えています。ご清聴ありがとうございました。

以上