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最近の金融経済動向と金融政策運営について

JCIF国際金融セミナーにおける武藤副総裁講演要旨

2007年7月3日
日本銀行

目次

1.はじめに

 日本銀行の武藤です。JCIF国際金融セミナーにおいてお話する機会を頂き、大変光栄に存じます。

 本日は、はじめに、経済・物価動向の現状と先行きに関する私どもの見方をお話し、次に、最近の日本銀行の金融政策運営について、情報発信のあり方に関する論点も交えながら、お話したいと考えております。

2.経済・物価情勢の現状と先行き

(景気の現状と先行き)

 まず、景気の現状についてですが、わが国経済は、緩やかに拡大しています。外部環境をみますと、世界経済は、地域的な拡がりを伴って堅調に拡大しています。国際通貨基金(IMF)では、世界経済は、昨年中5%強の成長を遂げ、本年、来年も5%近い成長を続けると予想しています。こうした海外経済の拡大を背景に、輸出は増加を続けています。米国向けの輸出は現地経済の減速を受けてやや弱い動きとなっていますが、その他の地域向けは幅広い分野で増勢を続けています。

 国内面では、企業部門をみますと、高水準の収益が継続しています。昨日公表されました6月短観をみましても、売上高経常利益率は、製造業大企業を中心に、引き続きバブル期の水準を上回って推移する計画となっています。こうしたもとで、業況判断は、中小企業、特に中小・非製造業の改善が引き続き遅れ気味であるなど、業種や企業規模によるバラツキはありますが、全体として良好な水準にあります。金融環境の面では、企業の資金繰り判断DIが引き続き「楽である」超で推移するなど、緩和的な環境が維持されています。こうした中、本年度の設備投資計画は、年度入り後、次第に計画が固まってくる中で3月時点から上方修正され、+3.1%と5年連続の前年比増加を見込んでいます。

 次に、家計部門をみますと、企業活動の拡大に伴い、雇用者数は前年比1%程度のペースで増加を続けています。少子化のもとで15歳から64歳までの生産年齢人口は1%近く減少していることを考えるとかなり高い伸びです。不足分は、高齢者の再雇用や女性の労働市場への参入など、いわゆる労働参加率が高まる形で、まかなわれてきています。それでも、労働需給は次第にタイトになっており、短観など各種の企業アンケートでも、人手不足感が高まっていることが確認できます。6月短観の雇用人員判断は、春の新卒者入社直後という季節的要因もあって人手不足感が幾分和らぎましたが、水準としては、引き続きかなりの「不足」超となっています。完全失業率(季節調整値)をみても、4、5月は3.8%と、約9年振りに4%を下回る水準まで低下しています。

 一方で、一人当たりの賃金は伸び悩んでいます。企業の人件費抑制姿勢が引き続き根強いことに加え、団塊の世代の退職に伴って、相対的に給与の低い若年層に振り替わっていることや、再雇用やパートなど労働時間の短い雇用形態が増えていることなどが影響しているように思われます。さらに、地方自治体による公務員給与の削減も、教育や医療分野などでの賃金の弱さにつながっている面があると考えられます。先行きについては、企業の人件費抑制姿勢は続くとみられますが、人手不足感が今後とも高まっていくもとで、次第に、賃金への上昇圧力は高まっていくと考えられます。雇用者数の増加と併せて、雇用者所得は緩やかな増加を続けるとみています。

 こうしたもとで、個人消費は、昨年夏場には弱めの動きもみられましたが、その後持ち直し、底堅く推移しています。雇用者所得の増加に加え、株式配当などの財産所得の増加や団塊世代への退職金支払なども、家計所得を支える要因になると考えられます。先行きの個人消費については、目立って高い伸びは期待できないとしても、緩やかな増加を続けるとみています。

 このように、わが国経済は、企業部門の好調さに比べて、家計部門の回復がやや緩慢でありますが、全体として、緩やかな拡大を続けています。先行きについても、海外経済の拡大と緩和的な金融環境が続くもとで、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが維持され、息の長い成長が続くと考えています。成長率の水準は、4月の展望レポートでは、今年度、来年度ともに、わが国経済の潜在成長率——設備や労働といった資源を長期的にみて平均的な水準まで稼働させた時に達成される経済成長率であり、日本銀行では、現在は1%台半ばから後半と推計しています——を幾分上回る2%程度とみています。

(物価の現状と先行き)

 物価面をみると、国内企業物価は、国際商品市況高などを背景に、3か月前比でみて上昇を続けています。一方、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、このところゼロ%近傍で推移しています。

 景気拡大が続いている中でも、消費者物価の上昇圧力が抑制されている背景には、グローバル化や規制緩和などによる、厳しい競争環境があると考えられます。

 今回の景気拡大は、グローバル市場で好業績を上げる企業に牽引されたものですが、そうした企業であっても、人件費の低い新興国企業との競合や資本市場からの規律強化を背景に、生産性上昇に努めるとともに、人件費の抑制姿勢を堅持しています。また、グローバル市場へのアクセスが相対的に少ない企業、例えば、非製造業の分野でも、規制緩和や業界再編が進む中で、公共支出の削減や販売管理費などの経費節約による法人需要の伸び悩みもあって、厳しい競争環境にあります。

 また、企業は、90年代以降、こうした競争環境の変化への対応と同時並行的に、いわゆる3つの過剰など構造的な問題の調整を進めてきました。その過程での厳しい雇用環境の経験から、労働者の側でも、賃金よりも雇用を優先する姿勢が強まりました。現在、企業はむしろ人手不足状況にありますが、労使双方が競争環境の厳しさを強く認識している中で、こうした労働者の姿勢や企業の人件費抑制姿勢は根強く残っています。

 緩やかとはいえ息の長い成長が続き、人手不足感が強まっているのに、賃金が上がらない背景には、こうしたグローバル化や規制緩和などによる厳しい競争環境、そして、これらに対応する過程で根付いた企業と労働者の賃金に対する姿勢があるように思います。

 このことは、需給両面で消費者物価が上がりにくいことにもつながっています。供給面では、企業は、生産性との対比で賃金の上昇を抑制し、製品当たりのコストを下げることで、値上げを回避しようとしています。また、需要の面では、賃金が上がらず、家計への所得波及が緩やかなため、家計が購入する消費財やサービスの需要は緩やかにしか回復していません。

 こうした基本的な構図は容易に変わらないと思います。グローバル化はさらに進展していくと考えられますし、規制緩和や業界再編などを背景とした国内における競争環境の厳しさも続いていくと思われます。このことは物価や賃金が上がりにくい要因として働きつづけるとみられます。もっとも、今後とも景気の拡大が続いていけば、物価や賃金に対しても次第に上昇圧力が生じていくと考えるのが自然です。2008年度までを展望して潜在成長率を上回る成長が続くとすれば、設備や労働といった資源の稼働状況はさらに高まっていきます。また、人手不足感も、先行きさらに強まり、賃金に上昇圧力が加わると考えられます。その結果、家計部門への所得波及が進んで行けば、消費財・サービスを巡る需給環境も改善すると考えられます。

 こうした点を踏まえると、消費者物価の前年比は、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみられます。グローバル化などの要因が物価抑制圧力として作用するため急激に上昇することはないと思いますが、緩やかな上昇は展望できると考えています。4月の展望レポートでは、2007年度がごく小幅のプラス、2008年度が0%台半ばを予想しています。

3.経済・物価を巡るリスク要因

(景気面)

 以上のように、この先2年程度を展望した場合、わが国経済は、潜在成長率を幾分上回る2%程度の息の長い成長を続け、消費者物価は、目先はゼロ%近傍でも、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみています。これが最も蓋然性が高い見通しだと考えていますが、将来のことには当然不確実性がありますので、そうならない可能性も考えておく必要があります。ここでは、幾つかのリスク要因についてお話したいと思います。

 一つ目のリスク要因は、海外経済の動向です。今申し述べた見通しでは、海外経済は地域的な拡がりを伴って拡大を続けると想定しています。現在減速過程にある米国経済はソフトランディングし、また他の地域の拡大が米国の減速を補うということです。もっとも、米国経済については、住宅市場の調整の進捗度合いや設備投資の先行きを不安視する見方もあります。ここ数か月話題になっている低所得者層を対象にした住宅融資の延滞問題、いわゆる「サブプライム住宅ローン」の問題については、景気全体や金融システムに広範な影響を及ぼさないとの見方が強まりつつあるようですが、住宅市場の調整が想定以上に深刻なものとなったり、設備投資が下振れた場合には、景気は一段と減速する可能性があります。また、米国では、資源の稼働状況が高水準であるもとで、インフレ圧力が持続するリスクもあります。コアの消費者物価の伸び率をみると、このところ幾分低下していますが、依然やや高止まっています。仮にインフレ圧力が減衰しない場合には、長期金利や為替相場などの反応を介して、米国のみならず、世界の金融市場や経済に悪影響が及ぶリスクがあります。

 中国では、固定資産投資や輸出を中心に景気の上振れリスクを抱えています。中国人民銀行では、5月、人民元の対ドル直物レートの変動幅を拡大するとともに、預金・貸出の基準金利、預金準備率の引き上げを行いました。中国経済が景気上振れリスクを上手く抑制しつつ、安定成長を持続できるかどうかが注目されます。

 二つ目のリスク要因は、IT関連財について在庫調整が継続していることです。これは主として、携帯電話やパソコン関連などで国内向け製品に関する在庫・出荷バランスの改善が遅れていることによるものと考えられます。世界全体のIT関連需要は、BRICs等の新興国市場の急成長もあって、拡大傾向を辿っているため、基本的には、在庫調整は本年半ば以降には一巡していくと考えています。もっとも、この分野は供給能力の拡大ペースが速く、また、そうしたもとで稼働率の維持を優先する動きもみられることから、例えば、海外経済における景気減速リスクが顕現化し、需要が下振れる場合には、在庫調整圧力が一段と高まる可能性もあります。

 三つ目のリスク要因は、金融環境などに関する楽観的な想定に基づいた金融・経済活動の振幅の拡大です。企業や金融機関の財務体質が改善している中、実質金利は極めて低い水準にあることから、金融・経済活動が積極化しやすい局面にあります。仮に期待成長率や資金調達コスト、為替相場や資産価格の見通しなど、先行きの採算に関する楽観的な想定に基づいて金融・経済活動が積極化する場合には、金融資本市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、結果的に非効率な経済活動に資金や資源が使用され、長い目でみた資源配分に歪みが生じる可能性があります。このような行動は、短期的には景気や資産価格を押し上げることがあっても、その後の反動を余儀なくされ、息の長い成長を阻害する可能性があります。

(物価面)

 こうした景気を巡るリスクが顕現化した場合には、物価にも影響が及ぶとみられますが、物価自体に固有の上振れ・下振れ要因も考えられます。一つには、景気が拡大しても、物価が想定のとおりには上昇しないリスクです。先ほどお話したように、企業が厳しい競争環境に直面している中で、賃金がどのようなテンポで上昇していくかについては不確実性があります。また、家計部門への所得波及が想定以上に遅れる場合には、消費財・サービスを巡る需給環境があまり改善しないことにもつながります。

 一方、潜在成長率を上回る成長が2008年度まで持続すれば、設備や労働といった資源の稼働状況は一段と高まりますので、これまで低位で安定してきたインフレ予想が上昇する可能性があります。また、企業の人手不足感が高まっている中で、良い人材を確保しようとすれば、人件費抑制姿勢を変化させる可能性もあります。そのような状況では、労働者側の賃金に対する姿勢も徐々に変わっていくかもしれません。これらは、物価に上振れ圧力が加わることを意味します。

 また、原油をはじめとする国際商品市況については、地政学リスクなどの要因によって、上下双方向に大きく振れる可能性があります。そうした場合、国内企業物価や消費者物価にも大きな影響を与えることになりますので、その動向をよくみていく必要があります。

4.日本銀行の金融政策運営

 次に、日本銀行が金融政策をどのように運営していくか、お話したいと思います。

 日本銀行は、昨年3月、量的緩和政策を解除した際に、「新たな金融政策運営の枠組み」を導入しました。これは、(1)「中長期的な物価安定の理解」を公表し、(2)こうした「理解」を念頭においた上で、経済・物価情勢について2つの「柱」による点検を行い、(3)先行きの金融政策運営の考え方を示す、というものです。

 まず、「中長期的な物価安定の理解」についてご説明します。日本銀行の金融政策の目的は、物価の安定を通じて、国民経済の健全な発展に資することです。物価の安定とは、「家計や企業等の様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」と考えています。米国FRBのグリーンスパン前議長も、議長当時同じような考え方を述べており、各国で広く受け入れられている考え方です。こうした物価の安定を実現するためには、先を見据えたフォワード・ルッキングな金融政策運営が重要です。一般に、金融政策の効果が経済や物価に波及するには長い時間がかかり、また、短期的な物価の変動を全て吸収しようとすると経済の変動がかえって大きくなってしまいます。このため、金融政策においては、十分長い先行きの経済・物価の動向を予測しながら、中長期的にみて物価の安定を図るように、現在の政策を決定していく必要があります。この点も、各国の中央銀行で共有されている考え方です。

 こうした基本的な考え方に立った上で、日本銀行では、私を含めて9人の政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率を「中長期的な物価安定の理解」という形で公表しています。4月末に公表した内容は、「消費者物価指数の前年比で0〜2%程度の範囲内にあり、委員毎の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散している」というものです。

 この「理解」は、日本銀行が、政策の透明性を確保し、市場との円滑な対話を図るための重要な情報発信ツールのひとつです。情報発信という観点からは、各国の中央銀行で取り組まれている課題に、合議制による委員会制度のもとでの情報発信のあり方というテーマがあります。この論点については、後ほど少し詳しくご説明したいと思いますが、ここでは、「中長期的な物価安定の理解」は、日本銀行政策委員会が合議制であることや、日本経済が構造変化の過程にあることを踏まえ、最も相応しいものとして採用したものであることを申し上げておきたいと思います。

 次に、2つの「柱」による点検についてお話します。まず、第1の柱では、先行き2年程度の経済・物価情勢に関する標準シナリオ、すなわち、最も蓋然性が高いと判断される見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長といえるものかどうかを点検します。「中長期的な物価安定の理解」を念頭に置いた上で、先ほどご説明したわが国経済の標準シナリオを評価しますと、次のようになります。実体経済面では、潜在成長率を幾分上回る息の長い成長を続けるとみています。また、物価面では、消費者物価は、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくとみられます。こうした動きは、「中長期的な物価安定の理解」に沿ったものであり、わが国経済は物価安定のもとで持続的成長を続ける可能性が高いと評価できると考えています。

 こうした見通しは市場や企業が先行きの政策変更を織り込んだ上で意思決定していることを前提としたものです。したがって、経済・物価が今後とも見通しに沿った動きを続けていくためには、政策金利水準の調整を行っていくことが必要となってくると考えられます。ただ、必要な調整のペースは、今後の経済や物価情勢の改善度合いに応じて、決まってくるものであり、予めそのスケジュールが決まっているものではありません。

 また、第2の柱では、以上のような標準シナリオが実現しないリスクについて、アップサイド・ダウンサイドとも十分点検を行います。具体的には、アップサイドとしては、先行き、経済・物価情勢の改善が展望できる状況において、金融政策面からの刺激効果が一段と強まることのリスクに注意する必要があります。例えば、仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、そうした期待を前提として、企業や金融機関などの行き過ぎた活動が生じる可能性があります。その結果、中長期的にみて、経済活動や物価上昇率の振幅が大きくなったり、資金や資源の配分に歪みが生じるリスクがあります。また、ダウンサイドとしては、先ほど述べたような下振れリスクが顕現化するような場合には、経済情勢の改善が足踏みするような局面も考えられます。また、経済情勢の改善にもかかわらず、物価が上昇しない状況が続く可能性もあります。ただし、わが国の企業部門の体力や金融システムの頑健性は高まっており、物価下落と景気悪化の悪循環いわゆるデフレ・スパイラルが生じるリスクはさらに小さくなっていると考えています。

 政策運営枠組みの3番目の要素は、2つの「柱」に基づく点検結果を踏まえた上で、先行きの金融政策運営についての考え方を整理し、公表するというものです。4月の展望レポートでは、「『中長期的な物価安定の理解』に照らして、日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うことになると考えられる」と記述しています。

 ここでも、「日本経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認する」という第1の柱による点検と、「リスク要因を点検する」という第2の柱による点検の双方を丹念に行っていく方針を、はっきりと述べております。どちらかの柱を他方に優先させるといったことではなく、あくまで2つの柱をバランスよく点検した上で、適切に政策判断を行って参りたいと考えています。

5.委員会制度のもとでの情報発信のあり方

 本日の最後のテーマとして、情報発信と政策委員会の制度のあり方について、考えてみたいと思います。

 中央銀行にとって、適切な情報発信に努めることは、政策の有効性を高める上でも、アカウンタビリティを確保する上でも、重要な課題です。日本銀行では、この場のような講演を含め、記者会見、展望レポートや議事要旨など様々な手段を通じ、経済・物価情勢の判断や金融政策運営の基本的な考え方を説明しています。

 この点に関するポイントのひとつは、日本銀行の政策委員会・金融政策決定会合は、9名の委員からなる合議制であるということです。そもそも一人の個人による決定であれば、決定した当該個人が説明責任を果たせばよい訳ですから話は簡単です。複数のメンバーから構成される委員会においては、委員会としての説明責任をどのように果たすのか、議長としての総裁を含め各メンバーは説明責任をどのように果たすのかという問題とも関連し、難しい問題です。ここでは、以下の点を申し上げたいと思います。

 第一に、金融政策決定会合前の情報発信に関しては、合議制である金融政策決定会合では、審議や討議を通じて意思決定がなされる訳で──例えば、委員会における討議を通じて、「会合後の私は、会合前の私とは異なる」ということが起こりうる訳で──、採決が行われるまで結果は判明しませんので、会合の決定に関する情報発信が会合前に行われることはありえないということをご理解頂くことが重要だと思っています。

 第二に、金融政策決定会合後の情報発信に関しては、金融政策決定会合における判断を、会合の決定内容に関する公表文、総裁記者会見、金融経済月報、「経済・物価情勢の展望」などの、多くの人が容易に入手できるオープンな各種媒体を通じて情報発信しています。なお、金融政策決定会合において、各メンバーは反対票を投じることにより少数意見となることもある訳ですが、例えば、金融政策決定会合の議事要旨では、多数意見だけでなく少数意見についてもその立場をきっちりと説明しています。少数意見が存在することにより、金融政策決定会合における討議のプロセスがより明確化され、その結果、日本銀行の政策スタンスや政策意図などがよりわかりやすくなっている面もあるように思います。

 第三に、こうしたプロセスで、中央銀行が発信すべき情報とは、経済・物価情勢に関する判断と金融政策運営についての基本的な考え方の2つです。市場参加者は、こうして発信された情報を、自らの経済・物価に関する情勢判断と照らし合わせて金利観を形成し、中央銀行は、形成された金利、イールド・カーブから市場の経済・物価認識を読み取ることができます。市場との対話とは、こうした双方向のコミュニケーションです。一般論として、こうしたプロセスにおいて、具体的な政策変更のタイミングを示唆することは好ましくありません。そうしたことをすれば、市場参加者は自らの経済・物価観に基づいて取引を行うことなく、中央銀行の示唆するタイミングを前提とした取引を行うことになり、双方向のコミュニケーションとは言い難いものとなるからです。

 海外の多くの中央銀行においても、日本銀行と同様、委員会制度が採用されており、合議制のもとでの情報発信のあり方は、重要なテーマと認識されています。具体的な対応は、各中銀の置かれた状況に応じて様々です。

 欧州中央銀行のGoverning Council(ECB政策理事会)では、政策決定におけるコンセンサス方式とワン・ボイスでコミュニケーションを行うことが重要であるといわれています。これは、欧州統合という独自の環境のもとでユーロエリアにおいて単一金融政策を行うという事情を踏まえたものです。ワン・ボイスによるコミュニケーションの中心となるのが、政策決定直後の記者会見です。欧州中央銀行のトリシェ総裁も記者会見において、ECB政策理事会の総意を伝えることは自分の役割であり、ワン・ボイスで話をするのはキャプテンとしての自分であることをしばしば強調されています。

 他方、米国連邦準備制度のFederal Open Market Committee(FOMC)、英国イングランド銀行のMonetary Policy Committee (MPC)、日本銀行の金融政策決定会合は、委員会制度のもとで如何に透明性を向上させうるかという観点から、各メンバーの投票結果を公表し、少数意見の存在を明確化しつつ、議事要旨の公表早期化などに努めています。加えて、日本銀行の金融政策決定会合は、ECB政策理事会と同様に、政策決定直後に総裁が記者会見で詳細な説明を行うことにより透明性向上に努めています。

 一方で、委員会制度のメリットの源泉である熟慮や討議といった審議過程に相応しい環境を尊重することも大切です。透明性については、こうした点とのバランスにも配慮することが必要ですが、現在の仕組みは、議事録や議事要旨が公表されることにより、各委員は自己の発言に責任を持ち、その説得性や論旨の一貫性などに留意することになり、会合における審議の質を高めていると思います。

 透明性確保の観点から日本銀行の金融政策決定会合をみれば、FOMC、MPCとの対比では会合直後の総裁記者会見があることから、また、ECB政策理事会との対比では議事要旨・議事録の公表があることから、透明性の高い枠組みを構築しているといえます。今後とも、金融政策に関する国民へのアカウンタビリティおよび金融政策の有効性を高めるためにも、透明性向上に向け不断の努力を行う所存です。

6.おわりに

 以上、経済・物価情勢の展望と金融政策運営について、委員会制度のもとでの情報発信に関する考察も交えながら、ご説明してきました。日本銀行としては、情報発信や市場との対話のあり方を含め、わが国の経済・社会に最も相応しい金融政策運営を目指し、基本的には現在の枠組みを維持しつつ、それにさらに磨きをかけながら、物価安定のもとでの持続的成長の実現に貢献していきたいと考えています。

 本日は、ご清聴頂き、有難うございました。

以上