ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2007年 > 山口県金融経済懇談会における岩田副総裁挨拶要旨

山口県金融経済懇談会における岩田副総裁挨拶要旨

2007年10月4日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.国際金融市場の混乱
  3. 3.アメリカ住宅部門の調整がアメリカ経済に与える影響
  4. 4.日本経済への影響
  5. 5.日本経済の現状と先行き
  6. 6.おわりに

1.はじめに

 本日は、山口県における各界の皆様と懇談の機会を賜り、心より御礼申し上げます。また、日頃より日本銀行の下関支店に対して、皆様から暖かいご支援とご協力を賜り感謝致しております。現在の支店は昭和22年に設置されました。歴史を振り返りますと、日本銀行の西部支店は、明治26年に大阪支店に次ぐ第二番目の支店として赤間関市(現在の下関市)に設置され、初代の支店長は高橋是清でした。御地は、明治維新と日本の近代化をリードした県であります。これからも日本経済の発展のために先駆的な役割を演じていかれるものと期待しております。

 さて、山口県経済の現状をみますと、製造業を中心として回復を続けています。とりわけ県中部から東部にかけては、化学や自動車産業が集積し、輸出や内需に支えられて高水準の生産活動と設備投資の増加が続いています。

 他方で、日本海側や県西部では、長期的な公共工事抑制の影響から建設業が厳しい業況にあり、個人消費も盛り上がりを欠くなど回復感に乏しい状況が続いています。御地におかれましても日本経済と同様に、全体として息の長い景気回復が続いているものの、業種間格差や地域間格差が色濃く残っているように思います(図表1)。

2.国際金融市場の混乱

 さて、8月上旬以降、アメリカにおける信用度の低い借り手向けの「サブプライム住宅ローン」の不良債権問題に端を発して、主要国の金融市場で流動性不安が発生しました。この市場混乱の原因は、緩い貸出基準の下で過剰な住宅ローン融資が行なわれたこと、また、その融資の大部分が証券化され、さらに仕組み債などの形で新たにパッケージ化されたことにあります。このパッケージ化の過程で様々な投資ヴィークル1が利用されました。投資ヴィークルは、保有するサブプライム関連商品の価格が大幅に下落したために、「資産担保コマーシャル・ペーパー」発行による資金調達が困難になりました。一部の金融機関は、投資ヴィークルに対してバック・ファイナンスすることを約束していたために、当該金融機関も流動性不足に陥るリスクを抱えていました2。金融技術の発展によってリスクは確かに広くグローバル市場に分散しているのですが、リスクの大きさやその所在が不明確になっていると言えます(図表2)。

 原資産であるサブプライム住宅ローンにおいて過小評価されたデフォルト・リスクが、証券化の過程のみならず、ほかの証券化された資産と組み合わせて「債務担保証券」(CDO)として販売される過程でリスクがさらに過小評価された可能性があります。このためリスクを再評価することが困難になっているだけでなく、原資産のデフォルト・リスクを上回る規模でのリスク再評価が必要になっているともいえます。

 リスクが再評価される過程において、サブプライム関連商品を扱っていたファンドの破綻のみならず、ドイツのIKB産業銀行の経営悪化やザクセン州立銀行の流動性不足、さらにはイギリスの住宅金融専門のノーザンロック銀行が預金取り付けに見舞われることになりました3

 ヨーロッパ中央銀行、アメリカ連邦準備制度理事会をはじめとする各国の中央銀行は、自国の市場における流動性不足に対処するために大規模な資金供給を行なってきました。この結果、市場は次第に落ち着きを取り戻しつつありますが、「資産担保コマーシャル・ペーパー」や借入れによって企業買収をファイナンスする「LBO」の市場では、いまだに市場機能が正常化していません。

 本日は、この国際金融市場の混乱が、世界経済および日本経済にどのような影響を与えるのかという点に焦点をあててお話を申し上げたいと思います。

  1. 1金融資産などを見合いに有価証券などを発行する主体。この有価証券に対する投資により、見合いとなった資産などのリスク・リターンを投資家が得ることができる。
  2. 2「資産担保コマーシャル・ペーパー」(ABCP)の中には、売掛債権などを裏付け資産とする事業者の資金調達のために発行されるものがある一方で、セキュリティーズ(債券)・アービトラージ型と呼ばれる投資を目的とした仕組みがあります。後者の場合、資産側には金融債や中長期の証券化商品などを保有する一方、負債側には短期の「資産担保コマーシャル・ペーパー」があるという満期構造のミスマッチを抱えることが一般的とされています。ちなみに、アメリカで2兆ドル規模のCP市場の半分を占めるABCPは、裏付資産としてモーゲージ(26%)、CDO(13%)をもっています。こうしたヴィークルは、ABCPの借換えができない場合に備えて銀行に流動性補完の役割を求めているケースが多く、8月以降、米ABCP市場の発行が大幅に減少した局面では、流動性補完を求められた銀行の流動性需要が急増し、これが短期金融市場の逼迫に繋がりました。
  3. 3ノーザンロック銀行の総資産に占めるサブプライム関連証券のウェイトは僅かであるといわれており、同銀行の負債の側が、預金よりも市場による資金調達に依存していたことが、流動性不安に繋がったとみられます。

3.アメリカ住宅部門の調整がアメリカ経済に与える影響

 国際金融市場の混乱の震源地は、アメリカ住宅部門における過剰投資にあります。この過剰投資の調整は、実体面と金融面の2つの径路を通じて経済活動に影響を与えています。まず、実体経済面への影響については、量、すなわち実質住宅投資と、価格、すなわち住宅価格の2つの面から考えることができます。

(住宅投資の調整)

 アメリカにおける実質住宅投資の落ち込みは、当初予想されていたよりも、長引きかつ深いものになっており、2008年前半まで成長の重石になる可能性があります。住宅着工戸数をみると、すでにピーク時点から4割程度低下しています。この落ち込み幅は、1989年から1990年にかけての貯蓄金融機関(S&L)の危機時における調整幅にほぼ等しく、これからも調整が続くことを考慮すると前回を上回る可能性が強いといえます(図表3)。この結果、アメリカ経済の潜在成長率径路への復帰は、これまで2007年夏以降と見られていましたが、1年程度遅れる可能性が強まりました。

(住宅価格の調整)

 中古住宅在庫は、8月に販売10カ月分まで増加しており、正常な在庫水準の倍程度になっています。在庫水準の高まりは、住宅価格を押し下げるよう作用します。住宅価格には連邦住宅貸付機関監督局が発表しているOFHEO指数とケース・シラーによる住宅価格指数があります。ケース・シラー住宅価格指数(20大都市)は、7月に前年比3.9%下落しました。

 今回のアメリカにおける住宅価格の上昇局面と日本の1980年代後半の土地価格上昇局面を比較しますと、アメリカの住宅価格の上昇幅は日本の半分程度です(図表4)。日本の場合、1990年代初頭のバブル破裂以降、土地価格は、16年かけて3分の1程度の水準まで下落しました。最近ようやくその下げ止まりは確認されたところであります。アメリカの住宅価格も、積み上がった在庫が処分される過程でさらに押し下げられる可能性があることを踏まえると、住宅価格の調整が終了するまでには、住宅投資の調整よりも長い時間がかかる可能性があります。

 また、アメリカのモーゲージ借入れ/名目GDP比率をみますと、2006年にいたる10年間に、3割程度上昇しています。日本の銀行貸出/名目GDP比率は、80年から89年にかけて5割程度上昇しています(図表5)。また、アメリカの家計の負債/可処分所得比率は、ここ数年急上昇しており、過去のトレンドを大きく上回っています(図表6)。日本のバブル期の不動産関連融資と同様に、アメリカでは住宅部門に対してかなり規模の大きな過剰融資が行なわれたといってよいでしょう。

(個人消費への影響)

 住宅価格の下落は、2つの径路を通じてアメリカの実体経済に影響を与えることになります。第一の径路は、住宅資産の目減りによる個人消費への影響です。アメリカの家計部門の住宅資産は現在23.2兆ドルありますが、仮に住宅価格がピークから1割低下すると保有住宅資産が1割分(約2兆ドル)目減りすることになります。もちろん、この住宅資産の目減りは、株式保有による資産増加によってある程度緩和されます(図表6)。また、賃金の増加による可処分所得の伸びが消費を支える可能性もあると思います。それでも株価上昇が限定的であるとすれば、家計の保有する資産が減少し、その分は個人消費にマイナスの効果を与えることになります。

(金融面を通じる影響)

 第二の径路は、金融面を通じるものです。住宅ローンや証券化された住宅ローンの担保価値が減少することにより、各種のファンド、投資ヴィークル、金融機関や投資家に損失が発生します。すでに住宅ローンの貸出基準は厳格化しています。さらに、サブプライムの変動金利ローンには、当初低い固定金利で出発しても変動金利への移行に伴って金利が大きく上昇するものがあります4。この結果、ローンの延滞率や差し押さえが増加し、担保価値がさらに毀損する可能性があります。金融機関が蒙る損失額が大きい場合には、企業向け貸出や消費者ローンに消極的になることが考えられます。

 この金融面を通じる景気下押し効果を厳密に把握することはなかなか困難ですが、アメリカの連邦準備制度理事会は、金融市場の混乱や貸出条件の厳格化が、経済の持続的な拡大に与えると考えられるマイナスの影響を先取りし、政策金利を50ベーシスポイント引き下げました。

 現在のアメリカ経済の状況は、住宅部門で調整が行なわれていることを除くと個人消費、設備投資ともしっかりしており、経済拡大を支えています。製造業の景況感も安定しています。

 ただし、これまで堅調であった雇用者の伸びは、8月に0.4万人減少しました。また消費者の景気に対する信頼感も低下し、設備投資の先行指標である耐久財受注も減少しています。これらは先行きの景気減速のリスクが高まっていることを示唆しています。

 他方で、労働生産性の伸びも1990年代後半以降2−2.5%で推移していましたが、このところ1.5%程度に減速しています。賃金の伸びが高まっていることもあり、1単位の生産を行なうために必要な賃金支払い額(単位労働費用)は、第2四半期に前年比4.9%上昇しています。食品とエネルギーを除くコア個人消費デフレータは、最近、連邦準備制度理事会にとって「心地よい範囲」(1−2%)の上限近くにあります。しかし、労働生産性の伸びの鈍化、単位労働費用の高まりは、原油価格の高騰ともあいまって先行きインフレ懸念を高める可能性があります。

 このように、景気減速とインフレのリスクが共存するという事態はここ1年程続いているのですが、連邦準備制度理事会の利下げは、先行き前者のリスクがやや高まったと判断したものといえるでしょう。

  1. 49月以降1年間で、金利が大幅に上昇するサブプライムローンは8,200億ドルあるとの推定もあります。

4.日本経済への影響

 それでは、国際金融市場の混乱とアメリカの住宅部門の調整は、日本経済にどのような影響を与えるのでしょうか。まず、日本の金融機関のサブプライム関連商品への投資規模は小さく、現時点において、この問題がわが国の金融システムに与える影響は限定的です。また、短期金融市場も欧米市場よりも安定した動きを示しています。

 他方で、株価と為替レートには、他国よりも大きな影響が現れています。これは、日本の株式市場では外国投資家による売買の占める割合が高く、リスク再評価で損失を蒙った外国投資家が日本の株を売却したこと、および為替レートについては、ヘッジファンドや個人投資家によって投機的な円キャリートレード(レバレッジを効かせる形で円借入れをし、外国通貨建てで資産運用する取引)が行なわれていたことが影響しています。株価の下振れと円高が持続するとすれば、先行き景気にマイナスの効果が生ずることになる点には留意が必要です。

 また、アメリカ経済が減速することによって、日本のアメリカ向け輸出が減少することになります。昨年夏以降、アメリカの住宅部門の調整は始まっており、日本のアメリカ向け輸出は減速していますが、中国を中心とするアジア向け輸出のシェアが高まっていることもあり、その影響は限定的なものとなっています(図表7)。世界経済は、先進国を始め中国、インド、ロシア、ブラジルなどの新興国、さらには一次産品輸出国にいたるまで裾野の広い拡大が続いています。中国のアメリカ向け輸出のGDP比率は7.7%とかなり高いにもかかわらず、足元の成長率は11%とやや過熱気味であります。日本のアメリカ向け輸出のGDP比率は4%と中国よりもはるかに小さいのですが、今回の回復局面における輸出依存度が高いこともあり、仮に先行きアメリカの減速度合いが強まり、欧州諸国でも景気が減速するとすれば、日本の成長率に下方リスクが生じ得ることに留意する必要があります(図表8)。

5.日本経済の現状と先行き

 足元の日本経済は、第2四半期の実質成長率は、前期比微減(マイナス0.3%)しましたが、前年比でみると2%程度の安定的な成長を続けています。設備投資は前期比微減しましたが、法人企業統計季報のサンプル入れ替え要因が影響している可能性が強く、資本財出荷や日本銀行の短期経済観測調査でみた設備投資は、堅調な動きを示しています。

(企業部門)

 日本銀行の短期経済観測調査(2007年9月)によれば、企業の景況感は、大企業はほぼ横ばいでしたが、中小企業の景況感はやや悪化しました(図表9)。また、大企業の企業収益はバブル期を越える高い水準にありますが、大企業に比べて仕入価格の上昇を販売価格に転嫁しにくい中小企業の経常利益は下方修正されています(図表10)。また、企業の設備投資計画については、大企業の設備投資意欲は引き続き堅調です。他方、中小企業の設備投資計画は、前回調査比で上方修正されましたが、昨年の同じ時期と比べると上方修正幅は小幅に留まっており、とりわけ非製造業の設備投資計画は過去(84−06年)の平均を下回っています(図表11)。

 鉱工業生産は、年明け以降弱含み横ばいで推移してきましたが、8月に生産は増加に転じており、改善傾向を示しています。また、ハイテク部門は、なお在庫出荷比率が高く、半導体製造装置の受注・出荷比率は1を下回っていますが、出荷の増加と在庫の減少が見られるなど第2四半期を底にして、在庫調整は進捗しています(図表12)。

(家計部門)

 企業部門は全体として堅調な動きを続けていますが、家計部門は、なお改善が遅れています。

 まず、第一に、名目賃金は8月に前年比+0.1%と微増しましたが、夏季賞与(6−8月)は予想に反して低下しました(図表13)。原油など原材料価格高騰が、労働生産性の伸びが低い中小企業の収益を圧迫し、賃金上昇を妨げている可能性があります(図表14)5。また、団塊世代の退職に加えて、正規社員の賃金体系が年功序列型から成果主義へと移行する中で年齢別賃金プロファイルがよりフラットになっていることが、一人当り賃金の伸びを抑制している可能性もあります。

 この結果、2004年末から2006年末にかけて一度プラスに転じていた一人当たり賃金の伸びは、労働需給が改善を続け、失業率が低下しているにもかかわらず、四半期ベースでみて、なおマイナスになっています(図表15)。

 第二に、消費者の信頼感も石油製品値上がりなどの影響を受けて指標によっては足元悪化しているものもあります。8月の景気ウオッチャー調査は、5か月連続で低下し、雇用関連DIも50を割りました。これは2003年6月以来初めてのことです。短観における非製造業中小企業の業況感悪化や設備投資意欲の弱さは、個人消費が盛り上がりを欠いていることと平仄がとれています。

 足元の個人消費は、7月に天候要因もあって弱めの動きでしたが、こうした天候要因による振れを均せば、底堅く推移しています。前期比でみると個人消費の振れはかなり大きいのですが、前年比でみると1−2%増加の範囲内で変動しています(図表16)。賃金が小幅な下落を続け、消費者の信頼感が低下していることから先行き個人消費減速のリスクがありますが、雇用者数の安定した伸びが続く限り、消費の底堅さを支えていくのではないかとみております。

 なお、建築基準法の改正により建築確認、検査が厳格化され、7、8月の住宅着工が大幅に減少しており、年度ベースの成長率にも影響を与える可能性がありますが、一時的な要因であるため、次の年にその反動がでるものと考えられます。

  1. 5交易条件の悪化は、労働生産性の低下と類似した効果を経済厚生に与えます。また、日本経済は、ハイエク(1975年)が強調した資本財と消費財の相対価格や相対賃金の歪みが是正される過程にある可能性もあります。

(物価)

 最後に、生鮮食品を除くコア消費者物価は、4月以降連続してマイナス0.1%とほぼゼロ近傍で推移しています。投機的資金の流入、アメリカにおけるハリケーン懸念や原油在庫の減少などによって原油価格が高騰しており、足元で石油製品の寄与はほぼゼロとなっていますが、先行き再びプラス方向に寄与していくものと見られます(図表17、18)。

 また、生鮮食品、エネルギー、特殊要因を除く実力ベースのコア消費者物価指数は、マイナス0.2%程度で推移してきました。GDPギャップの変化に対する同指数の調整速度は、これまで極めて緩やかであったと言えます。しかし、最近は食品関連、宿泊料、教養娯楽などのサービス価格の上昇により、マイナス幅縮小の動きが見られます。潜在成長率を上回る成長が持続する中で、労働市場の需給がより引き締まる結果、いずれ賃金は上昇基調に転じ、実力ベースのコア消費者物価指数も安定的に上昇していくものとみております(図表19、20)。

6.おわりに

 国際金融市場の混乱がいつ収まるのか、なお不確実であるといえます。しかし、金融機関によるサブプライム関連証券保有についての自主的な情報開示、損失の確定、償却がきちんと行なわれるようになれば不透明性は払拭され、市場はやがて正常化に向かうものと期待されます。

 住宅部門調整が長引くことによるアメリカの減速、欧米金融市場におけるリスク再評価の過程で生ずる貸出条件の厳格化、原油価格高騰などの対外環境の下で、日本の設備投資、消費、賃金、物価が先行きどのような動きを示すのか注意深く点検する必要があります。資産価格については、足元で円安修正が行なわれていますが、不動産・土地価格など資産価格の先行きについても、金融政策を運営する上での有用な情報変数としてモニターしていくことが必要です。

 今回のアメリカ住宅部門の調整に端を発する金融市場の混乱は、資産価格の変動に対して金融政策はどのように運営すべきかという問題を提起しています。日本銀行は、2006年3月に公表した新たな政策枠組みにおいて、中長期的にみて物価が安定していると各政策委員が理解する物価上昇率である「物価安定の理解」を公表するとともに、二つの柱という枠組みを導入しました。すなわち、予測期間における短期的な見通しの点検を行なう第一の柱と、予測期間を超えるリスク点検に関する第二の柱です。新たな枠組みの導入は、1980年代後半以降の資産価格バブルの発生と破裂、それに続くデフレという歴史的な経験も踏まえたものであり、第二の柱は、発生する確率は低くともそれが発生した場合には経済に与える損失が大きな事象に備えるためにも設けられました。

 私もパネリストして参加したアメリカのカンザスシティ連邦準備銀行主催の会議(ジャクソンホール)では、アメリカ連邦準備制度理事会のミシュキン理事が、住宅価格が大幅に下落した場合(実質住宅価格20%下落)の中期的な政策シミュレーション結果を紹介し、大幅な住宅価格下落があったとしても、将来の物価上昇率とGDPギャップの望ましい水準からの乖離、および政策金利変動を最小にするという「最適な対応」をとることによって、成長率に与える効果を小幅に抑えることが可能であると論じています(Mishkin(2007))。第二の柱に関連する様々な形での分析は、最適な金融政策を実施する上で有益な情報を提供してくれるものと考えられます6。これからも、「物価安定の理解」を念頭におき、中長期的な視野に立って二つの柱に基づいて経済の先行きのリスクをしっかりと点検しながら金利調整を行なっていくことが重要であると思います。

  1. 6日本における資産価格と金融政策の関係、およびこれに関連した分析の必要性については、Iwata (2007)を参照してください。

参照文献

  1. [1] Iwata, Kazumasa, "Remarks on Housing and Monetary Policy in Japan," Panel discussion on Housing and Monetary Policy," A Symposium sponsored by the Federal Reserve Bank of Kansas City, Jackson Hole, Wyoming, August 30 - September 1, 2007.
  2. [2] Hayek, F. A., "Full Employment at Any Price?" The Institute of Economic Affairs, 1975.
  3. [3] Mishkin, F. S., "Housing and the Monetary Transmission Mechanism," A Symposium sponsored by the Federal Reserve Bank of Kansas City, Jackson Hole, Wyoming, August 30 - September 1, 2007.