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大阪経済4団体共催懇談会における総裁挨拶要旨

2007年11月5日
日本銀行

目次

(はじめに)

 日本銀行の福井でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、私どもの支店が大変お世話になっており、本席をお借りして厚くお礼申し上げます。

 私が前回この場でお話してから約1年が経ちました。その後も、わが国経済は、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが維持されるもとで、緩やかな拡大を続けています。先行きについても、海外経済や国際金融市場の動向など不確実な要因はありますが、緩やかながらも息の長い拡大が続く可能性が高いとみています。先月末に公表した最新の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)では、先行き2008年度までについて、わが国経済は、物価安定のもとで、均してみると潜在成長率を幾分上回る2%程度のペースで拡大を続ける、という見通しを示したところです。

 本日は、皆様方と意見交換を行わせて頂くに当たり、まず私の方から、日本銀行の経済・物価に対する見方や金融政策運営に関する基本的な考え方について、お話したいと思います。

(日本経済の現状・先行き)

 景気の現状から話を始めたいと思います。

 わが国経済は、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状態が続いていますが、全体としてみれば、緩やかな拡大を続けています。輸出は、米国向けにやや弱めの動きもみられますが、海外経済が全体として拡大を続ける中で、堅調な増加を続けています。そうしたもとで、企業は、引き続き、海外における収益機会の増大も意識しながら、設備増強による供給体制の強化を図っています。こうした輸出を基点とする企業活動の活発化は、極めて緩和的な金融環境と相俟って、設備投資の裾野を内需産業にも広げています。一方、循環的な観点からみますと、設備投資は既に過去数年に亘って高い伸びを続け、水準自体が上昇してきているために、増加ペースは徐々に低下していく公算が大きいと考えられます。9月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、設備投資は増勢を徐々に鈍化させつつも、堅調な増加を続ける見通しであることが確認されました。この間、企業収益は高水準で推移しており、企業の業況感は、部門によって慎重さはみられますが、総じて良好な水準を維持しています。

 企業部門の好調は、緩やかではありますが、着実に家計部門にも波及しています。最近の一人当たり賃金の動きをみますと、グローバルな競争や資本市場からの規律の高まり、原材料高などを背景に、中小企業を中心に人件費抑制姿勢が根強いことに加え、賃金水準の高い団塊世代の退職や、逆に賃金水準の低い新卒やパート採用の増加などから、やや弱めの動きとなっています。一方、雇用者数は年率1%程度の増加を続けており、雇用者所得は緩やかな増加を続けています。また、株式配当などの様々なルートによる波及も続いています。こうした中で、衣料品や日用品などへの支出は、弱めの動きとなっていますが、デジタル家電の好調にみられますように、消費者ニーズを取り込んだ新商品・新サービスの提供が進んでいる分野では、支出が高い伸びを示しています。このように分野により区々の動きがみられますが、全体として個人消費は底堅く推移してきているとみられます。

 以上まとめますと、現状、わが国経済は、緩やかに拡大しています。先行きについても、海外経済や国際金融市場の動向など不確実な要因はありますが、グローバル市場の拡大と極めて緩和的な金融環境が続く中で、生産・所得・支出の好循環のメカニズムは維持されると考えています。

 こうした状況のもとで、物価を形成する基盤も徐々に固まっていくとみられます。足もとの物価指数の動きをみますと、国内企業物価指数は、国際商品市況高などを背景に上昇している一方、消費者段階では、原材料高などの価格転嫁が企業間取引ほど進んでいません。これは、グローバル化や規制緩和などを背景に企業間の競争環境が厳しさを増す中で、生産性引き上げや様々なコスト削減の取り組みを通じて価格を抑制しようとする企業が多いことを表していると考えられます。この結果、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は、ゼロ%近傍での推移を続けています。しかし、先行きも潜在成長率を上回る成長が続くとすれば、労働や設備といった資源の稼働状況はさらに高まっていくと考えられます。そうしたもとでは、消費財・サービスを巡る需給もさらに引き締まり傾向となり、価格転嫁の進展を通じて、消費者物価に上昇圧力をもたらしていくと思われます。ユニット・レーバー・コスト(生産1単位当たりの人件費)は、これまでのところ低下を続けていますが、先行き、賃金が緩やかな上昇に向かうにつれて下げ止まっていく可能性が高いと考えられます。

 こうしたことを踏まえますと、消費者物価指数の前年比は、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみますと、プラス幅が次第に拡大していくとみています。もっとも、グローバル化の進展や規制緩和などを背景に、需給ギャップに対する物価の感応度が低下している点を考慮しますと、上昇のペースは緩やかなものとなると考えられます。年度計数では、2007年度はゼロ%程度、2008年度はゼロ%台半ばの伸び率となると予想しています。

(海外経済の動向)

 以上が日本銀行が最も蓋然性が高いと考えている見通しです。もっとも、見通しには、その常として、上振れまたは下振れの可能性があります。

 まず、1つ目の要因は、海外経済の動向です。

 世界経済は、ここ数年間、力強い拡大を実現しており、その成長率は、2004年以降、5%前後の高い伸び率となっています。2003年までは概ね3~4%の伸び率であり、最近のように5%前後の高成長が数年に亘って続くのは、1970年代初頭以来のこととなります。このように世界経済の高い成長率が実現してきたことには、新興国が次々とテイクオフし、そのプレゼンスを高めたことが大きく寄与しています。

 先行きを展望しますと、米国では、住宅市場の調整が続いていますが、設備投資や個人消費は減速しつつも緩やかな増加基調を維持しています。米国経済の減速が、住宅市場を中心とした緩やかなものにとどまるのであれば、BRICsを代表格とする新興国の高い成長は続き、米国の減速を補うかたちで、世界経済全体としてみれば堅調な拡大が続くと考えられます。こうした見方は、先月開催されたG7やIMFなど一連の国際会議においても参加各国の共通の認識となりました。

 ただ、ご承知の通り、夏場以降、米国のサブプライム住宅ローン問題への懸念の高まりを背景に、金融市場は、世界的に振れの大きい展開となっています。こうした国際金融市場の変動については、良好な世界経済や金融環境が続いてきたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場の自律的機能による巻き戻しが起こっているものとみられますが、仮に米国住宅市場の調整が一段と厳しいものとなった場合や金融資本市場の変動の影響が予想以上に広範なものとなった場合には、資産効果や信用収縮、マインド悪化などを通じて、個人消費、設備投資が下振れ、米国景気が一段と減速する可能性も考えられます。また、欧州経済は、堅調な拡大を続ける可能性が高いと考えられますが、国際金融市場の変動が金融環境に及ぼす影響次第では、下振れることもあり得ます。こうした米欧経済を巡る懸念が現実のものとなる場合には、その程度如何によっては、新興国をはじめ他地域の成長にも悪影響を及ぼし、世界経済全体として下振れる可能性があります。

 一方で、世界経済全体として高い成長が続いていることを考えると、インフレ方向の動きにも注意が必要です。米国では、労働や設備といった資源の稼働状況が高水準であるもとで、原油価格の動向などと相俟って、インフレ圧力が減衰しないことも考えられます。また、中国では、力強い拡大が続いていますが、固定資産投資を中心に過熱感が強く、景気や物価がともすれば上振れる傾向が窺われます。こうした世界経済全体の高成長に加えて、地政学的要因などもあって、原油価格をはじめとする国際商品市況は高値圏で推移しており、その状況如何では、世界経済や物価の先行きに影響を与える可能性があります。

 このように海外経済や国際金融資本市場などの変調が生じた場合、日本経済に対して、輸出入や企業収益への影響に加えて、為替相場や長期金利など金融市況の変化を通じても影響を及ぼす惧れがあります。

(金融・経済活動の振幅)

 2つ目の要因は、緩和的な金融環境が続くもとで、資源配分に歪みが生じ、結果として金融・経済活動の振幅が大きくなる可能性があることです。円キャリートレードの動きにその兆しを感じるとの声も聞かれます。国内でみても、米国サブプライム住宅ローン問題やこれに端を発する国際金融市場の変動がわが国の金融環境に及ぼす影響は目下のところ限定的であり、金融機関は積極的な貸出姿勢を続けています。CP、社債の発行環境も引き続き良好です。企業や金融機関の財務体質が改善している一方で、実質金利は極めて低い水準にあることから、金融・経済活動が積極化しやすい局面にあります。活発な再開発や堅調なオフィス需要などを背景に、9月に公表された都道府県地価で、東京、大阪、名古屋の3大都市圏の地価上昇率が拡大しました。こうした動きも、企業や金融機関の行動を活発化させる方向に作用すると考えられます。仮に、先行きの売上、収益、資金調達コスト、為替相場や資産価格などに関する楽観的な想定に基づいて、金融・経済活動が積極化する場合には、金融市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、結果的に非効率な経済活動に資金や資源が使用され、長い目でみて資源配分に歪みが生じる事態も想定されます。このような動きは、短期的には景気を押し上げることがあっても、その後大きな反動を招き、息の長い成長を阻害する可能性があります。

(需給ギャップに対する物価の感応度)

 以上のような経済の上振れ・下振れ要因が顕現化した場合には、物価にも影響する可能性がありますが、このほか、物価固有の上振れ・下振れ要因も存在しています。

 需給ギャップに対する物価の感応度は、近年、低下しています。この点は、先ほど述べたように、私どもの物価見通しでも予め想定していますが、その程度には不確実性があり、想定以上に物価の感応度が低い可能性もあります。景気拡大が長く続く中にあっても、賃金の上昇を抑制するような要因が強く作用する場合には、コスト面から物価に下押し圧力が残ることになります。また、賃金の下振れなど企業部門から家計部門への波及が想定以上に遅れる場合には、マクロ的な需給ギャップほどには消費財・サービスを巡る需給環境は改善しないかも知れません。このような場合、経済情勢が改善しても、物価はそれほど上昇しない状況が続くことも考えられます。

 一方、潜在成長率を上回る成長が2008年度まで持続すれば、労働や設備といった資源の稼働状況は一段と高まり、需給ギャップは引き続き需要超過方向で推移していくと考えられます。資源の稼働状況、特に労働の不足感が一段と高まる中、原油・国際商品市況高と相俟って、これまで低位で安定してきたインフレ予想が上昇する可能性があります。また、企業の人件費抑制姿勢についても、基本的には維持されると思いますが、人材確保の観点から変化していく可能性があります。こうした場合には、物価に上振れ圧力が加わることも考えられます。

(金融政策運営)

 次に、以上述べた経済・物価の見通しや、これが上振れ・下振れする可能性を踏まえて、日本銀行が金融政策をどのように運営していくかについて、お話したいと思います。

 日本銀行は、金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率である「中長期的な物価安定の理解」(数値的な表現としては、消費者物価指数の前年比上昇率で0~2%)を公表するとともに、経済・物価情勢について2つの「柱」による点検を行い、先行きの金融政策運営の考え方を整理することとしています。

 この2つの「柱」という枠組みについて、皆様の一層のご理解を得るよう、今まで述べてきた経済・物価情勢を再点検したいと思います。まず、第1の柱として、最も蓋然性の高い見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路を辿っているかどうか。先ほど述べた通り、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが維持されるもとで、息の長い景気拡大が続くというのが日本銀行の標準的な見通しです。また、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比については、目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大していくというものです。このように、わが国経済は、2008年度までを展望して、物価安定のもとでの持続的な成長を実現していく可能性が高い、つまり第1の柱に沿っていると考えられます。

 次に、第2の柱として、より長期的な視点をも踏まえ、必ずしも確率は高くなくとも発生した場合に生じるコストを意識しながら重視すべきリスクを点検します。この点についても、既に経済や物価の上振れ・下振れ要因として詳しく述べましたので、ここでは今一度簡単な整理をしておきたいと思います。まず、海外経済や国際金融資本市場の動向など不確実な要因があり、これらに変調が生じた場合には、日本経済もより強くその影響を受けることが免れないと考えられます。次に、経済情勢が想定通り改善しても、物価が上昇し難い状況が続く可能性もあります。そして最後に、先行き経済・物価情勢とも想定通りの改善が展望できる状況においては、金融政策面からの刺激効果が一段と強まることに、引き続き注意を払う必要があります。仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、資金や資源の配分に歪みが生じ、中長期的にみて、経済活動や物価上昇率の振幅が大きくなるリスクがあります。

 以上のような点検を踏まえ、金融政策の運営方針を述べますと、まず、私どもでは、これまで、次のような考え方で金融政策を運営してまいりました。第1に、金融環境は極めて緩和的であり、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長軌道を辿るのであれば、金利水準は引き上げていく方向にある、第2に、引き上げのペースについては、予断を持つことなく、経済・物価情勢の改善の度合いに応じて決定する、ということです。これまでのところ実際の運営においては、物価上昇圧力が弱い中で余裕を持って行うことができました。すなわち、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性、上下両方向のリスクなどを十分に点検しながら、ゆっくりと政策金利の変更を行ってまいりました。今後の金融政策運営においても、このような考え方を維持する方針です。まず、わが国経済が物価安定のもとでの持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、さらに上下両方向のリスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行っていくことになると考えています。そのように政策を運営していくことが、長い目でみて経済活動や物価の振幅を大きくするリスクの顕現化を防ぎ、物価安定のもとでの持続的成長を実現することにつながると考えています。

(おわりに)

 以上縷々申し述べましたが、日本経済は、緩やかに拡大しています。当地関西の経済状況をみましても、輸出の好調などを背景に企業活動は活発化しており、失業率の低下など、経済全体への波及も明確に表れてきています。ただ、人口減少などの困難な課題に直面しているわが国経済が、今後とも持続的な発展を遂げていくためには、各地域・各産業における不断のイノベーションが重要であると思います。当地関西は、関東、東海と並びわが国経済を牽引する地域であり、皆様の創意工夫が存分に発揮されることを期待しております。日本銀行としても、皆様のご努力を金融政策の面からしっかりと支えていきたいと考えています。

 ご清聴誠にありがとうございました。

以上