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わが国の金融政策と経済・物価情勢
広島県金融経済懇談会における中村審議委員挨拶要旨
2007年11月22日
日本銀行
目次
1.はじめに
私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。
本日は、お忙しい中、広島県の行政並びに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り、誠に光栄に存じます。
日頃は、支店長の迫田はじめ広島支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
日本銀行では、総裁を含む9名の政策委員会メンバーが、全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策を説明申し上げると共に、地域経済の状況やご意見をお聞かせ頂き、政策決定に反映させることと致しております。
私は、外航海運に38年、内航海運並びに旅客フェリーに4年、通算しますと42年間を海運業界に携わり、日本銀行に奉職するようになりましたのは、今年の4月からでございます。私にとりまして今回の広島が初めての金融経済懇談会でございまして、大変緊張している次第です。
さて、本日は、まず私から日本銀行の金融政策運営の基本的な考え方並びに、最近のわが国の経済・物価情勢等について、お話させて頂きたいと思います。
その後、皆様方から当地の金融経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。
2.日本銀行の金融政策運営
(1)基本的な考え方
日本銀行法は、金融政策の理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めていまして、日本銀行は、この理念に基づいて適切な金融政策の運営に努めています。
「物価の安定」に対する私どもの理解は、「家計や企業等の様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資等の経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況であること」であり、持続的な経済成長を実現するための不可欠な条件です。
いわゆる「第一次オイルショック」は、1973年の第四次中東戦争に端を発して原油価格が高騰し、翌年の国内の消費者物価指数は前年比+23%上昇しました。「狂乱物価」という言葉がもてはやされ、私の給与も+30%近く上昇しましたが、所得が増えた実感はなく、わが国経済や個人の消費活動が大混乱に陥ったことを鮮明に記憶しています。また、バブル経済は資産価格の高騰をもたらし、一時的に景気を押し上げましたが、その後の日本経済に大きな痛手を与え、長期低迷に陥った次第であり、「物価の安定」の大切さについては皆様にも良く理解して頂いていると思います。
金融政策の変更を行いましても、その効果が経済活動の実態まで行き渡るには長い期間を要します。また、金融市場、経済社会、海外情勢等の様々なショックに伴う物価の短期的な変動を、金融政策によって全て吸収しようとしますと、かえって経済の変動が大きくなることから、金融政策決定に際しては、十分長い先行きの経済・物価の動向を予測しながら、中長期的にみて「物価の安定」を実現するように努めなければなりません。
(2)「10月展望レポート」における経済・物価情勢の評価と今後の金融政策運営
日本銀行が10月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(日本銀行が4月と10月の年2回、金融政策決定会合の決定を得て、日本銀行の経済・物価情勢に対する見通しを公表するもの)では、わが国経済は、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状況が続いていますが、全体としては緩やかに拡大しているとみています。そして、2007年度後半から2008年度を展望した経済の先行きについては、海外経済や国際資本市場の動向など不確実な要因はありますが、生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持されるもとで、潜在成長率を幾分上回る2%程度の息の長い拡大を続ける可能性が高いとみています。こうした見方は、(1)これまでの景気拡大への寄与が大きかった輸出が、海外経済の拡大が続くことを背景に今後も増加を続けるほか、(2)企業部門の好調が続き、(3)好調な企業部門から家計部門への波及が、緩やかながらも着実に進み、(4)極めて緩和的な金融環境が引き続き民間需要を後押しする、といった経済のメカニズムが機能していくことを前提としています。
また、先行きの金融政策の運営方針については、従来と同様に日本経済が物価安定の下での持続的な成長軌道を辿る蓋然性が高いことを確認し、リスク要因を点検しながら、経済・物価情勢の改善の度合いに応じたペースで、徐々に金利水準の調整を行うことになるとしています。
次回、12月19~20日の金融政策決定会合までの当面の金融政策としては、11月の金融政策決定会合において、これまでの金融市場調節方針を維持、すなわち「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.5%前後で推移するよう促す」ことを賛成多数で決定しました。この決定については、これまで公表された経済指標からわが国経済は緩やかに拡大していることが確認されましたが、海外経済や国際金融資本市場の動向を引き続き注視する必要がある、との判断に基づくものです。
3.経済・物価情勢の現状と見通し
次に、わが国の経済・物価情勢の現状について少し詳しくお話ししたいと思います。
私は今年の3月までの約4年間、中堅企業である内航・旅客フェリー企業の経営を行っていましたが、その間はなかなか「日本経済全体の緩やかな拡大」を実感することができなかったのが正直な印象です。貨物や旅客の輸送量が増えない中、営業費用の3割近くを占めていた燃料費が倍近くまで高騰、運賃への転嫁も一部のみで、会社存続のために、営業力強化、生産性の向上やコスト削減等に取り組まざるを得ませんでした。
しかしながら、日本経済全般をみますと2002年に始まった今回の景気拡大は6年近くとなり、戦後最長であった「いざなぎ景気」を超える長さとなっているのも事実です。海外経済が全体として+5%前後で拡大する中で、わが国の輸出は、米国向けがやや弱めに推移していますが、米国以外の仕向け地域は拡がりを伴いつつ増加を続けています。また、国内民間需要も、好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状況が続いていますが、全体としてみれば、これまでの経済・物価情勢の見通しに概ね沿って推移してきています。
先日公表された2007年7~9月期の実質GDP成長率は前期比年率+2.6%となり、好調な東アジア経済の恩恵を受けるかたちで外需の寄与度が高く、内需は家計部門が弱めとなったものの、底堅く推移したことが読み取れます。
(1)企業部門の動向
こうした国内経済の動きを、まず企業部門についてみますと、7~9月の実質輸出は前期比全ての地域向けがプラスとなり、全体としても+6%増となるなど、海外経済の拡大を背景に、増加を続けています。実質輸入についても、輸入価格上昇が下押しに作用しつつも、国内需要や生産の増加を反映して、緩やかな増加基調にあります。しかし、輸出の増加ペースの方が速いため、その差し引きでみた7~9月の実質貿易収支は前期比+15.8%となり、実質GDPに対する外需の寄与も年率+1.6%と、かなり高いものとなりました。輸出の増加は、現在の景気拡大局面を牽引している重要なポイントでもあり、背景等について後ほど改めてお話ししたいと思います。
こうした下で、企業業績は、高水準で推移しています。上場企業の2007年度上期決算をみても、多くの企業で収益の高い伸びが続いている模様です。11月19日までに発表された金融業を除く東証一部上場企業の2007年度上期の経常利益増益率は+8.3%、2007年度の通期についても+8.1%の増益予想となっています。もっとも、上場企業は米国経済の調整や原材料等のコスト上昇を懸念してか、上期の業績好調を受けて通期計画を上方修正した先は少ないようであり、先行きを慎重にみているようです。また、足許の原油価格の高騰や為替相場が円高方向に振れていることも、輸出企業の先行きの業績に悪影響を与える可能性があります。この間、中小企業の収益は、改善ペースが大企業に比べて緩やかであり、最近は原材料コストの上昇の影響などからやや伸び悩み傾向にあります。
日本銀行が四半期ごとに全国約1万社のご協力を頂いている企業経営者の景況感を調査している「全国企業短期経済観測調査」(通称、「短観」)をみると、製造業、非製造業の大企業の景況感は高い水準で推移している一方、中小企業については、このところ後退しています。
こうした中、設備投資は、7~9月の機械受注が+2.5%と3四半期振りに増加に転じるなど、内外需要の増加や高水準の企業収益が続く中で、引き続き増加基調にあります。ただし、既に過去数年にわたって高い伸びを続け、水準自体が上昇してきているために、増加ペースは徐々に低下していく公算が大きいと考えられます。9月短観で2007年度の設備投資計画をみると、前向きの企業行動は持続しているとみることができますが、2006年度の同時期の計画に比べると、製造業、非製造業とも幾分減速しています。
(2)家計部門の動向
一方、冒頭で申し上げたように、企業部門の好調さに比べると家計部門の改善のテンポは緩慢な状況となっています。個人消費は、百貨店やスーパーの売上高が天候要因により振れが大きくなっていますが、10月の軽自動車を除く新車登録台数が新車投入の効果もあり前年比+5.5%となったほか、9月の外食産業売上高が前年比+6.4%、デジタル家電の販売好調を受けて家電販売が前年比+15.1%増となったように底堅く推移しています。ただし、消費者マインドは、賃金が伸び悩む中でガソリンや生活関連品の値上げ、または値上げ表明が相次いでいること、年金問題等将来に対する漠然とした不安などを受けて、例えば、先日公表された消費者態度指数をみても、足許やや悪化していることは気懸かりです。
住宅投資については、新築住宅着工件数が改正建築基準法施行の影響により7月以降減少を続けていますが、法改正による影響が落ち着けば先行きは回復するものと考えられます。ただし、回復する時期やその規模については、不透明感が強いほか、法改正の影響が長期化した場合の建設財出荷や建築関連の中小企業の業績に及ぼす悪影響がやや懸念されます。このような背景もあり、日本銀行の今年度の経済成長率の見通しは、中央値でみると前年比+1.8%と、4月時点に比べ-0.3%下方修正されました。また、家計の所得が目立って増えない下で、分譲住宅の価格が上昇していることが影響し、住宅需要の基調的な動きに弱さがみられるとの慎重な声も聞かれています。このため、住宅投資の動向については注意してみる必要があるように思います。
賃金全体を一人当たりでみますと、9月の一人当たりの所定内給与は前年比-0.4%と、企業から家計への所得波及が見通しに比べると、若干弱めとなっています。その背景として、(1)内外の厳しい競争環境のもとでの企業の根強い人件費抑制姿勢や、(2)地方公務員の給与削減など財政再建の影響に加え、(3)賃金水準が高い団塊世代の退職やパート活用に伴う人員構成変化の影響、などが挙げられます。とりわけ中小企業では、こうした一人当たり賃金を抑える諸要因が、前述した原材料高等による収益の伸び悩みもあって、強めに現れているように思います。こうした状況は、今後も急速には変わりにくいと考えられますが、先行きは緩やかな景気拡大に伴い、マクロ的な労働需給はさらに引き締まっていくと想定されるため、賃金も、徐々に上昇圧力を高めると思われます。
また、家計の金融資産の保有形態も徐々に多様化しつつあり、雇用者所得だけでなく財産所得も、家計所得の源泉として重要性を増してきています。そうした下では、企業収益の好調さは配当や自社株買い、さらには株価上昇などのルートで家計に波及し、先行きの家計の可処分所得の緩やかな増大に繋がると考えられます。
(3)物価の動向
物価については、国内企業物価指数は概ね前年比+2%台と、国際商品市況高などを背景に、想定より上振れて推移しています。一方、経済のグローバル化に伴う安価な輸入品との競合や、規制緩和などを背景に厳しい競争環境に晒されている消費者段階の価格についてみると、原材料高などの価格転嫁が企業間取引ほどには進んでいないようです。このため、生鮮食品を除く消費者物価指数、いわゆるコアCPIは、2月以降、小幅なマイナスで推移するなど、弱めの動きが続いています。
その要因の一つとして、物価下落が長く続いてきたことで、消費者の提供されるサービスや商品価値に対する厳しい評価や、値上げに対する抵抗感が非常に根強いことが挙げられると思います。多くの企業は、値上げすれば消費者の反発を受けるのではないかと、値上げには極めて慎重な姿勢で臨んでいます。
例えば、流通業者間の競合が激しい中、価格転嫁に踏み切ったあるスーパーでは、来店客数の減少により値上げ品目以外の売上高も減少し、結果的には業績が悪化したことから、改めて値下げに踏み切ったとの話もあるようです。また、川下にある家電量販店やスーパー等の流通業者の集約が進展しており、メーカーに対する価格交渉力を一段と強めていることも要因の一つと考えられます。
このように、足許、消費者物価は弱めの動きとなっていますが、先行きについては、前年比でみて目先はゼロ%近傍で推移する可能性が高いものの、より長い目でみると、プラス幅が次第に拡大するとみています。コアCPIでは、2007年度はゼロ%程度、2008年度はゼロ%台半ばの伸び率となると予想しています。これは、潜在成長率を幾分上回るペースでの経済成長が持続することから、労働需給を中心に資源の稼働状況が緩やかながら着実に高まる中で、これまでの原材料価格の上昇分も含め、昨今の原油や食料品等の高騰している諸コストを価格に転嫁する動きが、企業間取引段階のみならず消費者段階でも徐々に拡がっていくとの見方に基づいています。因みに、日本銀行が先般実施した「生活意識に関するアンケート調査」でも先行き物価が上昇するとの回答が増えてきています。
なお、購入頻度が高い一部の日用品の価格が引き上げられているにもかかわらず、CPIが上昇してこない点が、消費者の肌で感じる生活実感と合致しないといわれています。こうした相違の背景としては、消費者の物価に対する実感は、ガソリンや食料品など身近な商品の値上がりが反映されやすい一方、CPIは、(1)購入頻度の高い品目だけでなく、購入頻度の低い品目も対象としているほか、(2)価格が不変でも、品質や性能が上昇している場合には、物価指数上は価格が低下しているとする処理(品質調整)を行う、といった客観的な基準に則して作成されていることが挙げられます。例えば、CPIは9月に前年比-0.2%下落しましたが、このうちテレビやパソコン等の教養娯楽用耐久財の価格は前年比-15.7%下落しており、総合指数を-0.14%ポイント低下させています。いずれにしても、物価情勢の判断に当たっては、物価指数の動きだけでなく、人々の物価についての実感なども十分踏まえた上で、総合的な経済・物価情勢の判断を行う必要があります。
4.先行き見通しに対する上振れ・下振れ要因
(1)経済見通しに対する上振れ・下振れ要因
こうした先行きの経済見通しに対しては、海外経済や国際金融資本市場の動向、国内住宅投資の動向など、上振れ、下振れの要因が存在します。こうした先行きを展望する上で留意すべき2点について簡単に整理したいと思います。
(海外経済動向)
ポイントの1つ目は、海外の経済動向です。米国については、最近の経済指標をみますと、個人消費や雇用等の指標は減速しつつも増加基調を維持している一方、住宅投資は減少を続けており、サブプライム住宅ローン問題などの影響もあって消費者マインドに関する指標も悪化傾向を示しています。このため、米国経済の先行きに対するダウンサイドリスクは高まっていると思います。米国経済の減速が住宅市場の調整を中心とした限定的なものであれば、米国の世界経済への成長寄与率が以前に比べ半減していることもあって、新興国などの高い成長により世界全体としては景気拡大が続く可能性が高いと考えられます。ただし、住宅市場の調整が一段と厳しいものとなる場合や、金融資本市場の変動の影響が予想以上に広範なものとなる場合など、ダウンサイドリスクが顕現化すれば、信用収縮やマインドの悪化などを通じて、個人消費、設備投資が下振れ、米国景気が一段と減速する可能性も考えられます。その場合には、他地域の成長にも悪影響がおよび、世界経済全体として下振れる懸念があり、日本経済に対しても少なからず影響が出てくる可能性があります。
ここで、国際金融資本市場に大きな影響を与えているサブプライム問題について簡単にお話したいと思います。そもそも、サブプライム住宅ローンとは、信用力の低い借り手を対象とした住宅ローンのことを指します。融資残高は約1.3兆ドルで、アメリカの住宅ローンに占める割合は13~15%と言われています。ローン資産が証券化により、容易に転売可能であったこともあり、ここ数年は、住宅金融業者の融資規律が緩み、債務者の返済能力が十分とは言えない場合でも、先行きの住宅価格の上昇を前提にした融資が数多く実行されてきました。しかしながら、住宅価格が下落、あるいは地域によって上昇率が鈍化したことから、転売や借り換えを前提としていた債務者等が、元利金の支払い困難となったケースが増加していますし、居住目的の住宅ローンでも、支払い金利の上昇に伴って返済が滞るケースが増えています。2006年に融資されたローンについては、60日以上の延滞率が15%程度と、前年の2005年に融資されたローンの約2倍の水準まで上昇するなど、不良債権化が進んでいるようです。言わば、貸すべきでなかった、あるいは借りるべきでなかった融資であり、起こるべくして起きた事態とも言えます。こうしたローンは、一部ではNINJA(No Income, No Job and No Assets)ローンなどとも呼ばれているようです。
こうしたサブプライム住宅ローンの不良債権化は、米国の実体経済に対して、担保物権の処分増加により住宅市場の調整を長期化させるリスクのほか、企業や消費者のマインドを悪化させて設備投資や個人消費を下押しするといった悪影響を与えかねません。
国際金融資本市場においては、サブプライム住宅ローンを担保とした住宅ローン担保証券の多くで格付けの見直しが行われたことを契機に、証券化商品全般の価格や、流動性に対する疑念や欧米の金融機関の業績に対する不透明感が拡がり、他のクレジット商品や株式市場などへも影響が波及しました。もっとも、こうした国際的な金融市場の動揺が、わが国の短期金融市場やクレジット市場に与えた影響は今のところ限定的とみています。
先行きについては、どの時点で住宅市場の調整に見極めがつくのか、あるいは国際金融市場における証券化商品の価格形成に関する不透明感が払拭されるのか判然としませんが、サブプライム問題が世界経済に与える影響と、わが国経済への波及について、引き続き注意深くみていきたいと思います。
(金融・経済活動の振幅の拡大)
前述の通り、サブプライム住宅ローン問題をきっかけとした国際金融資本市場の変動にもかかわらず、わが国の金融環境において、実質金利は極めて低い水準で推移するとみられています。従って、先行きの見通しに対する上振れ・下振れ要因の2点目は、極めて緩和的な金融環境が続く下で、金融・経済活動の振幅が拡大する可能性です。
こうした中で、仮に、企業経営者が先行きの資金負担コスト、資産価格、収益などに関する楽観的な想定に基づき、金融・経済活動を積極化する場合には、金融資本市場において行き過ぎたポジションが構築されたり、非効率な経済活動に資金やその他の資源が使われ、長い目でみた資源配分に歪みが生じるおそれがあります。その場合、短期的には景気や資産価格を押し上げることがあっても、その後の反動的な調整を余儀なくされ、息の長い成長を阻害する可能性があります。今のところ、わが国はバブル経済崩壊の貴重な経験をしており、こうした楽観的な想定が企業経営者や個人の間で拡がっているとは思われませんが、こうした要因が顕在化する可能性も先行きのリスクの一つとして考えておかなければなりません。
(2)物価に関する上振れ・下振れ要因
こうした経済の上振れ・下振れ要因が顕現化した場合には、物価にも影響する可能性がありますが、このほか、物価固有の上振れ・下振れ要因も存在しています。例えば、景気拡大が続く中にあっても、グローバルな競争から企業のコスト削減の一環として、賃金の上昇を抑制する要因が強く作用する場合には、物価に対する下押し圧力が根強く残ることが考えられます。
一方、世界各国で原油関連製品や食料品など生活必需品の値上げが拡がる中、わが国でも、インフレ予想の上昇を伴いつつ、価格転嫁の動きが想定以上に強まれば、先行き物価が上振れる可能性も考えられます。また、中国経済の過熱感が強い中で、米国経済が速やかに潜在成長率並みの成長ペースに回復した場合、国際商品市況の一段高などを伴いながら、米欧の中央銀行も懸念していますような世界的なインフレ圧力の増大に繋がるおそれもあります。特に、現状、原油価格をはじめとする国際商品市況は、世界経済全体の高成長による需要増や地政学的要因などから高値圏で推移しており、その状況如何では、物価の先行きに影響を与える可能性があります。
5.わが国の輸出拡大の背景
2002年初めから始まった今回の景気拡大局面では、輸出の増加が大きく貢献しています。ここからは、現在の日本経済の成長に大きく寄与している輸出動向の特徴についてお話させて頂きたいと思います*。
- *詳しくは、日本銀行調査統計局「近年のわが国の輸出入動向と企業行動」(BOJ Reports & Research Papers、2007年8月)をご参照ください。
(1)世界経済の拡大
第1に、世界経済は、2004年以降、全体として+5%程度の高い成長を続けており、IMFの世界経済見通しによれば、2008年も、幾分減速するとはいえ、+5%弱の高成長が予想されています。さらに、各国・地域別の動きをみますと、ここ数年、中国など新興国の台頭が著しいことが大きな特徴です。一方、世界経済の成長率に対する米国経済の寄与率は、1980年代から2000年頃までは平均して約2割となっていたものが、2002年以降は約1割にまで低下しており、米国への依存度は低下しています。
第2に、1980年以降の30年弱の期間において、世界の実質GDPが3倍弱の拡大となっている一方、世界の貿易量は世界GDPを大きく上回る5倍のペースで増加しています。また、世界の人口は1980年の44億人から66億人と約1.5倍となり、これからも当分の間は世界の人口は年率+1%以上で増え続けると言われています。このため、世界の貿易市場は確実に拡大を続けると思われます。
この間、わが国は世界貿易の拡大を積極的に取り込み、輸出入のGDPに占める比率は30年弱で約2倍となっています。
こうした動きは、世界のコンテナ船や不定期専用船の輸送量拡大からも確認できます。特に、中国がWTOに加盟した翌年の2002年以降の海上荷動きは堅調であり、運賃も需給逼迫から強含んでおり、船会社は向こう数年にわたって平均+5%を超える増加が見込まれる世界の海上輸送需要に応えるため、積極的に船舶投資を拡大しているようです。また、わが国の造船業界も活況を呈しており、4年先までの船台は殆ど空きがない状況と言われています。
(2)わが国の輸出先の拡がりと輸出品目の多様化
輸出の仕向け地別シェアの推移をみますと、2001年まで3割を超えていた米国が年々低下し、その分中国やその他地域が拡大し、仕向け地の分散化が進んでいます。
また、輸出の財別シェアの推移をみますと、過去には3割強を占めていた情報関連財が2割程度に縮小しています。一方、自動車関連や資本財などが増加し、財別構成がバランスの取れたものとなっています。
(3)わが国企業のグローバル需要への対応
今回の景気拡大局面では、世界経済の成長率は+5%程度で推移してきましたが、その間、輸出の伸びはその倍以上の+10%程度のペースで増加しています。従って、わが国は、輸出の仕向け地並びに品目の多様化により、世界の成長市場における需要の安定的な確保を可能にしたと言えます。
一方、わが国企業は、加工業種を中心に海外生産比率を高めており、旺盛な海外需要に対応するため、国内生産と共に海外生産も拡大させ、双方を補完的に活用していると考えられます。
(4)世界的な供給体制の構築
この数年、輸出企業は海外生産を拡大すると同時に、シャープの亀山工場や東芝の四日市工場等、国内でも大型工場の建設を進めています。その背景としては、わが国企業が、生産費用の切り下げは海外生産を活用しつつ、技術集約度と効率性を高めることによって、国内生産の競争力並びに稼働率の維持を図っているのです。世界の成長市場の需要を取り込み、グローバルな視点からの生産拠点の最適な分業体制の構築を進めていると考えられます。
(5)サービス・所得収支の改善
従来、経常収支黒字の大半を占めていた貿易収支黒字は、実質収支が増加する一方、名目では原油など輸入品の価格上昇が影響し、ここ数年は横ばい圏内での推移となっています。一方、サービス収支の赤字幅が緩やかな縮小傾向にあるほか、所得収支の黒字幅が貿易黒字幅をやや上回る水準にまで拡大しており、これらが経常収支黒字の拡大に大きく寄与しています。
サービス収支の内訳をみると、海外企業・子会社の特許使用料等や海外子会社の輸出に伴う利益等が黒字幅を拡大しているのが特徴です。所得収支については、基本的には対外純資産の拡大に伴い黒字が増加していると考えられますが、内訳をみると、債券利子の黒字が拡大していると同時に、直接投資収益の拡大も目立っています。こうした点を踏まえると、サービス収支や所得収支の改善には、わが国企業の海外事業活動に伴う受け取り利益の増加が少なからず寄与しているとみられます。
6.おわりに
これまで、日本銀行の金融政策運営、および日本経済の現状と先行きの見通しなどについて述べてきましたが、最後に、広島県経済についてお話ししたいと思います。
広島県内を地域別にみると、全国と同様に都心回帰の流れが強まる中で、広島市などの県西部や、福山市などの県東部と、三次市、庄原市など県北部との間には、景気回復感に温度差もみられています。そうした中、例えば広島市では、市民をも巻き込んだ新球場の建設や駅前開発に象徴される大規模プロジェクトが進行しており、新たな地域活力を生み出していると思います。
最近の広島県内の経済情勢を総括しますと、公共投資が減少しているほか、住宅投資や、個人消費の一部に弱めの動きがみられますが、海外需要の好調から輸出が引き続き増加基調にあり、そうした下で、生産は堅調に推移、設備投資も増加しています。従って、県内の景気は、全体として回復を続けていると判断されます。
広島県に限らず全国的に言えることですが、やや仔細にみますと、製造業の好調さに比べ、非製造業の回復テンポは遅れ気味です。また、昨今の輸入原材料価格の高騰などが、各企業、なかでも中小企業の採算を圧迫している一方、住宅投資には足許の法改正の影響といったこと以上に何某か弱さが感じられるほか、個人消費のもたつき感もなかなか改善していません。
今回お邪魔するに当たって、広島県経済について改めて勉強しましたが、当地は、自動車、機械、鉄鋼、造船を中心とした中・四国最大の工業県であり、裾野の広い自動車関連の企業群が確固たる地位を築いているほか、自動車関連産業以外でも、優れた技術やアイデアを活かした全国的にも知名度、シェアの高い企業が、非製造業を含めて多数存在しており、県外大企業の主力・最先端工場の立地や、大型小売店の出店も活発であることがわかりました。
こうした多岐にわたる地域の特徴を活かし、引き続き企業経営者の皆様方が大いに企業家精神を発揮され、今後、広島県経済に新しい活力が生み出されていくことを心から期待しております。
なお、その過程で、日本銀行としてお役に立てることがあれば、引き続きご活用頂くよう、お願いいたします。
また、これからのわが国の人口減少を考えると、製造業、非製造業を問わず、拡大を続ける海外市場を如何にして取り込めるかが、益々重要になると思われます。
ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。
以上