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わが国金融システムの競争力強化に向けて

金融情報システムセンター(FISC)における福井総裁講演要旨

2007年11月30日
日本銀行

目次

  1. (はじめに)
  2. 1.金融機関経営環境の変化
  3. 2.わが国金融機関の収益性
  4. 3.金融機関の収益性向上に向けた対応
  5. 4.おわりに

(はじめに)

 日本銀行の福井でございます。本日、多数の金融関係の方々を前に、わが国金融システムの競争力強化というテーマについてお話しする機会を与えて頂き、大変光栄に存じます。

 金融システムや金融市場は、資金余剰主体から資金不足主体への資金配分機能を果たしているだけでなく、収益性や成長性の高い企業を選び出すという重要な役割をも担っています。従って、効率的・競争的な金融システムや金融市場の存在は、一国経済の発展にとって不可欠な要素と言えます。本日は、まず金融機関経営を巡る環境の変化について述べた後、わが国金融機関の競争力・収益性の現状を評価し、さらに競争力強化に向けた道筋について、私の考えを申し述べたいと思います。最後に、サブプライムローン問題からの教訓についてもお話しします。

1.金融機関経営環境の変化

(企業活動面の変化)

 1990年代以降、世界の経済や金融市場は大変大きな変貌を遂げてきました。変化を生み出した背景には様々なものがありますが、とくに重要なものは、経済のグローバル化と情報通信技術革新(IT化)との二つだと思います。

 経済のグローバル化の進展により、多様な財やサービスが国境を越えて頻繁に行き来するようになり、それを通じて、様々な国際分業の発展や価格・賃金の収斂傾向などが生じています。また、IT化の進展は、情報の処理・伝達プロセスを大幅に効率化することによって、取引にかかる時間的・空間的な制約を大きく緩和し、遠隔地間の取引コストを大幅に低下させました。こうした中で、企業の国際的な活動にも大きな変化が生まれてきました。企業が生産拠点を海外に展開する動きが一段と広がっているうえ、グローバルなM&Aも活発化しています。また、企業間の役割分担の仕方も進化しています。例えば、ソフト開発やデータ処理等の分野では、ITを活用して国境を越えた機能のアウトソーシングが活発に行われるようになりました。さらに最近は、新製品開発においても、自社の開発計画を開示して、自社にない技術を既に持っている先を国際的に募集するといった、オープン型の開発手法も登場しています。こうした情報の仲介を、グローバルなITネットワークが支えていることは言うまでもありません。

(金融面の変化)

 このような企業活動のめざましい変化と歩調を合わせ、これを支える金融取引も長足の進化を遂げてきました。

 第一に、取引対象や取引手法の観点からみると、近年は、ファイナンス理論やITの発達に助けられ、デリバティブズ市場の取引対象が大きく拡大しました。国債や外国為替のように市場価格が存在する資産のみならず、信用リスクなど、モデル評価による理論価格に基づいて取引を行う領域が急速に拡大しました。また、M&Aファイナンスや不動産ファイナンスの面でも、キャッシュ・フローを重視する新たな金融手法が普及しています。証券化手法も発達し、実に多様な証券化商品が生み出されてきました。

 第二に、市場参加者の観点からみると、投資家の顔ぶれが非常に多様化しました。とくに顕著なのは、ヘッジファンドやプライベート・エクイティファンドなどが、グローバルな金融仲介システムにおける重要なプレーヤーとして活動するようになったことです。最近は、ファンドの旺盛な投資需要が起点となる形で、不動産やM&Aを含む様々な投資案件が創出されてきた感すらあります。

 このような金融取引手法の発達と様々なファンドの拡大もあって、多様なリスク選好を持った世界中のリスクマネーが、グローバルな金融市場を目まぐるしく駆け巡るようになりました。今回のサブプライムローン問題は、ある国における特定分野のリスクが、世界中の国の金融機関や投資家に分散して保有される時代になっていることを端的に示すものと言えます。

(金融機関のビジネス・モデルの変化)

 こうした中で、金融仲介システムの中核に位置してきた先進国の金融機関は、ビジネス・モデルを大きく変革させてきました。とくに、欧米の先進的な金融機関は、一旦自らが実行した貸出などのリスクを、例えば証券化技術を駆使して投資家に移転するというビジネス・モデル、——オリジネート&ディストリビュート型と言われるモデル——を拡大させています。その背景としては、資本市場の発達に伴い、大企業向け与信などの一般的なホールセール取引では利益を確保しにくくなったことや、先に申し上げたような各種ファンドの投資ニーズが増大していること、などが挙げられます。こうした中で、海外の金融機関は、高い格付を維持するために十分な自己資本を確保しつつ、株主の要請などを踏まえて、高い資本収益率の達成に挑戦しているのです。

(わが国の金融機関の状況)

 翻って、わが国の金融機関をみてみましょう。

 わが国では、1990年代以降十年余に亘り、不良債権問題の克服にまさに国をあげて取り組んできました。金融機関は、不良債権処理を進めるとともに、人員の削減、内外店舗網の削減、ITシステム投資の抑制を継続し、戦略的な経営資源投入を抑制せざるを得ない状況にありました。こうした努力が漸く実り、2005年度頃には全体として不良債権問題を概ね克服したと言える状況になりました。それ以降、わが国の金融機関は、新規採用や新規ビジネス部門への投資積極化、海外部門の再拡張など、前向きな資源投入に踏み出しています。

 しかし、この十年余の間に、わが国においても、グローバル化やIT化などの影響で、経済・金融の構造は大きく変化しています。例えば、中堅企業を含めて日本企業の海外進出が活発化していますし、本邦企業が当事者となるM&Aも増加しています。また、企業部門が全体として資金余剰に転換する一方で、少子高齢化の影響もあって家計部門の貯蓄率が趨勢的に低下し、家計から預金を集めて企業に貸すという従来の金融仲介手法が、将来に亘り十分な収益機会をもたらすかどうか、見通しにくくなっています。さらに、規制緩和の進展も加わって、異業種から金融業への参入も活発化しています。

 わが国の金融機関が健全性を回復し、前向きな戦略を実行するスタート台に再び立つことができたのは誠に喜ばしいことですし、その間の皆様方のご努力に深く敬意を表したいと思います。ただ、この間に、競争環境や競争条件が大きく変わっていることを十分認識したうえで、戦略を再構築する必要があります。

2.わが国金融機関の収益性

(金融機関の競争力)

 金融機関の競争力を、金融取引を通じた「付加価値創造力」として捉えた場合、それはどのような尺度で評価できるでしょうか。付加価値とは、投入したコストを上回る価値を創造することですから、単なる資金量や資産規模の大小では評価できません。それは、収益性で評価する必要があります。収益性の高い金融機関は、投入コストとの対比でみて、多くの顧客から商品・サービスの内容や価格設定が支持されているとみることができるからです。そこで以下では、日本の金融機関における収益性の状況と、収益性向上に向けた課題について述べます。

(収益性の現状評価)

 まず、わが国の金融機関の決算をみると、大手銀行、地域銀行ともに、2005年度に既往最高の当期純利益を計上した後、2006年度も概ね同水準の当期純利益を確保しました。2006年度末の自己資本比率は、大手銀行で12%台、地域銀行で10%台まで上昇したほか、1998年からの累計で約12兆円が投入された公的資金のうち、およそ4分の3に相当する9兆円弱が既に返済されました。このように、金融機関の収益および自己資本は、近年めざましく回復しています。

 もっとも、こうした収益回復は、不良債権処理の過程で大幅に積み増した貸倒引当金が、債務者企業の業況改善や企業再生の奏効などによって積み立て不要となり、信用コストが極めて低い水準にとどまっていることに支えられている面があります。一方、資金利益や手数料収益は減少ないし伸び悩んでおり、基礎的な収益力が向上しているとは必ずしも言えません。

 日本銀行は、半年に一度、わが国金融システムの状況に関する分析結果をまとめたレポート——「金融システムレポート」——を公表しています。本年9月に公表した最新号では、銀行および信用金庫を合わせた日本の銀行セクター全体を対象に、1980年代初以降の長期的な収益性を検証しました。まず、総資産収益率(ROA)は、多額の不良債権処理損失により赤字が続いた期間を除いてみても、0.5%程度に止まっています。ROAを要因分解してみると、総資産対比の資金利益率と経費率は、80年代初以降それぞれ1.3%、1.0%程度で安定的に推移しています。従って、長期的にみた経費率控除後の資金利益率は0.3%程度しかないということになります。この資金利益率でも、現状のように貸倒引当金の戻りなどから信用コストが例外的に低水準にあれば採算は黒字化するものの、貸倒引当金の計上が通常ペースに復し、信用コストが再び増加する場合には、恒常的に黒字を確保できなくなる惧れがあります。

 こうしたわが国金融機関の収益性の低さは、国際比較すると一層明確になります。例えば、資産規模の面では、日本の銀行セクターは名目GDPの1.5倍相当の資産を保有しているのに対し、米国では0.5倍程度です。一方、米国銀行セクターのROAは、80年代初以降の平均で1.5%程度、近年は2%近い水準にあります。これに対しわが国は、マイナス局面を除いてみても0.5%程度に過ぎません。経費率は日本の方がかなり優位にありますが、資産から得られる利鞘が極めて低いことと、手数料収益の比率がかなり見劣りすることが、わが国金融機関のROAを押し下げています。つまり、日本の金融機関は、米国の金融機関に比べ多額の資産を保有しているものの、その資産が生み出す付加価値は低く、また、資産を持たずに利益を獲得できるような商品・サービスの提供も、収益貢献度という面ではまだ十分育っていないと言うことができます。

(低収益性の背景)

 それでは、日本の金融機関の収益性は何故低いのかを考えてみましょう。

 まずビジネス・モデルの面からみれば、多くの金融機関が、一般的な預金、貸出など、皆が提供可能な金融商品・サービスの提供に大きく依存する収益構造になっていることが挙げられます。一般に、多くの主体が提供できる商品・サービスは、価格以外の面では競争力を発揮しにくいと言われています。しかも、日本の金融機関の総資産の5割以上を占める貸出については、企業は、経済の構造変化やバブル期の反省を踏まえ、たとえ好況時であっても安易には借入を増やさない姿勢に転じています。借入需要全体がさほど伸びない中で、一般的な融資のボリュームを伸ばそうとすると、利鞘の縮小が不可避な状況にあります。

 因みに、中小企業が幾つの金融機関と融資取引を行っているかという統計を日米で比較してみると、明確な相違がみられます。米国では、1行としか融資取引を行っていない中小企業が8割を占めているのに対し、日本では3行以上と取引している中小企業が過半を占めています。これは、わが国での貸出競争の激しさを示すとともに、日本の金融機関が、特徴ある金融サービスの提供を通じて顧客との強固な信頼関係を構築できていない可能性も示唆しています。

 次に、ガバナンスの面からみてみましょう。日本の金融機関の低収益性がこれまで長い間続いてきたことを踏まえると、株主はじめ、金融機関のステークホルダーの大部分は、このような低収益性を許容しているようにもみえます。金融機関と企業との間では、かつては株式の持ち合いが非常に顕著でした。このような関係の下では、銀行にとって企業は、株主であると同時に重要顧客でもありましたので、銀行に対し株主価値の向上を求める立場と、有利な取引条件を求める立場とが交錯し、収益性向上に向けたガバナンスが働きにくい面があったことは否めません。近年は、持ち合いの解消が進み、株主価値の向上を優先する外国人やファンドの銀行株保有比率も上昇傾向にあります。また、内部統制の強化を促す法整備も進んでいます。もっとも、わが国の金融機関全体でみると、株主あるいは市場によるガバナンスや企業内部の意思が強力に作用して、銀行が収益性の向上を明確に果たすべくビジネス・モデルを大胆に改革するという動きは、まだ限られているように思います。

(低収益性が続く場合の問題点)

 もっとも、別の見方もあるでしょう。「利鞘の低さは顧客への利益還元の結果でもあるし、ステークホルダーの多くは低収益性をまだ容認している。金融機関の収益性が低いままでも、当面困らないのではないか」、さらには、「金融機関の低収益性は低い貸出金利を通じてわが国経済を下支えしているのではないか」という見方です。しかしながら私は、仮にわが国金融機関全体の低収益性がこのまま続くとした場合に、次のような二つの不安を感じます。

 第一は日本経済の将来の活力という面での心配です。国際的にみた収益性の低さは、金融機関のみならず多くの日本企業にも該当することです。しかし、付加価値の低い商品・サービスしか提供できない産業は、グロ−バル経済の中で勝ち残りが難しい時代になっています。一国の経済発展のためには、まず、生産性や成長性の高い企業がより多く活動する必要があります。また、そのような企業にリスクマネーが円滑に提供されることも不可欠ですが、そのためには、金融機関の限りある経営資源が付加価値の高い分野に効率的に活用される必要があります。従って、金融機関が付加価値の高いサービスの開発・提供を一層強化し、それによって新たな事業に挑戦する企業等をサポートできなければ、わが国経済の将来の発展にも黄信号が灯りかねません。もちろん、海外の金融機関が日本で活躍することによって、金融機能が補強されることもある訳ですが、情報開示度の低い中小企業向け金融サービスなどの分野では、海外金融機関の参入にもおのずと限界があるかも知れません。

 第二は、金融システムの長期的な安定確保という面での心配です。期間収益は、資本蓄積の基本的な源泉です。もちろん市場からの追加的な資本調達も可能ですが、それも、収益力や事業の将来性が評価されてこそできることです。従って、収益性が低いままでは、中長期的にみて、経済悪化時に発生する信用コストの増大に耐え得るだけの資本蓄積が行われず、金融システムの安定が確保されない惧れがあります。

3.金融機関の収益性向上に向けた対応

 このように、金融システムの安定性確保のうえでも、日本経済の将来の発展のためにも、わが国金融機関の収益性向上は極めて重要だと思います。以下では、収益性向上に向けた対応についてお話しします。

(リスク・リターンの客観的評価)

 第一は、リスクとリターンを客観的に評価する手法を一層向上させることです。金融機関が収益性を改善させるためには、まずもって、提供する商品・サービス、あるいはその結果として行う資産保有や金融取引に関し、リスクの性質や大きさと、それとの対比でみたリターンの十分性を客観的に評価することが不可欠です。経営陣を含めて、リスク・リターンの状況に対する正しい認識がなければ、収益性向上に資する経営面での適切なアクションは期待できません。

 例えば、大手銀行の場合、国内での商業銀行ビジネスのみでは収益性向上が困難であるといった事情から、かねてより投資銀行業務や海外業務を増強することの必要性が指摘されています。ただ、統合リスク管理の手法を用いて、現在の大手銀行全体のリスクテイクの状況をみると、信用リスク量や長期的な株式保有のリスク量が非常に大きくなっているため、金利リスクや業務リスクを合わせた全体のリスク量は、既に中核的な自己資本の規模に相当する水準に達しています。現在の中核的な自己資本の大部分は、現在提供している商品・サービスに伴うリスクのために既に使われている訳です。従って、投資銀行業務であれ、海外業務であれ、付加価値の高い新規業務を通じた新たなリスクテイクに挑戦するためには、既存業務のリスク・リターン状況を客観的に評価し、リスク対比で採算性の低いものを縮小することによって、新たな業務に使用できる資本を捻出する必要があります。大手銀行の中では、クレジット・ポートフォリオ・マネジメントと呼ばれる手法を用いて、大口与信の削減による貸出ポートフォリオの効率性向上に取り組む動きがみられていますが、こうした手法を、リターンの改善に明確に結びつけていくような、組織横断的な取り組みの一層の推進が望まれます。

 また、地域金融機関の場合、地元顧客の経済活動を長期的にサポートする使命も負っているとよく言われます。例えば、「地元企業との取引においては、短期的な採算確保よりも、長期的な取引関係を重視する必要があり、一時的に企業の業況が悪化しても、長期的な観点から金融面の支援を継続せざるを得ない」、という声が聞かれます。地域金融機関が、こうした地域への長期的コミットメントに伴うリスクを負っていくのであれば、それに伴うリスクを適切に評価することが不可欠です。例えば、地元企業への与信期間が長期に及ぶ場合には、実質的な与信期間をもってリスク量を把握する必要があるでしょう。また、与信の中に固定化している部分があるのであれば、そうした部分を抽出して、出資に近いものとしてリスクを認識することも考えられます。こうした地域へのコミットメントに伴うリスクを適切に認識すると、現状よりもリスク量が拡大する可能性がありますが、その場合は、それに見合った自己資本を確保することが必要となります。地域金融機関の中には、現在既に、自らが計測したリスク量を大きく上回る自己資本を有している先が多数みられます。それは、地域へのコミットメントに伴うリスクに対しても、暗黙裡に備えているということかも知れません。しかし、リスクの認識を曖昧にしたままでは、リターンの改善は望みにくいことになります。地域へのコミットメントのリスクを明確に認識することで、リターンの面でも、例えば、業績不振に陥る企業には早期に事業再生の支援を行い、キャッシュ・フローを改善して金利収入につなげる、あるいは、「擬似資本」的な融資の部分には外部のリスクマネーを仲介して手数料収入につなげる、といったアクションに結びつけていくことが重要と考えられます。

(業務の選択と集中)

 第二に、金融機関の提供する業務が比較優位を持ったものなのかどうかを見極め、資源投入の程度や方法に差をつけていくことが必要です。既に述べたように、多くの主体が提供できる商品やサービスにおいては、収益貢献度の低い熾烈な価格競争から抜け出すのは容易ではありません。従って、まず、提供している商品・サービス毎に、ブランド力や顧客への解決策の提案力、非公開情報の把握力といった非価格競争力の度合い、当該業務の将来成長性などを吟味して、比較優位性の度合いを判断することが求められます。また、提供するサービスの価格と品質の組み合わせに工夫を凝らせないか、サービスを提供するのに最適なチャネルは何か、を検討することも必要です。そのうえで、自らが資源投入を積極化すべき業務と、縮小ないし効率化を進める業務とを峻別し、経営面での具体的なアクションにつなげていく必要があります。

 どのような業務に高い比較優位性を見出せるかということは、各金融機関の経営環境や特性によって異なりますので、一概に申し上げることはできません。一般的には、経営資源の特性に着目して、付加価値創造力を吟味することが有効だと思います。

 大手の銀行においては、広範な店舗網や決済ネットワーク、大企業を中心とした営業基盤、多様なグループ構成と人材、分散を働かせ得る大きなポートフォリオの構築力、アジア地域での営業力、などに優位性が存在し得るのではないでしょうか。例えば、M&Aを含む企業の海外業務展開、新たなリスクヘッジ需要への対応、知的財産の有効活用、家計のライフステージに応じた商品開発、といったニーズに対し、銀行がそれぞれの強みのある分野を見出し、適切な商品やソリューションを提供してサポートすることを通じて、自らも収益を確保していくことに期待したいと思います。また、国内投資家の運用ニーズとアジア企業の成長への挑戦を、うまく結びつけていくことも期待されます。ただ、銀行の資本には限りがありますし、国際業務を展開するうえでは格付やROE等が市場からチェックされますので、比較優位性ある分野の強化と同時に、そうでない分野の効率化も推進する必要があります。また、銀行自身がリスクテイクを行うのみならず、一旦引き受けたリスクを多様な形に加工することによって、内外の多様なリスクマネーを仲介するといった視点も重要です。

 地域金融機関においては、中小企業が融資先の大部分を占めています。こうした開示情報が少なく、しかも担保力が乏しい企業への与信は、難しいビジネスだと思います。中小企業の信用度や将来性の評価は開示情報のみでは困難であり、企業の経営実態や経営者情報などを含む非公開情報の把握力が物を言う面があるからです。この点、地域金融機関の強みは、地元において、顧客との日常的かつ緊密なコンタクトを展開できる点に存在します。例えば、問題意識のアンテナを高く張った戦略的な渉外活動によって、地元企業経営者が暖めている新規事業の青写真や、財務・会計面の悩み、事業の後継者問題などの情報から金融ニーズを丹念に拾い上げたうえで、それぞれの得意技を磨いて当該企業のキャッシュ・フロー改善につながるような提案を行っていくことができれば、地域金融機関の収益性向上にもつながります。

 また、個々の企業から得られる生きた情報を点で終わらせずに組織内で共有し、様々な切り口から現場が活用できるデータベースを構築することも重要です。一方、こうした顧客との緊密な接触をベースとして非公開情報を収集する体制の維持には相応のコストがかかりますので、比較優位性の低い商品・サービスの品揃えの程度や提供方法については、アウトソーシング等も活用して、より一層効率性を高めるような対応が必要です。

(合併・統合のメリットと留意点)

 これまで、多くの金融機関が提供する一般的な金融サービスは価格以外での競争が難しく、収益性向上につながりにくいと申し上げてきました。もっとも、皆様の中には、金融機関同士の合併・統合によって、一般的な業務でも収益性を改善できるのではないか、という疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。確かに、経済学的には規模の利益の発揮が期待される訳で、過去におけるわが国の地域銀行合併事例の分析でも、経費効率の改善効果は確認できます。反面、資産規模の単純な拡大は却って貸出金利を低下させ、経費率の改善効果を減殺するという分析結果も得られています。

 もっとも、過去の合併や統合の分析事例の多くは、不良債権問題を克服する局面において実施されたものですので、金融機関が前向きな業務戦略の一環としてM&Aを活用する場合には、従来とは異なる展開があり得ます。冒頭申し上げたように、わが国でも、産業界においては、既に様々な形のM&Aが活発に展開されています。今後は、日本の金融機関にとっても、合併を含むM&Aが、企業価値を積極的に高めるための有効な手段となることは自然な流れだと思います。例えば、自らの強みのある業務を強化するために、シナジーの高いビジネスを買収するとか、逆に、比較優位性の低い業務を売却することによって企業価値向上を狙うことが想定されます。また、グローバルなM&Aにかかる手続の面でも、先の会社法改正により、海外企業が株式交換を用いて三角合併を行うことが可能となりました。その第一号は、米国の大手銀行グループによる本邦大手証券会社の買収であり、まさに金融界で行われるものです。要すれば、単に資産規模を追い求めるだけの合併・統合は、それだけでは必ずしも収益性向上には結びつかない一方、金融機関がそれぞれの競争力のある分野を一層強化・充実させるためにM&A等を活用していくことは、収益性の向上に資する可能性が高いということだと思います。

(制度・慣行面の対応)

 これまで、金融機関自身の取り組みや課題について申し上げてきましたが、金融システムの収益性や競争力の向上には、インフラ面での改善も必要です。以下では、金融制度や慣行の面で改善を要する事項を挙げてみたいと思います。

 第一には、企業財務の透明性・信頼性の一層の向上です。金融機関や投資家が企業向けの与信や投資を行う際に、リスクの評価をより適切に行うためには、企業財務情報の開示を充実させる必要があります。この点、9月から施行された金融商品取引法で、上場会社には、四半期開示が義務付けられたほか、開示情報の信頼性を担保するため、有価証券報告書の記載内容確認書と内部統制報告書の提出が義務付けられました。もっとも、わが国では、諸外国に比べ、中小企業の財務諸表に外部監査が行われている範囲が狭いといった問題があり、開示情報の信頼性向上に向けて一層の改善が望まれます。

 第二には、企業・家計の金融ニーズの多様化に対応して、金融機関のフレキシブルな金融サービス提供を可能とするような制度見直しです。具体的には、先進国の中でやや厳格な部類に属している銀行業務と証券業務の間の垣根に関する規制を、緩和していくことが考えられます。これは、金融機関サイドからみれば、グループ内でのシナジー効果を発揮し易くする効果があります。もちろん、インサイダー取引の禁止など不公正取引の防止ルールや、一般投資家保護、利用者保護のためのルールをしっかりと遵守することが大前提です。

 第三には、公的金融セクター改革をしっかりと実現していくことです。既に、郵政公社の民営化がスタートしましたし、政府系金融機関の統合等の準備が進められています。民営化対象の金融機関にあっては、堅確なリスク管理体制や事務遂行体制を構築して、民間金融機関同士で健全かつ公正な競争を行っていくことが望まれます。一方、政府出資の下で政策目的のために業務を行う金融機関は、民間と同じ業務を広範に提供すると、リスク・リターンの適正化を妨げる惧れがあります。統合後の業務活動においては、あくまでも民間の金融機能を補完するという原則を徹底することが求められます。

(経済全体からみた留意点)

 ここまで、金融機関の収益性向上に向けた金融機関や金融制度面での対応について申し上げてきました。ただ、既に申し上げたとおり、資産対比や資本対比でみた収益性が国際的に低いという点は、グローバル市場の中で高い競争力を発揮している一部の大企業を除けば、金融機関のみならず、わが国の多くの企業にも該当することです。また、新たな事業リスクへの挑戦姿勢という面ではどうでしょう。例えば、製造業の総資産残高に占める現預金残高の比率を日米比較すると、日本が米国の2倍程度に達しています。これは、わが国企業の方が事業リスクへの挑戦に慎重であるということを示しているのかも知れません。仮に、企業が来るべき投資機会に備えて、平時から必要以上に手許流動性を保有しているのだとすれば、機動的な資金供給という金融サービスが十分に機能を発揮していないことを示唆するものかも知れません。

 今後の日本経済の発展のためには、企業が新たな付加価値創造のリスクに挑戦する力と、金融界がリスクマネーやソリューションを能動的に提供していく力の両者が、相乗的に発展していくことが不可欠です。幸い、わが国には強い国際競争力をもつ製造業と、世界一の金融資産の蓄積があります。また、高速通信回線の普及度合いなど、ITインフラ整備の面でも欧米に引けはとりません。今後は、産業界、金融界ともに、このようなフローとストック両面での現時点での優位性を十分活用し、技術や知恵の力で付加価値を創出して、日本経済を活性化していくことに、強く期待したいと思います。

4.おわりに

 最後に、サブプライムローン問題を発端とする世界の金融市場の不安定化について、私なりに感じていることをお話しします。まず、サブプライムローン問題のわが国金融システムへの影響ですが、海外市場における問題の一段の拡がりと深まりに伴い、わが国金融機関にも、当初の想定に比べて影響はじわじわと拡大しています。一部の金融機関では、市場価格下落に伴い投資商品に損失が生じたり、海外証券化ビジネスに関連して金融商品在庫に対して評価損を計上する例などがみられます。しかし、わが国金融機関の場合、クレジット市場への関与の度合いは相対的に小さく、これまでのところ損失は各金融機関・金融グループの期間収益や経営体力の範囲内で十分吸収可能とみられます。欧米金融市場の動向については、今後とも注意深くみていく必要がありますが、現時点において、今回の問題がわが国金融システムの安定性に大きな影響を及ぼすものとは考えていません。

 以上を踏まえたうえで、この問題からは、金融機関経営や金融市場のあり方を考えるうえで、幾つかの教訓を学び取ることができると思いますので、二点お話しします。

 第一は、金融機関からのリスク移転や遮断の難しさです。サブプライムローンは、通常の住宅ローンに比べるとリスクの高い商品ですが、その大部分は証券化され、リスクは投資家に移転されるはずでした。しかし、この問題の表面化以降、様々な形で金融機関にリスクが飛び火する展開となっています。

 例えば、証券化商品の投資家への転売が困難になったため、金融機関は予想外に同商品の在庫を抱えることとなりましたが、市場流動性が枯渇したため、多額の売却損や評価損を計上する事態が生じました。また、証券化商品に投資していたファンドの市場からの資金調達が困難化したため、一部金融機関では、——明示的なコミットメントラインの設定がない場合にも、——関連ファンドに対し、多額の流動性を供給するといった事態が生じています。こうした事例は、高度にリスク分散が進み、金融機能の分業が発達した現代においては、金融機関は実に多様な形でリスクの仲介に関与しており、市場にひとたび大きなショックが発生すると、想定外のリスクをも引き受けざるを得ない面があるということを示唆しています。

 今後、金融機関や証券化ビジネスに関係する機関は、今回の経験を踏まえて、証券化商品の評価モデルの見直しや市場流動性リスクの評価手法の開発など、リスク管理手法の一層の改善に取り組む必要があります。オリジネート&ディストリビュート型のビジネス・モデルについても、今回の問題を踏まえてまだ改善する余地があるということでしょう。

 第二は、新たな金融技術や取引手法を発展させていくためには、透明性への配慮が重要だということです。とくに、大きな金融ショックが生じた時には、市場全体に疑心暗鬼が広がり、ややもすれば過剰な反応を招きやすくなります。丁度10年前のアジア通貨危機の際は、ヘッジファンドの投資手法や投資規模が不透明であると非難されました。今回のサブプライムローン問題では、証券化によってリスクが世界中に拡散され、リスクの所在の把握が困難になったことを問題視する声が挙がっています。しかしながら、証券化やクレジット・デリバティブズなどのリスク移転取引自体は、リスクの分散により金融システムを安定させる機能を有するものです。

 先端的な金融技術の開発を含め、沸々と湧き上がるイノベーションの動き自体は決して妨げるべきではなく、その果実を、世界経済の安定と発展に活かしていかねばなりません。そのためには、先端技術を活用して新たな市場を開拓する金融機関や関連業者は、そうした市場における取引ルール・慣行や情報開示のあり方を、自発的に見直していくことが何よりも重要だと考えます。規制や監督の面でも、民間金融機関の新たな付加価値創造への取り組みと、それに見合ったリスク管理の高度化を促すという視点で、制度設計がなされる必要があります。

 いずれにせよ、銀行部門に様々なリスクが集中し過ぎているというわが国の金融システムの課題は、まだ修正の途上にあります。銀行部門の低収益性もその反映といった面があります。従って、日本の金融機関は、今後ともリスク管理力を一段と磨き、これを基に金融サービスの付加価値向上と収益力の向上を達成していくことが重要です。また、「リスク属性がわからない商品には投資しない」ということは鉄則ですが、一方で、複雑なリスクを適切に評価できる能力を磨き、付加価値の高い金融サービスを創造していく取り組みも必要です。こうした慎重さと、イノベーションへの絶え間のない挑戦が、わが国金融システムの安定性を維持し、競争力の向上に資することになるだと思います。

 日本銀行としましても、考査やオフサイト・モニタリング、セミナー活動などを通じて、金融機関のリスク管理手法の高度化や金融サービスの付加価値向上に向けた取り組みを、できる限り支援していく所存です。

 ご清聴ありがとうございました。

以上