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「最近の金融経済情勢について」

神奈川県金融経済懇談会における亀崎審議委員挨拶要旨

2007年12月26日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.内外の金融経済情勢
    1. (2−1)海外経済の動向
    2. (2−2)日本経済の動向
      1. (2−2−1)企業部門の動向
      2. (2−2−2)家計部門の動向
      3. (2−2−3)物価動向
  3. 3.日本経済の持続的成長に向けて
    1. (3−1)少子高齢化への対応
    2. (3−2)グローバル展開
    3. (3−3)わが国金融市場の国際化
    4. (3−4)資源・環境問題への対応
  4. 4.日本銀行の金融政策運営
    1. (4−1)2つの柱による経済・物価情勢の点検
    2. (4−2)経済・金融活動の上下両方向の動きについて
    3. (4−3)今後の金融政策運営方針
  5. 5.終わりに

1.はじめに

 日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、松沢知事、並びに神奈川県の経済界を代表される方々にお集まり頂き、誠にありがとうございます。また、日頃から日本銀行横浜支店が経済調査等々で大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

 私は、本年4月に日本銀行に来るまで41年間、総合商社に勤務し、主に200を超える海外拠点の運営管理ならびに地域戦略を担当して参りました。日本銀行では、総裁・副総裁と6人の審議委員から構成されるボードメンバーが、各地の経済界の方々と金融経済情勢について意見交換をさせて頂く目的で、懇談会を開催しております。今回は、私にとって初めての機会となりますが、宜しくお願い致します。早速ではございますが、以下では、現在および先行きの金融経済情勢についてお話させて頂きます。

2.内外の金融経済情勢

(2−1)海外経済の動向

 世界経済は、1970年代初頭以来の約30年間、平均すれば3~4%程度の伸び率で成長してきましたが、ここ数年間は主要国の景気堅調と、新興国の力強い経済成長に支えられて、5%程度に伸びを高めています(図表1−1、1−2)。但し、足もとは米国を中心に海外景気の先行きに不確実性が高まっています。

 すなわち、米国では、ここ数年間、良好な金融環境に加え、住宅ローンに関する証券化等によるリスク移転・分散手法の利用の広がりもあって、住宅投資が好調を続けてきました。しかし、その過程で、金融機関による住宅融資の規律が緩み、返済能力が十分ではない個人向けのサブプライム・ローンも含めて融資が拡大していたところ、住宅市場の調整の進行に伴ってそうしたサブプライム・ローンの不良債権問題が表面化しました。特に夏場以降には、住宅ローンを裏付資産とする証券化商品の信用リスクに対する懸念が強まったことに端を発して、クレジット市場の機能低下に波及しました。さらに、金融機関等による日々の資金繰りの場である短期金融市場の流動性も逼迫し、いずれも未だに十分には回復していません。こうした中、住宅融資に対する金融機関の態度が厳格化したことから、住宅販売は大幅に減少し、在庫調整が長引き、住宅価格も下落に転じています。企業部門でも、社債発行が減少するなど資金調達面への影響もみられています。これに自動車市場の減速や、原材料高もあるため、これまで海外景気の拡大にも支えられて好調を続けてきた企業収益もさすがに伸びが鈍化し、企業の景況感指数をみても改善幅は縮小しています。

 こうした中にあっても、雇用は引き続き堅調ですが、消費者コンフィデンス指数は住宅価格下落、株の乱高下、金融機関による融資基準の厳格化、ガソリン高などから、ハリケーン「カトリーナ」の影響を受けて大きく落込んだ2005年10月以来の水準にまで悪化しています(図表2−1)。ここへ来て個人消費関連指標もやや軟調となっているほか、主要指標以外にも気になる動きがあります。商務省が発表している全米50州の売上税の前年比は、個人消費と高い連動性を示しており、2004年以降は5%を上回る伸びを続けてきましたが、2006年10-12月からは前年比伸び率は5%を割り込んでさらに鈍化しています(図表2−2)。州別の動向をみると、住宅価格の下落幅が大きいカリフォルニア、フロリダ、イリノイ、メイン、ネバダといった諸州では、売上税の落ち込みが大きくなる傾向がみられています(図表2−3)。このことは、住宅市場の減速が個人消費に影響を及ぼしつつある可能性を示唆しています。米国の個人消費は、GDPの約7割、全世界のGDPの約2割を占めるだけに、注意してみていく必要があると思います。

 物価面では、先行きの経済成長の減速がコア・インフレ圧力を緩和させることが期待されますが、ユニット・レーバー・コスト(生産物一単位当たりの労働費用)は高止まっているうえ、最近の原材料高やドル安もあって、アップサイド・リスクも残っています。このように、米国経済については、当面は景気、物価の両にらみで見ていかざるを得ない状況にあります。

 欧州については、企業の高収益や既往最低水準にある失業率がファンダメンタルズの健全さを表しており、引き続き持続可能な経済成長を実現する蓋然性が高いと思われます。但し、金融市場の混乱を受けて企業・消費者マインド面には影響が表れており、そうした金融市場の状況がどの程度で収束するかという点には不確実性が高く、原材料高の影響などと合せて、注視していく必要があります。

 一方、中国、インド、ASEAN、NIEs等アジア諸国や、中東、ロシアなどの景気は、今のところ堅調です。とくに中国については、輸出や固定資産投資の力強さを背景として、このところ10%を超える成長が続いています。やや過熱感も窺われており、一部には将来の反動も懸念されていますが、道路・鉄道などのインフラはまだ不足しており、社会の安定のために経済成長を求める政府の政策もあって、当面は高い成長を続けるのではないかと思われます。また、インドでも内需を中心として景気は堅調です。中国、インドでは、10億人以上の人口を擁しているうえ、最近、中間所得層が台頭し、消費社会としての色彩も強めつつあり、このことも高成長を支えると考えられます。但し、NIEsなど米国への輸出依存度が高い地域では、先行きは米国景気の減速の影響が表れる可能性もあり、注意は必要です。

(2−2)日本経済の動向

 日本の景気は、基調としては、緩やかながらも、息の長い拡大を続けています(図表3)。もっとも、その牽引力は引き続き輸出やこれに関連した設備投資であり、個人消費にまでは好影響がなかなか波及しない中で、後程申し上げる住宅投資の大幅な落ち込みもあって、足もとは景気に減速感が出てきています。このため、先行きの景気動向は、原油を含む原材料高、円安修正、株安などの影響も踏まえつつ、丁寧に見ていく必要があろうかと思います。

(2−2−1)企業部門の動向

 日本銀行が先日公表した短観では、企業の業況判断に、やや慎重さが窺えます(図表4)。特に中小企業については、需要拡大が緩慢なもとで、原材料高を販売価格に転嫁しにくいという事情もあって、このところ業況が芳しくありません。また、私どもが四半期に一度公表しております地域経済報告(『さくらレポート』)の直近10月公表分でも示されたとおり、殆どの地域で景気は拡大または回復方向の動きが続いていますが、その程度には地域差もみられています。

 セクター別にみると、まず輸出については、米国向けが昨年末頃から弱めの動きを続けている一方、欧州、アジア、中東、ロシア向け等の好調に支えられ、全体としては堅調に推移しています(図表5)。

 こうしたもとで、生産も引き続き高水準です。但し、改正建築基準法の影響から、住宅投資が大きく落込んでおり(図表6)、鋼材・セメント等の建設財では一部メーカーが減産に踏み切り、資機材価格も下落しています。住宅投資のGDPに占めるウエイトは3%超ですが、関連産業への生産波及効果があり、サッシ、ガラスなど建築工程の長い業種については、これから影響が出てくる可能性があります。また、電子部品・デバイスに関しては、DRAM等の半導体価格が下落してきています。IT製品の多様化の影響もあって、世界的な需要は引き続き概ね安定的とみられますが、やや供給過剰になっているリスクもあります。

 設備投資については、総じて良好な企業収益のもとで、引き続き高水準で推移しています。日本を含めて先進国の設備が老朽化し、その更新・合理化投資が高水準であるほか、新興国においてインフラ・工場施設向けの設備機械、建設機械等への需要が引き続き強くみられる中、そうした旺盛な需要への供給体制の整備が、国内の活発な設備投資に繋がっています。また、電力・運輸など非製造業にも、設備投資の裾野が拡がっています。但し、企業は、過去数年間に高水準の設備投資を行ってきたこともあり、総じて投資効率を慎重に見極めながら設備投資を行っているとみられます。

(2−2−2)家計部門の動向

 雇用・所得面をみると、労働需給については、引き続き雇用不足感がみられています(図表7<1>)。一方、一人当りの賃金をみると、やや弱い動きが続いています(同<2>)。これは、第一に、グローバル競争の強まりが影響しています。1989年のベルリンの壁崩壊後、中国、旧ソ連、東欧といった旧社会主義国が市場経済に組み込まれてきたことで、市場経済における人口は、従来の8億人に新たに20億人が加わり、なおも増加が見込まれます。これらの国々による安い労働力を背景とした低価格製品の大量供給がみられているもとで、日本企業は国際競争力維持のため、賃金を引上げづらい状況が続いています。第二に、中小企業では、グローバル展開の恩恵が相対的に小さいうえに、原材料高もあって業況が厳しく、人件費を抑制せざるを得なくなっています(図表8)。全就業者数に占める中小企業のウエイトは大きいだけに、その影響には留意する必要があります。

 但し、雇用者数が増加するもとで、雇用者所得の総和は、緩やかながらも増勢を続けています(図表7<3>)。これに株式配当の増加などのルートも経由して、企業から家計への所得の波及は、徐々には進んでいます。また、賃金動向がやや弱めとなっている点については、必ずしも景気拡大ペースが緩やかであることだけでなく、ライフスタイルの変化など、労働市場の構造的な変化を反映している可能性があります。すなわち、一人当たりの賃金を算出する際の分母となる雇用者数のうち、パート雇用者数のシェアは今や26%に達し、なお増加傾向にあります(図表9<1>)。また、最近では、主婦などがより多く労働市場に参加できるようになっているうえ、労働時間は雇われる側が柔軟に決定できる状況です。団塊世代についても、定年まで勤め上げて退職金を得て、年金も期待できることに加えて、再雇用に応じる選択肢も出てきています。この結果、雇用者数は増加し、パートの時給は前年比プラスとなっても、平均賃金にとってはマイナス要因となってしまっています(図表9<2>、<3>)。こうしたライフスタイルの選択は当面続き、その間は統計上の平均給与の抑制要因となると思われますので、賃金動向については、これも踏まえたうえで、丁寧にみていく必要があると考えています。

 こうしたもとで、個人消費関連指標は、総じて底堅く推移していますが、年金不安や、ガソリン高などもあって、消費者コンフィデンス指数は、このところ悪化しています(図表10)。最近、英国が97年以降の10年間の移民の数を従来公表していた80万人から110万人に大幅に上方修正しましたが、これらの中には新興国からの若い世代の移民も多いため、衣食住に亘っての需要は力強いものがあります。米国経済における移民によるダイナミズムも極めて大きいものがあります。一方、日本は、移民は少なく、かつ人口減少・高齢化社会であり、また高度成長期と違って殆どの必需品は充たされている成熟社会です。こうした事情も、個人消費がなかなか力強さを持ちづらい背景にあると思われます。

(2−2−3)物価動向

 こうした事情は、消費者物価指数(CPI)にも影響しています。すなわち、日本のCPIは、過去20年平均0.6%という上昇率で、このところも景気拡大が続く中にあっても、ゼロ近傍で推移しています(図表11)。こうした動きについては、賃金と同様にグローバル競争の強まり等が影響していますが、物価の基調はしっかりとしており、かつ安定的に推移していることが、経済の持続的成長に資するものと考えています。但し、CPI上昇率の水準が低いために、石油製品や携帯通話料・デジタル製品群の価格動向など極めて限られた要因の影響を相対的に大きく受けています。こうした状況にあって、物価の基調をしっかりと捉えていくためには、CPI(除く生鮮食品)の数字1本ばかりではなく、中身を丁寧に検証していく必要があると考えています。この点、CPI(除く生鮮食品)を構成する523品目の動きをみると、上昇品目数が下落品目数を上回る状況が、昨年8月以降15ヶ月連続で続いています。とくに本年4月以降、数多くの身の回り品の値上がりが顕著になっており、人々の先行きの物価観に変化が生じていることには留意する必要があります。

 さらに、国際商品市況(図表12−1、2)については、原油が、世界的な需要の強さ、地政学的リスクに加えて、投機資金の流入等からオイルショック以来のペースで騰勢を強めています。金も、ドル安、投機資金流入等から高騰し、非鉄金属・レアメタルも、新興国の工業化の進展による需要の高まりなどを受けて上昇しています。また、小麦、トウモロコシ、大豆といった主要穀物も、世界人口の増加、新興国の所得向上に伴う需要増加に加え、原油高を受けた代替燃料としてのバイオ・エタノール需要の増加などから、30年来の取引価格のレンジを上抜けしつつあります。こうした中、国内についても、川上の企業物価指数は、前年比プラスを続けており、いずれ川下のCPIに波及してくる可能性もあるため、引き続き注視したいと考えています。

3.日本経済の持続的成長に向けて

 以下では、今後、日本経済が持続的成長を続けていくために、中長期的にみて鍵となると思われる点について、ご説明します。

(3−1)少子高齢化への対応

 少子高齢化の中にあっても、成長力を維持・向上させていくためには、一人当りの労働生産性を高めていくことが不可欠であり、そのためには、企業がすでに取組まれている設備投資による合理化・省力化、能力増強や、新たな技術の研究開発投資(R&D)を一段と進めるとともに、製造業の優れたモノづくり技術等をしっかりと伝承していくことが重要であることは、改めて申し上げるまでもないかと思います。さらに、国内市場の伸び鈍化が予想されるもとで、国内外企業とのM&Aなどの経営戦略の重要性も一段と高まるとみられます。

 また、高齢化は、経済成長にとって制約要因となる面があるのは事実ですが、一方では、医療・介護に加え、文化・教養といったサービス産業の付加価値を高めるチャンスでもあります。特に、日本は、金融資産の多くを高齢者が保有し、文化・教養等への関心も高いため、将来性は大きいように思います。日本は他国よりも早いペースで高齢化が進展していますが、いずれ米欧、アジアも高齢化時代に入ります。他国に先んじてこうしたサービス産業の生産性を高めていけば、将来的にグローバルにビジネスを拡げる余地も大いにあると思われます。

 但し、英では15年間、米では10年間の長期間に亘り持続的成長を達成しており、その原動力の一つは、先ほど申し上げた移民によるダイナミズムであると思います。日本についても、社会全体への影響等、難しい問題はありますが、持続的成長を確保するための方策の一つとして、検討を深めていく余地はあるのではないかと考えています。

(3−2)グローバル展開

 これまでの日本企業によるグローバル展開の結果、日本経済は、貿易収支黒字に加え、これを上回る水準の所得収支黒字を享受できるようになっており、これらが更なる成長の源泉となっています。グローバル展開には、様々なリスクが伴いますが、現地の事情に詳しい日本企業のほか、現地有力企業ともうまく連携してリスクを軽減する取組みがみられているのは、心強い限りです。それに加え、EPA、FTAの一段の推進により、企業によるグローバル展開を支援していく政策も重要であると思います。

 一頃はグローバル展開による国内産業の空洞化も懸念されておりましたが、最近、企業の一部では、海外生産移転を進めつつも、コア技術については、国内のマザー工場に集約して、R&Dや設備投資も行いながら独自の生産プロセス・ノウハウを進化させ、付加価値の高い工程を担うという国際的な分業の動きも拡がっています。こうした知の集積や設備投資により、国内の産業空洞化は生じていませんし、今後とも、このような方法により海外経済の高成長の恩恵を受けていくことは可能ではないかと考えています。

(3−3)わが国金融市場の国際化

 持続的成長を、製造業のグローバル展開にのみ依存しているようでは、力強さはなかなか出てきません。この点、英米では、金融業のプレゼンスがより大きいことは参考になると思います。金融業は情報産業であり、ロンドン、ニューヨーク市場に、世界中から人や情報が集まってきていることは、金融業自体の付加価値を高めるとともに、実体経済のダイナミズムを下支えしています。また、英米を本拠とする金融機関が、グローバルに拠点を張り廻らし、質の高い情報を集めつつ、ビジネス創造力、リスク管理能力を向上させていることも、これらの国の金融市場の付加価値向上に寄与していると思われます。

 わが国の金融市場については、1997年以降の日本版ビッグバン等を経て、商品の選択肢拡充や、取引慣行・会計・決済といった制度・ルール整備等、様々な改革が進められています。しかし、わが国が世界第二位の経済大国であることや、1,500兆円もの家計金融資産を保有していることを踏まえれば、もう一段のプレゼンス拡大も期待されるところです。また、金融機関のグローバル展開については、長い間、金融危機への対応や不良債権処理が優先課題であったこともあって、現状では、製造業等に比べれば進んでいない印象を持っています。もとより金融機関のビジネス戦略は個別に異なるものとは理解しておりますが、日本の金融界全体としては、グローバルに拠点網を拡充し、情報産業としての付加価値を一段と高めていく余地はあるように思われます。

(3−4)資源・環境問題への対応

 グローバル経済の力強い成長も、それに伴う問題をなおざりにすれば、いずれ大きな歪みを生み、成長の持続性自体が損なわれてしまいかねません。そうした観点から現在懸念しているのは、資源と環境の問題です。

 前述のとおり、現在、資源価格と農産物価格が連動して高騰しており、今後も世界人口の増加、新興国の工業化は一段と進むとみられるだけに、将来的にはグローバル経済成長を支えるための資源・食糧の確保に支障が出ることも懸念されます。このため、省エネ・省資源、代替エネルギーの開発、食糧増産等の努力が欠かせません。このうち、食糧需給の逼迫については、オーストラリア、米国など主要産地において、干ばつにより生産量が伸び悩んでいることも影響しています。

 地球規模で進む温暖化現象は、干ばつなどの環境破壊をもたらしており、その抑制は、今や国際政治の最重要テーマとなっています。1997年に採択された京都議定書においては、5年間(2008~12年)の約束期間を設けて温室効果ガス削減目標が設定され、「ポスト京都」となる2013年以降の取組みの内容についても、2009年末の妥結を目指し、現在は削減義務を負っていない米中なども加わって議論を進めていくことで、各国が合意しています。このほか、化学物質規制等についても、国際的な枠組みができつつあります。わが国がグローバル経済の成長を享受していくためには、他国とも協調しつつ、環境保全のための対応を取っていくことが求められています。

 資源・環境の問題は、日本経済の成長にとって、当面は制約要因として意識していかざるを得ないことは事実です。しかし、例えば、資源問題については、日本は第一次オイルショックの経験を経て、代替燃料への転換や、燃料効率向上に努めた結果、オイルショック当時よりも原油輸入量が減少しています。これに、当時より円高水準になっていることも手伝って、日本企業の原油高への耐久力は相応にあると思われます。また、石油精製プラントの新設・更新や、省エネ・省資源、環境技術等への海外からの需要の高まりが、これらの技術に優れた日本企業の更なるイノベーションを喚起し、新たなビジネスチャンスに繋がることも、期待されます。

4.日本銀行の金融政策運営

 最後に、日本銀行の金融政策運営についてご説明したいと思います。日本銀行は、金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率である「中長期的な物価安定の理解」(消費者物価指数の前年比上昇率で0~2%)を公表するとともに、経済・物価情勢について、2つの「柱」による点検を行ったうえで、先行きの金融政策運営の考え方を整理することにしています。

(4−1)2つの柱による経済・物価情勢の点検

  1.  まず、「第一の柱」は、先行き2年間程度を見越して、最も蓋然性の高い見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路を辿っているかどうか、というものです。これについては、先ほど申し上げたとおり、米国経済の下振れリスクは高まっているものの、その他の国々の景気の堅調さに支えられ、基本的には、日本経済は緩やかながらも息の長い成長を続ける可能性が高いと考えています。また、CPIの前年比は、当面、長年の安定圏内で推移すると考えています。

  2.  次に、「第二の柱」ですが、より長期的な視点をも踏まえ、必ずしも確率は高くなくとも発生した場合に生じるコストを意識しながら重視すべきリスクを点検しています。これについては、海外経済や、グローバルな金融市場の動向などの不確実性があり、その動向如何では、日本経済にもマイナスの影響が及ぶことが想定されます。一方、経済・物価情勢と離れて低金利水準を維持することにより、先行きの経済・市場の振幅が大きくなってしまうリスクも想定しておく必要があります。

(4−2)経済・金融活動の上下両方向の動きについて

 ここ数年、グローバルにみて、金融市場を介した経済・金融活動の大きな振幅の発生頻度が、以前に比べて高まっているという印象を受けます。たとえば、1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア危機と米国のヘッジファンドであるLTCMの破綻を契機とする危機、2000年前後の世界的なITバブルなどが挙げられます。そして、サブプライム住宅ローン問題を契機として本年夏場以降本格化した金融市場の混乱の長期化により、長年に亘り持続的成長を実現してきた米英の景気にも、下振れリスクが高まっています。こうした国際金融市場の変動は、良好な世界経済や金融環境が続いたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場で巻き戻しが現実化した一例とみることができます。そして、経済・金融活動に極端な振幅をもたらさないことが、持続的成長にとって如何に大切かを改めて教えてくれているように思います。歴史をみても、経済・金融活動の大きな振幅は繰り返し生じていますが、その発生前には、表面上は経済・物価情勢が総じて良好な状態にあり、水面下で行き過ぎた動きが生じているとの指摘が聞かれます。しかも、こうした動きの態様は一様ではなく、その都度変化することには、注意が必要です。

 一方で、今回の米欧のように、ひとたび金融市場が大きく変動し、先行きの経済情勢の不確実性が高まる局面においては、情勢をつぶさに捉えつつ丁寧に対応していくことが必要となります。トリシェECB総裁は「全ての情勢を仔細にみていく」と述べ、バーナンキFRB議長も「とりわけ警戒的かつ柔軟に対応する」と述べているとおり、米欧の中央銀行は、経済・市場情勢を十分に踏まえ、上下双方向のリスクに細心の注意を払いつつ、対応しているように窺えます。

(4−3)今後の金融政策運営方針

 今後の金融政策運営については、米欧景気や、グローバルな金融市場の状況も含めて、できる限りの情報を収集・把握し、先々に生じ得ることを見通しながらも、予断なく情勢を点検していく必要があると思います。そのうえで、市場との対話も十分に図りつつ、総合的な観点から、適切に、政策判断を行って参りたいと考えております。

5.終わりに

 横浜は、私にとって40年以上も前に大学4年間を過ごした非常に想い出深い街です。当時とは街並みも人の流れも大きく変わったという印象を持っていますが、港町の情緒や開放的な雰囲気など、引き続き個性的な魅力に溢れた街であることを確認し、大変嬉しく思っております。また、大学では、恩師から、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルの「Warm heart, Cool head(経済学者は冷静な頭脳と温かい心を持たねばならない)」という警句を教わり、それが、ずっと心に残っておりました。今春から金融政策に携わるようになって、この言葉の大切さをこれまで以上に痛感しており、常にこうした態度で臨めるよう、自己研鑽を続けたいと考えております。本日は、皆様方に最近の経済金融情勢についてご教示頂き、今後の金融政策運営に役立てたいと考えておりますので、何とぞ宜しくお願い致します。

 長時間に亘りご清聴誠にありがとうございました。

以上