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「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

群馬県金融経済懇談会における野田忠男審議委員挨拶要旨

2008年3月12日
日本銀行

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.経済・物価情勢の現状と先行き
    1. (1)日本経済・物価の現状と先行き
    2. (2)国際金融市場の動向
    3. (3)海外経済の動向
  3. 3.デカップリング論
  4. 4.金融政策運営
    1. (1)金融政策運営の枠組み
    2. (2)金融政策運営方針
  5. 5.終わりに代えて~群馬県経済の特徴~

1.はじめに

 日本銀行の野田でございます。本日は、群馬県の行政および金融経済界を代表される皆様方にお集まり頂き懇談の機会を賜りまして、大変光栄でございます。日頃は、支店長の後をはじめ、私共の前橋支店が大変お世話になっており、まずもって厚く御礼申し上げます。

 本会の趣旨は皆様からお話を頂戴することにありますが、最初に私から、(1)経済・物価情勢の現状と先行き、(2)それと関連して、いわゆる「デカップリング論」について、(3)当面の金融政策運営、そして最後に(4)群馬県経済の全国対比での特徴などについて、一政策委員としての私の見方も織り交ぜながら、お話しさせて頂ければと存じます。

 その後に、皆様から、毎日のご商売の実感や地元経済の現状に関するご意見、さらには日本銀行に対するご要望などを拝聴させて頂きたいと存じます。私自身、今後の金融政策運営に携っていくうえで大いに参考になり、楽しみにしているところでございます。

2.経済・物価の現状と先行き

(1)日本経済・物価の現状と先行き

 それでは、最初に、わが国の経済・物価情勢の現状と先行きについてお話ししたいと思います。

 わが国経済は、住宅投資の落ち込みやエネルギー・原材料価格高の影響などから減速しているものの、生産・所得・支出の好循環メカニズムが基本的に維持される中で基調としては緩やかに拡大しており、先行きも、当面減速しながらも、その後緩やかな拡大を続けるとみています。

 やや詳しくご説明しますと、まず輸出は、米国向けが弱めの動きとなっていますが、EU、アジア向けはもとより、産油国やその他エマージング諸国向けなど、幅広い地域に向けて増加を続けており、先行きも、海外経済が減速しつつも拡大するもとで、増加を続けていくとみられます。

 次に、国内民間需要ですが、設備投資は引き続き増加基調にあります。先行きも、企業収益が伸び悩みつつも高水準で推移する見込みのもと、増加ペースは徐々に低下しつつも増加基調をたどる可能性が高いと予想しています。こうした中、中小企業では、原材料価格高により、収益の伸び悩みや業況感の悪化がみられており、その影響を注視する必要があると考えています。

 この間、住宅投資は、改正建築基準法の施行の影響から、建築確認の手続きに遅れが生じ、GDPベースの実質住宅投資は、大幅に減少しています。手続き面の遅れが解消に向かうにしたがって、回復に向けた動きがみられますが、一方で物件価格の上昇などからマンション需要そのものに弱さがみられており、回復のペースや水準については、やや慎重にみておく必要があると思います。

 個人消費は底堅く推移しています。先行きも、雇用・所得面で、一人当たり賃金が引き続きやや弱めで推移する中でも、雇用者数の増加に支えられて、雇用者所得の総和が増加を続ける可能性が高く、これを背景として個人消費も緩やかながらも増加傾向をたどるとみられます。ただ、各種の調査によれば、足もと消費者マインドが急速に慎重化しています。賃金が伸び悩む一方で、ガソリン・灯油・食料品などの生活必需品の価格が上昇していることなどが影響しているものと思われます。こうしたマインドの悪化の影響を含めて、個人消費の動向については、引き続きよくみていく必要があると考えています。

 以上のような内外需要のもとで、生産は、昨年後半にやや強めに推移した自動車やIT関連の反動もあって、当面横ばいないし幾分の減少という局面となるものの、このところ在庫は出荷と概ねバランスのとれた状態にあり、在庫調整圧力は強くないことを考えれば、先行きはやや長い目でみれば増加するとみています。

 物価面では、国内企業物価は、3か月前比でみて上昇しており、先行きも当面は、国際商品市況の騰勢が続いていることなどを背景に、上昇を続ける可能性が高いとみられます。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、足もと底離れして0.8%まで上昇しています。ここ数か月の急上昇は、石油製品と食料品の価格上昇で太宗の説明が可能です。

 もっとも、例えば、刈込平均指数という、品目別価格変動分布の両端の一定割合を機械的に控除した指数で、大きな相対価格変動を取り去った、いわば「物価の基調的な動き」をみると、2003年頃から緩やかな改善傾向にあることがわかります。相当期間に亘って、マクロ的な需給ギャップが需要超過の状況で推移してきたことが、物価上昇の「根っ子」を形成してきたものと考えています。先行きも、原油などの市況に大きく左右されますが、より長い目でみると、マクロ的な需給ギャップが需要超過方向で推移していくことが見込まれることに加えて、不確実性は残るものの、小売段階での価格抑制姿勢が食料工業製品や外食産業等において徐々に緩んでくる動きも観察されることから、物価の基調的な動きに対して、上昇圧力が徐々に高まっていくものと考えています。

 以上、ここまで日本の経済・物価の現状と先行きについて述べてまいりましたが、こうした見通しの蓋然性に対するリスク要因には十分な注意が必要です。とりわけ生産・所得・支出の循環メカニズムの起点である生産活動の牽引車である輸出と、それを左右する国際金融市場や世界経済の動向は、重要なリスク要因であると考えています。

(2)国際金融市場の動向

 まず、国際金融資本市場の動向や金融環境の変化についてお話します。米国サブプライム問題から引き起こされた市場の混乱から端を発し、証券化商品の格下げや金融機関の損失拡大懸念の継続1などを背景に、国際金融資本市場はなお緊張状態が続いています。

 市場ごとにみると、問題の発端である証券化商品市場は、引き続き機能が低下した状態にあります。より広く企業金融全般をみても、社債スプレッドやCDSプレミアム2は一段と拡大しているほか、銀行の貸出姿勢が一層厳格化するなど、米欧の金融環境はタイト化しています。また、株式市場や為替市場は世界的に振れの大きな展開となっており、投資家のリスク回避姿勢が強い状況が続いています。

 このような市場の変動は、良好な世界経済や金融環境が長期間に亘って続いてきたもとで、市場参加者のリスク評価に緩みが生じ、その後、市場の自律的機能による巻き戻しが起こっている、ということと認識しています。したがって、市場の調整にはそれなりの時間が必要であり、その過程で関係者に損失が発生することは避けられないと考えています。この問題を考えるに当たっては、(1)金融機関や機関投資家の損失規模、つまりバランスシートの毀損状況の開示と、(2)その修復、つまり資本の補強が重要なポイントです3。ただ、サブプライム住宅ローン関連商品の損失規模については、諸機関が試算を公表していますが、最終的な損失がどの程度になるか、正確に見通すことは、米国の住宅市場の調整がなお進行中である現時点では困難です。また、昨年夏場以降、米欧の金融機関は、既に相当の規模の損失を計上し、これを補う意味で、資本政策も相次いで公表しましたが、追加損失にかかる警戒感が残る中、市場は落ち着きを取り戻すまでには至っていないばかりか、足もとでは不安定さを増しています。

  1. 1最近では、通称「モノライン」と呼ばれる金融保証専業会社の信用状況も懸念されています。主に地方債と証券化商品について、債務不履行が発生した場合の元利支払いを保証する保険を提供することを主な業務としていますが、証券化商品の価格下落に伴い、保証契約で多額の評価損が発生し、一部のモノラインの格付けが引き下げられました。
  2. 2クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引は、債権を直接移転することなく、信用リスクのみを移転することができるデリバティブ取引であり、取引の際の対価をプレミアムといいます。
  3. 3本年2月9日のG7(7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議)の声明でも、「金融機関が金融商品の適切な価格評価に基づいて損失を認識し、徹底的かつ即時にそれを開示するとともに、必要に応じ資本増強措置を講じることは、不透明性の低減、信認の改善、及び正常な市場機能の回復に重要な役割を果たす。我々はこのプロセスが継続することを慫慂」としている。

(3)海外経済の動向

 次に海外経済の動向です。まず米国経済は、昨年の10~12月期以降、一段と減速傾向が強まっています。住宅投資が大幅に減少しているほか、雇用や生産関連にも弱めの動きがみられます。また、個人消費も、減速傾向が明確となり、足もとは横ばい圏内の動きとなっています。FRBの銀行貸出動向調査などによりますと、銀行の与信態度が、住宅向けだけでなく、商業用不動産や消費者・一般企業向けについてもタイト化し、家計や企業の支出行動の制約要因となってきています。

 こうした状況の下、FRBは昨年9月以来、5回連続で計2.25%もの大幅な利下げを行い、米国政府は減税などの景気刺激策を実施することを決定しました。米国経済は、当面低成長が見込まれるものの、住宅市場の調整の底入れ感が出始めて、金融環境のタイト感が和らいでくれば、これらマクロ政策面の措置の効果とあいまって、潜在成長率近傍の成長パスに次第に戻っていくとみられます。もっとも、住宅市場の調整や金融資本市場の変動が、その程度と期間の面で予想を大きく上回る場合には、資産効果や信用収縮、企業や家計のマインド悪化などと通じて、米国景気がさらに下振れるリスクがあり、楽観はできない状況にあることには十分留意する必要があります。

 欧州経済については、緩やかに減速しつつも成長を続けています。輸出や個人消費が弱い動きとなっている一方で、設備投資は増加傾向を持続しています。ただ、ここでも国際金融資本市場の変動が金融環境に及ぼす影響次第では、景気が下振れるリスクがあります。一方で、中国をはじめとするエマージング諸国や資源産出国は高成長を続けており、世界経済の牽引役としての役割が増しています。

 世界経済は、全体として、緩やかに減速しつつも拡大を続けるというのが標準的な見方ですが、米国経済や国際金融資本市場の調整が深まる中で、ダウンサイドリスクが増していると考えられます。繰り返しになりますが、米国経済を含む世界経済の動向は、日本の好循環メカニズムの起点にある輸出や生産に影響を与えますし、金融市場を通じた影響も考えられます。この影響については、中国をはじめとするエマージング諸国の高成長が米国経済減速の影響をどの程度カバーできるかに依存します。これは、「デカップリング」という言葉で論じられていますが、後程少し詳しくお話します。いずれにせよ、世界経済や国際金融市場の動向とわが国経済への影響については、引き続き注意深くみていく必要があると考えています。

 さらに、世界経済を見通すに当たっては、エネルギー、食料品価格の高騰に起因するダウンサイド・アップサイド両方向のリスクに注意することが必要です。ダウンサイドリスクとしては、これらの価格の更なる上昇による交易条件の悪化により、わが国のような非資源産出国の購買力(所得)が資源産出国に流出し、しかもその購買力を非資源産出国が財・サービス輸出の形で取り戻しきれないことにより、非資源産出国の成長が押し下げられるというリスクです。

 一方、ここでのアップサイドリスクは、いうまでもなく、インフレ方向のリスクです。米国および欧州では、景気の減速が基調的なインフレ圧力の減衰に寄与することになる一方で、原油価格をはじめとする国際商品市況の上昇はインフレ圧力の増大につながります。また、中国では、力強い拡大が続いており、当局は様々な引き締め策を講じていますが、固定資産投資を中心に過熱感が強い状況となっています。中国の消費者物価は、大雪の影響による食料品価格の上昇もあり、2月には前年比+8%台まで上昇しました。

 以上、ご説明いたしました通り、ダウンサイドとアップサイドの双方のリスクを抱えており、それらを同時に注視しなければならないという点において、足もとの経済・物価情勢は各国の中央銀行にとって難しい局面であると言わざるを得ません。

3.デカップリング論

 世界経済の牽引車と言われてきた米国経済の減速が明確になっている中で、昨年来、エコノミストや市場関係者等の間で話題になっている「デカップリング論」、つまり、「中国をはじめとするエマージング諸国の高成長が米国経済減速の影響をカバーすることにより、世界経済は全体として高めの成長を維持する」という見方について、私なりの見方をお話させていただきます。

 各国の経済は、グローバル化の進展とともに相互連関を強めています。一国で生じた現象は、一つのチャネルとして輸出入などの貿易取引を通じて、もう一つのチャネルとして国際的な金融市場を通じて、他の国の経済に影響を及ぼし合っています。

 まず貿易チャネルをみてみます。世界経済の中で、成長を牽引する力が、エマージング諸国などを中心に多極化してきたことによって、米国経済の動向が世界経済全体に与える影響が相対的に小さくなっていることは確かです。日本を含め、殆どの国、地域において、米国に対する輸出依存度は低下しています4。こうした変化は、米国経済の減速から来る米国向け輸出の減少が生じても、その影響がある程度吸収され得ることを示しています。

 しかし、米国が依然として世界最大の輸入国であることに変わりはありません。米国経済が一段と減速し停滞することになれば、世界各国からの輸出に一定の下押し圧力がかかるとみるのが自然でしょう。例えば、日本からの米国向け実質輸出は、昨年は前年比1.0%減少しました。加えて、中国の米国向け輸出にも変調がみられます。中国からの米国向け輸出の伸び率は急速に低下しています。昨年の1~3月期以前は前年比20%以上で推移していましたが、その後、10~12月期は同+10.7%、1月は同+5.3%と増勢を鈍化させ、2月(速報)に至っては同−5.3%と前年割れとなりました。中国をはじめとする東アジア諸国に中間財(部品)を輸出し、最終消費財に組み立てて米国に輸出するといった分業体制が進んでいる状況下、東アジア諸国から米国への最終財の輸出の減少は、日本からの中間財の輸出の減少に繋がるだけに、注意してみていく必要があります。

 次に、2つ目のチャネル、金融チャネルについてみます。株式市場における米国と新興国のカップリングはむしろ進んでいます。サブプライム問題に端を発した金融市場の動揺の影響は、既に当初の予想を上回るものとなってきています。米国経済が一段と減速し、投資家のリスク許容度が大きく低下するようなことがあれば、エマージング諸国への資金のパイプが細り、エマージング諸国全体の成長にマイナスの影響を与えるリスクには十分留意しておく必要があると考えています。

 以上、デカップリングについての見方を総括すれば、完全なデカップリングということはあり得ず、あくまでも「程度の問題」であると私は考えています5

  1. 4輸出全体に占める米国向けのウェイトをみると、日本では、2002年の28.5%から2007年は20.1%に低下しています。同様に、EUの域外輸出の中で米国向け輸出は、2002年の27.8%から2007年は21.1%に、中国の米国向け輸出は、2002年の21.5%から2007年は19.1%に、それぞれ低下しています
  2. 5欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁は本年2月25日に「重要性を高めるアジア太平洋地域」と題した講演の中で、「我々は相互依存の世界にある」と指摘したうえで、「一つの国の経済が鈍化すれば、他の全ての国の経済にも影響を及ぼす。世界経済は相互に依存しているため、一部の成熟国の経済の減速が、新興アジア市場をはじめとする他地域の力強い成長によって、どのように、またどの程度相殺されるのかを見極めることが重要な問題である」と述べています。

4.金融政策運営

(1)金融政策運営の枠組み

 次に、日本銀行の金融政策運営についてご説明したいと思います。日本銀行は、金融政策運営に当たり、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率である「中長期的な物価安定の理解」6を念頭において、経済・物価情勢について、次の2つの「柱」に基づき点検を行ったうえで、先行きの金融政策運営の考え方を整理することにしています。

  1.  まず、「第一の柱」は、先行き2年間程度を見越して、最も蓋然性の高い見通しが、物価安定のもとでの持続的な成長の経路をたどっているかどうか、というものです。

  2.  次に、「第二の柱」ですが、より長期的な視点をも踏まえ、必ずしも確率は高くなくとも発生した場合に生じるコストを意識しながら重視すべきリスクを点検しています。

 そして、これまで、(1)金融環境は極めて緩和的であり、日本経済が物価安定のもとでの持続的成長軌道をたどるのであれば、金利水準は引き上げていく方向にある、(2)引き上げのペースについては、予断を持つことなく、経済・物価情勢の改善の度合いに応じて決定する、という考え方に立ちつつ、政策決定会合の都度、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性、上下両方向のリスクなどを、先程の2つの「柱」に基づいて丹念に点検したうえで、政策決定をしてきました。

  1. 6昨年4月に点検した「中長期的な物価安定の理解」は、消費者物価指数の前年比で0~2%程度の範囲内にあり、委員毎の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散しています

(2)金融政策運営方針

 わが国の経済・物価情勢の詳細は、冒頭でご説明したとおりですが、要約して繰り返すならば、(1)わが国経済は、もともと緩やかなペースで拡大していたところに、原材料価格の高騰、住宅投資の急減、世界経済の不透明感の高まりといったマイナスの要素が加わり、幾分減速しています、(2)もっとも、輸出を牽引車とした生産・所得・支出の循環メカニズムについて、幾つかの注意信号は点滅し始めていますが、先行き、この循環が決定的に途切れてしまう蓋然性を示唆するような明確な証拠が揃っている訳ではありません。したがって、「緩やかな拡大を続ける可能性が高い」とのメインシナリオを維持することが適当であり、そうであれば、これまでの金融政策運営の基本的な考え方を維持することが適当と判断しています。

 メインシナリオを維持する根拠については、最初の「日本経済・物価の現状と先行き」のくだりと重複する部分もありますが、ここで改めて整理しますと、(1)現在、世界経済との接点である輸出は増加を続けており、生産も当面横ばい圏内で推移しつつもその後増加するとみられ、好循環メカニズムの起点はしっかりとしていること、(2)かつて、企業部門は設備、雇用、借入れについて「3つの過剰」を抱えていましたが、現在は、企業部門全体としてみれば、それらの点において調整圧力を抱えているわけではなく、ストレスやショックの吸収力を高めていること、(3)サブプライム問題や国際金融市場の動揺が、わが国金融機関に及ぼした影響は米欧金融機関に比べれば小さく、金融システムは安定しており、金融機関の貸出態度も全体として積極的であり、クレジット市場も良好な状況が続くなど、短期金利の水準とも併せ考えて、極めて緩和的な金融環境が民間需要を後押しする状況に変化はないこと、等であります。

 ただ、こうした見通しあるいはその前提には、先程も縷々お話しました幾つかの主要なリスクを含めて、様々なリスクが存在していることを認識することが重要です。したがって、今後公表される指標や情報を丹念に点検・評価し、見通しとそれに対するリスクの顕現化の可能性をそれぞれ慎重に見極めつつ、物価安定のもとでの持続的な経済成長を図るうえで最適な政策判断を行っていきたいと考えています。

5.終わりに代えて~群馬県経済の特徴~

 最後に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするにあたり、私なりに理解している当地経済の特徴について、簡単に述べたいと存じます。

 当地経済の特徴は、業況感が全国対比で良好なことです。日本銀行では、3か月に1回の頻度で「短観」という調査を実施・公表しておりますが、この調査の中で業況判断DI——具体的には、業況判断の構成比で、「良い」から「悪い」を引いた計数で示されますが —— をみると、昨年6月時点で全国ベースが+7に対し当地は+15、9月は全国ベース+4に対し当地は+16、直近の12月は全国ベース+2に対し当地は+16となっております。全国が徐々に悪化しているのに対し、当地がしっかりとした足取りで比較的堅調に推移し、3回連続して全国32支店の調査の中で最も良好な結果となっています。有効求人倍率は直近1月でも1.74倍と、全国第2位の高水準を維持しています。一人当たりの名目賃金は、全国では前年比マイナスですが、当地は前年比プラスで推移しており、昨年10~12月期は前年同期比+6.3%と高い伸びとなりました。県の財政も、昨秋に公表された18年度決算では、県債の残高が減少に転じるなど、比較的良好です。

 業況感が全国対比で良好なパフォーマンスを示している背景としては、まず製造業、特に輸出関連業種のウェイトが高いことが指摘できると思います。これからのわが国の人口減少を考えると、製造業、非製造業を問わず、拡大を続ける海外市場を如何にして取り込むかが、日本全体の重要な課題の一つと認識していますが、当地経済は、海外の高成長という上昇気流を上手く捉えていると思います。

 また、旺盛な工場立地も、生産活動や建設、物流等に好影響していると思われます。経済産業省の「工場立地動向調査」で都道府県別の工場立地件数をみると、ここ数年、立地件数は全国3位以内となっています。また、製造業の工場立地だけに止まらず、金融機関のバックアップセンターなどのサービス拠点や、最近は、首都圏から物流拠点が次々と当地に進出してくるなど、非製造業においても同様の動きがみられています。

 群馬県は、豊富な水・森林資源に恵まれ、都心から100km圏内、北関東における交通・物流の中心という好立地もあって、江戸時代から木材・木製品や養蚕業が栄え、明治以降は、現在、世界遺産への登録を目指しておられる官営富岡製糸場が先駆けとなり、繊維業や各種の素材産業が発達し、その後、輸送機械工業、電気機械工業、一般機械工業等に業種の幅を広げながら、着実な発展を遂げてきた地域だと理解しています。こうした伝統や、地域としての高いポテンシャルを生かし、一方で群馬県をはじめとする関係者による企業誘致活動、道路網の整備等のご努力が実を結び、全国比高いパフォーマンスを実現していることは誠に心強い限りです。

 このように全国対比で良好なパフォーマンスを示している当地経済ですが、一方で「景気拡大の割には、その実感に乏しい」との声も多いと伺っております。群馬県に限らず全国的に言えることですが、業種、企業規模、地域により業況感に差異がみられています。製造業の好調さに比べ、非製造業の回復テンポは遅れ気味です。また、昨今の輸入原材料価格の高騰などが、各企業、なかでも中小企業の採算を圧迫しています。消費についても、一部需要の東京への流出がみられ、ガソリンや身の回り品等の物価上昇が、「日本一の車社会」である当地の実質購買力を低下させ、消費者マインドを暗くしているものと思われます。企業経営者の皆様方が大いに企業家精神を発揮される中で、全国対比良好な当地経済が、経済成長の実感を伴ったものとして益々発展していくことを心から期待しております。

 私からは以上ですが、本日は、これよりご出席の皆様方から当地の経済情勢についてお話を聞かせて頂き、併せて日本経済の将来展望、これを踏まえた日本銀行の政策へのご注文などを拝聴して参りたいと存じます。長らくのご清聴、有難うございました。

以上