公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2008年 > International Monetary Conference(6月3日、バルセロナ)における白川総裁講演の邦訳

International Monetary Conference(6月3日、バルセロナ)における白川総裁講演の邦訳1

*原文(英語)は、英語版ホームページをご覧下さい。

  1. 白川総裁は、東京から衛星中継で参加。

2008年6月5日
日本銀行

 私からは、日本の経済・物価情勢と金融政策について簡単に説明する。

 グローバル経済については、他の参加者から示された見方とほぼ同じ見解を持っている。国際金融市場の緊張が続き、先進国経済が減速するなかで、今後、金融市場・資産価格・実体経済の負の相乗作用がどのように働いていくかに注意が必要であり、この点を巡る不確実性は依然として大きいと考えている。

 同時に、コモディティ価格が既往最高値をつけるなど、世界的なインフレ圧力は高まっている。コモディティ価格の高騰が数年間に亘り続いてきていることを踏まえると、エマージング諸国の強い需要が、こうした状況の大きな背景をなしているとみられる。こうした中で、先進国にとっても、エマージング諸国にとっても、中長期的なインフレ予想を抑制しながら、持続的成長を維持するというバランスをとることが、重要な課題となっている。

 日本経済は、グローバル経済のアップサイド、ダウンサイド両方向の影響を様々な形で受けており、政策当局者にとって不確実性が高い状況となっている。このような状況のなかで、日本経済は、輸入価格の上昇による交易条件の悪化を背景に減速している。エネルギー・原材料価格の高騰によって企業収益が圧迫されているほか、生産や設備投資は幾分減速している。また、企業の業況感も、世界経済の先行きを巡るダウンサイド・リスクの高まりを背景に、次第に慎重化している。

 当面は、これらの逆風が続く可能性が高いことから、日本経済は減速するとみられる。しかし、先行き1〜2年の標準的なシナリオとしては、日本経済は、潜在成長率近傍で成長する可能性が高いとみている。もう少し具体的に述べると、成長率は再び高まり、2008年度の成長率は1%台半ば程度、2009年度の成長率はこれより幾分高めと、共に潜在成長率並みになると予想している。この見通しの背景について、3つの点から説明したい。

 第1に、日本の輸出は堅調であり、先行きも増加が続くとみられる。米国経済の減速に伴って、米国向け輸出は弱めの動きとなっているが、その他の地域、特に主なエマージング諸国や資源国、が力強い成長を続けていることから、日本からの輸出は、幅広い国・地域に向けて、しっかりとした増加を続けている。すなわち、日本経済は、グローバル経済から、先ほど指摘した交易条件悪化の影響と、力強い外需という2つの力を受けている。

 第2に、日本経済は近年ショックに対する頑健性を高めている。例えば、1990年代後半、日本経済は、色々な形で過剰を抱えており、様々なショックに対して非常に脆弱な状態にあった。しかし、現在、企業部門はこうした過剰を抱えておらず、収益は過去最高に近い水準にある。企業部門の底力の強まりを背景に、金融システムの健全性も高い状態にある。

 第3に、金融環境が緩和的であることが、引き続き、民間需要を後押しするとみられる。実質短期金利は、ゼロ%近傍である。さらに、米欧と異なり、信用スプレッドも比較的小さい。

 物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、このところ1%程度にまで高まっている。3月には前年比1.2%を記録したが、これは、消費税率引上げが行われた1998年を除けば、15年ぶりの高い伸び率である。4月に公表した我々の見通しでは、消費者物価の前年比は、2008年度、2009年度とも1%程度になると予想している。もっとも、最近になって、エネルギー・食料品価格が上昇するなかで、インフレ面のアップサイド・リスクが徐々に高まる兆候がみられていることから、企業の価格設定行動や消費者のインフレ予想がどのように変化していくのかを注視している。特に、投入コストの上昇が徐々に川下に転嫁され、消費者のインフレ予想が少しずつ上昇している兆しもみられていることから、注意は怠れないと考えている。

 以上を踏まえ、リスクのバランスとしては、景気については引き続きダウンサイドにあるが、物価面ではアップサイドの圧力が加わっているとみている。同時に、極めて緩和的な金融環境が長らく続いているだけに、こうした金融環境が、ダウンサイド・リスクが薄まる中でも長く続くのであれば、例えば企業や家計の行き過ぎたリスクテイクを促し、先行きの経済の振幅を拡大する可能性があることには留意する必要があると考えている。

 このように不確実性が極めて高い状況にあるもとで、金融政策については、予め特定の方向性を持つことは適当ではない。日本銀行としては、物価安定のもとでの持続的な成長を実現するように、先行き1〜2年の経済・物価見通しや、より長い視点も踏まえた上下両方向のリスク要因を丹念に点検しながら、それらに応じて機動的に、適切な政策判断を行っていく方針である。

 最後に、日本の金融市場について述べたい。

 総じて、日本の金融市場は、かなり落ち着いた状況にある。例えば、この10か月間の金融市場の動揺のなかで、銀行間レートから短期国債レートを差し引いたTEDスプレッドは、米国で100bps程度、欧州で70bps程度拡大したが、日本では25bps程度の拡大に止まっている。

 このように日本の金融市場が比較的落ち着いているのは、金融機関の証券化商品へのエクスポージャーが海外の金融機関のそれに比べて小さいことが最大の要因である。この点に加えて、日本銀行の金融市場調節が、機動的な枠組みを備えていることも、短期金融市場の安定性維持に寄与していると考えている。こうした金融市場調節面の機動性は、この10年間ほどの日本の金融危機の経験なども通して、時間をかけて培われてきたものである。これに関して、3つの点を指摘したい。

 まず、日本銀行は、市場の動向に応じて、オペ期間をオーバーナイトから1年までとかなり弾力的に設定している。また、手形売出オペのように機動性のある資金吸収手段が存在するため、その後の準備預金の余剰を大きく懸念することなく、大量の資金を供給できる。

 次に、オペ対象先については、銀行、証券会社、短資会社など、幅広い業態を含んでいる。

 さらに、担保の枠組みは、効率的で、金融機関にとって使い勝手の良い作りとなっている。「共通担保」の仕組みのもとで、金融機関は、予め日本銀行に差し入れた担保を、オペだけでなく、スタンディング・ファシリティや日中当座貸越にも共通して利用できる。適格担保の範囲は、国債から資産担保証券を含む民間債務にまでわたり、多様である。

 この10か月間、短期金融市場で調達圧力の高まりがみられた際には、日本銀行は、こうした通常の調節枠組みの中で、潤沢な資金を供給したり、通常よりも前倒しに長めの資金供給を行うことによって、大きな支障なく短期金利のコントロールを達成してきた。

 金融政策が効果を発揮するうえで金融市場の安定性を維持することが必要であるということを、ここで改めて指摘しておきたい。

以上