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【挨拶】「わが国の金融政策と経済・物価情勢」

旭川市における金融経済懇談会での挨拶要旨
日本銀行政策委員会審議委員 中村清次
2008年6月26日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本銀行の機能、業務と金融政策運営
  3. 3.海外経済の動向
  4. 4.わが国の経済・物価情勢
  5. 5.今後の金融政策運営方針
  6. 6.グローバル需要の取り込み
  7. 7.おわりに

1.はじめに

 私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。

 本日は、お忙しい中、旭川の行政ならびに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 日頃は、日本銀行旭川事務所および札幌支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

 私は、これまで外航海運に38年、内航海運ならびに旅客フェリーに4年、通算しますと42年間を海運業界に携わり、昨年4月に日本銀行の審議委員に就任しました。特に就任直前まで勤めておりました旅客フェリー会社は、北海道と首都圏を結ぶ航路も運営しておりましたので、当地にも何度かお邪魔させて頂いており、当地訪問を大変懐かしく感じております。

 さて、日本銀行では、総裁を含む9名—現在は2名欠員となっていますが—の政策委員会メンバーが、全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策を説明申し上げると共に、地域経済の状況やご意見をお聞かせ頂き、政策決定に反映させることと致しております。

 本日は、まず私から日本銀行の金融政策運営の基本的な考え方や、最近の内外の経済・物価情勢等について、お話しさせて頂きたいと思います。

 その後、皆様方から当地の金融経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.日本銀行の機能、業務と金融政策運営

 まず、日本銀行の金融政策運営について簡単にお話しさせて頂きたいと思います。日本銀行には大きく次の4つの業務があります。

  1. 1)金融政策の運営に関する中央銀行業務
  2. 2)銀行券を発行し、何時でも円滑にクリーンな日銀券を全国に行き渡らせる発券銀行業務
  3. 3)信用秩序の維持、資金決済に関しての最後の貸し手としての銀行の銀行としての業務
  4. 4)国庫金、国債に関する事務取り扱い等の政府の銀行としての業務

 日本銀行に対する皆様方のイメージは、金融政策の面が強いのではないでしょうか。実際には、本店に加えて全国46か所の支店・事務所において5千人弱のスタッフが、金融政策以外の幅広い中央銀行業務も担っています。経済活動を人間の体に例えますと、資金の流れは血液循環のようなもので、血管が一時的にでも詰まったり、切れたりしますと経済活動が麻痺してしまいます。従って、日本銀行では地震等の災害、テロやコンピューター・システムの障害等の非常事態の発生に備えて、業務遂行に必要なミニマムの要員の確保を含めた、緊急時対応のための業務継続体制の整備を常に行っています。

 金融政策の理念として日本銀行法は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めていまして、日本銀行は、この理念に基づいて適切な金融政策の運営に努めています。「物価の安定」とは、「家計や企業等の様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資等の経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」です。

 こうした「物価の安定」の重要性に鑑み、日本銀行法第3条で「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」と定めており、政府から独立した存在となっています。これは、過去の各国の歴史をみても、中央銀行の金融政策にはインフレ的な経済運営を求める圧力がかかりやすいほか、金融政策の効果が現れるには時間がかかり、前広な施策が必要なことなどから、金融政策運営を政府から独立した中立的・専門的な中央銀行という組織の判断に任せることが適当であるとの考え方によるものです。

 実際に独立性を担保するために、1998年4月1日から施行された現行の日本銀行法では、(1)日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の9人の全てのメンバーは、国民の意見を反映するため、両議院の同意を得て、内閣に任命されるほか、(2)任命された政策委員は、政府の意見と異なるからといって罷免されることはありません。また、(3)政府は日本銀行に対して業務を行うことを命令することはできない、こととなっています。すなわち、旧日本銀行法にあった政府の総裁・副総裁の解任権や広範な監督権限は大幅に見直されました。

 日本銀行に独立性が与えられているとは言っても、国民の信頼と支持がなければ機能しません。従って、金融政策の基本的な方針や、金融政策の変更について、意思決定の過程や内容につき、国民に対して明らかにし理解を得られるよう、説明責任と透明性を日本銀行は課せられているのです。

 金融政策の変更を行いましても、その効果が経済活動の実態まで行き渡るには長い期間を要します。また、金融市場、経済環境、海外情勢等の様々なショックに伴う物価の短期的な変動等を、金融政策によって全て吸収しようとしますと、かえって経済変動のブレが大きくなることから、金融政策決定に際しては、十分長い先行きの経済・物価の動向を予測しながら、中長期的にみて「物価の安定」を実現するように努めなければなりません。

3.海外経済の動向

 それでは、経済・物価動向について、海外経済、そして日本経済の順にご説明いたします。

 世界経済は、2004年以降、昨年の夏まで先進国、新興国は共に安定した高成長を続けてきましたが、その後は米国経済を中心に、減速しています。また、エネルギーや原材料価格、食料品価格が年初来、騰勢を強めており世界的にインフレ懸念が高まっています。同時に、国際金融資本市場では米国のサブプライム・モーゲージ・ローン(いわゆる、信用度の低い人などを対象とした住宅ローン)の問題を発端に、不安定な状態が続いており、未だに混乱が収束する目途が立っていません。

 こうしたリスク要因が影響し合うことで、海外経済の先行きはダウンサイド・リスクが高く、先行きが極めて見通しにくくなっています。ただし、これまでのところ4月末に公表した「経済・物価情勢の展望」(4月と10月の年2回、日本銀行の経済・物価情勢に対する翌年度までの見通しを公表するもの)でお示しした見通し、すなわち海外経済は減速するものの、深刻な調整局面入りはせず、新興国を中心に全体としては緩やかな成長を続けていく蓋然性は高いように思います。

実体経済の動向

 まず、米国経済については、本年第1四半期の成長率は、年率0.9%と低い水準となりました。これは、住宅市場の調整が依然として進行中であるほか、金融環境の悪化などを受けて消費や設備投資が大幅に減速していることが影響しています。米国の住宅市場は2年以上も調整過程にありますが、販売が低迷しており、在庫は10か月以上の高水準で推移しています。また、住宅価格は大幅な下落を続けています。主要20都市における住宅価格の動きを示すS&Pケース・シラー指数は、2004年初から2006年7月のピークまで36%と大幅に上昇した後、今年4月には前年同月に比べて15%下落しました。この水準は、ピーク時と比べて18%の下落ですが、価格が底入れする兆しはなく、調整はさらに長期化する可能性があり、ポールソン財務長官からは、「調整が来年まで続く可能性が高い」との発言もありました。

 こうした中、米国の消費者のセンチメントは、ガソリン価格が3年前の約2倍と大幅に上昇していることもあって悪化しています。原油価格高騰による家計への影響は、自動車販売の低迷や、自動車の平均走行距離が減少していることなどにも顕れています。また、消費財の主たる輸入ルートであるアジアから北米向けのコンテナの海上荷動きをみても、昨年後半から前年を下回る状況が続いており、本年入り後はマイナス幅が拡大しています。このように米国の個人消費は大幅に減速しており、雇用環境が悪化している中で、物価高による実質所得の減少や、消費者金融のタイト感もあり、個人消費をさらに下押しし、米国経済を一段と減速させる可能性が高まりつつあるようです。

 欧州経済については、設備投資が堅調に推移するなど、全体としてみれば、緩やかに減速しつつも成長していると考えられますが、個人消費がエネルギーや食料品価格の上昇を受けて弱めの動きとなっています。

 中国では、輸出が米国以外の地域向けを中心に、大幅な増加を続けているほか、固定資産投資も引き続き高い伸びとなっています。先行きについては、インフレ抑制のための引き締め政策強化の影響が予想よりも大きくなったり、輸出が予想以上に減速したりする場合には、経済が下振れるリスクがある一方、固定資産投資などの内需の動向次第では、成長率が上振れていく可能性もあるなど、経済・物価動向を注意深くみていく必要があります。

 NIEs・ASEAN諸国では引き続き景気が緩やかに拡大していますが、外需が減速傾向にある中、足許、エネルギーや食料品価格の上昇などを受けて、内需にも減速の兆しがみられています。そのほか、中東など資源国では高成長が続いています。

インフレ懸念の高まり

 エネルギーや原材料価格、食料品価格は、新興国の需要増、投機資金やファンドマネーの流入、供給サイドの供給能力増強対応の遅れ等を背景に、年初来、騰勢を強めており、世界的にインフレ懸念が高まると共に長期金利も上昇しています。世界各国の直近の消費者物価上昇率は、わが国は0.8%(2008年4月)ですが、米国4.2%(同5月)、EU3.9%(同)、中国7.7%(同)、インドネシア10.4%(同)、ロシア15.1%(同)、サウジアラビア10.5%(同4月)と、何れもここ数年では高い水準となっています。特に、エネルギー効率の低い新興国は、エネルギー価格上昇の影響を大きく被ります。中国、インドやインドネシア等では補助金削減や価格統制の緩和によって石油製品価格を引き上げる動きも拡がりつつあります。多くの新興国ではインフレを抑制するための、金融引き締めに動いています。また、先進国でも米国のバーナンキFRB議長は物価上昇圧力に対する警戒感を強めており、トリシェ欧州中央銀行総裁もインフレを抑制していくことを明確に打ち出しています。

国際金融資本市場の混乱

 国際金融資本市場の混乱については、米国の住宅価格の上昇を前提として設定されたサブプライム・モーゲージ・ローンが出発点でした。2004年以降、世界経済は5%前後の安定した高成長を続けていたほか、インフレも低水準で推移していました。このため、金融市場では、リスクを取ることに対する緊張感が極端に弱まり、住宅ローン市場だけでなく、それ以外の様々な金融商品のリスクに対しても鈍感となっていました。

 また、より高い運用利回りを求めて借入や信用取引、金融派生商品等を用いて、手持ちの資金よりも多い金額で投資する—レバレッジをかける—動きが活発化し、レバレッジの水準が一部では30倍前後まで高まっていました。一旦、調整が始まると、レバレッジを急速に巻き戻す必要が生じ、市場の混乱を増幅させる要因の一つともなっています。さらに、一部の証券化商品については、理論価格からかけ離れた投げ売り的な取引価格が時価となり、保有資産の評価損が大きく膨らみ、引当等の損失処理に繋がりました。こうした証券化商品等を多く保有していた金融機関は、多額の損失を計上することで自己資本が毀損されていきました。ブルームバーグの集計によると、世界の金融機関の損失額は、約4千億ドルに上り、この損失に対応してこれまでに合計で約3千億ドルの資本調達が行われています。こうした厳しい環境の中で、特に米欧の金融機関は新たに信用リスクを取ることに極めて慎重となった結果、金融の引き締め感が強くなっています。

 市場の混乱は、昨年の夏場以降、何度か、市場関係者の間で「最悪期は脱した」との認識が拡がる局面もありました。しかしながら、サブプライムローン関連以外の金融商品に問題が波及したり、決算発表を迎える度に金融機関の追加損失懸念が高まり、一旦は縮小していた信用リスクプレミアムも再度拡大しており、本来の落ち着きを市場が取り戻したとは言えない状況です。従って、市場の混乱の発端となった住宅市場の調整や金融機関の業績の先行きの不透明感が強い状況が継続している間は、市場の混乱が収束することは難しいように思います。

4.わが国の経済・物価情勢

 次に、このような海外経済の現状を踏まえた上で、わが国の経済・物価情勢について、お話ししたいと思います。

 足許のわが国の景気は、エネルギー、原材料、食料品価格高騰の影響などから、減速しています。もっとも、先行きについては、当面は減速が続くものの、その後は緩やかな成長経路を辿る可能性が相対的に高いと考えています。

 資源の多くを輸入しているわが国にとっては、エネルギー・原材料価格の上昇は交易条件の悪化、すなわち、実質所得が海外に流出することを意味します。輸出価格が上昇しない一方、輸入価格が上昇しているため、海外からの手取りが伸び悩む中で支払いが増加している状況です。このため、名目ベースでみる貿易収支は悪化しており、企業収益の伸び悩みに繋がっています。今のところ、設備投資や個人消費は底堅く推移していますが、こうした所得形成の弱まりが国内民間需要の下振れに繋がらないか、注意深くみていく必要があると考えています。

企業部門の動向

 国内経済の動きをやや詳しくみますと、輸出は、米国向けは減少していますが、新興国や資源国など幅広い地域に向けて増加基調を保っており、先行きも基調が大きく変化することはないと考えられます。また、企業は、原材料高騰によるコスト上昇分を製品価格に十分転嫁できていないことから収益環境が悪化していますが、収益水準としては大企業中心に一定の水準を維持しているほか、設備・在庫・雇用の面で過剰を抱えていません。こうした点からみて、日本経済はかつてに比べ、景気の下振れのショックに対して、足腰が強くなっていると思います。さらに、金融環境は緩和的であり、引き続き、民間需要を後押しすると考えられます。また、企業の資金繰りや資金調達の面でも、中小零細企業や非製造業の一部では資金繰りが厳しさを増しており、注意してみていく必要がありますが、総じて良好な状態が続いています。

家計部門の動向

 家計関連では、家電販売が堅調に推移しているほか、ショッピング・モールやアウトレットなどの商業施設では売上が好調に推移するなど、個人消費は力強さには欠けるものの総じて底堅く推移しているようです。もっとも、5月の消費者態度指数をみても、石油製品や食料品の値上げの動きが広がる中で、センチメントは弱い状況が続いているほか、小売関係の企業経営者からは、消費者に生活防衛的な動きが一段と強まっているとの声も聞かれます。消費者は、購入する商品に対して高い品質を求めつつ、1円でも安いものを購入しようとしていますが、今後、生活必需品の値上がりが実質所得を下押しした際に、価値観の多様化している消費者の行動がどのように変化するのか、注意してみていく必要があります。

 また、住宅投資については、首都圏の新築マンション販売が減少傾向を続けているほか、在庫の積み上がりが続いており、業界内では先行きを警戒する声が高まりつつあるようです。特に、セメントや鋼材をはじめとする建設資材価格の上昇が販売業者の採算を悪化させており、首都圏以外の地方では「このままでは事業として成り立たない」との声も聞かれているようです。

物価の動向

 物価面では、国内企業物価は、国際商品市況高などを背景に、5月は前年比+4.7%と上昇幅が拡大しました。消費者物価(除く生鮮食品)は、昨年末頃から前年比のプラス幅が拡大し、足許、+1%程度となっています。先行きにつきましては、経済全体の需給が概ねバランスした状態で推移する下で、石油製品や食料品の価格上昇などから、当面、前年比プラス1%台半ばで推移すると予想されます。足許の上昇率は、消費税の影響を除けば、15年振りの高い伸びであり、特に購入頻度の高い生活必需品の上昇が目立つだけに、消費者のインフレ期待の変化や企業の価格設定姿勢の動向、さらには海外で高まっているインフレ圧力のわが国への波及等を注意してみていく必要があると考えています。

5.今後の金融政策運営方針

 繰り返しになりますが、このように、わが国の経済は、当面は減速が続くものの、その後は潜在成長率並みの1%台半ばの緩やかな成長経路を辿る可能性が相対的に高いと考えています。ただし、冒頭に申し上げた3つのリスク要因、海外経済の動向、エネルギー・原材料価格の高騰に伴うインフレ圧力、国際金融資本市場の混乱については、先行きの不確実性がさらに高まっています。こうした状況の中、さらに情勢を見極めることが適当であるとの判断から、6月12~13日に開催された金融政策決定会合では、政策金利を0.5%に据え置いた次第です。政策金利から消費者物価上昇率を差し引いた実質短期金利はマイナスであり、潜在成長率との関係でみて極めて低い水準と評価されます。こうした金利水準の下で維持されている緩和的な金融環境は、民間需要を後押しすると考えています。

 先行きの金融政策の運営方針については、経済・物価情勢の状況によって、望ましい政策運営は異なるため、不確実性が極めて高い状況の下で、予め特定の方向性を持つことは適当ではありません。この先、経済のダウンサイド・リスクが薄れ、物価安定の下での持続的な成長を続ける見通しの蓋然性が高まるのか、あるいは、下振れリスクが顕現化する蓋然性が高まるのかを、予断を持つことなく丹念に分析し、見極めていく必要があり、その上で、経済・物価情勢に応じて機動的に金融政策を運営していくことが肝要だと思います。

6.グローバル需要の取り込み

 現在のわが国経済の主たる牽引役は輸出であり、足許では実質GDPの成長の過半を担っています。海外からの所得収支も貿易収支を上回る黒字幅となっていますが、今後のわが国経済の発展にとって重要な課題である「グローバル需要の取り込み」について、述べたいと思います。

 わが国では、少子高齢化、人口減少により、今後、国内市場の縮小は明らかであり、中長期的に新興国を中心に拡大傾向にある、世界経済の需要を取り込んでいかなければ、わが国の経済成長は期待できません。例えば、世界人口白書2007によると、わが国の人口は2007年の1億3千万人から2050年には1億1千万人まで2千万人も減少することが予想される一方、世界の人口は、新興国を中心に増加し、2007年の66億人から2050年には91億人にまで+25億人、37%の増加が見込まれています。IMFの経済成長率見通しでは、日本の2009年の実質GDP成長率は+1.5%程度に止まる一方、世界経済全体では+3.8%、新興国だけに限ると+6.6%と高い成長率となっています。実際、国内でも景況感が相対的に良好な地域は、グローバルに事業を展開している輸出企業を多く抱えている地域が多いようです。このため、グローバルな需要を取り込もうとする全国レベルでの動きは、大企業・製造業から中小の製造業、非製造業まで徐々に広がりつつあります。*

 例えば、中堅・中小製造業の海外市場における動きについてみると、大企業からの受注の増加といった下請的なかたちだけでなく、自らが海外において現地需要を直接取り込む動きに加え、環境、インフラ整備関連等といった分野を捉えて販路を拡大している先もみられます。また、非製造業でも、中国を中心に小売や飲食、サービスの拠点進出や、建設における現地需要の取り込みの動きがみられ始める等、業種の裾野が広がりつつあります。特に日本の省エネルギーや水処理といった環境関連技術は、世界的にみて高い水準にあり、昨今のエネルギー価格高騰を背景に、こうした分野でのわが国企業の更なる展開が期待されます。

 グローバル需要の国内市場への取り込みについても、官民一体の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」等を通じて、特色ある観光資源等の地域の強みを活かした外国人観光客の誘致が活発化しているほか、来日する外国人の様々なニーズに対応した動きも、みられ始めています。主要旅行業者の4月の旅行取扱状況をみても、国内旅行者は横這いですが、外国人旅行者は前年比+22.4%と堅調に伸びています。

 例えば、最近では東京のデパートでも中国語や韓国語等が行き交っており、購買力の旺盛な外国人客の誘致に積極的であり、箱根でも増えている観光客の大半は外国人との話です。

 国立社会保障・人口問題研究所によれば、北海道の人口は2005年から2035年の間に全国平均(-13%)を上回るペース(-22%)で減少し、かつ高齢化も進展する見込みです。一方で、全産業に占める輸出関連産業のウェイトが小さく、輸出額の道内GDPに占める割合は2%程度に止まっており、グローバル経済発展の恩恵を受けている企業の割合は全国対比でも高くありません。

 ただし、最近では、「北海道」というブランド力を活かした食料品を中国、韓国、台湾、香港といったアジア圏に輸出したり、ロシア向けに中古自動車を輸出するなど、徐々に動きが活発化しつつあり、2007年の輸出額は前年比で2割増加しています。また、中国や米国における現地日本人や富裕層をターゲットとした飲食店の進出、外国人観光客の取り込みによる需要の拡大を狙った、複数言語の通訳の配置や外国語案内表示の設置、ショッピングでの外国カード対応端末の設置、レストラン等での外国人限定サービスの提供などの動きが出てきています。実際に、台湾、香港からの観光客に加えて、近年では韓国、シンガポール、オーストラリアの観光客も増加傾向にあるようです。一方、外国人を受け入れるに当たっては、外国人に対応できる人材等のソフト面、宿泊施設や案内板等のハード面の整備、習慣等の異なる日本人客との折り合い等の対応が不充分との声が多いようです。こうした課題の解決は容易ではありませんが、様々な工夫を通じて克服し、「経済のグローバル化のメリット」をいかに取り込んでいけるかが、今後、益々重要になると思われます。

*詳しくは、2008年4月に公表された「地域経済報告(さくらレポート)」における「地域の視点<グローバル需要の取り込みに向けた企業の対応について>」をご覧下さい。

7.おわりに

 これまで、日本銀行の金融政策運営、および内外経済の現状と先行きの見通しなどについて述べてきましたが、最後に旭川市、さらには道北地域全体の経済情勢に関してお話ししたいと思います。

 足許、世界的な気候変動や新興国における需要増大、エネルギー価格の高騰、バイオ燃料への転用などを背景に、主要な穀物の価格は歴史的にみても極めて高い水準で推移しています。こうした食料価格の上昇を受けて、農産物の輸出規制を行う国も出るほどです。食料の自給率が主要国の中でも最低水準であるわが国は、量の確保、食の安全、環境の観点から、農業政策の抜本的見直しを迫られていると思います。北海道、なかんずく旭川市をはじめとした上川支庁管内そして道北地域は大変豊かで広大な自然環境に恵まれ、既に農業産出額が全国でも高い水準にあり、一部では法人による農業経営も行われているようですが、これからの新たな取り組みが期待されます。

 一方、広大な地域を開発するため、これまで道路整備をはじめとした公共事業に関連した産業のウェイトも全国対比で高く、近年の国や自治体による公共事業削減の影響を直接に受けています。一方、グローバル経済発展の恩恵を受けている企業の割合はそれほど高くなく、このことが昨今の道北地域の景気に力強さが感じられない背景となっていることは、皆様ご承知の通りだと思います。既に取り組んでおられる企業も少なくなく、その成果を出すことは容易ではありませんが、官公需依存型から民需主導での経済発展に転換していくための地道な方策が引き続き求められているのではないかと思います。

 こうした中で、当地に関していくつか元気のよい話題も伺っています。

 まず、旭山動物園です。19年度の入園者数が史上最高の前年度をさらに上回ったとのことですが、入園者数の激減から存続の危機に立たされた10年余り前の状況から、大変なご努力を重ね、今日の姿があることを小菅園長より伺いました。来園者や動物たちの目線に立って、創意工夫を凝らし、あまりお金をかけずに知恵を出すという、この10年来の動物園の歩みは企業経営にとっても大変参考になると思いました。当地観光の課題であった「通過型から滞在型へ」への対応も、行政や商工会議所のご努力で海外からの観光客を含めて滞在型観光客が増加しているとのことです。まさに先ほど申し上げた、グローバルな需要を取り込んで、地域に活力を与えている好例ではないでしょうか。さらに、民間ベースでも徐々にホテル建設が進められているほか、富良野・美瑛、層雲峡など周辺地域も含めて広域で捉えていこうという動きもあります。旭山動物園の活気を起爆剤として、みなさまの更なる地域活性化に向けての取り組みが期待されます。

 次に、「北彩都(きたさいと)あさひかわ」プロジェクトです。現在、鉄道高架事業は順調に進捗し、平成22年には開業する予定とのことです。新駅舎はその後、平成23年度には完成し、駅前広場や駅周辺の整備が進むとのことでありますが、総事業費1千億円を超えるこの事業も地元経済にとって相乗効果を与えると思います。完成の暁には、是非、新たな「旭川の顔」を拝見したいと思います。

 最後に、異業種や異分野の連携により、経済活性化を目指そうという動きが窺われることです。具体的には、農業、食品加工業、医療を連携させ、地元経済の活性化を目指すとのことでした。食の安全や健康に関する国民の意識は一段と高くなっておりますので、連携により当地の強みをさらに活かそうという動きは大変すばらしい話だと思いました。また、その前提として、産学官の連携も欠かせません。当地の幾つかの企業も訪問させて頂きましたが、一般的にうまくいっている企業の特徴は、(1)顧客の立場に立って、自社の強みを徹底して追及し、(2)いかに小さな限られた分野でも、その分野においては高いマーケットシェアを確保し、(3)グローバルな観点から常にその強みを客観視できていることではないかと思います。

 当地は、地理的にも北海道の中心であり、古くは開拓精神豊かなパイオニアが集い、無から有を生み出してこられました。今、また、新たな付加価値の創造にチャレンジする時ではないでしょうか。これからも、道北地域経済に新しい活力が生み出されていくことを心から期待しております。

 なお、その過程で、日本銀行としてお役に立てることがあれば、引き続きご活用頂きますよう、お願いいたします。

 ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。

以上