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【講演】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

内外情勢調査会における講演要旨
日本銀行総裁 白川 方明
2008年7月18日

PDF(50KB)版は、こちらをご覧下さい。

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は内外情勢調査会にお招きいただき、厚く御礼申し上げます。

 ご承知のように、現在、世界経済は、たいへん先行きが見通しにくく、政策的にも対応の難しい状況となっています。エネルギー・原材料価格の高騰は、世界的にインフレ圧力を高めると同時に、多くの消費国で景気の下押し要因として働いています。米国のサブプライム問題に端を発する国際金融資本市場の動揺も、なかなか収まる気配を見せていません。各国の中央銀行は、経済と物価の安定確保という面でも、また、金融市場の安定確保という面でも、難しい課題に挑戦しています。

 私ども日本銀行もその埒外ではありません。景気の下振れリスクと物価の上振れリスクという、通常とは逆方向のリスクの組み合わせに直面する中で、金融政策運営の適切な舵取りを行わなければなりません。また、こうした難しい状況にあるだけに、日本経済の情勢や課題について、私ども政策当局の認識を市場参加者や国民の皆様に正確に説明することの重要性は一層高まっています。そこで、本日の話の前半部分では、まず、日本経済の現状と先行きに関して、私どもの見方を、次いで、そうした情勢認識のもとでの金融政策運営の考え方を説明したいと思います。後半部分では、このような私どもの情勢判断や金融政策運営の考え方を皆様にどのように説明しようとしているかという問題、つまり、金融政策運営における情報発信の役割や枠組みについて、お話しします。

1.経済・物価の見通しと当面の金融政策運営

経済の現状と見通し

 はじめに日本経済の現状についてお話します。日本経済は、2002年初をボトムに、緩やかながら息の長い拡大を続けてきました。拡大の基本的な背景は、この間の新興国を中心とする世界経済の高い成長と日本企業のリストラ努力の成果でした。2002年から2007年の成長率をみますと、平均約2%と決して目覚しいものではありませんが、潜在成長率を幾分上回る程度の成長を実現し、マイナスの需給ギャップも解消しました。しかし、昨年末頃から、景気は徐々に減速に転じました。最初は建築基準法改正に伴う住宅投資の急減が主因でしたが、その後、エネルギー・原材料価格の高騰によって、企業収益が圧迫され家計の実質購買力が低下したため、国内民需の増勢は鈍化しました。足もとでは、エネルギー・原材料価格が急激に上昇していますので、景気はさらに減速していると判断しています。

 資源の多くを輸入に頼っているわが国にとって、エネルギー・原材料価格の上昇は、所得が海外に流出することを意味します。ちなみに、2002年の初め頃と比べると、日本からの輸出価格は約5%低下しているのに対し、輸入価格は約60%も上昇しており、日本経済にとって、交易条件がそれだけ不利になっています。特に、最近は交易条件が大きく悪化しています。このため、企業部門では収益が減少に転じており、設備投資の増勢は鈍化しています。家計部門でも、賃金が伸び悩む中で物価が上昇するようになったため、実質的な購買力が低下しており、個人消費は伸び悩んでいます。

 それでは、先行きの見通しはどうでしょうか。冒頭に申し上げたように、内外経済を取り巻く環境はきわめて不確実性が高く、経済の先行きを見通す際には、通常時にも増して、相対的に蓋然性の高い見通し、すなわちメイン・シナリオと並んで、不確実性をもたらしている様々な要因も念入りに点検する必要があります。

 はじめに、メイン・シナリオとしてどのような姿が想定できるかといいますと、日本経済は当面減速を続けるとみられますが、深い調整局面に陥ることはなく、その後は次第に緩やかな成長経路に復していく可能性が高いとみています。このように想定する理由としては、以下の3つが挙げられます。第1に、外的なショックに対する日本経済の頑健性が以前に比べ格段に高くなっていることです。日本の企業は、バブル崩壊後の長きに亘った調整局面でリストラに努力した結果、現在、設備・在庫・雇用などの面で過剰を抱えていません。この結果、現在では、何らかのショックが発生しても、これが引き金になって、大規模な調整が引き起こされる可能性は低くなっていると考えられます。第2に、金融システム面でも、サブプライム問題による日本の金融機関の損失は、欧米に比べ限定的なものにとどまっており、金融市場の安定も保たれていることです。第3の理由は、世界経済の成長という、日本の輸出にとっての好環境がなんとか維持されると想定していることです。新興国や資源国の高めの成長は続くほか、先進国経済についても、次第に現在の減速局面を脱し、緩やかに成長率が回復するという可能性が相対的に高いとみられます。

 それでは、こうしたメイン・シナリオの実現に対するリスク要因としては、どのようなものがあるでしょうか。大きなリスク要因は2つあると思います。第1は、国際商品市況の高騰と世界的なインフレ圧力の高まり、第2は、サブプライム問題の下での国際金融資本市場と欧米経済の動向です。

 まず、エネルギー・原材料・食糧などの国際商品市況の高騰と世界的なインフレ圧力についてお話しします。

 国際商品市況の高騰の原因としては、新興国や資源国の高成長により需要が大幅に増加していること、供給能力が需要の増加に見合って増加していないことの影響が大きいと思います。これに加えて、投機的ないし金融的な要因も指摘されています。現実の国際商品市況の上昇には様々な要因が影響していると考えられますが、2002年以降の趨勢的な上昇の基本的な原因は、需給バランスというファンダメンタルな要因であると考えています。

 振り返ってみますと、1990年代以降2000年代前半にかけての先進国経済は、計画経済諸国や新興国が市場経済に参入した結果、インフレ率が徐々に低下し、国により時期により違いはあるものの、「高成長、低インフレ、低金利」という良好な経済環境を享受してきました。しかし、この流れが進むにつれて、これらの国々は、労働集約的な財の供給基地という面だけでなく、原材料や消費財の巨大な需要者としての比重も増してきました。実際、世界の原油需要の伸びをみますと、OECD諸国、すなわち先進国については、2007年は前年比でみて-0.8%であるのに対し、非OECD諸国は+3.9%となっています。

 このようにして始まった国際商品市況の高騰は、エネルギーや原材料価格だけにとどまらない、全般的なインフレ圧力の上昇につながってきています。消費者物価の前年比をみると、欧米諸国では、エネルギーや食料品を含む総合ベースで4%前後と、1年前に比べて約2%ポイント上昇しています。エネルギー・食料を除いた、いわゆる米国式のコアベースでみても、2%を超える上昇率になっています。新興国のインフレ率はもっと高く、中国で7〜8%程度となっているほか、ロシア、インドネシア、サウジアラビアなど10%を超えて2桁インフレとなっている国も少なくありません。

 このように、世界的にインフレが高進していることを踏まえますと、これまで数年間の世界経済の高い成長率は持続可能なものではなかったのではないか、マクロ経済政策面での対応が十分ではなかったのではないか、という問題に突き当たります。実際、これまで、世界全体として金融環境がきわめて緩和的であったことは、しばしば、世界的な金余りとか、貯蓄過剰といった言葉で形容されてきました。しかし、本年入り後、特に数ヶ月前から、金融政策の運営を従来に比べより引き締め方向に移す国が増えています。今後、世界の国々がマクロ経済政策の面で適切なコントロールを行い、物価の安定のもとで持続可能な成長を達成できるかどうかということは、さきほど述べたような日本経済の見通しが実現する上でも、重要な前提となりますが、どの国も難しい課題に直面しています。米国では、景気の停滞、インフレリスクの高まり、金融システム問題といった3つの困難な課題に直面しています。また、新興国では、高成長の持続、国内物価の安定といった政策目的と、固定的な為替レート運営とのバランスをどうとるか、という問題に直面している先が多くなってきています。いずれにせよ、世界経済の成長率が先行き多少低下するにしても、持続可能なスピードで成長することができるかどうかが重要な鍵を握っています。

 次に、日本経済に不確実性をもたらしている第2の要因である国際金融資本市場と欧米経済の動向についてお話します。国際金融資本市場では、サブプライム問題に端を発した不安定な状態が続いています。この問題は時間の経過と共に、性格が変化してきているように思います。最初に起きたことはサブプライム・ローンを組み込んだ証券化商品をはじめ、様々な証券化商品が値下がりしたことでした。この結果、金融機関の損失が拡大し、資本が減少しました。このため、金融機関は融資基準を厳格化し、これは経済活動の下押し要因となりました。現在では、このような証券化商品の損失処理という段階は概ね終了しましたが、最近は実体経済の停滞を反映して、住宅ローン以外にも、商業用不動産ローンや消費者ローンの延滞率が上昇しており、金融機関の資産内容の悪化が景気に与える影響が懸念される状況となっています。このように、米国については、現在でも、資本市場、資産価格、実体経済の負の相乗作用が、いつ、どのように収束に向かうか、なお帰趨はみえていません。また、米国のサブプライム問題とは別に、他の先進国においても、資産価格の変動が金融システムに悪影響を与えるケースがみられます。このように、国際金融資本市場の動揺は続いていますし、米国経済など世界経済に関する下振れリスクは引き続き高い状態です。

物価の現状と見通し

 次に、これらを踏まえて、物価面の動向についてお話しします。まず足もとの物価動向をみますと、国内企業物価は、鉄鋼や石油製品の価格上昇を主因に、6月は前年比で+5.6%となり、1981年2月以来の高い上昇率となりました。また、生鮮食品を除くベースの消費者物価は、昨年の秋頃までは、前年比でゼロ%近傍で推移してきましたが、その後、石油製品や食料品の価格上昇を主因に上昇率が高まり、5月は+1.5%となりました。これは消費税率引き上げの影響で物価が上昇した1997年度を除くと、93年3月以来15年ぶりの高い上昇率です。先ほど述べた諸外国と比べれば低いとはいえ、長く安定基調が続いてきたわが国の物価動向からすると、大きな変化が起こっていると言えます。

 今後の物価情勢を見通すために、以下では物価の基調を左右する大きな要因、すなわち、国内の需給バランス、輸入物価の動向、企業や消費者のインフレ予想という3つの要因に即して、状況を整理しておきたいと思います。

 このうち、第1の国内の需給バランスは、現在、ほぼバランスした状態にあります。先ほど述べた経済の見通しを前提としますと、先行きも概ね同様の状態が続くと考えられます。したがって、この面からは、物価上昇率を大きく押し上げたり、押し下げる力が働く可能性は高くないと考えられます。

 第2の輸入物価については、これまでも、エネルギー・原材料価格高と、それに伴う価格転嫁の動きが、国内企業物価、消費者物価に大きな影響を及ぼしてきており、先行きも、引き続き、影響を与えると考えられます。

 第3のインフレ予想は、インフレ率を左右する重要な要素ですが、特に、エネルギー・原材料価格の高騰が、企業や家計のインフレ予想を押し上げることによって賃金・物価が一層上昇する二次的効果(second-round effect)が発生するかどうかが大きな鍵を握ります。実際、1970年代の第一次石油ショック時には、そうした二次的効果が顕著に物価を押し上げる要因となり、いわゆる狂乱物価という状況になりました。この点については、現在までのところ、わが国の賃金の伸び率は前年比1%前後と落ち着いており、他のデータと併せて考えると、二次的効果が発生している訳ではないと思います。

 以上のように、先行きの物価については、主として、エネルギー・原材料価格の変動とその転嫁の動向に応じた動きになる可能性が高いと考えられます。メイン・シナリオとしては、消費者物価の上昇率は、現在の1%台半ばの水準から、当面は上昇率をさらに高めると予想していますが、その後は徐々に低下するという姿を想定しています。

 もっとも、このシナリオについては、当面は上振れをもたらすリスク要因への注意を怠れません。まず、もっとも大きなリスクは、エネルギー・原材料価格の動向です。また、これまでのところは落ち着いていると述べた日本の経済主体のインフレ予想が変化する可能性も否定できません。このところ食料品など購入頻度の高い商品の値上げが目立っていることもあって、家計が実感として捉えている物価上昇率は、高くなっているとみられます。因みに、日本銀行が四半期毎に行っている「生活意識に関するアンケート調査」では、物価が上がっていると感じている人の割合は、6月調査では9割を超えています。人々の物価に対する見方は、予想インフレ率や企業の価格設定スタンスの変化を通じて、現実の物価上昇率に影響を与えうるものだけに、エネルギー・原材料価格の今後の動向とあわせて、注意深くみていく必要があると考えています。

当面の金融政策運営

 以上のような経済・物価見通しやリスク要因を踏まえて、次に、当面の金融政策運営についてお話したいと思います。

 日本銀行は、2006年3月のいわゆる量的緩和政策の解除以降、経済・物価情勢の改善度合いに応じて、誘導目標であるコール・レートの水準を徐々に引き上げていくという考え方に立って、金融政策を運営してきました。しかし、その後、景気は減速局面に入る一方で、物価上昇率は高まってきました。国際金融資本市場や海外経済の状況など不確実性も高い状況となっています。こうした状況を踏まえて、現在は、先行きの政策に予断を持つことなく、経済・物価の見通しとその蓋然性、上下両方向のリスク要因を丹念に点検しながら、それらに応じて機動的に金融政策を行っていく方針を採っています。

 その際、特に重要となるのは、エネルギー・原材料価格の上昇という、いわゆる供給ショックに対して、金融政策運営面でどう対応すべきか、という問題についての考え方です。この点については、かつての石油ショックの経験なども踏まえ、先進国中央銀行間で共有されているオーソドックスな考え方があります。この考え方は、第1に、供給要因に基づく輸入コストの一時的な上昇に対しては、金利引き上げで抑え込むことは適切ではない、第2に、インフレ予想の上昇などを通じて二次的効果が発生する惧れがある場合には、金利引き上げで対応すべきである、というものです。しかし、これまでの商品市況の上昇は、長期にわたって続いてきているだけに、これを「一時的」と考えるわけにはいきません。また、これが、供給要因だけでもたらされているわけではなく、世界的な需要の増加という要因が強く働いていることも、さきほど詳しく述べたとおりです。

 このようにみてくると、結局、輸入コスト上昇の下での金融政策運営という点では、判断のポイントは3つに集約されます。第1に、原材料価格の高騰に伴う所得流出による内需の減少と、新興国・資源国を中心とする世界経済の強さを背景とした輸出の増加という2つの異なる方向の力が、日本の景気に及ぼす影響をどうみるか、第2に、そうした景気情勢が物価に与える影響をどう評価するか、第3に、国際商品市況の上昇やその下での現実の物価上昇が、消費者のインフレ予想や企業の価格設定行動をどう変化させるか、ということです。現在のような経済情勢の下での金融政策運営について、よく「景気・物価の両睨み」という表現が使われます。しかし、単に両者のバランスをとるという折衷的アプローチではありません。景気と物価が異なる動きを示す際、金融政策運営上の判断基準が必要ですが、日本銀行を含め多くの中央銀行は、上述の第3のポイント、すなわち、予想インフレ率の安定が確保されているかどうかを重視しています。

 日本銀行としては、物価安定の下での持続的成長を実現するという金融政策の目的に照らして、さきほど述べた蓋然性の高いシナリオだけでなく、それが上下に振れるリスクも十分に点検しながら、適切な金融政策運営を行って参りたいと思います。

2.金融政策運営に関する中央銀行の情報発信

 以上、当面の経済・物価情勢と金融政策運営について、お話をいたしました。金融政策を行う上で最も重要なことは、経済情勢に関する適切な判断です。しかし、その決定の内容や背後にある考え方が正確に伝わらないと、金融政策の本来意図した効果を十分には発揮できなくなる可能性があります。また、中央銀行は、金融政策の独立性を与えられていることに伴う当然の要請として、自らの政策判断の根拠や決定内容を説明するアカウンタビリティーが求められます。各国中央銀行は金融政策の有効性向上とアカウンタビリティー確保の観点から、情報発信について、それぞれの実情に応じて、様々な改善を図ってきました。

 日本銀行では、先日の金融政策決定会合において、金融政策に関する情報発信について、いくつかの改善措置を実施することを決定しました。以下、私の話の後半では、中央銀行の情報発信についてお話したいと思います。

金融政策に関する情報発信の内容

 まず、金融政策に関する情報発信を構成する3つの重要な要素についてお話したいと思います。3つの構成要素とは、第1に金融政策の目的や目標、第2に経済・物価の現状判断や先行きに関する見通し、第3に先行きの金融政策運営の考え方です。

 第1の金融政策の目的ですが、多くの国の中央銀行法において、物価の安定を通じて持続的な成長に貢献することである、と規定されています。わが国においても、日本銀行法第2条において、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」と明確に定められています。一方、物価の安定を具体的な数値で表現する方法については、各国の対応はかなり異なっています。日本銀行の場合には、政策委員が、中長期的に物価が安定していると考える消費者物価上昇率の範囲について集計し、これを「中長期的な物価安定の理解」という名前で公表しています。現在の委員の理解は、0から2%程度の範囲内にあり、各委員の中心値は、大勢として1%程度となっています。

 第2の重要な要素は、経済・物価の現状判断に加え、先行きに関する見通しを示すことです。これは、金融政策が経済や物価に効果を及ぼすまでには、ある程度の時間がかかるためです。さらに、経済・物価の先行きには常に不確実性を伴いますので、見通しを示す場合には、ひとつのシナリオだけでなく、それが上下に振れるリスクを明らかにする必要があります。

 日本銀行の場合、毎月公表する「金融経済月報」や金融政策決定会合終了後に行う総裁記者会見などを通じて、経済・物価情勢を説明しています。また、年2回、4月と10月に公表する「展望レポート」では、当年度と翌年度の2年度分の見通しとリスク要因を公表してきました。さらに、本年4月には、先行きの不確実性を視覚的に表現することを目的として、各政策委員が予測する成長率と物価上昇率の確率分布を集計的に示した「リスク・バランス・チャート」というグラフを公表しました。

 第3の重要な要素は、先行きの金融政策運営の考え方についての説明です。これをどの程度発信するかは、経済情勢等によって、異なり得るものです。重要なことは、金融政策運営の考え方は、あくまで経済・物価情勢を前提としたものであり、経済・物価の見通しやリスク要因とあわせて情報発信していく必要があるということです。

 日本銀行では、2006年3月以降、金融政策運営の前提となる経済・物価情勢の判断を「2つの柱」に沿って整理する、という方法を採用しています。すなわち、第1の柱では、相対的に蓋然性が高いと考えられる見通しが、物価安定の下での持続的成長の実現という、金融政策の目的と整合的なものとなっているかどうかを点検します。第2の柱では、相対的に蓋然性が高いと考えられる見通しだけでは捉えきれないリスク要因を点検しています。日本銀行では、こうした「2つの柱」に基づく点検を踏まえた上で、当面の金融政策運営の考え方を整理し、展望レポートで公表しています。

情報発信の課題

 近年、金融政策に関する情報発信のあり方は「金融政策の透明性向上」というテーマで活発に議論されてきました。その際、各国中央銀行が直面している幾つかの課題について、実感をもって理解して頂くために、以下では現在の経済情勢に即して説明を致します。

 第1は、委員会における意見の多様性と透明性の調和という課題です。日本銀行を含めて多くの中央銀行は、委員会による意思決定という仕組みを採用しています。最終的な政策金利の水準については多数決で決定することになりますが、そこに至る経済・物価情勢についての見方や金融政策運営のロジックは多様です。そうした多様な見解は委員会制度の強みですが、中央銀行としての見解をどのように集約して公表していくのかは、大きな課題です。

 第2は、リスクや不確実性をどのように説明していくかという課題です。金融政策の効果波及のラグは長く、かつ可変的ですので、ある程度の期間の見通しを示すことが必要です。しかし、当然、先に行くほど不確実性は高まります。また、金融と経済の複雑な相互作用を考えますと、仮にリスクとして定性的に認識できる場合でも、それがいつ顕在化するかわからないというのが普通です。実際、今回のサブプライム問題についても、多くの中央銀行は金融システム・レポート等の形で、金融面の行き過ぎや、これが巻き戻されるリスクをかなり早い段階から指摘していましたが、そのタイミングを示すことは不可能でした。先行きの見通しやリスク要因について、定性的・定量的な情報発信をどのように行うべきかは、中央銀行にとっての大きな課題です。

 第3は、中央銀行の行動原理、金融政策運営の考え方をどのように説明するかという課題です。この点では、次回の金融政策決定会合での政策金利の変更を予め市場に織り込ませることが透明性の高い金融政策であるという議論がなされることがありますが、決してそうではありません。予め先行きの政策金利の水準を事実上公表することは、公表後の経済情勢の変化を無視することを意味します。重要なことは、中央銀行の基本的な行動原理をその時々の経済情勢に即して説明することであると思います。

 このことは、いわゆる目標インフレ率についての議論にも当てはまります。日本は近年、緩やかながら消費者物価の下落を経験しました。当時、物価下落の原因は何であれ、望ましいと考える目標インフレ率の達成に向けて、あらゆる金融政策手段を動員すべきという議論が行われました。一方、現在は物価上昇に対し、金融政策運営上は、エネルギー・原材料価格上昇の影響を除去して考えるべきという議論が行われています。物価の下落にしても上昇にしてもメカニズムは複雑ですが、中央銀行にとっては、基調的な物価動向を判断し、その上で、長い目でみた物価の安定を通じて持続的な経済成長を実現することが変わらぬ目的です。このことが十分に理解されない場合には、目標インフレ率という数字だけが一人歩きし、物価安定の下での持続的成長の達成という所期の目的達成は難しくなります。

今回の情報発信の充実策

 以上のように、中央銀行が金融政策運営に関する情報発信の改善を図る上で、様々な課題、論点があります。それらの多くは、日本銀行にも共通する課題です。そうした課題も念頭に置いた上で、今回、日本銀行は、さきほどご説明したこれまでの情報発信の枠組みをさらに充実するため、いくつかの見直しを行いました。

 まず、第1の見直しは、毎回の決定会合後に「2つの柱」に基づく点検結果を、文書の形で直ちに公表するようにしたことです。これまでも、経済・金融情勢の基本認識は「基本的見解」として直ちに公表していましたが、金融政策については、変更がない場合には、「現状維持」という決定内容のみを公表してきました。今後は、毎回の会合後に、金融政策運営方針の変更の有無に関わらず、決定内容に加え、その背景となる経済・物価情勢の評価を「2つの柱」に基づいて整理して示すとともに、先行きの金融政策運営の考え方について公表することとしました。

 勿論、これまでも決定会合後の記者会見では、政策決定の背景や金融政策運営の考え方を丁寧に説明してきましたが、今後は、これと合わせて、基本的な部分について、毎回、決定会合での討議と採決を経て、政策委員会としての文書の形で示すこととしました。

 第2の見直しは、成長率と物価上昇率に関する政策委員の見通し計数とリスク・バランス・チャートを、年4回、つまり四半期ごとに公表するようにしたことです。経済には、常に様々なショックが加わっており、先行きの経済・物価の見通しを変更する必要が出てくる場合もあります。かと言って、データが公表される都度、頻繁に見通し計数を改定して公表することは市場を混乱させます。日本銀行としては四半期ごとに、具体的な計数やリスク・バランス・チャートを公表することが最適と判断しました。

 なお、ここで申し上げなければならないことは、計数やチャートは、あくまで展望レポートや毎回の公表文の記述を補完する参考としての位置づけであるということです。金融政策判断の根拠となる経済予測がひとつかふたつの数字に集約できるのであれば楽ですが、勿論、どの中央銀行をみても、そのようなことはありません。経済・物価の先行きは、見通しとリスクの定量的な情報だけで表すには、あまりに複雑です。その意味で、最も重要なことは経済や物価の変動のメカニズムやリスクについての定性的な評価です。日本銀行の情報を受け取る際には、是非、文章による説明とともにご理解いただければと思います。

 第3の見直しは、見通し期間の延長です。日本銀行は、これまで4月と10月に公表する「展望レポート」で、2年度分、すなわち当該年度と翌年度の見通しを公表してきました。今後は、10月の「展望レポート」では、翌々年度の見通しも公表することとしました。海外中央銀行の例を見ると、短いところで1〜2年、長いところで3年程度の先までの見通しを示しています。日本銀行では、先ほど述べた金融政策の効果波及のラグと見通しの不確実性を踏まえた上で、この程度の長さまで延長することが適当と判断しました。

 以上、今般の情報発信に関する措置をご説明しました。もとより、情報発信のための枠組みが適切なものであったとしても、情報発信の質を決めるのは、情勢分析と政策判断の的確さをおいてほかにないと思っています。これからも、経済情勢の的確な判断とこれに基づく金融政策運営を積み重ね、それを丁寧に説明していく努力を重ねていきたいと考えています。

おわりに

 以上、日本経済の情勢と当面の金融政策運営、そして情報発信の考え方について説明しました。本日は中央銀行が担っている機能のうち、主として金融政策について説明をしましたが、中央銀行はバンキング政策とでも言うべき分野でも大きな役割を果たしています。米国では昨年夏以降、FRBが金融システムの安定維持のために流動性供給の面で様々な活動を行っていますが、1990年代以降、厳しい金融システムの状況に直面し、中央銀行として異例の対応を取り続けてきた私たちの立場からみますと、FRBと日本銀行の対応の類似性に改めて驚かされます。しかし、中央銀行はもともと金融システムの安定を達成するために作られた組織であることを思い起こしてみると、これは何も不思議なことではありません。その際、中央銀行は銀行として与信を行う以上、個々の金融機関の状況を自ら正確に把握することが不可欠です。具体的なオペレーションの面でも様々な課題があります。現在、中央銀行間ではクロスボーダー担保による信用供与が大きな検討課題となっていますが、それも一例です。日本銀行としても、金融政策のみならず、金融システム・決済システムの安定など、中央銀行としての総合力を活かして、日本経済の発展に貢献していきたいと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上