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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

大阪経済4団体共催懇談会における挨拶
日本銀行総裁 白川 方明
2008年8月25日

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英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。私は、今年の春に日本銀行総裁の職を拝命するまで、2年弱、京都大学の公共政策大学院で教鞭をとっており、その縁もあって、関西には大変親しみをもっています。本日は、その関西地域の経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、平素より、大阪支店、神戸支店、京都支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。皆様方と意見交換を行わせて頂くに当たり、最初に私から、日本経済が直面している課題や金融政策運営の考え方などについて、お話したいと思います。

日本経済の現状

 まず、日本経済の現状からお話します。振り返ってみますと、日本経済は、2002年初をボトムに、緩やかながら息の長い景気拡大を続けてきましたが、昨年末頃から、徐々に減速してきました。特に、本年春以降はエネルギー・原材料価格が一段と上昇し、これによって、企業収益が圧迫され、設備投資は横ばいの動きとなっています。個人消費も、賃金が伸び悩む中で、物価が上昇しているため、弱めの動きとなっています。輸出も海外経済の減速の影響から増勢が鈍化しています。こうした情勢を踏まえ、先週初の金融政策決定会合では、わが国の景気の現状について停滞していると判断しました。

 一方、物価は上昇を続けています。7月の国内企業物価は、鉄鋼や石油製品の価格上昇を主因に、前年比で7%を超え、1981年以来27年振りの高い上昇率となりました。消費者物価も6月は前年比で1.9%にまで上昇しています。これは、消費税率引き上げの影響で物価が上昇した1997年度を除くと、15年振りの高い上昇率です。

 このように、日本経済は景気の停滞と物価の上昇という、難しい状況に直面しています。この背景としては、2つの要因が挙げられます。第1に、エネルギー・原材料価格の上昇、第2に、米国サブプライム・ローン問題に端を発した国際金融資本市場の動揺と世界経済の減速です。

エネルギー・原材料価格の上昇と日本経済

 このうち、まず、エネルギー・原材料価格の上昇について申し上げます。エネルギー・原材料価格の上昇は、資源の多くを輸入に頼るわが国にとって、実質的な購買力の減少、すなわち、所得の海外流出となるため、実体経済を下押しする要因となる一方、物価に対しては上昇圧力として働きます。

 過去2回の石油ショックを振り返りますと、第一次石油ショックの時には、原油価格は73年から74年にかけて、1バレル3ドルから12ドルへと短期間のうちに、4倍に高騰しました。第二次石油ショックの時も、79年から80年にかけて1バレル15ドルから40ドルへと上昇しました。これらに比べ、今回は、原油価格の上昇が長い期間にわたって続いています。どの時点を基準とするかで異なってきますが、2002年の1バレル21ドルから出発しますと、現在は110〜120ドル程度と、一頃に比べ下落したとはいえ、5倍以上に上昇したことになります。過去2回の石油ショックを上回る上昇です。この結果、石油価格上昇による海外への所得流出の規模も、今回の局面の方が大きく、GDPに対する比率は、第一次と第二次の石油ショック時が共に約3%だったのに対し、今回は約5%に達しています。

 原油価格の上昇とそれに伴う所得流出や生産能力の低下自体は、日本経済にとっては与件となります。言い換えると、原油価格の上昇とそれに伴う生産能力の低下自体を帳消しにすることはできません。しかし、第一次と第二次の石油ショックを比べると、原油価格上昇後の経済や物価の動きは随分異なるものでした。

 第一次石油ショックの時は、わが国は、「狂乱物価」と言われたインフレの高進と景気後退の同時進行、つまりスタグフレーションに苦しみました。経済指標で確認しますと、経済成長率は、73年までの8〜9%の高成長から、74年には一気にマイナス1%に落ち込みました。一方、消費者物価は、74年のピーク時には前年比25%の上昇となりました。これに対し、第二次石油ショックの際は、経済成長率は3〜5%を維持し、消費者物価上昇率は上昇したとはいえ、1桁台に止まりました。同じ時期、米国の消費者物価上昇率は10%を超え、英国でも20%を超えていましたから、第二次石油ショック時のわが国は、ドイツと並んで世界の中でも良好な実績を示したと言えます。

 このように、2つの石油ショック時において、異なる展開となったのはなぜでしょうか。様々な要因が影響していますが、大きな理由として次の2つの点が挙げられます。

 第1は、石油ショック以前の経済・物価状況とその後の金融政策対応の違いです。第一次石油ショックの時には、原油価格が上昇する以前から、列島改造ブームのもとで景気の過熱と過度の金融緩和が進んでおり、家計や企業のインフレ心理も高まっていました。実際、73年の春闘賃上げ率は20%に達していました。こうした下地がある中で、原油価格が急激に上昇したため、インフレ心理の一段の上昇を招き、いわば火に油を注ぐ状況となりました。これに対し、第二次石油ショックの際には、景気の過熱や過度の金融緩和はなく、インフレ心理も沈静化していました。そうしたもとで、金融引き締めも遅れなかったため、インフレ心理は抑制され、原油価格上昇に伴って石油製品以外の財・サービスの価格が上昇する事態、いわゆる二次的効果が生じることはありませんでした。このような状況を指して、「日本経済は、ホームメイド・インフレの抑制に成功した」と言われました。

 第2に、原油価格高騰による相対価格体系の変化を許容し、経済構造の円滑な転換を実現したことが挙げられます。日本の企業は第一次石油ショックを契機に、生産活動における省資源化を進めました。その結果、原油の原単位、すなわち、1単位の付加価値を生み出すために使用される原油量は、1980年には、第一次石油ショック時に比べ、約22%も改善していました。この間、企業は、小型乗用車をはじめ省エネ製品の開発に努め、その後の世界的な競争力強化につなげるなど、環境変化を前向きに利用しました。原油価格高という新しい価格体系に適合するよう企業の生産構造を転換するとともに、これを新たなチャンスと前向きに捉え、比較優位分野を創出したわけです。このことが、日本経済の第二次石油ショックの克服とその後の成長に大きく貢献することになりました。

 以上の理由から、第一次と第二次の石油ショックの時の経済の姿は大きく異なるものとなりました。この経験を踏まえると、今後わが国が採るべき基本的な方向は明確だと思います。すなわち、第1に、輸入コストの上昇とその転嫁分を超えるような二次的効果を防ぐこと、第2に、新しい相対価格体系に対応した経済・産業構造への転換を進めることです。ただし、今回は原油価格上昇の背景という点では、前2回の石油ショックとは異なる要素もあります。需要面では、今回は、世界的な需要増加が長期にわたって続き、しかも、新興国の需要増加の寄与が大きいということです。これに対し、前2回は供給面の制約が強く意識されました。このような価格上昇の背景の違いに伴う問題については、物価を巡るリスクに関連して、後ほど取り上げたいと思います。

サブプライム・ローン問題

 次に、わが国の景気停滞をもたらしているもう1つの要因である国際金融資本市場の動揺と世界経済の減速に話を進めます。

 サブプライム・ローン問題が表面化してから約1年が過ぎましたが、この間、問題の性格は徐々に変化してきています。

 最初の局面では、「流動性の逼迫」が問題となりました。サブプライム・ローンを組み込んだ証券化商品をはじめとする、様々な証券化商品が値下がりした結果、証券化商品を組成していた主体は市場からの資金調達が困難となりました。そして、これらに流動性を供給するため、金融機関の流動性需要が増大した結果、欧米では金融機関の資金調達・運用の場である短期金融市場に強いストレスがかかりました。こうした流動性の逼迫と短期金利の上昇に対しては、各国の中央銀行が流動性供給の期間や相手方、担保等、様々な面で工夫を行うことで、金融市場の安定を確保するために努力しました。

 短期金融市場が完全に安定したとは言えないまでも、相対的には落ち着きを取り戻す中で、本年に入ると、問題は「流動性の逼迫」から「信用収縮」という第2の局面に移行しました。証券化商品の値下がりによって、金融機関の損失が拡大し、自己資本が減少した結果、金融機関はリスク評価基準を厳しくし、貸出姿勢を慎重化させました。このため、経済に強い下押し圧力がかかりました。

 そして最近では、3番目の局面に移りつつあるように窺われます。つまり、米国の実体経済の停滞を反映して、サブプライム関連商品だけでなく、商業用不動産ローンや消費者ローンについても延滞率が上昇する傾向にあります。この結果、実体経済の停滞が金融機関の資産内容の一段の悪化をもたらし、それがまた景気に悪影響を与えるような状況、つまり、資本市場、資産価格、実体経済の負の相乗作用が懸念される状況となっています。

 この問題からどのような教訓を引き出すかを巡って様々な議論が行われていますが、問題の所在や背景は複雑であり、私自身は安易に教訓を引き出すことには慎重です。例えば、「リスク管理が甘かったことが失敗の原因」と言われることがあります。それ自体は正しい観察ですが、リスクの増大を指摘する警告がなかったわけではありません。それにもかかわらず、何故、多くの金融市場参加者が間違えたのか、ということまで考える必要があります。現時点で正解が得られているわけではありませんが、それでもいくつかの重要な課題が改めて浮き彫りになっているように思います。

 サブプライム・ローン問題だけでなく、日本のバブルも含め、過去の金融活動や資産価格の過熱を振り返ると、その多くは、物価が安定し、低金利が持続した後に発生しています。今回も、投資家や金融機関がリスクの評価基準を緩め、借り入れへの依存度、つまりレバレッジを引き上げながら、証券化商品への投資を通じて「利回り追求」を強めていきました。その背景には、長期にわたって世界的な成長の持続と低インフレが続く中で、グローバルな金融緩和の行き過ぎと信用の膨張がありました。一方、バブルが崩壊し、金融機関の資本が毀損されることを通じて、信用の収縮過程に入ると、経済活動は大きく落ち込み、金融政策の効果は限定的となります。今回のケースをみても、バブルの発生と同様、崩壊をリアルタイムで認識することは難しいということを痛感します。以上のことは、金融政策運営において、金融緩和の長期化がもたらすリスクへの注意が必要であることも示しています。

 話を元に戻して、世界経済の先行きですが、先ほども触れたように、米国経済は、資本市場、資産価格、実体経済の負の相乗作用が、いつ、どのように収束に向かうのか、なお帰趨が見えない状況にあります。欧州経済も減速傾向が強まっています。また、アジア経済をみると、中国やインドでは高成長が続いていますが、NIEs・ASEAN諸国では、輸出が減速しているほか、内需にも減速の兆しがみられているなど、世界経済の先行きは、当面、不確実性が高いと思います。

日本経済の展望と当面の金融政策運営

 それでは、以上ご説明してきた2つの問題を踏まえ、日本経済の先行きと、金融政策運営についてご説明します。

 まず、中心的なシナリオから説明しますが、景気の先行きについては、エネルギー・原材料価格高の影響と海外経済の減速に伴う輸出の増勢鈍化などから、当面、停滞を続ける可能性が高いとみています。ただし、日本経済が深い調整局面に陥る可能性は小さいと判断しています。

 その第1の理由は、90年代から比較的最近まで続いた日本企業のリストラ努力の結果、設備・雇用・債務のいわゆる「3つの過剰」が解消しており、景気の下振れをもたらすショックに対する日本経済の頑健性が高くなっていることです。第2に、サブプライム・ローン問題による日本の金融機関の損失は欧米に比べ限定的であり、金融市場も安定しているなど、金融システム面で問題が生じていないことが指摘できます。そして、第3に、緩和的な金融環境が挙げられます。建設・不動産や中小企業では、資金繰りが厳しさを増しつつあり、注意が必要ですが、日本の金融環境は全体としては緩和的です。政策金利であるコール・レートは0.5%という低い水準にあり、消費者物価上昇率を引いた実質短期金利はマイナスとなっています。企業の調達コストも低水準が続いています。こうした金融環境は引き続き企業活動を下支えするものとみられます。

 このように考えますと、先行きの日本の景気については、国際商品市況高が一服し、海外経済も減速局面を脱するにつれて、次第に緩やかな成長経路に復していく姿が中心的なシナリオとして想定できます。

 次に、物価の先行きをみますと、国内の需給バランス、家計のインフレ予想や企業の価格設定行動からみて、先ほど述べたような二次的効果が直ちに高まる情勢にはありません。二次的効果の発生の有無を判断する上でひとつの重要なデータは賃金の動きですが、現在のところ、賃金の伸びは弱含んでいます。結論的に言いますと、消費者物価は、当面、これまで上昇した輸入価格の転嫁の動きが続き、しばらくはやや上昇率を高めるとみられます。しかし、その後は、国際商品市況の上昇が緩やかとなり、価格引き上げの動きが一巡するにつれて、徐々に上昇率が低下すると予想されます。

 勿論、こうした予測については違った見方もあり得ます。中央銀行を含め、予測を行う機関はどこも正確な予測を行うために最大限の努力をしていますが、それでも予測誤差は決して小さくないのが実態です。そうだとすると、金融政策運営の前提となる予測も、相対的に蓋然性の高い見通し、すなわち中心的なシナリオに加え、不確実性をもたらしている様々な要因も念入りに点検するという姿勢が何よりも重要だと思います。そして、新たなデータが判明する都度、予断を持つことなく虚心坦懐にデータを点検し、予測を修正していくことが求められます。

 そこで、リスク要因についてご説明します。最初に触れた国際金融資本市場は当面不安定な状態が続くと見込まれ、世界経済には下振れリスクがあります。また、国内でも、エネルギー・原材料価格高による所得の海外流出によって、内需が下振れるリスクがあります。このため、日本経済は設備や雇用面で調整圧力を抱えていないとは言え、景気の面では下振れのリスクを意識しています。

 物価面では、逆に上振れリスクの方を意識しています。先ほど申し述べたとおり、エネルギー・原材料価格は、供給制約に加え、新興国などを中心とする世界的な需要の増加を背景に、長期にわたって上昇しています。したがって、こうした上昇を「一時的」と考えるわけにはいきません。このようなエネルギー・原材料価格の趨勢に加え、わが国では暫く経験してこなかった物価上昇率となっているだけに、今後、家計のインフレ予想や企業の価格設定行動が変化し、二次的効果が発生するリスクにも注意する必要があります。

 このように、現在は、景気の下振れリスク、物価の上振れリスクの双方に注意が必要な局面にあります。さらに、景気の下振れリスクが薄れる場合には、緩和的な金融環境の長期化が経済・物価の振幅をもたらすリスクもあります。金融政策運営に当たっては、引き続き、先行きの経済・物価の見通しとその蓋然性、上下両方向のリスク要因を見極めた上で、それらに応じて機動的に政策運営を行っていく方針で臨んでいます。また、国際金融資本市場が不安定な状況が続くほか、様々な不確実性が高いもとでは、国内金融市場の安定をしっかり確保していくことが、私ども中央銀行にとって、大事な課題であると考えています。

おわりに

 以上述べて参りましたように、日本経済も、そして世界経済も、金融政策運営という観点からみた場合、現在大変難しい局面にあります。金融政策は安定的な金融・経済環境を作ることを通じて経済の持続的成長に貢献することが期待されていますが、これ自体は、経済の潜在成長率を高めるものではありません。この点で必要なことは、経済全体としての生産性向上であり、それを可能にするイノベーションや絶えざる資源配分の見直しです。当地は、江戸時代、堂島の米取引所で、世界で初めての先物取引が行われるなど進取の精神に富んだ土地柄であることは有名ですが、企業家精神旺盛な皆様の創意工夫により、日本経済の活力が高まっていくことを期待しています。日本銀行としても、皆様のご努力を金融政策の面からしっかりと支えていきたいと考えています。

 最後に、関西の経済界と日本銀行の関係を物語るエピソードをご紹介して、私からの話を終わりにしたいと思います。日本銀行が明治15年に創立された際、日本銀行の資本金10百万円−現在の貨幣価値に換算すると約300億円−の半分を占める民間出資分のうち、株主数で約60%、金額ベースで48%は関西地域からの出資でした。現在は制度は変わっていますが、関西の経済界には、市場経済を支える中央銀行制度の整備という面でも大きな貢献をして頂いたわけであります。本日のこの懇談会も、そうした伝統を反映した関西経済界によるご貢献・ご協力の賜物であると受け止めており、この後の質疑応答を楽しみにしています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上