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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

名古屋での各界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2008年9月2日

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英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。平素より、名古屋支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。まず、お話の前に、先週後半の東海地域における記録的な大雨によって、被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。皆様方と意見交換を行わせて頂くに当たり、最初に私から、日本経済が直面している課題や金融政策運営の考え方などについて、お話したいと思います。

日本経済の現状

 日本経済の現状からお話します。日本経済は、2002年初をボトムに、緩やかながら息の長い景気拡大を続けてきましたが、昨年末頃から、徐々に減速してきました。特に、本年春以降はエネルギー・原材料価格が一段と上昇し、これによって、企業収益が圧迫され、設備投資は横ばいの動きとなっています。個人消費も、賃金が伸び悩む中で、物価が上昇しているため、弱めの動きとなっています。輸出も海外経済の減速の影響から増勢が鈍化しています。こうした情勢を踏まえ、先月の金融政策決定会合では、わが国の景気の現状について停滞していると判断しました。

 一方、物価は上昇を続けています。7月の国内企業物価は、鉄鋼や石油製品の価格上昇を主因に、前年比で7%を超え、1981年以来27年振りの高い上昇率となりました。消費者物価も7月は前年比で2.4%と、消費税率引き上げの影響で物価が上昇した1997年度を除くと、16年振りの高い上昇率となりました。

 このように、日本経済は景気の停滞と物価の上昇という、難しい状況に直面しています。この背景としては、2つの要因が挙げられます。第1に、国際金融資本市場の動揺と世界経済の減速、第2に、エネルギー・原材料価格の上昇、です。

国際金融資本市場の動揺と世界経済の減速

 まず、国際金融資本市場の動揺と世界経済の減速について申し上げます。国際金融資本市場の動揺の発端となったサブプライム・ローン問題が表面化して約1年が過ぎましたが、この間、問題の性格は徐々に変化してきています。

 最初の局面では、証券化商品を組成していた主体や金融機関の資金調達が困難となり、「流動性の逼迫」が問題となりました。その後、問題は「流動性の逼迫」から「信用収縮」という第2の局面に移行しました。金融機関が、リスク評価基準を厳しくし、貸出姿勢を慎重化させた結果、経済に強い下押し圧力がかかり始めました。

 そして最近は、3番目の局面に移っています。米国の実体経済の停滞を反映して、サブプライム関連商品だけでなく、商業用不動産ローンや消費者ローンについても延滞率が上昇する傾向にあります。この結果、実体経済の停滞が金融機関の資産内容の一段の悪化をもたらし、それがまた景気に悪影響を与える状況、つまり、資本市場、資産価格、実体経済の負の相乗作用が懸念される状況となっています。

 米国経済は、現在、こうした負の相乗作用が、いつ、どのように収束に向かうのか、その帰趨がみえない状況にあり、しばらくは、停滞が続くとみられます。欧州経済も減速傾向が強まっています。また、アジア経済をみると、中国やインドでは高成長が続いていますが、NIEs・ASEAN諸国では、輸出が減速しているほか、内需にも減速の兆しがみられています。世界経済の成長率は過去30年の平均と比較すると、なお高水準とはいえ、減速は避けられないと思います。

エネルギー・原材料価格の上昇と日本経済

 次に、エネルギー・原材料価格の上昇に話を進めます。資源の多くを輸入に頼るわが国にとって、エネルギー・原材料価格の上昇は、所得の海外流出となるため、実体経済を下押しする要因となる一方、物価に対しては上昇圧力として働きます。

 今回の原油価格上昇の大きさは、過去2回の石油ショックを上回るものです。第一次石油ショック時の上昇幅は、1バレル3ドルから12ドルへと4倍、第二次石油ショックの時は、15ドルから40ドルへと2.5倍でした。これらに比べ、今回は、2002年の1バレル21ドルから出発しますと、現在は110〜120ドル程度と、一頃に比べ下落したとはいえ、5倍以上に上昇したことになります。この結果、石油価格上昇による海外への所得流出の規模も、今回の局面の方が大きく、GDPに対する比率は、過去2回の石油ショック時が共に約3%だったのに対し、今回は約5%に達しています。

 輸入価格が上昇した分だけ輸出価格の引き上げに成功しない限り、こうした原油価格の上昇とそれに伴う所得流出や生産能力の低下そのものを帳消しにすることはできません。しかし、それ以外の面では、我々自身の対応によって変わり得るところも多いように思います。実際、第一次と第二次の石油ショックを比べると、原油価格上昇後の経済や物価の動きは随分異なるものでした。

 第一次石油ショックの時は、わが国は、「狂乱物価」と言われたインフレの高進と景気後退の同時進行、つまりスタグフレーションに苦しみました。経済成長率は一気にマイナスに落ち込み、消費者物価は、ピーク時には前年比25%の上昇を記録しました。これに対し、第二次石油ショックの際は、経済成長率は3〜5%を維持し、消費者物価上昇率は1桁台に止まりました。

 このように、2つの石油ショック時において、異なる展開となったことには、様々な要因が影響していますが、大きな理由として次の2つが挙げられます。

 第1は、石油ショック以前の経済・物価状況とその後の金融政策対応の違いです。第一次石油ショックの時には、原油価格が上昇する以前から、景気の過熱と過度の金融緩和が進んでおり、家計や企業のインフレ心理も高まっていました。こうした下地がある中で、原油価格が急激に上昇したため、いわば火に油を注ぐ状況となりました。これに対し、第二次石油ショックの際には、事前に景気の過熱や過度の金融緩和はなく、金融引き締めも遅れなかったため、インフレ心理は抑制され、原油価格上昇に伴って石油製品以外の財・サービスの価格が上昇する二次的効果は生じませんでした。

 第2に、原油価格高騰による相対価格体系の変化を許容し、経済構造の円滑な転換を実現したことが挙げられます。日本の企業は第一次石油ショックを契機に省資源化を進めました。その結果、原油の原単位、すなわち、1単位の付加価値を生み出すために使用される原油量は、1980年には、第一次石油ショック時に比べ、約22%も改善していました。この間、企業は、省エネ製品の開発に努め、環境変化を前向きに利用しました。

 以上の経験を踏まえると、今後わが国が採るべき基本的な方向は明確です。すなわち、第1に、輸入コストの上昇とその転嫁分を超えるような二次的効果を防ぐこと、第2に、新しい相対価格体系に対応した経済・産業構造への転換を進めることです。

 ただし、今回は、原油価格上昇の背景という点で、前2回の石油ショックとは異なる要素があります。過去の石油ショックでは、もっぱら供給面の制約が強く意識されました。それに対し、今回は、新興国の高成長という世界経済の構造変化が強く影響しています。また、やや中期的な観点からみると、原油価格上昇とサブプライム・ローン問題がそれぞれ独立した現象ではなく、両者に共通した背景があることが浮かび上がってきます。

世界経済と日本経済の中長期的な課題

 そこで、世界経済の大きな流れを振り返ってみますと、原油価格が上昇した時期と、サブプライム・ローンも含めた証券化市場が過熱した時期は、概ね重なっています。特に、2003年以降は、世界的に、高成長・物価安定という良好な経済状況が続きました。その大きな背景としては、新興国が市場経済に参入した結果、世界的に供給能力が高まり低インフレ環境が用意されたことが挙げられます。こうした中で、世界的に緩和的な金融政策が続けられました。

 しかし一方で、こうした良好な環境の下で、現在世界経済が直面している問題も醸成されていきました。第1に、エネルギー効率が低い新興国の高成長の結果、原油などの資源への需要が増大しました。また、これらの国では、所得水準の上昇に伴い食料品など一般的な商品への需要も増大し、インフレ率が高まりました。第2に、サブプライム・ローン問題に象徴されるように、良好な経済環境と金融緩和が続く中で、投資家や金融機関のリスク評価基準が甘くなり、信用の膨張と資産価格の上昇が発生しました。

 サブプライム・ローン問題も原油価格上昇も原因は複雑ですが、世界的な高成長と金融緩和の持続という要因なしには発生しなかったという点では、共通の性格をもっているように思われます。また、こうみますと、日本経済、あるいは世界経済の先行きを考える上で、いくつか重要な論点も浮かび上がってくるように思います。

 第1に、現在の世界経済は、より持続的な成長過程への移行過程にあるということです。成長の減速ということはどの国にとっても苦しい過程です。しかし、これまで述べたようなエネルギー・原材料価格高騰の背景を考えると、ある程度の世界経済のスピード調整を経なければ、資源価格の安定も含めた次の発展への条件が整いません。

 第2に、一般的な金融政策運営への教訓としてですが、金融緩和の長期化がもたらすリスクへの注意が必要であるということです。サブプライム・ローン問題だけでなく、日本のバブルも含め、過去の金融活動や資産価格の過熱局面を振り返ると、その多くは、物価が安定し、低金利が持続した後に発生しています。バブルの発生も崩壊も、これをリアルタイムで把握することは大変難しい課題です。それだけに、金融緩和の行き過ぎはある程度の時間を経て経済の大きな変動をもたらすことが多いという観察は、素朴ですが、大事にする必要があります。

 第3に、今回のエネルギー・原材料価格の上昇の背景を踏まえると、これまでのような高騰はさすがに長続きしないとしても、過去のような低価格の世界に戻る可能性は小さいと考えるべきです。その意味で、今回の原油価格の上昇を、かつてのような「一時的な供給ショック」という意味合いで「石油ショック」と呼ぶことは、必ずしも適当ではないように思います。そうであれば、新しい価格体系に適合するよう企業の生産構造を転換し、資源の効率的な配分を進めるとともに、これを新たなチャンスと捉え、競争力の強い分野を創出していくことは、過去の石油ショック時と比べても、より一層重要になると考えられます。

 この点、既に、日本企業は、エネルギー・原材料価格の上昇や環境問題への意識の高まりに対し、様々な取組みを開始しています。鋼材使用量の削減や廃材の再利用、代替燃料の使用や省エネ機材の導入など、大企業を中心に効率化投資を行う先が増えています。新たな製品開発という面でも、例えば、自動車メーカーでは、ハイブリッドカーや電気自動車など燃費の良い自動車の開発に注力し、ハイブリッドカーの販売は着実に増加しています。電機メーカーでも、太陽電池など代替エネルギーの生産を強化する動きがみられています。

日本経済の展望と当面の金融政策運営

 それでは、以上お話してきた問題を踏まえ、日本経済の先行きと、金融政策運営についてご説明します。

 中心的なシナリオとしては、景気の先行きは、エネルギー・原材料価格高の影響と海外経済の減速に伴う輸出の増勢鈍化などから、当面、停滞を続ける可能性が高いとみています。そして、こうした動き自体は前述した世界経済の大きな調整の中で生じているように思います。問題は、日本経済が深い調整局面に陥る可能性があるかどうかですが、その可能性は小さいと判断しています。

 その第1の理由は、90年代から比較的最近まで続いた日本企業のリストラ努力の結果、設備・雇用・債務のいわゆる「3つの過剰」が解消しており、景気の下振れをもたらすショックに対する日本経済の頑健性が高くなっていることです。第2に、サブプライム・ローン問題による日本の金融機関の損失は欧米に比べ限定的であり、金融市場も安定しているなど、金融システム面で問題が生じていないことが指摘できます。そして、第3に、緩和的な金融環境が挙げられます。建設・不動産や中小企業では、資金繰りが厳しさを増しつつあり、注意が必要ですが、日本の金融環境は全体として緩和的です。政策金利であるコール・レートは0.5%という低い水準にあり、消費者物価上昇率を引いた実質短期金利はマイナスとなっています。企業の調達コストも低水準が続いています。こうした金融環境は引き続き企業活動を下支えするものとみられます。

 このように考えますと、先行きの日本の景気については、国際商品市況高が一服し、海外経済も減速局面を脱するにつれて、次第に緩やかな成長経路に復していく姿が中心的なシナリオとして想定できます。

 次に、物価についてですが、足もとの消費者物価上昇率の数字は「中長期的な物価安定の理解」という言葉で呼んでいる物価安定の範囲の上限を超えています。ただし、物価安定はあくまでも、それが中長期的に持続し得るかどうかという観点から判断すべきものです。重要なことは二次的効果が発生するかどうかです。この点では、物価安定への信認が維持されているかどうかが決定的に重要ですが、これは、最終的には金融政策の運営スタンスに規定されます。このことを指摘したうえで、我々の判断を申し上げると、国内の需給バランス、家計のインフレ予想や企業の価格設定行動からみて、現在は先ほど述べたような二次的効果が直ちに発生する情勢にはありません。二次的効果の発生の有無を判断する上でひとつの重要なデータは賃金の動きですが、現在のところ、賃金の伸びは弱含んでいます。結論的に言いますと、消費者物価は、当面、これまで上昇した輸入価格の転嫁の動きが続き、しばらくは高めの上昇率が続くとみられます。しかし、その後は、国際商品市況の上昇が緩やかとなり、価格引き上げの動きが一巡するにつれて、徐々に上昇率が低下すると予想されます。

 ただし、こうした経済・物価の見通しには不確実性が大きく、様々なリスク要因があります。最初に触れた国際金融資本市場は当面不安定な状態が続くと見込まれ、世界経済には下振れリスクがあります。また、国内でも、エネルギー・原材料価格高による所得の海外流出によって、内需が下振れるリスクがあります。このため、日本経済は設備や雇用面で調整圧力を抱えていないとはいえ、景気の面では下振れのリスクを意識しています。

 物価面では、逆に上振れリスクの方を意識しています。先ほど申し述べたとおり、エネルギー・原材料価格は長期にわたって上昇しており、これを「一時的」と考えるわけにはいきません。また、わが国では暫く経験してこなかった物価上昇率となっているだけに、今後、家計のインフレ予想や企業の価格設定行動が変化し、二次的効果が発生するリスクにも注意する必要があります。

 このように、現在は、景気の下振れリスク、物価の上振れリスクの双方に注意が必要な局面にあります。さらに、景気の下振れリスクが薄れる場合には、近年の世界経済の経験が示すように、緩和的な金融環境の長期化が経済・物価の振幅をもたらすリスクも意識する必要があります。金融政策運営に当たっては、引き続き、先行きの経済・物価の見通しとその蓋然性、上下両方向のリスク要因を見極めた上で、それらに応じて機動的に政策運営を行っていく方針で臨んでいます。また、国際金融資本市場が不安定な状況が続くほか、様々な不確実性が高い下では、国内金融市場の安定をしっかり確保していくことが、私ども中央銀行にとって、大事な課題であると考えています。

おわりに

 以上、日本経済が直面している課題や金融政策運営の考え方についてお話して参りました。

 金融政策はその効果が波及するのに1年半から2年程度のラグがかかりますので、その程度の期間を想定した先行きのマクロ経済見通しが非常に重要です。予測の難しさはご理解頂けると思いますが、実際に金融政策を運営している経験からしますと、予測の難しさもさることながら、現状を知ることも決して容易ではないというのが実感です。現状を把握するためには、マクロの経済指標とミクロの経済情報の両方が不可欠です。マクロの経済指標は重要ですが、統計発表のラグが存在するため、文字通りの足許の動きは確認できないという欠点があります。その点、企業から直接お聞きする情報については、ラグの問題は小さいのが強みです。また、企業マインドをはじめ、数字では表現しにくい情報も得られます。ただし、企業、産業によって、話が異なることも少なくありません。また、景気の良い話は大きな声では語られないというバイアスもあるかもしれません。日本銀行ではマクロ、ミクロ両方の情報の強みと限界を意識した上で、少なからぬ資源を使って、ミクロ経済情報の収集に努めています。この点、日本銀行の32の支店と12の事務所は、個々の経済主体の経済活動をきめ細かく把握するという点で、重要な役割を担っています。支店では、地域別の短観の集計結果、地域の経済指標の分析とともに、企業や金融機関の皆様から直接伺ったお話をもとに、地域の経済動向や、企業や金融機関の動きを取りまとめ、その分析結果は支店長会議での報告などを通じて、本店に集約されています。また、報告された情報は、「地域経済報告」、通称「さくらレポート」として取りまとめ、四半期ごとに公表されています。さらに、支店においても、毎月の金融経済概観や、四半期ごとの短観を作成し、地域に対する情報発信も行っています。

 企業や金融機関の皆様には、支店長以下、職員がお話を伺わせて頂いているほか、短観などでも様々なご負担をおかけしています。この場を借りて厚くお礼を申し上げるとともに、こうした支店の活動が日本銀行の政策運営の重要な基盤となっている点にご理解頂き、今後とも、ご協力をお願いしたく思っています。その際には、日本銀行へのご意見・ご要望などもお伝え頂きたいと思っています。また、本日この後に行われる意見交換でも忌憚のないご意見をお聞きしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上