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【講演】「国際金融市場の動揺とわが国の金融経済情勢」

きさらぎ会における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2008年11月5日

PDF(59KB)版は、こちらをご覧下さい。

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 本日は、このように多くの皆様の前でお話する機会を頂き、有り難うございます。

 ご承知のように、国際金融資本市場では、現在、1930年代以来経験したことのないような動揺が続いており、特に9月のリーマン・ブラザーズ破綻以降は、緊張が著しく高まっています。このような状態を表す時にどのような言葉を使うべきか中央銀行としては悩ましいのですが、10月に公表した主要国中央銀行の共同声明では金融危機(financial crisis)という直截な言葉を使っています。現在の金融市場は、足許、幾分改善傾向がみられるとはいえ、そうした強い言葉を使わざるを得ないほど、緊張度が高い状態となっています。昨年夏に始まった金融市場の動揺やその実体経済への影響は、当初は米欧経済に限られていましたが、最近では、その影響はわが国にも、そして、新興国にも徐々に波及してきています。今や国際金融資本市場の動揺は、程度の差はありますが、世界経済全体の最大の問題となっています。

 本日の講演では、国内景気の展開が世界経済、国際金融資本市場の動向に圧倒的に左右されるようになっている現状を踏まえ、最初に、国際金融資本市場と海外経済の動向についてお話します。次に、日本経済についての景気・物価見通しを説明し、その上で、先週末の金融政策決定会合で決定した政策金利の引き下げを含め、日本銀行の政策対応についてお話します。そして、最後に、日本の金融危機の経験も踏まえながら、金融危機にどう対処すべきか、また、やや長期的な視点にたって、危機の再発を未然に防止するにはどうしたらよいか、といった問題を論じてみたいと思います。

1.国際金融資本市場と海外経済

 それでは、国際金融資本市場と海外経済の動向から話を始めたいと思います。

 振り返ってみますと、ごく最近まで世界経済は長期間にわたって良好な状態を続けていました。因みに、昨年4月のG7の共同声明では、世界経済の現状について、「リスクは残存するが過去30年超で最も力強い持続的拡大を経験し、より均衡のとれたものとなっている」と述べられています。その後の世界経済の展開は皆さんがご承知のとおりですが、世界経済が長期間にわたって高成長を続けたことは、比較的最近までの事実認識としてはそのとおりです。数字で確認しますと、5%前後の高い成長率が2004年から2007年まで続きました。こうした高成長にもかかわらず、物価上昇率は2006年頃まではそれほどには上昇しませんでした。そうした良好な経済状況を享受できた大きな背景の一つとしては、新興国が市場経済に参入した結果、世界的に供給能力が高まり、低インフレが実現したことが挙げられます。こうした状況のもとで、日本を含め世界的に低金利状態が長く続きました。低金利状態が長期化した理由は幾つかありますが、当初は、デフレの危険を強調する議論に影響された面があったように思いますし、その後は、良好な経済状態の持続という事実に影響され、インフレなき持続的成長への楽観論が拡がっていったことも挙げられるように思います。

 いずれにせよ、高成長、物価安定、緩和的金融環境という良好な環境のもとで、現在、世界経済が直面している問題も徐々に積み上がっていきました。第1に、新興国の高成長の結果、原油などの資源への需要が爆発的に増大し、資源・エネルギー価格が高騰しました。第2に、投資家や金融機関のリスク評価基準が甘くなり、サブプライム・ローン問題に象徴されるような世界的な信用バブルが発生しました。この間に生じた資産価格の大幅な上昇、資源・エネルギー価格の高騰、市場参加者のレバレッジの急拡大といった現象は、今振り返れば、過熱した金融・経済活動の表れだったとみることができます。そして、現在生じている世界的な金融危機と世界経済の減速は、このようにして蓄積された様々な不均衡の調整過程で生じている現象と位置付けられます。

国際金融資本市場の動向と各国当局の対応

 ここで現在の金融危機の問題についてお話します。この問題は、証券化商品の価格下落とこの市場の機能不全から、証券化商品を組成していた経済主体等の資金調達の困難化という形でまず表面化しました。その後、市場では悲観論の高まりとその後退という波を繰り返しながら、事態は徐々に悪化していきましたが、9月半ばにリーマン・ブラザーズが破綻して以降、米欧を中心に国際金融資本市場全体の緊張は一挙に高まりました。わが国の1997年以降の金融危機では、三洋証券の破綻に伴うインターバンク市場でのデフォルト発生が引き金となって、取引相手にかかるリスク、すなわちカウンターパーティ・リスクへの警戒感が一挙に高まり、取引先の選別や市場収縮の動きが本格化しました。今回の金融危機では、不幸なことに、リーマン・ブラザーズの破綻を引き金に、全く同じことがグローバルな規模で発生し、特に米欧市場を中心に、カウンターパーティ・リスクが強く意識される状況となりました。信頼関係が崩れた市場の姿は悲惨です。金融機関が資金を無担保で貸し借りする短期金融市場では取引が極端に細り、資金を貸す場合でもオーバーナイト物に限定するような事態、言い換えると、市場流動性がほぼ枯渇するような事態に陥りました。この結果、金融機関や投資家の間では資本不足に加え、流動性調達への不安が全面的に拡がり、融資基準、投資基準が厳格化しました。こうした事態を放置すると、事態はさらに悪化します。

 先ほども述べたように、世界経済は、過去数年間にわたって様々な不均衡を蓄積してしまった以上、その調整自体を帳消しにすることはできませんが、何らかのショックにより、深い調整や混乱に陥ることだけは絶対に避けなければなりません。こうした問題意識のもと、先月開催されたG7では、国際金融資本市場の安定と金融システムに対する信認を確保するため、各国が強い決意をもって、必要な施策を迅速に推進していくことを確認し、これを簡潔明瞭な「行動計画」として公表しました。

 この「行動計画」に沿った対応も含め、各国政府・中央銀行は、現在、思い切った措置を講じてきていますが、その内容は以下の3つに整理されます。

 第1は、金融市場の安定を確保するために、積極的な流動性供給を行うことです。各国中央銀行とも大量の流動性を供給していますが、ドル資金については、日本銀行を含む各国中央銀行が、国際協調のもとで資金供給を行う枠組みを導入し、各国市場でドルを大量に供給しています。ただし、中央銀行による流動性供給は、システミック・リスクの発生を防ぎ、金融市場の安定を確保するためには必要不可欠ですが、金融システム問題を根本的に解決する手段ではありません。あくまでも、抜本策が採られるまでの間、時間を買う措置であることは十分認識しておく必要があります。

 第2は、金融機関の債務に対する包括的な保証の実施です。金融システム不安は、一定の臨界点を超えると、預金者や投資家の不安が一気に高まる傾向があり、これを放置すると、預金者等の間の不安が増幅し、収拾不可能な混乱に陥る惧れがあります。このため、欧米をはじめとする各国政府が相次いで預金保険の保護対象の大幅な拡充や金融機関債務への保証の付与といった措置を打ち出しました。

 第3は、公的資金を用いて金融機関が抱える不良資産の買取りや資本注入を行うための枠組みの整備です。金融システム問題は本質的に資本の不足の問題である以上、不足する自己資本額を確定し、不足分を補填する必要があります。しかし、日本の経験が示すように、金融と実体経済の負の相乗作用が働くもとでは、不良資産額や不足する自己資本の大きさをリアルタイムで正確に把握することは極めて困難です。その意味で、金融システムの安定を確保するためには誰かがマクロ的な意味で資本不足の状況について判断を下さなければなりませんが、その主体としては公的当局しかありません。公的当局は、先行きの負の相乗作用の可能性を十分に織り込んだ上で、必要と判断すれば、思い切った金額で公的資本を注入することを決定しなければなりません。

 以上のような公的当局の措置が採られた結果、国際金融資本市場は幾分改善がみられますが、金融市場の緊張はなお暫く続く可能性が高いとみられます。

海外経済の動向

 このような状況を背景に、海外経済の動向をみますと、米国では、住宅市場の調整が続く中で、景気は停滞しています。金融機関の損失計上は、最初はサブプライム・ローン問題に関連する証券化商品の損失が主体でしたが、最近では消費者ローンや商業不動産ローン等に関する損失計上が増えています。FRBはフェデラル・ファンド・レートの誘導目標を1年強の短期間のうちに、5.25%から1.0%にまで引き下げましたが、金融機関、企業、家計が実際に資金調達する際の金利は、信用スプレッドの拡大によって、総じてむしろ上昇しています。このような金融環境のタイト化が景気を下押ししており、このことがさらに、金融機関の資産内容の悪化に繋がっていきます。言い換えると、金融システムと実体経済の負の相乗作用が拡がっており、その帰趨は未だにみえていません。

 欧州でも、米国同様、金融機関は貸出姿勢をタイト化しています。また、これまでの資源・原材料価格高による交易条件の悪化によって、域内需要に陰りがみられるほか、世界経済の動向を反映して輸出環境も悪化しています。このため、欧州の景気は停滞しています。新興国や資源国では、現在までのところ、幾分減速しつつも高い成長が続いていますが、NIEsやASEANでは、内需に弱い動きがみられるほか、米欧経済の減速などを受けて輸出の鈍化もうかがわれます。

2.日本経済

(1)日本経済の現状と見通し

日本経済の現状

 次に、世界経済や国際金融資本市場についての話を終え、日本経済に話を移したいと思います。

 日本経済は、2002年の初めから比較的最近まで、緩やかながら息の長い拡大を続けてきました。結果的には戦後最長の景気拡大となりましたが、振り返ってみると、これは日本企業のリストラ努力と並んで、先ほど述べた世界経済の長期にわたる高成長の持続という恩恵を受けたものでした。しかし、世界経済の変調とともに、日本経済も昨年末頃から減速し、最近は停滞色を強めています。その主な要因としては、以下の2点が挙げられます。

 第1の要因は、今年夏にかけてのエネルギー・原材料価格の高騰を背景に、交易条件が急速に悪化したことです。日本の場合、資源の輸入依存度が高い一方で、輸出の多くを工業製品が占めることから、交易条件の悪化は他の主要国に比べて際立っています。このような交易条件の大幅悪化により、企業収益も家計の実質所得も圧迫され、国内民需に下押し圧力が強く働きました。

 第2の要因は、海外経済が減速していることです。わが国の輸出は実質ベースでみると、春先までは高い伸びを続けていましたが、その後増勢が鈍化し、最近は頭打ちとなっています。地域別にみると、米国向け輸出は、既に2006年末から弱めの動きとなっていましたが、このところ、欧州、アジア向けも鈍化してきています。

 一方、物価面では、これまでのエネルギー・原材料価格高の価格転嫁が進んできたことから、消費者物価の前年比は+2%台半ばまで上昇しています。これは、消費税率引き上げの影響があった1997年度を除けば、16年ぶりの高い上昇率です。ただし、エネルギー・原材料価格高が、その転嫁分を上回るような価格上昇を招くという二次的効果は生じていない、というのが現在の評価です。

日本経済の見通し

 問題は先行きですが、日本銀行は先週末に「展望レポート」を公表し、2010年度までの日本経済の見通しを明らかにしました。金融政策の効果が波及するにはかなり長いタイムラグがあるため、中央銀行としてはかなり長い先行きについて経済・物価の見通しを示す必要があります。日本銀行は、今回の「展望レポート」から見通し期間を延長し、今回は2010年度までの見通しを公表しました。現在、世界経済や国際金融資本市場を巡る不確実性は著しく高まっており、今回の見通し作業は従来以上に難しいものでした。それだけに、先行きを見通す際には、これから説明する中心的なシナリオとともに、リスク要因の点検が従来以上に重要となっていることを最初に強調させて頂きます。

 このことを申し述べた上で、中心的なシナリオを申し上げると、わが国経済は、当面、停滞色の強い状態が続くとみられます。その後も成長率回復の条件が整うまでには相応の時間を要するとみられ、次第に緩やかな成長経路に復し、潜在成長率の水準——現在1%台半ばから後半と推定されますが——に向かっていくのは、2009年度半ば以降になる可能性が高い、という姿を描いています。実質GDPの年度平均の成長率で表現すると、2008年度は0%程度、2009年度は0%台半ばで推移した後、2010年度になって、潜在成長率並みの成長になるとの見通しです。

 このような日本経済の先行き見通しは、海外経済の回復や、その前提となる国際金融資本市場の安定に大きく依存しています。海外経済については、当面は減速局面が続くとみています。世界経済の先行きにとっては、米国において、いつ、どのように住宅市場の調整が進み、金融システム面での対策の効果が現れてくるかが重要なポイントとなりますが、こうした進展の成果が現れ、海外経済全体の成長率の回復が明確化してくるのは、2009年度半ば以降になると見込んでいます。

 次に物価動向の先行きですが、2009年度半ばまでは、潜在成長率を下回る成長が見込まれることから、需給バランスが緩和方向で推移するほか、エネルギー・原材料価格の落ち着きを反映して、消費者物価の前年比は徐々に低下し、年度平均でみると、2008年度は1%台半ば、2009年度は0%前後になると予測しています。その後は、海外経済の回復を背景に、国際商品市況が緩やかに上昇するほか、マクロ的な需給のバランスも緩やかに改善していくことから、消費者物価は幾分伸び率を高め、2010年度に0%台前半になるとの予想です。金融政策の運営上、物価上昇率の低下で問題となるのは、中長期的な予想インフレ率の動向です。この点では、中期的な予想インフレ率は最近の上昇過程でもほとんど変化しませんでしたが、今回の予測では、今後の低下の過程でも中期的な予想インフレ率が変化するとはみていません。

(2)経済・物価見通しの不確実性

 以上をまとめると、日本経済は、当面停滞色の強い状態を続けた後、やや長い目でみれば、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復するというのが、相対的に蓋然性が高いと判断する見通しです。しかし、この見通しを巡る不確実性は極めて高い状況にあります。

 第1の、そして最大のリスク要因は、米欧の金融危機の行方です。米欧における金融と実体経済の負の相乗作用がさらに強まれば、米欧の実体経済が下振れたり、回復がさらに遅れる可能性も考えられます。その影響が新興国経済にも影響し、世界経済が全体として下振れた場合には、わが国にとっては、輸出が減少するばかりでなく、企業のグローバルな需要増加への期待に変化が生じることを通じて、設備投資が下振れる可能性もあります。

 第2に、エネルギー・原材料価格は、中期的には新興国を中心とする需要の拡大によって緩やかに上昇する、と想定していますが、この点にも不確実性があります。現在の反落傾向は、わが国としては交易条件の改善を意味しますが、これが主に世界経済の下振れを反映した動きだとすれば、同時に輸出の減少を示唆することになる、という点も念頭に置かなくてはなりません。他方、国際商品市況が再び急上昇するようなことがあれば、世界的には、インフレ圧力が高まり、その後で経済が下振れる可能性があり、日本にとっては、現在の景気停滞を招いている構図が一段と鮮明化する可能性があります。

 第3に、今後、国際金融資本市場の緊張や米欧の金融危機が日本の金融市場や金融機関に与える影響が拡大すれば、日本でも金融環境の緩和度合いが後退し、実体経済への下押し圧力が強まる可能性も考えられます。

 物価面でも、上下両方向の不確実性があります。結論的に言うと、今回、物価上昇率は低下するという見通しを示しましたが、物価上昇率がこの見通し対比で上振れるリスクは、従来に比べると、小さくなっていると考えられます。

(3)金融政策運営

 以上、日本経済の見通しを説明しましたが、ここで、これらを踏まえた日本銀行の金融政策運営の考え方をご説明します。日本経済は、やや長い目でみて、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復していく可能性が相対的に高いとはいえ、景気の下振れリスクが高まっており、一方で、物価の上振れリスクはこれまでに比べて低下しています。先週末の金融政策決定会合では、このような判断を踏まえ、以下の措置を決定しました。

 第1に、政策金利である無担保コールレート翌日物の誘導目標を、0.5%前後から0.3%前後へと、0.2%引き下げました。第2に、金融市場で資金が逼迫しやすい年末、年度末にかけても、短期金融市場の安定を確保できるよう、金融調節面での対応力を強化しました。具体的には、臨時の措置として、日本銀行当座預金に付利を行う「補完当座預金制度」と呼ばれる制度の導入を決定し、その上で、今回、当座預金への付利水準を0.1%としました。この制度のもとで、日本銀行は金融機関が日本銀行に保有する当座預金——厳密に言いますと、超過準備——に対して金利を支払うことになりますが、金融機関はこの金利以下ではコール市場で資金運用を行うインセンティブがなくなるため、適用金利は、市場金利の下限を画す機能を果たします。今回の制度の導入によって、日本銀行は、コールレートが大きく振れることを回避しつつ、積極的な資金供給を円滑に行うことが出来るようになりました。

 今回、政策金利引き下げ幅と当座預金への付利水準をいくらとすべきかについては、随分議論が行われました。この点をご説明するためには、金融緩和政策の効果は、金融市場を通じて波及していく、という基本を確認しておく必要があります。先ほどリーマン・ブラザーズ破綻以降の米欧の短期金融市場の状況を説明しましたが、金融市場での資金調達に不安があるような場合、金融機関はリスクをとれません。その場合は、短期金利の水準は低くても十分な金融緩和効果は発揮されません。その意味で、短期金融市場の機能が維持されること、言い換えると、市場参加者同士の資金の流れを確保することは、金融政策が効果を発揮する上で極めて重要な前提条件となります。この点、特に、わが国のように、既に政策金利が0.5%と極めて低くなっていた状態で、さらに金利水準を大幅に引き下げた場合、金利収入が様々な取引費用をカバーできなくなる結果、金融市場での取引が細り、市場流動性が低下する可能性があります。言い換えますと、金利水準の低下が持つ金融緩和効果だけでなく、金利の引き下げが金融市場の機能を阻害し、かえって資金の流れを悪くする可能性についても十分配慮する必要があります。現在のように、世界的な金融市場の混乱の影響がわが国の市場にも及び、金融市場の機能の大幅な低下がみられる局面では、この問題の重要性は一段と増大していると考えられます。また、誘導目標金利と下限金利のスプレッドについてもあまり小さくなり過ぎると、市場における自由な金利形成が阻害され、市場機能が低下してしまいます。今回、様々な議論を経た上で、引き下げ後の政策金利の水準を0.3%とし、また、スプレッドを0.2%としたのは、現在の日本経済と金融市場の情勢のもとで、利下げの緩和効果と金融市場の機能への影響の双方を考慮した上で、決定したものです。

 日本銀行では、以上で述べた措置以外にも、金融市場の安定を確保するため、積極的な措置を採ってきました。その中で最も重要な措置は、各国中央銀行と協調して9月に導入したドル資金供給オペです。世界的にドル資金市場の流動性が低下しているもとで、ドル資金供給オペは日本の金融機関、ひいては日本の企業のドル資金調達の不安を取り除くことを通じて、経済活動の下支えに貢献していると考えています。また、先月14日には、CPオペなどの積極活用や、適格担保の拡大措置も打ち出しました。そして、先週末の金融政策決定会合では、補完貸付の適用金利を引き下げました。補完貸付制度は、日本銀行が金融機関に対し、担保の範囲内で借り入れ希望額を貸し出す制度であり、その適用金利である基準貸付利率は、オーバーナイト金利の上限を画します。今回の基準貸付利率引き下げにより、オーバーナイト金利の上昇がこれまでよりも限定され、市場の安定化が図られることになります。

 今後の金融政策の基本方針を問われれば、不確実性の高い状況のもとにあって、引き続き、経済・物価の見通しとその蓋然性、上下両方向のリスク要因を丹念に点検しながら、適切に運営していくということに尽きます。特に、当面は、米欧金融システムや国際金融資本市場の動向とその影響を中心に、経済の下振れリスクに注意を払うことが重要となります。

 現在、世界経済を、そして日本経済を襲っているショックは、先ほど説明したような過去数年間の持続可能なスピードを超えた世界経済の成長やレバレッジ拡大の修正過程と位置付けられるものです。そのような厳しい調整過程のもとで、金融市場では緊張が続いている訳ですが、流動性供給を通じて金融市場の安定を図ることは中央銀行が果たし得る最大の貢献です。現在の低金利による緩和効果を十二分に発揮させるためにも、市場の安定は極めて重要となります。日本銀行としても、今後とも、各国中央銀行と緊密に連絡をとりながら、適切な金融市場調節を行うことで、金融市場の安定確保に万全を期す方針です。

3.金融危機の教訓

 以上を申し上げた上で、本日の私の話の締め括りとして、どうすれば我々は金融危機を回避できるのかという点について、日本のバブル経済崩壊後の経験も踏まえつつ、自分なりの考えをお話したいと思います。

(1)当面の金融危機への対処

 まず、現に直面している金融危機への対応ですが、現在、各国政府・中央銀行は、国際金融資本市場の安定と金融システムに対する信認を確保するため、国際的な連携を図りながら、思い切った措置を次々に打ち出し、実行に移しています。この中でとりわけ重要と考えられるのは、中央銀行による流動性供給と政府による金融機関への公的資本の注入です。

 ただし、金融機関への公的資本の注入が適切な規模をもって行われたとしても、それですべての問題が直ちに解決される訳ではありません。なぜなら、金融機関に対する資本注入は、経済の各部門で現に生じた不均衡や過剰を直ちには解消するものではないからです。日本の例をみても、公的資金を用いて金融機関の資本増強を行う仕組みが本格的に整えられたのは1998年のことでしたが、わが国経済が本格的な回復軌道に乗り始めたのは、企業部門における設備、雇用、債務の「3つの過剰」が解消し、さらに海外経済の回復に助けられた2003年以降のことです。

 現在、米国経済を見渡した場合、「過剰」が存在する部門としてまず意識されているのは住宅市場です。住宅価格はなお下落しており、住宅市場の調整が完了するには今暫く時日を要するとみられます。家計部門の負債についても、過剰の程度を特定することは困難ですが、過去のトレンドから判断すると、過剰が存在するようにうかがわれます。金融機関に限らず広く金融活動が経済全体に占める割合も、かなり上昇しました。さらに、最近のアイスランドのケースが象徴的に示しているように、グローバルにみても、近年、金融部門が拡大しましたが、現在はその縮小が進行中です。当面はそうした様々な過剰の調整が進行しますが、その間は経済活動に下押し圧力がかかり続けると考えられます。各国当局は、そうした調整をできるだけ円滑に進めていくために、金融市場の安定と金融システムに対する信認の確保に向けて、強い決意をもって、必要な施策を講じていくことが重要ですが、幸いそのための装置は既にかなり整備されてきたと思います。

(2)金融危機の発生とその拡大の未然の防止

 次に、金融危機の発生とその拡大を未然に防止するために、いかなる政策対応が必要かについて考えてみたいと思います。この問題については現状、正解が見つかっている訳ではありませんが、以下では私の考えを述べたいと思います。

マクロ経済政策の適切な運営

 第1に必要なことは、マクロ経済政策の適切な運営を図ることです。今回のサブプライム・ローン問題の原因を巡っては様々な議論が行われており、新しいタイプの金融危機であるという議論も聞かれます。確かに登場する商品は複雑な証券化商品であったり、危機拡大のメカニズムは変化していますが、起きたことは、結局、昔から繰り返し発生している古典的なバブルの発生・拡大と崩壊であるように思います。すなわち、良好なマクロ経済環境のもとで、資産価格が著しく上昇するとともに、レバレッジが著しく拡大しました。

 日本の80年代後半から90年代前半の経験も、今回の米国サブプライム・ローン問題も、あるいは、より広く欧米の金融市場の動揺も、ともにバブルの生成と崩壊という問題がその本質である点で共通しています。

 金融政策とバブルがどのように関係するかという問題は極めて複雑であり、誰も明確な答えを出せないのが現状ですが、日本のバブルをはじめ、その後発生したバブルの多くが、物価が安定し、あるいは物価上昇率が低下し、そのもとで低金利が持続した後に発生していることは決して単なる偶然のようには思われません。今回のサブプライム・ローン問題でも、投資家や金融機関はリスクの評価基準を緩め、レバレッジを高めながら、サブプライム・ローン等を裏付資産に含む証券化商品への投資を拡大することにより、短期的な利益の稼得を追求するという姿勢を強めていきました。米国では、住宅ローン残高の名目GDP比が2000年に49%でしたが、2006年には75%まで急上昇していました。レバレッジの拡大は、金融政策だけで起こるものではなく、人々を強気化させる何らかの説得的なストーリーなしには起きませんが、同時に、長期にわたる経済成長と低インフレを背景に、低金利が持続するという期待や、そのもとでの信用の膨張なしには起こり得なかったと考えられます。

 こうした経験を踏まえると、金融政策の適切な運営は、極めて重要です。物価の安定は中央銀行の金融政策の目標であり非常に重要ですが、物価の安定が消費者物価指数の前年比を常に一定の狭い範囲に収めることと理解されると、近年の様々な経験が示すように、経済の大きな変動をもたらし、結果として、中長期的には物価安定自体を損なう惧れがあります。

マクロ・プルーデンスの視点

 金融危機の発生・拡大を防止する上で大事なポイントの第2は、マクロ・プルーデンスという言葉で呼ばれる視点の重要性です。

 今回の国際的な金融危機の出発点となった住宅ローンを裏付資産とする証券化商品──RMBS──を例にとってみると、裏付資産を構成する住宅ローンの借り手が広い地域・職業層に分布したRMBSへの投資家は、居住地域特有の災害リスクや貸し倒れリスクなどのリスク分散を図ることができます。しかし、その背後で、どの地域・職業層にも共通に影響する住宅バブルが発生していれば、バブルの崩壊とともに、そのRMBSの経済価値は急減してしまいます。

 そうした意味で、金融システムの安定を確保するためには、金融機関自身が適切なリスク管理を行う必要がありますが、その際、個別のリスクだけでなく、金融システムの中にいかなるリスクが内在しているのかというマクロの視点も求められます。そうしたマクロの視点を、監督当局や中央銀行は、マクロ・プルーデンスという言葉で呼んでいますが、個別の金融機関に対する規制・監督やモニタリングを通じ、そのリスク管理が適切に行われているか否かを検証すると同時に、金融システム全体としてのリスクの分析を行い、必要に応じ、情報発信を行っていくことが重要となってきます。この点、日本銀行は金融政策当局であることを反映して、マクロ経済や金融市場に関する情報が集まりやすいと同時に、考査やモニタリングを通じて個別金融機関の情報も入手できる立場にあるため、マクロ・プルーデンスという視点を強く意識するようになっています。その具体的方法論を確立することは決して容易ではありませんが、日本銀行としても、近年、努力をしており、その成果の一部は「金融システムレポート」で公表しています。今後とも、こうした面での機能を強化し、発揮していきたいと考えています。

市場・決済インフラの整備

 金融危機の発生・拡大を未然に防止する上で大事な第3のポイントは、市場・決済インフラの整備を着実に進め、金融危機が発生した場合の混乱を抑制することです。既に述べてきたとおり、現在、国際金融資本市場は緊張状態にありますが、近年、市場関係者や中央銀行が取り組んできた市場・決済インフラの整備の努力がなければ、混乱はもっと大きなものとなっていたと想像されます。

 一つの例として、主要国中央銀行と民間銀行の協力により、外為決済リスクの削減のために、2002年に創設された略称CLSと呼ばれる外国為替決済の仕組みを挙げることができます。外国為替取引については、従来からの決済方法のもとでは、例えば、円を売った人は日本時間で円を渡してから、ニューヨーク時間でドルを受け取るまで、時差に伴う決済リスクを抱えることになります。しかし、CLSでは、各国の資金決済システムをリンクし、外国為替取引に伴う複数の通貨の決済を同時に行う仕組みとしているため、外国為替固有の決済リスクが削減されています。リーマン・ショック以降、カウンターパーティ・リスクに対する警戒感が強まっているだけに、こうした仕組みは外国為替取引・決済の円滑化にとって極めて有効に機能しています。各国の金融機関が、外貨の調達に当たって、母国通貨を外貨に転換する為替スワップ市場への依存度を高めている中にあって、外国為替市場の円滑な機能が維持されていることの意味は大変大きいと考えられます。

 このほかにも、関係者の地道な努力によって、国内外で、様々なインフラの整備が進められてきており、現在も進みつつあります。日本銀行としては、金融資本市場の効率性を高め、危機耐久力を強化する観点から、今後とも、関係者による市場・決済インフラの整備に向けた取り組みを積極的に支援していきたいと考えています。

おわりに

 現在、世界経済も日本経済も非常に厳しい局面を迎えつつありますが、金融危機の経験を踏まえて、中央銀行の役割に関して私が強く感じていることを最後に申し述べて私の話を終えたいと思います。

 第1に、先ほど述べた金融政策運営です。近年の各国の経験は、金融政策はマクロ経済の安定を実現するファイン・チューニングの手段というより、中長期的に持続し得る安定的な金融・経済環境を実現する手段であるという視点が、より重要になってきていることを示しているように思われます。

 第2に、中央銀行の「銀行の銀行」としての側面──バンキング機能の重要性についてです。今回の金融危機に際し、日本銀行を含む各国中央銀行は、具体的なオペレーション面で様々に工夫を凝らして大量の流動性供給を続け、金融システムの安定確保に努めています。ドル資金供給はその典型的な一例です。中央銀行の担保に関する政策も重要です。中央銀行がどのような資産をどのような掛け目で担保として受け入れるかは、金融市場の機能が低下した時には特に重要です。マスコミ報道では中央銀行のアクションという点では、金利政策という意味での金融政策に関心が集まりがちですが、今回の経験の中で、中央銀行が有している、こうした銀行としての機能の大切さを改めて実感しています。

 第3に、考査・モニタリングの重要性です。ニューヨーク連銀がベア・スターンズに対し貸出を行ったように、また日本銀行がかつて山一證券に特融を行ったように、中央銀行が金融機関に対し最後の貸し手として貸出を行うかどうかは、金融システムの安定にとって、決定的に重要です。中央銀行がそうした役割を担う以上、個別金融機関の流動性や健全性を的確に把握するための手段として実地考査やモニタリングを通じて情報を収集することは不可欠です。そして、そうした情報を流動性供給面での工夫やマクロ的なリスク判断にも役立てていくことが重要です。また、現在、金融安定化フォーラムなど国際的な議論の場で、規制のプロ・シクリカリティの問題──金融機関に対する規制・監督等の枠組みが金融機関行動を通じて景気変動を増幅させる効果──など、グローバルな金融市場・金融システムの制度設計に関わる検討が行われています。現在、「金融の肥大化」に対する批判が強まっていますが、そうした声が強くなり過ぎ、金融の果たしている正当な役割まで否定されると、その結果は長期的には成長の低下という形で実体経済に跳ね返ってきます。それだけに、中央銀行としては具体的な制度設計の議論に積極的に貢献していきたいと考えています。

 ご清聴有り難うございました。

以上