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【挨拶】「わが国の金融政策と経済・物価情勢」

愛媛県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 中村清次
2008年11月13日

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.日本銀行の金融政策運営
  3. 3.「10月展望レポート」における経済・物価情勢の評価と今後の金融政策運営
  4. 4.10月31日における金融政策の変更
  5. 5.国際金融資本市場の混乱
  6. 6.おわりに

1.はじめに

 私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。

 本日は、お忙しい中、愛媛県の行政ならびに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 日頃は、支店長の丹治をはじめ日本銀行松山支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

 日本銀行では、総裁を含む9名—現在は審議委員1名が欠員となっていますが — の政策委員会メンバーが、全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策を説明申し上げると共に、地域経済の状況やご意見をお聞かせ頂き、政策決定に反映させることといたしております。

 私は、審議委員となるまでの42年間を海運業界に携わってきましたので、海運・造船産業の盛んな当地にも何度かお邪魔させて頂いており、当地訪問を大変懐かしく感じております。

 私が昨年4月に審議委員に就任しました頃は、世界経済は5%前後の安定的な成長を持続し、物価も安定、金融も緩和的で為替も円安傾向で推移し、米国のサブプライム住宅ローン問題の懸念を除けば、先行きもインフレなき成長が展望できるとの一般的な見通しでした。ところが、昨年8月以降に状況は一変し、米国を震源とする金融市場の混乱の影響が実体経済にも波及した結果、足許の経済環境はまさに様変わりです。先行きの不確実性も極めて高く、大変厳しい状況となり、日本銀行も先月31日に、7年7か月振りの政策金利の引き下げに踏み切りました。また、米欧の主要な中央銀行も追加の利下げを行っています。

 こうした変化の激しい時代ではありますが、本日は、まず私から最近の内外の経済・物価情勢や、日本銀行の金融政策運営の基本的な考え方等について、お話しさせて頂きたいと思います。

 その後、皆様方から当地の金融経済情勢や日本銀行の金融政策に対するご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。

2.日本銀行の金融政策運営

 まず、日本銀行の金融政策運営について簡単にお話しさせて頂きたいと思います。金融政策は、毎月の「金融政策決定会合」において、審議、決定され、決定内容は、会合終了後、直ちに公表されます。そして、会合での議論の内容は、次回会合の3営業日後に議事要旨が、10年後に議事録が公表されます。

 金融政策の理念として日本銀行法は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めていまして、日本銀行は、この理念に基づいて適切な金融政策の運営に努めています。「物価の安定」とは、「家計や企業等の様々な経済主体が物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資等の経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」です。

 金融政策の変更を行いましても、その効果が経済活動の実態まで行き渡るには長い期間を要します。また、金融市場、経済環境、海外情勢等の様々なショックに伴う物価の短期的な変動等を、金融政策によって全て吸収しようとしますと、かえって経済変動のブレが大きくなることから、金融政策決定に際しては、先行きの経済・物価の動向を予測しながら、中長期的にみて「物価の安定」を実現するように努めなければなりません。

 このため、日本銀行では、毎月の金融政策決定会合で経済・物価情勢を検討すると共に、毎年4月と10月の年2回、「経済・物価情勢の展望」—通称、展望レポート—において、経済・物価情勢に関する先行き2~3年程度の見通しを公表しています。さらに、そこで示した標準的な見通しについて、上振れまたは下振れが生じていないか、3か月後(1・7月)の金融政策決定会合で点検することとなっています。

3.「10月展望レポート」における経済・物価情勢の評価と今後の金融政策運営

 10月末に公表した「経済・物価情勢の展望」では、わが国経済は、これまでのエネルギー・原材料価格高の影響や輸出の頭打ちなどから、停滞色が強まっているとみています。そして、2008年度後半から2010年度を展望した経済の先行きは、2009年度半ば頃までは、停滞色が強い状態が続き、その後、エネルギー・原材料価格高の影響が薄れ、海外経済も減速局面を脱するにつれて、成長率が徐々に高まっていくとみています。各政策委員の実質GDP成長率見通しの中央値は、2008年度が+0.1%、2009年度が+0.6%、2010年度が+1.7%となっており、7月時点の見通しとの比較では大幅に下方修正されています。また、見通しが上振れまたは下振れる可能性について想定した確率分布を集計したリスク・バランス・チャートをみますと、実質GDP成長率の予想分布は下方に偏っており、政策委員は下振れリスクが高いと考えていることが読み取れます。

 こうした見通しについて、やや詳しくみますと、以下の通りです。

海外経済

 まず、海外経済については、当面、減速が続くとみられます。

 米国では経済の停滞が続く中、下押し圧力が一段と強まり、雇用環境も一段と悪化しています。住宅市場では価格の下落が続いており、販売不振から在庫率は新築・中古ともに10か月前後と高水準で推移しています。

 企業の生産活動は、9月の鉱工業生産指数や10月の地区連銀の製造業指数からみて減少基調にあることが窺われます。GDPの7割程度を占める個人消費も7~9月は91年以来、初めて前期比減少に転じました。先行きも、金融システム不安の高まりの下で、銀行の融資姿勢が厳格化し、住宅や金融資産の価値が大幅に低下していることから、多くの個人は新たに金融機関から資金を借り入れて住宅や自動車を購入できる状態にはなく、むしろこれまで拡大させてきた債務を削減する必要性に迫られています。また、10月の自動車販売台数は、前年比-31.6%と大幅な減少となりました。10月の販売水準が今後1年間続いたと仮定した年率換算では1,080万台と1983年2月以来、25年振りの低水準となり、まさに底割れといった状況で、自動車大手3社の経営不安が高まっています。このように米国経済は、住宅市場関連の低迷だけでなく、信用収縮に伴う経済全般の低迷に繋がってきています。

 欧州でも、米国と同様に金融システム問題と実体経済悪化の悪循環に陥りつつあり、経済は停滞しています。8月のユーロエリアの域外輸出は前月比0.6%減少したほか、企業の景況感を集約した10月の製造業PMI(購買担当者指数)のうち新規輸出受注は大幅に低下しており、企業は先行きの輸出減少を見込んでいます。住宅投資や個人消費も減少しています。また、欧州と関係の深い新興国においても、金融不安が波及し、現地の株式、債券、通貨が大きく売り込まれています。このため、中東欧、中南米それぞれとの貿易関係が深いドイツやスペイン経済への悪影響も懸念されます。

 アジアの各国でも景気の増勢が鈍化しており、先行きが懸念されます。中でも中国については、7~9月期の実質GDP成長率が+9%となり、内需を中心に高い成長を続けていますが、経済が減速していることが確認されました。先行きも、世界経済の減速により輸出の伸びが鈍化する可能性が高く、輸出関連産業への固定資産投資の減少や鉄鋼・コモディティ需要の減少に繋がる惧れもあり、経済のダウンサイド・リスクが高まっています。不動産価格は、これまで上昇率が高かったこともあり、足許、明確に下落しています。こうした中、中国人民銀行は、10月入り後も2回の利下げを実施し、金融を緩和する施策を打ち出していましたが、11月9日には政府が2010年末までの総投資額が約57兆円となる大規模な景気刺激策を公表し、財政面での対策も決定されました。中国は、わが国にとって最大の輸出先になりつつあるだけに、先行きの動向を注意してみていく必要があります。

 従って、海外経済の先行きについては、米欧の金融危機やその実体経済への波及が、どのように収束して行くかにかかっています。米国経済については、住宅市場における調整が進展し、金融システム面での諸対策の効果が現れるにつれて、次第に持続可能な成長経路に復していくと見込まれますが、その時期は見通し期間の後半になると想定しています。従って、海外経済全体の成長率の回復が明確化してくるのは、2009年度半ば以降になると考えられます。

国内経済

 わが国の企業部門については、これまでの原材料価格高に加え、海外経済の減速や円高の影響などから、当面、厳しい収益環境が続くと考えられます。7~9月期の輸出は前期比+1.6%と、4~6月期の3.3%の減少に対し小幅の増加に止まっており、2005年以降、続いてきた増勢がピークアウトしつつあります。企業の生産活動も、7~9月の鉱工業生産指数をみますと、前期比-1.2%と3期連続減少となり、自動車や電子部品・デバイスなどに減産幅拡大の動きが出ているほか、これまでフル操業を維持してきた高炉メーカーでも減産となっています。こうした中、企業業績見通しも下方修正されており、11月7日までに発表された金融業を除く東証一部上場企業の2008年度通期の経常利益増減率は25.1%の減益予想となっています。

 設備投資についても、先行きの不透明感の増大から企業が投資を先送りする動きがみられるなど、しばらくの間は弱めの動きが続くと考えられます。ただし、先行きは、グローバル需要の拡大が中長期的に持続されるという期待が維持されれば、省エネ・省資源化対応などの投資も見込まれることから、大きく落ち込む可能性は低く、原材料価格高の影響が一巡し、海外経済が減速局面を脱するにつれて、投資の伸びも徐々に回復していくと期待されます。

 個人消費は、消費者心理の一段の冷え込み、エネルギーや食料品の価格上昇、雇用・所得環境の悪化により、当面、高い伸びは期待できない状況です。先行きについては、エネルギーや食料品価格の上昇テンポが鈍化し、雇用・所得環境が改善するにつれて、次第に個人消費の伸びも回復していくと想定されます。

 物価面では、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は、需給ギャップや賃金が弱めの動きを続けるほか、エネルギーや食料品価格の落ち着きを反映して、徐々に低下していくと考えられます。この結果、年度平均でみますと、2008年度は1%台半ば、2009年度は0%前後、2010年度は0%台前半の伸び率になると考えられます。世界経済の減速見通しが強まったほか、金融危機により投機資金等がコモディティ市場から資金を引き揚げる動きがみられたことなどから、資源価格が7月頃をピークに反落したことは、ご承知の通りです。この結果、日本だけでなく、世界的にインフレ懸念は急速に後退しています。

先行き見通しに対する上振れ・下振れ要因

 こうした先行きの経済見通しに対する上振れ・下振れ要因としては、(1)米欧の金融危機の帰趨と実体経済への影響、(2)新興国・資源国の経済動向、(3)エネルギー・原材料価格の推移、(4)わが国の経営者の成長期待持続の可否、(5)わが国の金融環境の動向ならびに実体経済への波及、が挙げられます。また、物価面の上振れ・下振れ要因としては、実体経済の変動に伴う物価の変動に加え、(1)家計のインフレ予想や企業の価格設定行動、(2)原油をはじめとする一次産品価格や為替相場の変動による輸入物価の推移、が挙げられます。

 中でも、わが国の経済成長は、かねてより内需拡大によって牽引されることの重要性が言われ続けていますが、依然として外需に依存する割合が大きいため、海外経済の動向を見極めていくことが重要です。最近の国際金融資本市場の動揺は、金融面からの実体経済に対する調整圧力を増大させているため、世界経済が一段と減速するリスクが高まっているほか、減速局面を脱して再び加速する時期が見通し難くなっています。また、これまで世界経済の下支え要因として意識されてきた新興国・資源国経済の成長期待が減退し、そのことが米欧先進国の景気下押し要因となる点も下振れリスクとして意識されます。

 また、国際的な経済・金融情勢の不確実性が著しく高まってきたことから、わが国の経営者の成長期待が慎重化している向きも窺われます。今後、企業の成長期待が本格的に低下すると、設備投資を中心に企業活動が抑制され、わが国経済への下押し圧力となるため、経営者が成長期待を維持できるかは、今後の成長を考える上で重要です。

今後の金融政策運営

 以上のような現状認識、および見通しを踏まえた先行きの金融政策運営としては、これまでと同様、経済・物価の見通しとその蓋然性、リスク要因を丹念に点検しながら、それらに応じて適切に政策運営を行うという基本方針を維持した上で、当面、経済の下振れリスクに注意を払う必要があると判断しました。また、適切な金融市場調節を行うことで、金融市場の安定確保に万全を期していく方針です。

4.10月31日における金融政策の変更

 10月31日の金融政策決定会合では、金融の一段の緩和を決定しました。それまでも政策金利の水準は0.5%と極めて低く、緩和的な金融環境を通じて民間需要を下支えしてきました。しかしながら、金融環境をより緩和的なものとし、経済活動をさらに支援することが必要との判断から、11月の金融政策決定会合までの当面の金融政策として、政策金利を0.2%引き下げ、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.3%前後で推移するよう促す」ことを決定しました。

 また、同時に、補完貸付金利とコールレート誘導目標とのスプレッドを0.25%から0.2%に縮小しました。さらに、補完当座預金制度を新設しました。これは、超過準備預金に0.1%(誘導目標水準から0.2%差し引いた水準)付利する制度です。これから、年末や年度末に向けて市場の安定を確保するために積極的な資金供給を行い、政策金利である無担コールレートに強い低下圧力がかかることが考えられますが、そうした場合でも、補完当座預金制度に適用される利率(0.1%)が、コールレートの下限となることで、レートの過度の低下を抑制し、適切に誘導できるようにするために、臨時の措置として導入したものです。

 こうした決定の背景には、10月6、7日の会合以降に公表されたデータ等から読み取られる経済・物価情勢に大きな変化があったことが挙げられます。すなわち、(1)米欧の金融危機に端を発する世界経済の調整が一層厳しさを増してきたこと、(2)わが国の実体経済の回復時期の後退懸念及び下振れリスクが高まったこと、(3)世界経済の減速などによるエネルギー・原材料価格の低下や為替の円高により物価の上振れリスクが低下したこと等、がありました。

 実体経済面では、世界的な金融危機が、実体経済との負の相乗作用により世界経済を減速させ、ひいてはわが国経済が長期的な調整局面入りする瀬戸際にあるとも考えられるなど、景気の下振れリスクが一段と高まっています。例えば、10月6、7日の会合以降、先ほど申し上げたように、米国では、従来からの住宅市場の低迷に加え、個人消費や生産の弱さ、消費者マインドの著しい悪化が確認されました。わが国でも経済を牽引してきた輸出および生産の7~9月の動向が明らかとなり、いずれも弱い動きであったことが確認されました。また、10月展望レポートを作成する作業の過程で検証した中期的な経済見通しも、経済が持続可能な成長経路に復していく時期がこれまでよりも後ずれしていることに加え、下振れリスクがより大きいことが確認されました。

 国際金融資本市場における混乱は、米国を震源とした先進国市場での問題から、アイスランド、ウクライナ、ハンガリー等の欧州諸国に加え、ブラジルや南アフリカなどエマージング諸国の市場にも影響が拡散しており、世界的な金融危機の様相を強めています。また、各国当局による金融機関に対する公的資本注入や、金融機関の資金調達に対する政府保証など、異例とも言える対応策が相次いで導入されたにもかかわらず、市場の混乱は収束する兆しが窺われません。こうした海外市場の混乱は、これまで海外に比べて相対的に安定していたわが国金融資本市場にも波及し始めており、10月以降の株価下落率は主要先進国の中で最大となったほか、日経平均株価がバブル崩壊後の最安値を更新しました。また、為替市場では円高となり、特に対ユーロでは急激に増価し、輸出企業の業績悪化に繋がっています。また、わが国の企業金融面においても、投資家が運用に対して極めて慎重になっていることから、CPを含め資本市場からの調達環境が悪化し、銀行借入への依存度が高まっています。同時に、先行きの景気や業績に対する危惧もあって、金融機関の融資姿勢は慎重化しており、これまでの緩和的な金融環境に変化が窺われます。

5.国際金融資本市場の混乱

 現在は、世界大恐慌以来の金融危機とも言われていますが、昨年以降の国際金融資本市場における混乱について振り返ってみたいと思います。

 2007年夏以降、国際金融資本市場の混乱のきっかけとなったサブプライム住宅ローン問題は、2006年頃から懸念材料として取り上げられていました。もっとも、米国モーゲージ銀行協会の統計をみても、サブプライム住宅ローン残高は米国の住宅ローンの1割程度であるため、当初は、米国経済、ひいては世界経済に大きな影響を与えるとの見方は限定的でした。ところが、昨年後半頃から、住宅価格の下落や信用リスクの再評価に伴い、サブプライム住宅ローンを担保とした証券化商品の多くで格付けの見直しが行われたことを契機に、格付け機関や証券化商品の市場価格に対する不信感が一挙に広がり、証券化商品全般の価格が下落すると共に、市場の価格形成機能が著しく低下し、投資家および金融機関が保有する資産への影響が拡がり始めました。

 昨年秋以降、投資家や金融機関のリスクに対する姿勢が慎重化したため、金融機関が本体とは別に設定したファンド等は、これまで行ってきた証券化商品を担保にした資金調達が難しくなり、米欧金融機関の多くは、こうしたファンドへの資金の直接供給や資産の買い取りを余儀なくされ、バランスシートが膨らんでしまいました。米欧金融機関では、自身が保有する証券化商品の損失拡大懸念の類推から、取引相手の金融機関の財務体質に対しても不信感が募り、相互不信から短期金融市場において流動性が急速に低下しました。こうした市場環境は、米欧金融機関の融資姿勢を厳格化させ、信用収縮の影響が徐々に拡がり始めます。

 この間、米欧の金融機関は、証券化商品の処分損及び評価損を処理するために優先株の発行等の資本増強策を実施してきましたが、損失の主たる要因の一つである米国の住宅価格が下げ止まる気配がなかったこともあり、相次ぐ増資も、経営の健全性に対する市場の疑念を払拭するには至りませんでした。そして、今年2~3月頃にはモノラインと呼ばれ、債券に対する信用保証業務を行っている金融保証会社や、フレディマック、ファニーメイといった政府系住宅金融機関 — 通称、GSE — の信用不安が高まり、モノラインによって保証されていた米国地方債市場や、GSE債の市場にも混乱が及びました。こうした地方債やGSE債を担保として資金調達を行う場であるレポ市場の機能も著しく低下し、資金繰りに窮した米国の証券会社ベア・スターンズは破綻し、3月14日にニューヨーク連銀がJPモルガン・チェースを通じて救済する事態となりました。

 こうした動きと共に、資金調達環境の悪化により、これまで、より高い運用利回りを求めて借入や信用取引、金融派生商品等を用いて、例えば手持ちの資金の20~30倍の資金を投資する — レバレッジをかける — 動きを活発化させてきた金融機関やヘッジファンドは、レバレッジの倍率を急速に巻き戻す必要に迫られ、市場の混乱を増幅させました。9月には、GSE2社に対する経営不安が市場で高まり、米国政府が救済措置に乗り出したほか、9月15日にリーマン・ブラザーズが破綻、保険最大手で金融保証業務も手広く行っているAIGも公的管理下に入りました。

 ベア・スターンズの破綻以降も、金融機関は毀損した資本の補強を進めようとしましたが、それまでに金融機関の増資等に応じたソブリン・ウェルス・ファンドをはじめとする投資家は含み損を抱え、追加的な資金拠出に慎重になっていたため、増資は極めて難しくなっていました。そして、「大きすぎて潰せない」と市場参加者が認識していたリーマン・ブラザーズが破綻し、大手金融機関でも破綻することが改めて確認されたことから、市場参加者間の疑心暗鬼が一段と強まり、特にドル資金調達は非常に難しくなり、銀行間取引市場では翌日物より長い期間の取引が枯渇する状態にまで陥りました。企業にとってもドル資金の調達が困難となり、レートが上昇するなどドル建て社債、CPの発行環境が極端に悪化しました。こうした市場流動性の枯渇に対して、日銀を含め各国中央銀行は積極的な流動性供給策を講じたことから、状況は幾分改善しているようですが、金融機関が資金調達を中央銀行に依存する傾向は高まったままです。中央銀行は、緊急時に「最後の貸し手」となる役割を担いますが、中央銀行が、「最後」ではなく「最初で唯一の貸し手」となっている局面も依然として少なくありません。

 また、市場の混乱度合いが増していくにつれ、金融と実体経済の負の相乗作用が市場参加者に強く意識されるようになり、大手金融機関の経営の健全性に対する不安がさらに高まり、金融システム全体の緊張も一段と高まりました。

 こうした状況に対応するために、10月入り後、各国当局は、流動性供給策の拡充に加えて、(1)金融機関に対する公的資本注入、(2)金融機関の資金調達に対する政府保証、(3)預金保護の拡充、の3点を柱とする金融システム安定化策を相次いで公表しました。

 このうち、米欧の主要国が金融機関向けに設定した公的資金の枠は、合計で60兆円程度の規模ですが、わが国は1998年3月から2006年12月までに合計12.4兆円を資本注入しました。それとの比較では相応の措置がとられたと評価できます。

 金融危機の経過について述べましたが、今回のバブル発生と崩壊は、必ずしもサブプライム住宅ローン問題のみが原因とも言えないようです。

 2002年から2006年にかけての、アジアから北米及び欧州向けのコンテナ貨物の荷動きは継続して年率二桁台で増加しました。このことは、新興国の経済成長やアメリカの消費等に支えられて、世界経済が安定的に成長していたことの一端を示しています。この間、新興国を巻き込んだ経済のグローバル化の進展に伴い、物価の上昇圧力は抑制され、世界的に金利は低い水準に留まり、金融は超緩和的な状況でした。このように極めて居心地の良い経済状況が長く続いたため、安定した経済成長や不動産等の資産価格の底堅さは継続するという期待感が醸成されたのです。このような背景から、関係者のリスクに対する警戒感が希薄となり、金融市場へ大量の資金が流入し、市場参加者のレバレッジ活用の拡大(過大な借入金等)もあり、市場の資産価格形成に大きな歪みが生じてしまいました。一方、バブルが崩壊した結果、経済のファンダメンタルズより導かれる価値と金融資産・負債の間に大きな乖離が発生、その調整が現在行われていると理解しています。このような状況は、わが国が経験した、バブルの発生と崩壊後の金融危機並びに不況と同じような経路を辿っており、バランスシートの回復にはそれなりの時間がかかることが懸念されます。

 なお、この金融危機の過程において、メリル・リンチはバンク・オブ・アメリカに買収されることになったほか、破綻・合併に至らなかった大手投資銀行のモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスは、銀行持ち株会社へ業態変更し、これまで極めて高い収益性を誇ってきた米国の5大投資銀行が、独立した業態としての姿を消したことは、ある意味、今回の金融危機を象徴する出来事のように思います。

6.おわりに

 これまで、日本銀行の金融政策運営、および内外経済の現状と先行き見通しなどについて述べてきましたが、最後に愛媛県経済についてお話したいと思います。

 最近の愛媛県経済の状況をみますと、製造業では、輸送用機械、一般機械等を中心に、新興国等における物流、インフラ整備その他の底堅い需要増に支えられ総じて高操業を継続しています。もっとも、このところ欧米での最終需要の減退や国内需要の弱さを背景に、電機関係や自動車、住宅等関連素材、紙・パルプ等の受注に弱含み、ないし増勢鈍化の動きがみられます。

 また、非製造業では、原油、食料品等の原材料価格高騰の採算面への影響がより強めに出ているほか、個人消費も、足許、消費者物価の上昇や経済の先行き不透明感の強まり、株安等の影響から、弱めの動きが明確になってきています。

 このように当地経済については、業種・地域間のばらつきが拡がっている中で、全体としてみますと、やや弱めの動きとなっていると判断されます。

 先行きについては、原材料価格が下落傾向にあるなどのプラス材料はありますが、サブプライム住宅ローン問題を契機とした国際金融経済情勢の不安定さが、当地製造業を支える新興国需要にどのような影響を与えるか、あるいは雇用所得面で改善の動きが鈍化している中での個人消費の今後の推移如何、といった下振れリスクが引き続き存在しているのも事実であり、今後注意深くみて行く必要があると思っています。

 このように当地は、全国同様、不透明感の強い経済情勢にあるものの、今回当地を訪問させて頂いて、改めて当地の魅力、強みといったものを実感したところです。

  1.  一つ目は、新興国需要をうまく掴んでいる点です。当地の主力産業である輸送用機械や一般機械、素材関連業種を中心に新興国、資源国向けの輸出が活発で、2007年度の当地直接輸出における新興国、資源国等向け輸出のウェイトは9割と全国の6割を大きく上回っています。こうした中で、9月短観における全産業の業況判断D.I.は、全国が7ポイントの悪化(6月-7→9月-14)であるのに対し、当地は2ポイントの悪化(同-7→同-9)に止まっています。新興国経済の不透明感は強まっていますが、相対的には高い成長を期待できる地域だけに当地の大きな強みといえるでしょう。

  2.  二つ目は、技術力の高さです。愛媛県の特許登録件数は、07年度で全国第14位、三大都市圏を除くと第6位となっています。紙・パルプや海運・造船などにみられるように、県内各地で産業集積が進んでおり、かつ地場企業のウェイトが高いことから、地域としての技術力が高まっていることを示しているように思います。最近では、水処理や太陽光発電関連等、環境関連の産業集積の動きもみられつつあり、心強いところです。

  3.  三つ目は、豊かで魅力的な自然、一次産業です。全国シェア1、2位の柑橘類、養殖魚に代表される当地一次産業では、販売価格の低迷、原材料高などの厳しい環境にあるものの、新品種の開発やマグロ養殖への進出に加え、海外市場の開拓等にも積極的に取り組まれています。

 そして、行政、関係経済団体、金融機関等では、こうした当地の強みをさらに活かすべく、ビジネスマッチング等の産業支援の取り組みを強化されているほか、「街づくり」や観光振興に向けた諸施策も積極的に展開されています。こうした取り組みに支えられながら、皆様が当地の強みを最大限に発揮され、愛媛県経済に新たな活力が生み出されていくことを心から期待しております。

 最後に愛媛県と日本銀行との関わりについて一つエピソードを申し上げたいと思います。日本銀行松山支店は、四国で最初の日本銀行支店として1932年に設立されましたが、愛媛県と日本銀行はそれ以前から関わりがあります。例えば、松山市では、「物語のあるまちづくり」を目指して、「坂の上の雲」まちづくりに取り組まれていると聞いています。松山を舞台にしたこの小説に登場する秋山兄弟が活躍する日露戦争では、日本銀行の当時の副総裁、高橋是清(後の第7代日本銀行総裁)が、長期間英米で交渉に当たり外債の募集を実現することによって、財政面からの貢献を行いました。また、正岡子規、秋山真之(さねゆき)は上京後まもなく、現在の開成高校である共立学校で学びますが、当時、同校の初代校長で教鞭を執っていたのが、高橋是清であり、直接的な接点があったようです。日露戦争時代とは、経済・社会情勢は大きく異なっていますが、愛媛県が飛躍していく過程で、日本銀行としてお役に立てることがあれば引き続きご活用頂きますよう、お願いいたします。

 ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。

以上