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【挨拶】「短期金融市場の機能度と中央銀行の金融調節」

金融調節に関する懇談会における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2008年11月25日

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目次

1.はじめに

 「金融調節に関する懇談会」は、日本銀行金融市場局がオペ先の皆様とのコミュニケーションを深める機会として、2000年3月にスタートし、今回で21回目の開催となりました。私自身も、金融市場局の担当理事であった頃に毎回出席していましたが、本日この会合に再びこうして出席し、オペ先の皆様とお話できることを大変嬉しく思っています。

 振り返ってみますと、私が理事として最初にこの会合に参加させて頂いたのは量的緩和政策の真っ只中でした。金融システムが不安定化し流動性需要が高まる局面では、量的緩和政策の導入は金融システムの安定を維持する上で有効な政策でした。しかし、同時に、景気が回復に向かい金融システム不安が後退するにつれて、短期金融市場の機能が低下するという副作用への懸念も高まっていきました。その後、量的緩和政策やゼロ金利からの脱却とともに短期金融市場の機能は徐々に復活していきましたが、その回復にはかなりの時間とコストがかかりました。このことが示すように、中央銀行にとって金融システムの安定を確保することと、短期金融市場の機能を維持することとの間には、難しいトレードオフが発生し、難しい判断を求められます。

 景気・物価情勢やその下での金融政策運営といったテーマについては話をする機会が多いので、本日は、短期金融市場の機能度(functioning)と中央銀行の金融調節という、技術的ではありますが、市場関係者や中央銀行にとって関係が深いテーマに絞ってお話をしたいと思います。

2.内外金融市場における市場機能

量的緩和政策解除と市場機能の回復

 ご承知のように、日本銀行では、2006年3月に、5年にわたる量的緩和政策を解除し、コールレートの誘導目標を同年7月に0.25%に、さらに翌年2月に0.5%に引上げました。量的緩和政策の下では、日本銀行による大量の資金供給を受けてオーバーナイト物レートはゼロとなり、コール市場の取引は大きく減少しました。資金の出し手にとっては、仲介手数料すら賄えない状態の下で資金を放出するインセンティブが低下する一方、取り手にとっても、日本銀行がオペで積極的に資金供給を行うため、市場で調達する必要性が大きく低下しました。このため、市場参加者は自らの金利観や資金ポジションを考えながら資金取引を行う必要がなくなりました。また、取引減少の結果として、与信枠の削減ないし解消、資金繰りセクションの人員減少、取引ノウハウの低下といった現象が徐々に進行しました。短期金融市場を支える市場インフラの縮小と言って良いと思います。言うまでもなく、市場は取引相手があってこそ成立するものですが、一旦、このようなことが起こると、ネットワーク外部性の効果から、市場はさらに縮小します。皆様方には釈迦に説法ですが、市場が成立するためには、円滑な市場取引を支える様々な「市場インフラ」が不可欠です。

 量的緩和政策を採用していた時期に、その市場インフラは大きく縮小しました。長年にわたるゼロ金利からの脱却は、一旦縮小した市場インフラを再構築するプロセスでもありました。短期金融市場における取引は徐々に活発化し、資金の出し手から取り手へ市場を通じて効率的に資金が融通されるようになっていきました。当初はやや振れが大きかったコール市場やレポ市場の金利も、徐々に円滑に形成されるようになり、市場間の裁定取引なども次第に活発に行われるようになりました。ただし、そうした状態になるには、かなりの時間とコストがかかったことも事実です。

国際金融市場の動揺と市場機能の低下

 現在、米欧の短期金融市場を見ると、量的緩和政策期の日本と同様、市場機能は大きく低下しています。言うまでもなく、原因は、サブプライムローン問題に端を発した国際金融市場の動揺です。特に9月のリーマン・ブラザーズの破綻を引き金に、米欧の金融市場の機能は大きなダメージを受けましたが、その影響は相対的に安定を維持していた日本の短期金融市場にも波及してきました。各国の金融市場には疑心暗鬼の状態が広がり、カウンターパーティ・リスクに敏感になった市場参加者や投資家は、極端にリスク回避姿勢を強めました。この結果、無担保の資金取引だけでなく、レポや為替スワップなど有担保の市場においてさえ、市場流動性が収縮しました。わが国を含め各国の金融市場で、ほぼ同時にそうしたプロセスが進行したことは、いかに今回の金融システム不安が広範な市場参加者を巻き込んだグローバルな広がりを持つものかを改めて印象づけました。いずれにせよ、日本の短期金融市場では量的緩和政策解除後の市場機能回復のプロセスが中断し、新たな問題に直面しています。

 現在の金融市場の機能低下は世界的な現象ですが、米欧では、この問題がより顕著に現れています。現在、米国連邦準備制度(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など各国の中央銀行は、疑心暗鬼に陥り互いに資金を融通しなくなった金融機関の間に立って、資金を放出し受入れる実質的に唯一の資金仲介者となっていると言っても過言ではないと思います。いわば市場を代替する形で大量の資金供給を実施し、経済活動に必要な資金を循環させている訳です。その姿は量的緩和政策期の日本銀行と似ています。こうしたオペレーションの結果、中央銀行のバランスシートは急速に膨張しており、例えばFRBについてみると、最近時点では2兆ドルを上回り、わずか2ヵ月足らずでリーマン・ブラザーズが破綻する前の2倍を超える規模になっています。このような対応は、目の前の「火事」を消すために不可欠なことではありますが、いくつかの困難な問題に直面しています。例えば、大量の資金供給の結果、米欧のオーバーナイト物の金利には下押し圧力がかかり、誘導目標金利から下方に乖離しています。金利誘導力を回復するため、FRBでは10月から準備預金に対する付利を開始しました。さらに、市場機能をある程度犠牲にしてでも金利誘導力を高めるため、付利金利を誘導目標金利と同水準にまで引上げましたが、FF金利は依然誘導目標を大きく下回った状況が続いています。このように、米欧では、市場機能が大きく低下した下で、金融調節は技術的な困難に直面しています。

わが国の状況

 それでは、わが国における状況はどうでしょうか。短期金融市場では、コール市場でカウンターパーティ・リスク意識の強まりを背景に取引が減少しているほか、レポ市場でもコール市場との裁定が働かず、レートが高止まりやすくなっています。債券市場では、市場流動性の低下からイールドカーブの歪みが目立っています。為替スワップ市場でも、長めのターム物取引を中心に流動性が著しく低下しています。さらに最近では、投資家のリスク回避姿勢の強まりからCPや社債の発行見送りの動きが広がるなど市場での資金調達環境が悪化しています。こうした状況を踏まえ、日本銀行は、各種のオペ手段を動員して市場への資金供給を行っています。同時に、オーバーナイトの無担保コールレートを誘導目標金利水準の近傍に誘導するために資金吸収オペレーションを並行して行っています。11月積み期からは、これを補強し、金融市場の逼迫する年末、年度末に向けて積極的に資金供給を行うために、時限措置として補完当座預金制度を導入したところです。

 中央銀行としてはこうした仕組みを活用してコールレートの目標水準への誘導を図ることは重要ですが、同時に、短期金融市場においてその時々の市場における需給の状況や取引当事者の信用度を反映した金利形成が自由に行われるという意味での市場機能を極力温存する努力も必要だと考えています。こうした観点から、短期金融市場で多様な取引主体が資金取引を行い、その結果として成立する加重平均金利が誘導目標近傍となるよう、金融調節を行っています。それと同時に、リーマン・ブラザーズの破綻以降も、日本銀行が必要以上に市場を代替することをできるだけ避け、市場で成立し得る取引はできるだけ市場で成立するようにするという基本的な考え方に立って、金融調節を運営しています。補完当座預金制度における付利金利と誘導目標金利のスプレッドを0.2%としたのは、コールレートが誘導目標から過度に乖離して低下することを抑制するとともに、この範囲で自由な金利形成が行われる余地を残したいと考えたことによるものです。

3.金融市場における市場機能の重要性

 日本銀行は金融市場における市場機能をできる限り維持していくことが重要と考えていますが、その理由は、次の3点に集約されます。

 第1は、極めて即物的な理由ですが、短期金融市場の機能が損なわれると、必要な時に市場で資金が調達できなくなることです。量的緩和政策期には潤沢な資金供給によってコールレートが限りなくゼロに近付きましたが、その結果、市場機能が低下し、金融機関は必要な資金を市場では調達しにくくなるという逆説的な現象が生じました。

 第2は、効率的な資金配分の観点です。足許、わが国の国債市場の市場流動性の低下は、米欧と比べても顕著であり、イールドカーブの歪みが目立っています。リスクフリー金利として様々な金融資産価格の基礎となっている国債の金利形成の歪みは、金融資産価格全体の歪みをもたらします。その結果、例えば金利リスクのヘッジを難しくすることなどを通じて効率的な資金配分を阻害する惧れがあります。また、このような状況が長く続けば、将来わが国金融市場に対する投資を再開することが期待されるグローバル投資家の投資インセンティブを失わせることにもなりかねません。歪んだままのイールドカーブは、グローバルなリスク削減の動きのひとつの帰結であることは間違いありませんが、これまで裁定取引などを通じて市場流動性を提供していたグローバル投資家が撤退したまま戻っていないことを示唆するものでもあり、市場機能の回復が今後の重要な課題であることを訴えるひとつの警鐘のように私の目には映ります。

 第3は、金融政策の波及メカニズムの確保という点です。オーバーナイト金利を起点とする金融政策の効果は、様々なタームの取引や市場間の裁定といった市場取引を通じて、金融市場全体、さらには実体経済へと波及していきます。自由な金利形成が行われる市場からは、金融政策の運営上有益な情報も発信されます。したがって、市場機能が維持されていることは、金融政策が効果を発揮する上で重要な前提条件です。

 短期金融市場あるいはより広く金融市場の機能は一旦損なわれると、これを回復するためには多大な時間とコストを要します。ゼロ金利から脱却する際にも、与信枠、資金繰りセクションの人員やノウハウなど、一旦大きく縮小された市場インフラを再構築するために、長い時間と市場参加者の皆様の多大な労力を要したことは、ご記憶に新しいところだと思います。このような市場インフラを維持していくためには、たとえ市場機能が低下している中にあっても、できるだけ市場を通じた取引を促進し、市場機能の復元力を温存していく努力が大切だと考えています。

4.中央銀行に求められるバランス

 以上のように、中央銀行は金融市場の機能が十分に発揮されることを重視し、そうした観点から、金融市場への直接的な介入は極力避けるとともに、取引に当っては中立性の維持に努めています。しかし、一方で、現実に金融市場の機能が低下している場合、あるいは経済状態が厳しくなる場合には、中立性を多少犠牲にしても中央銀行自身が市場にかなり強い形で介入するという複雑な二面性を有しています。

 量的緩和政策期の日本銀行がそうであったように、現在、米欧の中央銀行も市場取引を代替するような姿になっているのはその最たる例です。現在のようにカウンターパーティ・リスクに対する警戒感からオーバーナイト取引においてすら信用収縮が起こりかねないような場合には、市場安定化のために積極的に資金を供給していくことは、中央銀行としての重要な責務だと思います。

 同様の難しい状況は企業金融についても当てはまります。日本銀行は先週末の金融政策決定会合で、企業金融の円滑化に資する観点から、CP現先オペを一層活用することを決定するとともに、議長から執行部に対し、民間企業債務の適格担保としての取扱いや民間企業債務を担保とする資金供給面の工夫について速やかに検討を行い、その結果を決定会合に報告することを指示しました。これは、今後金融環境が一段と厳しさを増し、金融面から実体経済への下押し圧力が高まる可能性があることを踏まえたものですが、平常時に比べると、中央銀行が民間の市場取引への介入を強めるという側面を有しています。

 いずれのケースでも、中央銀行が過度に民間の市場取引に関与すれば、市場のもつ本来の機能が阻害され、結果として市場機能をさらに低下させてしまうという悪循環に陥る惧れがあります。しかし、現実に市場機能が低下した場合には、市場がさらに不安定化し経済状態が悪化することを防ぐ必要があります。その意味で、中央銀行には経済や金融市場の動向を丹念に点検した上で、注意深いバランスが求められますが、その責任を適切に果たしていきたいと思っています。

5.おわりに

 最後にやや中長期的な観点から短期金融市場の課題について申し上げます。今回のリーマン・ブラザーズの破綻を受けた市場の混乱を通じて、わが国の市場全体で取り組んでいくべき市場機能面での課題も幾つか浮き彫りになったように思います。

 例えば、今回、レポ市場は一時機能不全に陥りました。レートも無担保コールレートに比べて高止まり、国債市場の流動性低下の大きな原因の1つになっています。本来、金融市場が強いストレスの下にある場合には、レポ市場は有担保の資金市場であることから投資家に選好される筈ですが、わが国ではフェイルの連鎖に巻き込まれることを懸念して、むしろレポ取引が忌避されるという事態が生じました。しかし、各市場参加者において、リスク管理体制が整備され、カウンターパーティ・リスクに対する意識が高まっている今日においては、有担保の資金取引市場が円滑に機能することは、短期金融市場の安定性を向上させていく上で大変重要だと思います。こうした観点から、今回の経験を踏まえて、フェイルへの対応、清算機関の活用、新現先への切り替え、国債取引におけるT+1決済の実現とT+0レポ取引の流動性向上、市場参加者の拡大などについて、着実に検討を進めていく必要があると思います。このような諸点は、日本銀行が金融市場参加者の協力を得て2007年3月に開催した「短期金融市場フォーラム」でも認識された課題でした。

 現在は、動揺する金融市場の安定が当面の最重要の課題でありますが、このような事態を経験して改めて市場機能の重要性についての認識が深まるという側面もあります。私としては、そうした認識を踏まえ、市場参加者と日本銀行が協力することによって、只今申し上げたような課題の改善が図られ市場機能が向上することを強く願っています。

 ご清聴を有難うございました。

以上