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【講演】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

九州経済同友会主催特別講演会における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2008年12月1日

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英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は、九州経済同友会が主催される特別講演会にお招き頂き有り難うございます。私は、ふるさと小倉で高校卒業まで過ごし、社会人となった後も、1994年から95年にかけて、日本銀行大分支店に1年半支店長として勤務しました。その意味で、九州は私にとって関係の深い場所です。九州には、現在、日本銀行の33の本支店のうち7つの支店があります。これらの支店では、平素より、皆様方に大変お世話になっています。この場をお借りしまして、厚くお礼申し上げます。本日、12月1日は、偶々福岡支店の67回目の開設記念日に当たりますが、こうした記念日に、九州地域の経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂くのは、私にとって二重の喜びです。

 現在、世界経済も、そして日本経済も、米欧の金融市場で始まった混乱の影響が世界的に拡がりをみせる中で、大変厳しい状況にあります。私からは、内外経済の状況や世界的な金融危機についてお話した上で、日本銀行の金融政策運営の考え方などについて、申し述べたいと思います。

日本経済の現状と展望

 本日の私の話は主として日本経済を全体として捉えた場合の話になります。先回りして話しますと、聞かれている皆様の中には、「日本銀行は我々の状況を十分認識していないのではないか」という懸念をされる方がいらっしゃるかもしれませんが、地域、業種、企業規模等の違いによって、マクロでは括りきれない状況の差異があることは十分認識しています。そうした違いは支店長からの報告によっても承知していますし、私自身も総裁に就任してから、様々な地域や企業の方々からお話を伺う機会が格段に増えており、そのことを改めて実感しています。

 本日は、世界経済や日本経済の大きな流れに絞ってお話しますが、私どもの経済情勢に関する判断には、常に、地域経済の動向や企業経営の状況などのミクロ情報が活かされていることを、初めに申し上げたいと思います。

 それでは、日本経済の現状についてお話したいと思います。振り返ってみますと、日本経済は、2002年初をボトムに、緩やかながら息の長い成長を続けてきました。しかし、昨年央以降、日本経済は次々とマイナスのショックを受けてきており、現在は、厳しい状況に直面しています。最初のショックは、昨年央以降、建築基準法改正の影響から住宅投資が大きく減少したことでした。次に、エネルギー・原材料価格の上昇に伴う交易条件の悪化により、企業収益や賃金が圧迫された結果、昨年末頃から、設備投資や消費の伸びが徐々に減速してきました。そして、本年夏以降は、国際金融資本市場や米欧金融システムの緊張が高まる中で、海外経済の減速が明確化し、これを反映して輸出が減少に転じました。これらの影響が重なり、このところ、景気の停滞色が強まっています。先週末に公表された経済データは、鉱工業生産指数をはじめ、厳しい経済動向を示すものでした。

 このように、日本の景気はここにきて停滞色が急速に強まっていますが、海外経済も全く同じような急激な変化を示しています。米国では、サブプライム・ローン問題に端を発する金融危機が深刻化する中で、金融と実体経済の負の相乗作用が顕現化しており、景気は悪化しています。欧州経済も、金融面から実体経済への下押し圧力が強まっており、景気悪化局面にあります。更に、アジア経済にも、米欧経済の悪化の影響が波及しています。中国は、比較的高い成長を続けていますが、このところ輸出は幾分減速しているほか、不動産価格が下落する中で、不動産関連投資にも弱めの動きがみられています。NIEs、ASEAN諸国では、輸出の伸びが鈍化する中で、内需にも弱い動きがみられており、景気は減速しています。このように、米欧金融危機の影響がアジア経済にも確実に波及する形で、世界経済は全体として減速傾向が明確化しています。

 因みに、先月初に公表されたIMF(国際通貨基金)の成長率見通しでは、2009年については、先進国が第2次世界大戦後初めてのマイナス成長となるほか、新興国の成長もここ数年間の8%程度の高成長から5%台にまで低下し、世界全体では2.2%まで落ち込むという見通しになっています。2000年代央の4年間は5%前後の高成長が続きましたが、それに比べるとかなり低い成長になると見込まれています。

 海外経済の回復の時期については幾つかの条件に依存しますが、米国について言うと、住宅市場の調整がどのように進み、金融システムが安定をいつ取り戻すかが重要なポイントとなります。海外経済全体の成長率の回復時期を見通すことについては不確実性が高いと言わざるを得ませんが、現在の厳しい情勢を踏まえると、回復が明確化してくるのは、2009年半ば以降になるとみておいた方が良いと考えています。

 このように海外経済が厳しい状況を辿ると見込まれる中で、わが国の景気の先行き見通しですが、本年第2四半期、第3四半期と連続してマイナス成長となった後も、当面、停滞色が強い状態が続くとみられます。そのように判断する最も基本的な理由は、前述した海外経済の動向や国際金融資本市場の混乱の影響が日本経済にも確実に及んできていることです。これらの点については、後ほど、やや詳しく説明します。

 物価についても状況は大きく変化してきました。消費者物価の動きを振り返ると、約1年前には前年比でゼロ%近傍でしたが、国際商品市況上昇の価格転嫁の影響から、石油製品や食料品を中心にかなり急テンポで上昇し、本年夏には一気に2.4%にまで上昇しました。しかし、ごく最近は、国際商品市況反落の影響から前年比伸び率は低下に転じており、現在の市況を前提にしますと、この先、前年比上昇率はかなり急速に低下すると見込まれます。数字の上でこうした消費者物価上昇率の大きな変動を形成している最も大きな要因は、輸入コストの上昇、下落といった変動です。物価には、これに加えて、需給バランスの動きや予想物価上昇率も影響します。需給バランスについては、当面、潜在成長率を下回る成長が続くと見込まれるため、緩和方向で推移するとみられます。石油製品等の価格動向にもよりますが、2009年度中には一時的に物価上昇率がマイナスとなる局面も予想されます。

 日本経済に関する以上の説明を踏まえた上で、今後の日本経済や世界経済の動きを考える上で最も重要と考えている論点、すなわち、米欧金融危機が海外経済や国内の金融環境に及ぼす影響について、もう少し詳しくお話します。

米欧金融危機とその影響

 今回の金融危機は、ご承知のように、米国のサブプライム・ローン問題の発生から始まりました。その後、この問題については悲観論の高まりと後退を繰り返しながら、事態は厳しさを増していきました。特に、リーマン・ブラザーズの破綻を境に状況は大きく変化し、現在は緊張が高い状態が続いています。振り返ってみますと、この問題は、サブプライム・ローンが組み込まれた証券化商品の価格の下落を契機に、証券化商品を組成していた主体や金融機関の資金調達が困難になるという、「流動性の逼迫」という形で表面化しました。その後、問題は「信用収縮」という局面に移行しました。この局面では、多額の証券化商品を保有していた金融機関の損失が拡大し、自己資本が毀損した結果、リスク評価基準を厳しくし、貸出態度を慎重化させたため、経済に強い下押し圧力がかかり始めました。

 そして現在は、金融と実体経済の負の相乗作用の高まりという状況が発生しています。米国経済の悪化を反映して、住宅ローンだけでなく、商業用不動産ローンや消費者ローンについても延滞率が上昇しています。これによって、金融機関の自己資本が一段と毀損され、貸出態度が更に慎重化しました。また、CPや社債の発行が難しくなり、発行金利も極端に上昇するなど、金融市場からの資金調達環境も悪化しました。そして、これらが実体経済に悪影響をもたらすという金融と実体経済の負の相乗作用が発生しました。この間、米国の中央銀行であるFRBは昨年9月以降、短期金利の誘導目標金利を5.25%から1.0%にまで引き下げましたが、社債の金利は昨年夏時点と比較するとむしろ上昇するなど、金融緩和の効果が発揮されにくい状況になっています。

 さらに、今回の金融危機の特徴として、国際的な拡がりを持つようになっていることが挙げられます。米国では、リーマン・ブラザーズの破綻を契機に、幾つかの大きな金融機関の破綻が発生しましたが、そうした流れは欧州にも波及しました。更に、現在は、米欧の金融危機の影響が新興国にも波及しており、資金流入が大きく減少しています。波及のルートは様々です。例えば、中東欧諸国では近年、域外の欧州先進国が現地での与信を活発化させましたが、現在は削減されています。また、一部の新興国では、国際金融資本市場からの資金調達がストップしており、IMFの資金支援を受けるに至っています。このように、今回の米欧の金融危機は、かつてのラテン・アメリカ諸国や東アジアの通貨・金融危機と異なり、それが急速に世界各国に拡がっているところに、大きな特徴があります。90年代以降進んだ金融・経済のグローバル化の結果、各国の金融・経済の結びつきが強まっていますが、各国における今回の景気の悪化や減速は、そのような大きな環境変化の下で迎えた初めてのグローバルな景気減速であると言えます。しかも、スピードが速いという点に特徴があります。それだけに、不安心理が拡がりやすく、またそのことが更なる景気の悪化を招いている面があります。

 こうした状況のもとで、対応のあり方を考える際には、現在の問題の基本的な背景を把握することが必要です。そこでまず、各国の政府や中央銀行によって矢継ぎ早に採られた措置について説明します。第1は各国中央銀行による流動性の供給です。中央銀行は自国通貨の流動性供給の積極化に加え、協調的な枠組みの下でドル資金を供給するなど、金融市場の安定確保に努めています。第2は、経営が悪化した金融機関に対する政府による公的管理や公的資本の注入です。第3は、預金保険の保護対象の大幅な拡充や金融機関債務への保証の付与といった債務保護です。

 こうした措置の効果もあって、米欧の短期金融市場の状況は一頃に比べ改善しています。しかし、例えば、期間3ヶ月の銀行間のドル資金調達金利は同じ期間の国債金利よりも約2%も高いという異常な状態はなお続いています。また、社債スプレッド等の信用スプレッドは高止まりを続けているなど、国際金融資本市場は依然として高い緊張状態にあります。世界的に、株価が大きく下落しているほか、為替市場でも変動の大きな状況が続いています。

 このように、各国で迅速な対応が採られているにもかかわらず、なかなか状況が改善しないのは何故でしょうか。その理由の1つとしては、今回のグローバルな景気の悪化・減速や金融危機に先立つ数年間に蓄積されてきた様々な過剰、不均衡が大きく、従ってその調整過程も深くならざるを得ないという厳しい事実が挙げられます。先程も述べたように、2000年代央の数年にわたって、かつてなかったような世界的な高成長が長期にわたって続きました。また、新興国の市場経済への参入に伴う供給能力の増加から物価上昇率が低下し、高成長と低インフレの中で、世界的に低金利が続きました。その過程で、金融・実体経済の様々な面で行き過ぎが生じ、「過剰」が蓄積されていきました。米国のサブプライム・ローン問題や本年夏場までの原油・原材料価格の高騰などの背景にも、こうした世界的な高成長や金融面でのレバレッジの拡大が挙げられます。勿論、そうした過程では、警告を発する声が聞かれなかった訳ではありませんでしたが、経済が良好な局面にあっては、人間や社会の常として、警告はなかなか受け入れられませんでした。

 現在、世界経済は、より持続的な成長に向けて、これまで積み上がってしまった様々な過剰を調整する過程にあります。公的当局としては、金融機関に対する資本注入などによって金融システムの安定を維持しつつ、適切なマクロ経済政策運営を行うことによって、経済が深い調整や混乱に陥ることを防ぐことが必要となります。既にそうした対応は採られていますが、金融機関の損失額や資本不足額は、金融と実体経済の負の相乗作用の中で増加する傾向にあります。このため、最終的にどの程度の損失処理や資本注入が必要となるのかという点については、不確実性が残ります。また、これまで蓄積された過剰を整理する結果生じる大きな損失は、最終的には日々の経済活動から生じるフローの所得でもって穴を埋めていくしかありません。したがって、こうした調整には、どうしても一定の時間を要することになります。

わが国の金融環境

 次に、世界の金融システムという話の延長線上にある話ですが、わが国の金融環境についてお話します。わが国の金融市場は、米欧の金融市場に比べ、相対的に落ち着いていましたが、米国のリーマン・ブラザーズの破綻以降、状況が大きく変化しました。先程触れた銀行間の資金調達金利と国債金利の格差という尺度でみると、現在でも日本の短期金融市場の状況は相対的に恵まれていますが、わが国においても、金融面から実体経済への下押し圧力が高まる可能性について、十分な点検が必要な情勢になってきていると思います。

 金融環境がどの程度緩和的か、あるいは引き締まっているのかを判断することは、金融政策の運営上、極めて重要な、しかしなかなか難しい課題です。金融環境の的確な把握のために、日本銀行は、金利水準や資産価格の評価、貸出やマネーストックなどの金融の量的側面に関する分析、更には、企業や金融機関の方々からのヒアリングやアンケート調査なども含め、多面的な点検を行なっています。企業経営者の方々もそうだと思いますが、企業の資金繰りについては、第1に、どの程度の金利で資金調達できるか、第2に、資金の調達のし易さはどうか、つまり、資金のアベイラビリティはどうか、という2つの観点から検討しています。そこで、これら2つの視点から、企業が直面している金融環境について説明したいと思います。

 まず、第1に資金調達の金利水準ですが、銀行の貸出金利は低水準で推移しています。一方、CPや社債といった市場からの調達金利は、国際金融資本市場の動揺の影響から投信や生保などの投資家のリスク回避姿勢が強まっていることから上昇しています。社債の発行金利が低格付のものを中心に上昇していることに加え、今年の夏頃よりじりじりと上昇していたCPの発行金利は、9月以降急速に上昇しています。1998年から99年に企業金融が大きく逼迫し、クレジット・クランチと呼ばれた時期と比べると、まだ水準は多少低いものの、金利上昇のスピードなどは、当時と概ね同じ動きを示しています。

 また、調達金利の水準を評価する際には、企業の収益率との比較が重要となります。わが国では、企業の資金調達において、市場からの調達と銀行からの借り入れとの比率は約1対4であり、ウエイトとしては銀行借り入れが圧倒的に大きなものとなっています。このため、現在CP金利は大きく上昇しても、全体としての調達金利は概ね横ばい圏内で推移しており、企業の収益率と比べるとかなり低い水準となっています。一方、1998年から99年の時期には、企業の収益率が極めて低くなったために、調達金利と企業の収益率はほぼ同じ水準となりました。こうした点を踏まえると、足もとの調達金利の水準自体は、依然として緩和的と評価できます。しかし、これまでのエネルギー・原材料価格の上昇や足もとの景気の停滞色の強まりなどから、企業収益は大きく圧迫されており、企業の収益率は低下しています。このため、調達金利と収益率の関係からみた緩和度合いは低下傾向にあるとみています。

 第2に、量的な側面、アベイラビリティの動向についてみると、このところ急速な変化が生じています。まず、金融市場からの資金調達の面では、CPの発行残高は、2007年以降、リーマン・ブラザーズの破綻前までは前年比約1割増のペースで増加していましたが、その後は投資家のリスク回避姿勢の強まりから、急速に伸び率が鈍化し、最近では前年割れとなっています。社債についても、低格付け先に加え、これまで順調に起債できていた高格付け先でも、起債を先送りする動きがみられています。

 このような状況下、企業は世界的な景気減速、金融市場の混乱、先行き不透明感の高まりを背景に、防衛的な意識を高めており、手許資金を厚めに持つという動きが拡がっているように窺われます。この間、金融機関の貸出をみますと、大企業向けを中心に貸出残高の伸びは全体としては高まっています。しかし、建設・不動産業など一部の業種や中小・零細企業を中心に、銀行の貸出態度が厳しいとする先が増えています。

 以上を総合しますと、わが国の金融環境は、特に資金のアベイラビリティの面を中心に、国際金融資本市場の動揺の影響などから、緩和度合いがこのところ急速に低下しているように窺われます。

 今後の資金調達環境は様々な要因に依存しますが、中でも、銀行の自己資本や国際金融資本市場の状況は重要な要因です。現在、銀行の自己資本比率は、総じてみれば、規制水準をかなり上回っていますが、銀行が実際に貸出を行う際には、現時点での自己資本比率だけでなく、先行き予想される信用コストなど様々な要因を考慮しています。最近では、企業倒産の増加によって銀行の信用コストが上昇していることに加え、株価の下落により、株式保有に伴う株価リスクが影響してきています。現在、金融機関の貸出残高は伸び率が高まっていますが、自己資本基盤に対する自信がないと、先行き、銀行の貸出姿勢はどうしても慎重化してしまいます。さらに、国際金融資本市場が更に動揺した場合には、投資家のリスク回避姿勢が一段と強まり、市場からの資金調達が一段と困難になるリスクがあります。CPや社債の発行減少は、計数の判明している10月までの動きを見る限り、マクロ的には銀行貸出の増加でカバーされていますが、日本銀行としては今後の動きを十分注視していきたいと思います。

当面の金融政策運営

 以上、世界経済および日本経済の現状と先行き見通しについて説明してきましたが、日本経済について言うと、景気は、当面、停滞色の強い状態が続くとみられ、先行きも、米欧金融危機の帰趨とその影響、わが国の金融環境など、景気の下振れリスクへの注意が必要です。物価面では、物価の上振れリスクは、以前と比べると小さくなっており、景気の下振れリスクが顕現化した場合や国際商品市況が更に下落した場合には、物価上昇率が一段と低下する可能性もあると考えられます。

 このような状況認識を踏まえ、10月末の金融政策決定会合では、政策金利を0.5%から0.3%に、0.2%引き下げました。先行きの金融政策運営に当たっては、不確実性の高い状況であるだけに、経済・物価の見通しとその蓋然性、上下両方向のリスク要因を丹念に点検しながら、適切に政策運営を行っていく方針です。特に、当面は、米欧金融システムや国際金融資本市場の動向とその影響など、景気の下振れリスクに注意を払うことが重要となります。

 金融政策の緩和効果を十分発揮させるには、金融市場が安定的かつ円滑に機能することが不可欠の大前提となります。このことは米国で政策金利が大幅に引き下げられているにもかかわらず、実際の調達金利が上昇していることからもご理解頂けると思います。こうした観点から、日本銀行は様々な対応を行っています。第1は、流動性供給を通じた短期金融市場の安定確保です。円資金の積極的な供給はもとより、ドル資金についても国際協調の枠組みの下で、担保の範囲内であれば金額の上限を定めずに供給を行なっています。

 第2は、企業金融の円滑化に向けた対応です。先ほど申し上げたように、金融環境は、資金のアベイラビリティを中心に、このところ急速に緩和度合いが後退しており、現在の低金利の効果が実体経済に浸透しなくなるリスクが高まっています。日本銀行は、従来より、企業が発行するCPを対象とする現先オペ、すなわち、売り戻し条件付きの買入れを行なっていましたが、企業金融の円滑化に資する観点から、10月以降、このCP現先オペの積極活用を図っており、11月からは一層積極的に実施しています。さらに現在、年末、年度末に向けた企業金融円滑化のため、中央銀行としてどのような貢献ができるか、対応策の実務的な検討を行っています。検討を終え次第、できるだけ早いタイミングで導入を決定し、実行に移したいと考えています。

 現在の厳しい経済情勢に対処するためには関係者の様々な取り組みが不可欠ですが、日本銀行としても、物価安定のもとでの持続的な成長経路への復帰に向けて、中央銀行としての最大限の貢献を今後とも行っていきたいと考えています。具体的にどのような政策対応を採っていくことが望ましいかは、その時々の経済・物価情勢や金融市場動向次第ですが、日本銀行法に謳われている物価の安定と金融システムの安定という目的に照らして適切に判断する所存です。

おわりに

 最後に、九州経済の動きと、当地と関係が深いアジア経済についてお話したいと思います。

 九州は、アジアに最も近いという地理的な特性を活かして、経済構造をダイナミックに変化させてきました。例えば、過去10年間で日本のアジア向け輸出は約2倍に増加しましたが、九州全体のアジア向け輸出は、この間に、約3倍の増加となっています。また、日本の主要産業である電気機械や自動車をみても、九州からの輸出は全国の輸出を大きく上回って増加しています。この結果、九州地域は、アジア向け貿易の拠点として、「カー・アイランド」や「シリコン・アイランド」と呼ばれるほど、電気機械や自動車を中心に、第2次産業のウエイトが高まってきています。

 このように、九州は、世界で最も成長率が高いアジアに近いというメリットを積極的に活用しています。それだけに、アジア経済の成長のポテンシャルをどのように判断するかは重要なポイントです。この点については、様々な見方があり、1990年代以降、様々な議論が行なわれてきました。例えば、世界銀行は、1993年に出版した『東アジアの奇跡』という本の中で、アジア経済は直接投資を梃子に自律的な成長サイクルに入ったと述べました。一方、今年ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授は、1994年に発表された「アジアの奇跡の神話」という論文の中で、アジア経済は、労働投入と資本蓄積という、言わば資源の大量投入によって高成長を遂げているだけであり、生産性の上昇を伴わない「張子の虎」、英語で言うと「ペーパー・タイガー」であると論じました。また、最近では、先進国経済は減速しても、新興国は高成長を続けるとする、いわゆる「デカップリング」か、あるいは、影響を受けるとする「カップリング」か、という議論も行われました。

 実際の動きをみると、先ほど申し上げたように、米欧経済の悪化を受けて、アジア経済も減速しており、完全なデカップリングは成立していません。しかし、完全なカップリングが成立している訳でもありません。アジア経済では、これまでNIEsからASEAN、中国、そしてインドへというように、様々な国・地域が次々とテイクオフし、異なる発展段階の国・地域が互いに影響しあうことによって、アジア全体として高成長を遂げてきました。今後の九州経済は、日本経済・世界経済全体の動向とともに、特に、アジア経済の動向によっても大きな影響を受けると思います。アジア経済の先行きを考える上では、米欧経済の悪化がどの程度続くかという見通しにも依存しますが、こうしたアジア経済のダイナミズムを活かしながら、中国等における政策対応などによって、力強い域内需要を維持できるかどうかに、注目していきたいと思っています。

 冒頭申し上げた通り、日本銀行は、地域経済の状況を支店の調査などを通じて情報収集しています。繰り返しになりますが、私は1990年代前半の約1年半の間、日本銀行の大分支店に勤務しました。その際感じた支店長であることの有り難さの1つは、規模の大小を問わず、地域の様々な企業の経営者の方から率直なお話をお聞きできることでした。ある時は、小さなコンビニを訪問し、2階の座敷に通されて経営者ご夫妻からコンビニ業界のお話をお伺いしたこともありました。日本銀行と言いますと、マクロないし中央の情報だけで政策判断を行っているのではないかという印象があるかもしれませんが、決してそうではありません。金利操作という政策手段は全国一律ですが、そのための判断材料は幅広く収集する努力をしています。皆様には、今後とも、ご協力を是非お願いします。

 この後の質疑応答で、日本銀行に対するご要望や、九州経済の現状、課題などについて、皆様方のご意見をお聞きするのを楽しみにしています。

 本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上