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【講演】「世界的な金融危機と日本銀行の政策対応」

日本経済団体連合会評議員会における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2008年12月22日

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は、わが国経済界を代表する皆様の前でお話をする機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 さて、年の瀬も迫り、今年も残すところ1週間余りとなりました。振り返ってみますと、本年は世界経済にとっても、また日本経済にとっても、まことに厳しい1年でした。世界経済は、昨年夏以降の国際金融資本市場の混乱を受けて次第に減速傾向を強め、特に9月半ばのリーマン・ブラザーズの破綻以降、情勢は大きく変化しました。多くの企業経営者の方が、過去数ヶ月間の世界経済、そして日本経済の急激な落ち込みは、これまで経験したことがなかったような事態であるとの感想を述べられていますが、最近判明しつつある経済データはそのことを如実に物語っています。本日は、頂きました貴重な機会を利用しまして、この1年の国際金融資本市場と世界経済、わが国の経済情勢を振り返るとともに、現在起こっている世界的な金融危機の背景についてお話し、最後に、日本銀行の金融政策運営についての考え方をご説明したいと思います。

国際金融資本市場と世界経済

 まず、国際金融資本市場と世界経済の動向から話を始めます。

 昨年夏以降の国際金融資本市場における動揺は、ご承知のようにサブプライム住宅ローンが組み込まれた証券化商品の価格下落から始まりましたが、この問題を「サブプライム・ローン問題」という形で捉えたり、「金融の不始末」というレベルで認識することは適当ではありません。起きたことは、本質的には、世界的な信用バブルの崩壊です。信用バブルとは、資産価格の上昇と信用ないしレバレッジの膨張が併存する現象ですが、その下で一般の企業も世界経済の高成長の果実を享受しました。その信用バブルの発生と崩壊が最も大規模に起きたのは米国でしたが、程度の差こそあれ、他国においても同様の事態が生じました。金融市場の混乱は、証券化商品を組成していた主体や金融機関の資金調達が困難になるという、「流動性の逼迫」という形で表面化しましたが、やがて様々な証券化商品の価格下落によって金融機関の損失が拡大し、これが金融機関の与信スタンスの厳格化をもたらしました。その結果、実体経済に下押し圧力がかかり、そのことが今度は金融機関の資産内容に悪影響を与えるようになりました。日本のバブル崩壊後もそうでしたが、米国でも悲観論の高まりとその後退という波を繰り返しながら、金融資本市場の状況は悪化していきました。状況が一挙に悪化したのは、言うまでもなく9月半ばのリーマン・ブラザーズの破綻以降です。これ以降、金融市場ではカウンターパーティ・リスクが強く意識され、市場参加者や投資家は、極端にリスク回避姿勢を強めました。この結果、無担保の資金取引だけでなく、債券担保の資金取引(レポ取引)や為替スワップといった有担保の取引においてさえ、市場での取引が極端に細り、市場流動性が収縮する事態となりました。そのため、状況は更に悪化し、社債の信用スプレッドは拡大し、証券化商品の価格は一段と下落しました。例えば、昨年夏以前の水準と比較すると、企業向け貸出債権を証券化したCLOの価格は、A格で約2割という水準にまで落ち込んでいます。米国では、実体経済の悪化を反映して、住宅ローンだけでなく、商業用不動産ローンや消費者ローンについても延滞率が上昇しています。こうした下で、金融機関の自己資本は一段と毀損され、貸出態度が更に慎重化するという、金融と実体経済の負の相乗作用が顕現化する状況に至っています。

 このような「金融危機」とも呼べる状況に対し、各国の政府・中央銀行は、既に踏み込んだ措置を講じてきています。まず、各国の中央銀行は、自国通貨について、積極的に流動性供給を行うことによって金融市場の安定に努めました。加えて、ドル資金についても、本年9月以降、日本銀行を含む主要国の中央銀行は、協調的な枠組みの下で、各国市場でドル資金を大量に供給することを開始しました。リーマン・ブラザーズ破綻以降、各国政府は、経営が悪化した金融機関に対する公的管理や公的資本の注入、預金保険の保護対象の大幅な拡充や金融機関債務への保証の付与といった措置を打ち出しました。

 各国におけるこうした数々の対応にもかかわらず、国際金融資本市場は、全体として現在もなお強い緊張状態の下にあります。短期金融市場では、これまでの措置の効果もあって、ごく短い期間の取引については、リーマン・ブラザーズ破綻前の状況に復していますが、やや長めの資金取引の金利は、依然として高水準で推移しています。株価は、世界経済の先行きに対する懸念を背景に、振れの大きな展開となっています。社債市場における信用スプレッドも、企業業績に対する懸念から高水準で推移しています。金融資本市場では、金融機関の流動性の逼迫現象は幾分緩和しつつありますが、問題の焦点は、世界経済の調整の深さやその期間に移ってきています。

 世界経済は、本年を通じて次第に減速傾向を強めてきましたが、特に、最近では、金融と実体経済の負の相乗作用が米欧のみならず世界的に拡がりをみせ始めており、情勢は更に厳しさを増しています。

 まず米国ですが、今月初め、景気循環を判定する機関である全米経済研究所(NBER)が、2001年11月から拡大を続けてきた米国経済について、昨年12月に景気後退局面入りしていた、との判断を示しました。米国の中央銀行であるFRBは、昨年秋以降、フェデラル・ファンド金利の誘導目標を大幅に引き下げてきましたが、これまでのところ、信用スプレッドの拡大により、金融機関、企業、家計が実際に資金調達する際の金利はむしろ上昇しています。今後の米国経済の先行きを予測する上で鍵を握る住宅市場については、調整がなお続くとみられます。金融機関の貸出姿勢も厳格化しており、これを反映して企業・家計にとって厳しい資金調達環境が継続する可能性が高いと考えられます。米国経済の回復時期については、来年後半というのが現在の平均的な予測ですが、回復時期に積極的な根拠があるわけではなく、現在の厳しい状況がしばらく続くというメッセージだと思います。いずれにせよ、米国の今回の景気後退の長さは、1973年から1975年、および1981年から1982年の景気後退局面で記録した16ヶ月を超え、戦後最長となる可能性が高いように思います。欧州でも景気が悪化しており、米国同様、金融機関の貸出姿勢が厳格化し、金融面から実体経済への下押し圧力が強まっています。比較的最近まで景気が好調であったアジア、中・東欧、ラテンアメリカ等の新興国でも、米欧の景気悪化による輸出減少の影響だけでなく、国際金融資本市場の動揺が内需に波及する形で、景気減速が急速に明確化しています。

 このように、米欧の金融危機が各国に波及する中で、水準こそ異なるものの、各国の成長率は同時かつ急速に低下しています。今回の景気後退の特色は、正に、この「同時」と「急速」にあります。現在は、米国、欧州、日本といった先進国だけでなく、新興国も含めて、同時に景気減速ないし後退局面にありますが、旧計画経済諸国が市場経済に参入して以来、このような事態は初めての経験です。スピードという面では、今年に入ってからの成長率予測の下方修正の状況をみると、一目瞭然です。例えば、IMFによる2009年の世界経済の成長率予測をみると、1月時点では4.4%でしたが、先月発表された予測では2.2%に下方修正されています。このうち、先進国についてみると、2.1%から−0.3%に下方修正されています。

 それでは、世界の景気が同時に急速な減速に直面したのは何故でしょうか。これにはいくつかの仮説が考えられますが、第1の仮説は、金融資本市場のグローバル化が景気後退の性格を変えていることです。先程、米欧において金融と実体経済の負の相乗作用が顕現化していることを説明しましたが、現在、そうした負の相乗作用がグローバルな規模で起きていると言っても過言ではないと思います。その端的な例は、新興国に進出した米欧金融機関の現地での与信削減の動きです。第2の仮説は、サプライチェーン・マネジメントに代表されるような情報通信分野での技術革新の影響です。サプライチェーン・マネジメントは効率的な生産・在庫管理を可能にしましたが、同時に、最終需要の減少も迅速に捉えることができるため、生産の急速な落ち込みを招いている可能性があります。また、各種の情報がインターネットを通じて容易に得られるようになった結果、企業や消費者の心理が世界的に共鳴する傾向を強めているのかもしれません。第3の仮説は、自らが経験したことがないような世界同時の景気減速や金融市場の動揺を目の前にし、世界的に不安心理や防衛的行動が拡がり、これが景気の一層の落ち込みをもたらしているというものです。

 世界的な景気減速の同時性とスピードに関するいずれの仮説が正しいのかは分かりません。しかし、世界的な景気減速それ自体は、世界経済がごく最近まで高い成長率を長期間にわたって続け、その下で「行き過ぎ」が生じたという単純な事実に由来するように思います。振り返ってみると、世界経済はごく最近まで未曾有の良好な状態にあり、2004年から2007年までは5%前後の高成長が続きました。一方、物価は、高成長にもかかわらず、新興国の市場経済への参入に伴う供給能力の増加により、比較的最近まで総じて安定していました。今となっては記憶が薄れがちですが、2004年時点では、デフレの危険という議論も活発に行われており、「中国によるデフレの輸出」や「デフレの脅威」は国際会議でもしばしば取り上げられるテーマでした。そのような高成長と低インフレという経済・物価情勢の下で、世界的に低金利が長く続きました。このように「高成長、物価安定、低金利」という良好な環境が続く中で、金融・経済活動の様々な面で「行き過ぎ」が生じました。投資家や金融機関のリスク評価は甘くなり、世界的な信用バブルが発生しました。この間に生じた資産価格の大幅な上昇、資源・エネルギー価格の高騰、市場参加者のレバレッジの急拡大といった事象は、いずれも、金融・経済活動の「行き過ぎ」の現われだったといえます。冷静に見つめると、現在の世界的な景気悪化は、基本的にはこの間に蓄積された様々な「行き過ぎ」の調整過程と捉えることができます。

 わが国が、こうした調整過程を、バブル崩壊後の1990年代から2000年代初頭にかけて経験したことはご承知の通りです。わが国の場合、景気が本格的に回復に転じたのは、設備・雇用・債務の「3つの過剰」が解消してからですが、現在の米国にこれを当てはめると、住宅市場の調整がどのように進み、金融機関の損失処理と資本増強がどの程度進捗するかが重要なポイントとなります。また、世界経済の動向も大きなポイントです。振り返ってみると、わが国の場合は、世界経済の高成長が景気回復の支援材料となりましたが、今回はこの世界経済の先行きについて不確実性が非常に高いところに問題の難しさがあります。

わが国経済の現状と展望

 次に、こうした国際金融資本市場と世界経済の動向を踏まえ、わが国経済の現状と展望についてお話したいと思います。

 日本経済は、2002年初をボトムに、緩やかながらも息の長い成長を続けてきましたが、昨年央から次々と負のショックが加わり、次第に停滞色を強めていきました。まず、改正建築基準法施行の影響に伴う住宅投資の落ち込みを主因に、昨年末頃から日本経済は減速を始めました。その後、本年春頃からは、エネルギー・原材料価格の上昇に伴う交易条件の悪化により、企業収益や賃金が圧迫され、設備投資や消費の伸びが徐々に鈍化しました。更に、夏頃からは、国際金融資本市場や米欧金融システムの緊張が高まる中で、海外経済の減速が明確化し、輸出が減少に転じました。そして秋口以降は、後から申し上げるような企業金融の引き締まり現象も景気に悪影響をもたらすようになりました。このように様々な影響が積み重なり、現在、わが国の景気は悪化しています。先週私どもが公表した12月短観も、こうした日本経済の厳しい姿を裏付ける内容でした。先行きについても、企業の収益や資金調達環境が悪化し、家計の雇用・所得環境も厳しさを増す下で、国内民間需要は更に弱まっていく可能性が高い上、海外経済の一段の減速や為替円高を背景に、輸出は大幅に減少すると見込まれるため、当面、厳しさを増す可能性が高いと判断しています。

 物価面をみると、生鮮食品を除くベースでみた消費者物価は、2003年頃から前年比ゼロ%近傍で推移していましたが、国際商品市況高騰の影響から、昨年末以降、石油製品や食料品を中心にかなりの急テンポで上昇し、本年夏には前年比プラス2.4%となりました。その後、国際商品市況反落の影響から前年比伸び率は低下に転じており、先行きについては、当面、潜在成長率を下回る成長により需給バランスが緩和方向で推移すると見込まれるほか、国際商品市況の下落等を踏まえると、前年比伸び率は更に低下していくと予想されます。

 以上纏めますと、わが国の景気は悪化しており、当面、厳しさを増す可能性が高いとみられます。先行きも、米欧金融危機の帰趨とその影響、世界経済やわが国の金融環境の動向次第では、更に下振れるリスクがあることに注意が必要です。物価面についても、景気の下振れリスクが顕現化した場合や国際商品市況が更に下落した場合には、物価上昇率が一段と低下する可能性があると考えています。

 先行きにかけてのリスク要因のうち、世界経済については既にご説明しましたが、わが国の金融環境についてみると、現状、CP・社債市場での資金調達環境が悪化しているほか、中小・零細企業に加えて、大企業でも、資金繰りや金融機関の貸出態度が厳しいとする先が増えるなど、全体として厳しい方向に急速に変化しています。金融機関の貸出姿勢やCP・社債市場の動向など金融環境が一層厳しさを増す場合には、金融面から実体経済への下押し圧力が高まる可能性があります。また、これまでCP・社債の発行減少をカバーしてきた金融機関の貸出についても、12月短観の結果をみると、貸出態度が厳しいとする先が増えています。最近の企業倒産の増加や株価下落は、信用コストの上昇や株式保有リスクの高まりを通じて金融機関のリスクテイク姿勢に影響を及ぼし、貸出スタンスを慎重化させる可能性があります。そのため、金融と実体経済の負の相乗作用について、わが国でも注意深く情勢を判断していかなければならない局面に入ってきているといえます。

金融政策運営

 以上、日本経済の現状と展望について申し上げてきましたが、続いて、日本銀行の金融政策運営についてお話したいと思います。国際金融資本市場や米欧金融システムの動揺が深刻化した本年9月以降、日本銀行は、様々な措置を迅速に講じてきました。その内容は、政策金利の引き下げ、金融市場安定化の措置、そして企業金融支援という3つに分けることができます。以下では、先週末の金融政策決定会合で決定した措置も含めて、どのような考え方で金融政策を運営しているかをご説明します。

 最初は、金利政策の面で講じた措置です。昨年2月以来、日本銀行は政策金利である翌日物の無担保コールレートの誘導目標を0.5%としてきましたが、本年10月末に政策金利を0.5%から0.3%に引き下げ、更に、先週末には、これを0.1%にまで引き下げました。FRBも先週、フェデラル・ファンド金利の誘導目標を引き下げましたが、その際、準備預金に付利する金利を0.25%とした上で、こうした極めて低い水準の金利をしばらくの間続けることを公表しました。日米ともそうですが、金融機関間の取引におけるオーバーナイト金利がここまで低下してくると、金利による景気刺激効果という点では、今後は、企業の資金調達のコストやアベイラビリティ、すなわち、資金調達のし易さをどのようにして高めるかが、政策的に意味のある論点となります。

 その意味では、まず、金融市場の安定性を確保し、金融政策の緩和効果が十分発揮されるような環境を維持するための措置が極めて重要です。この面では、リーマン・ブラザーズ破綻直後に各国中央銀行と協調して米ドル資金供給オペと呼ばれる仕組みを導入し、これにより、潤沢なドル資金の供給を行っています。現在、担保の範囲内であれば金額の上限を定めずに供給を行っていますが、この結果、ドル資金の調達金利は、期間の短い取引を中心に低下しており、金融機関によるドル調達圧力の緩和、ひいては日本の企業のドル調達の不安を取り除くことを通じて、経済活動を下支えしています。また、円資金についても、積極的な資金供給を一層円滑に行い得るように補完当座預金制度を導入したほか、年末越えの資金を、昨年以上の規模で供給しています。国際金融資本市場における緊張の高まりの影響は、株価の大幅な変動や社債市場における信用スプレッドの拡大という形でわが国金融市場にも及んでいますが、こうした日本銀行の金融調節面での迅速な対応の効果もあって、米欧に比べればそれでも相対的には安定しています。更に、先週の金融政策決定会合では、長期国債の買入額をこれまでの年14.4兆円ペースから、年16.8兆円ペースまで増額しました。これは、長めの資金供給を通じて、短期の資金供給オペを頻繁に実行せざるを得ないという事態を解消し、円滑に金融調節を実施するための措置です。

 このような金融市場安定化措置と並んで、金融政策の緩和効果が十分に波及するように、日本銀行は企業金融を支援するための様々な措置を講じています。主要国では、企業に直接与信を行うのは民間の金融機関や投資家であり、中央銀行の役割はそうした民間の与信活動を間接的に支援することです。具体的には、オペレーションを通じた流動性の供給であり、企業債務を中央銀行の与信の適格担保とすることです。中央銀行が個別企業の信用リスクを直接負担する政策は、そもそも民間金融機関のビジネスを奪うことを意味します。また、損失発生の可能性が高くなることを考えますと、広い意味での政府との役割分担や中央銀行の財務の健全性確保、通貨の信認確保といった様々な観点から検討する必要があります。因みに、FRBはCPを買入れる制度を設けましたが、買入対象は最上位格付けのものに限定しているなど、様々な工夫をしています。

 先程も述べたように、わが国の金融環境は、全体として厳しい方向に急速に変化しており、低金利の効果が実体経済に浸透しなくなるリスクが高まっています。そうした認識に基づき、本年秋口以降、金融機関に対する流動性供与や企業債務の適格担保化を通じてこうしたリスクを低減することを狙い、様々な措置を講じてきました。日本銀行は、これまでも企業が発行するCPを対象とした売戻し条件付きの買入れオペを行っていましたが、このCP現先オペを、頻度・金額を大幅に引き上げて実施するなど積極的に活用し、CP市場の機能改善を後押ししてきました。また、年末・年度末に向けた企業金融の円滑化に資する観点から、適格担保として受け入れる社債と企業向け証書貸付債権の範囲を拡充し、時限的な措置として、BBB格のものも受け入れることとしました。更に、企業金融を支援するための特別なオペの導入を決定し、来年1月初からスタートさせます。このオペでは、金融機関は、日本銀行に差し入れた民間企業債務の担保の範囲内ならば、金額に制限なく、年度末越えの資金を調達することができます。加えて、金利については、市場から調達する金利よりも低い水準に設定することとしました。これにより、資金調達面およびコスト面から、金融機関の融資活動やCP・社債市場での取引をサポートする効果を狙っています。

 こうした措置に加えて、今後、年度末に向けて企業金融が一段と厳しさを増すおそれがあることを踏まえ、時限的に、CPの買い切りを実施するとともに、企業金融に係るその他の金融商品についても中央銀行としてどのような対応がありうるかを検討することを、先週末に決定しました。CPの買い切り措置は、結果的に個別企業の信用リスクを負担することになるものであり、中央銀行のオペレーションの主たる領域は流動性供給であるという考え方に照らせば、中央銀行として異例の対応です。実際、先進国の中央銀行の歴史をみても、企業債務ないし企業の資金調達手段を買い切るという措置は、日本銀行が2000年代前半に行ったABCPとABS、株式の買入れ、あるいは先程申し述べたFRBによるCPの買入れ以外に例をみません。もっとも、流動性供給と信用リスクをとる政策との間に明確な線引きをすることは、危機的な状況の下では難しくなります。中央銀行としては、金融経済情勢を踏まえ、物価の安定と金融システムの安定という中央銀行に課せられた責任の重みを十分に認識し、その役割を適切に果たしていくということの具体的、実践的内容を判断していくことが求められます。中央銀行として企業金融の支援を進める上で、どこまでが必要かつ適当な範囲か、また、中央銀行の財務の健全性と通貨に対する信認を確保するために、政府との関係も含めどのような対応が必要か、といった点について、改めて検討を深めていく方針です。

おわりに

 以上、本日は、国際金融資本市場と世界経済、わが国経済・物価情勢と金融政策運営などについて、来年への展望を交えながらお話してきました。現在は、世界経済が長く経験してこなかったような厳しい状態、敢えて言えば危機の状況にあるため、当面はこの危機の「消火」が最優先の課題であり、我々もそれに全力を挙げています。しかし、それと同時に、過去20年近くの世界経済の展開を振り返ってみますと、バブルの発生と崩壊という現象が頻度を高め、地域的にも拡がりをみせているように思います。その背景を考えると、足許の危機への政策的な対応が行き過ぎ、将来の更に大きな危機につながっているという面があることも、頭の片隅では意識しておく必要があります。今回の経験を通じて、中央銀行の世界では、金融政策運営の基本的な考え方、金融機関に対する規制・監督の面でも様々な課題が浮かび上がってきました。企業経営の面でも、経済・金融のグローバル化が進展する中で、様々な課題を改めて再認識されているのではないかと思います。日本銀行としては、皆様方とも意見交換をさせて頂きながら、日本経済が物価安定の下での持続的成長経路に復することができるよう、中央銀行として努力していく所存です。

 ご清聴ありがとうございました。

以上