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【講演】「国際金融危機の下での外国金融機関」

International Bankers Association(IBA)Information Forumにおける講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2009年1月27日

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原文(英語)は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

1.はじめに

 本日はInternational Bankers Association(IBA)のInformation Forumにおいてお話をする機会を賜り、誠に光栄に存じます。日本銀行総裁が本席で話をさせて頂くのは本日が初めてですが、お話をする時期としては、国際金融資本市場が動揺を続け、民間金融機関も中央銀行も様々なチャレンジに直面している現在は、過去四半世紀の貴協会の歴史の中で最適のタイミングではなかったかと思います。

 IBAは日本国内で活動している外資系の金融グループ、商業銀行、証券会社、駐在員事務所等をメンバーとする業界団体として、四半世紀前に設立され、以来、会員金融機関の間の意見交換や関係公的当局との対話に努めてこられました。貴協会はこうした活動を通じて、日本の経済および金融市場の発展に多大な貢献をされており、講演に先立ち、皆様方のこれまでのご努力に対し、心より敬意を表明したいと思います。

 本日はまず、わが国において外国金融機関の果たしている役割について簡単に述べた後、リーマン・ブラザーズ証券破綻以降の内外の金融資本市場の動きを振り返り、その上で、日本銀行の政策対応と、外国金融機関の活動にとっての教訓、特に流動性管理の重要性についてお話します。そして最後に、金融システムの安定のために、日本銀行が果たしている役割や課題についてお話します。

2.外国金融機関の役割

 最初に、日本における外国金融機関の活動の歴史から話を始めたいと思います。日本において近代的銀行制度が導入されたのは1872年、日本銀行が創設されたのは1882年のことですが、外国金融機関の日本での業務開始はそれよりも早く1863年、すなわち、明治維新の5年前にまで遡ります。昨年は欧米諸国との通商条約締結150周年という記念すべき年に当たりましたが、江戸時代末期、国際貿易の始まったわが国にとって、まず必要とされたのは海外諸国との貿易の決済でした。当時、外国為替による貿易決済の機能を担ったのは、日本に進出した外国金融機関でした。一万円札の肖像画にもなっている福沢諭吉 ── 江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した日本の代表的な啓蒙思想家 ── は、1860年、幕府の正式な外交使節団の一員として、米国に向け太平洋を渡りましたが、彼の自伝を読みますと、大嵐にあった船内で渡航費用が詰まった現金袋が破れてしまい、ドルの現金が船内で散乱しているのを目撃した、というエピソードが紹介されています。しかし、この渡航からわずか4年後の1864年の幕府による欧州への使節派遣のケースになりますと、日本における外国金融機関によって外国為替が取り組まれ、現金を物理的に運ぶことなく、渡航費用を工面することができるようになっています。これは、日本で近代的な銀行制度が整えられていく草創期の小さなエピソードに過ぎませんが、この例が示すように、外国金融機関は日本における近代的な金融サービスのフロンティアでした。その後も、外国金融機関は、新しい金融手法の採用、新規市場の開拓、先進的リスク管理手法の導入など、様々な面で、わが国金融市場において重要な役割を果たしてこられました。因みに、金融市場取引における外国金融機関のシェアをみると、預金・貸出といった分野では1%程度に過ぎませんが、外国為替取引については、2007年4月に行われた直近のサーベイでは67%、デリバティブ市場の取引については68%にものぼるとの結果が示されています。コール市場調達でも外国銀行のシェアは高く、特に2007年夏のサブプライム・ローン問題発生以前は、約40%にも上っています。

 このような外国金融機関のプレゼンスの大きさは、日本銀行の行う取引にも反映されています。現在日本銀行は、海外から日本に進出している金融機関のうち、64の銀行、18の証券会社と当座預金取引を行っています。これら外国金融機関による日本銀行の当座預金を利用した決済は、金額ベースで1営業日当り約17兆円、件数ベースでは約13千件と、それぞれ全体の13%、25%を占めています。さらに、外国金融機関は日本銀行の日々の金融調節オペレーション上も重要な役割を果たしています。例えば、日本銀行の行っている最も代表的な資金供給オペレーションである本店での共通担保資金供給オペの場合、対象先39先のうち、17先が外国金融機関となっています。

 しかし、外国金融機関のウェイトが高まるということは、以前に比べて海外の金融市場や金融機関の動向が進出相手の経済にも影響を与える程度が増大しているということも同時に意味しています。典型的な事例は最近の中東欧諸国の動向です。中東欧諸国では、近年域外の欧州系銀行が金融システム上大きな役割を果たしてきたわけですが、今回の危機の中で、これら外国金融機関の現地企業への与信が急速に縮小し、実体経済活動の悪化をもたらす一因となっています。

 こうした事情は、程度の差こそあれ、わが国にも当てはまります。ここ数年、外国金融機関はわが国の不動産市場における有力な資金供給主体でしたが、2007年の秋頃から外国金融機関の不動産ビジネスは急速に縮小に向かい、わが国不動産市場の取引の低下をもたらしました。また、外国金融機関はこれまで、証券化ビジネス、不良債権等を対象としたプライベート・エクイティの分野やM&A、地方公共団体に対する長期金融の供与など、わが国金融機関の取組みが必ずしも十分でないとみられる分野で、大きなプレゼンスを有していましたが、流動性制約が厳しくなるにつれ、このプレゼンスにも変化がみられています。

3.リーマン・ブラザーズ破綻以降の金融資本市場

世界経済と国際金融市場

 以上、外国金融機関の果たす役割について説明しましたが、次に、国際的な金融機関の活動の舞台、すなわち、グローバル金融資本市場の動向についてお話します。リーマン・ブラザーズの破綻以降、世界経済や金融市場の状況は急速に変化しました。現在、昨年第4四半期のGDPや鉱工業生産、輸出等の数字が発表されつつありますが、崖から落ちるという比喩が正に当てはまるような急激な落ち込みが世界同時に生じました。日本銀行も先週、先行きの経済見通しを公表しましたが、2009年度の成長率に関する政策委員会メンバーの予測の中央値は、昨年10月末時点の0.6%から−2.0%に大幅に下方改定されました。

 昨年秋以降の世界同時、かつ急速な景気の落ち込みの最大の原因は、昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を契機とする国際的な金融危機の高まりであることは言うまでもありません。

 リーマン・ブラザーズの破綻によって最初に生じた現象は、資金市場におけるカウンターパーティ・リスクへの警戒感の高まりとそれに伴う各種市場の機能不全でした。この結果、無担保の資金取引だけでなく、為替スワップといった有担保の取引においてさえ、市場での取引が極端に細り、市場流動性が収縮する事態となりました。このような状況の中で、クレジット市場の機能が低下し、この結果、民間経済主体の資金調達は困難化しました。また、銀行は損失の発生、自己資本の不足に加え、流動性懸念にも直面し、与信行動が慎重化しました。そうした金融システムの機能低下は実体経済に悪影響を与え、今度はそのことが金融機関や投資家の資産内容に悪影響を与えており、現在起きていることは、金融システムと実体経済の間の負の相乗作用と言えます。

 現在、世界経済は難しい課題に直面していますが、その理由は、今回の金融危機に先立つ期間において、世界中でレバレッジが著しく拡大したことに求められます。その結果、現在必要なことは過大なレバレッジの解消、いわゆるデレバレッジングです。これなくして、世界経済の本格的な回復は期待しがたいと言えます。しかし、同時に、デレバレッジングが急激に進み、民間企業や家計部門への信用供与が大きく収縮するようになると、経済活動が落ち込みます。世界経済を持続的な成長軌道に復帰させるためには、このように、過大なレバレッジの解消を促していくと同時に、それがあまりに短期間に急激に進行することは防ぐという、難しいバランスが必要となります。

国内金融市場

 こうした国際金融市場における混乱は、わが国金融市場にも大きな影響を与えることになりました。リーマン・ブラザーズの破綻以前は、わが国の金融機関の証券化商品へのエクスポージャーが相対的に小さいことを反映して、わが国の金融市場は短期金融市場、クレジット市場とも相対的には落ち着いた動きを示していました。むしろ、わが国の金融市場が相対的には安定していたことから、国際的には資金調達市場としての魅力が高まり、リーマン・ブラザーズ破綻以前の1年間は、サムライ債の発行額が前年同期を4割も上回るなど、非居住者による円資金調達が活発化していました。しかし、このような国内金融市場の状況も、リーマン・ブラザーズの破綻により文字通り一変しました。

 第1の変化は、カウンターパーティ・リスクへの懸念の高まりを背景とする外国金融機関の円資金の調達難でした。無担保コール市場では、全体に市場流動性が低下する中で、外国金融機関の調達が困難化し、金利面でも邦銀対比高くなるというレートの二極化現象が生じました。レポ等の有担保の資金市場でも、外国金融機関を相手とする取引を敬遠する動きが広がりました。わが国の金融機関は、バブル崩壊後、海外市場において、信用力に対する厳しい見方を受け、ドル資金調達に当たり、1990年代後半にいわゆるジャパン・プレミアムに直面しましたが、今回はそれと逆の事態が発生しました。

 第2の変化は、市場流動性の低下に伴う価格形成の歪み(dislocation)の発生でした。このことは、国債のイールド・カーブ、物価連動国債や変動利付国債の価格形成、スワップ・レートと国債利回りの格差であるスワップ・スプレッドの変化をみれば、一目瞭然です。リーマン・ブラザーズの破綻以前は、ヘッジファンドを含む海外の投資家が裁定行動を通じて市場流動性を供給する役割を果たしていましたが、破綻以降は、リスクテイク能力の低下から裁定活動が不活発となり、市場流動性は大きく低下しました。

 第3の変化は、CP・社債市場の機能低下です。CP市場では発行が急速に困難化し、発行レートは1998年の金融危機時を上回る水準にまで上昇しました。社債市場でもA格以下の企業の発行は事実上停止状態となりました。昨年夏まで堅調に推移してきたサムライ債の起債についても、新規発行が止まった状況が続きました。

4.日本銀行の政策対応

 こうした事態の急速な変化に対して、日本銀行は、昨年秋以降、様々な措置を迅速に講じてきました。

 日本銀行の採った措置は以下の3つに大別されます。第1は政策金利の引き下げです。誘導目標である翌日物の無担保コールレートを昨年10月と12月に各0.2%ずつ引き下げ、0.1%としました。第2は、金融市場の安定を確保するための様々な施策であり、潤沢な円資金の供給やドル資金供給オペレーション等がこれに当ります。第3は、企業金融の円滑化を実現するための施策です。この面では、企業債務にかかる適格担保の拡大や企業債務を担保とする低利の資金供給オペレーション、いわゆる企業金融支援特別オペレーションが挙げられます。今月末からは、中央銀行としては異例の措置ですが、CP買入れも行ないます。これらの措置はいずれも重要なものですが、以下では、金融市場の安定維持にかかる政策措置と、CPの買入れ措置について、やや詳しく説明します。

金融市場安定のための潤沢な流動性供給

 金融危機において最も重要なことは、言うまでもなく金融システムの安定を維持することです。この点、日本は苦い経験をしています。1997年秋にインターバンク市場において中堅証券会社のデフォルトが発生しましたが、これが直接の原因となって、インターバンク市場の取引は急速に収縮しました。金融市場取引の大前提である信認が一旦崩壊すると、その修復には時間がかかり、その結果、経済に大きなダメージを与えます。今回のリーマン・ブラザーズの破綻以降の世界の金融市場や経済の展開をみると、10年前に日本で起きたことが世界的な規模で起きたと言うことができます。

 危機において金融市場の安定を維持するためには、中央銀行による潤沢な流動性供給が不可欠です。この点では、日本銀行は、様々な手段を講じました。

 第1に、国内の円資金市場の安定を維持するために円資金の積極的な供給に努めました。昨年10月には当座預金に対する付利制度を導入しましたが、これにより、金融政策の必要性に基づいて設定されるコールレート水準に影響を与えることなく、積極的に円資金の供給を行なうことが可能となりました。

 第2に、自国内における米ドル資金の供給オペレーションを開始しました。米国以外の国の中央銀行による米ドル資金の供給は、一昨年末から欧州中央銀行とスイス国民銀行で行われていましたが、リーマン・ブラザーズの破綻後はわが国においても為替スワップ市場の機能が低下したことから、米国を始めとする主要国の中央銀行と緊密な連携を図りつつ、米ドル資金供給オペを開始しました。その際、日本銀行は必要なドル資金はFRBとのスワップにより調達しました。今回の世界的な金融危機においては、ドル以外の通貨の調達についても、中央銀行間のスワップが活用されましたが、日本銀行も韓国の中央銀行との間で、円・ウォンのスワップ取極の引出限度額を本年4月末までの時限措置として従来の30億ドル相当から200億ドル相当へと増額しました。これにより韓国の中央銀行は、万が一にも自国の金融機関が緊急に円資金を必要とする状況に陥った場合に、直ちに円資金を供給して対応する体制が一層強化されました。

企業金融の円滑化措置

 以上述べた流動性の供給は中央銀行にとって、金融危機に対するオーソドックスな対応です。これに対し、CPの買入れは、企業が懸念している流動性枯渇という恐怖感を軽減することを通じて、企業金融を円滑化し、経済活動の収縮を抑える効果を有しています。実際、昨年12月の本措置の発表以降、CPの発行環境は若干改善しています。しかし、CPの買入れは個別企業の信用リスクを中央銀行が直接負担するという点で、異例の措置です。全体の流動性の供給は中央銀行が行い、個別の資源配分、信用配分は民間金融機関、金融市場が行うというのが自由市場経済の前提です。それだけに、どのような場合に中央銀行がそうした異例の措置を実施するのかといった基本原則を明確にすることが不可欠です。第1の原則は、市場機能が著しく低下し、これが企業金融全体の逼迫につながっていると判断される状況にあることです。第2の原則は、買入れの実施が物価の安定、金融システムの安定という日本銀行の使命に照らし必要と認められることです。

 このような原則を踏まえた上で、中央銀行による買入れが必要と判断される場合でも、その実行に当たっては、十分注意深い制度設計が求められます。中央銀行が個別金融市場や個別企業の信用配分に強く介入するようになると、現在はそれなりに正常に機能している市場が、中央銀行の買入れ自体によって、その機能を低下させるという逆説的な結果をもたらしかねません。その意味で、金額が大きいほど、効果があるという訳ではありません。また、損失が発生すると、中央銀行の政策運営、ひいては通貨への国民の信認を阻害することにもなりかねません。そうした点を考慮し、今回、3つの留意事項を定めました。1つめは、個別企業への恣意的な信用配分の回避という、中立性の視点です。2つめは必要な期間、適切な規模での実施です。これは買入れが市場機能回復までのつなぎの措置であることを担保するものです。3つめは、日本銀行の財務の健全性の確保です。買入れによる損失は、納税者の負担となる以上、特定企業の信用リスクを集中的に負担しないことが重要です。

 今回のCPの買入れスキームについて具体的に説明すると、次のようになります。まず第1の信用配分への中立性という観点から、日本銀行は、取引先金融機関などを通じ、公正で透明な入札方式でCPを買い入れることとしました。また、第2の観点から、本年3月までの時限的な実施とするとともに、やや高めの下限利回りを設定した入札方式をとることとしました。この下限利回りは、市場機能が著しく低下している状況では市場金利に比べ有利な一方、平常時に比べれば不利となるよう設定しています。これにより、市場機能が回復してくれば、入札が自然に減少していく仕組みとしたわけです。さらに第3の財務の健全性確保の観点からは、日銀が担保適格としているCPのうちa-1相当格のものを、個別企業ごとに上限を設けて買い入れることとしました。なお、買入れ総額は、社債償還を含めた年度末にかけての企業の資金調達ニーズに対する受け皿となりうることも踏まえ、総額3兆円を上限として、差し当り本年3月末まで時限的に実施することとしました。CPの実際の買入れは月内に開始されますが、残存1年以内の社債の買入れについても現在、検討を行なっています。

5.金融機関の国際的活動への教訓:流動性管理の重要性

 次に、話題を転じて、今回の国際金融危機が金融機関のビジネス、特に海外拠点での活動を含め国際的活動に与えた影響を踏まえ、どのような教訓を引き出すべきかについて、考えてみたいと思います。以下では、その中でも特に重要と考えられる流動性管理の重要性という点に絞ってお話をします。

流動性管理の重要性の再認識

 第1の教訓は、「流動性はいつもそこにある」というものではないことを忘れずに認識し続ける必要があるということです。振り返ってみますと、今回の世界的な金融危機に先立つ数年間は、流動性の過剰(abundant liquidity)という言葉で特色付けられるような状況が続きました。ここで「流動性の過剰」とは、必ずしもキャッシュの水準だけでなく、いつでも資金を調達できるという安心感や、金融資産をいつでも市場価格で売却できるという市場流動性に対する安心感を含むものです。しかし、今回の金融危機が示すように、流動性は突然枯渇するということが起こり得ます。そして、一旦流動性不安が台頭すると、市場参加者は資金流動性の調達に走るために投売り(forced selling)が発生し、市場の価格は当該資産の生み出すキャッシュフローの価値から離れてしまいます。このことは、収益や自己資本が流動性の程度によっても影響を受けることを示しています。各金融機関は自らのビジネス・モデルの設計に当たり、そうした流動性枯渇の可能性も意識する必要があります。

海外拠点での流動性管理

 第2の教訓は、そうした一般的な教訓を離れ、母国以外の拠点で活動する外国金融機関の流動性管理の体制を構築することの重要性です。先程も述べたように、流動性はいつでも必ず調達できる訳ではありません。このため、調達源として相対的に安定性の高い一般顧客からの預金(retail deposit)の重要性が、改めて認識されます。この点、外国で活動する金融機関にとっては、進出国で一般顧客からの預金を獲得することは容易ではありません。日本における外国金融機関の資金調達構造をみますと、為替スワップ、レポ、母国の本店からの回金等から成っていますが、いずれにせよ、母国通貨以外については、最終的に市場の調達環境に大きく依存しています。このように考えますと、自国通貨を他国通貨に変換する為替スワップ市場が正常に機能していることが極めて重要となります。リーマン・ブラザーズの破綻後の国際金融市場における顕著な変化は、無担保の資金市場だけでなく為替スワップ市場の機能も低下し、個別金融機関の信用力にかかわらず、外貨調達が困難化したということでした。

 円滑な資金繰りは自己の保有する現預金や借入れ能力だけでは達成できません。保有する金融資産の市場流動性の状況にも依存します。しかし、極端なストレス時にも対応できる流動性水準を確保しようとすると、リスクフリーで短期の金融資産を多く保有しなければならなくなるため、そもそも信用仲介という金融機関の本来的使命を達成できなくなります。その意味では、金融機関自身の流動性管理、市場流動性を維持するための市場レベルの努力、中央銀行による最後の貸し手機能の適切な発揮の3つは不可欠の要素です。このうち、金融機関自身の流動性管理について言うと、バーゼル銀行監督委員会は昨年9月、流動性管理に関するガイダンス・ペーパーを公表し、その中で、外国通貨を含めて、活動するそれぞれの市場の特性に応じた適切な流動性管理を行うことなど、流動性管理強化のためのサウンド・プラクティスを提示しています。

市場インフラ整備の重要性

 第3の教訓は、先程申し上げた市場流動性維持の観点からの市場・決済インフラ整備の重要性です。リーマン・ブラザーズの突然の破綻により、わが国の金融市場でも少なからず混乱が生じました。特に、国債のレポ市場では、フェイルが増加し、国債市場の流動性低下の一因ともなりました。しかし、日本国債清算機関(JGBCC)など証券市場における清算機関の創設を始め、近年、市場関係者や中央銀行が取り組んできた市場・決済インフラ整備の努力がなければ、決済不履行が市場全体に連鎖し市場の混乱はもっと大きなものとなっていたと想像されます。そのことを最も端的に示す例が、CLSと呼ばれる外国為替決済の仕組みです。CLSでは、各国の資金決済システムをリンクし、外国為替取引に伴う通貨の決済を同時に行う仕組みとしているため、外国為替決済リスクが削減されています。

 平時においてはなかなか理解を得にくい面がありますが、リーマン・ブラザーズの破綻以降の経験はカウンターパーティ・リスクを適切に管理する仕組みの重要性を物語っています。今回のような事態を受けて、改めてその重要性が認識されています。現在、わが国でもOTCデリバティブ取引のカウンターパーティ・リスク削減のため、デリバティブ取引のポストトレード処理の整備に関する研究が開始されています。日本銀行としては民間の金融市場参加者がこうした課題に真剣に取り組むことを期待すると同時に、今後とも市場・決済インフラの強化や市場慣行の見直しに向けた市場参加者の取組みを積極的に支援していきたいと考えています。

6.金融システム安定に向けた日本銀行の役割

 以上、民間金融機関にとっての教訓を述べましたが、今回の金融危機は、中央銀行の金融政策運営や金融機関の規制・監督のあり方についても様々な教訓や課題を投げかけています。以下では、マクロ経済や金融システム安定に向けた日本銀行の役割や課題に関連して、3点申し述べます。

マクロ・プルーデンスの視点

 第1点は、金融政策であれ、金融機関の規制・監督であれ、政策運営に当たっては、マクロ・プルーデンスという視点を有することが重要であるということです。金融システムの安定を確保するためには、金融機関自身が適切なリスク管理を行うことがまず大前提となりますが、金融システム全体に内在するリスクは、個別金融機関のリスクを足し上げたものではありません。この点を、国際的な金融危機の出発点となったRMBS、すなわち、住宅ローンを裏付資産とする証券化商品を例にとってみると、個々の投資家にとっては、証券化技術によってリスク分散が図られているようにみえます。しかし、地域を超えて全国的な住宅価格の下落が生じると、リスク分散効果は働きません。また、証券化商品市場の流動性も、住宅価格が上昇を続ける中で多数の投資家が参入することによって支えられていた面も無視できません。言い換えますと、必要な資本額を認識する際には、流動性についても考慮する必要があります。こうした点を踏まえると、個別金融機関や個別商品が抱えるリスクだけでなく、金融システム全体としていかなるリスクが内在しているのかというマクロの視点で金融システムをみていく、いわゆるマクロ・プルーデンスの視点が極めて重要となります。以上のような認識に立ち、日本銀行としては、近年、マクロ・プルーデンスという視点からの調査分析とそれに基づく情報発信に努力をしており、その成果の一部は「金融システムレポート」で公表しています。今後とも、こうした面での機能を強化し、発揮していきたいと考えています。

考査・モニタリング

 第2点は、只今申し上げたマクロの視点を持つと同時に、個々の金融機関の状況を的確に把握することの重要性です。経済の成長は最終的には労働と資本設備を最適な形で組み合せ、技術革新の成果を活用することによって実現します。信用仲介機能はこれを金融面から支えるものです。このように考えると、地味ではありますが、資金がどのような使途に用いられているか、金融機関は資金繰りを適切に管理しているかが重要な検証ポイントになります。日本銀行は金融機関に対し実地考査を行なうとともに、オフサイト・モニタリングを行なっていますが、最後の貸し手機能を有する中央銀行である日本銀行にとって、今回の金融危機は、この両面での中央銀行の活動の重要性を如実に示しています。この点、日本銀行によるきめ細かな流動性モニタリングは、日本の金融市場が相対的な安定性を維持する上で、効果的であったと考えています。

 外国金融機関の場合、日本銀行の考査、オフサイト・モニタリングの対象は、直接的には皆様方の在日拠点ということになります。もっとも、潜在的なリスク要因を見出し、その影響度を適切に評価するためには、日本銀行としては、金融グループ全体の経営方針・リスク管理戦略や、グループ内での日本拠点の位置付け、ガバナンス体制等について理解を深めておくことが必要です。以上を踏まえ、本日ご列席の皆様には、これまで以上に日本銀行の考査やモニタリングの重要性についてのご理解とご協力をお願いしたいと存じます。

国際的な連携

 第3は、国際的な連携の重要性です。主要国の中央銀行間の意見交換・情報交換は、総裁レベルのみならず、市場オペレーション、金融監督、決済システム等の様々な分野において、スタッフのレベルでも従来から緊密に行われてきましたが、今回の金融危機においては、一段と密接な連携が図られています。連携は、米欧主要国のみならず、アジア諸国との間でも緊密に行なわれています。金融市場はグローバル化という言葉で表現されるように、平準化、継ぎ目のない市場という方向に向かっていることは事実です。しかし、それと同時に、継ぎ目だらけの凸凹した要素を沢山残していることももうひとつの事実です。それだけに、中央銀行間の情報交換や銀行業務面での協調的な行動は重要になっていくと思っています。

 日本銀行としては、今後とも皆様方とのコミュニケーションを密にし、適切な政策対応を行っていくとともに、金融システムの安定化に向けた市場関係者の取組みを積極的に支援していきたいと考えています。どうぞご協力の程、お願い申し上げます。ご清聴ありがとうございました。

以上