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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

栃木県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 西村 清彦
2009年1月29日

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の西村でございます。日本銀行では、政策委員会のメンバーである総裁、副総裁、審議委員が、各地で、日本経済の動向や金融政策運営に関する日本銀行の考え方をお話しするとともに、地元経済界の方々と意見交換させて頂く機会を定期的に持っています。栃木県を代表する企業経営者の皆様とお話をさせて頂くのは、私にとって今回が初めてであり、大変光栄に思っております。

 また、本店の調査統計局や金融機構局のスタッフは、様々な機会に皆様方を訪問し、色々な話をお聞かせ頂いていると思います。こうしたヒアリングで得た情報は、わが国の金融経済情勢の的確な把握や、金融政策運営に当たって大変有益であり、大いに活用させて頂いています。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

 さて、本日は、皆様と意見交換をさせて頂くのに先立ち、私から、わが国の金融経済情勢に対する日本銀行の見方と金融政策運営の考え方をご説明したいと思います。

 日本銀行は、年2回、4月と10月に、日本経済の先行き見通しと金融政策運営の考え方を説明した「展望レポート」を公表しています。そして、それぞれの3か月後にあたる7月と1月に、「展望レポート」で示した見通しについて中間時点での点検を行います。先週行われた金融政策決定会合で、この中間評価を行い、その結果、成長率、消費者物価の見通しとも、大幅に下方修正いたしました。そこで、この中間評価を踏まえ、わが国の景気悪化の大きな要因である、米欧の金融危機と海外経済の減速についてお話ししたあと、わが国の金融環境の変化、日本経済の現状と展望、日本銀行の政策対応の順番でお話しさせて頂きます。

米欧の金融危機と海外経済の減速

 米国のサブプライム・ローン問題に端を発した国際金融資本市場の動揺は、昨年9月の米国リーマン・ブラザーズの経営破綻を契機に、緊張の度を高め、米国だけでなく欧州でも金融機関の破綻や経営不安が発生する金融危機にまで発展しました。そして現在は、その影響が中東欧やラテン・アメリカ等の新興国にまで波及しています。この結果、これまで堅調な成長を続けてきた新興国でも、米欧の景気悪化に伴って輸出が減少しているほか、金融危機の影響が内需にも波及する形で景気減速が明確化しており、世界的に景気が悪化しています。更に、こうした金融危機の拡がりや景気悪化のスピードは極めて早いことも、今回の局面における大きな特徴です。このような急激な変化はこれまで経験したことがないだけに、先行きへの不透明感が一層高まり、それが一段の景気悪化をもたらしています。

 このように世界で景気悪化が、同時に、かつ急激に生じた最大の要因としては、金融取引や経済活動の急速なグローバル化の進展が挙げられます。高度情報通信技術の広範な普及・大衆化は、取引のスピードを速め、地域間の情報格差を縮小し、取引の網の目を世界に拡げ、こうしたグローバル化を支えてきました。しかし、逆説的ですが、こうした高度情報通信技術に支えられた金融取引や経済活動が、一旦逆方向への動きが始まると、急激な逆回転をもたらすことになった側面は否定できません。

 まず、金融面では、現在、世界の金融機関は、高度情報通信技術を駆使して、国境を跨いだ多額の金融取引を行い、様々な金融資産への投資を行っています。米国のサブプライム・ローン問題によって、欧州の金融機関にまでバランスシート制約が強まったり破綻が発生したのは、欧州の金融機関が、米国の金融機関と同様、米国のサブプライム・ローン等を原資とする証券化商品に大量に投資していたことや、流動性補完を行っていたことが直接の原因です。その後、米欧の景気悪化が次第に進み、不良債権が増加する中で、リーマン・ブラザーズの破綻を契機に、相互に複雑な取引の網の目を張っていた米欧等の金融機関の健全性に対する信頼が一気に低下し、経営不安や破綻が相次いで発生することになりました。更に、これらの金融機関は、中東欧やラテン・アメリカ等の新興国で、資金供給の重要なパイプの機能を果たしていました。このため、米欧での金融危機を受けて、これらの金融機関は、新興国へのエクスポージャーを一気に削減し、新興国にも米欧の金融危機の影響が急速に波及することになりました。

 次に、経済面では、グローバル化の進展によって、新興国は先進国向けの供給基地だけでなく、先進国からみても巨大な市場としての役割を高めてきました。このため、新興国では、米欧の景気悪化に伴う輸出の減少に加え、米欧の金融危機の影響が急速に波及する中、金融面からの下押し圧力が強まり、内需の減速が一段と明確化しています。高度情報通信技術の普及・大衆化で、こうした動きは従来では想像も出来なかったスピードで進展しました。ある企業の方が、「つい最近まで需要に供給が追いつかなかった市場で、突然需要が蒸発した」と述べておられたことを思い出します。こうした新興国での景気減速の明確化によって、米欧でも新興国向けの輸出が減少し、米欧の景気にも一段と下押し圧力がかかっています。そしてこれが、更なる新興国の輸出の減少を招き、新興国の内需を下押ししています。このように、世界的に、輸出の減少を起点とし、生産・所得・支出が螺旋階段のように減少していく過程と、金融と実体経済が螺旋階段のようにマイナスの効果を相互に及ぼしていく過程の、2つの負の相乗作用が同時に働いており、世界経済は急速に悪化しています。

 世界の金融経済情勢が急速に悪化する中で、各国政府や中央銀行は、様々な対応策を実施しています。景気悪化への対応としては、多くの国で大幅な金融緩和や拡張的な財政政策が行われています。また、金融危機への対応としては、各国の中央銀行は、自国通貨の流動性だけでなく、協調してドル資金を供給しています。各国政府も、経営不振に陥った金融機関の公的管理や公的資金の注入、預金保険の拡充や金融機関の債務保証を実施しています。

 このように、政府、中央銀行は矢継ぎ早の対応を行っていますが、米欧の金融危機の帰趨と世界経済の先行きについては、依然として不確実性が高いと言わざるを得ません。金融と実体経済が、相互にマイナスの影響を与えて悪化が進む負の相乗作用の下では、金融機関の損失額や資本不足額は時間が経つにつれて増加する傾向にあり、現在とられている対応が十分かどうか確実ではありません。金融システムが安定するには、結局金融機関の損失額についてかなり確信がもてる状況になり、それに対応して自己資本が十分であると認められるようになることが必要になります。まだそれがはっきりしていない現在は、金融危機の帰趨については、なお不確実性が高い状態であります。

 世界経済の回復については、主要な地域で資産価格の調整が進み、総需要回復への展望が拓け、更に、金融システムの安定化が進み、金融面から実体経済への下押し圧力が低下していくことが転換点になるものと思います。その展望が拓けてくるのは、今年後半以降になるとみていますが、金融危機の帰趨に不確実性が高いため、世界経済の回復時期も、同様に不確実性が高いと考えています。

わが国の金融環境

 日本経済は、これまで、設備や雇用面での過剰が小さく、金融システム面も相対的に安定していました。そのため、需要・供給いずれの場合にもショックが局所的、局地的にとどまる限りショックに対する頑健性が高いと考えられてきました。しかし、既に述べたように、昨年秋以降は世界経済に対するショックが重なって「津波」とも言える状況になり、わが国の景気を大幅に悪化させることになりました。過去数年にわたって、わが国は自動車や資本財を中心とする世界的な需要増加を背景とした成長メカニズムを構築してきましたが、海外経済の急速な悪化によってこれらの財の輸出が大きく減少すると、それが生産、所得、支出の大幅な減少をもたらすことになったのです。ただ、それに加え、現在わが国の金融環境が厳しさを増していることの影響もあります。

 まず、企業の資金調達コストをみましょう。政策金利の引き下げなどから借入金利は幾分低下したものの、世界的に投資家のリスク回避姿勢が根強く、それが日本の投資家にも反映される中で、CP・社債の信用スプレッドは拡大した状態が続いています。このため、全体としては企業の資金調達コストは横ばい圏内で推移しています。次は、資金調達の量の面です。CP・社債の発行残高は、発行環境の悪化から、足もとは前年に比べ大きく減少していますし、企業サイドでは、先行きへの不透明感の高まりから手元資金を潤沢に保有する動きが強まり、銀行貸出への需要は急増しています。金融機関側では、こうした資金需要に対して、信用力やこれまでの取引関係等を勘案しつつ貸出に応じてきています。また、業況悪化に伴う資金需要が強まっている中小・零細企業向けについても、政府の緊急保証制度等を積極活用して対応する先が多い状況です。このため、昨年末にかけて、銀行貸出の伸びが全体として高まっており、11月、12月と、銀行貸出の伸び率は統計公表開始以降のピークを更新しています。

 しかし、株価の低迷が続き、わが国の景気が急速に悪化する中で、金融機関は、先行きの信用コストの増大懸念や自己資本制約を意識せざるを得ない状況になってきています。このため、企業側からみた銀行の貸出姿勢は、一層厳しさを増しているのが実情です。また、企業間信用の面でも、中小・零細企業では、決済条件のタイト化の動きなどが拡がっています。

 こうした金融環境や企業収益の悪化を受け、大企業や中小・零細企業では、資金繰りが厳しいとする先が増加しているほか、先行きの設備投資計画を下方修正するという動きがみられています。このように、わが国でも、金融と実体経済の負の相乗作用がみられ始めています。

 今後、わが国の金融環境がどう変化し、金融と実体経済の負の相乗作用が強まるのかを判断する上では、米欧の金融危機の帰趨や世界経済の動向に加え、わが国金融機関の自己資本の動向が重要なポイントです。

 わが国では、企業の資金調達において、銀行借り入れが圧倒的に大きなウエイトを占めています。また、企業がCPや社債を発行する場合には、大半を金融機関が引き受けており、直接金融においても銀行は大きな役割を果たしています。このため、銀行がどの程度リスクをとることができるか、が重要となります。言い方を変えると、リスクを引き受けるキャパシティの源泉となるもの、それが自己資本の水準ですが、その自己資本が十分なのかどうかが、企業金融の動向に大きな影響を及ぼすわけです。

 この点を概念的に整理すると次のようになります。銀行の経営が悪化し損失が拡大する状態になっても、それが自己資本で十分に処理できる範囲にとどまっている限り、社会における銀行の枢要な役割である金融仲介機能が直ちに損なわれることはありません。つまり銀行の金融仲介機能において、自己資本がバッファー、緩衝材として機能していると言えます。しかし、損失の自己資本に対する比率がある臨界点を超えると一気に金融仲介機能に著しい支障を来たす可能性があります。こうした関係は、自己資本の規模と金融仲介機能の非線形性の問題と呼ばれています。これはバブル崩壊後のわが国でも、つとに観察されたことでもあります。バブル崩壊当初は、不良資産の増加が大きな問題として認識される一方で、金融仲介機能自体はあまり問題視されませんでした。しかし、1990年代後半になると、銀行の自己資本不足が制約となり貸出を伸ばすことができないという、まさにクレジット・クランチの様相を呈したのです。

 現在のわが国の金融システムをみますと、金融機関の自己資本、すなわち経営体力の観点からみて、全体としてみるならば安定した状態にあります。この点で、多額の公的資金の広範な投入を余儀なくされた米欧の状況とは一線を画しています。更に、かつてのクレジット・クランチのような、金融仲介機能が大きく損なわれた状況とは、かなり様相が異なっています。しかし、国際金融資本市場で緊張が続き、それが株価の下落や信用コストの高まり等を通じて、個々に濃淡の差はあるものの、日本の金融機関経営や金融仲介機能に、次第に影響を及ぼしてきている状況にあります。従って、金融機関の自己資本基盤の充実が改めて重要になってきています。金融機能強化法という制度的枠組みが整備されたのも、こうした背景があるからです。私どもとしては、今後の銀行の自己資本の状況と金融仲介機能の動向について注視していきたいと思います。

日本経済の展望

 話を先に進め、日本経済の展望についてお話をします。先ほど申し上げたように、日本経済は、海外経済の減速による輸出の大幅な減少とその内需への波及、金融環境の悪化などを背景に、大幅に悪化しており、当面、こうした状況が続く可能性が高いとみています。

 先行きについては、非常に不確実性が高い状況が続いていますが、中心的な見通しとしては、国際金融資本市場が落ち着きを取り戻し、海外経済が減速局面を脱するにつれて、日本経済も持ち直していく姿が想定されます。ただ、その時期は、2009年度後半以降になる可能性が高いとみています。先週の金融政策決定会合における中間評価を基にすると、実質GDPの年度ごとの成長率では、2008年度は−1.8%、2009年度も−2.0%と2年連続でマイナス成長になり、潜在成長率並みの成長まで回復するのは、2010年度になる見通しです。

 こうした日本経済の先行き見通しは、海外経済の回復やその前提となる国際金融資本市場の安定、企業の中長期的な成長期待、更に、わが国の金融環境などに大きく依存しています。世界的な金融情勢や海外経済の動向、企業の中長期的な成長期待、あるいはわが国の金融環境の動向次第では、一層下振れるリスクもあります。

 次に、物価動向についてお話しします。消費者物価の前年比は、2003年頃から前年比ゼロ%近傍で推移していましたが、国際商品市況高騰の影響から、一昨年末以降、石油製品や食料品を中心にかなりの急テンポで上昇し、昨年夏には前年比+2.4%に達しました。その後、国際商品市況の急激な反落から、昨年11月には+1.0%まで急速に低下しています。先行きについては、石油製品価格の下落や食料品価格の落ち着きに加え、国内の需給環境の悪化を背景に、急速な低下が続き、前年比マイナスとなっていくと予想されます。その結果、2009年度には、−1%程度まで低下すると予想しています。その後は、景気が持続的成長経路に復していくことから、2010年度にかけて徐々に下落幅を縮小させていくとみています。

 このように、2010年度にかけて消費者物価上昇率はマイナスになるとみられますが、先行きに関する1つの重要な論点は、こうした物価の下落がデフレ・スパイラル、すなわち、価格の低下が更なる価格の低下を呼んで下落が加速するとともに、実体経済にも悪影響を及ぼす状況を招くおそれはないかということです。家計が広範な物価の下落を予想する場合には、買い控えが生じ、需要の減退に拍車を掛けることになってしまいます。企業が競争相手の広範な価格切り下げを予想する場合には、対抗上自分も価格を切り下げざるを得ず、企業の収益性を更に悪化させる可能性が出てきます。ただし、デフレ・スパイラルに陥るかどうかを考える上での最も重要な判断材料は、めまぐるしく動く商品市況に影響される短期の物価変化の予想ではありません。企業や家計の中長期的な予想インフレ率の動向が重要です。この点、中長期的な予想インフレの動きをみると、昨年の消費者物価の上昇過程でもほとんど変化せず、また、消費者物価の伸び率が急速に低下している現在においても安定しています。もっとも、実際の物価上昇率が長期間マイナスを続けるような状況では、それにつれて中長期的なインフレ予想も次第に下振れていくリスクがあります。引き続き、中長期的なインフレ予想の動きについて、注意深くみていく必要があると考えています。

当面の金融政策運営

 続いて、日本銀行の金融政策運営についてお話ししたいと思います。

 先ほど申し上げたように、日本経済は、大幅に悪化しています。景気の現状と先行き見通しの下振れを受けて、日本銀行は、昨年10月末に政策金利を0.5%から0.3%に引き下げるとともに、昨年12月にも0.1%に一段と引き下げました。こうした金利引下げの効果が十分に発揮されるためには、金融市場が安定的かつ円滑に機能することが不可欠の前提になります。こうした観点から、日本銀行は様々な対応を実施しています。第1は、流動性供給を通じた短期金融市場の安定確保です。円資金の積極的な供給はもとより、ドル資金についても国際協調の枠組みの下で、担保の範囲内であれば金額の上限を定めずに供給を行っています。更に、昨年12月には、長期国債の買入額をこれまでの年14.4兆円ペースから、年16.8兆円ペースまで増額しました。現在、資金供給においては、短期の資金供給オペレーションを頻繁に実行していますが、円滑な資金供給を行っていくには、こうした短期の資金供給オペを繰り返し行うよりも、長めの資金供給を行っていくことが有効です。こうした観点から、長めの資金供給となる長期国債の買入を増額することを決定しました。

 第2は、企業金融の円滑化に向けた対応です。日本銀行は、金融環境が厳しさを増し始めた昨年秋以降、状況の悪化を受けて、企業金融の円滑化に資する観点から、様々な措置を講じてきました。

 日本銀行は、これまでも企業が発行するCPを対象とした売戻し条件付きの買入オペ、つまりCP買現先オペを行っていましたが、昨年10月に、このCP買現先オペを、頻度・金額を大幅に引き上げて実施するなど積極的に活用することを表明し、CP市場の機能改善を後押ししてきました。また、昨年12月初には、年末・年度末に向けた企業金融の円滑化に資する観点から、日本銀行が金融機関に資金供給を行う際に受け入れる社債と企業向け証書貸付債権の範囲を拡大し、時限的な措置として、BBB格相当のものも受け入れることとしました。更に、企業金融を支援するための特別なオペの導入を決定し、今年1月初からスタートさせました。このオペでは、金融機関は、日本銀行に差し入れた民間企業債務の担保の範囲内ならば、金額に制限なく、年度末越えの資金を調達することができます。加えて金利については、市場から調達する金利よりも低い水準に設定することとしました。これにより、資金調達の量の面およびコスト面から、金融機関の融資活動やCP・社債市場での取引をサポートする効果を狙っています。

 更に、昨年12月半ばには、企業金融を巡る環境が一段と悪化し、年度末に向けて企業金融が更に厳しくなるリスクがあることを踏まえ、金融機関が保有しているCPを買い入れることを決定するとともに、追加措置を検討することとしました。しかしながら、こうした措置は、個別企業の信用リスクを中央銀行が引き受ける異例なものです。中央銀行として、企業金融の円滑化のために最大限の効果を発揮する措置をとることが必要なことは言うまでもありませんが、同時に、もし損失が発生するような事態が起こりうるとすれば、中央銀行の財務の健全性、通貨や金融政策への信認が損なわれないような手当てを予め考えておくことも必要です。このため、現時点での企業金融を取り巻く環境を精査した上、どの範囲でどの程度の期間、こうした異例の措置を行うことが必要かつ適切かを慎重に検討しました。その結果、先週の金融政策決定会合では、差し当たり本年3月末まで、CPとABCPを、総額3兆円を上限として買い入れることを決定しました。日本銀行が金融機関からCPを買い取れば、その分、金融機関の懐に余裕ができるため、金融機関のCP引受の増加を通じて現在機能が低下しているCP市場が改善することや、金融機関の中小企業などへの貸出が増加することが期待できます。また、ABCPの買入についても、その裏付資産としては、売掛債権、手形債権、貸付債権などが多く、中小企業金融を含めた企業金融円滑化に資すると考えられます。更に、日本銀行が金融機関に資金供給を行う際、J−REITの投資法人債などを担保として受け入れることを決定しました。この措置によって、これらの商品の市場流動性が高まり、不動産証券化市場の市場機能の回復、維持に効果が現れていくとみています。

 これらに加え、社債の買入について、実務的な検討を行うこととしました。社債は、CPよりも長期の負債であり、中央銀行が買い入れる場合は、CPよりも長期にわたって個別企業の信用リスクを引き受けることになります。この場合、個別企業への長期の資源配分に影響を与えるのを避け、かつ買い手としての中央銀行への依存が長期化することを避けるには、購入する社債も残存期間が短期のものに限定し、かつ発行体から直接買い入れるのではなく、中央銀行の取引先である金融機関等を通じた買入とすることが適当です。このため、買入対象を金融機関が保有している残存期間1年以内のものとすることにしました。今後この措置についても、検討を終え次第、できるだけ早いタイミングで対応を決定したいと考えています。

 これまで述べてきたように、日本銀行では、年末・年度末に向けた資金需要の高まりに対しては、積極的な資金供給を行い金融市場の安定化を図ってきました。また企業金融のタイト化に対しては、新しいオペの導入なども含め様々な措置を実施することで、企業の資金調達を円滑化させるとともに、これを通じて、実際の資金調達金利である長めの金利にも働きかけてきました。今後とも、金融経済情勢を的確に捉え、最も効果的と考えられる金融政策運営面での対応をとっていくことで、中央銀行として最大限の貢献をしていきたいと考えています。

おわりに−日本経済の新たな発展に向けて

 本日の私の説明もそうだったかもしれませんし、また、新聞やテレビの報道をみても、足もとの経済や金融情勢の厳しさのみを伝えるものが多い、という感じを皆様はお持ちではないでしょうか。国際金融資本市場の変化、海外経済の変調が一度に「津波」のように押し寄せた現在のような局面では、どうしても目の前の動きに引きずられた発想や予想に傾きがちで、大局的な観点を失ってしまう嫌いがあります。そこで最後に私なりに、現状を大掴みに俯瞰してみたいと思います。

 今日の挨拶の冒頭にも述べましたが、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、世界で情報通信技術が急速に発展し、それに依拠する形で市場経済も急拡大するなど、グローバル化が進展しました。その結果、新しく市場経済に組み込まれた膨大な地域での財の供給が増加するとともに、他方で、これらの地域の経済発展によって、財への需要と、金融資産への需要の増加が生じることになりました。これに伴い、財市場、資産市場共にビジネス・チャンスが生まれ、世界の成長が加速しました。しかし、こうした時期には様々な行き過ぎと不均衡が蓄積するものです。そして、行き過ぎと不均衡に依存した急速な成長のプロセスが今度は急激に逆回転したのが現在の状況ということになります。

 振り返ってみると、世界経済がグローバリゼーションから成長率を高めていく過程を辿っていた時、日本は80年代のバブル経済の後遺症から十分に回復していませんでした。このため、一部の輸出業種以外はグローバリゼーションによる高成長メカニズムに乗り遅れた状況でした。と言うことは逆に、日本に内在する行き過ぎや不均衡は、特にグローバリゼーションからの果実を多く受け取った国々に比べれば相対的に小さく、必要な調整も緩やかであるということになります。従って、今一度わが国の産業・金融のどこに相対的な優位性があるのかに目を凝らし、それを伸ばす方策を進めれば、やがて世界経済が回復軌道に乗るときに、今度は日本経済がその真価を発揮できる可能性が高いということです。

 そこには、2つの視点があると思います。第1は、従来から日本が強かった部分を守り、伸ばしていくことです。日本の強みは、広い意味のものづくり、特に、自動車に代表される「摺り合わせ」による作り込みであり、「現場」で価値を高めるところにあります。「現場」で品質の向上を図りながら、同時に生産性を上げてコストを下げるのです。生産性を上げるための協力をせず、単にコストを下げようとする企業は、重荷を納入業者に押しつけているだけであり、それは「現場」で価値を高めるものづくりの伝統とは相容れません。「現場」で価値を高めるのが重要なのは、製造業だけではありません。小売の「現場」でも、高齢化した消費者に使いやすい品物、というちょっとした視点の持ち方で、売れ筋が変わったというお話をお聞きしたことがあります。小さな創意工夫の積み重ねという価値の創造の基本に、社会全体でもう一度立ち返る必要を今痛切に感じざるを得ません。こうした地道な努力が、世界経済が回復過程に戻ったときに、大きく報われることになると思います。

 第2は、日本が現在直面している問題を直視することです。問題は山積していますが、実は日本が世界の先頭走者として直面している問題が多いことも指摘できます。従って、ここでの解決が、逆に今後の世界経済での日本産業の地位を高める技術革新をもたらすものになります。例えば、高齢者の身体機能の衰えを補い、安全性を高めることで高齢者が溌剌と運転できるようなクルマといった、高齢化を逆手にとった新しい製品イノベーションが必要なはずです。温暖化対策、水、大気といった地球環境問題も日本の直面する問題であり、その解決に貢献する技術革新が、日本企業の競争力の源泉となるはずです。

 当地はものづくりの伝統という強みをもち、それを様々な分野に拡げていく動きがあります。また当地には、医療機器や光学関連などの先端技術の分野で、全国トップシェアを誇る企業が数多くあり、こうした分野を産学官の連携などにより更に育成・強化していこうという動きがあると聞いています。こうした動きが実を結び、日本経済の回復と今後の新たな発展に結びつくことを期待しています。

 日本銀行としては、適切な金融政策運営を通じて、こうした動きをしっかりとサポートしていく方針です。

 本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上