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【挨拶】「内外の金融経済情勢と政策対応——重要な金融と雇用のセーフティー・ネット——」

岐阜県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 水野温氏
2009年2月5日

目次

  1. 1.わが国経済の見通し
  2. 2.海外経済動向
  3. 3.金融危機に対する中央銀行と政府の政策対応
  4. 4.金融政策運営の考え方
  5. 5.不可欠な金融と雇用のセーフティー・ネット
  6. 6.結びにかえて

 日本銀行の水野です。本日は、岐阜県の経済・金融界を代表する皆様方にご出席賜りお話する機会を頂き、大変うれしく、かつ、光栄に存じます。また、平素より、本行の名古屋支店が皆様に大変お世話になっておりますことを、この席を借りて厚くお礼申し上げます。

 本日は、まず、わが国経済の見通しについてお話した後、海外経済動向、次に金融危機に対する中央銀行と政府の政策対応について述べ、その後日本銀行の金融政策運営の考え方につきお話したいと思います。そして最後に、金融と雇用のセーフティー・ネットの重要性について言及したいと思います。

1.わが国経済の見通し

全体観

 まず、世界全体の金融経済情勢を大きく捉えますと、米欧の実体経済悪化と金融危機の影響が新興国にも波及し、世界的に「金融と実体経済の負の相乗作用(adverse feedback loop between financial and economic activity)」が生じているといえます。

 欧米金融機関の企業・家計向け融資姿勢の厳しさは、ITバブル崩壊後の前回の景気後退局面を大きく上回っており、信用収縮が負の相乗効果を発生させています。既往のエネルギー・食料品価格の下落による実質購買力の回復というポジティブな要因は、サブプライム問題に端を発する「金融ショック」による悪影響を相殺するには力不足です。また、減産など供給サイドの調整スピードも速いのですが、世界的な「総需要ショック」による需要減少の大きさはそれを上回ります。

 サブプライム問題の本質は、不良債権問題です。わが国で不良債権問題が発生した際は、まず企業部門のバランスシートが悪化しました。商業用不動産の価格下落を受けて、企業部門の過剰債務・過剰設備・過剰雇用という「3つの過剰」の解消が遅れ、企業活動は停滞しました。一方、今回の米国では、過剰債務・過剰消費を抱えていた家計部門からバランスシート調整が本格化しました。最近では、住宅投資の減少にとどまらず、生産・設備投資の大幅減少や雇用調整など企業部門のバランスシート調整も始まり、個人消費も減少に転じました。そして、この米国の内需縮小は世界全体に波及しています。昨年は、「先進国が減速しても、新興国の成長により世界経済は緩やかな景気拡大を続ける」という「ディカップル論」も存在しましたが、実際はそうはなりませんでした。最近の新興諸国の輸出・生産関連の経済指標の急激な悪化をみれば、過去数年間の高成長を支えていたのは、住宅価格上昇を背景にした米国の過剰消費であったことを示唆しています。したがって、今回の世界的な経済調整については、循環的な面だけではなく、構造的な面も大きいと認識しなければならないということになると思います。

 また、輸出依存度が高いわが国も、こうしたグローバルな構造調整に巻き込まれざるを得ません。今後、輸出企業中心に供給構造を抜本的に修正する可能性があります。製造業では、能力増強投資の凍結の動きがみえますが、今後、設備投資削減が本格化し、雇用調整も厳しさを増す可能性は否定できません。雇用面について言えば、メディアでは、非正規雇用の削減が注目されていますが、最近の雇用関連統計をみると、正社員も、所定外労働時間や賞与が減少しており、雇用者所得は減少に転じています。さらに、今後の雇用調整については、製造業から非製造業へといった面的な広がりのみならず、早期退職者の募集などの踏み込んだ施策の拡大、企業倒産に伴う非自発的な雇用減少という形で深さを伴うことも懸念されます。12月の完全失業率(季節調整値)は全体・男性・女性ともに前月比+0.5%ポイント上昇し、それぞれ4.4%、4.6%、4.3%となりました。12月の完全失業者数は前年同月比+39万人でしたが、うち勤め先都合は同+25万人と11月の同+6万人から急増しました。家計の消費支出行動をみると、節約志向や生活防衛意識の高まりが読み取れますが、雇用・所得環境の動向次第では、個人消費が一段と弱まるリスクはみておかざるを得ないと思います。

 これに加えて、金融機関は、いわゆる資本制約やバランスシート制約から信用リスクテイクに慎重になり、これが景気の下押し要因となり得ます。

中間評価

 日本銀行は、1月の金融政策決定会合で、昨年10月に公表した「展望レポート」の中間評価を行いました。政策委員の大勢見通しによれば、実質GDP成長率の大勢見通しは、2008年度が-2.0%~-1.7%(中央値は-1.8%)、2009年度は-2.5%~-1.9%(中央値は-2.0%)、2010年度は+1.3%~+1.8%(中央値は+1.5%)となりました。すなわち、わが国経済の先行きの中心的な見通しとして、2009年度下期以降に持ち直し、2010年度には成長率でみて1%台半ば程度に回復することを想定しています。

 そうした景気回復のメカニズムの前提条件として、(1)中長期的な成長期待やインフレ予想は大きく変化しないこと、(2)各国における大規模な財政・金融政策や金融システム安定化策の効果によって、2009年度後半には、国際金融資本市場は落ち着きを取り戻し、金融システムが安定に向かうこと、(3)2009年度後半から海外経済が持ち直すことを想定しています。

 しかし、言うまでもなく、わが国経済の先行きは、海外経済動向や国際金融情勢に大きく依存します。最近の経済指標をみると、欧米主要国のみならず、新興国も急速に悪化していますので、2008年度と2009年度の実質GDP成長率は、大勢見通しよりも厳しい数字になる可能性は排除できません。この間、2010年度も、大きなスラックが残るという意味で、成長率の数字ほど景気回復は力強くはないとみられます。

 また、わが国の場合、2009年度下期には需給ギャップのマイナス幅が拡大し、その後、2010年度下期にかけて緩やかに改善していくものの、なお大幅なマイナスが残ると考えられます。こうした下で、1月の中間評価の全国消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の大勢見通しは、2008年度が+1.1%~+1.2%(中央値は+1.2%)、2009年度は-1.2%~-0.9%(中央値は-1.1%)、2010年度は-0.6%~0.0%(中央値は-0.4%)となっています。

鉱工業生産

 生産面をみますと、12月の鉱工業生産(速報)は前月比-9.6%(11月は同-8.5%)と1953年の統計開始以来、最大の減少を記録しました。前年同月比でも-20.6%(同-16.6%)と市場予想を大幅に下回りました。また、こうした大幅減産にもかかわらず、クリスマス商戦の不調もあり国内外の出荷の落ち込み、すなわち、総需要の悪化に減産が追いつかず、在庫率が前月を+6.5%上回る水準に達するなど、「意図せざる在庫積み上がり」が発生しています。四半期ベースでみると、10~12月期の鉱工業生産は前期比-11.9%となりました。製造業はわが国経済全体の付加価値(=GDP)の約2割を生み出していますが、ここで-12%もの減産が行われると、単純計算でGDPを-2%ポイント(年率で-8%ポイント)も押し下げることになります。なお、製造工業予測指数は、1月が前月比-9.1%、2月が同-4.7%と、先行きも大幅減産が見込まれています。仮に3月が2月比横ばいとすると、1~3月期の生産は前期比-20.6%、前年比-31.8%と、昨年10~12月期を越える大幅な減産となります。

 今回の生産調整の特徴は、海外での急激な販売減少によって流通在庫が大幅に増加し、輸送機械、電機機械、一般機械、電子部品・デバイスという主力の加工業種のいずれもが大幅減産を余儀なくされていることです。特に、すそ野が広い輸送機械産業の減産強化は、IT産業など加工業種のみならず、4~6月期にかけて鉄鋼・非鉄金属・化学など素材業種の減産に波及することが予想されます。

 乗用車販売台数は世界的に冷え込んでおり、輸送機械産業の減産はまだ初期段階に過ぎない可能性もあります。そうなりますと、減産強化にとどまらず、製造業の雇用への悪影響を考える必要が出てきます。雇用面のセーフティー・ネット強化が急務であると、つくづく思われるところです。まさに、輸出の減少を起点とした「生産・所得・支出」の下方スパイラルに入ったと言っても過言ではなく、事態はハードランディングの様相を呈しています。

輸出入

 実質輸出は減少しています。4~6月期に前期比-3.3%と減少した後、7~9月期は同+1.8%と小幅の増加となりましたが、10~12月期は同-15.2%と大幅な減少となりました。地域別にみると、米国向けは、自動車関連の落ち込みを主因に、前期比でみて、4~6月期が-6.9%、7~9月期が-4.0%と大幅に減少した後、10~12月期は同-9.6%と減少幅が拡大しました。

 10~12月期は、EUと東アジア向けの実質輸出の減少が目立ちます。それぞれ前期比-18.8%、-16.9%と大幅に減少しています。東アジアのうち中国向けをみると、1~3月期の同+5.1%をピークに頭打ちとなりながらも7~9月期までプラスを続けましたが、10~12月期は同-16.6%と急減しています。この間、中東・中南米・ロシアなど「その他地域」向けは、2006年(暦年)が前年比+20.2%、2007年(暦年)も同+19.9%と大幅に増加していましたが、2008年に入ってから増加テンポが緩やかになり、10~12月期は同-9.5%と大幅なマイナスに転じました。

 財別にみると、自動車関連は、米国向けの落ち込みが続いていることに加え、EU向けも減少に転じ、対全世界では、10~12月期は同-16.6%と大幅に減少しています。これは、10~12月期の鉱工業生産統計において、輸送機械工業の生産が前期比-18.7%、出荷が同-16.3%と大幅に減少している背景の一つです。

 他方、実質輸入は、昨年7~9月期が前期比+2.9%、10~12月期が同+0.5%と2四半期連続でプラスになっています。内需の弱さを考えると違和感がありますが、財別に実質輸入をみると素原材料・中間財・食料品が大きなプラス寄与となっており、今年1~3月期は反動減が予想されます。

個人消費

 個人消費関連統計をみると、たばこの特殊要因(「タスポ効果」)により強めの動きとなっているコンビニエンスストア売上高を除き、このところ弱さが目立ってきました。昨年12月の大型小売店販売額(既存店ベース)は前年同月比-6.3%、うち百貨店は同-9.6%、スーパーは同-3.6%と、家計の節約志向の強まりを示唆しています。百貨店売上高の弱さの背景は、高級時計・宝飾品・絵画・高級ブランド衣料など高額商品の売上低迷です。1月の大手百貨店の売上高も、初売りや冬物セールが不振で、前年同月比で1割前後の減少となりました。1月の国内新車販売台数(除く軽自動車)は前年同月比-27.9%と3ヶ月連続で2割以上のマイナス幅となっています。

 12月の家計調査(2人以上の世帯)の実質消費支出は前年同月比-4.6%と11月の同-0.5%からマイナス幅が拡大しました。

 当面は、実質GDPベースの個人消費は前期比横這いか、マイナスとなっても小幅なもので推移すると見込んでいます。先行きについては、雇用・所得環境がさらに厳しさを増すことが予想される中、個人消費の地合いは引き続き弱まっていく可能性が高いと思われます。仮に、個人消費が腰折れするような展開となれば、先行きの景気はより厳しいものとなってきます。雇用不安を弱める政策対応が待たれる局面といえます。

物価動向

 わが国の物価動向は、景気悪化が厳しさを増す中、次第に下押し圧力が強まると見込まれます。昨年12月の国内企業物価指数は3ヶ月前比-4.3%、前年同月比+1.1%となりました。昨年7~9月期が同+7.1%であっただけに、足もと状況は急変しているといえます。企業向けサービス価格指数も、12月は前年同月比-2.5%と大幅なマイナスとなりました。内訳をみると、広告(同-4.6%)、運輸(同-9.7%)の弱さが気がかりです。特に、運輸の中で外航貨物輸送が同-33.0%と大きく低下しています。この背景には、世界同時不況を受けて、ヒト、モノ、カネの往来が縮小していることが指摘できます。また広告の価格下落は、企業によるコスト削減を背景としたものと考えられます。

 ここで消費者物価に目を移しますと、全国消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率は昨年7、8月の+2.4%をピークに、昨年12月は+0.2%(11月は同+1.0%)まで低下しています。また、先行きについても、(1)内外需ともに低迷し、需給ギャップのマイナス幅は拡大すること、(2)円の実効為替相場が昨年12月以降、急速に円高方向で推移していること、などから、早ければ、今年1~3月期中に、全国消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年比マイナスに転じる可能性が出てきました。

2.海外経済動向

 次に、海外経済についてお話します。

米国経済

 米国経済の変調は、住宅投資の低迷からスタートし、製造業の生産活動の悪化、設備投資の抑制と続き、足もとは雇用・所得環境の悪化が顕在化してきた状況です。また、それに伴って、個人消費も減少を続けています。

 12月の雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比-52.4万人と大幅な減少を記録しました。10月と11月が合計で15.4万人の下方修正となっており、12月公表分の実勢は70万人近い雇用の減少といえます。2008年全体の非農業部門雇用者数は-258.9万人と戦後最悪の減少となりました。失業率も7.2%と、11月の6.8%からさらに上昇しました。こうした下で、昨年12月の小売売上高は前月比-2.7%(11月は前月比-2.1%)と、6ヶ月連続の減少となりました。米国のクリスマス商戦が極めて不調であったことを裏付ける数字といえます。2008年通年でも前年比-0.1%と、1992年の統計開始以来、初めてマイナスとなりました。GDP消費の基礎統計となっていない自動車と建設資材、価格変動が大きいガソリンの3項目を除いた「コア小売売上高」も12月は前月比-1.3%の減少となり、10~12月期でみると前期比年率-8.5%と7~9月期の同-0.3%から急激に悪化しました。

 供給サイドをみると、生産や設備投資の弱さが目立ちます。米国の12月の鉱工業生産は前月比-2.0%(11月は同-1.3%)のマイナスとなりました。自動車・同部品の生産は前月比-7.2%、全体の設備稼働率が73.6%と前月比-1.6%ポイント低下しました。2008年通年の生産指数は前年比-7.8%と大幅な低下となりました。設備投資の先行指標である非国防資本財受注(除く航空機)も、12月単月で前月比-2.8%、10~12月期でみますと7~9月期対比同-9.4%もの大幅なマイナスとなります。また、昨年12月の住宅着工件数は前月比-15.5%の年率55万戸と、統計開始以来最低となりました。

 米国のサブプライム問題に端を発する金融危機は、住宅価格の下落からスタートしました。金融機関の融資基準の厳格化を受けて、クレジットカード・ローンや自動車ローンの金利が上昇し、信用収縮が発生しています。住宅価格と株価に底入れ感もみえません。米国の家計部門はバランスシート調整、すなわち、過剰消費体質の是正を迫られています。米国経済が最悪期を脱したといえるためには、住宅投資の底打ち感が必要ですが、まだその兆しはみえません。むしろ、金融危機の実体経済への波及・浸透は道半ばといえ、米国景気が回復軌道に復する明確なパスはまだ描けない状況です。ただ、FRBによるエージェンシー債やMBSの大規模購入の効果もあって住宅ローン金利が足もとで大幅に低下してきたことは、数少ない朗報です。MBAのリファイナンス指数が急上昇するなど、低金利の住宅ローンへの借り換えが進捗してきていますが、これは家計部門のバランスシート調整の進捗をサポートすると考えられます。

中国経済の見通し

 金融市場では、「中国が本当に高成長を維持できるのか?」という点も関心が高いテーマです。

 中国では、主に財政刺激策で高成長を下支えしようとしています。しかし、沿岸部で失業した出稼ぎ労働者は、内陸の農村地帯に戻っているだけに、成長産業の支援よりも、内陸部での生産性の低い分野での雇用創出が図られる可能性が考えられます。その結果、マクロ的な過剰雇用・過剰設備の問題が放置されてしまうリスク、わが国の中国向けの一般機械・建機の輸出の低迷が長引くリスク、などが指摘できます。また、中国は低賃金・低コストを背景に「世界の工場」として経済発展してきましたが、今後も予想される外資系企業による設備廃棄(工場やオフィスの閉鎖等)や雇用削減の動きが十分考慮されているかも気になります。

 ちなみに、東アジア全体でも、中国の沿岸部、シンガポール、香港など「経済のグローバル化」が進展し、金融セクターのウエイトが大きい国・地域の景気減速が目立つことは、今回の欧米の金融危機の深刻さを裏付けています。

 中国の昨年10~12月期実質GDP成長率は前年比+6.8%と7~9月期の同+9.0%から減速しました。2008年通年では+9.0%と2007年の+13.0%から鈍化し、2002年(+9.1%)以来の一桁の伸びでした。成長率の鈍化は輸出や民間部門固定資本投資の減退を受けた鉱工業生産の急減が主因ですが、在庫調整もこれに拍車をかけており、過度に悲観する必要はないと思います。

 ただ、昨年12月のデータは、小売売上高や固定資産投資の伸びが名目ベースで一段と減速することを示唆しています。また、12月生産者物価(PPI)は前年同月比-1.1%と11月の同+2.0%からマイナスに転じ、2002年9月以来の最低を記録しました。PPI下落の主因は商品価格の急落ですが、需要減退が寄与している面もあります。消費者物価も同+1.2%と前月の同+2.4%から上昇率は縮小しています。

ユーロ圏経済

 ユーロ圏でも、製造業の生産・受注が減少し、企業の景況感は悪化しています。11月の鉱工業生産は前月比-1.8%、前年同月比-8.1%と大幅に低下。11月の鉱工業新規受注指数は、前月比-5.0%低下(10月は同-5.7%)、前年同月比-26.8%低下しました。前年同月比の低下率は1995年の統計開始以来、最大となっています。国別では、ドイツが前年比-29.3%、フランスが同-27.7%、イタリアが同-27.2%、それぞれ低下しました。生産減少は、設備投資と雇用の悪化に波及し、失業者数の増加テンポは、過去の景気後退局面よりも深刻です。IMFの見通しによれば、2009年のユーロ圏の実質GDP成長率は-2.0%まで下方修正されてきました。

世界経済のリスク要因

 以上、米国経済を中心にお話してきましたが、テーマを世界経済に広げましても、その低迷は少なくとも2009年前半まで続くと見込まれ、最悪の場合、2010年まで底打ち感がでない可能性があります。この点に関連して、(1)米国経済の本格回復までには予想以上に時間を要する可能性があること、(2)ヒト、モノ、カネの往来が縮み出していること、(3)各国で従来と異なった形ながら保護主義が台頭するリスクがあること、の3点についてお話したいと思います。

  1.  第一の点ですが、仮に、オバマ新政権による大型の財政刺激策の効果によって2010年から米国経済が一旦回復軌道に乗っても、米国がバランスシート不況から脱却するには時間を要するというリスクです。金融・家計部門のレバレッジ解消が想定以上に厳しいものになる結果、米国の潜在成長率が低下するとの見方がありますし、また、主要国の大手金融機関が、(1)プロシクリカルな性格を持つバーゼルIIの縛り(バランスシート制約)、(2)与信先のデフォルト・リスクの高まり、(3)資本制約によるリスク許容度の低下、(4)流動性制約などから、与信スタンスを積極化するまで相当時間がかかると見込まれるためです。各国は、金融機関への公的資金注入など金融システム安定化策を打ち出すものの、いわゆるカウンター・パーティ・リスクを完全には払拭できないため、短期金融市場とクレジット市場は緊張感の高い状況が続くと見込まれます。

  2.  第二に、ヒト、モノ、カネの往来(行き来)が既に縮みだしている点が気懸かりであるとの見方がありますが、個人的に同感です。わが国の貿易統計をみますと、輸出入の数量指数、実質指数のどちらも減少傾向となっています。また、中国の12月の貿易統計によると、輸出は前年同月比-2.8%、輸入は同-21.3%となり、ともに2ヶ月連続でマイナスを記録しました。昨年10月までは、輸出入ともに前年比2割弱のプラスを維持していたことを考えると、世界が一変した感があります。メディアは、貿易収支に注目しがちですが、貿易額(=輸出額+輸入額)は著しく落ち込んでいます。輸出の急減は各国共通の現象であり、これは、「内需減速→輸入減少→相手国の輸出減少→世界同時の景気減速」という負の連鎖が生じていることを示唆しています。そのように考えると、海運市況の暴落や、国際商品相場の下落は当然であるといえます。

     グローバルな証券投資も縮小気味です。投資銀行によるレバレッジを活用した収益拡大モデルの崩壊、バランスシート制約等を背景とした商業銀行における貸出余力の低下など、主要国の大手金融機関の金融仲介能力の低下は、世界経済の障害になっています。

     こうした点を踏まえますと、世界経済が安定成長軌道に復帰するまでの時間が、予想以上に長くなる可能性は否定できません。主要国企業の成長期待は、少なくとも新興国の景気再拡大が始まるまでは低下する可能性があり、設備投資計画の縮小やM&A活動も低迷するリスクが高い状況です。また、「金融ショック」による資金繰り悪化がその動きに拍車をかける可能性があることも見逃せません。

  3.  第三に、各国で形を変えた「保護主義」が台頭するリスクがあるということです。米国では、大手金融機関への公的資金注入のみならず、GM及びその金融子会社GMACへの公的サポートを打ち出しています。米国は、ブッシュ政権時代、資本主義と「小さな政府」を基本姿勢として掲げてきましたが、オバマ新政権は、「金融と実体経済の負の相乗効果」の動きを断ち切るため、政治介入を躊躇せず、「大きな政府」と「FRBのバランスシート拡大」という組み合わせを選ぶ方向です。金融危機が深刻化する中、このように金融機関に加えて基幹産業に対する金融支援を検討する動きは、世界的な広がりをみせています。すなわち、中古車への輸入関税を引き上げたロシアのような伝統的な「保護主義」的な動きはまだ少ないものの、米国に続き、イギリスも、金融株や自国通貨ポンドの下落に歯止めがかからないことから、金融業界に対して大規模な追加救済策を公表しました。ユーロ圏や新興国でも同様な動きが検討されています。こうした政策対応は、もちろん雇用の保護、景気の下支え、金融システムの安定化といった観点から理解できますが、一方で、これらの措置が自国経済・産業の過剰な保護とならないように注意していく必要はあります。

     仮に、形を変えた「保護主義」的な動きが台頭すれば、各国の利害が一致せず、国際協調体制にほころびが出てしまう可能性がある上、一般に、民間企業の経済活動に対して政府が規制を強め過ぎることはモラルハザードの問題と表裏の関係があります。もちろん、国際会計基準の適用など国際的なルール作りに関しては、話は別です。わが国が影響力を確保できるようにしておかないと、わが国金融セクターの地盤沈下につながるリスクがありますから、「ポスト金融危機」の世界の金融監督体制に関する国際的合意に関する議論には積極的に関与しておく必要があると思います。

3.金融危機に対する中央銀行と政府の政策対応

世界的な金融危機

 現在の金融危機の端緒は、一般的に、「サブプライム問題」と言われていますが、この表現について、私は「クレジット・バブル問題」といった方が適切だと思います。BIS年次報告にも、「金融とマクロ経済情勢の急激な悪化は、典型的なクレジット・ブーム(boom)の破裂(bust)であるとの仮説は、複数の事実によって裏付けられる」といった内容がみられます。

 クレジット・バブルが崩壊し、世界経済は足もと急減速しています。こうした異常な状態がグローバルな広がりをみせている背景には、(1)欧米主要国の多くの大手金融機関が資本不足に陥り、ソルベンシーの問題まで発展したこと、(2)一方、少なくとも2007年まで、欧米主要国の中央銀行が今回の金融問題は流動性危機であり、潤沢に流動性を供給すれば金融市場が安定する可能性が高いと判断していたこと、(3)経済と金融のグローバル化の影響もあり、金融危機が実体経済に悪影響を及ぼすスピードが各国の政策当局の想定をはるかに超えたことなどを指摘できると思います。

 本来、不良債権処理の適切なプロセスは、(1)不良債権の規模・劣化度合いを適切に評価した上で、(2)金融機関のバランスシートから外し(オフ・バランス化)、(3)資本不足に陥った金融機関は増資をするか、政府から資本注入を受ける、というものです。しかし、欧米主要国の大手金融機関をみると、資産サイドに対する不信感から市場からより高い自己資本比率を要求されていることもあり、(3)のみが先行しています。各国政府が自国の金融機関に公的資金を注入する一つの理由は、国内向けの銀行融資拡大を期待しているためですが、公的資金注入行は引き続きバランスシート拡大には消極的です。こうした中、多くの欧米主要国は、追加の金融システム安定化策を検討していますが、大きな方向性としては(1)各国の主要金融機関を中心に追加の公的資金を注入する、(2)金融機関のバランスシートから不良資産・不良債権を切り離す制度的設計を行う、(3)金融機関の再編を促す、というものになると思われます。

 ここで、公的資金の投入の意味について改めて考えてみましょう。昨年9月のリーマン・ショック以降、金融機関の損失が巨額でソルベンシー・リスクが高まり、大半の市場参加者が欧米の大手金融機関を信用しない状況が発生しました。そのような状況への対応としては、中央銀行による潤沢な流動性供給だけでは不十分で、バック・ストップとして公的資金注入が求められます。もっとも、達観すれば、公的資金注入はそうした性格のものであって、それ以上のものではありません。実体経済を立て直すためには、最終的には、様々な過剰の解消が必要で、そのプロセスを経ない限り、実体経済は本格的に回復しません。

 しかし、欧米の大手金融機関は、銀行貸出を増やしたくとも安易には増やせない状況にあります。それにもかかわらず、政府からは「公的資金を注入したのであるから、貸出を伸ばせ」という圧力がかけられ、国民からは「大手金融機関の経営陣の年収は多すぎる」という批判を受けています。これは、わが国の金融機関がかつて経験した事態と非常に似ています。公的資金注入が必要であることは事実ですが、一方で、金融機関は実体経済が悪化している局面では貸出を増やすことが容易ではないことも事実です。公的資金注入に関する複雑な事情を一般に理解してもらうためにはかなりのコストを要するということが、今回の欧米諸国の事例から再認識できます。

 さて、欧米の大手金融機関のバランスシート圧縮の影響を最も受けて縮小を余儀なくされている業界は、ヘッジファンドです。ヘッジファンド業界では、ピーク時に2兆ドル程度まで膨らんでいた運用資産が、昨年末時点で半分の1兆ドル程度になったとの見方もあります。昨年10~12月期以降、ヘッジファンドの解約に伴うポジション解消が、わが国における株価下落や円高進行の一因となった可能性があります。こうした中、中小のヘッジファンドの経営破綻や運用資金の解約はまだ一巡していないとの見方もあり、政策当局としては、ファンダメンタルズに逆行する金融市場の変動が発生することに備えておく必要があります。

 いずれにせよ、ヘッジファンド及びプライベート・エクィティ業界は一旦、大きく縮小し、欧米大手金融機関のプライム・ブローカレッジ・ビジネスおよび自己売買によるトレーディング部門も縮小する可能性が高いと思います。これが何を意味するかと言いますと、グローバルな金融市場において、逆張りのできるリスク許容度の高い投資家や、イールドカーブやクレジット・スプレッドの歪みに着目したポジションをとるヘッジファンドなどの影響力が低下するため、ファンダメンタルズから乖離してオーバーシュートした市場価格の「復元力」が低下するという事態が考えられるということです。

 オバマ大統領も就任演説で述べたように、サブプライム問題に端を発した今回の金融危機は短期的あるいは簡単には解決できないと見込まれます。今後も一時的な楽観論により株式市場が上昇することはあると思いますが、その度にBad News Headlineにより頭を抑えられるという展開を繰り返す可能性が高いと思われます。

政策対応の重要性

 欧米主要国は、破綻すればシステミック・リスクを招来するおそれがある金融機関、及び、米国のGMに代表される各国政府にとって絶対に経営破綻させたくない事業会社について、全力でサポートする姿勢をみせています。ただ、米国政府が、リーマン・ブラザース証券を救わず、それが米国の金融危機を深刻化させただけでなく、わが国や新興国の実体経済まで悪影響を与えた例もあります。今年も引き続き、世界の経済・金融情勢の変化のスピードが速いと思われますが、一方で主要国の中央銀行の政策金利の低下余地は乏しくなり、財政赤字の規模も相当膨らむ可能性が高い中、金融危機による景気後退の深刻化に歯止めを掛けるための政策対応余地は限られてきました。各国が優先順位を大きく間違えることなく、適切な政策対応をとることができるかは重要なポイントです。

 欧米主要国の中央銀行は、金融危機による実体経済の悪化に対して、(1)大幅な利下げに踏み切る、(2)カウンター・パーティー・リスクを背景に機能が低下している短期金融市場の状況を改善するための金融市場調節上の工夫をして、流動性を供給する、(3)機能低下が著しい特定市場に介入し、流動性を回復する目的で適格担保や買入れ対象資産とする、など踏み込んだ対応をみせています。

 また、欧米の各国政府は、昨年10月以降、状況が金融危機の様相となってきたことから、銀行債務保証、銀行間取引の政府保証、大手金融機関への大規模な公的資金注入など、より包括的な政策パッケージを打ち出しています。各国の政府と金融当局による政策総動員によって、国際金融システムの混乱は一応抑え込まれていますが、国際金融資本市場は全体として流動性が乏しく、引き続き緊張状態にあります。欧米大手金融機関の四半期決算をみましても、最悪期を脱したとは言いにくい状況です。その背景の一つは、バランスシートから不良資産の切り離しが遅れていることです。このため、公的部門による金融システム安定化策の軸足を、資金注入から不良資産買取りにシフトする動きがみえます。なお、「ポスト金融危機」を睨んで、銀行監督や会計制度の見直し等に関する議論が行われていますが、わが国としても、こうした議論には積極的に関与していくことが重要だと思います。

 主要国の政策金利の水準は、日本銀行、FRB、スイス国立銀行がほぼゼロ、イングランド銀行が1.5%、欧州中央銀行が2.0%まで引き下げています。金融政策に関する議論は、もはや政策金利の水準そのものではなく、どうすれば銀行貸出が増加するか、短期金融市場やクレジット市場が正常化するか、という点に移っています。今のところ、長めのターム物金利は高止まり、クレジット・スプレッド縮小もわずかなものにとどまっています。最近、中央銀行コミュニティーでは、政策金利引下げ以外の金融緩和策を「バランスシート政策」と総称することがあります。現在のFRBの金融政策運営はその典型といえます。

FRBの金融政策運営

 FRBは、昨年12月16日開催のFOMCで、政策金利であるFF金利の誘導目標を、「1%」から「0~0.25%」のレンジに引き下げました。1月27日・28日開催のFOMCでも、その誘導目標を据え置きました。

 今回のFOMC声明文では、「委員会の政策の焦点は、公開市場操作及びその他のFRBのバランスシートの規模を高水準にとどめる公算が大きい措置を通じた金融市場の機能の支援と経済の刺激である。FRBは、住宅ローン市場と住宅市場を支援するため、巨額のエージェンシー債やモーゲージ担保証券の買入れを継続する他、条件を満たせば、そうした買入れの規模と買入れプログラムの期間を延長する用意がある」とされました。

 また、「委員会は今後の展開により民間クレジット市場の機能回復に特段に効果的な措置と判断される場合には、より長期の米財務省証券を買入れる準備ができている」とされています。今回は、米財務省証券の買入れは見送られましたが、将来的な買入れに含みを残す表現が盛り込まれています。

 FRBは現在、機能不全に陥っている様々なクレジット関連市場に介入し、必要に応じてその金融商品を適格担保や買入れ対象とすることを通じて、自らのバランスシートの一時的拡大を容認し、市場機能の回復を目指す「信用緩和政策」を採用していると判断できます。FRBは、「個別金融市場の機能回復を通じた金融機関と金融システムのコンフィデンス修復」によって景気回復の基盤を整え、間接的な景気下支え効果を狙っているため、これは金融政策というよりも、「金融システム安定化策」といえるかもしれません。なお、個人的には、日本銀行もCP買入れに踏み切ったという点では、FRBの「信用緩和政策」と類似の性格のものといえるかもしれないと考えています。

 自らのバランスシートを活用した金融政策運営の「出口戦略」についてFRBは、「各クレジット市場の機能が回復すれば、FRBによるその金融商品の買い入れ等は減少に転じ、自らのバランスシートは自然に縮小するはずである」と考えているようです。ただ、FRBの「信用緩和政策」は、日本銀行がかつて採用した量的緩和政策において当座預金残高を誘導目標にしたのとは違って、政策の誘導目標がありません。目下のところ、機能不全に陥ったクレジット市場に介入する結果として、自らのバランスシートが拡大していることには留意が必要です。

 また、当面は景気の下支えと、物価上昇率が経済成長等を促進する水準を下回り続けるリスクの回避、中長期的にはインフレ期待の抑制や資産インフレの回避を迫られます。FRBがバランスシートの規模を正常化するには、米国の金融システムが安定すると同時に、景気回復軌道に乗ることが大前提になりますが、バランスシート不況からの脱出には時間を要するとみられます。

オバマ新政権の対応

 オバマ新政権は、(1)政府による金融機関への公的資金注入とFRBのバランスシートの積極的活用による金融システム安定化策、(2)連邦政府による財政刺激策によって、金融危機による景気後退から脱却しようとしています。

 米下院の歳出委員会は1月15日、オバマ次期大統領の経済チームと協力して策定した景気刺激策にかかる法案を発表しました。それによれば財政パッケージの規模は、2年間で8,250億ドルにのぼります。うち財政支出計画は5,500億ドル、減税が2,750億ドルとなっています。財政支出計画の内訳は、(1)エネルギー関連、(2)インフラ投資、(3)教育関連、(4)医療費抑制、(5)失業者・低所得者への公的扶助、(6)州政府に対する補助金です。景気刺激策としての減税については、内訳が明らかになっていませんが、新大統領の選挙公約には「全労働者およびその家族の95%に対する減税」とあります。

 オバマ新政権は大型の財政刺激策を早期にまとめ、米議会を通過させたいと考えています。ただ、米国の財政政策全般に関する問題点を述べると、(1)米議会で減税とインフラ投資の内訳をどうすべきかの議論がいまだ収束していないこと、(2)単年度の連邦財政赤字が2兆ドルに達するような大型財政刺激策に抵抗感を感じる意見が与党の議会民主党サイドにもあること、(3)TARPの資金活用方法のアカウンタビリティや透明性を高め、政策効果を強化するという課題があること、(4)金融・財政政策を総動員する大規模な景気刺激策について、政府部門を縮小させ、民間投資に切り替えできる「出口戦略」をまとめることができるか不透明であること、(5)急進的な資本主義型のビジネス・モデル及びプロシクリカリティの要素のあった金融機関の監督・規制の既存の制度を適度に修正できるかが未知数であること、などです。

 米国連邦政府とFRBのバランスシートはともに未曾有の拡大をみせています。ただ、FRBの当面の関心が「クレジット市場の機能回復を通じた金融システムの安定」にあるため、問題視する声は少数です。言い換えると、米ドルの信認は、(1)大型の財政刺激策によって米国経済が回復に向かうのか、(2)オバマ新政権による財政政策運営は持続可能性があるのか、という点に依存すると思われます。

4.金融政策運営の考え方

 私の金融政策運営に関する基本的な考え方は、中央銀行の経済・物価見通しと整合性のとれる金融政策運営を行うべきである、というものです。

 日本銀行は、2008年度に入ってから景気判断を徐々に下方修正してきました。具体的にみると、昨年10月30日に公表した「展望レポート」では、「わが国金融経済は、既往のエネルギー・原材料価格高の影響や輸出の頭打ちなどから、停滞色が強まっている」という景気判断としました。その後、金融経済月報の「概要」における景気に関する冒頭表現は、昨年11月こそ10月末の「展望レポート」と同じ表現でしたが、個人的には景気の下振れリスクはかなり高いと考えており、本来は財政政策の領域である分野まで踏み込んだ金融政策も選択肢の中に入れておく必要があると考えていました。

 その後、昨年12月の金融政策決定会合では、「わが国の景気は悪化している」という厳しい表現を使うことが適切であるとの合意が金融政策決定会合でなされ、今年1月は「わが国の景気は大幅に悪化している」と、かつて使われたことのない厳しい表現になりました。

 わが国では、欧米主要国のように金融機関が深刻なバランスシート調整を迫られているわけではありませんので、まだ「金融と実体経済の負の相乗作用」に陥っているとは言い切れません。ただ、輸出の減少、企業収益の悪化などを背景に、かつてない規模の生産調整、在庫調整、設備投資の減少が発生しています。今後、雇用調整の深刻化を受けて雇用者所得が伸び悩み、個人消費が想定以上に減少するリスクも否定できなくなってきました。

 1月21日・22日の金融政策決定会合において、私は、CP買入れスキームの決定、残存1年以内の社債の買入れの検討指示、という「異例中の異例」と言われる政策に踏み切る決定に賛成しましたが、そのボトムラインには、以上のような厳しい景気の現状認識及び先行き見通しがあります。

1月の金融政策決定会合の前のクレジット市場

 昨年10月以降のわが国金融資本市場をみると、CP・社債の発行条件の悪化を受けた発行体が、資金調達手段を銀行借入れにシフトさせており、CP、社債などの市場機能が低下していました。こうした中、日本銀行は、企業金融の円滑化、資金の目詰まりの解消を目指して様々な措置をとってきました。例えば、CP現先オペの積極的な活用を明言し、同オペを定期的に実施し、その頻度を増やす措置をとりました。CP現先オペは、CPを引き受け、流通在庫を抱える銀行等から好感されました。ただ、このオペは所詮「流動性対策」です。このため、12月に入ってからも、CPレートは一部高格付会社を除き、高止まりしていました。CP発行体が多少のレート上昇を甘受して発行に踏み切り始めることもありましたが、基本的に発行は抑制気味でした。

 また、11月20日・21日の金融政策決定会合後、LIBOR、TIBORに加え、レポ金利も上昇していました。

 その後、日銀短観(12月調査)の企業の資金繰り判断DIやCP・社債市場の取引や発行額の縮小をみて、日本銀行は「企業金融の逼迫感は年度末に向けてさらに強まり、それを放置すれば、設備投資計画の圧縮など実体経済にも悪影響が出てくる」との危機意識から、12月18日・19日開催の金融政策決定会合で、期限付きで一定の基準を満たすCPを買入れる方針を決定しました。

1月の金融政策決定会合における決定内容と今後の金融政策運営の検討課題

 IMFが先週発表した2009年の世界成長率見通しは戦後最低となる+0.5%であり、このうち先進国についてみますと、米国は-1.6%、ユーロ圏は-2.0%、わが国は-2.6%となっています。

 また、日本銀行は、1月22日、昨年10月の「展望レポート」で示した見通しの中間評価を公表しましたが、そこでも、2009年度実質GDPの政策委員の大勢見通しは-2.5%~-1.9%(中央値は-2.0%)となりました。また、需給ギャップのマイナス幅から判断すると、2009年度・2010年度の全国消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年度比上昇率に大きな下押し圧力がかかる蓋然性が高く、1月の中間評価でも、2009年度が-1.2%~-0.9%(中央値は-1.1%)、2010年度は-0.6%~0.0%(中央値は-0.4%)となっています。

 こうした見通しに加え、現に足もとの経済指標が急激な悪化をみせていることを踏まえますと、日本銀行としては、(1)コンフィデンスを含めた企業・家計部門の下支え、(2)金融市場における流動性確保、(3)企業金融の逼迫感の緩和など、いわゆる財政政策の領域といわれる分野まで踏み込んだ政策対応の準備が怠れないということを念頭におく必要があります。

 私としましては、政策運営における検討課題として、第1に適格担保の範囲、第2に、民間企業債務をどこまで購入するか、第3に、どのようにしてターム物金利の低下を促すか、といった点を念頭において金融政策決定会合に臨んできました。

 まず、適格担保です。日本銀行は1月21日・22日の金融政策決定会合で、J-REITが発行する投資法人債・CP・手形、J-REIT向け証書貸付債権を適格担保とすることを決定しました。今回の決定は、J-REITが不動産流動化市場の一翼を担っている点を念頭に、金融調節の一層の円滑化を図る目的で決定されました。この先適格担保の対象をどうするかについては、現時点で特に決めているわけではありません。わが国の金融市場の動向を注視しつつ、都度判断していくということです。

 次に、民間企業債務の買切り対象をどこまで拡大するかです。

1月の金融政策決定会合では、景気判断を、「大幅に悪化」に一段と下方修正しました。景気判断を大幅に下方修正したわけですから、私とすればCPに次ぐ買入れ対象として、社債の買切りを検討することに違和感はありませんでした。

 ただし、社債の買入れに踏み切る場合には、その政策の目的・位置付けを整理し、対外的に丁寧に説明する必要があると思いました。すなわち、個人的には、CPの買入れについては「資金の目詰まり対策」及び「年末・年度末対策」と位置付けてきました。一方、残存期間1年未満とはいえ、社債を買入れ対象にする場合、(1)先行き企業のキャッシュフローが減少することを先取りした、年度末を越えた金融市場安定化策である、(2)その政策意図は「市場機能が低下している金融商品を買い入れることで、その市場の機能回復を促すこと」である、といった整理ができます。つまり、CP買入れとは位置付けが異なると考えています。

 このような整理は、現在のFRBの基本的な考え方と相通じるものがあります。というのも、FRBは機能不全に陥っている様々なクレジット関連市場に介入し、必要に応じて、その金融商品を適格担保や買入れ対象とすることを通じて、自らのバランスシートの一時的拡大を容認し、市場機能の回復を目指す「信用緩和政策」を採用していると考えられるからです。また、クレジット市場の機能回復や金融システムの安定を通じて、景気回復の基盤を整えることを目指しているとも思われます。

 最後に、ターム物金利の低下をどのように促すかについてです。

 金融機関は、保有株式の評価損を計上した上に、今後は景気悪化に伴い、貸出金償却・引当が一段と膨らんでいく可能性があることから、自己資本の十分性を気にかけざるを得ません。3ヶ月以上のユーロ円TIBORレートが高止まりしている背景には、金融機関がそうしたバランスシート制約に直面するリスクがあると思われます。こうした状況に変化がないならば、仮に、日本銀行がターム物オペを積極的に実施したとしても、3ヶ月以上のTIBORレートが大きく低下するかはわかりません。したがって、ターム物金利へ働きかける手法については、民間銀行の資本政策の動きを勘案しながら、具体的な検討を進めていくことが必要だと思います。

 なお、3ヶ月物国庫短期証券の毎回の発行額が、昨年12月までは4.5兆円でしたが、今年1月は4.8兆円、2月は5.1兆円へと増額されました。こうした中、入札日に市中消化が円滑にゆかず、荷もたれ感から発行レートが上昇気味となっています。ターム物金利への働き掛けを考える場合には、こうした動きにも目を配っておく必要があります。

 経済は生き物ですから、政策対応も柔軟でなければなりません。そのため、かつてのゼロ金利政策や量的緩和政策のように「時間軸効果」を狙う例外的なケースを除き、政策手段や、判断基準について、事前にコミットすることはありません。また、昨年9月のリーマン・ショック後も、欧米主要国に比べれば、金融システムが相対的に安定しているわが国では、非伝統的な金融政策運営に邁進することは拙速であるとの見方も理解できます。

 しかし、世界同時の景気減速、欧米の金融危機を受けて、昨年10~12月期以降の経済指標は、輸出、生産、設備投資関連を中心に急速かつ想定以上に悪化しています。わが国も既に「金融と実体経済の負の相乗作用」に陥ったかどうかは議論の余地があるところですが、実体経済面だけに焦点を当てると、IMFなど国際機関は2009年(暦年)の実質GDP成長率は、米国やユーロ圏よりも、わが国の方が大きなマイナス幅となると予測しています。

 そして先行きについては、(1)非金融企業においてキャッシュフローが大幅に減少すると同時に、過剰設備・過剰雇用の解消が優先度の高い経営課題となってくる可能性、(2)今後は雇用・所得環境の悪化から個人消費が冷え込む可能性、(3)企業の業績悪化や格下げなど金融機関の信用コストが想定以上に膨らむ可能性、(4)実効為替レートでみた円の独歩高と株安が同時進行する可能性など、いわゆる「テール・リスク」は小さくない状況です。したがって、日本銀行としましては、通常なら異例と考えられる政策対応も含め、迅速に手を打つ備えをしておくことが重要であると思います。

 先述のとおり、日本銀行の金融政策運営は、必ずしも年度末だけを意識しているわけではなく、フォワード・ルッキングな政策運営を目指す観点から、厳しい経済金融情勢が続くと予想される来年度以降も見据えています。わが国経済が、物価安定のもとでの持続的成長経路へ復帰していくために、中央銀行として最大限の貢献を行っていく方針です。

5.不可欠な金融と雇用のセーフティー・ネット

 輸出企業は、2007年まで「経済のグローバル化」と緩やかな円安進行の恩恵を受け、かつ、わが国経済のリード役でした。しかし、欧米の金融危機、世界同時の景気失速の影響を受けて、キャッシュフローが悪化し、2009年3月決算の営業収益見通しを減益どころか一気に赤字に修正する大企業が少なくありません。また、好調な世界経済見通しを前提とした経営戦略の抜本的な見直しを迫られ、能力増強投資の凍結、工場の一部閉鎖を含む生産基地の集約、思い切った雇用削減等を打ち出す向きもみられ始めています。

 わが国は1990年代後半、不良債権問題に直面しました。その当時、どのような議論が日本銀行内でされていたかについては、1998年の金融政策決定会合議事録を読んでいただきたいと思います。簡潔に言えば、大手長信銀の経営破綻を契機にした信用不安が発生すると、融資先企業の連鎖的な倒産や失業という問題に発展し、コンフィデンスの悪化から個人消費や設備投資が冷え込むリスクがあるという認識が共有されていました。すなわち、不良債権処理による金融システムの再生、金融再編、財政刺激策を同時並行に行うと同時に、税制・社会保障制度などサプライサイド面の中長期ビジョンを早急に作って、国民が抱く金融と経済の将来に対する不安を取り除くことが重要であるという認識でした。

 その後、政府内でも、景気対策という需要面の対策とサプライサイド対策をセットで行う必要性、あるいは、「金融と産業の一体再生」が必要であるという議論が高まりました。

 現在、わが国でも「金融と実体経済の負の相乗作用」が始まりつつある中、金融システムの安定に万全を期すための対応が重要となってきています。とりわけ株価の動向次第では、国際業務を行う大手銀行において、公的資金注入を受け入れた結果TierIが高めとなっている欧米大手金融機関との横並びでみて、自己資本の規模と質が相対的に低位に置かれるリスクが現れかねません。金融機能強化法は既に国会を通過し、その活用を検討する地域金融機関もみられ始めています。政府が銀行等保有株式取得機構を活用して、金融機関及び事業会社からの株式買取りを可能とする法案も現在国会で議論されています。更に、一昨日、日本銀行では、金融機関の株式保有リスク削減努力を支援するため、金融機関保有株式の買入れを再開することとしたところです。このように「金融のセーフティー・ネット」は整備されつつあります。また、「雇用のセーフティー・ネット」を強化しようという機運が高まってきたことも評価できます。

 なお、主要国を代表する企業のキャッシュフローが大幅に減少する中、グローバル・ベースで、自動車業界、電機業界、半導体業界、薬品業界などでは企業再編の動きが国内外で強まることも予想されています。個人的には、「経済のグローバル化」にふさわしい「金融と産業の一体再生」について、国民の間で議論が高まることも期待しています。

6.結びにかえて

 以上、わが国金融経済の現状と先行きなどについてお話して参りましたが、最後に、岐阜県経済に触れさせていただきます。

 岐阜県の産業構造をみますと、(1)300人を超えるような大規模事業所の割合は低く、逆に小・零細規模の事業所の割合が高いこと、(2)全事業所に占める製造業割合が2割弱と全国でもトップで、その内訳をみると業種に大きな偏りがないことなどが目を引きます。伝統的には、繊維や窯業、家具、刃物などが代表的な産業でありますが、現在に至るまでの間、それぞれの産業で時代の変化に応じて先見性や柔軟性を持って対応した結果、現在のような産業構造に発展してきたと認識しています。その意味では、事業ポートフォリオが「フレキシブルで分散が効いている」という状態でして、これは当地産業の特徴であるのみならず、強みでもあると言えます。

 過去の景気悪化局面を振り返りますと、悪いと言いましても相対的に元気な業種なり分野なりがありましたから、この分散効果が岐阜県経済を支えたところはあったと思います。また、伝統的な技術などをベースに、新分野への挑戦を果敢に行ってきたことも、当地の経済を支える効果があったと言えます。しかし、あらゆる業種が同じような方向、同じような速度で下降している今回の局面では、地元経済全体としてそうした強みを実感することはなかなか難しいと思います。最近の岐阜県産業経済振興センターによる景況アンケート調査も、「原材料仕入れ価格の低下というプラス要因はあるものの、輸出を中心に売上高が低下し、採算もさらに悪化して景況感は過去最低水準まで低下した」との厳しい結果となっています。

 もっとも、経済団体や企業では、経営革新、新しい連携・創業、人材育成への取り組みなどを通じて、何とか県内経済の活性化を推し進めようとしています。先ほど触れたアンケート調査でも、「環境に対する関心が高くなっている」、「二酸化炭素削減のための商品開発を急いでいる」、「海外拠点進出のチャンス」など、なお攻めの姿勢を示唆するコメントがみられたところです。また、昨年12月、県は向こう10年間に亘る長期構想「希望と誇りの持てるふるさと岐阜県を目指して」の最終とりまとめを公表しました。経済、産業面に着目しますと、人口減少を背景とした労働力不足の深刻化、個人消費・地域内消費の減退という問題に対し、製造業の厚い集積、東海環状自動車道をはじめとする交通ネットワークの整備などを活かして、地域外からお金を稼ぐ力強い地域経済、人が集まり経済が循環する拠点性の高い地域を作ることで対応するとの構想です。厳しい経済環境にありますが、こうした県内各部門の皆様のご尽力が早期に実を結び、岐阜県経済の飛躍に繋がって行くことを期待します。

 本日は、ご清聴を感謝します。

以上