公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2009年 > 小樽市金融経済懇談会における山口副総裁挨拶「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

小樽市金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2009年3月25日

PDF(288KB)版は、こちらをご覧下さい。

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

1.はじめに

 日本銀行の山口でございます。本日は、小樽の金融・経済界を代表する皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。

 また、皆様には、日頃より、私どもの札幌支店によるヒアリングや各種のアンケート調査にご協力頂いていると思います。こうして得た情報は、わが国の金融経済情勢の的確な把握や金融政策運営に当たって大変有益であり、大いに活用させて頂いています。この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

 私は、2002年に日本銀行が小樽支店を廃止するに当たって、関連の仕事を担当しており、小樽には何度もお邪魔いたしました。当時、地元の皆様には大変苦しい選択をお願いした訳ですが、支店を引き継ぐ形で誕生した「金融資料館」が、昨年5月には開館以来50万人目の来館者を迎えるなど、大変な盛況ぶりを見せていると聞き、とても嬉しく思っております。これも地元の皆様のご理解とご支援のおかげであり、心より感謝しております。

 本日は、皆様と意見交換させて頂くのに先立ち、私から、最近の内外の金融経済情勢と、これに対する政策対応についてお話します。特に、今回の大幅な景気悪化の背景と先行きの動きについてどうみているのか、また、日本銀行を始めとする内外の政策当局が、どのような考え方に基づき、どのような対応を行っているのか、についてご説明したいと思います。

2.国際金融資本市場と世界経済の動向

国際的な金融資本市場の混乱と景気後退の背景

 それでは先ず、国際金融資本市場と世界経済の動向から話を始めたいと思います。

 国際金融資本市場の動揺は一昨年夏より始まりましたが、昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、状況は一気に悪化しました。それ以降、市場参加者や投資家は、取引の相手方の信用力に関するリスク、いわゆるカウンターパーティ・リスクへの警戒感を強め、市場での取引が極端に細り、市場流動性が急速に収縮する事態となりました。この結果、社債と国債の利回り格差が拡大したほか、証券化商品を始めとする金融商品の価格が急落し、不良資産化したことから、多くの国の金融機関で経営不安や破綻が相次ぐことになりました。

 このような国際金融資本市場の混乱とそれに続く世界経済の後退が、一昨年夏頃に表面化したサブプライムローン問題に端を発していることは、皆 様もご承知のことかと思います。しかしながら、この時期に起こっていたことは、それ以前に蓄積された金融・経済活動における様々な不均衡を調整する動きの始まりであり、サブプライムローン問題はそのひとつの表れに過ぎません。

 振り返ってみると、世界経済は、つい数年前まで非常に良好な状態にあり、2004年から2007年には、5%前後というかつてない高成長が続きました。こうした高成長にもかかわらず、新興国の市場経済への参入に伴う供給能力の増加などにより、物価は総じて安定していました。また、そうした高成長と低インフレの中で、世界的に低金利状態が長く続きました。

 このように、「高成長、低インフレ、低金利」という良好な環境が続き、先行きに対する楽観的な見方が拡がる中、金融・経済活動の様々な面で「行き過ぎ」が生じ、不均衡が蓄積されていきました。例えば、新興国の高成長を背景に原油などへの需要が大幅に増大し、資源・エネルギーといった第一次産品の価格が高騰しました。また、投資家や金融機関のクレジット・リスクなどに対する評価が甘くなり、サブプライムローン問題に象徴されるような世界的な信用バブルが発生しました。この間、グローバルな最終需要の動きをみると、欧米先進国のみならず、新興国・資源国を含め、まさに世界規模で耐久消費財を中心とする個人消費や企業の設備投資が著しい盛り上がりを示しました。これらはいずれも、過熱した金融・経済活動の表れだったといえます。そして、現在の世界的な金融危機と経済の著しい減速は、こうして蓄積された不均衡の調整過程で生じている現象と位置付けることができます。

 このように、今回の金融危機と景気後退は、本質的には、世界的な信用バブルの生成と崩壊、あるいは金融・経済各面の「行き過ぎ」とその調整という、これまでも繰り返されてきた問題です。ここ20年程を振り返っても、80年代後半のわが国の資産バブルの発生と崩壊、90年代後半のアジア通貨危機、2000年代初頭のITバブルなど、多くの例があります。しかしながら、今回の場合、過去の経験と比べても、大幅な景気後退が、世界のほぼ全ての地域で「同時」かつ「急速」に進んでいることが大きな特徴です。

 そこで、今回の「同時」かつ「急速」な景気後退の背景について、3つの観点からお話したいと思います。それは、金融取引のグローバル化、経済活動のグローバル化、そしてIT技術の進展です。

 先ず、金融取引のグローバル化についてです。現在、世界の金融機関や投資家は、国境を跨ぐ網の目のような取引関係を造り上げ、世界中の様々な金融資産への投資を行っています。サブプライムローン問題が、米国のみならず、欧州にも一気に飛び火したのは、欧州の金融機関が、米国のサブプライムローンを組み込んだ証券化商品を大量に購入していたからです。また、米欧の金融機関や投資家は、中東欧やラテン・アメリカなどの新興国に対する資金供給のパイプ役として重要な役割を果たしていました。このため、これらの金融機関が新興国への資金供給を急速に絞込んだことに伴い、米欧の金融危機が、新興国を含めた世界中の金融市場に拡大することになりました。

 次に、経済活動のグローバル化について述べたいと思います。1990年代以降、NIES、BRICSといわれる新興国や、ASEAN諸国、更にはかつての共産主義諸国が、グローバルな市場経済に本格的に参入するようになりました。これらの国々では、最近まで、先進国に比べて高い経済成長を続けていましたが、先ほど述べた国際金融面からの影響に加え、米欧の景気悪化に伴う輸出の減少などから、このところ、経済活動は大きく減速しています。また、こうした国々は、近年、先進国向けの耐久消費財やその部品の供給基地としてだけではなく、先進国にとっての巨大な市場としてのプレゼンスを高めてきました。このため、先進国から新興国に対する輸出も減少し、これが先進国の景気を一段と悪化させています。このように、現在では、先進国、新興国を問わず、輸出入が双方向に縮小し、これが、お互いの経済活動を一段と停滞させるという、地域間の負の連鎖が生じています。

 以上のようなグローバル化を裏側で支えてきたのが、IT技術の急速な進展です。情報通信システムの広範な普及と大衆化は、取引のスピードを速め、地域間の情報格差を縮小し、取引の網の目を世界中に拡げることとなりました。また、情報処理能力の飛躍的な向上は、大量の取引を瞬時に処理する大規模な取引・決済システムの構築を可能としました。しかしながら、皮肉なことに、現下の局面では、こうした高度な情報処理技術が金融取引や経済活動の逆回転のスピードをも速めることとなり、これが、今回の急速な景気悪化に繋がっていると考えられます。

世界経済の現状と先行き

 このように、世界規模での信用収縮や貿易取引の減少が急速に進む中、各国の経済は軒並み悪化ないし減速を余儀なくされています。先ず、米国経済は大幅に悪化しています。住宅市場での調整が続いているほか、企業・家計とも、資金調達環境の厳しさや先行きの不確実性の高さを背景に支出行動が慎重化しています。欧州では、輸出の減少に加え、金融機関の与信姿勢のタイト化などもあって内需も減少しています。更に、新興国・資源国の経済が、米欧の景気悪化による輸出の減少や、資金の海外流出等に伴う金融環境の悪化により、減速していることは、先ほど述べたとおりです。このように、多くの国で、輸出の減少などを起点として、生産・所得・支出の間で悪影響が拡がる負のスパイラルが進行しています。また、同時に、金融機関の与信スタンスの厳格化が実体経済を悪化させ、そうした実体経済の悪化が、今度は金融機関の経営を圧迫し、貸出態度を一段と慎重化させるという「金融と実体経済の負の相乗作用」といわれる現象も世界的に拡がっています。

 私どもはしばしば、「1930年代の世界恐慌のような状態になることはないのか」とのご質問を受けます。この点に関し、マクロ的な政策対応の観点から両者の違いを指摘することは比較的簡単です。すなわち、金融機関の破綻に対して有効な対策が打てなかった世界恐慌時と異なり、今回は、既に多くの国で預金者保護のための制度的枠組みが整備されているほか、金融機関に対する公的資本注入も迅速に行われています。また、各国の政府・中央銀行が財政・金融政策面での対応に積極的に取り組んでいることや、自由貿易体制が基本的に維持されていることも、当時の状況とは異なります。しかしながら、「金融と実体経済の負の相乗作用」がまさに進行している中、金融システム安定化に向けた現在の取り組みだけで十分といえるのか、有効需要の不足を具体的にどのような形で補っていくのか、大幅に悪化している実体経済活動との比較でみて金融環境は十分緩和的といえるのか、更には、自国産業の過剰な支援など保護主義的な動きが再燃することはないか、といった点は、引き続き十分に注意していく必要があると思います。月並みではありますが、重要なことは、過去と比較すること自体ではなく、そこから得られた教訓を踏まえつつ、今日的な視点を持って現状を冷静に分析し、過大にも過小にも評価しない姿勢を堅持することだと考えています。

 そのうえで申し上げると、今回の金融危機と景気悪化は、過去数年に亘り、広範に蓄積された様々な不均衡を調整する過程であるだけに、当面は、厳しい状況が続く可能性が高いと思っています。世界経済が回復するためには、米欧の金融システムが安定化し、金融面からの実体経済の下押し圧力が低下するとともに、資産価格や生産、過剰設備等の調整が進み、総需要回復への展望が拓けてくることが必要になります。しかしながら、米欧の金融システム不安は燻り続けており、不良債権の抜本的な処理に向けた取り組みは、緒についたばかりです。また、主要国の各種経済指標を見ても、現時点で目立った改善は見られず、各国の財政・金融政策についても、その効果が十分に発揮されるまでにはなお時間を要すると思われます。日本銀行では、2009年度後半以降、国際金融市場が落ち着きを取り戻し、海外経済が減速局面を脱することを想定していますが、以上のような世界経済の現状を踏まえると、こうしたシナリオについての不確実性は非常に大きいと言わざるを得ないと考えています。

3.わが国の金融経済情勢

わが国経済の現状と先行き

 続いて、わが国の金融経済情勢について、お話したいと思います。

 わが国の景気は、昨年春頃より減速傾向を強めてきましたが、特に秋以降、輸出や生産がかつてないほどの大幅な落ち込みをみせています。1月は、輸出が前月比マイナス15.8%、生産がマイナス10.2%となり、いずれも過去最大規模の減少幅を記録しました。また、企業収益や家計の雇用・所得環境が悪化する中、内需も弱まっています。これらを背景に、日本銀行では、「わが国の景気は大幅に悪化しており、当面、悪化を続ける可能性が高い」と判断しています。政府が発表した昨年10月〜12月のGDPは、年率換算でマイナス12.1%と、第1次石油ショックの直後以降、最大のマイナス幅となりましたが、これも日本銀行の判断を裏付ける非常に厳しい数字だったと思います。また、同時期の米国の成長率がマイナス6.2%、ユーロエリアがマイナス5.7%だったことを考えると、ここにきて、わが国の経済情勢の厳しさが一層際立っているようにも思えます。

 このように、日本経済が、今回の世界経済混乱の震源地である米欧に比べてもなお、大幅な悪化をみていることについては、ここ数年における、わが国経済の成長メカニズムが影響していると考えられます。

 日本経済は、2002年初から比較的最近まで、緩やかながらも息の長い成長を続けてきましたが、その背景には、企業における過剰債務・過剰設備等の削減努力に加え、先ほど述べたような、世界経済の高成長という良好な環境が存在していました。こうした中、わが国では、耐久消費財や資本財、なかでも自動車、電気機械、一般機械を中心に、海外需要に焦点を当てた成長メカニズムを構築してきました。少子高齢化が進行する中、先行き、内需の伸びは大きく期待できないとの見通しや、2007年半ば頃まで為替が円安方向で推移していたことも、こうした傾向を強めた可能性があると思います。実際、先ほど述べた3業種のわが国鉱工業生産全体に占めるウエイトは約5割に上っています。米国では、同様の業種の占めるウエイトは約2割に過ぎません。また、自動車をみると、国内生産台数のうち、輸出向けが占めるウエイトは、2002年の55%程度から、2008年には65%程度にまで上昇していました。一般機械の受注額も、EU向けや資源国・新興国向けに牽引される形で、2002年から2007年までほぼ一貫して増加傾向を辿っており、受注額は5年間で1.5倍強に膨らみました。

 今回の世界的な景気後退は、こうしたわが国の成長メカニズムを直撃した格好となっています。昨年10〜12月のGDPを見ると、日本のほか、韓国、台湾、ドイツなどのマイナス幅が大きかったのですが、これらはいずれも、輸出減少の影響を受けやすい製造業、中でも、耐久消費財や資本財、あるいはそれらの部品などの生産ウエイトが高い国といえます。また、日本の場合には、昨年夏場以降の急速な為替円高が、海外の最終需要の落ち込みを増幅する形で、輸出にマイナスの影響を及ぼしていると考えられます。更に、わが国では、部品や素材の国内調達比率が米国などよりも高いことから、輸出減少の影響が、国内の他の産業にも拡大して波及する結果となっています。

 現在、こうした業種では、過剰在庫を圧縮するための急激な生産調整を行っており、当面の間、生産は減少を続けると予想しています。設備投資についても、設備過剰感が強まる中、能力増強投資を中心に、当面、大幅な減少を続ける可能性が高いと思われます。また、労働需給は緩和する方向にあり、今後、雇用面での調整が、製造業から非製造業へ、賃金と雇用者数の両面で拡がる可能性を含め、十分注視していく必要があると考えています。

 次に、家計部門についてです。わが国の家計は、高い貯蓄率の下、多額の金融資産を保有していますが、不動産・住宅価格の低迷に苦しむ米国のように、大規模なバランスシート調整を迫られている訳ではありません。しかしながら、所得・雇用環境の悪化がボディ・ブローのように効いてきており、これが、個人消費の更なる下押し材料となる可能性があります。また、最近の株価の不安定な動きや雇用情勢の悪化などが、消費者マインドを一段と冷え込ませる可能性にも留意が必要です。

 この間、物価は、低下傾向を続けています。消費者物価の前年比は、昨年夏に、90年代前半以来のプラス2.4%まで上昇しましたが、その後は、石油製品価格の下落などから一転低下し、1月の前年比プラス幅はゼロ%まで縮小しました。今後は、厳しい経済情勢に伴う需給バランスの悪化も加わって、前年比マイナスになっていくと予想しています。

 景気・物価の先行きについては、日本銀行では、中心的な見通しとして、2009年度後半以降、国際金融資本市場が落ち着きを取り戻し、海外経済が減速局面を脱するにつれ、わが国経済も持ち直し、物価の下落幅も縮小していく姿を想定しています。ただし、こうしたシナリオに関する不確実性は高く、また、リスク要因も存在します。

 例えば、わが国の生産は、当面は減少を続けるものの、在庫調整圧力が減衰するにつれて、その減少テンポも次第に緩やかになると見込まれます。従って、わが国の生産が回復し、ひいては経済全体が回復するかどうかの重要なポイントは、こうした調整が進捗した後、最終需要が速やかに立ち上がってくるかどうかです。この点、先ほど申し上げたとおり、世界経済の回復についての不確実性が非常に高い状況にある下で、輸出の持ち直しにどの程度期待できるかといったあたりにもリスクが存在していると考えています。こうした輸出の動向を含め、仮に最終需要の回復が大きく遅れたり、小幅に止まるようであれば、企業の中長期的な成長期待が低下し、設備や雇用の調整圧力が高まることを通じて、国内民間需要が一層下振れるリスクがあると考えています。また、物価に関しても、景気の下振れリスクが顕現化し、物価上昇率が長期間に亘ってマイナスを続けるような状況となれば、企業や家計の中長期的なインフレ予想が下振れるリスクがあると考えています。日本銀行としては、こうした種々の下振れリスクを含め、引き続き、経済・物価の動向を注意深く点検していきたいと考えています。

わが国の金融環境

 次に、最近の金融環境についてご説明します。

 一言で申し上げれば、わが国の金融環境は、リーマン・ブラザーズ破綻以降、厳しい状態が続いています。本日は特に、皆様にとって最も係わりが深いと思われる企業金融の動向を中心にご説明したいと思います。

 先ず、資金調達の際の金利水準は、昨秋来の政策金利引き下げの波及やCP発行市場の改善を受けて、このところ低下しつつあります。昨年末にかけて高騰したCP発行金利が年明け以降低下しているほか、銀行貸出金利も、短期プライムレートの引き下げなどからやや低下しています。しかしながら、信用スプレッドはむしろ拡大ないし高止まりを続けており、政策金利の引き下げ効果は、その分減殺された状態にあるといえます。

 次に、資金調達の量の面についてご説明します。先ず、企業サイドでは、キャッシュ・フローの減少を補填したり、先行きへの不透明感の高まりから、手元資金を積み増しておこうとする動きが強まっています。こうした中、CP・社債の発行環境は、一部に改善の動きがみられるものの、発行額を全体としてみれば、引き続き前年を下回る水準で推移しています。一方、民間銀行貸出は、大企業向けを中心に、足もとにかけて高い伸びを示しています。

 もっとも、金融機関では、有価証券関連損失の拡大や企業業績の悪化に伴う信用コストの高まりなどを背景に、貸出運営面で先行きの自己資本制約を意識せざるを得ない状況になってきています。こうした中、企業サイドでは、自社の資金繰りや金融機関の貸出運営スタンスが「厳しい」とする先が増えてきています。とりわけ貸出が前年割れを続けている中小企業について各種の調査結果をみると、資金繰り判断や貸出態度判断は1998年や2002年当時の状況にまで悪化しており、この点、日本銀行としても十分な注意が必要と考えています。

 一般に、わが国の金融機関は、バブル経済崩壊以降、不良債権処理を着実に進めてきたほか、海外証券化商品への投資も比較的限定されていたため、サブプライムローン問題発生後も、相対的に安定した状態を維持してきたといえます。実際、米欧と異なり、金融機関の破綻や公的資金による救済が現実の問題になっている訳ではありません。しかしながら、景気悪化が当面続くと見込まれる中、わが国金融機関の経営体力やリスクテイク能力が徐々に低下し、これが貸出余力の減退に繋がっていく可能性には注意が必要です。わが国の金融機関・金融システムが、金融仲介機能を適切に発揮できるかどうか、言い方を換えれば、「金融と実体経済の負の相乗作用」が強まることがないか、引き続き丹念に点検していきたいと思います。

4.政策面での対応

 以上、内外の金融経済情勢についてご説明してきました。続いて、こうした状況を踏まえた最近の各国の政策対応についてお話しします。

 先ず、金融システム不安に対する対応です。昨年秋以降、国際金融資本市場の緊張と金融システム不安が高まる中で、各国は、様々な対応を講じています。特に米欧では、政府を中心に、経営が悪化した金融機関に対する公的資本の注入や預金保険の保護対象の拡充、不良債権の買取りといった措置を実施しています。米欧に比べ、金融システムの安定が維持されているとはいえ、わが国でも、先ほど述べたような自己資本制約の強まりを背景に、金融機関の資本基盤の充実が改めて重要になってきています。昨年12月に金融機能強化法が改正され、公的資金活用の枠組みが整備されたのも、こうした問題意識が背景にあるからです。

 なお、現在米欧で採られている措置の多くは、わが国が、90年代後半以降の金融危機の中で実際に行ってきたものです。その意味では、わが国の経験が、今回の各国の対応に活かされているのだと思います。また、こうした経験から得た重要な教訓のひとつは、「金融と実体経済の負の相乗作用」が進行している中にあっては、金融システム面での対応だけでは問題を完全に解決できない可能性があるということです。このため、金融機関の資本基盤の強化といった措置に加え、企業部門の過剰を解消し、その再生を後押しする施策、あるいは経済全般を下支えするマクロ的な政策を同時に実施するなど、負の相乗作用の更なる進行を食い止めるための総合的な対応を講じていくことが重要なポイントです。我々としては、今後とも、機会を捉えてこの点を各国に伝えていきたいと考えています。

 財政政策の面でも、各国が思い切った対策を進めています。米国では、オバマ新政権が、総額約75兆円という大規模な景気刺激策を打ち出したほか、中国も、約60兆円の景気対策を発表しています。わが国でも、政府により、12兆円の財政措置と63兆円の金融措置からなる経済対策が公表されています。財政政策について、一般論として申し上げれば、短期的な需要創出という役割に加え、将来の生産性向上をもたらす社会資本整備などを通じて、潜在成長率の向上に貢献するような支出を考えていくことが大切だと思います。また、先のG7やG20の共同声明にもあるとおり、中長期的な財政の持続可能性との整合性も、重要な論点だと考えています。

 金融政策の面でも、各国の中央銀行が、自国の経済や金融市場の状況を踏まえ、適時適切に必要な措置を実施してきています。具体的な措置は、各国の状況に応じて様々ですが、日本銀行についていえば、次の3つの柱に基づく政策運営を行っています。1つは、金利の引き下げであり、2つめは、金融市場安定化のための積極的な資金供給であり、3つめは、個別の金融市場への働きかけなどによる企業金融の円滑化です。そこで以下では、昨年秋以降に実施してきた措置について、3つの柱に沿ってご説明します。

 1つめの金利の引き下げについて、日本銀行では、政策金利である無担保コールレート・オーバーナイト物の誘導目標を0.5%から0.1%まで引き下げました。また、資金供給手段の工夫等によってターム物金利への働きかけを強めており、この結果、ターム物金利は、年度末に向けた資金需要が高まるこの時期においても、年初に比べ、幾分低下した水準で推移しています。

 2つめは、積極的な流動性供給を通じた金融市場の安定確保です。日本銀行では、米ドル資金供給オペを各国と協調して実施しているほか、円資金についても、長期国債の買入れオペなどを活用しながら、潤沢な資金供給を続けています。長期国債の買入れについては、昨年12月に、それまでの年14.4兆円ペースから年16.8兆円ペースに増額したところですが、先週開催された金融政策決定会合では、更に4.8兆円増額し、年間21.6兆円ペースとすることを決定しました。今回の増額は、年度明け後も金融市場の緊張が続く可能性が高いことから、市場の安定を確保するため、引き続き積極的な資金供給を行っていくことが重要との判断の下、長期の資金供給手段を一層活用し、円滑な金融調節を行っていくことを目的としています。

 3つめは、企業金融円滑化のための措置です。日本銀行は、本年1月より、「企業金融支援特別オペ」という新たなオペを実施しています。このオペにより、金融機関は、日本銀行に差し入れた民間企業債務の担保の範囲内であれば、金額に制限なく、期間3か月までの資金を調達することができます。金利についても、市場からの調達金利よりも低い0.1%に設定しました。加えて、2月には、オペの実施頻度を月2回から毎週に増やすとともに、資金供給期間を3か月に統一するなど、その機能の強化を図っています。これは、企業が実際に資金調達を行うやや長めの金利の低下を促すとともに、企業の資金調達に関する安心感を確保することを狙ったものです。

 更に、日本銀行は、本年1月に、企業が発行するCPを、金融機関を通じて総額3兆円まで買入れることを決定しました。また、2月には、残存期間1年以内の社債についても、総額1兆円まで買入れることを決定しました。これらは、CPや社債市場の機能低下が企業金融全体の逼迫に繋がっているとの認識に基づいた措置です。また、CPや社債の買入れによって、これらがバランスシートから外れる分、金融機関の貸出余力が拡大する効果も期待しています。

 もっとも、日本銀行自身が民間企業の債務を買入れることは、損失発生を通じて納税者の負担を生じさせる可能性が相対的に高く、また、個別企業に対するミクロ的な資源配分への関与が深まることを意味しています。更には、他の政策手段と比べて、日本銀行の財務の健全性を損ない、ひいては通貨や金融政策への信認を損なうおそれが相対的に高いといえます。このように、金融商品の買入れは、中央銀行の政策手段としては異例の措置であるだけに、日本銀行では、買入れ実施の必要性に関する判断基準などを整理したうえで、これに基づき、CPや社債の買入れを行っています。

 なお、金融市場の機能低下の度合いや金融仲介構造の違いなどによって、買入れの規模や対象に違いがあるものの、米国の中央銀行であるFRBや、英国の中央銀行であるイングランド銀行も、日本銀行と同様、金融資産の買入れを実施しています。また、FRBやイングランド銀行では、政策目的や背景となる考え方に違いはあるものの、この3月から大規模な国債買入れを開始することを発表しています。やや大げさな言い方をすれば、今回の景気悪化に対処するために、各国の中央銀行が、従来の伝統の枠を乗り越えて、それぞれ未踏の領域に踏み込んで活動しています。

 このほか、日本銀行では、国際金融資本市場における緊張の持続や内外経済環境の悪化が金融機関の経営や資金仲介機能に悪影響を及ぼしてきているとの認識の下、先ほどの3つの柱に基づく措置に加え、わが国金融システムの安定を確保するための措置も積極的に講じてきています。具体的には、本年2月に、金融機関からの株式の買入れを再開しました。これは、わが国金融機関にとって、株式保有リスクへの対応が引き続き極めて重要な経営課題であるとの認識から、金融機関による今後の株式保有リスク削減努力を支援しようとするものです。また、先週には、金融機関に対し、自己資本の一部を構成する、いわゆる劣後ローンを供与することについて具体的な検討を開始することとしました。本措置の目的は、市場からの資本調達、金融機能強化法に基づく資本調達に加え、金融機関が十分な自己資本基盤を維持し得る手段を一層整えることにより、金融システムの安定を図ることです。こうした目的を踏まえ、今後、極力早期にスキームを固めていきたいと考えています。

 このように、日本銀行では、昨年秋以降、様々な措置を矢継ぎ早に実施してきました。年度末に向けて残り数日となりましたが、民間企業・金融機関において早い段階から計画的な資金繰りに努めてきたほか、日本銀行でも、例年以上の規模とペースで流動性を供給してきたことから、今のところ、金融市場は比較的落ち着いた状態を維持しています。もっとも、先ほど申し上げたように、わが国の経済・金融情勢は引き続き厳しい状況が続くと見込まれます。金融政策面からの対応という観点からは、当面、第2の柱である金融市場の安定化策と、第3の柱である企業金融の円滑化策を中心に据えながら対応していくことになると思われます。いずれにしても、日本銀行としては、金融市場や企業金融の動向を丹念に点検しつつ、予断を持つことなく、必要な施策を果断に実施していきたいと考えています。

5.おわりに

 以上、内外の金融経済情勢と、日本銀行を始めとする政策当局の対応についてご説明してきました。冒頭申し上げたように、今回の景気後退は、過去数年に亘って蓄積された様々な不均衡を調整する過程であるだけに、当分の間、厳しい状況が続く可能性が高いと言わざるを得ません。小樽地区についても、ロシア向け輸出の急減や、内外からの観光客の減少など、景気悪化の影響を大きく受けていると認識しています。

 しかし一方で、内外の金融資本市場は、短期市場を中心に次第に落ち着きを取り戻しつつあります。また、各国で進められている財政・金融政策や、金融システム安定化に向けた各種施策が、今後、その効果を徐々に発揮していくことが期待されます。ただ、これらの政策は、経済・金融面でのショックを一時的に緩和し、大きな落ち込みを防ぐという、いわば時間稼ぎの役割しか果たさないということは、忘れてはならない重要な点です。経済が中長期的に持続可能な成長を遂げていくためには、民間部門において様々な過剰を調整し、その上で、新たなビジネス・モデルを構築していくことが不可欠です。財政・金融政策は、そうした民間部門での調整や前向きな取り組みを円滑に進めるためのサポート役に過ぎません。

 日本経済は、これまでも、厳しい景気後退の波に何度も晒されてきましたが、その度に、それを糧として、付加価値の高い新製品・サービスを生み出す力を高め、将来の成長に向けた基盤を整えてきました。かつての円高不況のときも、バブル崩壊後の90年代もそうでした。私自身、支店長会議などにおいて、「こうした時期だからこそ、将来に備え、研究開発や人材育成、M&Aのための投資は継続する」といった、全国の企業経営者の力強いお話をお聞きします。また、日本企業が高い技術力を誇る省エネや環境といった分野では、将来の成長分野として、地道な研究・開発努力が続けられています。

 小樽は、その歴史からいっても、北海道の金融・経済の発展を支える新進の地であり、また、道内有数の観光資源を有する街として、あるいは北東アジア大陸と北海道各地を結ぶ物流拠点として、高いポテンシャルを有しています。企業経営者の皆様が、今回の景気悪化と、その中でのサバイバル競争を生き抜くだけの覚悟と知恵を持ち続けること、そして、これを乗り越えたとき、わが国および小樽の経済が、将来も繰り返されるであろうグローバルな景気変動にも十分に対処できる、より柔軟かつ強固な姿に生まれ変わることを強く期待しています。

 日本銀行としても、前向きの企業活動を金融面からサポートするとともに、わが国経済が、物価安定のもとでの持続的成長経路に早期に復帰できるよう、中央銀行として最大限の貢献を行っていく所存です。

 本日は、ご清聴有り難うございました。

以上