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【挨拶】「金融政策の実践と金融システム:思考様式を巡る変遷」

日本銀行金融研究所主催2009年国際コンファランスにおける開会挨拶の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2009年5月27日

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目次

はじめに

 おはようございます。金融研究所主催の国際コンファランスでご挨拶することは、私にとって大きな喜びです。中央銀行、国際機関、学界からご参加頂いた皆様に、日本銀行の同僚を代表して、心から歓迎の気持ちをお伝えしたいと思います。

金融システムと金融政策の連関

 今年のコンファランスのテーマは、「金融政策の実践と金融システム」です。テーマにある2つの言葉は、密接に結びついています。金融政策と金融システムの結びつきは、1980年代後半のバブル発生以降、常に、日本銀行にとって重要な課題を投げかけてきました。他の中央銀行でも同様の事情が強まっているように思います。実際、金融政策と金融システムの連関は、少しずつではありますが着実に、政策担当者や学界の関心を集め、コンファランスではよく取り上げられるテーマとなっています。私たちは、このような動きから確実に恩恵を受けてきました。今回のコンファランスでは、学界をリードする経済学者等が6本の示唆に富む論文を報告して下さいます。パネルセッションでは、著名な政策担当者が一堂に会し、現下の政策課題について議論します。

 ところで、バブル発生とその崩壊への政策対応に関するこれまでの議論を振り返ると、やや複雑な思いを持ちます。いくつかの節目がすぐ頭に浮かびます。日本のバブルが絶頂であった20年前、日本の金融危機が頂点に達した10年前、世界経済が「大いなる安定」の時代にあった数年前、世界的な信用バブルが米国サブプライム住宅ローン問題として顕在化した2年前、そして昨年のちょうど今頃などです。思考様式の変遷には、紆余曲折があったように思われます。

 2000年代央ごろまで、国際コンファランスに参加した日本人は、私を含めて、国内の状況や海外での議論をもどかしく感じていました。わが国国内では、公的資本の注入といった必要な行動が遅れていた一方で、バブル崩壊後、金融システムの機能が低下するもとで日本経済が置かれていた状況を分かってもらうことも難しいものでした1。必要な行動の遅れには、政治的に困難な説得を必要とするものであったことも影響しています。その背景の1つは、いつの時代でもそうかもしれませんが、金融機関に人気がないことのように思われます。しかし、より本質的なのは、問題の核心を十分に説明できる経済理論を持ち合わせていなかったことでした。

 当時も、私たちは、多くの学界の知見を最大限に活用してきましたが、既存の経済理論ではうまく捉えられないような状況にもしばしば直面しました。たとえば、金融面での不均衡は、良好な経済状況のもとで、信用量の急膨張、レバレッジの急拡大、資産価格の急上昇を通して、蓄積されていきました2。バブル崩壊後は、市場参加者は急速に弱気化し、リスクテイク能力を低下させました。結果として、金融政策の有効性は大きく低下し、非正統的手段による金融政策対応が立て続けに採られました。金融政策の有効性は、中央銀行の信認に大きく依存します。中央銀行の信認は、中央銀行のバランスシートの健全性や中央銀行の中立性に関する国民の認識によっても影響を受けます。これらの経験は、マクロ経済学や金融論の教科書に、金融システムと金融政策の連関に関する新たな章がいくつか必要であることを示しているように思われます。

 金融政策運営に関する考え方は、2007年夏の国際金融市場の混乱以降、間違いなく変化してきました。特に、昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻以降、金融と実体経済の負の連鎖を直接経験したことで、政策議論は一段と変化しました。日本の経験は、もはや日本だけのことではないことが明らかになりました。

  • 1 日本の1990年代は、しばしば「失われた10年」と呼ばれています。そのような表現と政策対応の是非に関しては、Shirakawa (2009a) をご参照ください。
  • 2 本コンファランスの発表論文のうち、Hattori, Shin, and Takahashi (2009)は、1980年代の日本のバブルを振り返り、バブル拡張の背景にあった資金の流れの変化に着目しています。

前例のない政策の実施:日本の経験

 ここで、バブル崩壊後、特に1990年代後半以降の金融危機時における日本銀行の政策運営を概観することで、議論の基礎を提供したいと思います。中央銀行業務の様々な分野において、政策措置がとられましたが、ここでは、金融政策に焦点を当てたいと思います。

 日本銀行の政策措置は、以下の5点に要約されます。第1に、インターバンク市場におけるオーバーナイト金利をほぼゼロまで低下させ、最終的にはわずか0.001%となりました。第2に、長期国債の買入れ増額など、さまざまなオペレーション手段を用いて、潤沢な超過準備を供給しました。潤沢な流動性を円滑に供給するために、オペレーションの期間は長期化し、量的緩和政策の最終局面では全店手形買入オペの期間は10ヵ月となりました。「量的緩和(quantitative easing)」は、しばしばかなり曖昧な意味で用いられますが、私たちが採用した政策行動は、純粋な形での「量的緩和」と言えます。第3に、今日の用語でいう「信用緩和(credit easing)」を採用しました。購入した資産には、資産担保証券(ABS)や資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)などが含まれます。第4に、ゼロ金利政策や量的緩和政策を継続するというコミットメントを行いました。コミットメントの条件は、ゼロ金利政策のときには、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢となるまで」、量的緩和政策のときには、「消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」と表現されました。第5に、金融システムの安定性を確保するために、金融機関が保有する株式の買入れを含む、前例のない政策を採りました。

 これらの政策措置を聞くと、日本銀行が過去に採った政策と主要国の中央銀行によって現在採られている政策が、著しく似通っていることに気付かれたかもしれません。私は、日本銀行によって採られた前例のないこれらの政策が、わずか数年後に、他国の中央銀行で採用されることになるとは全く想像していませんでした。おそらく、各国中央銀行の同僚たちも、自らがこのような政策を実行することになるとは全く想像していなかったのではないかと思います。もちろん、金融仲介構造や金融市場のストレスの度合いの違い、そして中央銀行が利用しうる手段に関する法的ないし社会的制約の違いなどを反映し、これらの政策措置は、完全に同じという訳ではありません。しかし、こうした違いにもかかわらず、上述した著しい類似点は際立っています。結局のところ、どの中央銀行も、経済における流動性の総量を調節するという同じ能力を使って、同じ目的を果たそうとするのですから、金融危機に直面した中央銀行が似たような政策措置を採るのは、ある程度当然のことといえると思います3

  • 3 本コンファランスの発表論文のうち、Goodfriend (2009)は、金融危機のもとでの中央銀行業務を、金融政策、貸出政策、金利政策という3つのイニシアティブに分類して論じています。

流動性の重要性

 ここで流動性に話を移したいと思います。現在の金融危機について、その要因をただ1つに絞り込むことはできないと思いますが、私は、流動性が現在の金融危機を理解する上で最も重要な概念であると考えています。信用バブルの拡張期において、積極的なリスクテイク姿勢の背後に、流動性が無尽蔵に利用可能であるという根拠のない期待をもとにした安心感がありました。逆に、バブルの崩壊期においては、流動性枯渇への不安が経済活動の異常なまでの収縮をもたらしました。さらに、流動性の状態は、金融資産の価格評価を大きく変化させ、それによって、金融機関の自己資本の状態も影響を受けました。

 ここで、私は、「流動性」という言葉を、資金流動性と市場流動性を包括する概念として使っています。しかし、「流動性」は、決して厳密に定義できるものではありませんし、定量的に正確に測定できるものでもありません。このため、「流動性」という言葉には、いくぶん曖昧さが残ることは認めざるを得ません。しかしながら、「流動性」の状況をある程度評価することは可能です。結局のところ、流動性は、中央銀行業務が始まった時から、経済の実体面と金融面の相互依存関係を理解するうえでの中心的な概念です。中央銀行の主な役割は、これまでも、そしてこれからも、流動性の番人(guardian of liquidity)だといえるでしょう。

 このような見地に立つと、中央銀行にとって、経済における流動性の総量を適切にコントロールすることは極めて重要です。しかし、流動性という概念は、必ずしも広義のマネーや準備預金とは一致しないことには留意が必要です。実際、近年の日本では、マネーと経済活動の間に継続的に負の相関が確認されます。経済活動が弱いときにマネーは増加し、経済活動が拡大するときにマネーは減少しています。貨幣乗数もまたかなり不安定です。

中央銀行にとっての課題

 流動性が重要であるということは、実際的には、何を意味しているのでしょうか。最近の経験をもとに、中央銀行にとっての幾つかの論点と課題に触れたいと思います。

 最初に、流動性供給と資本供給の間の微妙な境界について注意を促したいと思います。現在、中央銀行は、非正統的な政策手段を遂行するという喫緊の課題に直面しています。中央銀行の伝統的な役割は、流動性の供給にあります。危機においては、中央銀行は、ときにはある程度の信用リスクをとることで、積極的に流動性を供給しようとします。担保の適格基準の緩和はその一例です。価格が「発見」されないという機能不全に陥っている市場のもとでは、中央銀行の貸出が「担保により保全されている」としても、中央銀行が信用リスクから免れることができるかは、確かではありません。このため、流動性供給と資本供給を区別することは難しくなります。金融商品の買切りは、より直接的に中央銀行が信用リスクを引き受けることになります。この点で、金融政策は、財政政策の領域に近づいています。そのような状況のもとでは、中央銀行は、政策運営の前提条件である信認が損なわれるリスクにも注意しなければなりません。財務の健全性の悪化や個別の資源配分への大規模な介入といった論点が意識されています。主要国の中央銀行は、一方で物価と金融システムの安定に究極的な責務を負い、他方で民主主義社会における説明責任を適切に図るということのバランスをとろうとしています。普遍的に成立するような明確な答えはありませんが、中央銀行の役割が正しく理解される必要があります。

 第2に、中央銀行は、資金の流れを円滑に効率的にする「配管工」(plumber)としての役割を果たすことが期待されます4。ここで重要な分野は、決済システムと中央銀行自身のオペレーション手段です。クロスボーダー担保に関する取り決めを例にとると、日本銀行は先週、時限措置として、外国通貨建ての外国国債まで適格担保の範囲を拡大しました。この措置によって、金融機関は、外国通貨建て債券を日本銀行による円資金供給オペレーションの担保として用いることができます。

 第3に、金融の規制や監督の再設計に、他の関係当局と連携して取り組むことが求められます5。今回の金融危機を踏まえると、信用リスクだけでなく、市場流動性や資金流動性リスクにも対処していく必要があります。特に、プロシクリカリティの問題に関しては、ルールや市場慣行に関する適切なインセンティブ機構を構築し、ミクロ・マクロ双方のレベルでインセンティブをコントロールしていくことが求められます。

 最後になりますが、流動性の重要性が十分に意識されると、金融政策はどのように運営されるべきか、という点にも注意を促したいと思います。この点では、中央銀行におけるリサーチが極めて重要になります。たとえば、最近の金融危機は、流動性の状態の変化に起因する、金融政策のリスクテイク・チャネルの重要性を浮き彫りにしました。リスクテイク・チャネルは、金融政策と金融機関行動の連関の中で作用します6。良好な金融・経済情勢のもとで低金利が長く続くと、過剰な自信が生まれ、資産価格、担保価値の急激な上昇だけでなく、所得、利益の急上昇を招きやすくなります。すると、リスク認識が甘くなるとともに、リスクテイク許容度が高まります。結果として、金融システム全体における積極的なリスクテイク行動が大きく高まる一方で、金融面での不均衡の蓄積が見過ごされ勝ちになります。このような金融面での不均衡は、経済環境が悪化し始めたときにはじめて顕在化します。

 複雑な波及経路とさまざまな経済主体の行動的側面を考えると、金融政策の制度設計は極めて難しい課題です。たとえば、金融政策の対外説明において、その時間的視野は、インフレーション・ターゲティングで通常想定される標準的な時間的視野と比べて、より長くとる必要が生じます。この場合、もうひとつの重要な政策課題は、いかにして金融政策の透明性を確保するかです。

  • 4 Tucker (2009) をご参照ください。
  • 5 Shirakawa (2009b) をご参照ください。
  • 6 Borio and Zhu (2008) をご参照ください。

結び

 最近の金融危機を受けて、政策に関する議論は、金融政策の運営だけでなく、金融の規制や監督など広範な論点を巡って続いています。学界と政策担当者の間の対話は、短期的な視点、中長期的な視点の双方から、必要な対応のあり方を議論し、構築していくうえで重要です。この点、私は、今年のコンファランスが、中央銀行による有効な政策運営を可能にするための洞察を与えてくれるものと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。

参考文献

  • Borio, Claudio and Haibin Zhu, “Capital Regulation, Risk-taking and Monetary Policy: A Missing Link in the Transmission Mechanism?,” BIS Working Papers No. 268, 2008.
  • Goodfriend, Marvin, “Central Banking in the Credit Turmoil: An Assessment of Federal Reserve Practice,” mimeo, 2009.
  • Hattori, Masazumi, Hyun Song Shin, and Wataru Takahashi, “A Financial System Perspective on Japan’s Experience in the Late 1980s,” mimeo, 2009.
  • Shirakawa, Masaaki, “Way Out of Economic and Financial Crisis: Lessons and Policy Actions,” Speech at Japan Society in New York, April 23, 2009a.
  • ________, “Preventing the Next Crisis: The Nexus between Financial Markets, Financial Institutions and Central Banks,” Speech at the London Stock Exchange, May 13, 2009b.
  • Tucker, Paul, “Remarks at the Turner Review Conference,” March 27, 2009.