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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

長野県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 野田忠男
2009年7月30日

英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.海外経済の現状と先行き
    1. (1)「不均衡」の調整~調整にはなお時間が必要~
    2. (2)米欧の金融システムおよび金融市場~改善は道半ば~
    3. (3)地域別動向~鮮明になりつつある地域差~
      1. イ.米国経済
      2. ロ.欧州経済
      3. ハ.アジア経済
  3. 3.日本経済・物価の現状と先行き
    1. (1)経済~最悪期は脱したが、需要の回復はなお不透明~
    2. (2)物価~拡がりつつある価格引き下げの動き~
    3. (3)リスク要因
      1. イ.金融環境
      2. ロ.国際商品市況
      3. ハ.長期金利
  4. 4.金融政策運営
    1. (1)日本銀行の政策対応
      1. イ.政策金利の引き下げ
      2. ロ.金融市場安定化のための施策
      3. ハ.企業金融支援のための施策
    2. (2)各種措置の検討ポイントおよび評価
    3. (3)時限措置への考え方
  5. 5.終わりに~長野県経済について~

1.はじめに

 日本銀行の野田でございます。本日は、村井知事並びに長野県の各界を代表される皆様方と親しく懇談させていただく機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、日頃は、私共の松本支店および長野事務所が大変お世話になっており、重ねて御礼申し上げます。

 本日は、最初に私から経済情勢について(1)海外、(2)日本、(3)長野県の順で、金融政策運営についても触れながら、お話しさせて頂きます。世界経済は、足もとは最悪期を脱したとの見方が一般的となりつつありますが、第2次世界大戦後最悪とも言える同時不況に陥りました。(1)この大不況の背景は何なのか、それは解消したのか、(2)この先、景気はどうなるのか、(3)企業や地方経済は、それぞれ、どのような対応が期待されるのか、といった点について、お話しさせて頂きます。

 その後になりますが、皆様から、毎日のお仕事、ご商売の実感や地元経済の現状に関するご意見、さらには日本銀行に対するご要望などを拝聴させて頂きたいと存じます。今後の金融政策運営に携っていくうえで大いに参考にさせていただきたいと、私自身楽しみにしているところでございます。

2.海外経済の現状と先行き

 それでは、まず海外経済からお話ししたいと思います。

(1)「不均衡」の調整~調整にはなお時間が必要~

 世界経済は、一昨年夏の国際金融資本市場の混乱以降、次第に減速傾向を強め、昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を契機に、大幅に悪化しましたが、足もとは全体として下げ止まっています。先行きについては、在庫調整が一層進むもとで、金融政策や政府の各種経済政策に支えられて下げ止まりから持ち直しに転じていくものの、持ち直しのテンポは緩やかなものに止まるとの見方が多い状況です1

 今回の世界的な不況は、単なる景気循環ではなく、グローバルな構造調整を背景としています。かつて日本の企業や金融機関は90年代にバランスシート調整を余儀なくされ、その克服に長期の時間を要しました。世界経済においても、2002年以降の世界同時好況の間に金融・経済にかかる様々な「不均衡2(過剰)」——(1)米国における過剰消費とそれを支えてきた過剰債務、(2)保険会社やヘッジファンド等を含む金融セクター全般におけるレバレッジの行き過ぎ(バランスシートの拡大)、(3)多くの国における住宅や不動産の価格の過度の上昇など——がグローバルな規模で蓄積され、その調整の困難さが経済の回復の重石になっています。

 このような蓄積された不均衡について、調整の進捗状況を確認すると、例えば(1)米国の住宅価格は比較的速いペースで調整が進捗していますが、(2)米国の過剰消費・過剰債務、(3)金融機関における過剰レバレッジは、なお調整の余地を大きく残しています(図表1・2)3

 図表からも容易に推測できると思いますが、こうした不均衡の調整には相応の時間が必要であり、世界経済の回復力は暫く弱いものとなる可能性が高いとみています。世界経済の回復力や持続的な成長軌道に復するまでの期間を見極めるうえで、不均衡にかかる調整の進み具合を逐次、確認していくことは重要です。

  1. 1IMFは7月に公表した「World Economic Outlook」において、2002~2007年にかけて5%近い高成長を続けてきた世界経済は、2008年には+3.1%、2009年には戦後最低の-1.4%まで成長率は大きく落ち込み、2010年には+2.5%まで復するという見通しを示しています。
  2. 2グローバルな不均衡については、本年2月の沖縄県金融経済懇談会における挨拶要旨(本ホームページに掲載)において詳しく述べています。(1)不均衡は経常収支の不均衡の拡大によって支えられていたという側面があること(1997年のアジア通貨危機以降、経常収支を黒字化させ、外貨準備を積み上げてきた新興国や、わが国の貯蓄余剰が米国の経常収支の赤字をファイナンスし、その過剰消費を支えてきたこと)、(2)グローバルな規模で不均衡が巨大化し、持続不可能な水準に至り、今まさに調整が進んでいるところである、という大きな流れ等について述べています。
  3. 3なお、様々な不均衡の背景の一つとなっている経常収支の不均衡の解消も容易に進むものではないようです(図表1(3))。7月8日に開催された先進8か国首脳会議(ラクイラ・サミット)では、首脳宣言に「持続的な成長には経常収支の不均衡の円滑な解消が必要」との点が盛り込まれました。これに関して、経常収支の最大の黒字国中国の中央銀行である中国人民銀行の周行長は7月3日の講演の中で「中国の構造調整において、家計による消費を増やせと言うことは容易だが、実際に行うことは困難である。(中略)中国における改革や都市化が進展し消費が拡大したとしても、中国の過剰貯蓄はなお残るものとみられる」と、この問題の難しさに言及しています。

(2)米欧の金融システムおよび金融市場~改善は道半ば~

 国際金融資本市場の現状を概観しますと、米欧の金融システムへの過度の不安が後退したことを主因に、各市場は比較的はっきりと改善しています。もっとも、実体経済や金融機関を含む企業業績の先行きに対する警戒感は色濃く残っており、クレジット市場を中心に市場機能の回復はまだ道半ばという状況に止まっています。

 火元である米国の金融システムや金融市場における「金融と実体経済の負のフィードバック」の問題について、みてみたいと思います。私は、1990年代の邦銀の不良債権問題に直接関わってきた経験を踏まえ、この問題について、比較的早い段階から重大な関心を持って、進捗を注視してきました。

 米国の金融システムの現状を評価すれば、米政府が5月に大手米銀19行に対するストレス・テスト4の結果を公表した後、市場では金融機関の健全性に対する過度に悲観的な見方が後退し、多くの金融機関が自力で市場から資本を調達できるまでにセンチメントは改善しましたが、問題の解消はなお道半ばの状況です。

 特に、私が懸念しているのは、不良債権買取りプログラム(PPIP:Public-Private Investment Program)の規模が大幅に縮小しかねないことです。当初、米政府は最大1兆ドルの買取りを目指していましたが、差し当たって証券化商品の買取りに絞って、その25分の1の400億ドルの規模でスタートすることを7月8日に公表しました。米国の金融機関は、幾つかの理由——(1)自己資本を拡充したこと、(2)不良債権の安値での売却に繋がりかねないこと、(3)プログラムに参加した後に新たな条件が課されるリスクが懸念されること——から、PPIPの利用へのインセンティブを落としているようです。

 しかしながら、重要な点を2つ指摘すれば、(1)PPIPが本格的に稼動しないとなると、不良債権が金融機関のバランスシートに残ったままとなり、実体経済の回復がストレス・テストでの想定よりも遅れた場合等に、ロスが膨らみ、資本不足問題が再燃するリスクがあること、(2)その場合、金融機関は、政府の経営への介入を嫌がり、公的資本の返済を優先していることから、肝心の「実体経済への信用供与」が進まず、「金融と実体経済の負のフィードバック」が再び強まるリスクがあることです。「負のフィードバック」を解消するための重要なプロセスの全てが着実に進んでいるか、引き続き注視していきたいと考えています5

  1. 4正式にはSupervisory Capital Assessment Program(SCAP)。所謂シナリオ分析による健全性審査であり、マクロ経済に関する(1)標準シナリオおよび(2)より悲観的なシナリオの両シナリオに基づき、2010年末の予想損失額および必要な追加資本バッファーを算出していることから、ストレス・テストと呼ばれています。
  2. 5米銀大手の4~6月期決算をみますと、商業用不動産融資や、住宅ローン等の個人向け融資を中心に資産の劣化が進んでいます。融資の焦げ付きに備える貸倒引当金は、例えばシティグループが前年同期比8割増、JPモルガン・チェースおよびバンク・オブ・アメリカが同2.3倍と、それぞれ大幅に増加しました。

(3)地域別動向~鮮明になりつつある地域差~

 続いて、海外経済の現状を地域別にみてみます。米国、欧州、アジアに分けてみると、回復に転じる時期や回復のスピードについて、地域差がはっきりしつつあります。

イ.米国経済

 まず、米国経済は、先行指標と言われる企業や家計の各種コンフィデンス指標が回復するなど、悪化のテンポは足もと和らいでいます。7~9月期にはプラス成長に復し、その後、回復軌道に乗るとの見通しが増えてきました。もっとも、雇用者数の減少ペースが再び加速するなど、一本調子で改善していく勢いはありませんし、次に述べるような理由から、回復は極めて緩やかなものになるとみられます。

 先程触れましたように、家計の過剰消費・過剰債務についての調整は緒に付いたばかりです。この調整はバランスシートで言えば負債サイドの調整、つまり負債の返済圧力を意味しますが、資産サイドでは、逆資産効果とも言われる住宅価格の下落や株価の低迷による住宅・金融資産等の富の大幅な減少があります。このほか、2桁目前と既に高い失業率が更に上昇すると予想され、雇用や所得に関する不安が高まっていることや、消費者向けクレジットが引き続きタイトであることなど、米国経済の主力エンジンである個人消費への重石は枚挙に暇がありません。現に、米国の実質消費支出の4~5月平均が1~3月平均を下回るなど、景気刺激策による可処分所得の増加が消費にフルには結び付かず、一頃0%近傍まで低下していた貯蓄率は6.9%(5月)まで上昇しています(図表2(3))。これらの個人消費の重石は、いずれも一過性のものではなく、解消には相当な時間がかかるという性格のものであるということが重要な点です。

 米国経済の収縮に主役を演じてきた住宅投資は、底打ちの兆しがみられているものの、なお高水準の在庫を抱えていること等を踏まえれば、本格的な回復にはなお相応の時間を要するとみられます。リスク面では、これも先程触れた通り、不良債権が金融機関のバランスシートに残る状況が基本的には変わらないと見込まれる中、住宅のみならず、商業用不動産でも、価格の下落が続き、融資の延滞率が急上昇しており、金融と実体経済の負の相乗作用を再び強めかねないなど、引き続きダウンサイド・リスクを意識せざるを得ません(図表3)。

ロ.欧州経済

 ユーロ圏も、最悪期を脱しつつありますが、ECBのスタッフやIMFが本年に続いて、来年もマイナス成長になるとの見通しを示すなど、回復に向けた足取りはアジアや米国に比べると鈍い状況です。(1)労働市場の硬直性、(2)中東欧経済の脆弱性の問題、(3)タイトな金融機関の貸出姿勢、(4)相対的に小さい財政政策の規模等が影響しているものとみられますが、これらの点はそのまま、先行きのダウンサイド・リスク要因でもあります。

ハ.アジア経済

 続いて、中国経済をみますと、4~6月期の実質GDPは前年比+7.9%と1~3月期(同+6.1%)から伸びを高めており、いち早く底離れを果たしたようです。政府による一連の景気刺激策——積極的な財政政策および金融緩和等——の効果により、固定資産投資が公共投資を中心に前年比4割増に迫る勢いで増加しているほか、消費が堅調に推移しています。このような内需の成長が、依然として回復がみられない輸出の穴を埋めるという姿が鮮明になってきました(図表4(1)~(3))6・7。これらの政策を受けて、人民元貸出の増加額は1~6月の半年で7兆元超と昨年1年の1.5倍にも上っています。但し、このような人民元貸出の急増には、上下両方向のリスクが存在することもはっきりしてきました。すなわち、輸出というかつての成長の柱の一つが復帰するまでの間、既に過熱気味とも一部で言われている中でも、こうした政策が持続可能かどうか、「可」とする場合の資産価格の上昇や生産能力の過剰の深刻化に繋がりかねないリスク、「否」とする場合の景気腰折れリスク、といった上下両方向のリスクをはらんでいます。

 その他のアジア諸国に目を転じますと、輸出依存度が比較的低く人口が多いインドやインドネシアでは、個人消費を中心とした内需の底堅い拡大を主因に、相対的にしっかりとした成長を続けています。一方、輸出依存度の高い韓国、台湾、タイ、マレーシア等は、全体として下げ止まっているものの、リーマン・ショック以前の経済水準に比べれば大幅に落ち込んだ水準にあります。

  1. 62009年上半期の前年同期比は+7.1%であり、その内訳を寄与度でみると、資本形成総額(在庫を含む)が+6.2%、最終消費支出が+3.8%、外需が-2.9%です。
  2. 7日本等からの中国への輸出が年初対比で増加するなど、中国は世界の最終需要を牽引する数少ない地域として世界経済に貢献しています(図表4(4)(5))。

3.日本経済・物価の現状と先行き

 次に、わが国の経済・物価情勢について、お話ししたいと思います。

(1)経済~最悪期は脱したが、需要の回復はなお不透明~

 わが国経済は、2003~2006年度にかけて2%台の成長を続けてきましたが、2007年度は+1.8%に減速し、2008年度は-3.3%まで大幅に悪化しました。四半期別にみると、直近2四半期の落ち込みが著しく大きく、昨年10~12月期は前期比年率-13.5%、本年1~3月期は同-14.2%とフリーフォール的と言っても良い程の大幅なマイナスとなりました(図表5)8

 その後、わが国経済は、急速かつ大幅な悪化の状況を脱し、全体として下げ止まっています。企業収益が極めて厳しい状況にある中、設備投資は大幅に減少しており、雇用・所得環境も厳しさを増す中で、個人消費はエコ関連の家電や自動車を除き、弱い動きとなっていますが、輸出(図表6)と生産が持ち直し、公共投資が増加しています。

 既にご案内のことと思いますが、日本銀行では3か月に1回の頻度で「短観9」という調査を実施・公表しておりますが、この間の変化をこの短観が裏付けています。今月1日に公表した6月調査の中で大企業の業況判断DI——業況判断の構成比で「良い」から「悪い」を引いた計数——をみますと、製造業、非製造業ともに3月調査よりも「悪い」超幅が縮小しました。業況判断は2006年12月以来10四半期振りに改善したことになります(図表7)。

 また、その他の経済指標をみましても、4~6月期の輸出・生産・公共投資関連の指標は前期比で比較的大きめのプラスとなったこと等から、4~6月期の成長率が前期から大幅に改善することは確実です。

 景気の潮目の変化は申し上げた通りですが、先行きは、前述の海外経済や国際金融資本市場の回復に加えて、財政政策や後で述べる金融政策の効果により、次第に持ち直していく姿を想定しています。もっとも、慎重な構えを崩せない状況であることも指摘しておきたいと思います。その理由を述べれば、第1に、輸出や生産の持ち直しは、最終需要を大幅に下回る水準まで落ち込んでいたところからの、いわば「急落・激落」後の反発(自律的反転)であり、4~6月期の輸出や生産はピーク(2008年1~3月期)比で3割も低い水準に止まっていることです(図表8)。経済指標については前年比や前期比といった変化率でみることが一般的ですが、今回のように非連続的な変化が発生した後では、水準も併せて点検していくことが適当です。第2に、「内需を含めた最終需要の本格的かつ持続的回復」を示唆する材料がなお乏しく、この点の不確実性が引き続き非常に高いことです。輸出は、内外の在庫調整の進捗を主因に、持ち直しを続け10、公共投資も増加を続ける可能性が高いとみています。一方、国内民間需要は、厳しい収益環境が続き、雇用・所得環境も厳しさを増す11もとで、引き続き弱い動きが続く可能性が高く、加えて、設備や雇用に大きな過剰感が発生している状況下、生産がある程度回復したとしても、設備投資や雇用の増加には繋がりにくいことから、回復には時間を要すると考えざるを得ません12

 ご参考までに、7月時点での(1)日本銀行政策委員8名の見通しの中央値とレンジ(図表9)および(2)リスク・バランス・チャートという見通しの確率分布(図表10)をご紹介します13。政策委員の実質GDPにかかる見通しの中央値は、2009年度は-3.4%14、2010年度は+1.0%です。すなわち、中心的な見通しとしては、2008年度に引き続き、2009年度もマイナス成長となった後、2010年度にプラス成長に復帰していく姿が想定されています。ただ、GDPの水準を直近ピークの2007年度を100として確認すれば、2009年度は93、2010年度は94の水準に止まっています(図表11)。また、リスク・バランス・チャートをみると、実質GDPの確率分布は2009年度、2010年度ともに中央値の左方向が膨らんでおり、政策委員が全体としてダウンサイド・リスクをより強く意識していることがわかります。リスクについては、後程、詳しく述べます。

  1. 8第1次石油危機の影響を受けた1974年1~3月期(前期比年率-13.1%)以来、約35年振りの大きな落ち込みです。日本以外でも、先進国ではドイツ、新興国では韓国、シンガポール等も、成長率の落ち込みが大きくなりました。その背景として、これらの国では、製造業の国内経済に占めるウエイトが高く、世界経済の落ち込みが製造業の輸出を通じて、実体経済に大きな影響を与えたことが考えられます。わが国でも、製造業、中でも輸送機械、電気機械、一般機械の輸出が大きく減少し、生産の急速な減少を通じて、経済全体の成長率を大幅に低下させることになったとみています。
  2. 9「全国企業短期経済観測調査」が正式名称。年に4回、調査を実施しています。本年6月の短観では、中小企業5千社強を含む約1万社を対象に調査を実施し、99%の会社からご回答をいただきました。
  3. 10輸出が今後、回復を続けるかどうかは海外経済次第であり、不確実性は高いのですが、わが国の輸出の先行指数とされてきた米国の製造業ISM指数の新規受注(08/12月23.1→09/6月49.2)が大幅に改善している点に私は注目しています。
  4. 115月の有効求人倍率は、12か月連続で低下し、過去最低であった1999年5~6月の0.46倍を下回る0.44 倍となりました。
  5. 12前述の通り、「短観」では、大企業製造業の業況判断は改善しましたが、大企業・非製造業や中小企業の業況はほぼ横這い乃至悪化し、全産業・全規模合計では僅か1ポイントの改善に止まりました。また、3か月後の見通しは、大企業・製造業が+18、大企業・非製造業が+8の改善に対し、中小企業は全産業で+1の改善に止まっています。これらは、今次の「下げ止まり」が輸出の持ち直しによるところが大であり、その恩恵は当面、中小企業には及びにくく、あるいは及んだとしても国内民間需要の弱さにより減殺されかねないことを示唆しています(図表7)。
  6. 13日本銀行では、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」を公表し、その間の1月と7月に中間評価を行う枠組みを採用しています。そして、それぞれの月(四半期ごと)に、各政策委員(現在は8名)によるわが国の景気や物価にかかる見通しを、(1)政策委員の見通しのレンジおよび(2)リスク・バランス・チャートという見通しの確率分布のかたちで公表しています。
  7. 142009年度は、前年度後半の大幅な落ち込みの影響が大きく、ゲタ(年度中の経済成長がゼロだった場合の経済成長率)が-4.6%と大幅なマイナスになっていることに留意する必要があります。政策委員見通し(中央値)の前年度比-3.4%は、期中に平均で前期比+0.5%(年率+2.0%)成長することを意味しています。

(2)物価~拡がりつつある価格引き下げの動き~

 次に、物価についてみます。5月の生鮮食品を除くベースの消費者物価——コアCPI——は前年比-1.1%とマイナス幅を拡大しました。伸び率低下について、これまでは既往の石油製品価格の下落や食料品価格の落ち着きが主因と説明してきましたが、足もとは経済全体の需給バランスの悪化(図表12(1))を背景にした、それ以外の財・サービスにおける価格下落の広がりもはっきりしてきました。コアCPIの前年比寄与度をみると、エネルギー・食品以外の要因の寄与度は徐々に拡大しています。食品およびエネルギーを除いたベースのCPIの前年比のマイナス幅は少しずつ拡大していますし、品目別にみても、下落品目の比率が着実に上昇しています(図表12(2)(3))15

 コアCPIの前年比は、前年の石油価格の高騰の裏が大きく出る7~9月にマイナス2%程度まで下落するものの、その後は、石油製品価格等の影響が薄れていくことに加え、景気が持ち直していくとみられるため、CPIの下落幅は縮小していくとみています。

 物価の先行きを考える上で私が注視しているのは、経済全体の需給バランスの悪化が、物価形成のダイナミクスにどの程度の影響を与えるかという点です。現時点では、これまで比較的しっかりとアンカーされていた中長期的なインフレ予想が、トレンドから大きく乖離し、物価下落と景気悪化の悪循環——所謂、デフレスパイラル——が発生するリスクが高まっているとはみておりませんが、いずれにせよ物価関連データを注意深く点検していきたいと考えています。

  1. 15消費者物価指数(除く生鮮食品)を構成する521品目について、上昇/下落品目の数を確認すると、全国の指数では2008年10月以降、価格下落品目の割合が上昇しており、足もと2009年5月は価格上昇品目の割合との差が11.6%ポイントまで縮小しています(上昇品目の割合は50.8%、下落品目の割合は39.1%)。東京都区部の指数では、価格下落品目の割合が価格上昇品目の割合を既に上回っています。

(3)リスク要因

 以上、日本の経済・物価の先行きを展望しますと、景気は今年度後半以降持ち直し、物価の下落幅も縮小していく姿が中心シナリオとして一応想定されます。「一応」と申しましたのも、これまでお話ししたことからもお分かりのように、海外経済が回復に向かうことが言わば前提となっています。言い換えれば、中心シナリオの最大のリスク要因は海外経済、就中、米国経済が立ち直るかどうかであります。これについては、前半に詳しく述べました。

 その他のリスク要因は挙げれば際限がありませんが、ここでは金融環境、国際商品市況、長期金利の3つについて述べてみたいと思います16。これらは、いずれも景気の中心シナリオに対して下振れリスクを意識させるものです。

イ.金融環境

 わが国の金融環境を一言で述べれば、なお厳しい状態にあるものの、改善の動きが続いています。短観等で確認すると、資金繰りや金融機関の貸出態度について、なお厳しいとする先が多く、社債発行についても下位格付先は依然として起債が難しい状態が続いています(図表13)。もっとも、CPの発行レートが低下し、社債の発行銘柄が拡大するもと、発行金利が低下し、銀行貸出も大企業中心ながら高めの伸びを続けるなど、企業の資金調達環境は総じて改善しています。また、足もと企業の貸出需要は設備資金、運転資金ともに減少しています。

 先行きについては、最終需要の本格的回復について不確実性が非常に高い中で、企業業績の低迷に伴うリストラ資金など、後向きの資金需要の発生も予想されることから、企業金融を巡る環境については当面、基調的には楽観を許さない状況が続くとみています。前述の改善の動きが続くかどうか、今後の企業金融や金融市場の展開を注意深く点検していきたいと考えています。

ロ.国際商品市況

 2つ目のリスクは、国際商品市況の上昇です。国際商品市況は、原油価格が年初の30ドル台から6月には一時70ドル超まで上昇するなど、予想を上回って上昇しました。経済の持ち直し持続の期待が高まると投資家がリスクテイク姿勢を強め、資金配分を商品市場へ傾斜させることが観察されます。

 中国で、自動車の販売が急増し、原油の輸入が増加に転じるといった動きもありますが、世界全体では原油の需給は依然として緩和的であり、需給面からみれば原油価格は一本調子で上昇していく地合いではないというのが、一般的な見方であると考えます。もっとも、中央銀行が大量の流動性を供給している一方で、投資家が複雑な仕組みのクレジット資産の購入に対する慎重なスタンスを崩していないことから、昨年の夏までと同じように“Flight to simplicity”の動きが拡がり、国際商品市況が一段と上昇する可能性も完全には否定できません。内需の回復にはっきりした自信が持てない中で、交易条件悪化の重荷を背負うことは、日本経済にとって辛いものであり、今後の市況の変化には注意が必要です。

ハ.長期金利

 3つ目のリスクは、実体経済の回復と乖離した長期金利の上昇です。米欧の長期金利は、(1)景気の底入れ期待やそれに伴う株価をはじめとする多くの金融資産価格の回復、(2)前述の国際商品市況の上昇、あるいは(3)積極的な財政出動に伴う国債需給の急速な悪化懸念等を背景に、本年前半は上昇基調が続きました。わが国の長期金利についても、米欧に比べれば小幅とはいえ、昨年末に一時1.1%台を付けた10年国債の利回りは、6月には一時1.5%台まで上昇しました。

 国債市場を大きく崩さないためには、政府による財政規律の確保、言い換えれば財政の健全化に向けた道筋が明確になることが最も重要であることは言うまでもありません。財政健全化への道筋が不明瞭な下では、日本銀行の長期国債の買入れオペが財政ファイナンスと誤解され、その場合、リスクプレミアムの上昇から長期金利が上昇するリスクがあるということに十分に注意する必要があると考えています17

 実体経済の回復と乖離した長期金利の上昇は、ただでさえ弱い実体経済の回復力を、さらに弱めることにもなり、警戒を怠れないと私は考えています。

  1. 16このほか、企業の中長期的な成長期待の低下に伴う設備や雇用の調整圧力も、重要なリスク要因の一つとして指摘できます。この点について、昨年9月の釧路市における金融経済懇談会での挨拶要旨(本ホームページに掲載)において私の見方を述べています。
  2. 17中央銀行による国債の買入れが長期金利へ与える影響に関するこれまでの実証研究や海外の事例をみると、実施直後の一時的なアナウンスメント効果は相応に認められるが、価格を一定水準に誘導するといった長期的な効果は認められない、というのがコンセンサスのようです。むしろ、米英の中銀による国債買増しの後、長期金利がともに上昇したこともあり、国債の買入れが財政ファイナンスと誤解されることに伴う長期金利の上昇リスクへの警戒感が高まっています。FRBのバーナンキ議長は、5月5日、6月3日、7月21日の議会証言において、「我々は特定の金利水準をターゲットにしようとしている訳ではない(We are not trying to target a particular interest rate)」、「連邦準備は政府債務をマネタイズすることはない(The Federal Reserve will not monetize its debt)」と述べるとともに、「財政の持続可能性に対する懸念に速やかに対処することが非常に重要である(Prompt attention to questions of fiscal sustainability is particularly critical)」、「長期的に持続可能な財政のパスについて合意を得ることは、長期金利の低下や消費者や企業のコンフィデンスの改善といったかたちで大きな短期的なベネフィットを産み出し得る(agreeing on a sustainable long-run fiscal path now could yield considerable near-term economic benefits in the form of lower long-term interest rates and increased consumer and business confidence)」と指摘しています。

4.金融政策運営

(1)日本銀行の政策対応

 以上、日本経済の現状と先行きについて述べましたが、これを踏まえたうえで、日本銀行の金融政策運営についてお話ししたいと思います。国際金融資本市場や米欧の金融システムの動揺が深刻さを増した昨年9月以降、日本銀行は、様々な政策措置を講じてきました。その内容は、(1)政策金利の引き下げ、(2)金融市場安定化のための施策、そして(3)企業金融支援のための施策という3つに大別することができます(図表14)。以下では、今月の金融政策決定会合で決定した措置も含めて、どのような考え方で金融政策を運営しているかを中心にご説明します。

イ.政策金利の引き下げ

 第1に、金利政策の面で講じた措置です。一昨年2月以来、日本銀行は政策金利である翌日物の無担保コールレートの誘導目標を0.5%としてきましたが、昨年10月と12月に政策金利を0.2%ずつ引き下げ、0.1%としました。

ロ.金融市場安定化のための施策

 第2は、金融市場の安定を確保するための施策です。金融危機において市場を安定させるためには、中央銀行による潤沢な流動性供給が極めて重要です。

 日本銀行は、まず円資金について、政策金利を目標水準に適切に誘導しつつ、積極的な資金供給を一層円滑に行い得るように補完当座預金制度を導入したほか、この3月末にかけて年度末越えの資金を、前年を2割程度上回る規模で潤沢に供給しました。更に、長期国債の買入額を従来の年14.4兆円ペースから、年21.6兆円ペースまで増額しました。これは、長めの資金供給を通じて、短期の資金供給オペを頻繁に実行せざるを得ないという事態を解消し、円滑に金融調節を実施するための措置です。

 また、リーマン・ブラザーズ破綻直後の昨年9月に各国中央銀行と協調して米ドル資金供給オペと呼ばれる仕組みを導入し、ドル資金についても潤沢な資金供給を行ってきました(図表15(1))。金融機関によるドル調達圧力の緩和、ひいては日本の企業のドル調達の不安を取り除くことを通じて、経済活動を下支えするものです。これを受け、ドル資金の調達金利は、期間の短い取引を中心に低下しました。

 さらに、5月には、金融調節の一層の円滑化を通じて金融市場の安定確保を図る観点から、金融機関が保有する米国、英国、ドイツ、フランスの国債——所謂「クロスボーダー担保」——についても適格担保として認めました。これまでの適格担保の基準は、基本的に「円建て、国内発行、日本法準拠」でしたが、「外貨建て、海外発行、外国法準拠」の外債も含めるかたちに担保の範囲を拡充しました。

ハ.企業金融支援のための施策

 第3は、企業金融の円滑化を図るための施策——前段でお話しした金融環境にかかるリスクを和らげる施策——です(図表15(2))。

 具体的には、(1)企業債務にかかる適格担保の範囲を拡大18したほか、(2)誘導目標である無担保コールレート(オーバーナイト物)が既に0.1%という限りなくゼロに近い水準にある状況下、企業が実際に資金調達を行うやや長め——所謂「ターム物」——の金利の低下を促すとともに、企業の資金調達に関する安心感を確保する目的から、金融機関が担保として差し入れた民間企業債務の範囲内で金額無制限かつ低利で資金供給を受けられるという「企業金融支援特別オペレーション」を導入しました。

 さらに、(3)市場機能の低下が顕著なCP市場に対しては、CP買現先オペを積極化したうえで、1月からCP買入れを開始し、(4)CP同様に市場に目詰まりがみられる社債についても、残存期間1年以内のものに限定したうえで、3月より買入れを開始しました。CPや社債等、企業金融に係るクレジット商品の買入れは、個別の信用リスクを直接負担することになり、損失発生を通じて納税者の負担を生じさせる可能性が相対的に高く、日本銀行の財務の健全性、ひいては通貨や金融政策への信認を損なう惧れがあることから、異例の措置と位置付けられますが、市場機能回復までの時限的な措置とすることや、上限金額を設定すること等を定めた19うえで、異例の措置に踏み切りました20

  1. 18金融調節の一層の円滑化を図る観点から、社債および企業向け証書貸付債券の格付要件をA格相当以上からBBB格相当以上に緩和したほか、新たに不動産投資法人債等を適格担保として認めました。
  2. 19詳細は「企業金融に係る金融商品の買入れについて」(本ホームページに掲載)をご覧下さい。
  3. 20なお、こうした一連の政策措置については、「今次金融危機局面において日本銀行が講じてきた政策」(本ホームページに掲載)をご参照下さい。

(2)各種措置の検討ポイントおよび評価

 以上のように、わが国の金融経済が戦後最悪とも言える不況に直面する中で、日本銀行は金利政策に代表される伝統的政策に止まらず、クレジット商品の買入れに象徴される非伝統的政策にも踏み込んだ訳です。新規の分野に進む際には、緻密な分析や冷静な判断が必要なことは、企業でも中央銀行でも同様であり、熟慮と議論を重ねました。

 各種の措置を検討するに当たり、重要なことは、わが国の金融市場の構造や抱えている問題に合った処方箋を見出すことです。わが国の場合、銀行貸出のウエイトが高めであることもあり、日本銀行は、(1)市場の機能回復と(2)銀行等の信用仲介機能の強化という両面に亘って、政策を実施してきました21。この観点から各種の措置を再整理すれば、資本市場の機能回復という面では、銀行等を通じてCPや社債の買入れを実施しました。一方、銀行等の信用仲介機能の強化という面では、適格担保範囲の拡大のほか、民間企業債務を担保に低利で長期の資金供給となる企業金融支援特別オペなどを実施しました。

 その後の金融経済情勢をみると、金融環境をはじめ総じて改善をみており、各種措置が一定の成果を上げてきたと評価できるものと思います22

  1. 21これに対し、米国では、民間信用市場の機能が著しく低下したため、この機能改善を狙いとして、FRBは様々な措置を実施してきています。特に、米国の金融仲介は、資本市場が中心であることもあって、CPやMBS、Agency債、財務省証券などを市場から大規模に買入れています。このように、各国中央銀行は、それぞれが置かれた金融・経済環境の違いを踏まえて、最適な政策を実施しています。
  2. 22米ドル資金供給オペレーションやCP・社債の買入れの残高(図表15)をみると、既に減少傾向にありますが、これは市場が正常化に近づいたシグナルの一つです。上記のファシリティは、市場に極度のストレスがある時に利用できるバックストップ的な位置付けであり、市場が正常化すると、市場取引のレートの方が魅力的になるように設計されています。このように、オペレーションの残高が大きければ大きいほど政策が緩和的であるという訳ではありません。

(3)時限措置への考え方

 次なる課題として、市場では所謂「出口政策(Exit Policy)」——各種の時限措置をいつまで続けるか——に注目が集まっていますが、出口政策で最も重要な点はタイミングです。異例の措置を必要以上に長期間に亘って続ければ、金融市場や経済における自律的な調整を阻害し、結果的に景気や物価の振幅を大きくするリスクがある一方で、早過ぎる政策変更により問題が再発することは当然ながら避けなければなりません。

 7月14~15日に開催された金融政策決定会合では、この点について議論し、各種の時限措置の期限を3か月間延長することを決定しました。

 具体的には、CP・社債の買入れおよび企業金融支援特別オペについて、最近の金融環境に関する情勢判断を踏まえ、実施期限を12月末まで延長しました23。わが国の金融環境は、先程、ご説明した通り、全体としては、なお厳しい状態にあります。企業サイドからみれば、厳しい収益状況が続く中、在庫調整が一巡した後の最終需要などについて、なお不確実な面が大きく、今後の資金調達環境に対する不安感を払拭できない状況にあると思われます。こうした情勢判断を踏まえ、企業金融の円滑化を引き続き図っていく観点から、措置を延長することとしました24

 もっとも、昨年度末までとは異なり、足もとの金融環境は、改善の動きが続いていることは既に述べたとおりです。この動きがどう展開するかを見極めながら、各種時限措置の一つひとつについて日本銀行の臨時措置によるサポートが必要な状況かどうか——終了、見直しまたは再延長のいずれが適当か——年末までに改めて判断することになります。

  1. 23これに合わせ、12月末まで3か月物の資金供給を円滑に実施できるよう、適格担保の要件緩和措置の終了期限を来年3月まで延長したほか、こうした下でもコールレートを適切に誘導するため、補完当座預金制度の期限を12月末を含む準備預金積み期(12月16日~1月15日)までに延長しました。また、米ドル資金供給オペについては、市場参加者のドル資金調達に関する警戒感が依然根強い状況にある中で、FRBおよび各国中銀が米ドル・スワップ取極を来年2月1日まで延長したことを踏まえ、期限を同日まで延長しました。
  2. 24この点に関して、企業金融支援特別オペをはじめとする一連の措置が、CPのレートがTBのレートを下回るという「副作用」、つまり市場機能の部分的な低下を招来していることは確かに認識していますが、現時点では、このコストよりも、セーフティーネットとしての評価が高い措置を外すことにより生じかねないコストの方が大きく、引き続き市場に資金調達にかかる安心感を提供することが重要、と私は考えています。

5.終わりに~長野県経済について~

 最後に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするに当たり、私なりに理解している当地経済の特徴などを述べたいと存じます。

 長野県経済25は、「モノづくり」という日本経済の強みを凝縮したかたちで有しているという点が特徴かと思います。輸送機械、電気機械、一般機械の3業種は、国内の生産の約4割を占めており、日本経済のまさに牽引役と言えますが、長野県の生産に占める3業種のウエイトは約7割と全国で最も高い状況です(図表16(1))。3業種は輸出への依存度が高いため、世界経済が好調であった2002~2006年度は、当地の製造業業況判断や有効求人倍率は、そのほとんどの期間において全国平均を上回っておりましたが、一昨年来、世界経済が収縮し、3業種を中心に輸出が激減する中で、全国平均を下回るまで悪化しました(図表16(2))。当地経済は、3業種、とりわけ米欧向けの輸出への依存が高かった分だけ、世界経済の悪化の影響を強く受けたと言えます。

 非製造業の業況判断DIも、全国平均を下回って推移しています。(1)製造業の業績不振の影響が、その支出や雇用を通じて非製造業に及んだことに加え、(2)観光産業において、スキー人口の減少などを主因に観光消費額が減少傾向を辿っていること、(3)長野オリンピック以降、公共投資が大幅に削減されたこと、等の影響が出ているものとみられます。

 それでは、このような状況下、私たちは、どのように対応すべきでしょうか。

 経営戦略についての「正解」を予め示すことは困難です。ただ、はっきりと言えることは、経営環境の変化のスピードが増している状況下、アンテナを高く持ち、時代の流れを捉え、環境変化に適切かつ迅速に対応することが、これまで以上に重要になってきているということです。

 本日は、主に目先2年程度の世界経済や日本経済の見通しをお話ししました。日本および世界経済は、最悪期を脱したと思われますが、需要全体の水準が2008年初前後の既往ピークの水準に戻るまでにはかなりの時間を要する可能性が高いとみられます。また、より長いタームで展望すれば、人口減少の影響が日本経済に大きな影響を与えることは確実です。長野県の人口は、2000年以降既に2%強減少していますが、2035年までにさらに2割近く減少するという推計もあります(図表16(3))。

 “Back to the Basic”ではありませんが、(1)需要回復の見込みが立ちにくい分野の整理・統合、(2)新興国需要や環境関連等の成長分野への経営資源の集中、といった対応をいかに徹底するかが鍵になります。日本経済全体を見渡すと、これらの経済構造の変化を所与のものと捉え、足もとの需要水準でも黒字を出せる収益構造へ変革する動きが広がりつつあります。また、輸出中心の企業では、米欧向けの高価格品の開発に傾斜したビジネスモデルから新興国向けの低価格品の開発にも力点を置いたビジネスモデルへ転換する動きもみられています。当地でも、(1)ハイブリッド車をはじめとした環境対応自動車や、太陽光発電装置、発光ダイオード(LED)照明装置等の環境・省エネ対応製品など、将来の成長が期待できる事業部門へ経営資源を集中化させる動きや、(2)観光産業において中長期的に成長が見込まれる外国人観光客の誘致に注力する動き等がみられています。世界経済の構造変化を前向きに捉え、プロアクティブに行動している事例も数多くお聞きしており、心強く感じています。

 ところで、日本銀行の貨幣博物館26には、長野県の取り組みの早さや一致団結した行動力を示す錦絵 [PDF 555KB]が保存されています。それは、明治初期に松本城で開催された博覧会の様子が描かれた錦絵です。明治に入ると、日本は産業・文化などあらゆる面での近代化に力を入れましたが、博覧会の開催も取り組みの一つでした。松本では、全国に先駆け、明治6年(1873年)という極めて早い時期に博覧会を開催し、その収益を利用して、前年に売却され取り壊しの危機にあった松本城を買い戻し、修復したそうです。

 その後も、長野県経済は、戦前の「製糸王国」から戦後、加工組立型の各種機械産業に強みを持つ経済にドラスティックに転換してきました(図表16(4))。今後も、このような時代の流れを読む先見性と大胆な変革を断行する行動力を発揮され、モノづくりのDNA、勤勉さと健康(長寿)という長野県の強みを、長野県経済のさらなる発展に繋げていただきたいと期待しております。

 私からは以上です。長らくのご清聴、有難うございました。

  1. 25 日本銀行松本支店では、毎月、「長野県の金融経済動向」を、3か月ごとに同県の「短期経済観測調査結果」をそれぞれ公表しています(いずれも松本支店のホームページに掲載しています)。
  2. 26 日本銀行本店に隣接し、館内には古代から現在に至るまでの日本や世界の貨幣・紙幣、記念硬貨等が展示されています。また、古文書、錦絵等も保管し、企画展を開催しています。一般の方も入館料無料で入館・閲覧できます。詳しくは、貨幣博物館のホームページをご覧下さい。

以上