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【挨拶】「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2009年8月31日

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英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、皆様には、平素より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。皆様との意見交換に先立ち、最初に私の方から、最近の景気回復の背景と今後の見通し、そして日本銀行の金融政策運営の考え方などについてご説明します。

 昨年8月末のこの席で、私は、先行きの日本経済の見通しについて2つのことを申し上げました。第1に「わが国の景気は、当面、停滞を続ける可能性が高い」ということ、第2に、その場合にあっても、「日本経済が深い調整局面に陥る可能性は小さい」ということでした。「当面、停滞を続ける」という慎重な見方をお示ししたのは、当時のエネルギー・原材料価格の高騰に加え、サブプライムローン問題をきっかけとする国際的な信用バブルの崩壊が、バランスシート調整の圧力という形で内外経済に重石として働き続けると判断したからでした。そうした判断自体は妥当だったと思っていますが、「深い調整局面に陥る可能性は小さい」という部分については、そうした可能性の方が現実のものとなり、予想を超える厳しい展開を辿ることとなりました。言うまでもなく、その直接の原因は昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻でした。これによって世界的な規模で流動性危機が発生し、金融市場が正常に機能する際の前提とも言うべき信認が崩壊するという深刻な事態になりました。この結果、どの政策当局者も予測しなかったことですが、世界経済は同時かつ急激に落ち込みました。実際、IMFが発表した2009年の世界経済の成長見通しの変化を振り返りますと、昨年7月の段階では、3.9%のプラス成長を予測していましたが、その後何度も下方修正され、本年7月の見通しではマイナス1.4%となりました。成長率見通しがわずか1年で5%を超えて引き下げられたことは、この間の世界経済の悪化が、いかに急激であったかを物語るものです。

 現在、内外の経済にはようやく回復の兆しが見え始めていますが、一方で、先行きの展開については、多くの方が感じられているように、不確実性が大きい状況が続いています。

世界経済の動向

 それでは先ず、世界経済の動向から話を始めたいと思います。

 只今申し上げたように、昨年秋以降の世界的な景気後退の背景は、相互に関連しあっていますが、2つの要因に大別することができます。第1は、2000年代半ばにおける世界的な過剰の蓄積と、それが巻き戻される過程で生じている企業や家計、金融機関のバランスシート調整です。第2は、リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけとした流動性危機と、それに起因する金融・経済活動のパニック的な収縮です。

 第1の要因について、もう少し詳しくご説明します。2000年代半ばにかけて、世界経済は5%前後の高い成長を4年間も続けましたが、今から振り返ってみると、欧米諸国を中心に大規模な信用バブルが発生し、様々な面で金融・経済活動の行き過ぎが生じていました。金融面では、サブプライムローン問題に代表されるように、信用やレバレッジが大幅に拡大しました。実体経済の活動も過熱しました。米国における住宅投資の盛り上がりや世界規模での耐久消費財ブームは、その一例です。この間、経済の先行きに対する見方が強気化し、企業は生産能力を大幅に拡大しました。しかしながら、信用バブルに支えられた高成長は長続きし得るものではありません。2008年に入った頃から、世界経済は減速に転じました。現在起きていることの本質は、過剰な設備や債務を適正な水準に戻すための調整であり、設備投資や個人消費は抑制されます。金融機関も、不良資産の圧縮や過大なレバレッジの解消に努めています。その過程では、金融機関の前向きの融資対応力はどうしても低下することになります。このように、バランスシート調整が行われている間は、世界経済に対し、下押し圧力がかかり続けることは避けられません。

 こうしたバランスシート調整が、長期間に亘り、経済に対して「慢性症状」的な影響を及ぼすものだとすれば、景気落ち込みの第2の要因である流動性危機は、経済活動を短期間で一気に収縮させる強烈な「急性症状」をもたらすものです。先ほど申し上げたように、リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、金融機関や機関投資家などの資金の出し手は、取引先の信用度を極度に警戒するようになりました。これにより、銀行同士が資金をやり取りする短期金融市場だけでなく、企業が資金調達を行うCPや社債市場でも、取引が極端に細る事態に陥りました。この結果、金融資本市場の機能は一気に低下し、経済活動に必要な資金が行き渡らなくなりました。そしてこれは、企業や家計における不安心理の高まりと相俟って、世界の金融・経済活動をパニック的に収縮させました。

 世界経済は本年春以降、下げ止まりの動きを見せていますが、これは、以下の3つの理由から、こうした「急性症状」が消えてきたためです。第1は、各国中央銀行による潤沢な資金供給や、米欧金融機関に対する積極的な公的資本注入などが効を奏し、国際的な金融市場が安定を取り戻しつつあることです。第2は、大幅な減産の結果、在庫調整が進展したことです。そして、第3は、各国における大規模な景気刺激策の効果により、一旦大きく落ち込んだ需要が徐々に回復の兆しを見せ始めていることです。これらの動きは、しばらくは続くとみられます。そうなりますと、今後は、景気落ち込みの第1の要因である欧米諸国を中心とするバランスシート調整の影響をどのように評価するかが、より重要なポイントになってきます。この点については、不確実性が大きいと思っています。大きなバブルを経験した後のバランスシート調整には長い時間がかかります。米国で商業用不動産価格の下落が続いていることなどが、こうした調整を想定以上に長く、厳しいものにする可能性も否定できません。一方で、中国を始めとする新興国の経済は予想よりも強めの動きを示しています。中国における大規模な景気刺激策が周辺の東アジア諸国にも波及し、地域全体の経済成長を高める牽引役となっているようです。先進国における大胆な金融緩和が、バランスシート調整の問題が相対的に小さい新興国の経済にどのような影響を与えるかについても注目していきたいと思います。

わが国経済の現状と先行き

 以上述べたような世界経済の姿を前提にしながら、次に、わが国経済の現状と先行きについてご説明します。わが国の景気は、昨年秋以降、今回の危機の震源地である米欧を大きく上回る、大幅な景気の落ち込みを経験しました。GDP成長率は、昨年第4四半期から本年第1四半期にかけて、2期連続して年率10%を超えるマイナスとなりました。日本の景気の落ち込みが特に激しかった背景として、わが国の場合、近年の世界経済の高成長の恩恵を強く受けた業種、すなわち、自動車や電気機械、一般機械といった先端的な製造業のウエイトが高かったという事情が挙げられます。世界経済の急速な収縮により、耐久消費財や資本財を中心とする需要が落ち込んだことが、これらの産業を直撃し、大幅な輸出の減少と生産の落ち込みをもたらしました。

 本年春以降、世界経済の「急性症状」が消えてくるにつれて、今申し上げたメカニズムが逆方向に働き始めています。この点は、4〜6月の実質GDP成長率が年率3.7%と、G7諸国の中で最も高い伸びとなったことにも現われています。やや詳しく申し上げますと、内外の在庫調整が進んだことなどから、自動車や電子部品を中心に、輸出や生産の回復傾向が明確化しています。中でも東アジア向け輸出は、中国における旺盛な家電需要などを背景に、春先頃より逸早く増加に転じました。改善の動きは実体経済だけでなく、企業金融の面でも続いています。CPや社債の発行金利は、昨年秋以降高騰しましたが、現在はリーマン・ブラザーズ破綻前の水準まで低下しています。社債の発行実績をみても、昨年末頃までは、高格付の一部銘柄しか発行できない状況でしたが、最近では、6月の発行額が過去最高となるなど、状況はかなり改善しました。企業の資金繰りも、大企業を中心に改善の動きが続いています。企業の経営者や財務担当者の方からは、一時は資金繰りに関して悲鳴に近い声をお聞きしましたが、最近では、先行きに関する不確実性はなお払拭できないものの、皆様の声にも落ち着きがかなり戻ってきたように感じられます。

 先行きについては、今後、世界経済が持ち直しに転じていく中で、わが国の輸出も増加を続けると見込まれるほか、これに伴う企業収益の回復や各種の景気刺激策の効果などから、設備投資や個人消費も徐々に回復に向かうと考えられます。このため、日本銀行では、先行きに関する中心的な見通しとして、「本年度後半以降、わが国経済は持ち直していく」という姿を想定しています。

 ただ、急いで付け加えなければならないことは、私どもとしては、こうした持ち直しの動きは緩やかなものに止まる可能性が高いと判断しているということです。世界的なバランスシート調整が続く中、輸出についても、短期間で目覚しく回復するという訳にはいかないと思われます。また、設備の強い過剰や厳しい雇用・所得環境を背景に、設備投資や個人消費は、当面、弱めの動きを続けると思われます。先ほど申し上げたとおり、欧米を中心とするバランスシート調整が今後どういった形で進むのかということ自体も、なお不透明です。日本銀行としては、わが国経済を取り巻く様々なリスク要因に十分注意しながら、引き続き、内外の金融経済情勢を丹念に点検していきたいと考えています。

物価に対する考え方

 次に、わが国の物価動向に話を進めたいと思います。わが国の消費者物価の前年比上昇率は昨年夏に2.4%を記録した後、縮小傾向を辿り、本年3月からは前年比マイナスで推移しています。先週末に発表された7月の消費者物価の前年比は、生鮮食品を除くベースでみて、マイナス2.2%と過去最大の下落幅となりました。こうした状況は諸外国でも同様です。総合ベースでみた7月の消費者物価をみると、わが国がマイナス2.2%、米国でマイナス2.1%、ドイツでマイナス0.7%と、G7諸国のうち、英国を除く全ての国が前年比マイナスとなっています。また、この1年間で、G7諸国の消費者物価の前年比は平均して4.6%ポイントも低下しました。

 わが国の物価の前年比下落幅がこのところ拡大している最大の理由は、昨年夏にかけて、資源・エネルギーなどの輸入物価が高騰したことの反動が出ているためです。秋以降は、こうした反動要因の影響は徐々に薄れていくとみています。その先の物価動向は、基本的に、経済全体の需給バランスに影響されることとなります。この点、わが国経済が先ほど申し上げたような見通しに沿って持ち直していけば、需給バランスは徐々に改善し、そうしたもとで、物価の下落幅は縮小していくとみられます。ただし、昨年秋以降の急激な景気の落ち込みを反映して、需給バランスが現在大きく悪化しているほか、その改善のテンポも、先ほどのような景気見通しを反映してゆっくりとしたものになると予想されます。このため、物価の下落圧力は、長い期間に亘って残るとみています。このような状況は、米欧でも同様であり、多くの国において、望ましい物価上昇率の水準—その水準自体は国によって異なりますが—に戻るまでにはかなり時間がかかるとの認識が拡がっています。

 経済政策の運営に当たって大事なことは、こうした物価の下落が景気悪化をもたらし、これが更なる物価下落につながる悪循環、いわゆるデフレ・スパイラルに陥る可能性があるかどうかということです。そのための重要な判断ポイントは2つあります。1つ目は、金融システムの安定性が維持されているかどうかです。過去の歴史を振り返ってみても、物価の下落が経済活動の収縮をもたらした事例は、1930年代の米国の大恐慌に典型的に顕れたように、殆どのケースにおいて金融システムが大きく不安定化した時期と重なります。この点、わが国の金融システムは総じて安定しており、この面からは、デフレ・スパイラルに陥るリスクが高まっているとは判断していません。2つ目のポイントは、企業や家計の中長期的なインフレ予想が下振れることがないか、ということです。各種アンケート調査や市場動向を見る限り、これまでのところ、企業や家計における中長期的なインフレ予想は安定的に推移しています。

 いずれにせよ、日本銀行としては、以上のような観点も踏まえながら、物価の動向については注意深くモニターしています。

政策運営の考え方

 以上、内外の経済・物価情勢についてご説明してきました。最後に、これらを踏まえた日本銀行の政策運営の考え方について簡単にお話します。

 先ほどは、昨年来の世界経済の大きな変動について、流動性危機とバランスシート調整の2つの要因に整理してご説明しました。金融市場に大きなストレスが加わった場合、中央銀行が最優先に行うべき仕事は、流動性を潤沢に供給し、金融市場・金融システムの安定を確保することです。デフレ・スパイラルに陥るリスクを避けるためにも、中央銀行は「流動性の番人」として、適切かつ迅速に行動しなければなりません。

 一方、民間経済主体のバランスシート調整ですが、これが必要とされる程度は国によって異なります。いずれにせよ、世界経済が持続的な成長経路に戻っていくために避けては通れないプロセスです。問題は、調整のペースが早すぎると、経済活動が一段と落ち込むことです。政策当局に求められる役割は、必要なバランスシート調整が円滑な形で進むよう促していくと同時に、それが余りに急激に進行して経済が大きく落ち込むことは防ぐという、難しいバランスをとっていくことにあります。

 日本銀行は、昨年秋以降、政策金利を0.1%にまで引き下げるとともに、金融市場の安定確保や企業金融の円滑化を図るため、ドル資金供給オペレーション、CP・社債の買入れ、企業金融支援特別オペレーションを始め、各種の措置を講じてきました。また、金融システムの安定を維持するということを強く意識して、金融機関保有株式の買入れ、金融機関に対する劣後ローンの供与といった措置も実施してきました。これらの措置の少なからぬものは、中央銀行の政策手段としては異例の措置でしたが、日本銀行としては、経済・金融の厳しい状況に照らし、時限措置として実行することが適当と判断しました。

 現在、わが国の景気は回復の兆しを見せています。一方で、先行きの見通しを巡る不確実性が大きいことも、十分に認識しています。様々な可能性が考えられますが、日本銀行としては、当面、景気・物価の下振れリスクの方を意識しながら、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰していくため、引き続き、中央銀行として最大限の貢献を行っていく方針です。この間、各種の時限措置の取り扱いについても、予断を持つことなく、企業金融や金融市場の状況をしっかりと点検した上で、適切に判断していきたいと思います。

 最後に、金融政策の問題を離れ、経済全体の生産性を高めていく努力の重要性を強調したいと思います。言うまでもなく、一国の経済の長期的な成長経路を規定するのは生産性の動向です。因みに、わが国のGDPに占める設備投資の比率は今でも先進国の中では高い方に属しますが、わが国の近年の成長率の低さと併せて考えますと、このことは国内における投資の採算が低いことを意味しています。経済全体としての投資採算の向上、生産性の上昇は、高付加価値商品の開発を進めるとともに、企業内、企業間、産業間、地域間といった様々なレベルで、資源の最適な配分を追求することにより実現されるものです。こうした生産性向上に向けた取組みの主人公となるのは、言うまでもなく、民間企業の方々です。日本銀行としては、そうした皆様の取組みに対して、安定した経済・金融環境を整えることを通じてお役に立ちたいと思っています。

 本日は、ご清聴有り難うございました。

以上