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【講演】「金融知識の役割」

金融広報中央委員会・東京都金融広報委員会主催「金融教育フェスティバル《東京》」における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2009年11月3日

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目次

1.はじめに

 日本銀行の白川です。本日は、金融教育フェスティバル《東京》の講演会に講師としてお招き頂き、大変嬉しく存じます。

 本日は、「金融知識の役割」と題して、十分な金融知識を持つことの重要性についてお話ししたいと思います。金融知識は、様々な金銭・金融トラブルから我々の身を守ることに役立つだけでなく、人生における夢や豊かな老後の生活の実現に欠かせません。さらに、社会の安定や経済の発展にとっても金融知識はとても大切です。

 「金融知識を身に付けよう」と言われると、一瞬身構えてしまうかもしれませんが、我々に必要な金融知識とは決して複雑な金融商品に関する高度の知識ではなく、それ自体としては、むしろごく常識的なことが多いように思います。ただ、時としてそうした常識的なことが忘れられ、その結果、悲惨な事態も生じているように思います。

 日本では、昔から金融教育は重視されてきました。江戸時代の寺子屋では、「読み、書き、そろばん」とともに、生きていくのに必要な知識や知恵が教えられてきました。こうした知識や知恵の中には、今日の眼から見れば、金融教育の範疇に含まれるものが少なくありません。例えば、当時の寺子屋で最も良く使われていた教材に「商売往来」という冊子がありますが、これは、まさに金融や金融教育の入門書です。日本のことわざをみても、例えば、「入る(いる)を計って出ずるを制する」(入ってくるお金を計算して、その範囲でお金の使い方を考える)をはじめ、お金との付き合い方に関するものが沢山あります。その意味では、日本人は元々金銭・金融教育に熱心な国民であるように思います。

2.日本の家計の金融行動

 それでは、まず話の糸口として、日本の家計が預貯金や株式、債券、投資信託などの金融資産をどの位持っているか、日本銀行が公表している資金循環統計と呼ばれる統計でみてみましょう。図表1をご覧ください。家計の保有する金融資産残高は、平成20年度末で、約1,400兆円に上ります。これは、平成20年度の日本の名目GDP約500兆円の約2.8倍に相当します。世帯数は日本全体で、約5,000万ですので、単純に割算をすると、1世帯当たり約2,800万円の金融資産を保有しているという計算になります。因みに、金融負債は1世帯当たり約800万円に上りますので、金融資産から金融負債を差し引いた正味の金融資産は、約2,000万円となります。

 こう申し上げると、随分と多いとお感じになると思いますが、この資金循環統計に基づく数字には、保険や企業年金の準備金など、通常、金融資産に含まれているとは認識しにくい金融資産が含まれていることに注意する必要があります。また、この数字には事業を営む個人事業主の金融資産も含まれています。

 そこで、もう一つ別の統計をみてみます。資金循環統計は金融商品を提供するサイドの数字から作っていますが、家計に対し金融資産の保有高を直接尋ねたアンケート調査もあります。その一つである金融広報中央委員会による「家計の金融行動に関する世論調査」により、二人以上の世帯の保有高をみてみましょう。図表2をご覧ください。平成21年6〜7月時点における1世帯当たりの金融資産は平均約1,100万円です。これでもまだ多いと感じられるかもしれませんが、その一因は、ごく少数の多額保有者が全体の平均を押し上げていることです。そこで、回答者を金融資産の保有額が小さい方から大きい方へと順に並べてみたのが図表3です。ちょうど「真中」に来る家計の金融資産保有額、すなわち中央値は約500万円となっており、こちらの数字の方が皆さんの実感に近いのではないかと思います。同じアンケート調査で単身世帯の金融資産保有額の中央値をみますと100万円となっており、二人以上の世帯と比べるとかなり小さい数字となっています。

 次に、家計がどのような種類の金融資産で運用しているかを、再び資金循環統計でみてみましょう。図表4をご覧ください。全体の5割以上が現預金である一方、株式、債券、投資信託といった有価証券への投資は1割強となっており、日本の家計は、預貯金中心の運用であると言えます。これに対し、米国では、有価証券への運用が5割を超えており、日米は対照的な姿となっています。

3.家計の金融資産運用が果たす役割

 家計が金融資産をどのように運用するかは、その家計にとっても、また社会にとっても非常に大きな影響があります。そこで、次に、家計による金融資産の適切な運用がなぜ必要とされるのかを簡単に整理してみたいと思います。

 第一に、言うまでもないことですが、金融資産の運用は、個人の生活設計にとって重要な意味を持ちます。結婚、子育て、退職など、人生の重要な節目を意識しながら、しっかりと生活設計を行い、それに沿った貯蓄や投資を日頃から計画的に行うことは、自分や家族の生活の安定、将来の夢の実現にとって不可欠です。また、長寿化により老後が長くなってきているため、これまで以上に、豊かな老後生活を送るための備えも必要になっています。金融商品には、満期の長いもの、短いもの、リスクの大きいもの、小さいものなど、様々な商品がありますので、個々人が自分の人生設計に合った最適な金融資産の運用を考えることは、極めて重要です。

 第二に、家計による貯蓄の提供、すなわち、金融資産の運用は、経済全体の発展のためにも欠かせないものです。家計が金融機関に預けた預金は、企業に対する貸出を通じて原材料の仕入れ資金や設備投資資金に活用されたり、他の家計に対する住宅ローンに振り向けられます。一方、家計が企業の株式や債券を購入する場合には、その資金は、今述べたような企業活動に直接使われます。家計の貯蓄は最終的な投資主体に直接、間接いずれのルートを経て提供される場合であっても、経済の発展にとって不可欠です。

 第三に、家計が金融資産について正確な知識を備えていることは、多数の金融機関で構成される金融システムの安定にとっても重要です。現在、わが国を含め、多くの国では預金者を保護する仕組みである預金保険制度が存在します。しかし、この制度等に関する知識が不足している場合には、預金者が何らかのニュースや噂等をきっかけに不安に駆られ、金融機関の窓口に殺到するという事態が発生しないとも限りません(図表5)。そうなると、金融システムは不安定になり、経済活動にも影響が生じます。そうした事態を避けるためにも、金融商品に関する正確な知識は不可欠です。

4.金融取引が安心して行われるためには

 そこで、次に安心して金融取引が行われるために何が必要とされるのかを考えてみましょう。以下では四つのことに絞ってお話をします。

銀行券の信認

 第一は、「お札」、すなわち、「日本銀行券」への信認の重要性です。「日本銀行券」は国立印刷局で製造された後、日本銀行に引き取られますが、この段階ではお札は単なる「モノ」として扱われます。民間金融機関が日本銀行に預けている当座預金を引き出して、お札を手にした段階で、初めて「お金」となります。そして、皆さんが銀行から預金を引き出すことにより、お札が世の中に出て行く訳です。

 ところで、「日本銀行券」の額面価値は、素材としての製造コストをはるかに上回っています。それにもかかわらず、誰も今財布に入っている1万円札がただの紙切れになるのではないかと不安になったり、お店で受け取ってもらえないかもしれないと心配することはないと思います。なぜでしょうか。

 第一の理由は、銀行券そのものが信認を得ていることです。皆さんが日々使う銀行券の中に、「偽札が混じっているかもしれない」と思うと、銀行券を安心して使うことはできません。現在は、カラーコピー機やスキャナなどが広く普及しており、偽札が作られる危険性は昔に比べると高まっています。こうした中で、日本銀行では、平成16年に偽造抵抗力が大幅に向上した新しいデザインの日本銀行券の発行を開始したほか、偽札が流通するのを防ぐため、世の中で使われた後、日本銀行に戻ってくる銀行券について、1枚残らず真偽の鑑定を行っています。また、国立印刷局や国内外の関係当局とも協力して、新たな偽造防止技術の研究を進めるなど、偽造防止に取り組んでいます。

 第二の理由は、銀行券の将来の価値について信認を得ていることです。図表6をご覧ください。人間の一生涯を仮に80年としましょう。この間、毎年1%ずつ物価が上昇し続けるとすると、お金の購買力は一生の間に当初の水準の45%に減少します。毎年の上昇率が2%の場合は21%、3%の場合は10%以下になります。言い換えれば、物価が将来にわたって安定しており、「1万円札の価値が、先行き大きく目減りするリスクは小さそうだ」と、信認を得ていることが重要です。

民間金融機関への信認

 信認が重要であることは、銀行券だけでなく、銀行や信用金庫等、金融機関の預金についても言えます。以下では、預金を取り扱うこれらの金融機関のことを便宜的に、銀行という言葉で呼ぶこととします。皆さんが、お金を預金として銀行に預けるのは、利息が付き、そしていつでも必要な時にその預金を現金に換えることができるという、銀行に対する信認があるからです。

 銀行には、皆さんから預金を預かり、正確に管理する仕事があります。次に、この預金を、ただ金庫に眠らせておくだけでは、元本に利息をつけて皆さんに返すことはできません。このため、設備資金や仕入れ資金を必要とする企業や、住宅購入資金を必要とする個人等に貸出を行って、利息収入を得なければなりません。もちろん、この資金は、どこへでも貸出してよい訳ではありません。貸出に当たっては、事業の計画に将来性があり、貸付けたお金を利息を付けて期日にきちんと返済できる先であるかどうかを見極める必要があります。これは、先ほど申し上げたように、企業を成長させ、それを通して経済を発展させる面から、銀行が果たす大切な機能でもあります。一方で、銀行は預金者が預金を引き出したいと要請した時には、そのニーズにしっかりと応えられるように、一定の現金や容易に現金に換えられる資産を準備しておく必要があります。さらには、商品の購入代金を振り込んだり、家族等に送金したりする際には、皆さんは銀行間の決済サービスを利用しています。図表7をご覧ください。個人Xが企業Yから商品を購入し、代金を振り込む場合には、個人Xが代金をA銀行の口座に入金し、その資金がA銀行からB銀行に送金されて企業Yの口座に入金されます。その際、A銀行とB銀行は、日本銀行に設けている当座預金口座を利用して代金の振替を行います。ここでもA銀行、B銀行の信認は重要です。

 以上のように、銀行は多岐にわたる業務を日々行っています。こうした業務が円滑に回るためには信認が不可欠ですが、銀行が社会のニーズに応え、信認を得ることがいかに大変なことであるかは、仮に皆さんが銀行の経営者になったつもりでその果たしている役割一つひとつについて想像してみると、容易にご理解いただけると思います。

経済全体の安定への信認

 信認という観点からは、第三に、経済全体が安定していることも重要です。日本銀行は金融政策、すなわち、金利水準を変更することによって、物価の安定、経済の安定を実現するという役割を担っています。日本銀行は、景気が過熱し、物価上昇率が高まっていく局面では金利を高めに誘導する一方、逆に景気が冷え込み、物価上昇率が低下していく局面では金利を低めに誘導する、といったかたちで金融政策を運営しています。

 先ほどの物価上昇に関する計算例が示すように、物価が不安定になると、企業や家計は合理的な経済計算が出来にくくなり、長い目でみて最適な貯蓄や投資を行うことが困難になります。そのため、効率的な経済活動が行われにくくなります。また、物価の大幅な変動は、企業や個人が持つ資産や負債の実質的な価値を変化させることにより、社会の中で意図せざる所得や資産の移転を生じさせます。このように、物価の安定は、経済の発展、社会の安定にとって非常に重要な前提条件となります。

金融システムの安定への信認

 信認という点から第四に重要なことは、多数の金融機関で構成される金融システムが安定していることです。

 昨年9月に、米国のリーマン・ブラザーズ証券の経営が破綻し、世界的な金融・経済危機が生じました。金融機関同士は様々な取引を行っていますが、リーマン・ブラザーズ以外の金融機関も、程度の違いはあっても、損失を抱えていたので、金融機関は、お互いに取引の相手が倒産しないかと、疑心暗鬼になりました。こうなると、金融機関同士が、市場で資金の貸し借りをすることを躊躇するようになります。その結果、金融機関は、必要な資金を市場で借りられないかもしれないと不安に思うようになり、企業や個人に資金を貸すことに慎重になりました。このように、昨年秋以降、金融に一番大切な信頼が崩壊した結果、お金の流れが止まり、企業や個人の経済活動にとって必要な資金が行き渡らなくなったため、世界各国の経済は同時かつ急激に落ち込みました。

 こうした事態の発生を防ぎ、金融システムの安定を確保するにはどうしたらよいでしょうか。まず、個人や企業が自分でしっかりと判断し、健全な経済生活や会社経営をすることが大事です。それと並んで、中央銀行や金融機関の監督当局など、公的な当局の果たす役割も重要です。例えば、消費者の皆さんの場合、金融商品の情報について、売り手である金融サービス業者に比べて、少ない情報しか持っていないのが通常です。逆に、皆さんが金融機関から住宅ローンを借りる場合は、返済の確実性については、借り手である皆さんの方が貸し手である金融機関よりも多くの情報を持っています。これは「情報の非対称性」と呼ばれ、様々な金融取引において広くみられるものです。こうした状況の下では、取引の当事者双方が正しい判断をすることが難しくなるため、市場がしっかりと機能するための環境を整えることが必要となります。そうした環境整備のひとつとして、公的当局による金融機関への規制・監督が存在します。

 日本では、金融庁が金融機関の規制・監督を行っているほか、日本銀行も、金融機関の業務運営や経営状態を日頃から十分に把握し、必要に応じて金融機関に対し助言を行っています。具体的には、日本銀行は定期的に金融機関に出向いて、金融機関の資産内容、リスク管理体制などを調べています。これを「考査」と呼んでいます。また、金融機関の経営状態を常日頃からみていくという仕事を「モニタリング」と呼びます。考査とモニタリングを通じて、日本銀行では、金融機関ひいては金融システムの状態を調べています。

 それでも、金融機関の資産内容が悪化して支払が難しくなるという事態が発生し得ます。金融システムを脅かす事態であると判断した時には、日本銀行が「最後の貸し手」として資金を供給します。通常は担保を相手から受け入れたうえで貸しますが、連鎖的な金融の不安が広がりかねないと判断される場合には — 中央銀行としては非常に難しい決断ですが — 一定の条件のもとで担保がなくてもお金を貸すこともあります。これを「特融」と呼んでおり、1997年の山一證券に対する貸付はその一例です。

 こうした体制を敷いていても、金融機関が破綻することは起こり得ます。不幸にしてそうした事態に陥った場合であっても、皆さんの預金等を一定のルール・条件に従って保護する制度があります。それが預金保険機構の運営している預金保険制度であり、農協の場合は、貯金保険機構の運営している貯金保険制度です。皆さんがこの制度の対象金融機関に預金等をすると、自動的に保険関係が成立する仕組みで、預金者が預金保険の手続きを行う必要はありません。預金保険制度について、概要をご説明すると、利息のつかない当座預金等は全額保護されます。それ以外の預金等のうち、保護の対象となっている普通預金や定期預金、定期積金などは、同一の預金者が複数の預金等の口座を有している場合には合算した上で、1金融機関ごとに預金者1人当たり元本1,000万円までとその利息等の合計額を限度に保護されます。保護の対象や仕組みについて、詳しくは、皆さんが取引している金融機関の店頭で直接確認されたり、預金保険機構、金融広報中央委員会のホームページ等をご覧になってください。

5.金融取引を行う際の留意点

 このように、金融取引が安心して行われるように、規制・監督当局は、個々の金融機関や金融システム全体をしっかりと監視し、適切な監督・指導を行うとともに、金融システムの安定を確保するための体制が組まれています。しかし、金融取引の意思決定を行うのはあくまでも個々人です。最も大事なことは、先ほども述べたように、金融取引を行う際、個々の取引当事者が自らの責任においてしっかり判断することです。金融自由化が進められ、様々なニーズに対応する多様な商品が提供されるようになったことは、消費者にとって大きなメリットですが、こうした選択の自由を享受するためには、自らの選択の結果としてもたらされる利益と損失には責任を持たなければなりません。消費者が金融商品を適切に利用し、健全な経済生活を営むためには、一人ひとりが「賢い消費者」となる必要があります。そのために、どのようなことに留意すれば良いか、次に幾つか具体的な事例を挙げてお話しします。

長期的な資金計画が重要

 第一に、先ほども申し上げましたが、自分や家族の将来の夢や豊かな老後の生活を実現するために、しっかりと人生設計を練り、それに沿って貯蓄や投資などを計画的に行っていくことが重要です。将来、住宅を購入したい、子どもを大学に行かせたい、海外で老後を過ごしたい、など、人によって生き方も夢もそれぞれです。人生設計を明確にしたうえで、将来の収入や支出予想等に基づいて中長期的な資金計画を立て、金融資産への運用、すなわち、貯蓄をどの程度行うか、また、住宅等の購入、すなわち、投資をどの程度行うか考える必要があります。さらに、貯蓄の中身について、いつでも使える蓄えと中長期的に育てていく蓄えをどのような割合にすべきか考え、それぞれの目的に相応しい金融商品を選択することが必要です。その際、投資の中には、金融商品の購入だけでなく、知識や技能を身につけるといった「自分への投資」が含まれることは言うまでもありません。

リスクとリターンは二律背反の関係

 金融商品には収益を生むチャンス、すなわちリターンがある一方で、損失を被るリスクもあります。こうしたリスクとリターンは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の関係にあります。

 金融商品には様々なリスクが存在しますが、ここでは、次の四つのリスクについて簡単に説明します。一つ目は、信用リスクです。これは、預金先の金融機関や社債・株式の発行体である企業の経営悪化や破綻によって損失を被る可能性を言います。二つ目は、価格変動リスクです。これは、相場の変動によって損失が出る可能性を言います。三つ目は、為替変動リスクです。これは、価格変動リスクのうち、特に外国為替相場の変動によって損失が出る可能性を指す言葉です。四つ目は、流動性リスクです。これは、必要なときにすぐに引出したり売却するなどして現金化ができない可能性を言います。一方、リターンは、どの位の運用利益が見込まれるかを表します。

 図表8をご覧ください。これは、リスクとリターンの関係を概念的に整理したものですが、この図の中で、金融商品Bは、金融商品Aと比べると平均的なリターンが大きい一方で、リターンの散らばりも大きくなっています。金融商品Bの代表例が株式ですが、株式は他の資産と比べて、相場の変動如何では損失を被る可能性が高い「ハイリスク」な金融商品であると同時に、相場の変動如何では利益を得る可能性も高い「ハイリターン」な金融商品であると言えます。一方、金融商品Aの代表例は普通預金、定期預金です。リターンがマイナスになることは通常ありませんが、得られる利息は相対的に小さく、「ローリスク・ローリターン」の金融商品であると言えます。

 このように、リターンが高い金融商品はリスクが高い ─ ハイリスク・ハイリターン ─ ことを忘れてはいけません。リターンは高いがリスクは低い、一見おいしそうにみえる話は、よくよく調べてみる必要があります。金融商品を選択する際には、金融機関等から金融商品の仕組みやリスクの説明を十分に受け、リスクとリターンの関係をよく確認しておくことが重要です。

リスクとリターンの関係は状況により変化

 以上、申し上げたリスクとリターンの関係は、いつでも、また誰にとっても同じという訳ではありません。やや極端な例ですが、一般的にリスクが低いとされる預金のような商品も、先ほど申し上げたように、万が一、物価が大幅に上昇した場合は、資産価値が実質的に目減りすることになります。

 逆に、個々人の人生設計次第では、一般的にリスクが高いと言われる商品が、そうではなくなるケースも考えられます。例えば、老後、外国で生活する予定を立てた人にとっては、必要資金を予め当該国通貨建ての外貨預金で積み立てておけば、為替変動リスクを回避することができます。

 また、同じ金融商品を購入するにしても、どれだけの期間保有するかによって、リスクとリターンの大きさは違ってきます。株式を例に取って説明しますと、株価は元々値動きが激しいので、運用期間が短い場合には、リターンの変動幅が大きくなる傾向があります。長期の運用では、こうした振れは打ち消されて均され、結果的に経済の基礎体力等が反映されるかたちで、リターンもより安定する傾向があります。したがって、同一商品で運用する場合でも、期間による運用成績の違いに注意する必要があります。

特定の金融資産に集中させない

 英語の格言に、「卵はひとつのかごに盛るな」というものがあります。いくつかのかごに卵を分けることで卵が一遍に割れてしまうリスクを避けることになぞらえて、投資に当たり、資金を特定の資産に集中させないこと ─ 分散投資 ─ の効用を説いたものです。

 例えば、一定の資金を単一の株式に投資するのと、複数の株式に投資するのではリスクが異なってきます。単一の株式に投資した場合、個別企業の業績悪化等による値下がりリスクを負うことになります。しかし、性格の異なる複数の企業の株式に分散投資すれば、こうした個別企業に関するリスクを小さくすることができます。

 同じことは、金融商品の種類を分散することによっても可能です。例えば、株式のみではなく、株式と債券と預金をバランスよく保有すれば、一つの金融商品の急激な価格変動などの影響を小さくすることができます。

 もっとも、ここで重要なことは、実質的にリスク分散ができているかどうかです。バブルに代表されるように、一国あるいは世界経済全体を左右する共通の要因によってリターンが変動する場合には、商品は異なっていても、分散によるメリットは実現しません。それだけに、金融商品の性格をきちんと理解して運用することは非常に大事です。

リスク・テイクは体力の範囲内に

 リスクのお話をして参りましたが、私が申し上げたいのは、リスクをとるべきではないということではなく、あくまでも自らの体力の範囲でリスクをとるようにすべきであるということです。金融商品を購入しようとしている元手の資金がどのような性格なのか、すなわち、生活資金や子どもの進学資金のように、目減りしては困るうえに使う時期が決まっている資金なのか、あるいは、仮に損をしても自分の体力で吸収可能な資金なのか、その状況を見極めたうえで、購入する金融商品の種類や金額を変える必要があります。米国のサブプライム・ローン問題は、米国の消費者が、住宅購入後の値上がりによる利益を見込んで、結果的に収入で返せる以上に巨額な住宅ローンを借りてしまったことがきっかけでした。リスクをとる場合には、自分の体力の範囲内に抑えることが大切です。

 以上、金融取引を行う際の留意点についてお話をしましたが、いずれも、身に付けておくべき基本的な常識として、昔から様々なかたちで、言い伝えられてきたものが殆どだと思います。

6.金融教育の重要性

 これまでお話しして参りましたように、皆さん方一人ひとりが金融知識を身に付けることは、個人の人生にとっても、経済・社会の発展にとっても非常に重要なことです。そうした金融知識は決して難しいものではありませんが、子どものうちから段階的に日常生活の中で身に付けることが必要です。その意味で、金融教育は、時代の如何に拘わらず必要な基礎教育であると言えます。

 金融教育は、金儲けの方法とか、単なる金融知識を教えるものではありません。金融教育とは、お金や金融の働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く考え、自分の生き方や価値観を研きながら、より豊かな生活とか、より良い社会づくりに向けて主体的に行動していく態度を養っていくことであり、現在、学校教育で重視されている、いわゆる「生きる力」の涵養に通ずるものであります。

 世界に目を転じますと、今回の金融危機を受け、金融機関等に対する規制・監督を強化すべきとの議論が高まると同時に、消費者の基本的な金融知識の不足にもその一因があるという認識が高まり、多くの先進国、新興国で正しい金融知識の普及、金融教育の重要さが改めて指摘されています。

 そうした議論のきっかけとなったのが、サブプライム・ローン問題です。すなわち、米国において、本来多額の住宅ローンを返済するだけの収入が無い人々が、借入当初だけ適用される低金利や、安易な住宅価格値上がり期待を当てにするかたちで借入をして住宅を取得したところ、住宅価格が大幅下落に転じて返済不能となり、せっかく取得した住宅から立退きを要求されるケースが続出しました。

 日本においても、今回の金融危機よりもずっと以前から本金融教育フェスティバルの主催者である金融広報委員会をはじめ、各方面で金融教育の普及に取り組んでいます。金融広報委員会は、政府、地方公共団体、民間団体等と協力して、中立・公正な立場で、「金融経済情報の提供」と「金融経済学習の支援」に重点をおいて活動を展開しています。各都道府県に47の金融広報委員会が設置されており、その中央組織が金融広報中央委員会で、日本銀行が事務局を務めています。金融広報委員会の歴史を振り返りますと、昭和25年に「貯蓄増強委員会」として、全国各地で組織化されました。これは戦後復興のための貯蓄増強の必要という当時の要請を反映したものですが、その後、時代の要請に応じて活動内容や組織名称等を変更し、平成13年より「金融広報委員会」として活動しています。

 図表9に、金融広報中央委員会による消費者アンケート調査結果がありますが、金融についての知識水準の自己評価で、投資に伴う各種リスク、利用者・消費者を保護する仕組みといった項目について、「ほとんど知識がないと思う」割合が7割を超えているなど、改善の余地が大きいことを示しています。

 こうした状況を改善するためには、学校、家庭、地域の三者が皆で子どもに金融教育を行っていくといった多面的な取組みが重要であると思います。

 すなわち、学校では教育の専門家による体系的な教育が行われており、その中に様々なかたちで金融教育の内容が取り入れられ、しかも近年拡充されています。

 金融教育の担い手として、家庭も重要です。家の手伝いをする、お金の使い方について一緒に考える、自分の将来について話し合う、親の生き方や職業観を学ぶなど、家庭には金融教育の題材がふんだんに用意されています。保護者はそうした場面を意識的に活用して、子どもたちにどうお金と付き合っていくべきかを考えさせることができます。

 また、地域の支援も大切です。地域は子どもたちが触れる最も身近な社会であり、そこで子どもたちは様々な大人と触れ合い、その人の生き方や社会の仕組み、働きなどを知ることができます。

 このほかにも、本日は時間の関係もあってご紹介しませんでしたが、金融知識の普及には子どもに対する金融教育だけでなく、社会人や年配の方々も含めた様々な方々に対する広報活動も重要です。

7.おわりに

 最後に、金融教育の分野における日本銀行の役割について簡単にお話しします。日本銀行では、中央銀行の金融政策への理解を高める、金融システムの安定を確保する、など様々な観点から、金融知識普及、金融教育が重要な課題であると思います。

 このため、本年度設定した日本銀行の21〜23年度の中期経営計画においても、「金融広報委員会が行う各種活動の支援等を通じて、金融教育分野への貢献を継続するとともに、金融経済知識の普及に努めていく」という方針を明らかにしています。

 私は日本銀行総裁として、先ほどご紹介した金融広報中央委員会の顧問に、また副総裁のうち一人は、委員の職に就いており、日本銀行と金融広報委員会は協力し合って、金融教育や金融知識普及の推進に努めています。

 金融広報委員会は、今年度も、本金融教育フェスティバルのようなイベントや金融教育公開授業、金融教育に関する教員向けセミナーなどの開催、作文・小論文コンクールの実施、金融広報アドバイザーによる学習会の実施等に取り組んでいます。

 また、日本銀行自身も、ホームページ等を通じ金融経済の基本的な仕組みや日本銀行の役割に関する情報を提供しているほか、学生のための小論文とその発表によるコンテスト「日銀グランプリ」を開催しています。

 今後とも、金融広報委員会の活動を支援するとともに、日本銀行自らも、金融教育と金融知識普及の推進に尽力して参りたいと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上