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【講演】「金融危機後のわが国金融機関の経営課題」

金融リテール戦略2009における講演

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2009年11月25日

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 英訳は、英語版ホームページをご覧下さい。

目次

はじめに

 本日は、「金融リテール戦略2009」のコンファレンスにお招きいただき、誠にありがとうございます。ビジネスの最前線で活躍しておられる皆様方の前でお話しする機会を頂戴し、大変光栄に存じます。

 今回のグローバルな金融危機によって、わが国金融機関の経営は大きな影響を受けました。それは、中堅・中小企業の業況悪化や投資信託の販売不振などを通じて、リテール金融の分野にも及んでいます。本日は、今回の金融危機後のわが国金融機関の経営課題と、その克服に向けた取り組みのあり方について、お話ししたいと思います。皆様方が今後のリテール金融戦略を考えるうえで、何らかの手がかりになれば幸いです。

1.世界的な金融危機1年を振り返って

 昨年秋のリーマンブラザーズ破綻から1年余りが経過しました。一時大きく動揺した国際金融資本市場は、各国中央銀行による大量の流動性供給などもあって、このところ落ち着きを取り戻してきています。国際金融システムも、米欧の主要金融機関に対する公的資本の注入などの効果から、次第に安定性を回復しつつあります。この間、世界経済は、この春先にかけて急速な悪化をみせましたが、財政金融面からの政策対応や企業の生産調整努力が相俟って、回復の過程を辿っています。

 もとより、危機の克服は、実体経済面、金融面いずれにおいても途半ばです。米欧金融機関のバランスシートをみても、貸出資産をはじめとして劣化が進行しており、調整の完了にはなお時間を要する情勢です。国際金融システムは依然脆弱性を残していると言わざるを得ません。

 今回の国際金融危機の本質は、信用バブルの生成と崩壊と言ってよいと思います。その原因について、これまで様々なことが指摘されてきましたが、私がとくに指摘したいのは次の3点です。

 第1は、2000年代半ばにかけて世界的に緩和的な金融環境が続き、物価の安定と高めの経済成長が実現し、そうしたもとで、様々な経済主体のリスクテイクに「行き過ぎ」が生じたことです。

 実体経済面では、米国の家計部門は、住宅価格の上昇持続を背景に、借入れを増やし、消費を大幅に拡大しました。また、金融面では、証券化商品やデリバティブなどの新しい取引が普及し、それとともにレバレッジの拡大が進行しました。こうした実体経済、資産価格、金融資本市場における「行き過ぎ」は相互に影響しあうかたちで、さらなる「行き過ぎ」を作り出しました。しかしながら、一旦信用バブルが崩壊すると、レバレッジの巻き戻しが始まり、国際金融資本市場の流動性は急激に逼迫しました。また、実体経済面では、在庫の積み上がりから大胆な生産調整を余儀なくされ、経済は大きく収縮しました。

 第2は、今述べたマクロ面の動きと表裏をなすものとして、ミクロの金融機関行動が、リスク管理の不備ないし過信のもとで、やはり行き過ぎたものとなっていたことです。

 2000年代に入り、米欧の主要金融機関の間では、組成・転売型のビジネスモデルが普及しました。その過程では、貸出のオリジネーターである金融機関の融資審査が形骸化したとも言われています。また、転売により信用リスクを移転した筈の金融機関も、危機の発生後は、証券化商品の買い戻しに追い込まれ、転売時のリスク認識に大きな誤りがあったことを思い知らされるに至りました。流動性リスクについても、事後的にみると、金融機関は、証券化商品中心に市場流動性をかなり甘めに見積もっていたことが分かりました。このようなリスク管理の不備などの結果として、現実には金融機関のリスクテイクが行き過ぎたものになったというわけです。しかし、金融危機の発生とともにレバレッジの巻き戻しが始まると、米欧金融機関には巨額の損失が発生し、これにつれてリスクテイクの姿勢は急速に慎重化しました。この点は、現在、米欧で金融機関の貸出が減少していることに端的に現われています。

 第3に、危機に先立つ信用バブルの生成に対して、米欧の政策当局や監督当局の対応が遅れ気味であったこともまた、危機を増幅した可能性を否定できません。

 その一つの理由は、保険会社やモノライン、ヘッジファンドなどのいわゆるシャドーバンキングが拡大し、リスクの所在と規模を、政策当局や監督当局が的確に把握することが難しくなったことです。これが、最近の海外における規制・監督体制見直しの一つの背景ともなっています。また、金融政策面について言えば、信用バブルの抑制に関連して、中央銀行の間でも資産価格への対応のあり方を含め考え方が整理されていなかったことが挙げられます。すなわち、「金融政策は資産価格には割り当てられるべきでなく、バブルが崩壊した後に積極的な金融緩和を行うことによって対応すべき」との立場もあれば、「バブル崩壊後に発生する経済への悪影響の大きさを考えると、金融政策はバブルの発生を回避することに努めるべき」との立場もありました。要すれば、マクロのプルーデンスを如何に確保していくかに関して、各国中央銀行間で、コンセンサスが形成されていなかったということです。今回の金融危機を踏まえ、中央銀行の間では、マクロプルーデンスの観点に立ち、実体経済と金融システムの連関を視野に入れて、金融システム全体を分析、評価することの重要性が共通に認識されるようになっています。金融政策面における資産価格への対応のあり方についても、今後議論がさらに深められていくものと思います。

 以上が今回の信用バブルの生成と崩壊に関連して、私がとくに重視している点です。

 一方、これとは別に、米欧の金融市場では、今回の経験を踏まえ、金融機関のビジネスモデルの再構築に関する議論が活発化しています。しかし、こうした海外金融機関のビジネスモデルに関する議論を、わが国金融機関にそのまま当てはめようとすると、違和感をもたれる方も多いと思います。これは、今回の金融危機の現われ方が、米欧とわが国では大きく異なったこと——すなわち、わが国金融機関の場合、米欧金融機関と違って、証券化商品市場の混乱に伴う一次的な影響は相対的に小さかった一方、景気悪化や株価下落に伴う二次的影響が大きかったこと——と関連しています。以下では、日本銀行が年2回作成・公表している『金融システムレポート』の中の分析結果も踏まえながら、わが国金融機関経営の特徴と課題について、お話しします。

2.わが国金融機関経営の特徴と課題

わが国金融機関経営の特徴

 わが国と米欧の金融機関を比較してみると、いずれも重要な金融仲介機能を果たしていることに変わりありませんが、ビジネスモデルやリスクテイク姿勢の面では大きな相違がみられます。

 第1に、わが国では、家計部門の金融資産に占める預金の割合が高く、地域銀行だけでなく大手行においても、預金、融資を中心とする商業銀行業務のウェイトが依然高いことです。

 米欧の主要金融機関は、先ほど述べたように、近年、組成・転売型のビジネスモデルを拡大し、収益面でも、フィービジネスやトレーディングビジネスへの傾斜を強めてきました。わが国金融機関も、大手行を中心に、投資銀行業務や資産運用業務などの強化を図ってきました。しかし、家計部門の預金選好は根強く、流入した預金を、金融機関が融資と国債中心の有価証券投資に振り向ける構図は、あまり大きく変化していません。株式などを除く企業の総資金調達に占める金融機関借入れの割合をみても、米国の2割に対して日本は5割を占めています。この点からも、わが国では預金、融資を介する資金の流れが依然大きなものであることが分かります。

 第2に、金融機関と顧客との取引関係は、徐々に個別取引ごとの採算重視へと変化しつつあるものの、それでも、総合採算に基づく長期安定的な取引関係を指向する金融機関の姿勢には根強いものがあるように窺われることです。

 こうした長期安定的な取引関係の重視は、決してわが国金融機関固有のものではなく、米国の地域銀行においても観察されています。しかし、米国では、証券化市場の拡大に伴って、こうした顧客との取引関係に変化が生じているようにみえます。また、中小企業向け融資の分野では、顧客審査を簡素化したいわゆるスモールビジネスローンの拡大が、米銀大手行を中心に図られてきました。これも、顧客との長期的な関係を前提としない融資業務の拡大と捉えることができます。

 この間、わが国でも、かつてメインバンク制と呼ばれたような金融機関と顧客の長期的な取引関係は徐々に薄れ、個別採算重視の取引が強調されるようになっています。スモールビジネスローンは、わが国でも一時積極的な取り組みがみられました。預金者向けのサービスも、預金残高やサービスの利用頻度などに応じてきめ細かい対応が図られるようになり、必ずしも長期的な取引関係の中で採算を考えるということではなくなっています。ただ、こうした取引関係の変化はゆっくりとしか進まず、顧客との長期安定的な取引関係を指向する金融機関の基本的な姿勢にはあまり大きな変化は生じていないようにみえます。たとえば、金融機関と大企業との間で政策投資株を持ち合う慣行は、規模こそ縮小したものの、依然存在しています。地域金融機関も、従来同様、地場企業との長期的な取引関係を重視しているように窺われます。

 第3に、リスクテイクの姿勢をみると、わが国金融機関の場合、全体として概ね慎重なリスクテイク姿勢が維持されてきたようにみられることです。

 これには、わが国金融機関が、1990年代以降のバブル崩壊の過程で、巨額の損失を被った経験が強く影響しています。資産バブルの生成と崩壊から得られた教訓は、特定の業種や企業に与信を集中させることのリスクの大きさでした。一部の金融機関の場合には、公的資金の返済が完了するまで積極的なリスクテイクを行いにくかったという事情もありましたが、わが国金融機関全体としてみれば、今述べた教訓のもとで、総じて慎重なリスクテイク姿勢が維持されていたようにみうけられます。

金融危機の影響とわが国金融機関の経営上の課題

 以上のように、わが国の金融機関は、経営面での従来からの特徴を大きくは変更することができないまま、今回のグローバルな金融危機に直面しました。その結果として、危機の一次的な影響、すなわち、米国証券化商品への投資や米欧金融市場における組成・転売型の事業から生じる損失は、先ほど述べたように、相対的に限定的なものにとどまりました。

 一方で、今回の金融危機によってもたらされた二次的な影響、すなわち、景気の悪化や株価の下落によって生じた損失は、決して小さなものではありませんでした。わが国金融機関の2008年度当期利益は、信用コストの増加や株式関係損失の発生を主因に、前年度の約2兆円の黒字から一転して、約2兆円の赤字になりました。こうした業績の悪化には、先ほど述べたわが国金融機関経営の特徴がむしろ逆方向に作用した面が大きかったように思います。言い換えれば、今回の金融危機は、わが国金融機関の経営に根ざす基本的な課題を浮き彫りにしたものと言えます。以下、これらの課題についてもう少し詳しくお話しします。

 第1の課題は、金融機関の収益性の低さです。

 わが国金融機関の収益は、2000年代半ば以降一時大きく回復しましたが、これは、主に、不良資産処理の進捗と景気の回復によって引当金の戻りが生じたことによるものでした。因みに、わが国金融機関の当期利益を過去20年間遡ってみると、累計は赤字です。もちろん、これにはバブル崩壊後の不良資産処理に伴う巨額の損失が含まれていますが、これらの損失を除いても、わが国金融機関の当期利益は著しく低い水準にとどまっています。

 こうした低収益の最大の理由は、資金利益の低さです。資金利益の構成要素の一つである預貸利鞘(貸出金利と預金金利の差)について過去20年間の推移をみると、米銀の平均が5〜6%であるのに対し、わが国金融機関は平均2%弱にとどまります。このようなわが国金融機関の低利鞘の背景には、多くの金融機関が、長期安定的な取引関係の獲得を目指して、比較的同質の商業銀行業務を展開しつつ、基本的には金利競争に終始してきていることが挙げられます。要すれば、金融機関ごとのビジネスモデルの違いが殆ど観察されないということです。貸出市場を分析してみると、わが国では、市場規模の大きい地域ほど、多くの金融機関が参入し、競争が激化する傾向がみられます。これに対して、米国市場では、市場規模と市場の集中度の間に有意な相関はみられず、金融機関の間で一定の棲み分けが生まれている可能性が示唆されています。何故このような棲み分けができているのか、理由は明確ではありませんが、不毛な金利競争を避けることが可能となっていることは確かです。

 もちろん、収益性の低さに対して、金融機関自身もこれまで手を拱いてきたわけではありません。わが国においても、M&Aをはじめとして、投資銀行ビジネスを拡大する動きは続いています。また、スモールビジネスローンも一時積極的に推進されました。ただ、信用コストが大幅に上振れしたために、最近では多くの金融機関がスモールビジネスローン業務の縮小ないし撤退を余儀なくされています。また、家計の資産運用に関連しては、投資信託・保険の銀行窓口販売の拡充が図られてきました。さらに、大手行では、信販・クレジットカード会社や消費者金融会社を傘下に収める動きが一時活発化しました。しかし、これら関係会社の収益は、その後の環境変化もあり低迷を続けています。結局、これら新規ビジネスへの取り組みの成果はこれまでのところ十分には挙がっておらず、現時点では、金融機関の収益性向上に大きく寄与したとは言い難い状況にあります。

 第2の課題は、収益が信用コストの増減や株価の騰落によって振れやすいことです。

 とくに、先に述べたようにコアとなる収益が低水準にとどまるもとでは、一旦信用コストや株式減損が膨らむと、期間収益が直ちに赤字に陥る惧れが出てきます。実際、過去20年間における信用コストと株式関係純損失を合計してみると、コア業務純益を上回る規模に達した年が8年にも及んでいます。

 このうち信用コストは、不良資産処理の完了とともに、水準が大分低下しましたが、2008年度は景気の悪化を受けて、再び増加に転じました。また、金融機関の政策投資株保有は、大手行では、2000年代初めの不良資産処理の過程でその残高をほぼ半減させたあと、その後はほぼ横這いが続いています。これは、金融機関と企業の株式持合い慣行が今なお継続していることを示唆すると同時に、現在の株式保有残高は、依然として金融機関収益の大きな変動要因であることを示しています。

 これらの課題の克服は決して容易ではありませんが、金融機関には、わが国経済の活力を維持し、さらに向上させていくためにも、是非これを一つのチャレンジの機会と捉え、取り組みを強化していただきたいと思います。

3.課題克服に向けた取り組みのあり方

リスクに応じた自己資本基盤の強化

 次に、課題克服に向けてどのような取り組みが必要となるかについて、私の考え方を述べたいと思います。

 第1は、金融機関の保有するリスクに応じた自己資本基盤の強化です。

 現在、金融機関に対する自己資本比率規制を含む規制の枠組みの見直しが国際的に議論されています。今後、年末から来年初にかけて新しい規制体系の原案が提示されたあと、定量的な影響度調査を行い、そのうえで来年中に最終案を固める方針となっています。

 新しい規制体系が金融システムや実体経済にどのような影響を与えるかについては、今後注意深く吟味していく必要があります。しかし、個々の金融機関は、そうした規制の枠組みの議論とは別に、保有するリスクに応じた自己資本基盤の強化に自ら努めることが重要です。

 自己資本は、やはり、損失を吸収するバッファーとしての最後の拠り所です。今回の危機後、国際金融システムが徐々に安定を取り戻すきっかけになったのも、米欧の主要金融機関が、公的資本の導入や市場調達により自己資本の復元を図ったことでした。わが国金融システムの状況については、『金融システムレポート』で行ったマクロストレステストで、先行きのマクロ経済について厳しい状況を想定しても、わが国金融機関の自己資本基盤が著しく低下する事態は避けられるとの試算結果が得られています。ただ、先に述べたように、わが国の場合、景気の動向により金融機関の収益が振れ、自己資本も変動しがちであるという問題があります。また、金融機関が、新たなビジネス戦略を展開し、企業や家計の多様なニーズに応えていこうとすれば、一定のリスクを許容するだけの自己資本の充実が必要となります。このところ、大手行、地域銀行に限らず、自己資本増強の動きがみられており、私どもとしても、個別金融機関の健全性確保のみならず、金融システム全体の安定にもつながり得るものと評価しています。

適切なリスク管理

 第2は、適切なリスク管理の重要性です。

 金融機関にとって、リスク管理は、経営の健全性を確保し、円滑な金融仲介機能を維持するために不可欠のものであると同時に、収益を確保するための鍵となるものです。このうち、信用リスクの管理については、わが国金融機関では、1980年代のバブルの経験を踏まえ、審査管理力の向上が図られ、相応の成果を挙げてきました。しかし、今回の金融危機を契機とする企業業績の悪化は、かつてないほど急速に進行しました。この点を踏まえると、金融機関は、審査管理力の向上に加えて、中間管理を強化し、企業の再生支援に一層注力することが必要となってきます。また、信用リスクに応じた貸出金利のきめ細かい設定も、引き続き重要な課題です。

 また、株式保有リスクの管理に関連して言えば、政策投資株を実際にどの程度保有し合うかは基本的に企業と金融機関のビジネス戦略に委ねられるものです。しかし、現在のわが国金融機関全体の株式リスク量は自己資本との対比でみて引き続き高水準にあり、このことを踏まえれば、個別の金融機関経営の健全性にとっても、またわが国金融システムの安定性にとっても、株式リスク量を着実に削減していくことが重要な課題であることは間違いありません。

収益基盤強化のためのビジネスモデルの構築——リテール金融中心に

 第3は、収益基盤強化のためのビジネスモデルの構築です。本日は、この場のテーマであるリテール金融に絞ってお話ししますが、収益基盤の強化については、もちろんホールセール分野の充実も欠かせません。リテール分野はホールセール分野との一体的な運営によって、より付加価値の高いサービスを提供できる可能性があります。大手行においては、結局、ホールセールとリテールの連携をどのように組み立てていくかがビジネスモデル再構築の一つの鍵になると思います。

(1)預金・決済関連、資産運用業務

 そこで、1点目に取り上げたいのは、預金・決済関連業務と資産運用業務のあり方です。

 今回の金融危機後、米欧においても金融業務の原点回帰ともいうべき現象がみられています。証券化商品やデリバティブなどの複雑な商品を自己勘定で売買したことが、金融機関のリスク・プロファイルを複雑化させ、管理を難しくしてしまいました。このような判断に立って、顧客取引をベースとした伝統的なビジネスモデルに回帰しようとする動きが現われてきています。そうしたなかには、流動性リスクの管理向上といった視点も踏まえつつ、伝統的な預金・決済関連ビジネスを再評価する動きが含まれます。これらは、わが国金融機関が従来から得意とする分野でもあります。

 わが国における金融機関経営上の問題の一つは、預金基盤を維持するためのコストと収益が見合っているかどうかという点です。24時間稼動し続けるATMなど、リテール金融には特有のコストアップ要因が伴います。その一方で、ミニマム・バランスを下回る決済性預金に対して手数料を取ることについては、顧客の理解が必ずしも得られる状況ではありません。コストと収益をどのようにバランスさせるかは、大きな経営判断ですが、金融機関として採算割れに陥る可能性だけは回避する必要があると思います。今後、金融機関は、預金残高やサービスの利用頻度などに応じてきめ細かい家計向けサービスを展開していくものとみられますが、そうしたなかで、サービスの質とコスト負担のバランスについても検討していく必要があると考えています。

 また、家計の資産蓄積が一層進み、資産運用が多様化するとみられる状況を踏まえれば、資産管理を支援するサービスの充実は欠かせません。そうしたサービスは、現在、投資信託・保険の銀行窓口販売や、アセット・マネージメント・サービスの提供といったかたちで行われています。今後とも顧客ニーズを的確に把握し、サービスの充実を図ることを通じて、手数料ビジネスがしっかりと根付いていくことが重要だと思います。

(2)個人向け融資

 2点目は、個人向け融資のあり方です。この分野では、わが国では住宅ローンが圧倒的なウェイトを占めており、現在、金融機関貸出の約2割に達しています。

 わが国の住宅ローンは、今回の金融危機にあっても着実に増加を続けています。ただ、問題はその採算性です。私どもの分析によれば、わが国金融機関の住宅ローンの採算性は、競争激化を背景に、近年一貫して悪化しています。因みに、2003年度と2007年度に組成された住宅ローンについて、全融資期間を通じた採算性を現在価値ベースで比較してみると、この間に約6パーセント・ポイント悪化した計算となります。今後、貸し倒れ率が大きく上昇するようなことがあれば、一気に収益が悪化する可能性もなしとしません。住宅ローンの採算性についても、十分慎重に吟味していく必要があるように思います。

 また、カード・ローンやオート・ローンをはじめとする消費者向けローンも、長い目でみれば潜在的なニーズの存在する分野と思われます。大手行はその将来性を展望して、これまで信販・クレジットカード会社や消費者金融会社への出資を増やしてきました。先ほど述べたように、これらの関連会社はこれまでのところ金融機関収益に寄与するには至っていませんが、今後の消費者ローン分野の動向には注目していきたいと考えています。

(3)中堅・中小企業向け融資、リスクマネーの供給

 3点目は、中堅・中小企業に対する資金供給です。

 足許の企業の資金調達環境をみると、昨年秋から本年初にかけて急速に悪化したあと、CP・社債市場の回復などから、このところ改善が続いています。もっとも、中堅・中小企業では資金繰りがなお厳しいとする先が多く、中堅・中小企業への円滑な資金供給は、引き続きわが国企業金融における重要な課題と受け止めています。

 一方、わが国経済の先行きを展望した場合、技術力のある中堅・中小企業に、どのようにリスクマネーを供給していくかが、金融システムの一つの課題となります。この場合、家計の豊富な金融資産の一部をリスクマネーに振り向けることが重要です。

 わが国においては、従来よりベンチャーキャピタルの重要性が説かれてきましたが、現在に至っても十分成長したとは言い難い状況にあります。将来の経済発展を牽引する可能性のある企業に、円滑にリスクマネーを供給することは、リテール金融分野においても大きな課題です。どのような金融機関がどのようなルートを通じて、その仲介を果たしていくことになるか、強い関心をもってみていきたいと思います。

おわりにかえて

 以上、縷々述べてきましたが、今回の金融危機は、日本銀行にも様々な課題を投げかけてきました。

 その一つは、マクロプルーデンスの観点に立ち、実体経済と金融システムの連関を視野に入れて、金融システム全体のリスクを分析、評価することです。私どもでは、これまでも『金融システムレポート』などを通じて、そうした課題に取り組んできましたが、今後、これをさらに充実させ、金融システムに内在するリスクを的確に把握し、評価する努力を続けていく考えです。

 そのうえで、その評価を金融政策面でどのように活かしていくか、また、考査やオフサイトモニタリング、金融高度化センターの活動などを通じて、金融機関の一層のリスク管理強化にどのように結びつけていくかが、次の課題と考えています。

 最後に、金融危機後の国際的な金融経済情勢の変化のもとで、わが国経済も長い目でみて難しい局面に立たされています。わが国経済の長期的な発展のためには、経済全体の生産性を引き上げていくことがどうしても欠かせません。どのような産業構造の変革が必要とされ、金融システム面からこれをどう支えていくかを考えることも、日本銀行にとっての課題です。私どもとしても、この点について皆様方と知恵を分かち合いながら、中央銀行として可能な限りの貢献を果たしていく考えですので、なにとぞよろしくお願いします。

 ご清聴ありがとうございました。

以上