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【講演】「2009年の日本経済:回顧と挑戦」

日本経済団体連合会評議員会における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2009年12月24日

 英訳は、Japan's Economy in 2009: Review of the Year and Challenges Aheadをご覧下さい。

目次

  1. 1.はじめに
  2. 2.世界経済の動向
  3. 3.日本経済の情勢
  4. 4.日本銀行の金融政策運営
  5. 5.世界的な金融危機と日本経済
  6. 6.5つの挑戦
  7. 7.おわりに

1.はじめに

 日本銀行の白川でございます。本日は、わが国経済界を代表する皆様の前でお話し申し上げる機会を賜り、誠に光栄に存じます。

 今年も残すところ1週間余りとなりました。振り返ってみますと、丁度1年前にこの席でお話をさせて頂いた時は、わが国を含め世界経済は、国際的な金融危機の発生に伴い、パニック的な経済活動の収縮の真最中でした。その後、各国の政府や中央銀行により様々な政策措置が講じられたことに加え、各企業が大幅な生産調整を含め血の滲むような努力をされたことから、内外経済は春頃からは持ち直しに転じています。しかし、世界的な信用バブルの崩壊の影響が残存する下で、先行きを巡る不確実性はなお高い状況にあり、世界経済が持続可能な新たな成長経路、いわゆる「ニューノーマル」(New Normal)へ移行するためには多くの課題が残っています。本日は、まず今年1年の金融経済情勢を回顧した上で、日本銀行の金融政策運営の考え方についてお話し、最後に、来年以降に向けての、わが国経済が取り組むべき挑戦について申し述べたいと思います。

2.世界経済の動向

 それでは、世界経済の動向から話を始めます。私は、昨年末のこの席で、今回の景気後退の本質は、世界的な信用バブルの崩壊であると申し上げましたが、この景気後退の過程はふたつの要因に分けて整理できると思います。第1の要因は、2000年代半ばにかけて米欧を中心に世界的に蓄積された過剰の巻き戻しです。これは、家計の過剰債務、企業の過大な生産能力、金融機関の不良債権などの問題を処理するプロセス、つまり、バランスシートを修復し、調整するプロセスということができます。この間は、各経済主体の支出活動は抑制され、経済に対して慢性的に下押し圧力がかかることになります。第2の要因は、昨年秋のリーマン・ショックがもたらした金融危機によるパニック的な経済・金融活動の収縮です。これは、今申し述べたバランスシート調整がもたらす慢性症状と対比して言えば、経済に対して急性症状的な影響を与えるものでした。

 世界経済が本年春先から持ち直し始めた主因は、このうち、第2の要因であるパニック的な金融・経済活動の収縮が沈静化に向かったことです。実際、各国中央銀行による流動性供給や政府による金融システム対策により、国際金融資本市場は、昨年の今頃とは様変わりとなり、かなり落ち着きを取り戻しています。

 しかし、同時に、第1の要因として挙げたバランスシート調整圧力が米欧経済に重く残存していることも、明らかになってきました。このため、先進国の回復の鈍さと新興国・資源国の上振れというコントラストが顕著になってきています。すなわち、先進国が、米欧を中心としてバランスシート調整の途上にあり、内需になかなか弾みがつかない一方で、新興国・資源国は、春頃の見通しを上回るペースで回復しています。これらの新興国・資源国の多くでは、生活水準の向上や社会資本整備の必要性などを背景に、内需の基調が総じて強い状態にあります。また、今回の局面では先進国と異なりバランスシート調整の圧力が軽微であったため、財政支出の増加が、高い乗数効果をもって国内需要を喚起しています。さらに、低金利が続いている先進国からの資金流入が、貸出の増加や資産価格の上昇などを通じて成長を後押ししています。

 世界経済の先行きについては、新興国経済の高成長に加え、先進国経済の持ち直しもあって、全体として回復基調を維持するとみられますが、こうした見通しを巡る不確実性はなお高いと判断しています。リスク要因は上下両方向に存在しています。米欧におけるバランスシート調整の帰趨や、政策効果が徐々に薄れていくことの影響などが、主要な下振れ要因として挙げられます。一方、新興国経済の強さは上振れ要因のひとつですが、先進国からの資本流入が継続した場合、流入先経済の過熱とその後の落ち込みを招くことになりかねない点には留意が必要です。また、先般のいわゆるドバイ・ショックは、幸い沈静化に向かっているとはいえ、国際金融面でのリスク要因にはなお注意が怠れないことを改めて印象付けました。

3.日本経済の情勢

 次に、日本経済の現状と先行きについてご説明したいと思います。

 わが国の景気は、只今申し述べたような世界景気の落ち込みの中で、輸出・生産のかつてないほどの急激な減少を主因に、大幅に悪化しました。その後、海外経済の改善と内外における在庫調整の進捗に伴い、輸出・生産が回復に転じました。さらに、減税や補助金の対象となる自動車や家電製品の需要も増加し始めたため、春頃から景気は最悪期を脱し、最近では持ち直しと判断できるに至っています。もっとも、経済活動の水準はなお低く、改善の動きも政策効果に支えられた部分が大きく、自律的回復力はなお弱いと判断しています。

 企業金融面をみると、昨年の今頃は、リーマン・ショックの影響からCP・社債市場で発行が難しいという状況になったことは生々しく記憶されていると思いますが、そのCP・社債市場も、現在は大きく改善しています。CP市場について言うと、発行金利が顕著に低下し、高格付けのCPに至っては、発行金利が短期国債金利を下回る逆転現象さえ生じました。社債市場でも、発行金利の低下に加え、夏場以降は大企業が短期資金から長期資金へ調達の比重を移す中で発行ラッシュとも言える状況が続いており、市場は活況を呈しています。こうしたCP・社債の発行環境の大幅な改善に加え、売上・収益が持ち直しに向かい始めたこともあって、大企業の資金繰りは改善基調にあります。ただ、昨年秋以降の厳しい状況がなお生々しい記憶として残っていることに加え、経済の先行きに対する不透明感も根強いだけに、手許の流動性は高水準であるにもかかわらず、多くの大企業経営者は資金繰りに対する警戒的な姿勢を完全には緩めていないように窺われます。また、中小企業の資金繰りについては、政府の緊急保証制度による政策効果は現れているものの、売上・収益面の改善が遅れているため、依然厳しい状況が続いていることは、日本銀行として十分認識しています。このように、わが国の企業金融は、改善の動きが続いているものの、全体としてなお厳しさが残っています。

 景気の先行きについては、設備・雇用面の調整圧力が残存する2010年度半ば頃までは、持ち直しのペースは緩やかなものに止まる見通しです。とりわけ、内外における各種政策効果が減衰するとみられる来年春先前後には、景気の勢いが一時的に鈍る可能性もあります。そうした傾向は、経済が公共投資に依存している側面が大きい地方経済において、より強く現れると考えられます。もっとも、そこで回復の動きが途切れてしまうといった可能性は大きくないと考えられます。これは、わが国を含む先進国が、経済の回復がしっかりとしたものとなるまで、景気刺激策を継続する方針にあるほか、新興国の内需に自律的な強さが存在するためです。しかし、いずれにせよ、今後の回復の道のりは決して平坦ではないと認識しており、予断を持つことなく経済の姿を点検していく方針です。

 次に、物価面に目を転じますと、昨年来、消費者物価の前年比は、石油製品価格の影響を受けて大きく変動しました。昨年夏には+2.4%という高い上昇率を記録した後、本年春にはマイナスに転じ、8月には昨年のピークから符号がちょうど逆転して−2.4%と過去最大の下落となりました。今後は、前年の石油価格高騰の影響が薄れてくるため、来年初にかけて、下落幅は−1%程度まで縮小するとみられます。問題は、その先です。先ほど申し述べたような景気見通しを前提とすると、マクロ的な需給バランスの改善に伴い、物価の下落幅は徐々に縮小していく方向にあります。しかし、経済の持ち直しテンポが緩やかなものに止まるとすれば、物価下落圧力もある程度長期間に亘って残存するとみざるを得ません。

 物価の持続的な下落、つまりデフレと呼ばれる現象の根本的な原因は、経済全体の供給能力に比べて需要が弱いことです。こうした状況から脱却するためには、経済全体の需給バランスを持続的に改善していく努力が不可欠です。この点では、短期的な需要創出努力と生産性向上を反映した中長期的な所得増加期待の達成という2つの対応がともに必要となります。これらの点については、政策運営面やわが国経済の取り組むべき挑戦とも密接に結びついていますので、後ほどまた触れることとします。

4.日本銀行の金融政策運営

 続いて、日本銀行の金融政策運営について申し上げます。

 先ほど、昨年秋以降の世界経済の落ち込みについて、2つの要因に基づいて整理できると申し上げました。この間、日本銀行も含めて主要先進国の中央銀行が実施した政策措置も、この2つの要因に対する対応、すなわち、金融危機がもたらした急性症状に対する対応と、バランスシート調整という慢性症状に対する対応とに分けて整理することができます。

 まず、急性症状に対しては、多くの中央銀行が、危機に瀕した市場機能を修復するため、金融市場に対し流動性を潤沢に供給するとともに、市場機能が壊れた金融市場に的を絞って特定の金融資産を買入れるなど、様々な措置を実施しました。日本銀行でも、昨年秋以降、CP・社債の買入れなど中央銀行として異例の対応を含め、各種の時限措置を導入しました。これらの措置は、先進各国で、金融資本市場の安定回復や企業金融の支援にかなりの効果を挙げたと評価できると思います。このため、米国FRBや欧州中央銀行など先進国のほとんどの中央銀行は、既にこうした危機対応措置を終了させる方針を公表しています。日本銀行も、こうした動きと平仄をとる形で、CP・社債買入れについては、予定通り12月末で完了することや、企業金融支援特別オペという特殊な手段については、念には念を入れて来年3月期末をカバーしてから、通常の資金供給オペに切り替えていくといった方針を先般公表しました。

 こうした時限措置の見直しは、金融市場の状況変化に即応して、最も効果的な資金供給方法を選択するという考え方に基づくものです。例えば、先に申し上げたように、CP市場では、日本銀行の措置を背景として、高格付CPの発行金利が短期国債金利を下回る逆転現象が起きていました。このため、最終投資家がCP市場から退出し、市場規模が縮小し始めるという副作用が目立つようになってきました。このまま臨時措置を温存すれば、企業にとって短期資金調達の大事な場であるCP市場の機能をかえって毀損することになりかねません。CP発行環境の改善という目的が達成された以上、中央銀行による直接買入れといった特殊な措置は完了し、様々な担保を広範に利用できる通常の資金供給手段を活用した方が、市場における資金の流れを良くするために効果的と考えられます。このような考え方にたって時限措置の見直しを行いましたが、言うまでもなく、金融市場の安定確保は日本銀行の最も重要な責務です。今後とも、金融市場の安定が損なわれることが懸念される場合には、迅速・果断に行動する態勢を整えている、ということを改めて申し上げたいと思います。

 さて、日本銀行も含めた主要先進国の中央銀行は、このように、急性症状への対応に一区切りをつける一方で、慢性症状に対する対応としては、金融緩和姿勢を維持していく方針を明らかにしています。日本銀行も、金利面から景気を下支えするため、昨年秋から昨年末にかけて政策金利を0.1%という実質ゼロ金利といってよい水準まで引き下げました。先行きの金融政策運営についても、きわめて緩和的な金融環境を維持し、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することを粘り強く支援していく、という方針を表明しています。

 今月初めには、国際金融面での動きや為替市場の不安定さなどが企業マインド等を通じて実体経済活動に悪影響を及ぼすリスクが懸念されたことから、急遽、臨時の金融政策決定会合を開催し、金融緩和の一段の強化を図るために、新型のオペ手段を導入しました。これは、国債や社債など幅広い担保を使える共通担保オペという従来からある仕組みを利用して、新たに金利を政策金利と同じ0.1%という超低利に固定する方式を導入し、期間3か月のやや長めの資金を短期金融市場に潤沢に供給するというものです。資金供給額の目処としては、10兆円を想定しています。日本銀行としては、これにより、やや長めの短期金融市場金利、いわゆるターム物金利の低下が一段と促がされることを期待しており、既に、その効果は現れ始めているほか、金融市場もやや落ち着きを取り戻しているように思います。

 さらに、日本銀行は、今月半ばに開催した金融政策決定会合において、物価の安定に関する日本銀行の考え方を改めて表明しました。日本銀行は、2006年に、金融政策を検討する際に踏まえるべき物価安定を数値的に表現したものとして、「中長期的な物価安定の理解」と呼ばれる枠組みを導入し、「消費者物価指数の前年比でみて0~2%程度」という数値的な表現を発表していました。今回、この「程度」という言葉が誤解を与えないように、日本銀行としてゼロ%以下のマイナスの値は許容していないこと、及び、政策委員会メンバーの大勢は1%程度を中心と考えていることを、より明確な言葉で表すことにしました。採用された新しい表現は、「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」というものです。経済・物価に関する日本銀行の先行き見通しや、先ほど申し述べたような金融政策の運営方針とともに、物価の安定に関するこうした私どもの考え方が浸透することは、金融市場における金利形成にも相応の影響を与えるものと考えています。

 日本銀行としては、今後とも、この「中長期的な物価安定の理解」を念頭に置いた上で、様々なリスク要因を幅広く点検し、適切な金融政策運営に努めていく所存です。その際、今回の世界的な信用バブルの崩壊の教訓を踏まえ、資産価格や信用量の動向など金融面での不均衡の蓄積についても、目を配ることも忘れてはならないと考えています。

5.世界的な金融危機と日本経済

 次に、これまでの議論も踏まえ、来年以降に向けての、わが国経済がどのようなチャレンジに直面しているかについて、私の考えを述べたいと思います。

 そのためには、経済政策を運営する上で、また、企業経営者が今後の戦略を立てる上で、今回の世界的金融危機の経験から、わが国としてどのような教訓を引き出すべきかがきわめて重要です。このことを考えるために、私自身は、ふたつの事実を認識する必要があると思っています。

 1点目の事実は、今回の景気落ち込みの中で再三指摘された事実ですが、わが国の経済活動の落ち込み幅が主要国の中で最も大きかったことです。世界的金融危機前の2008年4~6月期を基準として、実質GDPのボトムの水準を国際比較しますと、世界的金融危機の震源地であった米国の落ち込みが4%弱であったのに対し、わが国は6%を上回る、先進国の中でも最大の落ち込みを記録しました。

 2点目の事実は、わが国の金融システムが欧米諸国と比較して、相対的に頑健性を維持したことです。例えば、金融資本市場における各種の信用スプレッド、例えば、国債金利に対する社債金利の上乗せ幅は、わが国でも拡大したものの、海外と比べると拡大幅は小さいものでした。また、銀行貸出についてみると、米欧では金融危機発生後、この1年数ヶ月の間に前年比伸び率は10%ポイント以上の急激な低下をみましたが、わが国では、このような銀行貸出の伸び率の低下は生じませんでした。中央銀行のバランスシートの大きさにも、こうした違いが顕著に表れています。米国ではクレジット市場がほぼ完全に毀損したため、中央銀行がこれを肩代わりする以外に方法がない状態に陥り、結果として、FRBのバランスシートが著しく拡大しました。この間、わが国の金融市場も大きな影響を受けましたが、それでも米国ほどには極端な事態には至らず、その結果、日本銀行のバランスシートも、FRB程には拡大することはありませんでした。

 それでは、金融システムが相対的に頑健性を維持したにもかかわらず、わが国の経済活動の落ち込みが大きかったことの背景をどのように考えるべきでしょうか。ここに、今後の日本経済の姿を考える上での重要なポイントがあると思います。

 経済活動の大きな落ち込みは、需要項目では輸出において顕著に現れました。これをもって「外需依存による脆弱性」と解釈し、「外需依存から内需主導への抜本的な転換が必要」とする見方も聞かれますが、私はそうした見方には与していません。なぜなら、そもそも日本の輸出依存度は10%台半ばと、米国と比べやや高いものの、約40%のドイツ、20%台後半のイギリスやフランスをはじめとする欧州の先進国と比べるとはっきりと低く、事実として先進国の中で外需依存傾向が強いとは言えないからです。わが国の経済活動の落ち込みが大きかったことの背景としては、むしろ、世界的金融危機前後におけるわが国の製造業を取り巻く急激な環境変化に着目すべきです。具体的には、以下の3点が重要と考えられます。

 第1に、世界的金融危機は、わが国が得意とする産業分野に大きな影響を与えました。金融危機によって金融仲介機能が世界中で麻痺し、先行きの不確実性が増大しました。このことは、借入などの資金調達や不確実性の程度の影響を受けやすい設備投資や耐久消費財などの支出を直撃し、これらの財を世界的に供給するわが国の製造業の生産は大きく減少しました。

 第2には、過剰の調整、バランスシート調整の影響も大きく出やすかったことです。2000年代半ばにかけて、信用バブルに支えられ世界経済が高成長を続けた局面では、世界的規模で耐久消費財ブームが起こりました。こうした分野で比較優位を築いてきたわが国の製造業は、このブームにより大きな恩恵を享受しました。しかし、今から振り返ってみれば、新興国はともかく米欧については、過度な楽観的期待に基づいた維持可能でないブームであり、その巻き戻しの過程である米欧のバランスシート調整は、わが国の製造業を直撃しました。

 第3には、2000年台央からの大幅な円安の反動が出たことです。為替相場が輸出競争力に与える影響をみるうえでは、内外の物価変動の差や貿易ウェイトを考慮に入れる必要があります。これらの要因を調整した円の実質実効為替レートをみると、2005年頃から2007年央にかけて2割強減価し、過去20年間で最も円安の状況が続きました。これは、わが国の輸出を相応に押し上げていたと考えられます。しかし、昨年秋の世界的金融危機の発生以降、急激に円安の修正が進み、その後は均してみれば2000年代前半の水準で推移しています。これは、輸出のうち2000年代央からの大幅な円安により押し上げられていた部分が、剥落したことを意味します。

 このように考えますと、世界的金融危機の経験から得られる教訓は、「外需依存から内需主導への抜本的な転換が必要」ということではなく、「世界経済の持続可能な成長を目指すことが重要」ということではないでしょうか。いずれにせよ、グローバル化という現象が不可逆的に進展している下で、外需と内需を対立概念として捉えることは適当ではありません。わが国経済にとっては、グローバル経済の成長の果実を取り込むことと、国内需要が拡大する基盤を整えることは、ともに重要であることを強調したいと思います。

6.5つの挑戦

 こうした教訓も踏まえ、来年以降のわが国経済を展望しますと、様々な挑戦が待ち受けていると考えられます。ここでは、わが国が来年以降取り組むべき挑戦として、5点申し述べたいと思います。

 第1の挑戦は、いわゆる「ニューノーマル」への移行です。2000年代半ばにかけて経験した世界的な信用バブルに支えられた成長パターンに戻ることは期待できませんし、また期待すべきでもないと思います。「ニューノーマル」が具体的にどのようなものかは誰しも分かりませんが、現在は持続可能な新たな成長パターンを模索しているプロセスです。そのプロセスはある程度の時間を要すること、さらに、直前の好景気との落差も手伝い、どうしても保護貿易主義や過剰規制を求める動きが出やすくなりますが、わが国でもそうした事態は避けなければなりません。

 第2の挑戦は、常に変化を続けるグローバルな経済環境に即応した各種の制度の見直しです。どの国の企業もグローバルな競争に晒されている以上、常に、自らの比較優位を活かす途に挑戦しています。人口の減少など中長期的に国内市場縮小要因が働く中にあって、グローバル経済の成長の果実を取り込むために、わが国についても、企業の経営努力が最大限発揮されるように、競争条件を規定する制度を不断に見直していく努力は不可欠です。それと同時に企業には様々なイノベーションへの取組みが求められます。

 第3の挑戦は、グローバルなルール作りへの積極的な参加です。現在、地球環境問題をはじめ様々な分野において、グローバルなルール作りに向けた動きが進行しています。また、企業レベルでも基準作りの面で主導権の獲得を目指した動きが活発化しています。グローバル経済の成長の果実を取り込むためには、公的当局も企業もこうした動きに積極的に参加して、リードする努力が不可欠です。金融の分野でも、今回の金融危機の教訓を踏まえたグローバルな金融規制の見直しに向けた議論が進んでいますが、日本銀行も、G20をはじめ様々な国際会議の場を通じて、こうしたルール作りに積極的に参画しています。

 第4の挑戦は、各種セーフティネットの整備です。経済が持続的に成長するためには、個人消費の持続的拡大が不可欠です。その基盤を整えるためにも、また、個人が様々な挑戦をしていくためにも、各種のセーフティネットを通じて、家計の将来の生活に対する安心感を高めることが不可欠です。

 第5の挑戦は、「根拠なき悲観主義」とでも言うべき気分からの脱却です。「根拠なき楽観主義」がバブルを生むように、「根拠なき悲観主義」も経済活動には決してプラスではありません。勿論、気分だけで経済が上向く訳ではなく、最も重要なことは確固とした成長戦略を立てて、新たな成長メカニズムの確立に向け、前向きに取り組むことです。しかし、そのためにも、気分の持ちようは重要です。中央銀行の仕事は経済・金融の安定を実現するという意味で「錨」の役割が期待されていますが、経済情勢に関する分析や情報発信の面でも、バランスのとれた錨の役割が期待されていると思っています。

7.おわりに

 以上、日本経済の挑戦ということで5点申し上げましたが、このような挑戦の結果、生産性が向上し、将来の所得増加が期待できるというふうに、人々が感じ始めるようになった時こそ、需要が力強く本格的に拡大を始める時だと思います。そして、その時がわが国がデフレと呼ばれる状態から脱却できたと真に実感できる時であるように思います。デフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路に復帰するためには、結局のところ日本銀行を含む政策当局と民間経済主体が、それぞれ自分の持ち場で粘り強く努力を積み重ねていく以外に途はありません。日本銀行としても、来年も皆様のご意見やご批判に耳を傾けながら、今後とも粘り強く努力していくことを重ねて申し上げて結びとしたいと思います。

 ご清聴ありがとうございました。

以上