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【挨拶】わが国の金融政策と経済・物価情勢

福岡県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 中村 清次
2010年2月4日

目次

1. はじめに

私は日本銀行政策委員会審議委員の中村と申します。

本日は、お忙しい中、福岡県の行政ならびに経済界を代表される皆様方にお集まり頂き、懇談の機会を賜り、誠に光栄に存じます。

日頃は、支店長の丹治をはじめ日本銀行福岡支店が大変お世話になっており、この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

政策委員会審議委員と申しましても、皆様には聞きなれない役職ではないかと思います。政策委員会は、金融政策の運営に関する事項を決定すると共に、日本銀行の運営方針を決定し、執行状況を監督する日本銀行の最高意思決定機関です。総裁、副総裁2名と審議委員6名の定員9名で構成されています。従って審議委員は一般の事業会社でいえば取締役に相当すると思います。

日本銀行では、総裁を含む9名の政策委員会メンバーが — 現在は審議委員が2名欠員となっておりますが — 全国各地を訪問し、日本銀行の考え方や金融政策を説明申し上げるとともに、地域経済の実態やご意見をお聞かせ頂き、政策決定に反映させることと致しております。

私は外航海運に38年、内航海運に4年、通算しますと42年間を海運業に携わり、3年前から、日本銀行に奉職しています。私の実家は、この会場からもそれほど遠くない箱崎八幡宮の近くにあり、高校卒業まで過ごし、大学、就職先が東京だったため、当地を離れています。今回、当地で皆様と、こうしてお話できますことには、不思議なご縁を感じます。本日は、まず私から、4つの論点、(1)最近の経済情勢、(2)一昨年秋のリーマン・ショック以降の日本銀行の対応、(3)物価の動向、(4)今後の日本経済の見通しとリスク要因、について、お話ししたいと思います。

私の話は、日本経済をマクロで捉えた話が中心となりますので、皆様が日々の経済活動を通じて認識しておられる景況感とは、異なる点もあるかと思われます。

経済の実態につきましては、地域、海外市場や公共投資との関り方、業種、企業規模等により、大きな差異があり、一纏めにして語れないことは十分に承知しています。従いまして、日本銀行では、本日のように地域や企業の方々から経済情勢や日本銀行に対するご意見などをお聞かせいただくと共に、支店長や調査統計局のミクロヒヤリングからの報告等を通して、幅広い実態経済の把握に努め、金融政策へ反映させることとしており、皆様方のご理解を賜りたいと思います。

2. 経済情勢の現状

海外経済の現状

世界経済は、各国での自動車販売促進策をはじめとする財政刺激策や、緩和的な金融政策の効果に加え、在庫調整の進捗が、貿易取引の回復を伴いながら、生産活動の増大に繋がり、緩やかな回復を続けています。IMFも1月26日、経済の回復の動きは確固たるものになったとして、2010年の世界経済見通しを3.9%と、昨年10月時点より、0.8%ポイント上方修正しました。特に、中国をはじめとする新興国では、生産・所得・支出の前向きな循環が働き、内需が喚起されて成長を高めており、こうした新興国の成長が、貿易取引を通じて日本を含めた先進国の景気を下支えしています。

新興国等では、金融機関や個人のバランスシートの調整問題が軽微に止まり、景気刺激策の効果がより強く現れやすかったことに加え、海外からの資本流入の影響や先進国向け輸出の回復もあって、想定よりも高めの成長となっています。例えば、中国については、2009年第4四半期の実質GDPが前年比10.7%増加し、個人消費や固定資産投資を中心に高い伸びを続けています。また、これまで落ち込んでいた輸出も、12月はハイテク製品や電機機械製品などの高付加価値品が牽引するかたちで前月比2桁増となったほか、14か月ぶりに前年比でもプラスに転じました。

中国政府は今後も高成長を維持するために、一部で過熱感が高まっている不動産市場や、貸出の急増などに予防的な対応を取り始めたようです。足許、中国をはじめとする新興国は、当面、高成長を続けると思われますが、この地域の成長が世界経済のメインエンジンとなっているだけに、バブル的な状況が発生していないか、またその成長の持続性について注意深くみていく必要があると思います。

先進国では、景気が持ち直しているとはいえ、金融危機前までに蓄積された過剰消費や過剰債務等の様々な歪みの調整を抱えているだけに、回復のペースは緩やかなものとなっています。例えば、米国家計の純資産はピーク時比較で2割弱減少、消費者ローン関連の延滞率も上昇していますし、銀行の融資姿勢は依然として厳しく、貸出残高の減少が続いています。

米国経済については、昨年10〜12月期の実質GDPが5.7%成長し、経済活動の水準は低いものの、全体としては持ち直しつつありますが、本格的な回復には相応の時間を要すると思われます。昨年のクリスマス商戦は、リーマン・ショックの影響で大幅に落ち込んだ2008年に比べてやや回復、新車販売も4か月連続で年率換算1千万台を上回っており、個人消費の底入れが窺われます。一方、失業率は10%と高い水準にあり、雇用面での早期回復が見込めない中、住宅市場は持ち直しつつありますが、市場の改善は一本調子ではなく、商業用不動産市場は下げ止まっていません。

欧州では、12月の小売売上数量(除く自動車)がリーマン・ショックの影響を受けた昨年を下回ったように内需は脆弱ですが、輸出が牽引するかたちで経済は持ち直しています。ただし、欧州諸国の金融部門およびギリシャ等の政府部門のバランスシート調整の影響が、経済活動の足枷となる可能性もあり、景気回復は米国以上に緩やかなものとなりそうです。

国内経済の現状

輸出や生産が激減したリーマン・ショック後のわが国経済の落ち込みは、米欧に比べても極めて大きいものでした。その背景には、世界経済の悪化の直撃を受けやすいわが国の産業構造の特徴が挙げられます。すなわち、それまでわが国の経済成長を牽引してきた輸送機械、電気機械、一般機械といった業種は円安にも支えられ、欧米市場を中心に輸出依存度を高め、かつわが国の生産活動に占める割合も高かったのです。然るに、輸出が突然、4割近くも減少したことにより、関連産業の広がりの大きな自動車産業を中心に、国内全体が大幅な減産と共に在庫調整に追い込まれたのです。

わが国経済は大幅に悪化しましたが、中国をはじめとする新興国経済を中心に海外経済が持ち直し、内外での在庫調整の進捗に伴い、2009年の2月を底として、輸出や生産は回復に転じています。もっとも、昨年12月の水準はリーマン破綻前である2008年9月の各々78%、87%に留まっています。また、内需も景気刺激策の効果から、自動車や家電製品などの販売増に支えられ、個人消費は全体では持ち直しています。住宅投資も、先行指標である新築住宅着工が、12月まで4か月連続して増加しており、下げ止まりの動きがみられていると考えられます。雇用環境は、有効求人倍率が4か月連続で改善しましたが、企業が雇用過剰感を抱える中で失業率は5.1%と高止まっており、一人当たり名目賃金が下落していることもあり、消費者の購買意欲は改善していません。企業の設備投資も、足許の過剰感が強い中、先行きの需要回復の不確実性が強いだけに、国内での新たな投資には慎重な先が多く、ようやく下げ止まりつつある状態です。このように、経済活動は持ち直しているとはいえ、生産や輸出の水準は依然として低いだけでなく、改善の動きも内外の政策効果に支えられている面が強く、自律的回復力は弱い状況です。

3. 日本銀行の一昨年秋以降の政策対応

ここで、一昨年秋以降の未曽有の金融経済情勢の混乱に対応し、日本銀行が講じてきた様々な政策措置についてご説明したいと思います。わが国では、一昨年にリーマンが破綻するまでは、非常に緩和的な金融環境の下で、多くの企業は資金効率化を図るべく手許流動性の圧縮に努めていました。しかしながら、リーマン破綻後は、急速な金融収縮が発生し、CPや社債による資金調達が困難になるといった、異常な事態に陥りました。中小・零細企業だけでなく、大企業でも資金確保に緊張感が高まりました。

こうした金融経済情勢の混乱の下、日本銀行は、2008年10月と12月に政策金利を0.5%から0.1%に引き下げたほか、無制限のドル資金供給や市場に潤沢な流動性の供給を行い、金融市場の安定確保に努めました。また、CPや社債市場の機能改善を図るため、CPや社債を買入れると共に、企業金融支援特別オペレーションとして民間企業債務を担保に0.1%の固定金利で無制限に資金供給を行うといった、極めて異例な対応を行いました。一連の措置により、企業金融や資本市場の目詰まりを解消すると共に金利の低下を促すことができました。

このように、CP・社債市場の機能回復という所期の目的を達成したことを踏まえ、CP買入れおよび社債買入れについては昨年12月末をもって完了しました。また、企業金融支援特別オペについては、2010年3月末まで延長し、その後は既存の金融調節手段により引き続き潤沢な資金供給を行うこととしています。

昨年12月1日には臨時の金融政策決定会合を開催し、0.1%の固定金利3か月物資金を10兆円程度、新たに供給可能な制度も導入しました。これは、昨年11月後半以降のドバイ・ショック等に起因した国際金融面での動きや、為替市場の不安定さなどが、企業や家計のマインド悪化などを通じて経済活動に悪影響を及ぼすリスクが急速に高まったことに対して、金融面から景気回復を下支える必要があると判断し、決定したものです。

現在の金融政策運営方針の基本は日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することを支えるために、金融市場における需要を充分に充たす潤沢な資金供給を通じて、極めて緩和的な金融環境を維持していくことです。

今後も、こうした運営方針を基本としていくことが重要だと考えていますが、政策運営に当たっては、先行きの政策の選択肢について、予め特定の手段を念頭に置いたり、逆に排除することなく、常に経済・金融環境の状況変化に対応して、最も適切な金融政策を行なわなければなりません。

4. 国内の物価動向について

物価動向

物価については、2008年7月に原油価格が140ドルまで上昇した際は、世界中でインフレ懸念が高まり、わが国の生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)も前年比2.4%まで上昇しました。その後、世界経済の減速傾向が強まったほか、金融危機により投機資金等がコモディティ市場から引き揚げる動きがみられたことなどから、資源価格は反落して、インフレ懸念は大きく後退し、コアCPIは昨年8月には−2.4%まで下落しました。最近では、原油価格反落の影響が薄れてきたことなどから、12月のコアCPIは−1.3%と、マイナス幅が縮小しており、経済の緩やかな回復に伴い、先行きも下落幅縮小の動きが続くと見込まれます。

先週発表しました展望レポートの中間評価でのコアCPIの見通しの中央値も、2009年度が−1.5%、2010年度−0.5%、2011年度−0.2%となっており、2011年度までマイナスは残りますが、マイナス幅は縮小すると想定しています。なお、本年4月以降に予定されている高校授業料の実質無償化などの措置は、CPIのマイナス幅を拡大させる可能性がありますが、こうした制度変更に伴う一時的な要因については、その影響を除いた上で、基調的な物価動向を捉えていくことが必要であると考えています。

デフレについて

一般的に「デフレ」は、一般物価の継続的な下落を指す場合が多いと思いますが、それ以外にも、資産価格の下落や、経済活動の停滞、といった意味で使われることもあると思います。ところが、昨今、デフレという言葉が、様々な意味を込めて、やや安易に使われている印象を受けます。日本全国で、小売業やサービス業の現場を中心に、激しい価格競争が繰り広げられていることも、デフレ的な現象として、問題視されています。一方では、必要なものを、必要な時に、必要なだけを適切な価格で買い求めたいとする、賢い消費者が増えてきています。こうした消費者行動の変化を見据えて、消費者の価値観に合った、新しい商品やサービスの提供を行ったり、不必要な機能を削ることによる価格の見直しなどにより、消費の取り込みや拡大を図っている企業も少なくありません。このような価格の見直しについては、デフレ問題と切り離して考えるべきだと思います。

現在、わが国が直面している持続的な物価の下落は、幾つもの要因が複合的に作用しています。すなわち、雇用や企業の継続性が最優先され、賃金が下方硬直的ではないとか、利益率よりも取引関係の継続性や売上数量の確保が優先される傾向にあるとか、様々な要因から米欧諸国に比べて、物価水準そのものが長期に亘って低目に推移してきました。そうした中、一昨年の140ドルを超える石油価格高騰の反動に加え、金融危機を契機として世界的に需要が急減したことから、物価が下落していると思います。このため、経済の回復が緩慢なものに止まるとの見通しの下では、供給に比べて大幅に不足している需要は早急には回復せず、短期間に物価の下落圧力が解消できるとは考えられません。

現在の金融政策は、金融機関に対する流動性を潤沢に供給することに加え、短期金融市場における金利の低下を促すことを通じて、需要の下支えに寄与してきていると思います。財政政策も耐久消費財への刺激策など、需要を支える政策を行っています。しかし、需要が持続的に高まっていくためには、民間部門における体質改善も必要です。このように、需要不足解消のためには、日本銀行、政府、民間企業がそれぞれの役割を果たしていくことが重要であると思います。ところが、デフレからの脱却のために、日本銀行が民間金融機関に対し、大量の流動性を供給しさえすれば良い、といった、将来に亘っての大きな課題に目をつぶり、即効性のある対策が存在するかのような主張も聞かれます。

日本銀行が2001年から2006年に実施した量的緩和政策では、日銀当座預金残高の積み上がりに比べ、市中銀行から民間への貸出は増加せず、直接的なデフレ脱却策としての効果は小さかったように思います。足許でも、本行の緩和的な金融調節オペレーションにより短期金融市場の資金余剰感は高まっており、やや長めの金利を含め、補完当座預金制度の付利金利である0.1%に向けて金利は一段と低下しています。企業の資金需要が減退していることなどを背景に、金融機関の貸出意欲が弱くないにも拘らず、資金余剰感が貸出増には繋がり難い状況になっており、通常の金融緩和政策の波及メカニズムが働きにくくなっています。

このため、流動性の供給を増やすなどの施策だけでは、わが国がデフレから脱却できるとは考え難く、日本銀行が物価の安定に向けて金融面からの貢献を行うと共に、各経済主体が様々なイノベーションや地道な努力を積み重ねて内外の需要を創出し、生産性向上を反映した中長期的な所得増加期待を高めていくことが肝要だと思います。

中長期的な物価安定の理解の明確化

昨年12月18日の会合では、本行の金融政策運営に関連する「中長期的な物価安定の理解」について、日本銀行の考え方を正しく理解してもらうために、改めて「物価の安定」についての考え方を確認し、公表しました。背景としては「日銀はいわゆるインフレ・ファイターではあるが、デフレ・ファイターではない」とか、本行が物価の下落よりも上昇圧力に対する取り組みに軸足を置き、デフレ脱却に対する取り組みに真剣でないとかの印象を国民や市場関係者に持たれているとすれば、払拭する必要があると判断したからです。具体的には、日本銀行は「中長期的な物価の安定」は、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比でみて、ゼロ%以下のマイナスの値は許容していないこと、および委員の大勢は、1%程度を中心と考えていることを、より明確に表現した次第です。

5. 先行きの見通しとリスク要因、金融政策運営方針

先行きの見通し

日本銀行では、毎月の金融政策決定会合で経済・物価情勢を検討するとともに、毎年4月と10月の年2回、「経済・物価情勢の展望」 — 通称、展望レポート — において、経済・物価情勢に関する先行き2〜3年程度の見通しを公表し、それぞれ3か月後に中間評価を行っています。先週の金融政策決定会合後に公表した、中間評価における政策委員見通しの中央値は、実質GDPの前年比は2009年度−2.5%、2010年度+1.3%、2011年度+2.1%となっており、わが国の経済情勢は昨年10月時点での見通しに基本的に沿うかたちで推移していることを確認しました。すなわち、わが国経済は、海外経済が持ち直すにつれ、緩やかに回復し、2010年度半ば頃までにかけて、内外の各種の政策効果が弱まるにつれて、一時的に踊り場を迎える局面も想定されますが、成長トレンド自体が腰折れする事態は考え難く、新興国をはじめとする海外経済の自律的な回復に伴い、2011年度には明確に潜在成長率を上回るペースまで成長率が高まっていくと考えられます。

しかしながら、先進国を中心に蓄積されてきた世界経済の様々な歪みの調整には、かなりの時間を要するとみられるため、海外経済の回復は緩やかなものに止まる可能性が高く、わが国経済の本格的な回復も相応の時間を要すると考えられます。先進国経済の成長が低迷する中では、「中産階級」と呼ばれる層の人口が大幅に増加している新興国の需要を取り込んでいく必要があります。わが国の2000年と2009年の10年間の輸出先別シェアの変遷をみても、米国が29.7%から16.1%とほぼ半減したのに対し、中国は6.3%から18.9%と3倍となり、輸出入共に首位となりました。アシア全体では、41.1%から54.2%とシェアを高め、米国とEUを合わせたシェアは46.0%から28.6%と大幅に低下しており、新興国市場の拡大傾向が加速していることが読み取れます。しかしながら、日本はこれまで、主に先進国向けの高付加価値品の製造・販売やサービスの提供に優位性を発揮してきただけに、新興国市場で主として求められる低スペックで安価な商品やサービスについては、取り込みが十分ではないようです。さらに、多くの日本企業は、長年に亘って新興国を販売市場としてよりも、欧米市場向けの効率的な生産拠点として位置付けてきた先が多いだけに、拡大していく新興国需要の取り込みが充分とはいえないようです。従って、販売体制の整備や市場のニーズに合った新製品の開発、低価格品の製造管理、人材育成等には課題も多く、韓国、台湾企業だけでなく、一部では欧米企業に比べても遅れているのではとの見方もあります。昨年、中国の重慶と成都を訪問した際には、発展著しい中国内陸部に欧米企業が積極的に進出し現地化を進めている一方、日系企業の現地化の動きは一部企業を除き緩慢なように見受けられ、現地の副市長よりも同様のコメントが聞かれました。日本は大きな発展の可能性がある新興国市場を近くに抱えているだけに、非製造業を含め日本企業がこれらの成長市場を取り込み、発展できる可能性は少なくありません。

リスク要因

先行きを展望していく上での、リスク要因としては、景気については、緩和的な金融環境や各国の積極的な景気刺激策等を背景に新興国や資源国の経済成長が上振れる可能性がある一方、米欧のバランスシート調整の帰趨や、企業の中長期的な成長期待の動向などの下振れ要因があります。物価面では、新興国や資源国の高成長に伴う需要増加により一次産品価格が上振れる可能性がある一方、経済の長期低迷に伴って中長期的なインフレ予想が下振れた場合、物価の下落幅を拡大する可能性があり、注意が必要です。こうした上振れ、下振れ要因のバランスは、1年前に比べれば下振れ要因が小さくなってきているとは思いますが、金融危機のショックが極めて大きかっただけに、下振れリスクが引き続き若干大きいように思われます。

また、損益分岐点の引き下げや、新興国市場の取り込みを目指して、多くの企業経営者は不採算部門からの撤退や他社との部門統合、新規分野の開拓、最適な生産・供給体制や製品開発体制の見直し等を行っています。このため、生産設備の廃棄や海外移転が一段と進む可能性も否定できず、その場合、海外経済が本格的に回復したとしても、国内の設備投資が抑制され、雇用環境の回復が限定的となることも否定できません。例えば、薄型テレビや携帯電話等の情報通信機械は、国内需要分についても海外への生産移管が進行しており、輸入比率が高まりつつあります。製品の研究・開発拠点の現地化も進行しているほか、従来は障害となっていた現地インフラも整備されつつあり、新興国を中心とする海外生産移管は着実に進展するとみられます。これらの動きが、国内の空洞化に繋がるような広がりとなるのかについては注意が必要です。

リーマン・ショック以降、各国が積極的な財政政策で経済を下支えしてきた結果、多くの国で財政赤字と政府債務残高が極めて高い水準まで増加しています。経済金融情勢が一昨年のパニック的な状況を脱したことなどもあり、最近では政府債務の持続可能性に関する懸念が世界的に高まりつつあります。例えば、ギリシャでは、10月の政権交代に伴い、従来公表されてきたよりも財政が深刻な状況にあることが明らかになり、国債が格下げされ、金利が大幅に上昇しています。他にも、ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペインがユーロ圏において財政懸念が強い国と認識され、金利が上昇しています。欧州中央銀行は、先般の理事会終了後に公表した声明文の中でも、財政政策に関し「大規模な財政赤字は、市場センチメントの急激な変化を引き起こし、中長期の市場金利が望ましくない方向に変動するリスクを惹起する。高水準の財政赤字と政府債務残高は、金融政策に追加的な負担を与え、欧州経済統合の鍵となる欧州連合条約と安定・成長協定への信頼を阻害する。各国政府に対し、現実的な成長率を前提とした野心的な財政の出口戦略および財政健全化戦略を適時に決定・実行することを要請する」と警鐘を鳴らしています。米国や英国、そしてわが国も足許の財政状況をみる限り、決して「対岸の火事」として安穏としてはいられません。

経済活動の水準が未だに低く、民間需要の回復のペースが緩慢な中では、短期的な財政支援継続と中長期的な財政再建とのバランスを取ることは極めて難しい問題です。しかしながら、一時的であるべき非常手段に過度に依存すると、将来、より大きな問題を惹起しかねません。このため、時期をみて緊急対応的な施策を見直すと同時に、中長期的な財政再建策について真剣に検討し、持続可能なバランスがとれた成長に繋げていく必要があります。

6. おわりに

これまで、日本銀行の金融政策運営、および内外経済の現状と先行き見通しなどについて述べてきましたが、最後に福岡県経済について、いくつか感じたことをお話したいと思います。

まず、足許の福岡県の景気は、緩やかながら持ち直しています。雇用・所得環境が厳しい状態にある中、個人消費で弱い動きが続いているほか、住宅投資も減少しています。もっとも、輸出が海外経済の改善を背景に増加していることなどから、生産は緩やかなペースながら着実に増加しており、設備投資も低水準ながら下げ止まりつつあります。

全国と比較すると、環境・省エネ対応車の増産などから自動車等を中心に生産面でやや早めの回復がみられているなど、強弱多少の違いはありますが、全体としては全国とほぼ同様の経済情勢にあるとみています。

ところで、当地では、先行き不透明な要素が非常に多い現下の経済情勢の中にあって、「環境」、「医療・介護」、「地方」、「アジア」といった現在の日本経済のキーワードとなる分野について、九州から将来を見据えた取り組みが積極的に進められていることを心強く感じています。

具体的に申し上げると、「環境」では、これまでカーアイランド構想として進めてこられた自動車産業振興策が、先程申し上げた通り、環境・省エネ対応車の生産集積というかたちで当地経済の底上げに寄与しています。また、北九州市や大牟田市でのエコタウン事業の充実や、太陽光・風力発電の推進による関連産業の裾野拡大といった動きがみられるほか、水素エネルギーを新産業として育成・集積するための先端的な取組みも進んでいるなど、多方面に亘り環境への取り組みが展開されているとの印象を強くしております。

また、「医療・介護」では、久留米市を中心に「福岡バイオバレープロジェクト」が進められており、がん治療など高度先端医療の開発拠点を目指して、多くのベンチャー企業が集積しています。また、福岡県では「70歳現役特区」構想を掲げておられますが、高齢化社会が到来する中で、元気な高齢者を後押しするという視点からのアプローチに福岡の活力を感じます。

「地方」という観点では、九州の一体的な発展へ向けて、様々な分野で「九州モデル」構築の動きが拡がっているように思います。具体的には、「九州地域戦略会議」を中心に道州制についての先進的な議論・提言が進められているほか、九州観光推進機構では広域的な観光振興策を打ち出しておられます。2011年春には、九州新幹線の全線開通が予定されており、これを契機に点から面への展開をさらに強める中で、観光を含め九州各地が一体となって発展していく可能性を実感したところです。

「アジア」との結びつきをみると、福岡市は釜山市との広域経済交流へ積極的に取り組んでおられるほか、中国からのクルーズ客船も大幅に増加する見込みであると伺っております。また、本年入り後には、福岡県が「福岡アジア新時代創造特区」構想として、各種の規制緩和や企業交流・誘致のみならず、人材育成や若者文化まで取り入れた総合的なアジアとの交流強化の方針を打ち出されたと伺いました。アジア諸国との関係強化には、人と人との信頼が重要といわれますが、福岡県がアジアとの地理的・歴史的な近接性を活かして、経済面はもとより、文化交流や人的ネットワークの構築など草の根的なレベルの交流を深め、アジアとの情報ハブ機能を担う交流拠点都市としての存在意義を益々強めていかれるものと思います。

このように、現下の厳しい経済情勢にありながらも、未来を切り拓くべく、様々な分野で「有言実行」を旨として具体的な取り組みを展開されていることに高く敬意を表させていただくとともに、今後とも福岡の強みを存分に発揮され、福岡県が牽引役となって九州経済がなお一層発展し、さらにはわが国経済にも種々の示唆を与えられるような成果を挙げられることを心より祈念致しております。日本銀行としてお役に立てることがあれば引き続きご活用頂きますよう、お願い致します。

ご清聴頂きまして、誠にありがとうございました。

以上