ホーム > 日本銀行について > 講演・記者会見・談話 > 講演・記者会見(2010年以前の過去資料) > 講演・挨拶等 2010年 > 鹿児島県金融経済懇談会における山口副総裁挨拶「最近の金融経済情勢と金融政策運営」

【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

鹿児島県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2010年2月24日

目次

  1. 1. はじめに
  2. 2. わが国の経済情勢
  3. 3. わが国の物価情勢
  4. 4. わが国経済の中長期的な課題
  5. 5. 日本銀行の役割
  6. 6. おわりに

1. はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は鹿児島県の金融・経済界を代表する皆様にお集まりいただき、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。

皆様には、日頃より、鹿児島支店によるヒアリングや各種のアンケート調査にご協力いただいております。皆様からいただいた情報は、わが国の金融経済情勢を把握し、金融政策を運営していくに当たり、大いに活用させていただいております。この場をお借りして、改めてお礼を申し上げます。

鹿児島県と日本銀行の縁は深いものがあります。日本銀行の創始者である松方正義や初代総裁を務めた吉原重俊は、いずれも鹿児島県の出身です。そのようないわば日本銀行の生みの親である人々を輩出した地を訪問させていただくのを非常に楽しみにしてまいりました。

本日は、皆様と意見交換させていただくのに先立ちまして、私からわが国の経済情勢と物価の動向についてお話させていただきます。

2. わが国の経済情勢

景気の現状

それでは、わが国の景気の現状から話を始めたいと思います。

わが国経済は、一昨年秋から昨年初にかけて、「崖から落ちるような」と表現されるほど急激かつ大幅な景気の悪化を経験しました。もっとも、幸いなことに、昨年春以降、景気は回復方向に転じ、現在では持ち直しの動きを続けています。

景気が持ち直している背景としては、3つの点を挙げることができます。

1つめは、海外経済が回復に転じたことです。特に、中国を始めとする新興国の経済が予想を上回るペースで成長しています。現在、新興国では、急ピッチで道路や電力設備などのインフラ整備が進んでいます。また、中国などでは、人々の所得水準が向上するにつれて、テレビや自動車などの普及率も高まりつつあります。いわば、高度成長期の日本で交通網の整備が進み、各家庭に「三種の神器」といった耐久消費財が急速に普及したのと同じ現象が進んでいるといえます。このように、設備投資や個人消費が力強いことに加えて、一昨年秋以降の金融危機に際して大型の景気対策が講じられたこと、さらには世界的な金融緩和の効果が及んでいることから、新興国は急速に成長しています。

一方、金融危機の発端となった米国や欧州はどうでしょうか。これらの先進国でも、大規模な財政政策や大幅な金融緩和が実施され、景気は持ち直しに転じています。ただ、金融危機の爪跡は大きく、様々な形で後遺症を抱えています。例えば、金融機関は今でも多額の不良債権を抱え、貸出に慎重な姿勢を残しています。家計も、購入した住宅の価値が目減りする一方、借金が嵩んでいるため、かつての旺盛な消費意欲は影を潜めています。これらの問題が、米国や欧州経済の本格的な回復に重石として作用し続けています。

景気が持ち直している2つめの要因は、民間企業が、国内と海外の双方で在庫復元を進めてきたことです。企業は、需要の落ち込みに対応して、迅速に生産調整、在庫調整を実施しました。その後、経済が徐々に安定を取り戻し、売上の見通しが改善してきました。そこで、適正な在庫水準に向けて、今度は、在庫を積み増す局面に移ってきたということです。

3つめの要因として、国内で講じられた政策も景気の持ち直しに大きく寄与しています。例えば、エコポイント制度やエコカー減税といった耐久消費財の販売促進策によって、家電や自動車の売上は急増しました。また、経済対策が相次いで講じられたこともあって、公共事業も増加し、景気の持ち直しに貢献しました。

こうした3つの要因を背景に、輸出と生産が増加を続けていることが、景気持ち直しの原動力になっています。輸出は昨年3月を底に9か月連続、生産も昨年2月を底に10か月連続で増加しています。業種をみますと、自動車関連や電気機械などの好調さが目立ちます。また、自動車や電気機械は関連する産業の範囲が広いことから、素材や部品を供給する関連業種の生産量の回復にも繋がっています。

輸出や生産がしっかりと増加を続けているのに対し、設備投資や消費などの国内民間需要は、これまでのところなかなか回復力が強まってきません。

設備投資は、漸く下げ止まったかどうかという段階です。日本銀行が四半期ごとに企業の皆様にお願いしている短観というアンケート調査でも、企業規模や業種を問わず、設備に過剰感があるという回答が多い状態のままです。また、来年度にかけての設備投資計画にも、慎重な姿勢が表れています。

回復力が乏しい点では、家計の消費も同様です。冬のボーナスが大幅に減少し、失業率が高い水準に止まっていることも影響しています。政策効果が及んでいる家電や自動車の販売はこれまでのところ好調ですが、百貨店やスーパーの売上は減少が続いています。また、外食産業や旅行業界の売上減少からも、消費者が節約志向を強めていることがわかります。

このように、景気の現状は、好調な輸出や生産と、回復力に乏しい国内の民間需要というコントラストがはっきりした状態です。このような認識を踏まえて、日本銀行では、先週開催した金融政策決定会合において、「わが国の景気は、国内民間需要の自律的回復力はなお弱いものの、内外における各種対策の効果などから持ち直している」という景気判断を示したところです。

景気の先行き

では、この先の景気についてはどう考えられるでしょうか。この点は、コントラストをなしていると申し上げた要因がどうなるかに依存します。つまり、輸出や生産は好調さを維持できるのか、国内の民間需要は回復力を強めていくのか、という点です。

この点、輸出や生産の増加ペースは、さすがに鈍化せざるを得ないと考えています。在庫の復元力は、在庫が適正水準に近づくにつれて勢いが弱まります。国内外の景気刺激策にも、導入当初ほどの効果は期待しにくくなってきます。一方で、国内民間需要の回復力は、目立った改善がみられるまでに、もう少し時間がかかりそうです。企業が設備投資に慎重な姿勢を維持していることは先ほど申し上げたとおりです。また、雇用・所得環境に対する不安がなかなか解消されない状況では、家計の財布の紐も緩んできません。

これらの点を考えますと、この先は一時的にせよ、景気が持ち直す勢いが弱まってくると思われます。その際、公共事業への依存度の高い地域などでは、景気の足取りの重さがより強く意識されるのではないかと思います。

もっとも、今年の夏場以降は、わが国の景気は再び勢いを取り戻すことが期待されます。海外経済は、新興国経済が高い成長を続けると予想されます。米国や欧州でも、金融危機の後遺症が和らいでいくにつれて、成長率が高まっていくと見込まれます。この結果、わが国の輸出や生産の好調が続くとみられます。その恩恵は、輸出をしている企業のみならず、関連する業界にも及びます。輸出や生産が増加しますと、企業の売上高も増加し、企業収益の改善も見込まれます。また、生産の水準が上がるにつれて設備稼働率が持ち直し、緩やかながらも設備の過剰感が薄まることで、設備投資意欲が刺激されることが期待されます。また、企業部門だけでなく、家計部門にも影響が及びます。企業収益が一段と改善していく過程では、新規雇用の拡大や賃金の回復が見込まれます。また、雇用不安や将来所得への不安が低下することも、家計の消費にプラスの影響を与えます。このように、輸出を起点とする企業部門の好転が家計部門にも及ぶかたちで、経済全体として、成長率が徐々に高まっていく姿が見込まれます。日本銀行は、四半期ごとに、2年程度先までの経済と物価の見通しを公表しています。このうち、実質成長率は、今年度に−2.5%と大きく落ち込んだ後、2010年度は+1.3%、2011年度は+2.1%と、伸び率を高めていく姿を想定しています。

もちろん、経済は日々変化を遂げる生き物です。外部環境や企業・家計の行動様式が変われば、今申し上げた見通しから強まることも弱まることもありえます。それらの不確定要因のうち、特に重要だと思われる2点に触れたいと思います。

1つは、海外経済の展開です。これまでお話したとおり、わが国の経済の見通しは、海外の経済情勢に大きく影響されます。このうち、中国などの新興国は、これまで予想外に速いペースで改善してきました。この点、今後もよい意味で予想が裏切られていく可能性は十分にあります。ただ、経済が急速な成長を続けるなかで、景気が過熱するリスクを孕んでいることにも意識しておく必要があります。また、米国や欧州も、金融危機の負の遺産を引き摺っているだけに、先行きの見通しには不確実性があります。特に、金融機関の不良債権問題や家計の過剰債務問題がどのように解消されていくかを巡っては、様々な見方があります。かつての日本は、バブルの崩壊後、金融機関の不良債権問題が解消されるまでに非常に長い時間を費やしました。このような歴史が繰り返されることがないか、注目していきたいと思います。

もう1つは、企業が、将来に向けた展望をどう描いていくかということです。先ほど申し上げた見通しでは、経済が徐々に改善していくなかで、企業が設備投資や新規雇用などに踏み切っていくと考えています。ただ、現在は、金融危機もあって、先が見通しにくい状況です。ここで、将来への悲観的な見方が強まりますと、支出活動が必要以上に萎縮してしまいます。日本経済が多くの課題を抱えていることは事実ですが、これらの課題を克服していくためにも、企業の成長期待を引き上げていくことが重要です。この点については、後ほど改めてお話したいと思います。

3. わが国の物価情勢

物価の現状と先行き

企業の成長期待というやや長めの話に移る前に、ここで、物価の現状と先行きについてお話したいと思います。

わが国の物価について、消費者物価指数の前年比をみますと、2008年の夏に+2.4%まで上昇しましたが、その後は徐々に上昇率が縮小し、2009年の春以降はマイナスが続いています。特に2009年夏にかけては下落幅が拡大し、−2.4%という過去最大の下落幅を記録しました。もっとも、それ以降、物価の下落幅は徐々に縮小しており、最近では前年比−1%程度となっています。

こうした最近数年の物価のやや大きな動きには、主に2つの要因が働いています。1つは、原油価格に代表される国際商品市況の影響です。もう1つは、国内経済のマクロ的な需要と供給のバランスです。

1つめの国際商品市況、すなわち原油や非鉄金属、穀物などの国際的な取引価格は、2007年初から2008年の夏にかけて急上昇した後、一転して大きく低下しました。特に、金融危機が発生した2008年秋以降は、世界的な需要の低下に加え、金融機関が急速に資金供給を縮小したことから、市況が大きく悪化しました。これが輸入物価の下落を受けたガソリンや灯油などの石油製品価格、あるいは食料品価格の低下を通じて、物価全体を押し下げる方向に働きました。昨年夏にかけて下落幅が大きく拡大したのは、国際商品市況の大幅な下落が時間的なラグを伴って影響したことが主な原因です。もっとも、その後、世界経済や金融市場が安定を取り戻すにつれて、国際商品市況も持ち直しています。この結果、最近では、石油製品価格などは、物価をやや押し上げる方向に働きつつあります。このように、国際商品市況の動きは、ここ1~2年のわが国の物価変動に大きな影響を与えてきました。

もう1つの要因である経済のマクロ的な需要と供給のバランスは、物価の基調的な動きに影響を与えています。2008年秋以降、景気が大きく悪化したため、需要が供給を大きく下回る状態が発生しました。そのため、石油製品や食料品に限らず、幅広い品目で価格が低下しました。消費者物価を作成する際に調査対象となっている品目のうち、実に6~7割の品目の価格が低下しています。この1年間、景気は持ち直してきましたが、その前の落ち込みが余りに大幅であったこともあって、需要と供給のバランスは大きく崩れた状態が続いています。今後も景気は持ち直しを続けると想定されますが、そのテンポが緩やかなものに止まるため、当分、物価に低下圧力がかかり続けることになります。先ほど申し上げた日本銀行の見通しでは、消費者物価の下落幅は縮小していくものの、2011年度までごく小幅なマイナスが続く姿を想定しています。

物価の動きを左右する要因として、2点ご紹介しましたが、物価の変動には、もう一つ重要な要因があります。人々の先行きの物価に対する見方、つまり物価観です。世の中では、日々、多くの価格が決められています。商品やサービスの価格はもちろんですが、労働の対価である賃金も一種の価格です。こうした価格を決める際には、今後、物価がどうなっていくのか、という見通しも影響を与えます。例えば、物価が今後大きく下落するという見方が定着すると、実際の物価や賃金を押し下げる方向の力が働きます。

人々の物価観は、このように重要な要因ですが、企業や家計の物価に対する見方を直接観察することはできません。そのため、日本銀行では、自ら実施しているアンケート調査を含めて、様々な調査、あるいは金融市場のデータなどを使って、その分析・把握を試みています。それらの結果から、現在のところ、企業や家計の中長期的な物価観は、大きくは動いていないと判断しています。

以上、物価の現状と先行きの見通しについて、ご説明してきました。もっとも、経済の見通しと同様、物価の見通しにも、様々な不確実性があります。ごく最近の消費者物価指数の動きをみますと、マクロ的な需要と供給のバランスが改善している度合い——これを正確に把握することが難しいという問題はあるのですが——この改善度合いに比べると、物価下落幅が縮小するテンポは若干遅いような印象を受けています。また、持続的な物価の下落、いわゆるデフレが続いているだけに、物価に対する人々の見方が下振れることがないか、十分な注意が必要です。日本銀行としては、こうした点を含めて、今後の物価動向を丁寧に点検していく方針です。

デフレを巡る問題

ここで、「デフレの問題」について、若干敷衍してお話いたします。

デフレの根本的な原因は、需要と供給のバランスが悪化していることです。物価は、やや比喩的にいえば、経済の体温にあたります。これに従いますと、デフレ、つまり経済の体温が下がった状態にあるのは、日本経済の基礎体力が低下していることの顕われといえます。ただし、デフレについては、こうした結果という面だけではなく、これが起点となって景気の悪化をもたらしうる点にも注意が必要です。最近、経済の様々な問題をデフレと結びつける形で議論する例が増えているように思います。それだけに、デフレが経済に対してどのような意味で問題をもたらすのかについては、丁寧に議論することが大事です。

デフレが経済にもたらす問題としては、幾つかの点があげられます。例えば、中央銀行の視点からは、金利をゼロ%以下に下げられないために、金融政策の発動余地が制約されるという、いわゆる「ゼロ金利制約」の問題などがあります。本日は、特に、企業経営という視点から、デフレの問題についてやや詳しくご説明したいと思います。

デフレは、その原因が需要の不足ですから、どうしても販売数量が減少します。こうした販売数量の減少に、商品価格の下落が加わることで、企業の売上は大きく減少してしまいます。もちろん、売上が減少しても、これに見合って商品の原価や固定費を引き下げることが出来れば、企業経営にとって最も大事な収益は確保されます。しかし、問題は、こうした引き下げが難しいところにあります。経済史を紐解きますと、デフレが景気のさらなる悪化をもたらした事例も存在しています。これらの事例をみると、企業債務などの金額を事後的には削減しにくいことが、企業収益の圧迫や、債務の返済負担の増加を通じて、景気悪化の度合いを強めました。

さらに、売上や企業収益の減少が、企業経営者の先行きの成長期待を萎縮させ、新たな設備投資や技術革新に対する挑戦が行われにくくなる惧れがあることも、問題の1つだと考えています。英国の著名な経済学者であるケインズは、企業家の挑戦心をアニマル・スピリットと表現しました。デフレ下の経済においては、このようなアニマル・スピリットを確保することが難しくなります。例えば、デフレ下では、新分野を切り拓くより、既存商品の価格競争力を高める方向に注力されがちですが、価格競争だけでは成長への活力を得にくくなる点を、十分意識しておく必要があると思います。

以上、デフレが起点となって景気の悪化をもたらす可能性について、企業経営の視点から何点か指摘しました。先ほどの体温の比喩に戻りますと、体調不良によって体温が低下するだけでなく、逆に体温の低下が病状を悪化させるリスクも意識しているということです。このようなリスクが存在するからこそ、デフレの克服は一層重要になります。

デフレを克服するためには、需要不足という根本的な原因に対する治療を粘り強く続ける必要があります。また、併せて、デフレが起点となって経済を悪化させる状況、つまり、デフレがデフレを呼ぶ状況を生まないためにも、企業マインドが萎縮しないように働きかけていくことが大切です。そのためには、設備投資や家計の消費といった民間需要の回復が鍵を握りますし、前提として、企業の成長期待を引き上げていくことが重要だという点は、先ほどお話したとおりです。その意味で、デフレ克服という課題は、より長い目でみたわが国経済の課題に直接繋がっている問題と捉えられると思います。

4. わが国経済の中長期的な課題

より長い目でみたわが国経済の課題は、企業や家計が日本経済の長期的な展望に対する自信を取り戻していくことです。そのためには、長期的にみて、わが国が持続的な成長を遂げるためのエネルギーをどこから得ていくかという問題を議論する必要があります。

こうした議論では、需要を大きく「内需」と「外需」に分けて、いずれを重視するかという問題の立て方をされる例が多いように感じます。その際、よく引き合いに出されるのが2002年以降の景気拡大局面です。この局面の景気は、輸出の大幅な増加が牽引したことから、外需主導という印象をもたれがちです。この拡大局面が途切れた主因は、一昨年秋のリーマン破綻をきっかけとした海外経済の急激な悪化でした。この点をもって、海外経済に依存した脆弱な成長よりも内需主導の成長の方が望ましいという教訓が導かれがちです。ただ、2002年以降の景気拡大の起点が輸出であったとしても、国内で輸出向けの設備投資が活発に行われたことは見落とせません。また雇用創出効果や株高による資産効果を通じて、個人消費も増加しました。その意味で、内需と外需は、単純な二者択一の関係として捉えるのではなく、波及効果を含め、成長の両輪として評価することが適当だと思います。

現在、アジアは、世界の成長センターとしての位置付けを高めつつあります。こうした高い成長力を持つ地域に近接している点は、日本にとって大きな強みです。グローバル化の恩恵を最大限享受して、このような成長が著しい地域の需要を取り込んでいくことは、わが国が成長のエネルギーを得るための近道でもあります。グローバル化というと、海外製品との競争の厳しさや、取引企業の海外生産移管など、マイナスの影響を意識する見方もあります。ただ、これまでも、グローバル化を通じて得た所得が国内に向かうことで、結果として国内経済にも恩恵がもたらされてきました。マイナス面を強調してグローバル化の動きに背を向けるのではなく、むしろ、グローバル化を前向きに捉え、積極的に利用していくことが必要だと思います。

それでは、海外の経済成長の成果をどのように取り込めるのでしょうか。そのためには、まず、アジア等の成長市場に向けた輸出を増加させることが重要です。新興国では、巨大な市場が生み出されつつあります。今後、人々の所得水準がさらに上昇するにつれて、人々の求める商品、サービスの水準も上昇すると見込まれます。これは、相対的にハイエンドな製品に強みを持つわが国にとって、大きなチャンスです。成長を期待できる分野は、これまでの主力商品であった耐久消費財や一般機械、あるいは現在技術面で先行している環境関連分野などに限定されません。例えば、高品質の農産物や独自性に溢れた地域の特産品は、潜在的な需要が大きい分野です。また、「輸出」という言葉からはイメージしにくいかもしれませんが、国内に外国人旅行者を呼び込む観光業も、サービスという付加価値を輸出していることになります。これらの点で、観光資源の豊かな地域は、潜在的に高い成長力を秘めていると思います。

また、海外経済の成果を取り込む経路は、輸出以外にもあります。特に、海外投資による収益は大きく増加しています。わが国の厳しい競争環境で培った生産技術、あるいはわが国の消費者の高い要求水準に応じてきた物流や小売などのきめ細かなサービスを現地市場にうまく適合させることができれば、企業の収益性を一段と向上させる余地が十分にあります。

もちろん、これらの経路で海外から取り込んだ成長のエネルギーを、国内経済の活性化に繋げることも必要です。今後、わが国は、少子高齢化が進む下で、過去いずれの国も経験したことがないような人口減少に直面します。この面だけを取り出しますと、国内市場の活性化にとっては重石になります。一方、社会の年齢構成の変化などに伴うビジネスチャンスも確実に存在します。その意味では、医療や福祉面だけでなく、シニア層のニーズに合致した商品やサービスの開発など、シニアビジネス市場は、その規模の面でも拡がりの面でも大きな発展の余地があります。これらも含め、今後の潜在的な成長余地は、国内にもまだ十分に存在すると考えられます。

問題は、これらの潜在的な成長力を、いかに現実の成長に結び付けていくかです。そのためには、まず、需要構造の変化に応じて、企業が技術革新を進めていくことが不可欠です。同時に、それを後押しする金融の役割、あるいは政策当局の役割の大きさも強調したいと思います。

例えば、アジアなどの成長市場で勝ち抜くため、世界各国の企業は激しくしのぎを削っています。この中で、わが国の企業は、元々高い技術力やこれに裏打ちされた品質の高さという強みがあります。ただ、それが新しい市場のニーズに即していなければ、潜在的な需要を十分に取り込むことはできません。製品開発に限らず、綿密な市場調査、価格設定戦略など多くの面で、革新的な取り組みが必要です。私が技術革新と申し上げているのは、こうした潜在的な需要を掘り起こす様々な企業努力全体をイメージしています。

企業にとってみれば、技術革新を進めるためには、経営資源や人材を投入することが必要になり、その分だけ大きなコストがかかります。振り返ってみますと、90年代以降、日本経済は、低い成長率やインフレ率を続けてきました。長期に亘る低金利と大規模な公共投資が継続的に実施される中で、経済の新陳代謝が進みにくく、生産性の低い一部の企業や企業部門が残りました。その結果、企業の収益期待を全体として低めてしまい、思い切った技術革新を妨げてきた面もあると思います。今後、どういった要因に働きかければ企業の技術革新に向けた取り組みをより促すことができるのか、という点を改めて考えていく必要もあると思います。

私は、企業の技術革新に向けた努力を後押しする要因として、金融が果たすべき役割を非常に重要なものの一つとして位置付けています。将来性のある事業や案件を見つけ出し、そこに資金を配分していくのは、金融の基本的な機能です。借り手となる企業にとっては、金融機関や金融市場から資金を得ることで、新しい事業に取り組むためのハードルが低くなります。一方で、収益性の低い案件に対しては、それに応じた貸出条件を付すことで、金融面から企業に収益性向上へ向けた取り組みを促すことも重要だと思います。日本には、高い技術力を持つ中堅・中小企業も数多くあります。企業に対するアンケート調査では、規模が小さい企業ほど、資金繰りが苦しいと回答される割合が高くなっています。せっかくの技術力を資金面の制約によって活かしきれないでいるとすれば、経済全体にとっても大きな損失です。この点で、金融機関には、しっかりとした目利きを行った上で、将来性のある事業や案件については、円滑な資金の流通を担われることを期待しています。

もちろん、政策当局も重要な役割を担っています。企業が技術革新を進める過程では、必ずしも成功するケースばかりではないと思います。また、新しい技術を取り入れているセクターが成長すれば、その裏側で、技術革新の波から取り残されて衰えるセクターが生じることもあります。経済全体としてみれば、このようなプロセスを通じて、より成長力のある分野に人や資金が円滑に移動していくことは必要なことです。ただし、昨日まで別の分野で働いていた人が、簡単に新しい環境に順応できるとは限りません。この点で、政策当局には、経営資源や人の円滑な移動を通じ、経済の新陳代謝を進めるよう取り組むとともに、移動に伴う摩擦を緩和するセーフティネットを整備することが求められると思います。

5. 日本銀行の役割

以上、日本経済が直面する課題について述べてきました。これらの課題は、その解決に向けて、民間企業と政策当局がそれぞれの立場で地道な取り組みを進めていくことが大切です。もちろん、その中では、日本銀行も重要な役割を果たすべきであると考えています。

まず、当面の課題であるデフレからの脱却に対して、日本銀行は、2つの取り組みが重要であると考え、それを着実に実行しています。

1つは、デフレの基本的な要因の解消を目指すことです。これは、需要と供給の乖離を、持続的に解消していくことを意味します。このような観点に立って、日本銀行は、これまで思い切った金融緩和を行ってきました。

政策金利である翌日物金利の目標水準は、一昨年の12月以降、0.1%まで引き下げています。0.1%という実質ゼロの水準は、現在、世界の中央銀行の中でも最も低いものです。また、昨年の12月には、新しい資金供給手段も導入した上で、潤沢な資金供給を行うことで、短期金利のうちより長めの金利を一段と低下させることとしました。この結果、実質ゼロの金利水準は、より長めの金利にまで拡がっています。こうした措置を実施することによって、きわめて緩和的な金融環境を整えることで、企業の設備投資や家計の消費といった需要を促進することを狙いとしています。

もう1つの取り組みは、人々の物価に対する見方が下振れないようにすることです。このため、日本銀行は、消費者物価の前年比がプラスの状態を実現することが大事であるという姿勢を一層明確にしました。これは人々の物価に対する見方を安定化させる取り組みの一環です。

これからも、日本経済がデフレを克服し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するように、粘り強い貢献を続けていく方針です。また、経済・物価動向や金融情勢の変化などによって、必要があると判断する場合には、適時適切な対応を講じていく覚悟も常に持っています。

もう1つの中長期的な課題であるわが国経済の長期展望を拓くという点でも、日本銀行が中央銀行として果たし得る最大の貢献は、物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現を支援していくことです。企業が安心して積極的な事業展開を進められるよう、日本銀行としては、先行きの不確実性ができるだけ少ない経済・物価情勢の実現に努めてまいりたいと考えています。

6. おわりに

以上、わが国の経済情勢や直面する課題についてお話してきました。最後に、当地の経済に関して感じたことをお話させていただきます。

鹿児島県の産業構造は、輸出関連企業のウェイトが全国と比べて低い一方、農林水産業や建設業などのウェイトが高い点に特徴があります。その分、輸出を起点とする景気の持ち直しが実感されにくい面もあると思います。実際、支店を通じて企業の皆様のお話をお伺いしましても、経営環境の改善の遅れや先行きへの不安感を指摘される方も多いと伺っております。

ただ、当地の経済の潜在的な成長余地は決して小さくないと思います。まず、成長する東アジア地域に近接することは、国内の他地域と比べても大きな利点です。例えば、志布志港を拠点に、アジアとの取引関係を深める取り組みが進められていると伺っております。今後もアジアの成長が見込まれるだけに、現地市場への販路の拡大、市場ニーズの調査とそれに基づいた商品開発などを通じて、大きく飛躍する可能性が高いと思います。もちろん、世界遺産や多数の温泉地を含め、豊かな観光資源に恵まれた当地は、国内やアジアからの観光需要を掘り起こすという点でも潜在力が高いはずです。この点では、九州新幹線の全線開通は、国内外からの観光客を招き入れる点でも大いに活かすことができると思います。

また、何と言っても畜産物や酒類に代表される特産物の豊富さが強みであると思います。現在、「食と農」をキーワードに、県を挙げて農業振興を進められていると伺っており、そのような試みが実を結んでいくことが期待されます。これらの特産物は、元を辿れば、火山灰土という厳しい農業の条件を克服するために、様々な苦労を重ねられた成果でもあります。不利な条件を、様々な工夫を通じて克服し、将来の成長に繋げてきた姿は、今後の日本経済に求められる姿にも重なります。皆様が、将来に向けて一段と前向きな取り組みを進め、活路を拓いていかれることを期待しております。

日本銀行としても、企業の皆様が将来の成長に向けて明るい展望を描けるよう、中央銀行として粘り強い取り組みを続けてまいりたいと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上