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【挨拶】最近の金融経済情勢について

高知県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 亀崎 英敏
2010年3月25日

目次

1. はじめに

日本銀行の亀崎でございます。本日はお忙しい中、尾崎高知県知事、岡崎高知市長、並びに高知県の経済界を代表される方々にお集まり頂きありがとうございます。また、皆様方には、私と同い年、1943年生まれの日本銀行高知支店が、長年大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

私は、2007年4月まで41年間、三菱商事に勤務し、主として地域戦略ならびに海外拠点の運営管理を担当した後、日本銀行の審議委員に就任してほぼ3年になります。日本銀行では、総裁・副総裁と審議委員からなる政策委員が、各地の経済界の方々と金融経済情勢についての意見交換の目的で懇談会を開催しています。本日は、まず私から、マクロの金融経済情勢についてお話させて頂きたいと思います。金融経済の見方は、地域や業種、企業規模や海外との関わり方などによって大きく異なるため、皆様が肌で感じておられるものとは異なるところがあるかもしれません。そうした点は、後ほど皆様から当地の経済情勢のお話や、日本銀行の金融政策運営等についてのご意見を頂戴しながら勉強させて頂きたいと考えておりますので、宜しくお願いいたします。

2. 内外の経済情勢

2−1.世界経済

それでは本題に入ります。まず、これまでの世界経済の状況について概括します。2000年代の世界経済は、ITバブルの崩壊やSARS騒動による初期の低迷の後、新興国の旺盛な需要に牽引されて高成長が続きました(図表1)。先進国でも、長期に亘って低金利が続いたことから投資や消費が活発化し、高めの成長となりました。ただ、米国では、リスク意識の希薄化から、右肩上がりの住宅価格を前提に、信用力が低い家計に対してもサブプライム住宅ローンと呼ばれる貸付が行われました。その結果、住宅投資が活発化して住宅価格が一段と上昇し、それを担保にした借入れが行われて消費も増える、といった現象がおきました。その裏で、欧米金融機関が、そうした住宅ローン債権を多く集め、それらを金融技術を駆使して見かけ上の信用力を高めた証券化商品に組み直し、世界中の投資家に販売する、というようなことも行われました。

ところが、米国の住宅価格が2006年半ば頃をピークに下落し始めると、右肩上がりの住宅価格を前提とした好循環が逆回転し始めます。実力以上の借入れを行った米国の家計が支払不能となるとともに、住宅ローン関連商品の信用力が剥げ落ち、欧米の金融機関や住宅ローン関連証券化商品を購入した世界中の投資家の損失が急増したのです。それが2007年の夏頃から欧米金融市場の混乱を招き、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻で世界的な金融危機に繋がりました。そして、金融機関の経営悪化や金融市場の混乱が、企業や家計の資金調達を不安定化させて実体経済が悪化し、それがまた金融機関や金融市場に悪影響を与えるという悪循環、即ち金融と実体経済の負の相乗作用が生じました。その直前まで、停滞する先進国と好調な新興国という対比でデカップリングなどと言われましたが、この段階では新興国も含む世界中の経済が大きく落ち込むこととなりました。

その後、各国で積極的な金融・財政政策による梃入れが行われ、昨年春頃から過大な在庫の調整が進み始めました。その後、世界経済は、各国・地域別に違いはあるにせよ、全体としては、概ね下げ止まりから緩やかな回復方向へと向かい、現在に至っております。

まず米国ですが、78百億ドルに及ぶ景気刺激策と、経営が悪化した金融機関の救済策が功を奏し、景気は緩やかながら回復しています(図表2)。ただ、住宅市場や商業用不動産市場、雇用環境、中小金融機関経営など、経済の弱い部分には目立った改善がみられず、傷んだままとなっている各経済主体のバランスシートの調整が、今後とも経済成長の足枷となることが懸念されます(図表3)。

次は欧州です。ユーロエリア経済は、国ごとのばらつきを伴いながらも、世界経済の回復による輸出の増加に支えられて、持ち直しています(図表4)。しかし、先行きの雇用不安を背景に個人消費が弱いことなどから、内需の回復は遅れています。特にギリシャをはじめ、スペインやポルトガルなどPIIGS と呼ばれる諸国は、財政赤字の大きさが金融市場の不安を招き、経済全体の下押し圧力となっています。今後は、これらを含む各国とも、協定に従って緊縮財政に移行する方向にあるため、その影響も含めて先行きの景気動向には注目していきたいと思います。また、英国経済も、ポンド安による輸出の増加などから、持ち直しつつあります。

アジアについては、まず中国は、リーマン・ショック直後に打ち出した4兆元に上る景気刺激策により固定資産投資が大きく伸びたことを主因に、高めの成長を続けています(図表5)。最近では、世界経済の回復を受けて輸出も伸びています。現在は、むしろ景気過熱が懸念される状況にあり、当局は過熱抑制策を採り始めていますが、今年は上海万博の効果などもあって景気の腰が折れるようなことは考え難いと思います。ただ、過熱抑制策が不十分なものに止まれば、不動産価格の上昇を一段と加速させ、本格的なバブルへと発展していく可能性もなしとせず、注意が必要です。NIEs、ASEAN 諸国・地域の経済は、中国向けを中心とする輸出や生産が増加し、それが個人消費の増加や設備投資の持ち直しに繋がるかたちで回復しています。また、インド経済は、輸出、内需とも概ね好調で、高めの成長を続けています。

以上をまとめますと、世界経済は、様々なリスクはあるものの、全体として緩やかに回復しており、今後も回復傾向は続くとみられます。ただ、各経済主体のバランスシート調整圧力が強く、自律的な回復に向けた動きが緩やかに止まる先進国と、そうした圧力がなく、世界の金融・財政政策の間接的な効果もあって力強く成長している新興国や資源国とのコントラストは、今後、より際立っていくものと思います。

2−2. 日本経済

次に、日本についてお話します。バブル崩壊後の日本経済は、失われた10年とか、15年とか言われますが、その間にも景気拡大局面は3回あり、特に2002年以降の拡大局面は、世界経済の高成長を受けて戦後最長となる5年以上に及びました(図表6)。しかし、2007年秋、米国の経済悪化の影響を受けて、日本経済も景気後退局面に転じます。そして、リーマン・ショックによる金融市場の混乱と、輸出や生産の大幅な落ち込み(図表7)を受けて、景気は坂道を転げ落ちるように一気に悪化していきました。日本経済が金融危機の発生源である欧米よりも大きく悪化した理由には、いくつかの点が指摘できます。まず、経済全体に占める一般機械、電気機械、輸送用機械といった耐久財製造業のウエイトが高く、またこれら製造業の輸出比率が高いため、世界経済の落ち込みの影響を大きく受けたことが挙げられます。さらに、これら製造業の国内における裾野が広いため、直接輸出にかかわらない国内産業全体にまで、輸出減少の影響が幅広く及んだことも指摘できます。

その後、世界経済が下げ止まって回復に向かうとともに、日本の輸出や生産も、昨年初めをボトムとして中国向けなどを中心に回復し始めました。そして、雇用・所得環境が著しく悪化する中でも、エコカー減税、家電のエコポイント制度などの政策効果が顕れ始めると、日本経済も下げ止まりから持ち直しに転じて現在に至っています(図表8)。しかし、国内民間最終需要については、自律的な回復力がなお弱い状況が続いております(図表9)。

先行きについては、まず、これまで景気の押し上げ要因であった、在庫復元や政策の効果は次第に剥落していくものとみられます。そうした中、厳しい雇用・所得環境の下、足許で持ち直している個人消費は横這いとなる可能性があります。一方、設備投資は、更新需要を中心に先送りが限界に達し始めることから、次第に持ち直しに転じてくるものと思います。従って、緩やかな持ち直し傾向自体は続くと考えています。ただ、企業からは、先行き見通しの不透明感から、国内での投資や雇用の拡大を躊躇する声も多く聞かれており、慎重にみていかねばならないと考えています。

3. 日本の物価情勢

3−1. 足許の物価動向

次に、こうした実体経済の下での物価動向についてお話します。まず、国内物価に大きな影響を与える国際商品市況は、2000年代入り後、新興国が力強く成長する中で需給がタイト化し、投機資金も巻き込んで高騰しました。その後、リーマン・ショックによる金融市場の混乱と世界経済の悪化を受けて投機資金が一気に抜けたことから急激に下落しましたが、足許の世界経済の緩やかな回復を受けて再び上昇しています(図表10)。

この間のCPI(除く生鮮食品)の動きをみると(図表11)、2007年の終わり頃から、国際商品市況の高騰を受けて石油製品や食料品価格が明確に上昇し始め、2008年の半ばには、消費税引き上げの影響を除けば、90年代初頭以来となる前年比+2%台半ばとなりました。その後は国際商品市況が下落に転じたため、前年比上昇率は低下していき、昨年夏には既往ボトムとなる▲2%台半ばまで落ち込みました。足許では、石油製品価格の上昇が底上げするかたちでマイナス幅が縮小してきています。ただ、国際商品市況の影響をあまり受けない、エネルギーと食料を除くベースのCPIは、直近1 月も▲1.2%と過去最大のマイナスとなっています。

今後については、新興国の成長から国際商品市況が強めに推移し、また景気回復に伴って需給ギャップも縮小していくとみられることなどから、CPI(除く生鮮食品)のマイナス幅は縮小していくと思います。しかし、需給ギャップのマイナス幅の縮小は緩やかなペースに止まっています。また、家計が実感する現在の物価上昇率や、1年後の物価上昇率の予想が低下しているほか、1年後に物価が下がるとみる人の割合も一頃より上昇しており(図表12)、こうした見方が企業の価格設定行動にも影響する可能性もあります。従って、CPI(除く生鮮食品)は、なかなか上昇基調には転じ難いものと思います。

3−2. デフレの理由

このように、足許の日本経済は、持続的に物価が下落する、いわゆるデフレ状態にあります。ところで、90年代以降、主要国・地域の物価上昇率は低下傾向にあり、リーマン・ショック後に一段と低下しましたが、食料・エネルギーを除くベースでみてマイナスとなっているのは日本だけです(図表13)。これはなぜなのでしょうか。

(需給ギャップ)

まずは、需給ギャップのマイナス幅が大きいことが挙げられます。商品の供給能力に対して需要が少なければ、供給者は価格の引き上げ幅を抑制したり、価格を下げたりして販売量を確保しようとしますが、経済全体でこうしたことが起こると物価上昇率が低下します。IMFが推計した需給ギャップをみると(図表14)、日本は90年代後半以降、景気変動による波はあってもほぼ一貫してマイナスであり、しかも他の主要国対比で低いところにあります。その理由は、国内需要が強まらない中、それに見合うだけの業界再編や設備廃棄が進まず、過剰な供給力が残ったことにあると思います。

国内需要が強まらなかった理由は様々ですが、バブル崩壊以降、各経済主体のバランスシート調整が長引いて前向きの支出が出にくかったこと、特に金融機関の不良債権処理の遅れが金融仲介機能を弱め、新たな成長分野への資金供給が十分に行われなかったことは大きな要因と考えられます。2000年代半ば以降、バランスシート問題は相当程度解消されましたが、十分回復しないうちにリーマン・ショックで海外需要が急減すると、需給ギャップが一気に拡大して足許のデフレに繋がった可能性があります。

(予想物価上昇率)

需給ギャップと物価上昇率との関係は図表15のとおり、あまり明確ではありませんが、局面ごとに分けてみると、需給ギャップのマイナス幅が拡大すると物価上昇率は低下するという緩やかな関係があるように思われます。ただ、長期的には、同じ需給ギャップでも実現した物価上昇率は次第に下がってきています。これは、各経済主体が抱く中長期的な予想物価上昇率が低下したためだと言われています。誰しも、ある商品の価格が今後さほど上昇しない、あるいは低下すると見込めば、急いで購入する必要はないと思うでしょう。そうした状況下では、商品の供給者は購買意欲を喚起するため、価格設定を低めとすることが考えられます。経済全体でこうした度合いが強まれば、同じ需給ギャップでも実現する物価上昇率は低下するものと考えられます。

70年代から90年代前半にかけて、中長期的な予想物価上昇率が低下した理由としては、原油価格の落ち着きや、趨勢的な円高とそれに伴って拡大した内外価格差の是正圧力、規制緩和などの競争促進策が、関連商品の価格を引き下げるとともに、一般物価全体の上昇予想を抑えたことが考えられます。但し、90年代後半以降は現在に至るまで、需給ギャップと実現した物価上昇率との関係は安定しており、今のところ、中長期的な予想物価上昇率には大きな変化はないように窺われます。ただ、先にみた通り、1年後の予想物価上昇率が低下している上、1年後の物価が下がるとみる人の割合も増えています(前掲図表12)。こうした見方が、中長期的な予想物価上昇率の低下にまで繋がる場合には、デフレ脱却が困難となりかねません。従って、予想物価上昇率の動向は、十分注意してみていかなければならない重要なファクターだと思います。

3−3. デフレのコスト

このように、現在の日本がデフレとなっているのは、主として需給ギャップのマイナス幅の拡大によるものと考えられます。ところで、デフレは、商品の供給側にとってはマイナスですが、購入側にとってはプラスです。一見、ゼロサムのように思えるこの事象が、経済全体としてはマイナスだと言われるのはなぜでしょうか。

デフレに限らず、物価変動は社会全体に余計なコストを発生させます。まず、商品の価格改定には、値札の書き換えやそれに至る検討や交渉などのコストがかかりますが、それは経済全体でも同じです。また、商品ごとに価格改定の幅や時期がばらつくことが、経済全体の資源配分の効率性を損なうことも考えられます。さらには、物価変動の不確実性は、様々な取引にプレミアムを上乗せすることとなります。場合によっては、長期的な契約が困難となり、消費や投資の計画に影響を及ぼすかもしれません。このほか、名目値で固定された金融資産や負債、あるいは取引や賃金などの実質価値が、物価変動により変化すると所得分配が歪みます。そうした歪みは、金銭の借り手と貸し手、雇用者と被用者など、立場の違いによる不公平感に繋がり、社会公正に対する国民の信頼にまで影響しかねない、大きなコストと言えます。

デフレ特有のコストには、名目金利がゼロ以下にならないことによって実質金利が経済の活動水準に見合う水準まで下がらなくなることが挙げられます。また、負債の実質価値が上がることで債務者の負担が増し、景気が悪化する面もあります。債権者にとっては資産の実質価値が上昇することになりますが、通常、お金を貸す人より借りる人の方が、支出性向—収入のうち支出に回す分のことです—が高い傾向にあるため、経済全体としての支出額の縮小に繋がるからです。このように、デフレには、インフレにはない特有のコストがあることに注意が必要です。

4. 金融政策運営

こうした状況下、日本銀行は、2008年9月のリーマン・ショック以降に行ってきた急激な金融市場の収縮という急性症状に対する施策は徐々に完了させる一方で、デフレという慢性症状に対する施策は一段と強力に推進しています。以下では、リーマン・ショック以降の日本銀行の金融政策運営についてお話します(図表16、17)。

4−1. 急激な金融収縮—急性症状—への対応

リーマン・ブラザーズの破綻直後、世界中の金融市場参加者は、互いの信用力について極度な疑心暗鬼となり、健全な先でも金調達が困難となる例がみられました。こうした急性症状とも言える急激な金融収縮の中では、資金の出し手は中央銀行しかありません。日本銀行も、翌日から大量の即日資金供給オペを連日実施しました。その後も市場への潤沢な流動性供給のため、長期国債買入れ額の増加やドル資金供給オペの導入などの施策を実施していきました。

日本において、特に流動性不足が深刻化したのは、市場参加者が企業の破綻リスクを恐れて資金を引き揚げたCP市場でした。CPが発行不能となった企業は銀行借入れに殺到したため、それに応じた銀行は、中小企業、低格付企業向けの貸出や、レポ市場など他への資金供給余力が低下し、流動性不足が各市場に波及しました。そこで、日本銀行は、CP現先オペの多用に加え、時限措置としてCPの買入れも開始しました。これは、中央銀行が企業の信用リスクを引き受けるという極めて異例の措置ですが、市場参加者のCP引き受けに対する安心感を醸成することで、企業金融の支援や、市場全体の流動性不足の解消に繋がることを狙ったものです。このほか、企業金融支援のため、適格担保の格付け要件を緩和するとともに、それら民間企業債務を担保として極めて低い固定金利で長めの資金を無制限に供給する企業金融支援特別オペ、残存期間の短い社債の買入れなど、緊急時対応としての時限措置を次々と導入しました。

また、緩和的な金融環境を確保するための施策として、政策金利—日本では、無担保コールレート(オーバーナイト物)です—を、0.5%から世界最低水準の0.1%へと引き下げました。そして、それを維持しながら潤沢な資金供給が行えるよう、金融機関が日本銀行に預ける預金の一部に金利を付ける補完当座預金制度も導入しました。

さらに、国際金融資本市場における緊張が、株価の下落や信用コストの高まり等を通じて資金仲介機能と金融機関経営の両面に大きな影響を及ぼしている状況を踏まえ、金融システムの安定確保を図る観点からの時限措置も講じました。具体的には、金融機関による株式保有リスク削減努力を支援するための株式買入れや、金融機関が十分な自己資本基盤を維持することを支援するための劣後特約付貸付の供与です。

4−2. 市場の沈静化と急性症状への対応策の完了

その後、景気が下げ止まりから持ち直しへと向かい、金融市場も落ち着きを取り戻すと、CP・社債の買入れオペにおいて、金融機関が日本銀行に売却を希望する額が、日本銀行の買入予定額に満たなくなりました。特にCP市場では、高格付けCPの発行金利が、より信用度が高いはずの国債の金利を下回るという現象も発生しました。また、通常の入札方式での資金供給オペの金利が下がり、企業金融支援特別オペの優位性もほとんどなくなりました。そこで、急性症状に対応して導入した時限措置の一部を完了することとしました。例えば、昨年10月時点で、CP、社債買入れは昨年末まで、企業金融支援特別オペはこの3月末までと決定しました。

4−3. デフレ—慢性症状—への対応

しかし、現在も景気持ち直しのペースは緩やかであり、物価が弱々しい動きを続ける中、極めて緩和的な金融環境を維持していく方針には些かの揺らぎもありません。実際、政策金利は0.1%の低水準を維持し、補完当座預金制度も続けています。また、昨年12月には、金融緩和の強化のため、極めて低い固定金利で総額10兆円程度と大量の資金供給を行う新たな資金供給オペを導入しました。これは、やや長めの金利の一段の低下に貢献しています。そして先週17日には、やや長めの金利の低下を促す措置を拡充することを決定し、この新しいオペによる資金供給の規模を10兆円程度から20兆円程度へと増額しました。この間、各政策委員が考える「中長期的な物価安定の理解」の表現について、ゼロ%以下のマイナスの物価上昇率は許容しないことと、物価安定の中心は1%程度であることを明確にするかたちに改め(図表18)、日本銀行がデフレと戦う姿勢も強く打ち出しています。

5. 日本経済の持続的な成長に向けて

このように、日本銀行はデフレ克服に向けて、様々な手段を駆使して極めて緩和的な金融環境を維持しています。短期金融市場では、日本銀行が資金供給をする際の金利が0.1%まで低下し、中には金融機関の調達希望額が、日本銀行の供給予定額に満たない例もみられています。市場参加者の間では低金利で十分な資金調達が可能との安心感が広がっており、金融機関間の資金取引にかかる金利をはじめ、国債や社債、CPなどの市場金利、あるいは企業や家計向けの貸付金利など、様々な金利が低下しています。今後、さらに様々な金利が低下し、金融緩和が浸透するにつれて、各主体の積極的な経済活動を促し、経済成長に繋がることが期待されます。しかし、金利が低下するだけでは企業や家計といった民間主体の経済活動を積極的にし、経済活動の水準を高めていくのに必ずしも十分でないかもしれません(図表19)。

それでは、企業や家計の積極的な経済活動を促すためには何が必要でしょうか。それは、各主体が、将来への不安を抱くことなく、先行きの持続的な成長に対する自信を取り戻すことだと思います。戦後の日本は、欧米に追いつけ、と高い目標を掲げ、元来勤勉な国民がその実現を信じて努力を続けたことで、高度成長を果たしました。ところが、いざ追いついてしまうと目標を失い、上昇志向が弱くなっているのではないでしょうか。90年代以降、それまでの成長トレンドが大きく鈍化したのは(前掲図表19)、こうした気持ちの問題も大きいかもしれません。

そうした中、政府が昨年末に打ち出した「新成長戦略(基本方針)」は、国民が先行きの持続的な成長を信じて向かっていくための目標を提示したという意味で、大変重要な意味があるものだと思います。その内容も、私が以前から必要だと考えている、海外の成長の成果を取り込んでいくためのアジア経済戦略や、待ったなしで対応が急がれる内需関連分野、特に環境・エネルギー関連分野、少子高齢化関連分野、農業などの食料関連分野等が盛り込まれており、大いに共感するところがあります。これらの分野は、放置すれば国力の衰退が免れず、梃入れすれば必ず有力産業として育つと思うからです。但し、具体的な道筋はまだ示されておりません。これについては、実現に向けた「成長戦略実行計画(工程表)」が、施策の具体化や追加を行った上で、6月を目処に打ち出されると伺っておりますので、実効ある道筋が示され、一刻も早く新たな成長に向けて具体的な活動が走り出すことを期待しております。

もっとも、いくら理想的な成長戦略を描いても、政府が先進国の中で突出している巨額の債務を抱えている中、ただ一方的に財政赤字が膨らむようなものであっては、先行きの持続的な成長を信じるどころか、将来の財政破綻や大増税への不安が募るばかりです。その意味で、同じく6月までに取りまとめられる予定の「中期財政フレーム」や「財政運営戦略」では、持続可能な財政構造の確立に向けた方策が盛り込まれ、今後の経済情勢と財政状況に安心できるような財政再建策が提示され、市場の信認が確保されていくことが、極めて重要であります。

日本銀行は、必要な場合には、プロアクティブに政策を実施していかなければならないと、常々意識しており、先週の金融緩和措置もそうした方針に基づいたものです。今後とも、各経済主体が先行きの持続的な成長に対する自信を取り戻すことができるよう、最大限の努力をしていきたいと思います。

6. 終わりに—高知について

結びに当たって、当地について述べたいと思います。高知は、私と同じく、三菱から日本銀行入りした川田小一郎(かわだこいちろう)、岩崎彌之助両元総裁という大先輩たちの故郷であり、以前から訪れてみたいと思っていました。当地では、中小企業が大変頑張っていると聞きましたが、実際、一昨日来、当地の政財界の方々のお話を伺って、川田小一郎、岩崎彌之助のみならず、坂本龍馬や岩崎彌太郎、板垣退助、濱口雄幸(おさち)など、当地で育った多くの硬骨の士の志が今に活きていると実感しました。

高知の経済情勢は厳しい状況にありますが、NHK「龍馬伝」の放映開始効果など明るい動きもあると聞いています。こうした効果が続いているうちに、新たな取り組みを繰り出し、成果に結びつけていくことで、前向きの動きを連鎖させていって欲しいと思います。

その先については、息の長い成長戦略が必要です。先ほど、皆が信じて向かっていける先行きの成長目標を提示することの必要性についてお話しましたが、当地では、それに向けた様々な取り組みが既に行われています。昨年4 月にスタートした「高知県産業振興計画」では、高知の強みをしっかりと見極め、それを活かしながら成長していく産業成長戦略が、ロードマップも含めて極めて具体的に描かれています。特に、もともと強みを持つ農林水産業について、担い手の高齢化が進む中での事業継続支援はもとより、収益性の高い事業として発展させるべく、地産地消から地産外商、そして海外展開へと結び付ける高知ブランドの競争力を強化していく戦略は、ぜひ成功させて欲しいと思います。そのほか、健康福祉、天然素材、環境、食品加工などの分野で新産業を興そうという計画も、大変意欲的で、素晴らしいと思います。こうした取り組みを粘り強く続けていけば、必ず良い結果に繋がる筈ですし、またそうした見通しをアピールしながら、先行きへの期待を高めることが、当地経済を活性化していくものと考えます。

ご清聴頂き、誠にありがとうございました。

以上