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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

富山県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2010年7月21日

目次

1. はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は富山県の金融・経済界を代表する皆様にお集まりいただき、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。

皆様には、日頃より、金沢支店および富山事務所によるヒアリングや各種のアンケート調査にご協力いただいております。皆様からいただいた情報は、日本銀行が、わが国の金融経済情勢を把握し、金融政策を運営していくに当たり、大いに活用させていただいております。この場をお借りして、改めてお礼を申し上げます。

本日は、皆様と意見交換させていただくのに先立ちまして、私から最近の金融経済情勢と金融政策運営についてお話させていただきます。

2. 世界経済の動向

先進国経済とバランスシート問題

日本経済についてお話する前に、その前提として、まず、世界経済の動向から始めたいと思います。

この数年間、世界経済は、近年経験したことのないような激しい変動に見舞われてきました。金融面では、米国住宅市場におけるサブプライムローン問題から始まり、一昨年の秋には、リーマンブラザーズの破綻を契機に世界的な金融危機が発生しました。それとともに、世界経済は急激かつ大幅に悪化しました。昨年春以降、世界経済は、こうした大きな落ち込みからは立ち直ってきました。しかし、米欧の景気の足取りはなお重いうえに、最近では、ギリシャなど一部の欧州諸国の財政問題をきっかけに、国際金融市場は再び不安定さを増す展開となっています。

今申し述べた金融危機ですとか、財政問題といったものは、一見、異なる現象のように見えますが、実は、その背景には、ここ数年の世界経済の大きな構図を形作ってきた共通の要因があります。それは、米欧諸国における信用バブルの崩壊に伴う「バランスシート調整」という問題です。米欧では、2000年代半ばにかけて、家計や企業が住宅価格などの資産価格の上昇を前提に過大な借入れを行い、今から振り返ってみれば行き過ぎた投資や消費を行いました。金融機関は、これに積極的に貸し応じ、信用を拡大しました。このプロセスで、住宅ローンに限らず、証券化商品などの新しいタイプの取引も含め、全般的に金融活動が過熱しました。こうした現象は国際的な拡がりもみせ、現在問題となっているギリシャなど、いわゆる欧州周辺国への資金の流入も過熱しました。ところが、いったん住宅価格などの資産価格が下落に転じると、このような動きは一気に逆回転を始めます。家計や企業は積み上げた借入れを圧縮するために、つまり傷んだバランスシートを修復するために、消費や投資を削減せざるを得ません。また、金融機関も、多額の不良債権処理に追われることとなり、新規の貸出に対して慎重な姿勢をとらざるを得なくなります。これは、まさに、わが国がバブル崩壊後の90年代に苦しんだバランスシート調整のプロセスにほかなりません。

経済がこのような問題を抱え込んだ場合、その影響は二通りの現れ方をします。ひとつは、いわば「慢性症状」で、バランスシート調整にめどがつくまでは、金融市場や経済に強い下押し圧力がかかり続けることになります。もうひとつは、何らかのきっかけで急激な病変がもたらされる事態です。リーマンブラザーズ破綻後の世界的な金融危機は、まさにそうした「急性症状」に相当するショックでした。現在の米欧経済は、各国政府や中央銀行による様々な政策対応により、「急性症状」からは何とか立ち直ったものの、「慢性症状」はなお重く残っている状態ということができるように思います。

ここで、最近、新たに問題となっている財政悪化懸念、——これは、「国家の」という意味の「ソブリン」という言葉を使って、ソブリン・リスクと呼ばれますが——、この問題について触れておきたいと思います。この関連では、しばしばギリシャ問題が取り上げられますが、実は、ギリシャの財政赤字はここにきて突然悪化したわけではありません。2000年代半ばにかけての世界的な投資ブームの中で、身の丈に合わないような過大な外国からの借入れを行っていたことが、信用バブルの崩壊とともに明らかになったということです。ギリシャの経済規模自体は、ヨーロッパ経済の2%程度に過ぎませんが、ほかにも、幾つかの国で無理な対外借り入れに依存していたのではないか、という連想が生じました。このため、金融市場では、これらの国が発行した国債に対する信認が低下し、金利が跳ね上がったり、そうした国の国債を保有している金融機関への悪影響が懸念されることになりました。一方、米欧の主要先進国でも、危機対応の過程で、バランスシート調整に苦しむ民間金融機関等のリスクや債務を肩代わりする形で財政支出を大きく拡大したため、財政バランスが急速に悪化しました。このように、危機への対応を通じて、バランスシート調整の問題が、一部、民間部門から政府部門にシフトした形となっています。このことも、ソブリン・リスクに対する市場の懸念を強める一因となっています。このようにみると、最近、国際金融市場における不安定要因になっているソブリン・リスク問題も、信用バブル崩壊とバランスシート調整という大きな流れと密接な関連を持っていることがおわかりいただけるのではないかと思います。

新興国・資源国経済の高成長と課題

以上、米欧経済の動向を申し述べましたが、世界経済の構図を把握するうえでもうひとつ大変重要な軸が、新興国・資源国の動向です。ちなみにIMF、つまり国際通貨基金による世界経済の見通しをみますと、昨年、戦後初めてのマイナス成長を記録した後、今年と来年は4%を超えるかなり高めの成長が予想されています。この成長のうち実に70%が新興国の寄与によるものであり、まさに世界経済の牽引役となっている姿が窺えます。

このような新興国の力強い成長の背景として、幾つかの要因が挙げられます。第1に、これらの国々は、先進国並みの生活水準へのキャッチアップ過程にあり、耐久消費財やインフラ投資に対する潜在需要が大きいという特徴があります。また、米欧と異なり、バランスシート調整という重石がないため、生産・所得・支出の好循環メカニズムがうまく働き、個人消費や設備投資などの内需が力強く伸びています。第2に、新興国の中でも、特に中国をはじめとするアジア諸国は、世界的なIT関連財の生産基地となっているという事情が挙げられます。近年、スマートフォン型の携帯電話や薄型テレビなど、新しいIT製品に対する需要は世界的に拡大しています。アジア新興国は、このような「新たなITブーム」ともいわれる成長機会を存分に活用しているといえます。第3の要因として、先進国で有利な運用機会を見出せないマネーが大量に流入し、これが資産取引や投資活動を通じて経済を刺激していることが挙げられます。こうした先進国からのマネーの流入は、為替レートの上昇要因となりますが、多くの新興国がドルに対して固定的な為替政策を採用しており、市場への介入によって為替レートの上昇を抑制しているため、これが金融緩和効果を更に強めています。本日は詳しくは触れませんが、いってみれば、先進国の低金利政策は、国境を越えた資金の流れを通じて、自国よりも新興国に対して大きな景気刺激効果を及ぼしてきたという面があります。

これらの事情を背景に予想以上の高成長を遂げてきた新興国経済ですが、現在、大変重要な転機を迎えているように思います。これらの国では、高い成長や活発な資金流入が続いた結果、インフレや資産価格の上昇など、経済の過熱現象が目立ってきました。このため、多くの国で、政策金利の引き上げなど金融引き締め方向への転換が図られているほか、為替政策の柔軟化も進められています。こうした政策運営が効果を挙げ、経済の過熱を抑制しつつ持続的な成長を確保できるかどうかは、世界経済全体の観点からも大変重要な着目点です。

3. 日本経済の動向

景気情勢

次に、以上の世界経済の動向を踏まえ、わが国経済に目を転ずることとします。わが国経済も、世界経済と同様、昨年の春に最悪期を脱した後持ち直してきており、現在も、緩やかに回復しつつあると判断しています。回復の原動力となってきたのは、輸出と生産の増加です。すなわち、世界経済の回復、とりわけ新興国の高成長や世界的なIT関連財需要の拡大などを背景に、輸出が増加を続けており、自動車や電気機械、資本財などの幅広い品目において生産が増加しています。このため、製造業の収益は急速に改善してきています。先般公表した私どもの短期経済観測、いわゆる短観の調査結果をみますと、大企業製造業の本年度の経常利益は、前年比でみて44%増加する見込みとなっています。また、製造業の収益の改善は、これらの企業と取引している運輸業や情報サービス業といった非製造業の業況の改善にも及んできています。更に、こうした企業業績の改善は、設備投資などの企業の支出活動にも好影響を及ぼしつつあります。設備投資について短観の調査結果をみると、大企業の設備投資は製造業・非製造業とも前年比プラスに転じる見込みであるほか、製造業は、中小企業を含めた全規模ベースでみても前年比プラスとなる見込みです。

こうした企業部門の好転に比べると、家計部門では、雇用・所得環境の改善が遅れていますが、それでも、所定外給与が生産の増加にあわせて増加してきているほか、大企業ではこの夏のボーナスを増やすという動きもみられ始めています。こうしたもとで、個人消費は、エコカー補助や家電のエコポイント制度など各種対策の効果もあって、耐久消費財を中心に持ち直し基調にあります。このように、わが国の経済は、海外経済の改善を起点として、輸出から国内民間需要への波及という前向きの動きが徐々にみられ始めています。

ちなみに、最近の実質経済成長率を年率換算ベースで米欧と比較しますと、昨年10〜12月期が日本+4.6%、米国+5.6%、欧州+0.5%、本年1〜3月期が日本+5.0%、米国+2.7%、欧州+0.8%となっています。意外に思われるかもしれませんが、実は、最近の日本の成長率は、平均してみれば先進国の中で最も高いのです。それにもかかわらず、多くの方々はそうした実感を持てないでいらっしゃると思います。その背景としては、回復しつつあるとはいえ経済活動の水準はまだ十分高まっていないとか、回復が輸出主導であるため、その恩恵が直接及ぶかどうかによって地域や業種の格差が大きいなど、様々な要因が考えられます。しかし、おそらく最大の要因は、日本経済の将来の成長への展望が拓けない、言い換えれば成長の構図が描きにくくなっている、ということへの懸念にあるのではないでしょうか。後ほど、この問題についての私どもの考え方と政策対応について申し述べたいと考えておりますが、その前に、この点に密接に関連するテーマとして、わが国の物価動向についてご説明することとします。

物価情勢

わが国の物価について、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比をみますと、2009年夏に−2.4%という過去最大のマイナス幅を記録したあと、下落幅は徐々に縮小してきました。4月以降は、高校授業料の無償化という特殊要因が物価指数を0.5%程度押し下げていますので、その影響を除いてみますと、下落幅は−0.7%まで縮小してきています。このように消費者物価の下落幅が縮小してきている背景としては、主として2つの要因が働いています。国内経済の全体としての需要と供給のバランスが改善してきていることと、原油に代表される国際商品市況が上昇傾向にあったことです。

経済全体の需要と供給のバランスについては、昨年の春以降、緩やかに改善してきています。需要と供給のバランスが改善し始めると、1年程度遅れて物価に影響が出てくるというのが過去の経験則ですので、昨年来の景気持ち直しの影響が、ここにきて漸く物価面に現れてきたと考えています。先行きについては、国際商品市況の動向はなかなか見通し難いのですが、わが国の景気が回復傾向を辿っていけば、それにつれて需要と供給のバランスも改善を続けていくことが見込まれます。このため、先行きの消費者物価の前年比については、引き続き下落幅を縮小させていき、2011年度にはプラスの領域に入る可能性が展望できると考えています。ここで重要なことは、日本経済が持続的な成長経路に復帰し、それを通じて物価動向の背景にある需給バランスが持続可能な形で改善するかどうか、ということです。物価は、比喩的にいえば経済の体温に当たります。デフレ、つまり物価が継続して下がる根本的な原因は、経済の基礎体力、言い換えれば成長力が不足していることにあります。したがって、デフレを根本的に克服するには、中長期的にみて日本経済の成長力を強化することが不可欠です。

中間評価

ここで、4月の展望レポートに関する中間評価について簡単に触れさせていただきます。日本銀行では4月、10月の展望レポート、その中間期の中間評価と、四半期ごとに、2年程度先までの経済と物価の見通しを公表しています。先週公表した中間評価では、成長率について、2010年度は、4月時点に比べ、上振れる見通しとなりました。これは、主として、新興国の一段の高成長を背景に輸出が予想を上回るペースで増加してきていることが影響しています。2011年度については、概ね4月の見通しに沿って推移すると予想しています。具体的な成長率としては、2010年度+2.6%、2011年度+1.9%が見通しの中央値です。

物価については、生鮮食品を除く消費者物価は、概ね4月の見通しに沿って推移すると予想しました。前年度比で、2010年度−0.4%、2011年度+0.1%が見通しの中央値です。

もっとも、こうした見通しについては、上下両方向のリスクに注意を払う必要があります。景気については、上振れ方向の要因として、新興国・資源国の経済の更なる強まりなどが挙げられます。下振れリスクについては、国際金融面での動きなどに注意する必要があります。特に、一部欧州諸国における財政や金融の状況を巡る動きが、国際金融や世界経済に及ぼす影響については注意する必要があると考えています。また、見通しからの上振れまたは下振れのリスクは、4月時点に比べ、上下両方向ともに幾分高まっていると考えています。物価面では、新興国・資源国の高成長を背景とした、資源価格の上昇によって、わが国の物価が上振れる可能性がある一方、中長期的な予想物価上昇率の低下などにより、物価上昇率が下振れるリスクもあります。

4. 日本経済の中長期的な課題

日本経済の中長期的な成長率の動向

それでは、次に、わが国経済の中長期的な成長の問題についてお話をしたいと思います。

振り返ってみますと、わが国の経済成長率は、80年代の年平均4%台半ばの成長率から、90年代には1%台半ば、2000年代には1%弱へと大きく低下しています。90年代以降、バブルの崩壊に伴う調整過程が非常に厳しいものであったことを考慮しても、経済成長率の低下は顕著です。

ところで、一国の経済活動の果実である国内総生産は、就業者の数と、1年間に生み出された就業者一人あたりの付加価値、つまり付加価値ベースでみた生産性の掛け算になります。したがって、経済成長すなわち国内総生産の増加は、就業者数の伸びと生産性の伸びという2つの要素によって決まってきます。このような視点からわが国の経済成長率低下の問題を眺めてみると、今後、生産性をいかに引き上げていくかということが、わが国経済の鍵を握る課題であることがわかります。

わが国の労働力人口、つまり15歳から64歳までの人口は、すでに90年代の後半から減少し始めており、実際に仕事に就いている就業者の数も、2000年以降は均してみると、僅かながら減少に転じています。就業者数の伸びが見込み難い状況のもとで、成長率を維持・上昇させるためには、生産性を向上させるしか方法はありません。生産性の向上自体は、人口動態の変化の如何にかかわらず大事な問題ですが、労働力人口の伸びが期待しにくい状況のもとでは、一段と重要性を増しています。

具体的に、今申し述べた一人当たりの付加価値で測った生産性の伸び率をみてみますと、80年代の年平均3.2%の伸びから、90年代以降は平均して1%程度にまで低下しています。こうした生産性低下の背景については、次のような要因が考えられます。

90年代当時、世界経済は、情報通信技術の飛躍的な発展とグローバル競争の激化という大きな変革の節目にありました。ところが、日本経済は、バブル期に積み上がった「過剰」な設備や債務の調整に追われ、世界経済の構造変化に対応するような前向きの取り組みが出来ない状態にありました。このため、新たな需要拡大のための技術開発や市場開拓が進まず、結果として経済全体の生産性が低下した可能性があります。また、この時期に、只今申し述べたような「過剰」の整理を進める過程で新陳代謝が必ずしも十分には進まず、結果として、日本経済の非効率な部分が残ってしまった可能性もあります。更に、趨勢的な成長率の低下が、企業や家計の先行きの成長期待を低下させ、これが企業や家計の支出活動を更に萎縮させるという悪循環に陥ったことも、この時期の成長率と生産性低下の一因となったように思われます。

生産性向上のために

では、先行きの生産性を持続的に引き上げていくためには、どうすればよいのでしょうか。この点について重要なことは、個々の企業が、いかにして新たな需要を発掘していくかということです。生産性の向上というと、今生産している製品をより効率的に生産することやコストの削減、と解釈されることがあります。生産性の向上には確かにそうした面もありますが、必ずしもそれだけではありません。また、そうした既存商品の生産過程の効率化、人件費等のコストの削減だけでは、経済全体としての生産性の向上は難しいと考えられます。消費者のニーズが多様化し、それが大きく変化する中で、新たな需要を開拓し、これに合致するような供給体制を企業が整えていくことによって、売上や収益を伸ばしていくことが重要です。このように、わが国経済の課題となっている生産性の向上は、潜在的な需要を発掘し、新たな付加価値を作り出していくという、経済の需要サイドと供給サイドの両方に関連する問題です。

一つの例として携帯電話のケースを考えてみたいと思います。携帯電話が爆発的に普及した背景には、いつ、どのような場所にいても電話をしたいという消費者の潜在的なニーズがあったと考えられます。こうした消費者の潜在的なニーズを、携帯電話という商品に結実させたのは、企業の努力でした。企業は、情報通信技術の開発や携帯端末の生産ラインの構築など供給体制の整備に努めました。この結果、携帯電話の需要は爆発的に増加し、短期間のうちに急速に普及しました。今や消費者は、いつでもどこでも電話できるという便利さを手に入れました。一方、通信会社や携帯端末の製造企業の収益機会は拡大し、結果として経済全体としての生産性の向上に繋がりました。

このように潜在的な需要を掘り起こしていく上では、携帯電話に代表されるような高度な技術力だけが鍵になるわけではありません。実際、地域企業の中にも、独自の専門分野、地域の特産品、地の利などを活かして、潜在的な需要の掘り起こしに成功しているケースは少なくありません。

こうした取り組みを行う主体は、企業経営者の皆さんですが、その努力を後押しする要因として、金融機関も大変大事な役割を果たします。日本銀行は、この点に着目して新たな政策対応を始めました。そこで、最後に、私どもの金融政策運営にお話を進めることとします。

5. 日本銀行の政策対応

一昨年のリーマンショック以降の日本銀行の金融政策運営は、大きくまとめると、3種類に整理することができます。第1に、金融危機に対応した金融市場の修復策、第2に、経済の落ち込みに対応した積極的な金融緩和策、そして第3に、日本経済の成長基盤強化のための新たな取り組みです。

市場機能修復のための各種時限措置

まず、第1の市場修復策です。一昨年秋以降の国際的な金融危機の影響を受け、わが国の金融市場でも、米欧に比べれば格段に落ち着いていたとはいえ、市場機能が急速に低下しました。CPや社債の発行が困難になるとともに、企業金融も非常に逼迫しました。こうした市場機能の急低下に対処するため、日本銀行は、CP・社債の買入れなどの各種の異例な措置を、迅速に導入しました。その後、各国中央銀行の協調行動などを背景に、国際的な金融の混乱が収束し、わが国の金融市場の機能も改善したため、これらの措置は、昨年末以降、順次、完了してきています。その後の金融市場の動向をみると、そうした措置の廃止によって、市場取引がむしろ活発化してきています。もっとも、さきほど触れたように、一部欧州諸国の財政問題などを背景に、5月入り後、短期の米ドル資金市場において緊張が高まりました。このため、日本銀行は、主要国の中央銀行と協力して、本年2月に一旦終了した米ドル資金供給オペレーションを再開しました。こうした欧州の財政・金融情勢など、国際金融面ではなお注意を要する要因が残っています。日本銀行としては、引き続き、海外中央銀行と協力しつつ、金融市場の安定確保に万全を期していく方針です。

積極的な金融緩和策

次に、日本銀行は、リーマンブラザーズ破綻後の危機的な状況に対処するとともに、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することが極めて重要な課題との認識のもとで、積極的な金融緩和策を継続してきています。

具体的に申し上げますと、政策金利である翌日物金利の誘導目標水準は、一昨年の12月に0.1%まで引き下げた後、その水準を維持しています。0.1%という実質ゼロの水準は、現在、世界の中央銀行の中でも最も低いものです。更に、もう少し長めの金利の低下を促すために、昨年の12月には、政策金利と同じ0.1%という低金利で期間3か月の資金を金融機関に貸し出すという新しい資金供給手段も導入しました。この手段を使った資金供給額は、現在、20兆円に達しています。こうした一連の措置によって、企業や家計が資金を借り入れる際の金利は低下傾向を辿っています。このような低金利の持つ金融緩和の力は、企業収益の改善を背景に、更に強まりつつあるとみています。

さきほど申し述べたとおり、現在、日本経済は緩やかに回復しつつあり、IMFの見通しのような世界経済の高成長を前提とすれば、中心的なシナリオとしては、先行きも回復傾向が維持される蓋然性が高いとみています。しかし、同時に、米欧経済の動向や、欧州の財政・金融情勢を背景とする国際金融市場の不安定な動きなど、なお不確実な要因が多いのが実情です。日本銀行としては、今後とも、きわめて緩和的な金融環境を粘り強く維持し、日本経済の回復に貢献していく方針です。

成長基盤強化を支援するための資金供給

日本銀行の第3の対応が、日本経済が直面しているもっとも重要な課題である、中長期的な成長力引き上げのための新たな取り組みです。すなわち、成長基盤強化に向けた民間金融機関の自主的な取り組みを金融面から支援するため、新たな資金供給の枠組みを導入いたしました。現在、8月末を目処に第1回目の資金供給が出来るよう、準備を進めているところです。6月25日には、公募により、本資金供給の対象先となる金融機関を選定しましたが、その数は66先に上りました。内訳をみますと、メガバンクだけでなく、地方銀行や第二地方銀行、信用金庫などの幅広い金融機関が対象先となっています。私は、この資金供給の枠組みを使って、業態の面でも、地域の面でも、幅広い金融機関が、それぞれの特色や地域性を活かしながら、成長基盤強化に向けた前向きの取り組みを行ってほしいと考えておりましたので、多様な金融機関が応募していただいたことには、大変心強く感じています。

この新たな資金供給の枠組みは、民間金融機関による成長基盤強化に向けた融資や投資の取り組みに応じて、長期かつ低利の資金を日本銀行が金融機関に対して供給するものです。民間金融機関の方々におかれては、生産性の向上や新たな需要の創出に資する事業などへの融資や投資を広げていくきっかけとして、本資金供給を活用していただきたいと思います。成長基盤強化は、必ずしも技術革新を促進するということに限りません。地域再生など、地域の中小企業における前向きの取り組みを後押しするような融資や投資案件にも、利用していただけるものです。地域でご活躍されている企業の皆様におかれては、是非、金融機関の方々とご協力いただき、需要の発掘や生産性向上に向けた前向きの取り組みに踏み出していただきたいと願っております。

日本銀行が、本資金供給を実施することに踏み出した背景には、単に、これまでのように金融環境を緩和的にするだけでは、日本経済が抱えている課題、すなわち趨勢的な生産性の低下という問題には、直接働きかけることは難しいという認識がありました。通常の金融政策は、流動性を供給することで市場金利全般を低下させ、景気を刺激するという波及メカニズムを想定しています。しかし、生産性が低下するもとでは、市場金利や貸出金利が低下したとしても、持続的に成長率を高めていくことは困難です。わが国のデフレも、さきほど申し述べたように、趨勢的な生産性の低下という日本経済が抱える問題が密接に関係している現象です。本資金供給が、民間金融機関が成長基盤強化に向けた取り組みを進める上での「呼び水」となっていけば、日本経済の生産性の向上、ひいては、デフレの克服にも資すると考えています。

本資金供給は、成長基盤強化を支援するための新たな措置でありますが、成長基盤強化を支援する方法は、必ずしも今回の措置に限定されるものではないと考えています。例えば、市場参加者により、成長基盤強化に関連する融資や投資を証券化するといった仕組みが検討される場合には、そのような市場の整備に向けた取り組みにも積極的に協力していきたいと考えています。また、そうした証券化商品が育っていく場合には、日本銀行の適格担保として受け入れるといった方法についても、検討していく余地があると考えています。今後とも、様々な可能性を探りつつ、前向きの検討を行っていきたいと考えています。

6. おわりに

以上、わが国の経済情勢や直面する課題、日本銀行の金融政策運営などについてお話してきました。最後に、当地の経済に関して感じたことをお話させていただきます。

当地の産業構造をみると、豊富な水資源、勤勉性に富んだ県民性、積極的な企業誘致やインフラ整備を背景に、医薬品等の化学、一般機械、電気機械、アルミ建材等の金属製品などの製造業が集積した日本海側屈指の「ものづくり県」です。また、300年余の歴史を誇る「越中富山の薬売り」が有名ですが、「先用後利」や「懸場帳」というシステムは、今でいうクレジット販売や、顧客データ、在庫管理に繋がる画期的なビジネスモデルと言えます。こうした産業振興、経済発展に向けた先進的な取り組みという遺伝子は現在に脈々と継承されてきています。

当地の最近の経済情勢については、「製造業がリードする形で着実に持ち直しているが、雇用面など依然厳しい面もみられる」と、支店から報告を受けております。しかし、当地は、「技術力を備えた製造業の集積」、「高成長を続ける環日本海諸国に近いという優位性」、「豊富な観光資源」など、潜在的な成長力を有する地域です。私どもが新たに導入した資金供給も十分に活用していただいた上で、こうした潜在的な成長力を十分に発揮され、皆様が、地域経済の発展に向けて、引き続きご尽力されることを期待しております。

日本銀行としても、企業の皆様が将来の成長に向けて明るい展望を描けるよう、中央銀行として粘り強い取り組みを続けてまいりたいと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上