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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

山口県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 野田 忠男
2010年9月15日

目次

1. はじめに

日本銀行の野田でございます。本日は、山口県の行政および金融・経済界を代表される皆様方と親しく懇談させていただく機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より、私どもの下関支店が大変お世話になっており、重ねて御礼申し上げます。

私は当地下関の出身ですが、日本銀行も実は山口県と深いご縁があります。この下関が、日本銀行の支店としては大阪支店に次いで2番目に古い支店が設置された地である 1 ということもさることながら、日本銀行自体が、かの伊藤博文(今の山口県光市<旧熊毛郡>出身)の知恵と働き掛けが契機となって設立されたという来歴があるからです。ついでに申しますと、私が最初に奉職いたしました民間銀行の前身はわが国最初の銀行である第一国立銀行ですが、その第一国立銀行は1882(明治15)年に日本銀行が設立されるまでは発券銀行の役目を果たしており、その後、第一銀行となって1905(明治38)年に下関支店を開設しています。関釜連絡航路が開設された年でした。

本日このようなかたちで仕事をさせていただけることは、私にとって誠に感慨深いものがあります。

最初に私からお手元のレジュメの順でお話させていただきます。その後になりますが、皆様から、毎日のお仕事、ご商売の実感や地元経済の現状に関するご意見、さらには日本銀行に対するご要望などを拝聴させていただきたいと存じます。今後の金融政策運営に携っていくうえで大いに参考にさせていただきたいと、私自身楽しみにしているところでございます。

  • 1 日本銀行は、1893(明治26)年に、赤間関市(現在の下関市)に西部支店を設置しました。

2. 海外経済の現状と先行き

それでは、まず海外経済についてお話したいと思います(図表1)。

世界経済は、奇しくも2年前の今日のリーマン・ブラザーズの破綻を契機に大幅に悪化しましたが、翌年(2009年)後半以降、緩やかに回復を続けています。この回復の背景には、各国の財政面での景気刺激策と、一たん大きく縮小した在庫の適正水準への復元とがありますが、このところ、この2つの効果がともに減衰しており、回復のペースは鈍化しています。

(1)米国経済 〜バランスシート調整の重石と減速懸念〜

米国経済は、緩やかに回復していますが、4〜6月期の実質GDP成長率は、前期比年率+1.6%(第2回推計値)と2009年10〜12月期の同5.0%をピークとして低下しました。個人消費と設備投資は緩やかに回復していますし、輸出も増加を続けており、減速の主因は輸入の急増 2 と、在庫投資の増勢鈍化です。

米国経済は、金融危機発生前までの過剰消費につながった過剰債務の調整——いわゆるバランスシート調整——を進める過程にあって、雇用・賃金の改善が極めて緩慢なもとで、とくに家計部門の支出の回復は力強さに欠けるようです(図表2)。住宅投資をみても、住宅減税終了前の駆け込み需要が消滅した足もとは再び弱い動きとなっており、自律的な回復までには時間がかかりそうです。

先行きについては、世界的に在庫復元が一巡することから、輸出の増勢が鈍化し、また、景気刺激策の効果が減衰(成長率に対しては一時的にマイナスに寄与)することもあって経済の回復ペースは、年内は一たんは減速するものとみられます。もっとも、輸出が新興国・資源国向けを中心に増加を続け、緩和的な金融環境が維持されるもとで、個人消費や設備投資も増加基調を維持すると考えられ、回復の流れそのものは崩れないものとみています。

  • 2 輸入の増加が輸出の増加を上回る場合には、純輸出(輸出−輸入)の減少となってGDPにはマイナス要因となります。なお、4〜6月期の輸入の急増は一時的な要因によるものとみられます。

(2)欧州経済 〜域内格差と根深い財政再建問題〜

次に、欧州経済のうち、とくにユーロ圏についてお話します。ユーロ圏経済は、国ごとにばらつきを拡大させつつも、全体としては、緩やかに回復しています。4〜6月期の実質GDP成長率は前期比年率+3.9%と、1〜3月期(同+1.3%)から大きく伸びを高めました。輸出がユーロ安の影響もあって堅調に増加していることが主因です。

もっとも、ユーロ圏経済は以下のような財政にまつわる問題を抱えています。一つ目は、財政再建の問題です。4〜6月期の実質GDP成長率を国別にみると、好調な輸出を背景にドイツが東西ドイツ統一後で最も高い伸びとなった一方で、最も深刻な財政問題を抱え、一早く緊縮財政措置をとったギリシャは7四半期連続のマイナスとなっています。財政再建はギリシャをはじめとする欧州周辺国にとどまらず、程度の差こそあれドイツも含め加盟国共通の問題です。二つ目は、金融市場の安定性に関する問題です。金融市場では、本年入り後、欧州周辺国の財政問題に対する懸念が急速に高まり、こうした国々の国債価格が下落し、さらにはこうした国債を多く保有する欧州系金融機関の経営状況に対する不安も高まりました。7月の欧州系金融機関に対するストレステスト(健全性審査)結果の公表後、欧州の金融市場は一たん落ち着きを取り戻しましたが、足もとアイルランドにおける財政問題の再燃をきっかけに、再び不安定化しています。

これら2つの問題は、ユーロ圏経済の下押し要因として、先行きの景気回復のテンポを緩やかなものにとどめる可能性が高いとみられます。

なおこれらの問題には、実はユーロという統一通貨を用いていること自体に内在しているユーロ圏固有の構造的な要因があるともいえます。すなわち、(1)単一通貨であるユーロ導入に伴い、域内貿易が活性化するなか、生産性や競争力の格差が、欧州周辺国の経常収支の赤字を通じて財政赤字の拡大を促しました。そして、(2)金融政策が統一されたほか、域内では為替による調整機能も働かないことから、各国の経済政策は財政政策だけに依存せざるを得なくなりました。

(3)アジア経済 〜ソフトランディングに向けた調整局面〜

アジア経済は、もともとバランスシート問題を抱えていないことから、内需の回復を伴いながら、全体として高めの成長が続いており、世界経済を牽引しています。これらの地域は、全体として、所得水準の向上や都市化の進展に伴う世帯数の増加により耐久財の需要が増加する局面にあり、個人消費の堅実な伸びが見込まれます。海外からの資本流入も生産・所得・支出の好循環メカニズムを支え、高めの成長が続くとみています。景気が過熱するリスクが意識されており、緩和的な政策を修正する動きが拡がっていますが、金融環境は全体としてなお緩和的な状況にあるといえます。

中でも最大の牽引役となっている中国については、4〜6月期の実質GDP成長率は、前年同期比+10.3%と二桁台の伸びとなりました。1〜3月期の同+11.9%に比べれば伸びが低下したとはいえ高めの成長が続いてきました。中国政府は、本年4月、不動産価格の高騰を懸念し、住宅購入時の頭金比率に関する条件の厳格化を柱とする不動産取引抑制策を導入しました。この施策は、不動産取引を抑制することにより固定資産投資の減速を促すと同時に、鉄鋼業などの建設関連財を中心として生産を減速させることを通じ、中国の実体経済をある程度下押しするとみられます。こうした中で、製造業の受注・在庫バランスの改善も鈍化しており、暫くは経済の拡大テンポは鈍化すると見込まれます。ただ、所得水準の向上が続くことから、個人消費は堅調に増加を続けるとみられることや、最終的には政府の柔軟な政策運営によるサポートが期待できることなどから、来年以降も高めの成長は維持されるとみています。

3.日本経済・物価の現状と先行き

次に、わが国の経済・物価情勢について、お話したいと思います。

(1)経済 〜緩やかに回復しつつも、自律的回復力はなお脆弱〜

わが国の景気は、冒頭でも触れましたとおり、只今お話した海外経済の改善が続く中で、緩やかに回復しつつあります。4〜6月期の実質GDP成長率(2次速報値)は、前期比年率+1.5%と前2四半期に比べ増勢がはっきりと鈍化しましたが、輸出は増加を続けていますし、個人消費はエコ関連の各種政策に支えられるかたちで持ち直しを続けており、設備投資は輸出の増加に牽引されるかたちで持ち直しに転じつつあるという状況です(図表3)。ただ、国内経済活動の水準を各種経済指標のレベルで確認してみますと、依然として直近のピークを下回る水準に止まっています(図表4)。こうしたもとで、設備や雇用になお過剰感を残しており、収益が顕著な改善をしている割には、企業は支出行動に慎重な姿勢をなかなか崩しておらず、こうしたことから、「民需の自律的な回復」がはっきりと展望できるまでには至っていません。

先行きについては、引き続き輸出の増加が続くもとで、均せば緩やかな回復を続けるとの見方をしています。輸出については、増加ペースは当面緩やかなものにとどまりそうです。それは、(1)海外市場における在庫復元が一巡すること、(2)新興諸国の経済が、高めの成長が続くものの緩和的な政策の修正もあり減速しつつあること、(3)このところ為替が円高傾向にあること、などによるものです。また、個人消費については、エコ関連各種経済対策の反動が避けがたいとみられます。これらから、経済活動の増勢が一時的には鈍化することが見込まれます。

とはいえ、2010年度のわが国の成長率は潜在成長率を上回る水準になるとみています。ご参考までに、7月時点での日本銀行政策委員9名の見通しを図表5にお示ししています 3 。政策委員の実質GDPにかかる見通しの中央値は、2010年度は+2.6%、2011年度は+1.9%です。

  • 3 日本銀行では、4月と10月に「経済・物価情勢の展望」 を公表し、その間の1月と7月に中間評価を行う枠組みを採用しています。10月には、今後新たに利用可能となるデータや情報を点検し、「展望」を見直すことになります。

(2)物価 〜需給ギャップの物価への下押し圧力は緩和〜

物価については、経済全体の需給バランスがなお緩和状態にあるもとで下落を続けていますが、基調的にみると、需給バランスが徐々に改善していることから、下落幅は縮小傾向にあります。生鮮食品を除くベースの消費者物価指数(コアCPI)について、2010年4月に実施された高校授業料無償化という特殊要因を除いて前年比の推移をみますと、下落幅が徐々に縮小しています(図表6)。7月時点での日本銀行政策委員9名の見通しは、前掲図表5にお示ししたとおりです。政策委員の消費者物価指数(除く生鮮食品)にかかる見通しの中央値は、2010年度は▲0.4%、2011年度は+0.1%です。

(3)リスク要因

以上、わが国の経済と物価情勢についてお話をしましたが、見通しについては、現時点で私が最も蓋然性が高いと判断している姿です。しかし、見通しには常に「不確か」がつきまとっています。誤解を恐れずに申しますと「不確か」なことは枚挙にいとまがありません。そこで「不確かさ」が相対的に大きいと考えられるものを「リスク要因」として次にお話したいと思います。

わが国経済の回復は、海外経済の改善を起点としたものです。内需の自律的な回復が未だはっきりと展望できない状況のなかでは、海外経済の回復が滞れば、持続的な成長への経路が途切れかねないという意味において、海外経済の動向を最大のリスク要因として捉えています。

イ.米国経済にかかるリスク

4〜6月期の実質GDP成長率が前期から減速したことや、7月以降公表された経済指標の多くが下振れたことなどから、市場では米国経済の先行きに対する警戒感が急速に高まりました。たとえば、民間エコノミストの実質GDP成長率見通しの平均値は、2010年、2011年ともにそれまでの3%台前半から、足もとでは3%を切る水準まで下方修正されています。こうした修正は、これまでやや楽観的に過ぎた部分の修正であると私は受け止めています。先ほども述べましたように米国はバランスシート調整の影響が続いていますが、楽観的に過ぎた部分とは、つまるところその調整圧力の大きさ、すなわち成長に対する重石の重さの評価にあると思います。我々のバブル崩壊後の長く苦しかった経験と今次金融危機までに積み上がった過剰の大きさを重ね合わせて考えますと、今回の調整にも相当なコストと時間を要するものとかねてからみておりましたので、このところの動きは私にとっては想定の範囲内といえるものです 4 。もっとも、雇用の改善が想定以上に遅れたり、住宅価格が再び下落することになれば、家計のバランスシート調整も遅れることになり、個人消費の抑圧を通じて企業部門への負のフィードバックも生じるといった下振れリスクの連環には注意が必要です。

  • 4 最近のGDP統計の年次改訂により、貯蓄率が6%まで上昇していたことが明らかになりました(4〜6月期:改訂前3.9%→改訂後6.2%)。バランスシート調整圧力の大きさを改めて示すものとして注目しています。なお、米国において過剰消費が続いたと考えられる2000初〜2008年夏場までの貯蓄率の平均は2.8%程度となっていました。

ロ.新興国・資源国にかかるリスク

新興国・資源国では、自律的な成長力の強さに加えて、先進国における大規模な金融緩和の継続が資本の流入をもたらし、これが実体経済を後押ししている面もあります。資本の流入は足もとも続いているようですから、こうした国の経済が想定以上に強まった場合、輸出の増加を通じて、わが国経済は上振れることになります。一方、先ほど述べたようなリスクの顕現化から、先進国経済が下振れた場合には、その影響が貿易を通じて及ぶことに加えて、資本の流出が生じ、こうした国の成長が下振れるリスクもあります。また、緩和的な政策の修正に動く国が既に多くみられてはいます 5 が、こうした修正が適切に行われず、ビハインド・ザ・カーブ——後手に回る——となった場合には景気が過熱するリスクがあります。これは、短期的にはわが国経済にとって、輸出がさらに上振れる要因となる一方で、資源価格の上昇に伴う交易条件の悪化が、国内民間需要を下押しするリスクがあります。また、中長期的には、行き過ぎた経済・金融活動の急激な巻き戻しが生じ、新興国・資源国経済の深い調整に繋がるリスクもあることにも留意することが必要です。

  • 5 アジアでは、3月にマレーシアとインド、6月に台湾、7月に韓国とタイが、それぞれ政策金利の引き上げに転じました。また、アジア諸国のほかにも、オーストラリアやブラジルなどにおいて政策金利の引き上げが行われています。

ハ.欧州を中心とした国際金融市場にかかるリスク

国際金融資本市場は、本年に入って不安定化しましたが、この背景には欧州周辺国における財政問題の深刻化と、それに起因する金融システム不安の増大があります。先ほども述べたとおり、これらの国々の財政問題の根底には単一通貨に内在する構造的要因があるだけに、金融資本市場は欧州のそれを中心に不安定化しやすい状況が一朝一夕に改善することはなかなか期待できません。

二.国内企業部門にかかるリスク

最後に、国内の企業部門にかかるリスクに触れておきます。仮に、新興国の持続的成長が展望される一方で、わが国の内需の成長は厳しいものにとどまるとの予想が強まる場合には、新興国への投融資が増加する一方で、国内での設備投資や雇用等の支出行動が過度に抑制される可能性があります。日本政策投資銀行の設備投資計画調査によれば、製造業の2010年度計画における海外設備投資の国内設備投資に対する比率(海外における設備投資÷国内設備投資×100)が57.2%と過去最高になりました(図表7(1)) 6 。また、内閣府の調査では海外生産比率が趨勢的に上昇しています(図表7(2))。このところ、為替の円高と国内空洞化を結びつける議論が喧しくなっていますが、企業の海外進出の動きは、わが国の潜在成長率や生産性の問題に関連づけて、より中長期的な問題として捉えることも必要なように思います。後ほどもう少し詳しくお話いたします。

  • 6 直近調査は本年6月、対象(有効回答会社数)は2,270社(うち海外における設備投資比率については1,357社の集計)。製造業の海外における設備投資比率は、2005年度の54.8%をピークに2009年度は42.0%まで漸減し、2010年度はそこから57.2%まで上昇しています。ただし、2008〜2009年度の急減を勘案すると、この動きを過去のトレンドから上方に乖離したものであるとは必ずしも断定できません。

4. 金融政策運営

(1)日本銀行のこれまでの政策対応

次に一昨年のリーマンショック後に実施した政策のいくつかをお示ししながら、私ども日本銀行の金融政策を概観してみたいと思います。政策は一つ一つが独立して機能するものではなく、お互いに影響しあいながら、総体として効果を発揮するものですが、ここでは説明の都合上、政策を目的別に3つに区分して説明したいと思います。

イ.経済の循環的な変動に対応した政策 〜強力な金融緩和の推進〜

リーマンショックにより大きく落ち込んだ経済を持続的な成長経路に復帰させ、デフレからの脱却を図る政策です。最もマクロ的な金融政策(金利政策)として、政策金利である翌日物の無担保コールレートの誘導目標水準を、2008年10月と12月に0.2%ずつ引き下げ、実質ゼロ金利といえる0.1%にしました。この水準は現在も維持されています。また、さらにやや長めの金利にも働きかけています。昨年12月に、政策金利と同じ0.1%という低い金利で期間3ヶ月の資金を金融機関に貸出す「固定金利オペ」を導入しました。また本年8月には、期間6ヶ月のオペを追加することを決定し、現在、順次実行中です。この「固定金利オペ」による資金供給規模は最終的には30兆円に達します。このほか通常のオペレーションを併せ駆使することにより、短期金融市場への潤沢かつ弾力的な資金供給により金融緩和の一段の強化を進めているところです。

ロ.金融市場の安定を確保する政策 〜急性症状の解消〜

前述イ.のマクロ的な政策の効果は、さまざまな金融市場を通じて波及しますので、この波及経路の確保の観点からも金融市場の安定が重要であることはいうまでもありません。リーマン・ブラザーズの破綻後は、金融市場の信認が全般に亘って急速に低下し、市場の機能は大きく損なわれました。この「急性症状」ともいえる状況を解消するため、例えば、CP・社債の取引が急減したことに対して、2009年初にその買入れを開始しましたし、企業向け債権を担保として金融機関に政策金利という低金利で貸付を行う「企業金融支援特別オペ」による資金供給も実施しました。こうした措置は、個別企業の信用リスクを有する資産を買取る(バランスシートに計上する)など、中央銀行としては異例の措置でしたので、市場機能の回復が確保された後、本年3月までに終了させました。

ハ.経済の構造的な問題に対応した政策 〜成長基盤強化の支援〜

ここで、中長期的な視点でわが国経済の課題を考えてみます。わが国の成長率は、1970年代初頭までの高い成長から徐々に低下し、1990年代初期のバブル崩壊後一気に低下し、その後も趨勢的に低下しています。また、消費者物価の上昇率は1990年代末以降は上昇しにくい状況——デフレ傾向——が続いています。こうしたデフレ傾向については、長期に亘り需給ギャップが解消されていないこと、つまり需要不足が続いていることにその根本があると考えます(前掲図表6(2))。そしてその背景には、成長の低下が、将来の成長期待つまり所得増加期待の低下を通じて需要の低迷をもたらしていることがあるとみられます。マクロ的にみますと、経済成長は(1)労働生産性の伸びと(2)就業者数の伸びという2つの要素に分けることができます。出生率の動向などを勘案すれば、先行き後者の就業者数の増加はあまり期待できませんので、成長期待を高めデフレを克服するためには、前者の生産性の向上が最も重要な課題であるといえます。

前述のイ.の政策は循環的な、どちらかといえば短期的な経済の変動に対応するもので、これを持続させることにより、これはこれで需要不足を解消していくのに必要ですが、この政策だけでは、生産性の向上という中長期的な課題に対応することはできません 7

こうした問題意識のもと、日本銀行では、生産性の向上を通じた潜在成長率の引き上げという課題に対し、日本銀行が有する機能を使って貢献できないかを模索しました。その結果、本年6月、成長基盤強化に向けた民間金融機関の自主的な取り組みを金融面から支援するための新たな資金供給の枠組みとして「成長基盤強化を支援するための資金供給」を導入しました(図表8)。

9月6日に第1回目として、47の金融機関向けに総額4,625億円の資金供給を実行しました。対象となる投融資件数は1,342件に及びました。

日本銀行としては、この資金供給が、金融機関が成長基盤強化に向けた取り組みを自らの判断で主体的に進めるうえでの「呼び水」になることを期待しています。民間の金融機関で永年融資にかかわってきた私としますと、今回の措置が、金融機関の現場の融資・審査担当者に対する刺激となり、新たな成長企業の発掘と育成に不可欠であるイノベーションに対する「目利き」力の向上、ひいては金融機関としての審査能力や情報生産能力の向上に繋がることを大いに期待しているところです。

  • 7 本年3月の滋賀県金融経済懇談会 における挨拶要旨「金融政策FAQ」(日本銀行ホームページに掲載)でも、同じ問題意識から次のように述べました。
    「デフレ脱却の処方箋をまとめますと、極めて緩和的な金融環境を継続することがデフレ脱却の必要条件の一つであり、もう一つは、デフレの根本的な原因——需要不足——を直視し、「潜在的な需要の発掘と補足」、「生産性の向上」という課題に地道に取り組むことです。」

(2)今後の金融政策

日本銀行は、以上の政策も含めて、多様な政策を実施することにより、さらには、先行きも極めて緩和的な金融環境を維持していく方針を明確に表明することにより、金融緩和の強化を図って参りました。こうした一連の政策が、総体として経済活動を支え、マクロ的な需給バランスの改善を通じてデフレからの脱却までの道のりをより確かなものとしているものと私は確信しています。

既にお話したとおり、経済の先行きに対する見通しには「不確か」がつきまとっています。今後、新たに得られる経済データや情報を注意深く点検したうえで、仮に下振れリスクが顕現化し、経済情勢の見通しが著しく悪化する蓋然性が高まり、デフレからの脱却までの道のりが不確かなものになったと判断される場合には、必要と判断される政策手段を迅速かつ果断に実行しなければならないと考えています。

本日は、リーマンショック後から、つい足もとまで約2年間に実施した政策のいくつかを取り上げましたが、日本銀行は1990年代後半から2000年初にかけてさまざまな先駆的な政策を実行に移してきました。主要国の中央銀行も、今次金融危機に対応して、同種・同類の政策を採用しました。

今後も、政策を選択するに当たっては、現在実施中の政策の拡充も含め、彼我の経験とそこから得られた知見を十分に踏まえつつ、経済の見通しの状況にてらしてそれぞれの政策の効果がどうかということを測る必要があります。

その際、留意すべきことは、一つは、政策の効果から実施に伴って発生する蓋然性のあるコストが控除されなければならないことは当然であり、それとともに、潜在的なリスクとその保全についても予め吟味されなければならないということです。もう一つは、こうした効果やコストなどの副作用は、経済・金融の状況はもとより、財政や制度面の違いや変化によって、異なったかたちで生じ得るものですから、絶えず今日的な観点から点検されなければならないということです。

5. おわりに 〜山口県経済について〜 

最後に、この後皆様から当地金融経済の実情をお聞きするに当たり、私なりに理解している当地経済の特徴などを述べたいと存じます。

山口県経済の特徴として、(1)成長力のある産業、(2)競争上有利な立地、(3)高い労働生産性、があるとみています。

まず、成長力のある産業についてですが、鉱工業生産指数の構成比をみると、化学が約4割を占めており、次に輸送機械が続きます(図表9(1))。具体的な事業内容でみますと、化学では、太陽電池やリチウムイオン電池などのいわゆる環境関連の成長分野で競争力を有する企業が集まっています。また、輸送機械も裾野産業の広い自動車メーカーが工場を立地しています。

次に、地理的な特徴は、今や世界経済の最大の牽引車となっている東アジアに近接した位置にあることです。本日の会場である下関市を中心にしますと、半径1,000キロメートル圏内には、東京はもちろん、高成長が続く中国の青島(チンタオ)や上海、韓国の釜山などの産業・港湾都市が位置しています。足もと輸出は増加を続けていますが、その牽引役は、東アジア向けの輸出です(図表9(2))。

最後に労働生産性ですが、工業統計では、山口県の従業員一人が生み出す付加価値額は、2008年時点で、47都道府県で1位です。この背景としては、生産現場における機械化の進捗が考えられます。実際に、同じく工業統計で山口県の製造業の資本装備率——有形固定資産の額を従業員数で割った比率——をみると、47都道府県中5番目に位置しています。もっとも、機械化がいかに進んでいても、それを使いこなせる人材の存在も欠かせません。この点については、山口県内の工業高校は、県内外の企業からも評価される高い実力を備えた人材を育成していると下関支店は分析しています 8。下関市内だけで工業高校が確か2つあります。中学校の同級生も数多くそちらに進学したのをよく憶えています。このように、生産設備と人材の両面での強さが相俟って、高い労働生産性を実現していることが、山口県の大きな強みになっていると考えられます。

また、金融面をみると、先ほど少し詳しくお話した私どもの「成長基盤強化を支援するための資金供給」に倣い、県下の金融機関は独自に成長を支援するためのファンドを立ち上げるなど、積極的に企業のサポートに向けた取り組みをおこなっておられます。

こうした強みを活かし、山口県経済は、輸出や生産を中心に、リーマンショック後の落ち込みが比較的浅く、早期に立ち上がった後、足もとは緩やかに回復しています(図表9(3))。短観調査を用いて企業収益の動向をみましても、山口県の企業規模でみて比較可能な全国中小企業に先駆けて、山口県企業は2009年度に既に増益に転じています(図表9(4))。

しかしながら、山口県経済も、例に洩れず労働力人口の減少という重い課題を抱えています。人口は、1985年をピーク(162万人)に、足もとでは145万人まで減少しています。また、人口構成も、2008年で、65歳以上人口比率が27.5%で都道府県中4位、15歳未満人口比率が12.6%で同38位と、少子高齢化の先進県となっています。

日本全体にとっても重い課題である人口減・少子高齢化を、明治維新と日本の近代化をリードした山口県人の気概をもって克服していただきたいと思います。

私からは以上です。長らくのご清聴、ありがとうございました。

  • 8 山口県金融・経済レポート「高校新卒者の就職状況にみる山口県の工業高校の強さと魅力」2010年5月(日本銀行下関支店のホームページに掲載しています)。

以上