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【挨拶】金融セーフティネットの重要性と中央銀行の役割

国際預金保険協会主催・国際コンファランスにおける挨拶の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2010年10月27日

目次

  1. 1. はじめに
  2. 2. 金融システムの安定と金融セーフティネット
    1. (1)国際的な議論の現状
    2. (2)金融セーフティネット整備におけるバランス確保の重要性
  3. 3. 金融システムの安定における中央銀行の役割

1. はじめに

本日は、国際預金保険協会(International Association of Deposit Insurers、IADI)主催の国際コンファランスでご挨拶する機会をいただき、大変喜ばしく、光栄に存じます。

リーマン破綻をきっかけに世界的な金融危機が発生してから、早くも2年が経過しました。この間、各国当局は、危機の深化を防ぐべく懸命な取り組みを行ってきました。そうした中で、預金保険制度をはじめとする金融セーフティネットの役割の重要性が改めて認識されるようになりましたが、それと同時に、将来、今回のような危機を再び起こさないという観点からみると、金融セーフティネットにはまだ課題が残っていることも明らかになっています。

金融セーフティネットにおいて預金保険制度は中心的な役割を担っています。それだけに、今回のコンファランスのように、世界中の預金保険機関や関係当局の皆様方が、金融セーフティネットの将来について、直接顔を合わせてしっかりと議論する機会を持つことは非常に大事なことだと思います。

私からは、実効性の高い金融セーフティネットのあり方を考える上での幾つかの論点を整理するとともに、金融システムの安定における中央銀行の役割についてお話しすることで、ご挨拶に代えさせていただきます。

2. 金融システムの安定と金融セーフティネット

(1)国際的な議論の現状

現在、頑健な金融システムの構築を目指して、国際的な場で様々な議論が行われています。具体的には、(1)金融規制監督の強化、(2)実効性の高い破綻処理制度の整備、(3)預金保険の保護上限の引き上げ、(4)金融市場インフラの整備、などがその例です。これらは、金融機関の破綻を未然に防ぐという観点と金融危機を拡大させないという両方の観点から行われているものですが、いずれも様々なショックから金融システムを守るという意味で、やや広い意味での金融セーフティネット整備に貢献していくものと言えます。

これらの点について最近の話題をいくつか紹介しますと、金融規制に関しては、先月、バーゼルにおいて自己資本の質と量に関する新たな枠組みが合意されました。今回の合意は、わが国の銀行にとって、内部留保の蓄積などの経営努力によって達成可能な内容となったと考えていますが、邦銀においては、引き続き収益力の強化と自己資本の充実を図っていくことが求められます。今後は、システミックに重要な金融機関(SIFIs)に関するモラルハザードの問題——いわゆる「Too big to failの問題」——にどう対応していくかが、国際的な場での主要課題です。この点では、現在、FSB(金融安定理事会)を中心に、SIFIsに対する追 加的な措置のあり方が議論されています。また、預金保険については、今回の危機の際、米欧やアジア諸国を中心に、時限措置として預金の全額保護や保護上限の引き上げといった措置が採られましたが、その後これらの一部を恒久的措置とする動きもみられています。

(2)金融セーフティネット整備におけるバランス確保の重要性

こうした金融セーフティネットの整備は重要なものですが、単に拡大・強化していけば良いというものでもありません。長い目でみた金融システムの安定維持を考えると、さまざまな面で「バランス」を確保していく必要があります。以下では、この「バランス」というキーワードを用いながら、金融セーフティネットのあり方に関するいくつかの重要な視点についてお話しします。

規制の強化とマクロ経済のバランス

第1は、規制の強化とマクロ経済とのバランスです。世界経済は昨年春頃から持ち直してきていますが、米欧のバランスシート調整は未だ道半ばの状況です。また、先進国の多くはゼロ金利制約に直面しており、財政再建も大きな課題となっています。こうした状況にあるだけに、現在同時に検討されている様々な規制の見直しが、全体として世界経済の回復を阻害しないようにすることが大切です。

金融セーフティネット整備とモラルハザードのバランス

第2は、金融セーフティネットの整備とモラルハザード抑制とのバランスです。金融機関の破綻を出来るだけ未然に防ぐことや、万が一金融機関が破綻した場合に預金者などを保護することはもちろん必要です。しかし、そうした措置によってモラルハザードが生じると、長い目でみた金融システムの安定にとっては、望ましいことではありません。

この点、先ほど申し上げたとおり、システミックに重要ないし「Too big to fail」とみなされ、それゆえ、暗黙の公的サポートを受けているとされるような金融機関に関するモラルハザードへの対応が議論されています。こうしたSIFIsに関する「Too big to fail」問題への対応は、金融機関のイノベーティブな活動や市場のダイナミクスを確保しつつ、過度のリスクテイクをいかに抑制するかというバランスの観 点からも重要な課題です。

そう申し上げたうえで、SIFIsに関連する問題について具体的な対応を検討する際には、いくつかの点に留意する必要があると考えています。まず、SIFIsとして取り扱われることが市場で明らかとなると、それがかえってモラルハザードを生じさせる可能性があるという点です。また、わが国の金融危機の経験を踏まえると、ある金融機関の破綻がシステミックリスクを惹起するかどうか、言い換えれば、ある金融機関がSIFIであるかどうかは、その時々の金融システムの状況や破綻処理制度の実効性などにも依存するという点です。さらに、モラルハザード回避という問題の本質を考えると、SIFIsへの対応のあり方は、危機の予防と波及の防止、規制と監督のバランスのあり方など幅広い観点から検討する必要があるという点です。したがって、具体的な対応のあり方としては、自己資本の追加賦課(資本サーチャージ)だけではなく、それと代替関係にある手段、すなわち流動性の追加賦課(流動性サーチャージ)や監督上の措置、破綻処理の実現可能性の向上なども含めた様々な選択肢の中から、各国が金融システムの実情に応じて最適な手法ないしその組み合わせを選択することが適当と考えています。

セーフティネットの規模における地域間のバランス:協調の必要性

第3は、セーフティネットの規模における地域間のバランスです。金融機関の活動はグローバル化しており、各国の金融機関の相互連関性も高まっています。また、個人の金融資産をみても、外貨預金や外債をはじめ、海外の金融資産のウェイトが高まっています。こうした中で、金融セーフティネット整備の面でもクロスボーダーの視点を意識する必要性が一段と高まっています。

例えば、預金保険の分野では、欧州において2008年秋に預金保険の保護上限の格差をきっかけとして大規模な預金シフトが生じました。また、アジア諸国では、自国の金融機関の国際的な競争条件の維持を理由に預金保険の保護上限を引き上げる動きもみられました。こうした事例は、預金保険制度の設計においても、各国間の協調の重要性が高まっていることを示すものです。

また、破綻処理の面でも、リーマンの破綻の経験を踏まえ、クロスボーダーでの円滑な破綻処理を可能にする必要性が指摘されるようになっています。もとより、各国の法制度はそれぞれの国の社会システムに関わる問題であり、各国の破綻処理方法自体を収斂させることは容易ではありませんし、必ずしも適当とは言えません。しかし、少なくとも各国の当局が互いの破綻処理制度を理解し合い、実際の処理に際しても円滑なコミュニケーションを取っていくことの重要性 はますます高まっています。危機の経験を踏まえ、国際的に重要な金融機関について、各国の監督当局や中央銀行などの間で危機管理グループが設置されたことはこの面での大きな前進ですが、今後も関係当局の間で着実な努力を続けていくことが必要と考えています。

3. 金融システムの安定における中央銀行の役割

金融セーフティネットに関しては、今回の金融危機を経て、金融システムの安定における中央銀行の役割が再認識されつつあります。そうした中で、米欧を中心に、中央銀行にマクロ・プルーデンス面での役割を明確に付与する動きや、監督権限を移す動きも広がっています。

この点、日本銀行は、従来からミクロ・マクロの両面で、金融システム安定上の役割を担ってきています。すなわち、ミクロ・プルーデンスの面では、日本銀行は、証券会社も含め幅広い先に考査やモニタリングを行い、必要に応じてリスク管理や経営状況の改善を促すための助言・指導を行っています。一方、マクロ・プルーデンスの面では、金融市場の状況や金融機関から得られた情報も活用しつつ、金融システム全体を分析・評価し、政策に活かしています。今回の金 融危機に際しても、マクロ・プルーデンスの観点から、金融機関からの株式の買入再開や金融機関に対する劣後ローンの供与を実施しました。

このように日本銀行は、わが国の金融システムの安定性を確保するうえで、重要な役割を果たしてきていると考えています。私どもとしては、金融システムの安定維持に向けて、ミクロ・プルーデンス、マクロ・プルーデンス両面の観点から、今後とも努力を続けていく所存です。

ご清聴有り難うございました。

以上