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【講演】電子取引と金融市場

パリ・ユーロプラス国際金融フォーラムにおける講演の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2010年11月29日

目次

1. はじめに

この度は、パリ・ユーロプラス主催の国際金融フォーラムで講演する機会を頂戴し、喜ばしく光栄に存じます。また、私どもの長年の友人であるフランス中央銀行のノワイエ総裁と御一緒できることを大変嬉しく思います。パリ・ユーロプラスは、金融業の成長と金融市場の発展に関して重要な役割を担っており、金融業に関わる幅広い分野からお集まりの皆様がさまざまな議論を行う場を提供しています。皆様方のご尽力に敬意を表します。

2008年の金融危機の後、主要国の経済成長が大きく鈍化する中で、金融業が今後どのように信頼を取り戻し、マクロ経済の成長基盤を強化していくかは、今までになく重要な問題となっています。本フォーラムは、新しい成長機会に向けた金融業の位置付けについて議論する時宣にかなった機会です。金融業における成長戦略の軸は、国内外における成長分野の開拓を進め、そうした分野にリスクマネーを円滑に供給することです。同時に、マネーを供給するためのチャネルである金融市場のインフラの拡充も進めていく必要があります。

この点、情報通信技術の発展は、金融市場の構図をすでに変化させてきています。金融機関にとって情報通信技術は、取引や決済の効率化、金融商品の公正価値やリスクの評価を行ううえで、すでに強力なツールとなっています。

本日は、この情報通信技術によって、近年最も顕著に変化し、発展を遂げてきている金融商品の電子取引に焦点を当ててお話させて頂きます1

  • 1 以下の内容は、部分的に次の文献に基づいている:杉原 [2010]、「取引コストの削減を巡る市場参加者の取組み:アルゴリズム取引と代替市場の活用」、IMESディスカッション・ペーパー・シリーズ 2010-J-26、日本銀行金融研究所.

2. 世界的な電子取引の拡大とわが国市場の動向

はじめに、世界的な電子取引の流れを概観すると、大きく2つの側面があります。1つは、取引の発注や執行を自動化する、いわゆるアルゴリズム取引です。もう1つは、市場における注文の付け合わせを大きく高速化かつ効率化する次世代の注文付け合せシステムです。どちらも古くは1980〜90年代からありましたが、情報通信技術の進展を背景に、近年その利用が世界的に拡大し、急速に伸びています。

こうした電子取引の拡大は、主要国の株式市場と為替市場において顕著です。最近の各種調査や学術研究によれば、株式市場では、米国で売買代金の60〜70%程度2、欧州で50%程度3に達する注文が電子的・機械的に執行されていると指摘されています。為替市場においても、取引の半数前後にアルゴリズムによる注文が関連しているとの推計4があります。

わが国の株式市場においては、こうした電子取引は米欧に比べまだ小規模ですが、このところ注目が集まってきています。東京証券取引所(東証)では、現物株式等の新売買システムであるアローヘッドが今年初めにカットオーバーし、順調に稼動しています。アローヘッドによって、現物株式の注文執行にかかる時間が数ミリ秒の水準にまで短縮されるという目覚ましい変化がもたらされました。また、大阪証券取引所でも、来年2月にJ-GATEという株式の派生商品売買に係る高速な新システムのカットオーバーが予定されています。欧州の多角的取引システム(multilateral trading facilities: MTF)に相当するわが国の私設の取引システム(proprietary trading systems: PTS)については、市場全体に占めるシェアは小さいものの、取引金額は徐々に増えてきています。

このように市場インフラが発展する中で、わが国株式市場におけるアルゴリズム取引も徐々に拡大しているようです。アルゴリズム取引の規模を示す正式な統計はありませんが、東証への全注文の20〜30%が、機械的な高速売買のために特別に提供されているコロケーション5によって発注されています6。これは、わが国でも電子的かつ機械的な取引の重要性が高まっていることを、間接的に、しかし明確に示唆するものです。

  • 2 次の文献を参照:Hendershott, T., C. M. Jones, and A. J. Menkveld [2011], “Does Algorithmic Trading Improve Liquidity?” The Journal of Finance, forthcoming (February 2011).
  • 3 次の文献を参照:Hendershott, T. and R. Riordan [2009], “Algorithmic Trading and Information,” NET Institute working paper No. 09-08.
  • 4 次の文献の表2を参照:Chaboud, A., B. Chiquoine, E. Hjalmarsson, and C. Vega [2009], “Rise of the Machines: Algorithmic Trading in the Foreign Exchange Market,” Board of Governors of the Federal Reserve System, International Finance Discussion Papers, No. 980.
  • 5 コロケーションとは、注文付け合せシステム等が搭載される取引所の中核的ネットワーク上に、市場参加者の発注システムを格納するサービス。これにより、市場参加者の発注システムと取引所の注文付け合せシステムの物理的な距離が最小化されることになる。
  • 6 東証の資料による。

3. 電子取引の拡大がもたらすポジティブな効果

電子取引による売買の高速化、注文付合わせの場の多様化に伴って、金融市場のミクロ構造も変化しています。まず、市場参加者の取引執行戦略が大きく変化しています。マーケット・メイクや短期的な流動性供給に類似した取引手法として、高頻度取引という執行戦略のプレゼンスが拡大しています。また、トレーダーが経験的に獲得した売買戦略や、数値計算を多用した分析に基づいた多様な執行戦略がアルゴリズム化され、金融市場で幅広い投資家に提供されるようになっています。

こうした変化は、機関投資家が高度な戦略的執行を自ら実現できるというメリットをもたらしました。アルゴリズム取引の多くでは、大口取引に伴う価格変化——いわゆるマーケット・インパクト——を抑制するために、市場の状況に応じて大口注文を小口に分割します。アルゴリズム取引の拡大は、例えば、注文の小口化と注文件数の増加といった、市場の根本的な変化につながっています。

こうした市場のミクロ構造の変化は、投資家の取引コストを低下させ、リスク対比の投資パフォーマンスを改善させるといったポジティブな効果を市場にもたらしています。実際に電子取引の先進国である米国では、マーケット・メイクのコストが低下することで、ビッド・オファー・スプレッドが顕著に縮小してきています7。また、大口取引を想定したアルゴリズム取引は、マーケット・インパクトを抑制するように組まれていることを先ほど指摘しました。こうしたアルゴリズム取引は、日中価格のボラティリティの安定に寄与するとの実証結果もあります8。このように、アルゴリズム取引は、平常時のほとんどの時間、市場価格の安定に貢献している可能性があります。

もう1点、電子取引は、情報伝達速度を速めるというポジティブな効果をもたらします。アルゴリズムによって、銘柄間・市場間の裁定取引が機械的に高速に行われるようになってきていますが、これは、金融市場の効率性を高め、希少な資源の配分の効率化に寄与するだろうと考えられます。

  • 7 脚注2に記したHendershott et al. [2009] のFigure 1〜3を参照。また欧州でも、近年のMTFの拡大に伴い取引コストが低下していることを示した実証分析がある。詳細は次の文献を参照:Brandes, Y. and I. Domowitz [2010], “Alternative Trading Systems in Europe: Trading Performance by European Venues Post-MiFID,” Journal of Trading, 5(3), pp.17-30.
  • 8 脚注4に記したChaboud et al. [2009] を参照。

4. 電子取引をめぐる3つの課題

電子取引の拡大をめぐっては、前述のように多くのポジティブな効果がある一方で、金融市場が適切に機能するうえでのネガティブな側面もあります。ここでは3つの重要な課題を指摘したいと思います。

第1に、電子取引によってもたらされた市場の脆弱性、すなわち、アルゴリズム取引は予想外の出来事に対し脆弱な面があることが挙げられます。本年5月6日に、米国株式市場で数十分間の価格の乱高下——いわゆるフラッシュ・クラッシュ——が発生しました。米国の商品先物取引委員会と証券取引委員会は、共同でこれを調査しました。その共同報告書9によると、アルゴリズムによる1つの大口売り注文の自動執行が他のアルゴリズムを混乱させたと指摘されています。市場参加者の多くが——それが人間のトレーダーであってもアルゴリズムであっても——買い注文の執行を見合わせた結果、市場流動性が急減するとともに、異例なほどの価格の乱高下を引き起こしたと分析されています。また、アルゴリズムによる裁定取引がその影響を拡大させ、幅広い銘柄で価格の瞬落を招いたとされています。

アルゴリズム取引が平時に市場の安定に寄与する可能性があるといっても、それは、想定外の出来事や未知の不確実性(unknown unknowns)が顕在化していない状況に限られます。機械的なアルゴリズムは、想定外で前例のない出来事に対して、良識を持った人間のように適切に対応できるわけではないでしょう。このような状況においては、コンピュータよりも人間の脳の方が上手く機能します。したがって、人間とアルゴリズムの相互補完的な関係が必ず必要となるのです。特に、高速なアルゴリズム取引を前提としたサーキット・ブレーカーなど、市場制度面の対応も考えていく必要があります。

わが国の株式市場も、こうした市場の混乱と無縁ではありません。過去何度か大規模な誤発注が即座に約定された経験があります。こうした経験を踏まえ、わが国の証券会社には、誤発注の執行防止の観点から、一定規模を超える大口の顧客注文の市場への発注を制限することが求められています10。また、高速な取引を前提とした市場制度面の対応も新たに行われています。東証では、アローヘッドのカットオーバーに合わせるかたちで、決められた値幅を超える急速な買い上がり・売り下がりに対して、1分間取引を停止する制度が導入されています。

電子取引、とりわけ高頻度な取引をめぐる第2の問題点として、新たな相場操縦の可能性と、売買が高速化する中で、そうした違法行為をどのように防止・摘発するかという点が挙げられます。アルゴリズム取引では、市場の需給の不均衡を把握するために指値注文板情報を細かく参照し、取引に活用することがあります。そうした情報収集行為は、人間のトレーダーも同じように行うことがあり、それ自体は市場が正常に機能するために必要です。しかし、違法な相場操 縦が、そうした情報収集行為を隠れ蓑とする可能性があります。過去に違法な相場操縦を摘発する際には、多くの時間と複雑な調査を要しました。高速なアルゴリズム取引によって問題となるのは、違法な相場操縦が巧妙化し、摘発がさらに困難化することです。

とりわけ、アルゴリズム取引に特有の相場操縦が懸念されています。例えば、視覚的に確認できない瞬間的な見せ玉により他者のアルゴリズムを意図的に誘導し、自己の取引に有利な方向に価格を操作しようとする悪質な手口が現われるかもしれません。こうした企てはアルゴリズム特有と言えるため、伝統的な手法で発見するのは困難であり、摘発のためには膨大な注文データを精査する必要があります。その際にも情報技術を駆使するのが最も効果的だと考えられます。 別の言い方をすれば、規制当局や市場監督に携わる者は、時間はかかりますが、高速化する違法行為に対応できる技術力を高めていく必要があるでしょう。

第3の問題点は、市場への流動性供給について、高頻度取引への過度な依存を回避するにはどうしたらよいかという点です。これは、前の2つの問題点と比べてより技術的ですが重要です。フラッシュ・クラッシュの共同報告書の背後にある研究論文11は、興味深い事実を発見しています。同論文は、価格急落の終盤にかけて流動性が急減する中で、一部の高頻度取引業者が売買を活発化したと指摘しています。これは、流動性が急減した市場、すなわち平時に高頻度取引業者の取引相手となる市場参加者が不在となった市場において、こうした高頻度取引業者の間でアルゴリズムによる機械的な高速売買が繰り返されたことを示唆しています。こうした状況は、ごく短い時間に価格のボラティリティを高めたと考えられます。

ここで注意しておきたいのは、高頻度取引業者は、市場に指値注文で流動性を供給し、それが約定されてポジションが構築されたとしても、即座に反対売買を行いポジションを閉じようとすることです。それゆえ、彼らは「高頻度」取引業者と呼ばれているのです。これを踏まえると、高頻度取引業者以外の市場参加者の需給が大きく偏る中では、高頻度取引によって供給される短時間の流動性だけでその偏りを均すことは非常に困難となります。また、高頻度取引業者は、 市場のファンダメンタルズではなく、むしろ微小な価格変化の方向性に応じて売買するため、仮に需給の不均衡がある中で、そうした機械的なトレーダーが市場の大勢を占めた場合には、市場価格がファンダメンタルズから急速に乖離していく可能性があります。フラッシュ・クラッシュは、これを示す顕著な例といえ、事実、想定された価格の安定とは正反対のことが起きました。

このように考えると、市場の多様性——売り手と買い手、投資戦略、参照情報の多様性——が非常に重要であることが分かります。市場が正常に機能するためには、高頻度取引業者以外の投資家と高頻度取引業者の双方を含む、多様な主体が市場に参加することが重要であることを強調しておきます。金融市場における電子取引の影響を理解する上で、高頻度取引だけに注目するのは、むしろ誤解を招きます。

  • 9 U.S. Commodity Futures Trading Commission and Securities and Exchange Commission [2010], “Findings Regarding the Market Events of May 6, 2010.” 同報告書は、次のウェブサイトから入手可能:http://www.sec.gov/news/studies/2010/marketevents-report.pdf
  • 10 日本証券業協会「協会員における注文管理体制の整備に関する規則」の第5条を参照。
  • 11 次の文献を参照:Kirilenko, A., A. S. Kyle, M. Samadi, and T. Tuzun [2010], “The Flash Crash: The Impact of High Frequency Trading on an Electronic Market,” preprint. (http://ssrn.com/abstract=1686004から入手可能)

5. 結び

以上申し述べたように、情報通信技術の発展は金融業全体に波及し、成長と効率化への新たな機会を提供しています。同時に、市場の安定性と信頼性を維持する上での重大な課題も提示しています。そうした機会を効果的に活用するには、急速な技術進展に対し、金融市場さらには金融システムの安定性・信頼性を維持するための取り組みを、私たち金融関係者が協力してタイムリーに進めることが求められます。

日本銀行も、市場参加者の一員として、金融システムの安定と効率化、そして信頼性の確保のために引き続き貢献して参りたいと考えています。

御清聴有難うございました。