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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

名古屋での各界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 白川 方明
2010年11月29日

目次

1. はじめに

日本銀行の白川でございます。本日は、中部経済界を代表する皆様方とお話する機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、皆様には、平素より、私どもの名古屋支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

当地は、わが国最大の輸出拠点のひとつということもあり、3か月ごとに開催される支店長会議では、私を含め多くの出席者が、名古屋支店長の最新の状況に関する報告をいつも大きな関心をもって聞いています。本日は、私自身、皆様から直接ご意見をお聞きできることを嬉しく思っています。皆様との意見交換に先立ち、最初に、私の方から、内外の経済金融情勢についてご説明し、そのうえで、日本銀行の金融政策運営についてお話します。

2. 海外経済の動向

それではまず、海外経済の動向についてご説明します。

海外経済は、2008年秋のリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに急激かつ大幅に落ち込んだ後、2009年春頃には下げ止まり、同年後半以降、急速に持ち直しました。その後、回復初期局面における在庫復元の動きが一巡し、財政面での需要刺激効果も減衰してきたことから、現在、海外経済の成長ペースは幾分鈍化しています。もっとも、多くの国際機関などでは、経済の回復基調そのものが途切れることはないとみており、2011年以降は、内需を中心に高い成長を続ける新興国を牽引役として、海外経済全体の成長率が再び高まっていく姿を想定しています。日本銀行も、これと同様の見方に立っています。因みにIMFでは、2011年、2012年の世界経済の成長率を、それぞれ4.2%、4.5%と予想していますが、これは、世界的に高い成長率を記録した金融危 機前10年間の平均を上回る数字です(図表1)。

もっとも、こうした先行きの見通しには、いくつかの不確実性があります。第1の不確実性は、先進国経済におけるバランスシート調整の帰趨です。米欧先進国の経済は、家計の過剰債務、企業の過大な生産能力、金融機関の不良債権を処理するプロセス、つまり、バランスシートの修復・調整のプロセスにあります。この間は、家計や企業は債務の返済を優先し、支出を切り詰めざるを得ません。金融機関においても、前向きの融資対応力は低下しがちです。そうしたもとでは、生産・所得・支出の好循環メカニズムはなかなか作動しません。このため、調整が完了するまでの間、先進国経済については、上方に弾みにくく、下方に振れやすい展開が続く可能性を意識しています。第2の不確実性は、高い成長を続ける新興国経済が、今後、持続可能な成長経路にソフト・ランディングできるかどうか、という点です。現在、多くの新興国は、金融緩和策の修正を進めています。これは、短期的には新興国経済の下振れ要因になりますが、適切に運営されるならば、景気の過熱を抑え、より息の長い経済成長を実現していくという点で、世界経済にとってプラスの方向に作用すると考えられます。

このほか、第3の不確実性として、先進国と新興国の景気回復ペースに大きな乖離があることが、将来のリスクの発生と伝播のメカニズムを一層複雑なものとしていることが指摘できます。米国や欧州先進国は、極めて緩和的な金融政策を続けています。これによる金利の低下は、国内経済の下支えに寄与していますが、同時に、先進国から新興国に対し、収益機会を求めて資金が流れ込むという現象も生んでいます。こうした資本移動の最も基本的な要因は新興国の高い成長力ですが、先進国の金融緩和も影響しています。今月初めに決定された米国FRBによる大規模な金融緩和に関し、新興国は、資本流入の加速による景気の過熱や、将来の先進国の政策変更によって生じ得る資本の逆流に対して、強い懸念や不安を表明しています。仮に新興国でバブルの発生と崩壊という事態が生じると、当該新興国だけでなく、先進国を含め世界経済全体にも大きな影響が及ぶことになります。

一方、新興国の為替レート制度の運営についても、様々な議論が行われています。新興国の為替レート制度が十分な伸縮性を欠き、ファンダメンタルズに比べて低い為替レートが続けば、先進国からの資本流入の影響も含め、当該新興国の景気を過度に刺激し、経済や金融に行き過ぎとその巻き戻しを生じさせる可能性があります。こうした為替レートを巡る新興国の議論を聞くにつけ、私自身は、ニクソン・ショックやプラザ合意以降のわが国経済の推移や、折々行われた国内での様々な議論を思い出します。

各国の政策当局は、以上のような世界経済の動向を踏まえたうえで、適切に対処していく必要があります。この点については、次の2点を強調したいと思います。第1に、各国の政策当局は、あくまでも自国経済の安定に責任を有しているということです。このことは、どの時代にあっても変わりません。第2に、しかし、経済・金融のグローバル化の進行とともに、そうした責任を果たす方法は変化してきているということです。金融政策や為替政策についても、自らの政策や行動が世界経済や国際金融市場にどのような影響を及ぼし、その結果として、自国経済にどう跳ね返ってくるか、というグローバルな波及経路を意識する必要が高まっているように感じています。この点、わが国はバランスシート調整や量的緩和、さらにはプラザ合意以降の政策運営を含め、先進国と新興国が現在直面している様々な問題について、経験と教訓を有しているだけに、積極的に発言し、世界経済の安定に貢献していきたいと思っています。

3. 為替市場の動向

次に、こうした海外経済の動向を念頭に置きつつ、為替市場の動きについても触れたいと思います。本年夏場以降、米国経済の不確実性に対する市場の懸念と、これを反映した金融緩和期待などから、ドルは、貿易金額で加重平均した名目実効為替レートでみて1970年代以降の最低水準にまで下落し(図表2)、円の対ドルレートも、一時1ドル80円近くまで上昇しました。もっとも、今月初めに米国FRBが追加金融緩和策を決定した後は、逆に、幾分円安・ドル高方向で推移しています。この間、アジア通貨と円との関係をみると、人民元は、中国当局の方針を反映して対ドルレートと概ね同じ動きで推移しています。韓国ウォンについては、本年春頃に円高の動きが進みましたが、その後は概ね横這い圏内の動きとなっています(図表3)。

円高は、短期的には、輸出企業の収益や採算を圧迫する要因ですが、その影響は貿易構造によって通貨ごとに異なり、一様ではありません。例えば、日本と韓国は、家電や自動車といった多くの最終製品に関し、近年グローバル市場において競合関係を強めているため、通貨価値の相対的な関係が、両国の輸出品の競争力に大きく影響します。一方、日本と中国の貿易関係をみると、国際的なサプライ・チェーンの中で相互に補完し合う面が相対的に強いため、為替レートの影響の仕方は異なります。このような点については、各地の支店からも報告が寄せられていますが、日本銀行では、そうした点も意識しながら、為替レートの動きとその影響を重大な関心をもってきめ細かく点検しています。

円高は、やや長い目でみると、輸入物価の下落を通じ、交易条件の改善、すなわち、日本全体の実質所得の増加に繋がるという効果も有しています。日本銀行としては、こうした長期的な観点から、為替市場の動向が日本経済にどのような影響を与えるか、また、そうしたもとで、企業がどのような取組みを進めようとしているのかといった点についても注意を払っています。

4. わが国経済の動向

次に、わが国の景気動向についてお話します。ここで言う「景気」とは、GDPや企業収益、雇用など、各種の指標で測った経済活動の短期的な動きを指しています。一方、企業の皆様が「景気」と言われる場合は、地域や業界の、より構造的ないし長期的な要因を反映した「景気」のことを指しているように感じています。そうした微妙な違いがあることを認識したうえで、まず、経済の短期的な動きという意味での景気についてご説明します。

わが国の景気は、海外経済の回復に伴う輸出・生産の増加や耐久消費財に関する政策措置の効果などを背景に改善を続けてきましたが、秋口以降、改善の動きに一服感がみられます。輸出は、情報関連財の在庫調整や海外経済の減速などを背景に、このところ、横這い圏内の動きとなっています。個人消費についても、エコカー補助終了前の駆け込み需要の反動などがみられています。こうした動きを受けて、生産の増勢は一服しています。先行きについても、海外経済の減速や各種政策効果の減衰、さらには、これまでの円高の影響などから、当面、景気改善テンポの鈍化した状況が続く可能性が高いとみています。もっとも、2011年度入り後は、わが国経済は、緩やかな回復経路に再び復していくと考えられます。これは、情報関連財の在庫調整が進捗するほか、追加的な政策措置が採られた米国や金融緩和の修正等に伴う軽度の調整局面から脱する新興国の経済成長率が再び高まることから、輸出が増勢を取り戻すとみられるためです。また、企業収益の改善とともに、設備や雇用の過剰感が徐々に解消し、企業や家計の支出活動も活発化していくと見込まれます。2012年度についても、輸出・生産から所得・支出への波及メカニズムが強まり、2011年度を上回る成長が続くと考えています(図表4)。

続いて、物価動向についてご説明します。わが国の消費者物価は、昨年夏に前年比‐2.4%という大幅な下落を記録しましたが、その後、前年比下落幅は着実に縮小してきています。10月の前年比は、高校授業料の実質無償化等の影響を除くと、‐0.1%にまで縮小しました。先行きについても、マクロ的な需給バランスが徐々に改善していくことなどから、消費者物価の前年比は、2011年度にはプラスの領域に入り、その後、2012年度にかけてプラス幅を拡大していくと見込んでいます(図表5)。

もちろん、経済は常に変動しており、こうした見通しにも大きな不確実性があります。また何よりも、後ほど述べるとおり、わが国経済は、趨勢的な成長力の低下という構造的な問題に直面しています。こうした中にあって、日本銀行としては、先ほどご説明した海外経済を巡る様々なリスク要因を含め、わが国経済が物価安定のもとでの持続的成長経路に向けて着実に進んでいるか、丹念に点検していきたいと考えています。

5. 金融政策運営

次に、金融政策運営についてお話します。

先月初め、日本銀行は、金融緩和を一段と強力に推進するために、次の3つの措置を束ねた「包括的な金融緩和政策」、いわゆる「包括緩和」の実施を決定しました(図表6)。第1に、無担保コールレート・翌日物の金利誘導目標水準を、従来の「0.1%前後」から、「0〜0.1%程度」に変更し、日本銀行が実質ゼロ金利政策を採用していることを、より明確化しました。第2に、金融面での不均衡の蓄積といった問題が生じていないことを条件に、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続することを明確に打ち出しました。第3に、国債やCP・社債、さらにはETFやJ-REITといった多様な金融資産を買入れる基金を創設し、固定金利オペを含め、その総額を35兆円程度としました(図表7)。

これらの措置は様々な経路を通じて景気回復を支える効果を有しています。第1の波及経路は、企業や家計の資金調達コストを引き下げ、民間部門の経済活動を金融面から支援していくことです。FRBのバーナンキ議長は、先日決定した大規模な国債買入れによる追加金融緩和策について、これを量的緩和と呼ぶことは不適切であると言ったうえで、その狙いは、長めの金利を引き下げることにより緩和的な金融環境を実現することであると説明しています。金利引き下げを通じて緩和的な金融環境を実現するという点では、日本銀行による今回の包括緩和も全く同様です。加えて、今回、日本銀行は中央銀行としては極めて異例ですが、ETFやJ-REITといったリスク性資産を買い入れることにしました。日本銀行の買入れが「呼び水」となって市場参加者の投資姿勢が積極化することになれば、リスク・マネーの仲介の円滑化に繋がり、企業の資金調達環境がさらに改善していくことが期待できます。

第2の波及経路は、「時間軸効果」と呼ばれているものです。今回、日本銀行は、「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく」ことを、明確に打ち出しました。「物価の安定が展望できる情勢」になったかどうかは、日本銀行が別途発表している「中長期的な物価安定の理解」に基づいて判断します。これは、各政策委員が、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率を全体として示したものであり、「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」という形で示しています。通常、景気が回復していく局面では、金融市場において、それまでの緩和的な金融政策がいつ修正されるのか、という点に関する様々な予想が生まれ、先行きの金利水準に対する見通しがばらついてきます。しかし、今回発表したような枠組みがあると、先行きの金利に関する安定的な予想が市場で形成され、長期金利を安定化させる効果が期待できます。このように、「時間軸効果」とは、景気回復が進み、企業収益が改善してくる過程において、特に大きな緩和効果を発揮すると考えています。

第3の波及経路は、企業や家計の心理面に働きかけることにより、経済を下支えしていくことです。今回の措置は、海外経済の減速や円高に伴う悪影響を懸念する企業や家計のマインドを安定化させるうえで、効果があったと考えています。日本銀行は、かねてより、「先行きの経済・物価動向を注意深く点検したうえで、必要と判断される場合には、適時・適切に対応する」と申し上げてきました。中央銀行の政策運営に対する信認は、経済の落ち込みに対する不安感を防 ぐことを通じて、わが国経済の自律回復に向けた動きを後押ししていく力になると確信しています。

以上申し上げてきた包括緩和に加え、日本銀行は、本年6月に、民間金融機関による成長基盤強化に向けた融資や投資の取り組みに応じて、長期かつ低利の資金を金融機関に対して提供する新たなプログラムを導入しました。その背景には、経済の趨勢的な成長力の低下が、企業や家計の成長期待の低下を通じて設備投資や個人消費の低迷をもたらし、これが現在のデフレの根源的な要因になっているという、我々としての判断がありました。この点に関連し、わが国の企業の資金繰りをみると、手許資金は全体として極めて潤沢です。金融機関も貸出を大幅に上回る預金超過状態にあり、余剰資金を国債等の有価証券運用に振り向けています。つまり、キャッシュや通貨が不足している状態ではなく、成長期待の低下などを背景に、投資機会が乏しくなっていることが最大の問題となっています。日本銀行としては、今回の措置がひとつの「呼び水」となることで、こうした問題についての議論がさらに深まり、成長基盤強化に向けた様々な取り組みが進んでいくことを強く期待しています。

6. おわりに

只今も触れたように、また、皆様も日々お感じになっているように、わが国経済が直面している最大の問題は、長期的な成長力の低下にどのように歯止めをかけるかということだと思います(図表8)。その点について、わが国全体として有効な解を見出し得ていないことが短期の景気動向にも影響を与えていますし、デフレの根源的な原因にもなっています。経済成長率の基調は、就業者と就業者一人当たりの生産性の伸び率で決まります。わが国では、労働力人口は1998年をピークに、総人口は2005年以降、減少に転じています。このため、自動車を含め多くの分野において、既存の国内マーケットは縮小に向かっています。人口動態は所与の条件です。従来の各年齢層毎の男女別労働参加率を前提にすると、向こう10年の間に就業者はさらに減少するという計算になります。このことから自明かもしれませんが、わが国全体の成長力を高めるために必要なことは、労働参加率を高めることと、生産性を上げることです。後者について言えば、今でも、日本の労働生産性上昇率は先進国の中では上位グループに属します(図表9)。それだけに、生産性上昇率を高めることは決して易しい課題ではありませんが、必要なことです。内外において大きな需要増加を享受できるマーケット、すなわち、付加価値を創造し、そのことによって経済全体の生産性を高めていくことが不可欠です。これは、時代の先端を走るような商品だけでなく、例えば、高齢化に伴う各種のサービスについても当てはまります。高齢者の求めるサービスは労働集約的ですが、そうした需要に上手く応えることは、労働所得の増加という形で、付加価値の増加につながります。いずれにせよ、いつの時代も、経済を成長させるエンジンは企業です。金融機関には、企業の前向きな取り組みを資金仲介面から積極的にサポートする役割が期待されています。政府にも、民間経済主体のこうした対応を可能とするための環境整備が求められます。グローバルな競争上、わが国企業が不利になる制度はないか、不断に点検していくことが必要です。現在議論されているFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の今後の展開や、税制や規制のあり方などは、わが国企業の今後の経営戦略に影響を与える重要なポイントです。

我々には、自分達の子供や孫の世代のためにも、日本経済の将来の成長への展望を拓いていく大きな責任があります。そのためには、民間経済主体と政策当局が、それぞれの立場で何ができるかを真摯に検討し、前向きな取り組みを具体的に進めていくことが不可欠です。日本銀行としても、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていきたいと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。

以上