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【講演】成長基盤強化に向けた金融機関の取り組み

関東経済産業局・「金融・産・学・官」連携シンポジウム2010における講演

日本銀行副総裁 西村 清彦
2010年12月2日

目次

  1. 1. はじめに
  2. 2. 企業金融の現状
  3. 3. 企業の成長力強化と金融機関の役割
  4. 4. 成長基盤強化を支援するための日本銀行の資金供給の概要
  5. 5. 金融機関の取り組み状況
  6. 6. おわりに

1.はじめに

このたびは、関東経済産業局主催の「『金融・産・学・官』連携シンポジウム2010」でご挨拶する機会をいただき、大変光栄に存じます。関東地方の企業、地域金融機関、地方自治体、企業の支援機関等、地域経済を担う関係者の皆さまにおかれましては、このように多数お運びくださいましてありがとうございました。皆さまの前で、日本経済、地域の経済を活性化するための日本銀行の新しい取り組みと、それに呼応した金融機関の方々の努力についてご説明させていただけるのは、大変時宜にかなったものと感謝いたしております。

日本経済は、物価安定のもとでの持続的成長経路への復帰という景気循環的な課題とともに、中長期的に成長力を底上げしていくという経済構造上の課題に直面しています。現在、大変な難局にありますことは事実です。これを乗り越え、持続可能な経済成長を実現していかなければなりません。そのためには、企業、金融機関、そして政策当局者が手を携えて各々の立場で地道な努力を積み上げていくことが不可欠です。この意味で、関係者が一同に会して互いの連携を一層深め合うという本シンポジウムは極めて意義深いものと考えています。

ご承知のとおり、日本銀行は、本年6月に、「成長基盤強化を支援するための資金供給」の導入を決定しました。これは、金融機関が成長基盤強化に資するような融資・投資を実行することに応じる形で、日本銀行が金融機関に低利かつ長期の資金供給を行うものです。確かに成長分野への投融資を資金供給の条件とするという意味では、中央銀行として異例の措置です。しかし、この資金供給の狙いは、企業の生産性や競争力の強化に向けた金融機関の果敢な取り組みを支援し、そうした取り組みが大きく発展する「呼び水」としての効果を発揮する、ということなのです。そのため金融機関の幅広い取り組みに対応できるよう、枠組みに工夫を凝らしています。さらに、対象期間ですが、研究開発に典型的にみられるように、成長基盤の強化の成果が実現するには相応の時間を要することから、日本銀行としても、最長4年までの長めの資金で支援することとしています。導入決定以後の状況をみますと、この資金供給に対し、幅広い業態から多くの先が参加するなど、金融機関は極めて積極的な姿勢で臨んでいます。

以下では、まず企業金融の現状に簡単に触れた後(2節)、日本の成長力強化のために金融機関が果たすべき役割について述べたいと思います(3節)。そのうえで、成長基盤強化に対する日本銀行の政策の概要を改めてご説明するとともに、日本銀行の資金供給を通じてみられる最近の金融機関の取り組み状況をご紹介します(4、5節)。これからお話しする内容が本日のシンポジウムでの皆様の議論の一助になれば幸いです。

2.企業金融の現状

企業活動に必要な資金が円滑に提供されることは、景気回復はもとより、日本経済の成長力の強化にとっても欠かせない前提となります。これからわが国の企業金融の現状を、三つの視点からみてみたいと思います。

まず概括的に銀行貸出の状況からみてみます。図表1は銀行貸出の前年比をグラフにしたものです。振り返りますと、2008年9月の米国リーマンブラザーズの破綻の影響を受け、わが国でも企業金融が急速にタイト化しました。具体的には、それまで資本市場から円滑に資金を調達できていた大企業ですら社債やCPの発行が困難化しました。このため、企業は、銀行からのコミットメントラインの追加設定やその引出しなど、銀行借入を通じた流動性確保を急ぎました。また、従来から銀行借入に依存していた中小企業の資金繰りも窮屈化した結果、銀行に対する借入需要は全体として大きく膨らみました。グラフをみると、2008年後半から銀行貸出の前年比が急激に上昇しているのがよく分かります。その後、そうした予備的な資金調達需要の高まりが一巡するとともに、金融資本市場からの資金調達環境が次第に改善したことから、銀行貸出の前年比プラス幅が徐々に縮小しました。大企業は、長期金利が低下する中で、銀行借入から長期の社債発行にシフトする動きも活発化させています。こうした中で、本年入り後は銀行貸出の前年比マイナス基調が定着していますが、これには、企業が総じて厚めの手元流動性を保有していること、また、景気回復の動きが緩やかなものにとどまっている中、企業の運転・設備資金需要がなお伸び悩んでいることが背景にあると考えられます。

借り手の資金需要は、経済・金融環境に応じて変化します。企業金融において大事なことは、借り手が必要なときに必要な資金をスムーズに調達できるかどうかです。この視点から企業金融の現状をみたのが、図表2のグラフです。ここでは、企業側からみた金融機関の貸出態度の判断を示しています。左側のグラフは、金融機関の貸出態度を「緩い」と回答した企業の割合から「厳しい」と回答した割合を引いた値(DI)を示しています。これがプラスの領域であれば貸出態度が緩和的である、マイナス領域なら厳格であるということになります。2008年秋のリーマン・ショック直後の時期には、DIの値がマイナス方向に一気に落ち込み、金融機関の貸出態度が一時厳格化したことが窺われます。しかしながら、その後は状況が徐々に改善し、現在、大企業、中堅企業ではDIはプラスの領域へと回復しています。中小企業では、DIはなおマイナス領域にあり、厳しい状況が続いていますが、それでもマイナス幅が少しずつですが縮小していることが読み取れます。図表2の右側のグラフは企業の資金繰り判断を示していますが、同様に、2008年後半に大きく悪化した後、改善傾向にあります。最近では企業の売上の回復に伴うキャッシュフローの増加も資金繰り判断の改善に繋がっていると考えられます。

次に銀行側から企業金融の現状をみてみましょう。銀行側の貸出運営スタンスをグラフにしたのが図表3です。グラフのプラスの値は銀行が貸出を積極化していること、マイナスの値は慎重化していることを示します。これによると、2008年後半には、大企業、中堅企業向けの貸出が慎重化する時期がありましたが、その後は緩やかに改善していることが分かります。また、中小企業向けの貸出についても、2008年後半から積極化の程度が強まっている様子が見受けられます。こうした融資姿勢変化の背景のひとつには、今回の金融危機に対応して導入された信用保証協会による緊急保証制度が、銀行の貸出姿勢を後押ししてきたことが指摘できます。また、図表4にあるとおり、銀行の貸出金利も2009年度以降大幅に低下しています。

このように、企業金融の実態を把握するには、貸出額の増減のみならず、今ご説明したような借り手、貸し手の双方に関するデータや金利動向も含めて、各種指標を総合的に観察・分析する必要があります。これらによると、中小企業の資金繰りや中小企業からみた金融機関の貸出態度はなお厳しい状況にあり、今後の動向を注意してみていく必要がありますが、傾向としては、企業金融の状況は緩和方向の動きが続いていると判断できます。しかしながら、現状の企業金融が、趨勢的な成長率低下のトレンドを逆転させ、中長期的な成長力を底上げしていくという課題にうまく対応しているかは別問題です。言い方を変えれば、企業の前向きな活動を積極的に「引き出す」ような金融機能が、現在十分に発揮されているか、という点が問題になります。そこで、次に日本経済の成長力強化に向けて期待される、金融機関の役割の重要性に焦点を当ててお話ししたいと思います。

3.企業の成長力強化と金融機関の役割

冒頭述べましたように、日本経済は構造的な成長力の低下という大きな課題に直面しています。そのためには、企業は成長が期待できる分野を掘り起こし、事業を立ち上げあるいは広げていかなければなりません。確かに企業にとって、ここ1、2年の間は、リーマン・ショック後の需要の急激な落ち込みに機動的に対応しつつ、ショックに耐えうる強い財務体質を構築することが最優先の経営課題であったと思います。この結果、企業の財務体質は大きく改善しました。しかし、なお「守り」の姿勢が根強く残っている様子が窺われます。危機の影響が一巡し、営業キャッシュフローが改善した現在でも、法人預金残高は高めの伸びを続けているなど、リーマン・ショック直後に積み上げた手厚い手元流動性を削減する動きはあまりみられていません。

しかしながら、最近では、企業業績が順調に回復する中で、そうした危機対応から抜け出して、国内企業や成長著しい新興国企業との競争に打ち勝つため、商品開発力の強化や海外企業のM&Aといった前向きな取り組みを積極化する企業もみられ始めています。例えば、外国企業との技術提携や販路拡大等により、アジアを中心とした新興国市場の需要を積極的に取り込もうとする動きが加速しています。最近の円高傾向もあって、日本の企業が海外企業を買収する例も増えています。さらに、日本経済の先行きを見据えると、世界最速ペースで進展する高齢化や将来の環境対応ニーズなども視野に入れつつ、新たな時代にふさわしい財・サービスの供給体制を再構築することが課題となっています。

日本経済の成長力の底上げには、こうした新たな経営環境に対応して成長を目指す企業を金融面から支援していくことが重要です。別の言い方をしますと、金融仲介機関の提供するサービスが、経済構造、経営環境の変化に十分対応したものでなければ、こうした企業部門の新たな成長に向けた努力を積極的に「引き出す」ことはできません。金融機関においては、既存の優良企業からの資金需要に応ずるだけではなく、有望な融資案件の発掘力や企業に対する前向きな提案力が、今、求められているのです。この点を金融機関の融資手法に着目して述べてみたいと思います。

「目利き」の原点に戻る

わが国では銀行が金融仲介において主要な役割を果たしている間接金融型のシステムであり、とくに、中小企業はその資金調達のほとんどを銀行に依存しています。日本の銀行は、戦後の経済復興期から高度成長期にかけては、企業の経営動向をつぶさに把握し、融資の返済可能性を見極める情報生産能力、いわゆる「目利きの力」を発揮しながら旺盛な資金需要に対応してきたといえます。同時に、時代が下るにつれて、企業向け融資に際して、不動産担保や個人保証等による保全措置を重視するようになってきたことも特徴です。これは、借り手の信用リスク顕在化の影響を軽減するための有力な手段であり、その当時のわが国銀行システムの健全性の基礎となりました。この「目利きの力」と貸出の保全措置のバランスが、わが国における金融仲介機能の適切な発揮を支えてきたと言えます。

ところが、低成長期への移行に伴い大企業が資金余剰に転化するもとで、「目利き」にコストがかさむ中小企業向け貸出の比重が増大したことや、1990年代以降の資産バブルの崩壊とその後の長期に及ぶ不良債権処理の経験から、貸出資産の保全に一段と重点が置かれるようになりました。こうした中で、本来の「目利きの力」を通じた積極的な融資力が弱まっているように窺われます。そこには、成長期待が低下する中での企業活動の慎重化や、資金需要低迷と貸出利鞘縮小を主因とする金融機関収益力の趨勢的な低下等の要因が複合的、相乗的に作用していますが、ただ今申し上げた不動産担保や個人保証に重きをおく融資慣行も影響していると思われます。

第1は、不動産担保や個人保証に依存する融資手法は、借り手の信用力の裏付けとなる事業キャッシュフローを継続的に把握する力を弱める恐れがあるという点です。銀行が担保として徴求する不動産や個人資産の価値は、融資対象となる企業の事業キャッシュフローの増減とは直接関係しないケースが多くあります。仮に地価が下落し始めると、担保不足が生じてしまい、技術力のある企業が成長機会を見出して資金を必要とするときにも、追加的な融資を提供することができないといった事態が生じえます。また、経済環境が目まぐるしく展開する中で、融資先企業の、本業のキャッシュフローの変化を見過ごし、突然の経営破綻に直面するリスクもあります。

第2は、不動産や個人資産による保全を過度に重視すると、多くの銀行がそれらを豊富に有する大企業や事業経歴の長い企業への融資に傾斜し、新たな企業や事業分野に対する資金供給が行われにくくなるという点も懸念されます。とくに、個人保証への依存は、中小・零細企業の活力や事業承継に関しても影を落とすと考えられます。例えば、事業に失敗した企業オーナーは個人財産をほとんど全て失う結果、新たな事業に再チャレンジすることが非常に困難になります。また、保証提供能力の観点から、企業の後継者は個人資力のある者、典型的にはオーナーの家族に限定される傾向があります。しかし、ライフスタイルが多様化する中で、オーナーの家族が後継者とならないケースが増加しています。活力ある企業を存続させるためには、個人の資力に拘らず、高い技術やノウハウを伝承できる役員や社員が経営者となり、そうした企業に対する融資が継続的に提供される道も確保しておくことが望ましいと思われます。

コベナンツ(契約事項)の活用

では、環境変化の激しい現代において、銀行は融資に当たりどのような工夫を施せばいいのでしょうか。融資慣行の見直しについては、金融界、産業界からこれまで様々な提言が行われ、実際に融資現場においてすでに利用が始まっているものもあります。ここでは二つの例を紹介したいと思います。

ひとつは、コベナンツの活用です。コベナンツとは、貸出契約の中で合意される銀行と借り手企業との間の契約事項です。代表的なものとして、手元流動性等の特定の財務指標を一定数値以上に維持することを求める事項があり、財務制限条項とも呼ばれます。銀行にとっては、これらの約束を交わすことによって、貸出実行時の担保や保証に過度に依存することなく、債務者のキャッシュフローやバランスシートを適切な水準に維持することに役立ちます。コベナンツの実効性を上げるためには、融資後も企業の動向を綿密に調査・把握することが求められますが、そのこと自体、債務者企業の業況変化に応じた銀行の機動的な対応力を高めることになります。

アセット・ベースド・レンディング(ABL)

もうひとつの融資に際しての工夫として、アセット・ベースド・レンディングという手法があります。これは、売掛債権や在庫商品、機械設備等、企業の事業キャッシュフローと密接に関係する債権や動産を担保にとって融資を行う方法です。わが国の中小企業が保有する売掛債権は60兆円を超え、また、在庫商品も40兆円以上に達していますが、現在のアセット・ベースド・レンディングの残高は4~5千億円程度とみられています。それだけに、これらを金融に活用する余地は潜在的には極めて大きいと言えます。

この融資手法を採った場合には、銀行は、信用リスクを管理するうえで、与信実行時の担保評価のみならず、その後も売掛債権や在庫の増減を継続的に把握する必要があります。また、企業は、そのような情報を定期的に銀行に提供することが求められます。このように、銀行・企業の双方で情報把握・提供のコストがかかりますが、企業活動そのものから担保価値を見出すこの融資手法は、不動産や個人財産が乏しい企業が事業に必要な多額の資金を調達することを可能にします。新興企業や中小企業の事業承継にも活用し得るものです。アセット・ベースド・レンディングについては、担保の評価や処分手法等の面で、基盤整備が必要な面もありますが、図表5のグラフのとおり、わが国における市場残高は米国に比べるとまだまだ限定的であり、一段と拡大するポテンシャルは大きいと言えます。今後、金融機関と企業双方の積極的な取り組みにより、幅広く活用されることを期待したいと思います。

以上、企業の環境変化への対応力をサポートするような融資手法面での工夫について申し上げました。いずれも、借り手企業の事業の状況を継続的に調査・把握することが最初から組み込まれた融資手法で、銀行の「目利きの力」の再強化に資する仕掛けと位置付けることもできます。わが国企業の成長力強化に向けて金融面からのサポート力を向上させていくためには、こうした融資手法を含む実務面での工夫と、それを実際に融資現場で活用しようとする経営者の方々の意思が極めて重要であると考えています。

なお、中小企業向け融資のあり方を議論しているのは、わが国だけではありません。金融危機後の厳しい経済環境のもとで銀行融資が減少していることに対しては、海外の政策当局者も高い関心を寄せ、企業が資金調達を円滑に行えるよう各種の施策を講じています。企業、金融機関等の関係者の連携を密にし、中長期的観点から融資実務上の問題点の解決にも注力しています。日本銀行の取り組みのご説明に入る前に、その一例として、米国の取り組みを紹介したいと思います。

米国では、中小企業金融における問題点やその解決に向けた方法を議論するために、中央銀行である連邦準備制度が中心となり、中小企業、銀行、経済団体、政府関係機関、地域開発機関等が集まる会合を全米各地で数多く開催しています。会合を通じて、中小企業向け融資が減少している背景について貸し手、借り手に関わる様々な問題点を整理し、金融が円滑さを欠く背景を洗い出しています。そのうえで、中小企業金融に関する政府の制度や税制、関連支援機関の取り組み、銀行融資実務等について改善を求める参加者からの声を取りまとめています。参考までに、本年7月にまとめられた内容を図表6に掲載しています。連邦準備制度では、これらの情報を踏まえつつ、引き続き、関係者との会合を重ねるとともに、関連するリサーチ活動を積極化するとしています。

4.成長基盤強化を支援するための日本銀行の資金供給の概要

日本銀行も、金融機関の提供する金融仲介機能を高め、それを通じて成長基盤を強化する必要性を強く感じております。そのために日本銀行は、本年6月に「成長基盤強化を支援するための資金供給」を導入しました。この措置の概要は図表7にまとめてあるとおりです。端的に申し上げれば、成長基盤の強化に向けて取り組む金融機関に対し、低利かつ長めの資金を供給しようとするものです。日本銀行の金融機関に対する貸付利率は政策金利とし、現在は0.1%が適用されています。貸付期間は原則1年ですが、その後3回まで借り換えが可能で、つまり最長4年間借り入れることができるようになっています。日本銀行の貸付総額の残高は最大3兆円としています。

本年9月に第1回目の資金供給を実施し、その後、四半期に1回のペースで計8回、2年間にわたり実行する予定です。ちょうど、まもなく第2回目の資金供給を実施します。また、対象金融機関毎の貸付残高の上限を1,500億円に設定することで、大手金融機関のみならず地域金融機関を含めた幅広い先の利用を想定しています。

本資金供給の利用を希望する金融機関は、成長基盤強化に向けた融資・投資に関する「取り組み方針」を策定し、図表8に掲げたような日本銀行の定める一定の要件を満たすことについて日本銀行の確認を受けます。その中では、投融資の対象分野として、「研究開発」、「起業」といった日本銀行が例示する18分野、またこの18分野にあてはまらなくても、各金融機関が自ら「成長基盤強化に資する」と判断するなら、その分野を含めて明示し、投融資資金の具体的な提供方針を提示する、ということがポイントです。そのうえで、金融機関は、各回の資金供給毎に、その直前の四半期中に上記「取り組み方針」のもとで新規実行した投融資の実績を日本銀行に提出します。当該実績のうち、日本銀行が本資金供給の要件を満たしていると確認した金額が、当該金融機関への各回の資金供給額の上限となります。

日本銀行は、金融機関から提出を受けた「取り組み方針」と個別投融資実績が本資金供給制度の趣旨に適合しているかどうかを確認しますが、本スキームの最大の特徴は、金融機関の自主的な取り組みを尊重しているという点です。日本銀行による確認プロセスは、客観的要件への該当性やそれを担保するための金融機関内の体制整備面に主眼が置かれ、日本銀行が個別の業種や企業への資金配分を誘導することはありません。どのような成長分野にどのような投融資を実施するかについて、金融機関の戦略と審査力を尊重しています。先ほど述べたように、成長分野についても日本銀行が例示した18分野に限らず、金融機関が成長に資すると判断するその他の分野を提示することも可能です。金融機関の「目利きの力」をフルに活用したスキームであることがお分かりいただけると思います。

この資金供給の利用を希望する金融機関は、図表9のとおり、業態面でも地域面でも広がりをみせています。当初、6月の初回の対象先選定時には、66先でしたが、その後、地域金融機関を中心に大幅に増加し、現在では143先に達しています。地方銀行、第二地方銀行に加えて、信用金庫の参加もみられるほか、外国金融機関や証券会社等も対象先に名を連ねています。

5.金融機関の取り組み状況

次に、第1回および第2回の資金供給に向けて日本銀行に提出された「取り組み方針」や個別投融資実績等から窺われる、成長基盤強化に向けた金融機関の具体的な取り組み状況についてみていきます。

まず、「取り組み方針」は、全対象先143先のうち、すでに127先が日本銀行の確認を受けています。各取り組み方針は、1ないし複数の成長分野を対象としており、その分布を示したのが図表10です。「医療・介護」、「環境・エネルギー」、「高齢者向け事業」などはほとんどの金融機関が取り組んでいるほか、他の分野もほぼ満遍なくどこかの金融機関が盛り込んでいます。

もうひとつ注目されるのは、日本銀行が例示した18分野以外の独自の分野に取り組む金融機関がみられることです。この図表では、「その他」として示しています。具体的には、事業の多角化や国際化への対応を対象としている取り組みがあります。このほか、とくに地域金融機関の間では、地域経済振興に資する「ものづくり」の支援を掲げる例が目立っています。

こうした「取り組み方針」のもとで実施した個別投融資の状況にも、金融機関の成長基盤強化に向けた姿勢が映し出されています。日本銀行による確認を受けた個別投融資実績は、図表11のとおり、9月初の第1回資金供給時には1,340件、4,786億円、まもなく実施する第2回分は、4,313件、10,564億円となっており、件数、金額とも大幅に増加しています。

投融資1件当たりの金額の分布は、次の図表12にグラフでまとめています。これをみると、「5億円以上」のゾーンの構成比が縮小し、平均金額は第1回の3.6億円から第2回の2.4億円に減少しています。この間に日本銀行の資金供給を受ける裏付けとなる個別投融資が幾分小口化していることが分かります。これは、大手銀行と比べると相対的に小口の融資のウエイトが高い地域金融機関の参加が増加したことが背景にあると考えられます。

次の図表13は投融資の期間の分布を示しています。第1回資金供給時の平均期間が8.2年であったのに対し、第2回のそれは5.8年と短期化しています。これは、日本銀行の資金供給が最長4年間であることに対応した期間設定が増えていることが影響していると思われます。他方で、4年を超える期間を設定している投融資の割合が7割強に達しており、日本銀行からの資金供給を前提とした期間を超え、金融機関独自のイニシアチブに基づく追加期間を含む投融資が多数実施されていることも注目に値します。

これらの個別投融資実績の成長分野別金額をグラフにしたのが図表14です。第1回、2回を通じて「環境・エネルギー」が最大の額を占め、同分野の資金需要が拡大していることが窺われます。

具体的にみると、エネルギー資源の確保や開発に関連する資金として電力や石油開発関係の設備資金が多くみられます。また、自社工場の省エネルギー化や低炭素化の推進に繋がる設備投資や研究開発資金としても幅広い業種向けに資金の供給が行われています。また、廃棄物のリサイクル施設建設や社用車のエコカーへの切り替えのための資金もみられます。

「環境・エネルギー」の次には、「社会インフラ整備」、「医療・介護」が続いており、これらを成長分野として金融機関が積極的に取り組んでいる様子が分かります。具体的には、通信サービスの提供エリア拡大のための資金や、高度医療機器の購入資金向けの貸出が見受けられます。

さらに、今般の第2回資金供給では「アジア投資・事業」が増加していることが目を引きます。高い経済成長を期待できるアジア諸国での事業拡大を目的とした資金需要がみられ、具体的には、現地における設備資金や、現地企業への買収・出資に伴う投融資資金等の例が挙がっています。

そのほか、金融機関が独自に選定した「その他」分野の投融資も、第1回、2回を通じて着実に行われています。地域の「ものづくり」の例では、地場産品を活用した食品関連産業や地域の基幹産業の基盤強化に向けた設備資金等が見受けられます。また、地方自治体の施策と連携した地域産業育成資金の融資もみられます。さらに、金額では最下位の「起業」ですが、小粒ではありますが、首都圏のみならず地方においても、旅館、飲食業等の開業資金やベンチャー・キャピタルを活用した創業支援にかかる融資が多数取り組まれています。これらの具体的な取り組みの例は図表15でまとめています。

このように、日本銀行の成長基盤強化を支援するための資金供給の開始を機に、日本経済の成長力強化に向けて金融機関の取り組み姿勢が積極化している様子が窺えます。もちろん、金融機関の間で、以前からそうした取り組みが行われていたわけですが、日本銀行の資金供給を利用することを前提として、成長基盤強化のための新たな融資枠や投融資プログラムを設置する先が相次いでいます。また、それらを対外的に公表することを通じて、成長力強化に向けて努力している姿勢をアピールし、新たな案件を発掘しようとする金融機関も多いように思います。

さらに、金融機関内部でも、着実に変化の兆しが出ています。

例えば、これまで不十分であった成長分野や成長企業に関する情報の収集・蓄積を営業本部で進め、それを支店支援等の営業推進へ活用する動きがあります。また、傘下のシンクタンクや投資会社等グループ全体での連携を強化し、成長分野における資金供給の企画・提案力向上を図ろうとするケースもあります。また、環境関連や医療・介護分野では、事業リスクが従来型の与信と異なりうる点に着目して、新規分野の与信リスク管理手法を改めて検討するといった先もあります。

これらはいずれも「目利きの力」をサポートする心強い動きです。経営レベルを含めて成長分野にかかる融資戦略を議論する機運が一段と広がれば、過去の不良債権処理や金融危機の経験から萎縮しがちな金融機関の行動が徐々に前向きなものに変化することが期待されます。それこそが、成長に向けた様々な取り組みが始まることへの「呼び水」効果として本資金供給が狙いとしていることなのです。

6.おわりに

以上、日本経済の成長に向けて金融機関に期待する役割を踏まえつつ、日本銀行の成長基盤強化を支援するための資金供給の概要と、そこから垣間見ることのできる最近の金融機関の取り組みを紹介してまいりました。日本銀行の支援措置はまだ始まったばかりですので、その効果を総合的に評価するにはまだ期が熟していません。しかし、金融機関の間でみられ始めている前向きな姿勢が企業の新たな資金需要を発掘し、それがまた金融機関の積極的な融資行動に繋がっていくという、金融と企業の間の好循環が働き始めることを強く願っています。

そのためには、日本経済の成長力強化を目指して、各プレーヤーが戦略的思考を持ち続けることが重要です。企業は先行きの経営環境の変化を見据えながら、先手を打って企業価値創造に取り組むことが肝要です。金融機関は、成長基盤強化に向けた機運を一過性のブームに終わらすことなく、資金の効率的な配分を可能とする円滑な金融仲介機能を磨き続ける必要があります。その際、融資残高の積み上げのみを狙って安価な資金をむやみに配付することは長続きし得ないということも認識すべきで重要な点です。「目利きの力」を活かし、成長可能な企業や事業にリスクに見合った適正な金利を付して貸し出すことが、持続的かつ効率的な金融仲介機能の発揮のための最善の方法です。そして、行政等の当局者、経済団体や各種支援グループは、これらの企業や金融機関の努力を側面からサポートする環境整備に力を入れる必要があります。その場合も、単に民間経済主体の負担を軽減するだけではなく、企業や金融機関の前向きの工夫を引き出すようなインセンティブ付けを意識する施策が効果的と思われます。

本日のシンポジウムのように、産業界、金融界、そして行政関係者等が集まり、企業金融が直面する問題を共有し、その解決に向けたステップを話し合うことは、今後、関係者がそれぞれの戦略を練るうえでの絶好の機会となります。この後のセッションでの議論が有意義なものとなり、本シンポジウムが今後の産業と金融の連携強化に繋がることを期待しています。日本銀行としても、本日ご説明した成長基盤強化を支援するための資金供給が、金融機関の融資戦略や融資手法の変化のきっかけとなることを期待しつつ、関係者の皆様の率直なご意見に耳を傾けながら、中央銀行としての努力を今後も粘り強く続けてまいる所存です。

ご清聴ありがとうございました。

以上