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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

埼玉県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 森本 宜久
2010年12月9日

目次

1. はじめに

日本銀行の森本宜久です。日本銀行では、総裁、副総裁および政策委員会審議委員のいわゆる「政策委員」が、できるだけ頻繁に各地を訪問し、私どもの政策の趣旨をご説明申し上げ、かつ直接ご意見をお聞きして、政策判断に活かすこととさせていただいております。

本日は、県内各界を代表する皆様方にご多忙の中お集まりいただき、お話しする機会を賜り、誠にありがたく、光栄に存じます。また、日頃より調査統計局ほか日本銀行各部署が大変お世話になっております。この場をお借りして厚くお礼申し上げますとともに、今後ともご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

この後、私からは、わが国経済の現状・先行きと金融政策についてお話しし、最後に埼玉県経済について僭越ながら私なりに思うところを若干申し上げたいと思います。私は、東京電力、電気事業連合会と、電気業界一筋で40年強を過ごし、本年7月に日本銀行の政策委員会審議委員に就任しました。1年前には、まさか自分がこうしたテーマでご挨拶することになるとは思いもしませんでしたが、就任以来5か月間で私なりに調べ、考え、判断したことをできるだけ平易にお伝えできればと思っています。その後は、皆様方から当地の実情に即したお話や、忌憚のないご意見を承りたく存じます。よろしくお願いします。

2. 世界経済の現状と先行き

日本経済は、海外との関わりなくして考えられません。ですからわが国の経済を考えるに先立って、まず、世界の動向をみることにします。世界経済は、2000年代半ば以降、中国ほか新興国が存在感を高めていく中で、全体として毎年5%前後の高成長を続けました。しかし、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を境に急ブレーキがかかり、2009年は、前半の落ち込みによってマイナス成長となりました。この急激な落ち込みの要因として指摘されるのが、(1)リーマン・ショック後の金融危機を受けて経済・金融活動が急に萎縮してしまったことと、(2)2000年代半ばに世界的に蓄積されてきた様々な「過剰」を修正する動きが始まったことです。「過剰」と申しますのは、家計の過剰な借入れや企業の過大な生産設備、金融機関の不良債権などを指します。

2009年後半からは、金融危機対応として打ち出された各国政府や中央銀行の施策が効を奏しました。経済・金融活動の収縮が沈静化するもと、需要刺激策の効果が一段と顕在化してきました。もっとも、この景気回復局面で見られた在庫を復元する動きが一巡し、米国などにおいて需要刺激策の効果が徐々に薄まっていく中で、本年夏以降、成長ペースは若干鈍ってきています。これには、新興国において、過熱気味の経済活動を制御する目的から、これまでの金融緩和路線を修正する動きが出ていることも影響しています。

(1)先進国経済

先進国と新興国・資源国に分けて考えますと、まず、米国経済は、緩やかながらも上向きの方向性を維持しています。財政による需要刺激の効果は弱まっていますが、新興国・資源国向けの輸出は増加を続け、個人消費のほか、設備投資も緩やかに増加しています。減税措置の期限切れから落ち込んだ住宅着工は依然低水準ですが、少なくとも一段と落ち込むことはなさそうです。

こうした中、先行きは、輸出の増加と金融緩和を背景に基本的には回復が続くとみています。もっとも、労働市場に目を向けますと、失業率などはまだまだ高い水準にあり、雇用環境の改善ははかばかしくありません。これでは、家計部門などが債務を返済して資産状況を健全にしていく、いわゆるバランスシート調整の足取りが早まるとは考えにくいため、回復ペースは緩やかなものにとどまるのではないかとみています。

次に、欧州経済ですが、ドイツの好調、周辺国のもたつきといった「ばらつき」を伴いながらも、全体としては緩やかに回復しています。輸出と生産がペースダウンしつつも増加し続けているほか、個人消費など内需関連指標も前期比プラスを維持しています。欧州に関しては、差し当たり、先行きも緩やかな回復を続けていくと考えていますが、来年から主要国でも本格化する財政再建の影響は要注意ですし、周辺国の政府や民間の債務問題への懸念を背景とした金融市 場の不安定な動きにも注意していきたいと思います。

(2)新興国・資源国経済

新興国・資源国経済と言いましても多様なのですが、ここでは私達にとって身近で、経済規模も大きな東アジアに絞ってみることにします。まず、中国経済は10%前後の高成長を続けています。輸出については、米国ほか海外経済の減速を受けて増加テンポが落ちていますが、小売売上、固定資産投資といった内需は高い伸びを続けています。韓国、台湾、タイほかのNIEs、ASEAN諸国につきましても、IT関連財の在庫調整などが輸出に影を落としている面はありますが、中国同様、内需主導での経済成長が続いています。

今後ですが、新興国・資源国では、旺盛な国内需要や海外からの資本流入が続くもと、基本的には高めの成長となる可能性が高いと思われます。中国については、政府による不動産取引抑制策などによって経済成長のテンポは調整されると考えられます。ただ、個人消費の拡大が続くもとで高めの成長は維持されると考えて良いと思います。NIEs、ASEAN諸国も、海外からの資本流入が続く中、個人消費や設備投資が増加を続け、景気は拡大傾向を辿るとみられます。

3. わが国経済・物価の現状と先行き

以上の世界経済の整理を踏まえて、ここからはわが国の経済と物価について、それぞれの現状と先行きの見通しをお話ししたいと思います。ところで、日本銀行では、毎年4月と10月に「経済・物価情勢の展望」、いわゆる展望レポートを公表し、2年程度先までの見通しとそう考える材料、また見通しを巡るリスク要因をつまびらかにしています。本日も、ところどころでこのレポートに触れることになると思います。

(1)経済情勢

さて、経済情勢です。7〜9月期の実質GDPは高めの成長となりました。もっとも、ここ最近につきましては、生産の動きからもうかがわれますように、景気の改善の動きに一服感がみられます。この「一服感」の背景としては、エコカー補助金終了前の自動車の駆け込み需要の反動、猛暑効果の反動、海外経済の減速、情報関連財の在庫調整の影響等々、様々なものが挙げられると思います。

需要項目別にみますと、まず実質輸出ですが、最近は全体として横這い圏内の動きとなっています。この背景としましては、(1)韓国、台湾などでの半導体ほか情報関連財の在庫調整の影響、(2)米国経済の減速や、(3)新興国によるこれまでの金融緩和の修正が挙げられますが、(4)自動車などでは為替円高の影響が出ているといった見方もあります。ただ新興国の内需は強いため、輸出はこの先も大きく崩れることはなく、やや長い目でみれば回復してわが国経済を支えていくと考えてよいでしょう。また、輸出の回復により、駆け込みの反動などで当面厳しい生産も、徐々に増加基調に復帰すると思われます。

設備投資については、「持ち直しに転じつつある」という基調判断を続けています。なぜ「転じつつある」なのかと申しますと、企業収益の回復に伴って、今年度の設備投資は前年より増える方向にはありますが、設備過剰感の残存、海外生産シフトの流れ、海外経済の減速、為替円高などのもとで、持ち直しだと太鼓判を押せるような状況には至っていないためです。もっとも、リーマン・ショック後から抑制してきた更新投資や環境対応の投資案件はそれなりに積み上がっているという話もよく耳にします。企業収益は改善基調にありますから、極端な外部からのショックを受けない限り、徐々に持ち直しの動きがはっきりしてくるのではないでしょうか。

次に家計部門ですが、個人消費では、7〜9月まではエコカー補助金の終了やたばこ税引き上げ前の駆け込みがみられ、そこに猛暑の影響が重なりました。しかし現在は、自動車で駆け込みの反動がはっきりみられ、軽自動車を除く自動車販売台数は10月、11月と前年比▲3割前後の大幅な減少となりました。先ほど「一服感」の背景を複数申し上げましたが、そのうち私が最も懸念していたのは、産業の裾野が広い自動車での駆け込みの反動でした。反動減は現実のものとなりつつありますが、問題はその深さと長さがどの程度かです。この点、2009年4月から1年半にわたって需要が先食いされてきた以上、この先も反動減は続くと思います。しかし、景気に対するマイナスの衝撃という点では、最大なのは駆け込みの直後であり、その後は次第に和らいでいくと考えられます。このため、個人消費は徐々に持ち直していくと予想しています。もちろん、雇用・所得環境はなお厳しい状況が続くとみられるだけに、いつ本格回復するかは不透明ですが、段々と持ち直してきた住宅投資とともに注視していきたいと考えています。

こうしたもとで、新興国・資源国主導で海外経済の成長率が再び高まっていけば、わが国経済は輸出増加を起点とした回復経路に復していく可能性が高いと思われます。先の展望レポートでも、2011年度入り後はそのような姿が想定できるという見通しをお示ししました。また、その先の2012年度は、新興国・資源国を中心に海外経済が高めの成長を続けるもとで、輸出・生産から所得・支出への波及メカニズムが強まり、潜在成長率——これは相当幅をもってみる必要があるのですが、日本銀行では0%台半ばと計算しています——これを上回る成長が続くと考えられる、としています。

(2)物価情勢

物価につきましては、国内企業物価は、国際商品市況の強含みの影響などから、当面緩やかな上昇基調を続けるとみています。また、消費者物価指数(除く生鮮食品)については、前年比マイナス幅は基調として縮小を続けていますが、需給バランスが徐々に改善していくもと、この基調に大きな変化はないものと考えられます。

展望レポートでお示しした2012年度にかけての見通しも大枠は同じですが、金融危機後の需要の落ち込み幅が極めて大きかったうえに、景気回復ペースが緩やかなため、需給バランスが改善していくには相応の時間を要するとみています。このため、消費者物価の前年比の改善ペースも緩やかなものとなり、前年比プラスの領域に入るのは2011年度中で、その後、2012年度にかけてプラス幅が拡大していくものと見込んでいます。

4. 先行き見通しを取り巻くリスク

こうした経済・物価見通しに基づけば、日本経済は、時間はかかりますが、デフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長に向けて着実に歩を進めていけると考えられます。但し、経済、物価の両方について様々な上振れ、下振れのリスク要素があるのも事実です。

(1)経済を巡るリスク

展望レポートでは、経済の中心的な見通しを取り巻くリスクとして、(1)先進国経済の動向、(2)新興国・資源国の動向、(3)企業や家計のマインドの動き、(4)企業の中長期的な成長期待の動向の計4項目を挙げました。

ポイントをみていきますと、先進国経済の動向というのは、米国のようにバランスシート調整という重石を抱えた経済は、これが完了するまでの間、上方に弾みにくく、下方に振れやすい状況が続く可能性が高いということです。米国の家計が抱える負債は、所得との比較において依然高い状況です。それから、欧州については、先般アイルランドの国債利回りが大きく上昇したことにみられるように、金融市場において不安定な動きがうかがわれます。また、多くの先進国が積極的な財政政策を実施してきた結果、各国の公的債務残高は大きく増加しており、今後本格化する財政再建策次第では、当該国および世界経済に対する予想以上の下押し圧力となる可能性があります。

次に、新興国・資源国経済の動向ですが、内需を中心に高めの成長を続ける公算が高い中にあって、先進国における大規模な金融緩和の継続を受け、資本流入が加速する可能性があります。株価、住宅価格は既に上がってきています。これらの国の景気が一段と強まれば、輸出の増加を通じて、わが国経済が上振れる可能性があるということはいえます。ただそれが行き過ぎますと、今度は長い目でみて、その後の反転の動きも急激なものとなるリスクもあるため、新興国・資源国経済がソフトランディングし、持続的成長経路に向かうかどうかについては注意深く見てまいりたいと思います。

国内においては、企業や家計のマインドが上下に変化し、それが実体経済に影響を及ぼす可能性に注意が必要です。例えば、為替円高となれば、それを追い風に海外M&Aに踏み切るなどの前向きな動きも出てきますが、輸出企業にとっては収益圧迫要因となりますし、マインドが悪化して国内における企業行動の見直しにつながれば、実体経済に対して悪影響を及ぼす可能性があります。最後に、企業の中長期的な成長期待の動向についてですが、新興国・資源国のインフラ需要や消費需要を取り込むといった積極的な企業活動が強まっていけば、景気が上振れる可能性が出てきますが、他方で、成長期待の低迷が続きますと、国内の設備投資や個人消費が下振れる可能性が出てきます。

私は、いずれのリスク要素も重要で、現段階では上下にほぼバランスしていると考えておりますが、今後も格別の注意を払って見ていくつもりです。

(2)物価を巡るリスク

次に、物価の見通しを巡るリスク要素ですが、(1)今申し上げた経済の上振れ、下振れ要因のほか、(2)企業や家計の中長期的な予想物価上昇率がどうなるか、という点があります。雇用や設備稼働の改善が遅々としたものであり続けますと、企業や家計が物価の下落を予想し、それが実際の物価にも影響するということが考えられます。このほかに、(3)マクロ的な需給バランスや、それが物価に及ぼす影響を把握するうえでの不確実性が大きいというリスク要素がありますし、(4)国際商品市況や為替相場の変動などによる物価の変化にも注意していかなければなりません。

5. 金融政策運営

さてここからは、金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、わが国経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復することが極めて重要な課題であると認識しています。そうした認識のもとで、私どもでは、現在、(1)強力な金融緩和の推進、(2)金融市場の安定確保、(3)成長基盤強化の支援という3つの措置により最大限の貢献を続けています。本日は、このうち「包括的な金融緩和政策」を通じた強力な金融緩和の推進と、わが国の中長期的課題に対応する成長基盤強化の支援の2つをとり上げます。

(1)強力な金融緩和の推進〜包括的な金融緩和政策

強力な金融緩和の推進という面では、日本銀行は、リーマン・ショック以降でも政策金利を二度引き下げたほか、金融機関に対する資金供給手段を拡大して3か月、6か月といったより長めの金利の低下にも働きかけてきました。この結果、市場金利は極めて低い水準で安定し、企業の調達コストも低下しました。しかし、10月初頭の金融政策決定会合の時点では、夏頃からの米国経済の減速や為替円高による企業マインド面への影響などを受けて、わが国経済の成長率は従来の想定をやや下回ると考えられました。また、先行きの下振れリスクも踏まえると、経済が本格的な自律的回復パスに復するタイミングが後ずれする可能性があるとも思われました。特に私が強く意識したのは、9月の日銀短観の結果です。駆け込み需要の反動などから、業況判断の先行き予想がある程度悪化するだろうとは思っていましたが、結果をみてみますと、悪化の変化幅は考えていた以上に大きなものでした。ところで、日本銀行では、かねがね「日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰するために、中央銀行として粘り強く貢献する」と言ってきた訳です。ですから私としましても、ここはそうした姿勢をよりはっきりしたうえで、具体的対応を検討し、大胆に打ち出すタイミングであると思いました。さらに、単発の施策よりも政策パッケージとして示すことが重要です。対応の主眼は、金融緩和を一段と強力に推進することであり、私としては、まず、(1)金利誘導目標の変更と (2)「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化を打ち出すことは重要であると考えました。

金利誘導目標の変更とは、無担保コールレート・オーバーナイト物——これは銀行間の資金取引の中で一番期間の短い金利ですが——この誘導目標水準を、それまでの「0.1%前後」から「0〜0.1%程度」というふうに弾力化し、実質ゼロ金利政策なのだということを明確に示したということです。また、「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化と申しますのは、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続するとともに、その際の判断基準が「中長期的な物価安定の理解」であることを確認したということです。これは、9人の政策委員が中期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率を全体として示したもので、現在は、消費者物価指数の前年比で2%以下のプラス、中心値1%程度となっています。

さて、そのほかにどのような手が打てるかです。金利はオーバーナイトからやや長めの期間まで、これ以上の低下は難しいという水準まで下がっておりまして、従来の金融政策の枠組みからしますと、選択肢は非常に限られていた訳です。そうした中で、パッケージの第3弾となる(3)資産買入等の基金の創設を打ち出すことになります。私も、一層長い期間の金利まで政策の対象を拡げ、また幅広い金融資産を買い取るなど、臨時異例の施策を排除せずに多様な可能性を検討することは是非やるべきであると思いました。

具体的には、国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入と固定金利オペを行うため、日本銀行のバランスシート上に基金を設けることにしました。基金の規模は、5兆円の買入資産と、固定金利オペを合わせて35兆円程度です。既に国債、社債の買入は開始しました。CPは明日12月10日に第1回の買入があります。残るETF、J-REITにつきましても近々買入を開始する予定です。繰り返しになりますが、これは中央銀行にとって臨時異例の措置です。また、きちんとリスク管理を行い、この国に一つしかない中央銀行の資産の健全性を確保しなくてはならないという重要な課題も伴う、「大きな決断」であったと思います。

(2)成長基盤強化の支援

次に、成長基盤強化を支援するための資金供給についてお話しします。この施策は、成長基盤強化に向けた融資・投資に取り組む民間金融機関に対して、日本銀行が、長期かつ低利の資金を適格な担保を裏付けとして貸し付けるというものであり、本年6月の金融政策決定会合で導入が決まりました。

日本経済の最大の課題はデフレからの脱却であり、物価安定のもとで持続的成長経路に復帰していくことです。私が思いますに、そのためには基本的に潜在的な需要を掘り起こすことが重要であり、政策当局、民間経済主体が、これに粘り強く取り組んでいく必要があります。現在のデフレは需給ギャップによるところが大きく、その大きな背景としては1990年代以降の趨勢的な成長率の低下があると思います。しかし、人口動態の変化やグローバル化などの大きな流れに改めて目を向けた場合、大きな果実につながるタネは見当たらないと言い切れるか、いやそうではないのではないか、と申し上げたい訳です。総人口が減る、生産年齢人口が減ると考えるか、それとも老年人口の重みが一段と増すと考えるか、ということです。地球温暖化対応でも同じなのですが、目先の対応もさることながら、数年から、ものによっては10年、20年という中長期的な青写真が、より重要になってきていると思われます。日本銀行の成長基盤強化を支援するための資金供給に関して、白川方明総裁は、「資金を貸し出すという即物的な効果以上に、問題提起をしていくことの重要性を感じていた」といった発言をしていますが、産業界にいた私も全く同感です。問題の本質、根源的な原因を冷徹に見極めること、そして時間がかかるとしても根本原因に対して最も的確な対応をとることが求められていると思います。

成長基盤強化の支援のための資金供給は、一昨日第2回目が実施され、累計で約1兆5,000億円になりました。個別投融資の対象分野は幅広く、各金融機関が自らの顧客基盤や地域性などの特性に応じて、多種多様な取り組みを進めていることが認められ、非常に心強く、またこうした取り組みこそが不可欠であると感じています。私どもとしましては、成長基盤強化に向けた民間金融機関の自主的な取り組みをできるだけ幅広く後押ししたいと考えています。

6. おわりに

最後に、埼玉県経済に触れさせていただきます。当地には全国区で大いに活躍されている企業が多数ありますので、企業の皆様の目は、埼玉県内というよりは全国、あるいは世界に向いているかも知れません。また消費者の側も、働くにせよ物を買うにせよ、東京都との境に対する意識はあまりないのではないかと推察します。Jリーグやプロ野球の応援に行って初めて地元意識を持つという方もおられるでしょう。それだけに、私はあえて埼玉県の経済統計にこだわってみることにある種の新鮮さを感じました。

埼玉県と言いますと、神奈川県、千葉県と同じく東京都のベッドタウンという印象を持たれがちですが、全国5位の事業所数、全国7位の製造品出荷額を誇る国内有数の工業県という顔も持っています。全ての事業所数のうち、全国では製造業が9.6%であるのに対して、埼玉県は13.5%もあります。また、製造業に限ってみますと、事業所数の全国順位は4位と製造品出荷額の7位より上にありますので、中小企業が多いということもわかります。金属製品や生産用機械をはじめわが国産業の基盤をなす中小企業製造業の存在感が高い、というのが埼玉県経済の特徴であるといえるでしょう。

私は、中小企業の役割、すなわち精密なモノづくりや質の高い生活関連サービスの提供などによって日本経済を支えてきた役割は、非常に大きいと思っていますが、今、中小企業を取り巻く経営環境は厳しさを増しています。この背景としては、大企業が生産拠点の海外移転を進めていることや、新興国の技術レベル向上等によるグローバルな競争の激化などが挙げられると思います。このため大企業と中小企業の景況感の差は広がっており、こうした状況は埼玉県内企業にも共通した課題ではないかと推察します。

では、埼玉県内の中小企業はどのように対応していけばよいのでしょうか。皆様もその発展について色々お考えのことと思います。私が注目したいのは、埼玉県の家計部門の動向です。埼玉県の人口は増加を続けており、平均年齢が全国で4番目に若く、生産年齢人口(15〜64歳)の割合は全国1位です。所得は、東京都など県外から稼いでくる部分も多々あるでしょうから、家計部門には勢いがある、相対的に元気であると言えるのではないでしょうか。大型小売店販売額や新設住宅着工戸数などの動きをみますと明らかに全国の上を行っています。とりわけ住宅投資については、なお水準は低いものの、はっきりと持ち直している様がうかがわれます。

限られた範囲の観察ではありますが、こうしてみてまいりますと、「元気な家計部門の潜在的ニーズを、地元企業の皆様がどのように取り込んでいくか」、「如何に域内循環を高めていくか」という点が——先刻取り組みを進めておられるかもしれませんが、僭越を承知で申し上げれば——、どうやら埼玉県の産業にとってひとつのテーマになり得るのではないかという気がいたします。埼玉県は日本の実業王である渋沢栄一氏を輩出しました。県では「渋沢栄一ベンチャードリーム賞」を設けるなど、新しい成長分野の掘り起こしに注力しておられますが、私も渋沢翁を生んだ当地産業界の皆様の創意工夫に敬意を表し、また大いに期待するところです。日本銀行としましては、引き続き強力な金融緩和を推進するとともに、成長基盤強化を支援するための資金供給を通じて、皆様の取り組みを多少なりとも支援させていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。