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【講演】金融危機後のわが国金融システムの課題

東京大学・日本政策投資銀行共催シンポジウムにおける講演

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2010年12月10日

目次

1. はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は、東京大学・金融教育研究センターと日本政策投資銀行・設備投資研究所の共催シンポジウムでお話する機会をいただき、誠に光栄に存じます。

約2年前のリーマン破たんをきっかけに発生したグローバルな金融危機は、まだ完全に終息した訳ではありませんが、一頃の状況からはかなり立ち直ってきました。また、将来再び今回のような危機を起こさないための国際的な枠組み作りも進捗してきています。この間、わが国の金融システムは、米欧と比べて相対的に安定を維持してきましたが、様々な形で影響が及ぶ中で、いくつかの課題も明らかになってきました。

こうした状況の下、将来のわが国金融システムのあり方について議論することは大変時宜に適ったものであり、この後の専門家の皆さんのディスカッションを大いに期待しています。私からは、これまでの金融危機を簡単に振り返るとともに、わが国の金融システムの将来を展望し、わが国金融機関にとっての課題についてお話ししたいと思います。

2. グローバル金融危機とわが国金融システム

(1)リーマン・ショック後の国際金融システム

世界経済や国際金融システムにとって、リーマン破たん以降の2年間は、正に激動の時期でした。リーマン破たん後には、グローバルな規模で金融危機が発生し、世界景気は同時かつ急速に悪化しました。その後は、各国政府や中央銀行による懸命な政策対応の効果もあって、世界経済は昨年春頃から徐々に持ち直しに向かい、米欧主要金融機関の収益や資金調達環境も大きく改善しました。もっとも、ギリシャやアイルランドなどの欧州の財政問題や、米国経済の先行き不 透明感の高まりなどを背景に、本年春以降、金融資本市場が再び不安定化する局面もみられています。また、米欧では、バランスシート調整が続く中で、銀行貸出が弱い動きを続けているほか、信用コストも高めの水準で推移しています。このように国際的な金融システムは、現在もなお不安定な状況にあります。

(2)わが国金融システムへの影響

この間、世界的な金融危機が、わが国の金融システムに及ぼした影響をみますと、CP・社債市場等では比較的大きな機能低下が生じました。一方、わが国の金融仲介機能の中心である金融機関への直接的な影響は、米欧と比較して相対的に小さく、金融システム全体の安定性は維持されました。そうした背景としては以下の3点が指摘できます。

第一に、——この要因が最も大きいと思いますが——、わが国の金融機関は、90年代以降の金融危機の経験を踏まえ、総じてリスクテイクに慎重でした。具体的に言いますと、CDO(債務担保証券)など複雑な金融商品への投資が少なかったほか、米欧の主要金融機関のような組成・販売型のビジネス・モデルを、本格的には採用していませんでした。

第二に、金融機関のインセンティブという面でも、短期的なリターンを追求する株主からの圧力が相対的に小さかったほか、金融機関の経営者の報酬も、短期のリスクテイクを促進するような体系になっていませんでした。

第三に、公的当局が、破たん処理制度の整備をはじめ、金融システムの頑健性の向上に努力してきた結果、預金者や市場参加者の間で、システミック・リスクの顕在化に対する懸念が高まることはありませんでした。

もっとも、グローバルな金融危機は、景気の悪化、株価の下落、市場機能の低下など、様々な形でわが国経済にも影響を及ぼしました。わが国の金融機関も、株価の下落による減損や信用コストの増加という形で、相応の影響を受けました。そうした中で、基礎的な収益力の弱さや株価の変動に対する脆弱性といった、わが国の金融機関が抱えている課題が改めて明らかになりました。この点の詳細については後から申し上げます。

3. わが国金融システムの将来展望

(1)わが国金融システムを巡る環境変化

さて、今日のパネル・ディスカッションのテーマは、『金融システムはどこに向かうのか』というものです。これは大変難しい問いではありますが、以下では、この問題を議論するうえでの一助となることを期待し、金融危機後のわが国金融システムのあり方について、マクロ・ミクロの両面から、若干の考察を申し上げたいと思います。そのためには、前提として、わが国金融システムを取り巻く環境に、今後どういう変化が予想されるかを考えることが有用だと思いますので、まず、そうした観点に立って以下の3点についてお話します。

世界的な規制・監督の強化

第一に、世界的に金融規制・監督が強化されていくことになります。規制の面では、現在、国際的に精力的な議論が続いていますが、その対象は、銀行の自己資本や流動性、レバレッジ、報酬、会計など非常に多岐に亘っています。また、監督の面では、いわゆるシャドーバンクなど、従来十分に及んでいなかった分野を中心に、対象が拡充される方向にあります。

こうした議論について最近の動きを紹介しますと、例えば自己資本に関しては、先般、国際的に共通する新たな規制の枠組み、すなわちバーゼルIIIについて合意が成立しました。今後、段階的にではありますが、倒産時における損失吸収力の高い普通株式等やTier Iの比率が引き上げられるなど、銀行の自己資本が質・量の両面で充実が図られることになります。このほか、米国のいわゆるボルカールールのように、銀行の自己勘定取引やヘッジファンドへの投資などリスクの高い業務について、直接規制する動きもみられています。

来年にかけては、金融システム上重要な金融機関(SIFIs)に関するモラルハザードの問題——いわゆるtoo big to fail問題——について、SIFIsを具体的にどう特定するか、特定されたSIFIsの破たんを防止するため、あるいは万が一破たんに陥った場合の影響を最小化するためには、どういう対応が必要か、などが検討されていく見通しです。この問題について一言付け加えますと、私としては、モラルハザードを回避するという問題の本質を踏まえると、その対応策としては、追加的な自己資本の賦課に限ることなく、流動性規制や監督の強化、破たん処理制度の整備も含め、様々な選択肢の中から、各国が置かれた状況に応じて適切な手段を選択するという、柔軟なアプローチが望ましいと考えています。

新たな資金需要等の増加

第二に、金融機関が直面する国内外での資金需要の中味が変化するとともに、新たな資金需要が増加していく可能性があります。例えば、今後も新興国が景気のけん引役を担っていくという動きに変化はないものと予想され、そうした地域でのインフラ整備や企業の設備投資のための資金需要、あるいは個人資産の蓄積に伴う資産運用需要などは一層拡大していくとみられます。国内に目を転じても、企業が新たな成長戦略を模索し、財・サービスの供給体制を再構築していく過程で、研究開発や事業の再配置などの新たな資金需要が発生することが考えられます。また、産業構造の変化が一段と進展すると予想される中、M&AのためのファイナンスやDIPファイナンスといった企業の再生・再編に伴う資金需要や、新分野に挑戦する新興企業からの資金需要の重要性も高まっていくと考えられます。さらに、高齢者を中心とした資産運用・管理ニーズについても、今後、拡大しつつ多様化していくことが見込まれます。

海外の主要金融機関のビジネス・モデルの変化

第三に、海外の主要金融機関のビジネス・モデルが変わっていくことが考えられます。具体的には、金融危機以前に盛んであった組成・販売型のビジネス・モデルが相対的に縮小し、顧客との関係をより重視した商業銀行ビジネスのウェイトが高まっていくこと——「back to basics」と呼ばれています——が予想されます。また、米国のボルカールールなどの業務規制やToo big to failを抑制するような規制・監督面での見直しが行われる中で、単なる規模拡大や過度のリスクテイクを目指す動きは抑制される可能性が高いと言えます。さらに、資金調達の面では、危機の経験を経て、流動性リスクに対する認識が大きく高まったことから、レポなどの短期的なホールセール調達と比較して、安定性のより高いリテール預金が相対的に重視されるようになってくると考えられます。こうした海外主要金融機関のビジネス・モデルの変化は、わが国金融機関の ビジネス・モデルのあり方や競争力にも少なからず影響していくと思われます。

(2)わが国金融システムの今後のあり方(マクロの視点)

次に、マクロ的な観点、すなわち金融システムの構造という観点から、わが国の金融システムの今後のあり方についてお話します。改めて申し上げるまでもありませんが、わが国の金融システムは、長らく銀行中心の資金仲介システムが続いてきたことが大きな特徴でした。こうしたもとで、金融システムの機能度や安定性の向上という観点からは、間接金融だけでなく、いわゆる市場型間接金融も含め、資本市場を通じた金融仲介システムも並存することが望ましい、そのためにもリスクマネーの供給拡大が必要であり、ひいては家計の資産運用の多様化を進めるべき、という議論が多く聞かれてきました。実際、政策面でも、市場のインフラ整備や透明性向上、投資家保護など、そうした動きを後押しする政策が多く採られてきました。

こうした議論について、今回の危機の経験を踏まえて改めて考察すると、以下のように整理できるかと思います。

第一に、銀行と資本市場の機能の補完はやはり重要ということです。わが国では、金融危機の後、社債やCP市場の機能が大きく低下しましたが、そうした局面では、銀行貸出が資金仲介機能を代替し、急激に悪化した企業の資金繰りを下支えしました。その後、資本市場の機能が回復した際には、銀行貸出は減少に転じました。このように、複数の資金仲介経路が存在していることは、企業の資金調達のアベイラビリティや金融システムの頑健性にとって大切であるということが、改めて明らかになりました。

第二に、複数の資金仲介経路が存在するだけでは、金融システムの安定を確保するうえでは十分ではないということです。かつて、グリーンスパン前FRB議長は、日本の危機が長引いたのは、日本の金融仲介機能が銀行に集中していたことが一因であり、米国のように多様な金融仲介経路を有する金融システムの方が、金融経済に加わったショックに対して頑健である、と指摘したことがありました。しかし、今回米国において危機が深刻化したことは、そうした指摘が必ずしも正しくないことを示しています。大切なことは、金融システムを構成する参加者それぞれが経営の健全性を維持し、リスク管理をしっかりと行なうと同時に、規制・監督当局や中央銀行がマクロ的な観点から金融システム全体のリスクの所在をしっかりと認識し、適切な対応を採ることです。つまり、金融システムの構造の頑健性だけでなく、金融システムの参加者の自己規律や当局のマクロ的なリスク把握力などが、全体として高い水準を維持することが、金融システムの安定にとって極めて重要であると考えています。

(3)わが国金融機関にとっての課題(ミクロの視点)

そこで、以下では、わが国金融機関にとっての具体的な課題について、2点お話します。当局の課題については、最後に触れたいと思います。

ビジネス・モデルの選択と持続的な収益力の向上

わが国の金融機関が直面する第一の、そして最大の課題は、収益力を持続的に高めていくことです。最近のわが国金融機関の経営動向をみますと、利ざやの縮小や貸出残高の減少などを背景に、基礎的な収益力が趨勢的に低下しています。それだけに、収益力の向上は喫緊の課題です。そのためには——あらゆる産業に妥当することではありますが——、自らの得意分野を活かした最適なビジネス・モデルを選択することが不可欠です。先ほど申し上げたように、今後、わが国の銀行が主体とする商業銀行ビジネスは内外で競争が激化していくと予想されます。しかし、国内で安定的な個人預金を有するわが国の金融機関は——海外活動に必要な資金調達という面も含め——、流動性リスクに対する耐性という点で、有利な面があります。また、伝統的に顧客とのリレーションシップを重視するわが国の金融機関の特性は、貸出業務を行ううえでの鍵となる「情報生産」という面でも重要な要素であり、国内のみならず、アジア等への展開に際しても、プラスに働くことが期待されます。さらに、金融機関の主たる顧客であるわが国の企業や家計は、米欧のようにバランスシート調整が必要という訳でもありません。したがって、海外の金融機関と比べたわが国の金融機関の競争力という点で、悲観する必要はないと思っています。

こう申し上げたうえで、わが国の金融機関にとって必要なことは、まず、「目利き力」を高め、新たな貸出先の発掘や、既存の貸出先の新たな資金需要を掘り起こす努力を続けていくことです。わが国経済が直面している根源的な問題は、中長期的な成長期待が低下していることですが、それを克服していくためには、民間企業がイノベーティブな活動を積極化させ、国内外に新たな成長の源泉を求めていくことが重要です。その際、金融機関がそれをしっかりと後押しして いくことも不可欠です。この点、わが国金融機関の最近の取り組みをみますと、大手行ではアジアをはじめとする新興国でのビジネスを日系・非日系を問わず一層拡大しているほか、地域金融機関では、特徴のある地場企業を含め、地域における成長分野の掘り起こしに向けた取り組みを進めるなど、それぞれの特性を活かした前向きな動きがみられており、たいへん心強く感じています。今後とも、自らのビジネス・モデルを確立しつつ、内外での様々な環境変化をうまく捉えながら、新たな資金需要の掘り起こしをはじめとして、前向きな取り組みを進めていくことを期待しています。

次に、ガバナンスの強化を通じて、既存の貸出先の基礎的な収益力を高めていくことも重要です。わが国では、企業の収益力を高めるような企業ガバナンスが弱いと、かねて言われてきています。その克服のためのひとつの方策としては、リターン志向の強いエクイティ性の資金を梃子として、企業の外側からガバナンスを強めていくことが重要である、との指摘も少なくありません。金融機関はこの分野でもファンドの組成への関与等を通じて大きな役割を果たすことが可能です。また、貸し手としての金融機関の役割も小さくありません。特に中小企業に対しては、わが国の金融機関の多くは、不動産担保や個人保証に依存するあまり、貸出実行後のガバナンスが必ずしも十分ではないように思います。金融機関においては、企業との継続的な関係を深めることを通じて、企業の成長を絶え間なく後押ししていくことが求められます。こうした取り組みを補完するうえでは、在庫などの動産や売掛債権を担保とした融資——いわゆるABL(アセッ ト・ベースト・レンディング)——、中小企業も含めたコベナンツの活用といった融資手法も有用であると考えられます。

第一の課題のうちの三つ目になりますが、金融機関が企業再編などの新陳代謝を促す役割を果たすことはもとより大切です。それと同時に、金融機関自身も、自らが選択するビジネス・モデルに合わせ、合併や統合あるいは機能の切り離しなどを通じて、新陳代謝を図っていくことも重要です。例えば、グローバルな活動を企図する金融機関は、合従連衡などを通じて規模や範囲の利益を追求していくことが考えられます。逆に、ニッチな市場でのプレゼンスを高めることを志向する金融機関は、機能を絞り資源を集中することが有力な選択肢となります。こうした金融機関の行動は、競争力の上昇を通じて個々の金融機関の経営効率の改善をもたらすだけでなく、資源の効率的な再配分を通じて、マクロでみた金融界全体の収益性の向上につながることも期待できます。

適切なリスク管理

わが国金融機関にとっての第二の課題は、適切なリスク管理です。この面では、海外の金融機関も含め、VaRなど特定の定量的手法に過度に頼ることなく、ストレス・テストも含め包括的にリスクを把握すること、リスク管理部門だけでなく経営陣も交えた形でリスク判断の共有化を図ることが重要という認識が高まっています。さらに、わが国の金融機関にとっては、そうした一般的な課題に加えて、とりわけ株式リスクへの対応が、今後の具体的な課題であると考えています。

すなわち、株式リスクについては、多くの金融機関では、保有株式の価格変動リスクの大きさを認識し、その削減を経営上の重要課題として位置付けた上で、具体的な取り組みを進めています。もっとも、株価の低迷などを背景に、このところ株式の削減ペースはやや鈍化しており、なお相応の株式リスクが残存しています。もちろん、株式の保有には、先ほど申し上げた取引先企業のガバナンスの一環としての意味合いや、手数料収入も含めた総合的な利益獲得のツールという役割もあり得ると思います。ただし、その場合にも、リスクとリターンをしっかりと見極めることが重要です。そのうえで、リスクの方が大きいと判断すれば、削減に向けた努力をしっかりと進めていくことが求められます。

4. おわりに

以上、わが国金融機関にとっての課題を申し上げましたが、今回の危機は、規制・監督当局や中央銀行にとっても様々な教訓を残しています。このうち、金融システムの安定確保との関係で言えば、「個々の金融機関のリスクといったミクロレベルでのリスクと金融システム全体としてのリスクとをしっかりと峻別」ということではなかったか、と思います。こうした点を踏まえ、実体経済や金融市場、金融機関間の連関を意識しつつ、金融シ ステム全体のリスクを正確に把握し、必要な対応を図るという、いわゆるマクロ・プルーデンスの重要性に対する認識が国際的に高まっています。

この点、日本銀行は、従来より、金融政策を運営する立場から、内外の金融経済情勢を幅広く見渡し、綿密な調査分析を行っているほか、金融市場や決済システムといったインフラ整備にも努めています。また、考査やオフサイト・モニタリングを通じて、個別金融機関の経営状況を把握しており、そうした過程で得られる情報や視点を、金融システム全体の状況把握やリスク分析にも活かし、「金融システムレポート」の中で公表しています。また、金融システム全体の安 定を目的として、金融機関の保有株式の買入れや劣後ローンの供与といった手段を講じることもありました。このように、日本銀行は、マクロ・プルーデンスの面で様々な取り組みを行ってきています。

もっとも、そうした取り組みは、道半ばというのが実情です。例えば、マクロ的なリスクの把握については、なお十分とは言えません。現在、上述の「金融システムレポート」に関しては、マクロ・プルーデンス面での分析を強化する観点から、生命保険など銀行以外の業態に関する分析の拡充や、マクロ的な金融不均衡の把握、ストレス・テストの拡充などに取り組んでいますが、依然として試行錯誤の段階にとどまっています。また、仮にマクロ的なリスクを適切に把握できたとしても、それに対し、具体的にどのような政策手段で対応することが適当かについても、今後の検討課題と認識しています。

日本銀行としては、今申し上げた課題への対応も含め、金融システムの安定確保に向けて、今後とも努力を重ねていく考えです。

ご清聴ありがとうございました。