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【講演】中央銀行家の視点からみた国際通貨システム

フランス銀行主催の国際シンポジウムにおける講演の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2011年3月4日

目次

1.はじめに

本パネルのテーマ「どのような国際通貨システムを目指して」は壮大なものであるため、与えられた10分という時間で語るのは容易ではありません。そこで、私は二つの論点に的を絞ってお話したいと思います。一つは、現在の国際通貨システムの役割と限界をどのように理解すべきか、という包括的な論点です。もう一つの論点は、現在の国際通貨システムにおいて中央銀行が責任を果たしていく中で直面している課題であります。

2.現在の国際通貨システムの役割と限界

まず、現在の国際通貨システムについてです。国際通貨システムは、世界経済にとって重要な基盤を提供しています。そうした基盤によって、財やサービス、さらには資本が効率的かつスムーズに、国内的にも、また国境を越えるかたちでも配分されることが可能になっています。国際通貨システムが現在直面している中心的な課題は、対外不均衡について、黒字国と赤字国の間で対称的なかたちでいかにその調整を進めていくかということですが、同システムにはバランスのとれた調整を自動的に促す枠組みが組み込まれていません。ある通貨がいったん基軸通貨になると、それを利用し続ける強い慣性が働くことを主たる背景に、基軸通貨国である米国には経常赤字を削減するインセンティブはほとんどありません。その一方で、黒字になっている新興国では、予備的な観点からも、輸出競争力を維持する観点からも、外貨準備が積み上げられています。こうした戦略への制約は、国内物価が対応しやすい動きを示している限りにおいて、ほとんどありません。不均衡是正に向けた取組みはこれまでは二国間ベースで行われることが多く、時にはかなり激しい議論や交渉が行われてきました。

国際通貨システムにとってのもう一つの課題は、黒字国と赤字国双方が実施すべき調整の規模に関するものです。貯蓄・投資バランスについて、経済発展の段階や人口動態を反映する長期トレンドと、景気動向に伴う短期の循環的変動を区別することは必ずしも容易ではありません。例えば、1980年代には、日本に対して貿易黒字や経常黒字の削減を求める強い圧力がかかりました。しかし、こうした圧力は誤った方向性をもつ取組みに簡単に変質してしまう可能性があります。日本についていえば、マクロ経済政策 —特に、緩和的な財政・金融政策— を活用したことは、所期の目的を達成できず、むしろ経済が過熱している可能性の兆候を示していた中で当局が速やかに行動しにくい環境を作り出す一因になりました。これがどのような結果に至ったかについて、われわれは皆良く承知しています。

だからこそ、強固で持続可能かつ均衡ある成長を実現し、継続した大規模な不均衡の是正を目的としたG20の相互評価の枠組みと、国際資本フローやグローバルな流動性に注目したかたちでのG20における国際通貨システムに関する議論は互いに結び付いているといえます。これら二つを組み合せていくことは、国際経済・通貨システムの長期的な安定性の向上につながるものと期待されています。ここで大事なことは、相互評価の枠組みが、少なくともその初期の段階においては、各国が他国の政策内容に加えて、自国の政策の他国への影響についても理解を深めるプロセスになるということです。これは、複数国の経済政策の最適な組み合せを実現するための建設的な対話の出発点になります。また、国際通貨システムの改革も長期にわたるプロジェクトになるでしょう。

こうした国際的な議論は、全ての国や状況に当てはまる唯一のモデルやコンセプトといったものは存在しない、という留意点があります。景気変動に伴う側面や構造的な側面を含め、各国固有の事情を考慮した詳細な分析が必要です。膨大な専門知識と経営資源を有するIMFですら、これまで、持続可能な不均衡の見極めに苦労してきました。1989年、IMF協定第4条に基づく日本との協議において、IMFのスタッフは、日本のインフレについて、「懸念する必要はなく」、従って、金融政策を引締め方向に転換するための「説得的な理由は見付からない」としていました。2007年、アイルランドに対する同4条協議のスタッフ報告書では、「経済のパフォーマンスは引続き素晴らしく」、「銀行部門は不動産市場に対する多額のエクスポージャーを抱えているものの、ストレステストによれば多様なショックに耐えられるだけの資本のクッションを有している」と説明されていました。さらに、同年の米国に関するIMFのスタッフ報告書は、「軟着陸が最も可能性の高いシナリオである」とした上で、「金融のイノベーションと安定が米国経済の成功の基礎である」と指摘していました。今回のグローバルな危機に至る前の時期におけるIMFのサーベイランスの限界については、最近公表されたIEO1の報告書に詳しく書かれています。私はここでIMFだけを非難したいわけでは決してありません。バブルの発生や、それが破裂した後の甚大な被害を事前に認識することが完全にできた者はいません。私が指摘したいことは、特定の一つの考え方が知的風土を支配してしまっている状況においてわれわれの判断は曇りがちとなり、この結果、違う角度からみれば容易に見付け出し得るリスクが見落とされてしまうことがあり得る、ということです。

  1. IMFの独立評価機関(Independent Evaluation Office)。IEOは、本年1月、“IMF Performance in the Run-Up to the Financial and Economic Crisis: IMF Surveillance in 2004-07”と題する報告書を公表している。

3.現在の国際通貨システムにおける中央銀行の課題

続いて、現在の国際通貨システムにおいて中央銀行が責任を果たしていく中で直面している課題について、三点指摘したいと思います。

第一は、マクロプルーデンス政策の実行です。今回のグローバルな金融危機によってマクロプルーデンス政策の重要性が脚光を浴びています。一方で、われわれは、未だそれを明確に定義付けられていないほか、政策手段に関する包括的な道具箱も用意できていないもとで、マクロプルーデンス政策を真に実用的なものにするにはしばらく時間がかかりそうです。もっとも、マクロ経済の安定確保にとっての物価安定の重要性に対する理解が十分に進み、それが各国中央銀行の金融政策の枠組みに取り込まれるまで数十年を要したことを認識しておく必要はあります。

第二は、テイルリスクへの対応です。こうした議論は、今回のグローバルな金融危機にも当てはまります。経済に深刻な影響を及ぼし得るバブルの発生を回避するために、予防的な措置を採るということは、テイルリスクの積み上がり —すなわち、発生頻度は低いものの深刻な影響をもたらす事象の発生— を未然に防ぐことです。マクロプルーデンス当局の主たる礎として、独立性と明確なマンデートがしばしば強調されます。しかし、私はこれらだけでは不十分だと理解しています。経済政策運営のあり方に対する考え方を根本的に変えることが求められています。すなわち、情勢が表面的には良好にみえるうちから、マクロプルーデンス当局が引締め策を講じることが容認できかつ適切なものである、という共通認識が社会全体で醸成される必要があるのです。こうした考え方は、具体的な問題が発生した後になってはじめて対応策を講じることの多い現在の政策パラダイムからの大きな転換を意味しています。

第三は、政策の国境を越えた波及効果です。グローバル化と金融イノベーションが続いている結果、経済や金融市場の結び付きは一段と強まっています。こうした環境のもとで、金融政策であろうと、マクロプルーデンス政策であろうと、政策当局は、自らが実施した政策が国境を越えてどのような影響を及ぼすのか意識せざるを得ません。さらに、その影響が海外経済や金融市場を通じて自国に回帰し、国内の経済・金融環境を左右し得ることも認識しておく必要があります。これまでも国際決済銀行(BIS)などの国際的フォーラムは、中央銀行間の情報交換や協力を向上させるうえでとても重要な役割を果たしてきました。これら国際的フォーラムの重要性は、経済や金融市場の結び付きの強まりを受けて、さらに高まることでしょう。

なお、ここでは深く立ち入りませんが、外為決済をさらに改善していくといった金融システムの「配管」の強化や、国境を越えたかたちでの金融機関の破綻を処理する枠組みの充実化などの論点も忘れてはなりません

4.おわりに

ノーベル経済学者であるヒックス卿は、既に40年前に、グローバル化した金融市場においては「各国の中央銀行はもはや真の中央銀行ではなく」、「世界的なシステムにおける一つの銀行」になると予言していました。好むと好まざるとにかかわらず、われわれは明らかにその方向に向かって進んでいるといえるでしょう。