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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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函館市金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 宮尾 龍蔵
2011年9月14日

目次

1.はじめに

日本銀行の宮尾でございます。本日はお忙しい中、函館を中心とした北海道の道南地方を代表する皆様にお集まり頂き、懇談の機会を賜りまして感謝致します。また、皆様には、日頃から日本銀行の函館支店の業務運営にご協力頂いておりまして、この場を借りまして、改めてお礼申し上げます。

日本経済は、さる3月に東日本大震災を経験し、一旦大きく落ち込みました。函館地区も例外ではなく、震災の被害を受けたと聞いております。しかし、経済回復へ向けた関係者の皆様の努力は、さまざまなところで実を結びつつあります。当面、正念場が続きますが、日本銀行としても、出来るかぎり努力していく所存ですので、よろしくお願い致します。本日は、そうした回復途上にあるわが国経済物価情勢を概観した後、金融政策について述べ、最後に道南(函館)地方経済について触れたいと思います。

2.わが国の経済物価情勢

(1)概況

わが国の経済情勢は、震災による供給面の制約がほぼ解消する中で、着実に持ち直してきており、特に生産と輸出は、足もと増加基調にあります。また、需要面をみても設備投資や住宅投資、公共投資は、資本ストックの復元に向けて、増加していく方向にあります。個人消費も、家計のマインドが改善してくるにつれて持ち直しの傾向がみられています。今後も、供給面の制約が解消されたもとで、生産活動が増加するにつれて、わが国経済も回復していくとみられます。ただし、こうした足もとの生産を中心とした力強い回復がこの秋以降も続けば良いのですが、いくつか不安要素もあります。それは、海外景気の減速や為替円高の定着、電力コストの上昇、デフレ予想の長期化懸念などです。以下では、まず海外経済の動向を概観し、その後、回復過程にある日本経済の現状と先行きの留意点についてお話しします。

(2)海外経済

まず、米国経済については、回復してはいますが、そのペースは大きく減速しております(図表1、2、3、4)。米国はリーマンショック後、家計が過大な負債を負い、その対処に相当の期間を要する問題、いわゆる家計のバランスシート問題を引きずっておりますし、これに加え、本年度入り後は、日本の震災に伴うサプライチェーンの障害が自動車や自動車部品供給などの途絶という形で顕れたほか、国際商品市況の高騰でガソリン価格も高騰しました(図表5、6、7)。また、地方政府の財政支出削減も進みました。その結果、実質所得の伸び鈍化に伴う消費の抑制や、生産の鈍化、雇用の伸び悩みが生じました。もちろん、この間、明るい要素もありました。内需の好調なアジア新興国経済やドル安の恩恵を受ける形で、輸出や企業収益、設備投資は堅調に推移しましたし(図表8、9)、株価も比較的高い水準で推移していました。しかし、7月末に公表された2011年4−6月の実質GDP(年率換算)は、個人消費の減速が急であったことから、前期比+1.3%(その後+1.0%に下方改訂、なお、2011年1−3月期は+0.4%)と低水準に止まっていたことが明らかとなりました。また、同時に実施された年次改訂では、実質GDPの水準が、リーマンショック前の水準に未だ回復していない状況が確認されました。

7月入り後は、特に下旬以降、債務上限問題を巡る政局の混迷や、ISM製造業・非製造業指数や消費支出など経済指標の相次ぐ悪化、大手格付会社S&Pによる米国債格下げ(AAA→AA+)などにより、株価が大幅に下落するなど市場が激しく変動するとともに、企業・家計のセンチメントも低下しました。長期金利も低下しています(図表10、11)。こうした状況を受け、8月9日のFOMCにおいてFEDは、現在の経済情勢を前提とすれば、少なくとも2013年半ばまでFFレートを「0-0.25%」というゼロ金利水準に維持することが正当化される可能性が高いとのガイダンスを示しました。その後、金融市場のボラティリティは少し収まりましたが、なお個人や企業の景況感を示す経済指標には弱いものが多く、また、欧州債務問題も再燃する中で、金融市場は、リスク回避的な傾向が続いているように見受けられます。

この間、民間の調査機関は、2011年下期と2012年の実質GDP見通しを相次いで引き下げました。直近に公表された8月の雇用統計や製造業景況感指数をみても、景気回復のペースは相当緩やかに止まることが予想されます。9月下旬のFOMCでは、日程を従来の1日から2日に延ばして追加緩和の議論を深めるとされており、FEDの動向に注目が集まっています。

欧州経済については、2011年第一四半期の前期比伸び率(年率換算)が+3.4%と堅調に推移しましたが、第二四半期は同+0.6%と鈍化しました(図表12)。米国同様、国際商品市況の高騰や、一部日本の震災の影響も受けましたが、それまでユーロ圏を牽引していたドイツ・フランスの成長が鈍化したことが主因です。ドイツの第二四半期実質GDPの前期比伸び率(年率換算)は+0.5%(第一四半期+5.5%)、フランスは同-0.0%(同+3.6%)でした。米国・アジア向け輸出が鈍化したようですが、第三四半期に回復するのか、欧州周縁国が緊縮財政で低成長ないしマイナス成長を余議なくされている状況では、気になるところです(図表13)。

7月入り後も、ユーロ圏の景気は回復力に力強さが窺えない状況が続いています。それは、ユーロ圏の各種景況感指数や鉱工業生産、失業率などの指標で確認できます(図表14、15、16)。また、欧州債務問題について、7月21日のユーロ圏首脳会合でギリシャへの追加支援などが合意され、一旦各国の対ドイツ国債スプレッドやクレジット・デフォルト・スワップ・レート(CDS)も大きく縮小しましたが、欧州債務問題の根本が解決された訳ではないとして、イタリア・スペインに飛び火することとなり、両国の国債金利が急騰するなど市場は不安定化しました(図表17)。こうした状況を受け、ECBは、8月4日の金融政策理事会において、6か月の固定金利・無制限供給オペを復活させるとともに、「証券市場プログラム(SMP:Securities Markets Program)」による債券買取りを再開しました。一部政府(フランス、イタリア、スペイン、ベルギー)も、8月11日には株の空売り規制を決定するなど、投機的な動きの規制に乗り出しました。この結果、イタリア・スペインの国債金利は低下しましたが、市場では、その後もギリシャの国債金利が再度上昇したほか、金融機関を中心に株価が下落するなど、欧州金融資本市場の不安定な状況は続いています。2010年5月のギリシャ危機発生以来、市場のターゲットとなる国が徐々に広がり、その度に財政・金融当局の支援が拡充されてきましたが、イタリアやスペインにまで飛び火する事態に至り、欧州債務問題を巡るリスクは拡大しているとみられます。

今後懸念されるのは、欧州債務問題の金融(銀行)部門および実体経済面への波及です。金融部門や実体経済への波及は、金融機関CDSの上昇や社債スプレッドの拡大などの形で一部顕現化しているようにも見受けられるため、その動向を丹念に注視する必要があります。

アジア新興国経済については、中国が牽引する形で水準自体は高い成長率を維持しており、中長期的な成長期待も変わらずに高いものとみています。ただし、物価上昇抑制の観点から実施している金融引き締めの影響もあり、足もとの経済指標はやや鈍化しています。景気の減速感は、例えば中国の製造業PMIの低下傾向に見てとることができます。また、2011年第二四半期(4−6月期)は、日本の震災の影響がASEAN諸国にもマイナス方向に作用しました(図表18、19)。

7月以降は、震災の影響はほぼ剥落しているようですが、今後は、欧米の景気回復ペースの鈍化を受けて外需が伸び悩む可能性があります。一方、内需は堅調ですが、引き続きインフレ懸念が高いため、一段の金融引き締めが必要な状況にあります。例えば、中国は2011年入り後、断続的に貸出・預金金利の引き上げや預金準備率の引き上げを実施していますが、それでもCPI(消費者物価指数)の前年比が5月5.5%→6月6.4%→7月6.5%→8月6.2%と高止まりしています。世界経済の健全な発展の観点からも、中国がソフトランディングできるかどうかは非常に重要であるため、今後も同国の動向を注視していく必要があります。

なお、中国については、インフレ問題のほかに、地方政府が出資する企業(融資平台)を通じた大規模投資の一部が不良債権化するリスクがある点には注意が必要です。やや長い目で中国経済の先行きを考えると、当面は投資主導型の高い経済成長路線が機能していくとみられますが、こうした多額の投資を長期間に亘って継続すると、いずれ非効率な部門への過剰投資を生み、銀行の多額の融資が不良債権化しないとも限りません。やや長い目で見て中国が物価安定と経済成長のバランスを維持していくかどうか、注意深くみてまいりたいと思います。

(3)わが国経済

わが国経済は、震災の影響で成長が大きく低下した後の回復途上にあります。第二四半期の実質GDP前期比伸び率(年率換算)は-2.1%で3四半期連続のマイナス成長(2010年4Q-2.5%→2011年1Q-3.6%→2Q-2.1%)を記録しました(図表20)。震災後はサプライチェーン障害や原発問題などを背景に、企業の生産活動が落ち込み、消費マインドも冷え込んだほか、雇用・所得環境も悪化するなどの状況が生じました。しかし、関係者の皆様の懸命の努力の結果、経済は足もと生産面を中心に速いペースで回復しています。生産・輸出は震災前の水準にほぼ戻り、個人消費も地デジ対応や節電需要にも助けられ、徐々に回復しております(図表21、22、23)。設備投資も持ち直しており、家計・企業のマインドも総じて改善しています(図表24、25、26)。この間、日本銀行も、震災後の3月14日に金融緩和を強化し、4月7日には被災地支援オペの導入を決定するなどの政策対応を行ってまいりました。

第三四半期(7−9月期)の実質GDP前期比伸び率は、民間調査では、プラスに転化する可能性が高いとみています。生産は自動車を中心にフル生産を継続しておりますし、復興需要も徐々に増加していくとみられます。先行きは、供給制約が解消したのち、生産・輸出面を起点とした緩やかな回復が続いていくとみています。

そう申し上げた上で、先行きの回復シナリオに対しては、以下に述べるような懸念があり、注意が怠れません。

懸念の第一は、既に概観したように、欧米先進国の景気回復が鈍化する中で、海外需要が当初想定していたよりも減少する可能性があり、それが景気回復を下振れさせるおそれがあります。

懸念の第二は、円高の定着です。米国債格下げや米ゼロ金利の2013年半ばまでの条件付き維持、欧州債務問題の再燃などを受け、ドル安・ユーロ安が長引き円高が定着すると、国内産業空洞化の懸念が強まります。

円高が実体経済へもたらたす影響は、良い面も悪い面もありますが、良い面は最大限これを享受し、悪い面はこれを出来るだけ和らげていくことが基本的な構えではないかと思います。この点、円高の良い面としては、輸入原材料・製品・商品を安く企業や消費者へ還元出来ることに加えて、国内企業が海外企業や事業への出資・買収を行い、企業の成長力を高め易くなるということも指摘できるでしょう。一方、円高の悪い面は、言わずもがなですが、国内自動車メーカーや電気機械メーカーなどが、海外企業の製品と熾烈な価格競争に晒され、収益力が低下することなどです。

この際留意すべき点は、アジア新興国や米国といった輸出先の国では様々な財・サービスの価格(物価)がこれまで着実に上昇しているのですが、自動車や電気機械などに限ってみれば、競合メーカーとの競争が激しい、もしくは価格が著しく下落しているという点です。従って、こうした製品・部品を輸出しているわが国の企業にとっては、円高の影響を輸出先の国の物価上昇で緩和することができないために、相当厳しい競争を強いられることになります。輸出の動向は国内生産とリンクしており、わが国の経済に大きな影響を及ぼしますので、円高による下押し効果は強く出ます。また、基幹工場や研究開発拠点の流出といった動きにつながれば、潜在的な成長力に対する影響も懸念されます。こうしたことを考慮すると、政府が、円高に伴う痛みを緩和し、産業空洞化を防ぐべく、製造業の根幹をなす研究開発部門や中小下請け企業への支援を検討しているのは大変意義のあることだと考えております。

懸念の第三は、電力コストの上昇です。本年夏場は、企業の工夫・負担や個人の節電努力などにより、生産水準などには特段の影響が出ませんでした。しかし、長期的にみて原子力から代替エネルギーへシフトしていく可能性が高い中にあって、代替エネルギーの輸入など電力コストが上昇していけば、企業収益を持続的に圧迫し、場合によっては海外シフトしていく可能性も否定出来ません。

懸念の第四は、デフレ予想の長期化です。本年8月、CPIが2010年基準へ改定されました。その結果、旧基準(2005年基準)に比べ月々のCPI(除く生鮮食品)前年比の下方改定幅が-0.5%〜-0.8%ポイントとなり、新基準では、4月-0.2%→5月-0.1%→6月-0.2%→7月+0.1%となりました(図表27)。もともと民間調査機関では、この基準改定により、CPI(除く生鮮食品)前年比がそれまでの+0.6%辺りから0%近傍まで下落するとみておりましたし、私どももそう思っていたため、おおむね予想の範囲内ではありましたが、物価安定の実現までは、なお時間がかかることが確認されました。

このように、物価安定の実現までになお時間がかかるもとで、ゼロ金利の継続予想が長期化すれば、人々のデフレ予想が自己実現的に強まってしまうリスクがあります。万が一、デフレ予想が根雪のように固定化してしまうと、委縮しがちな人々の行動に働きかけることが難しくなり、支出が先送りされるなどして成長期待も高まらず、「デフレと低成長のわな」とも言うべき状態からなかなか抜け出せないといったおそれがあります。現時点では、基準改定後も、需給ギャップが縮小するもとでデフレ脱却の方向に向かっていること自体は変わらないと考えていますが、今後、人々の予想物価上昇率に変化がみられないか、注意深く確認していく必要があります。

なお、実際の物価トレンドには、今後、商品市況の上昇分などがタイムラグを経てプラスに効いてくると思われますが、10月以降は、たばこ税と損害保険料率改訂の影響が剥落するため、これが再びCPIの下押し要因となることには注意が必要とみております。

この間、日本銀行は、8月4日の金融政策決定会合において、資産買入等の基金を10兆円増額する形での追加緩和(固定金利オペ+5兆円、資産購入+5兆円)を決定しました。景気は足もとまでは生産面を中心に着実に回復してはいますが、海外経済をめぐる不確実性やCPIの基準改定の影響など、先行きのさまざまな下振れ要因を勘案し、震災からの立ち直り局面から物価安定のもとでの持続的成長経路への移行をより確かなものにする観点から、追加緩和に踏み切った訳です。今後も、必要と判断される場合には、適切に対応していくことが大切だと考えております。

3.金融政策

(1)ゼロ金利下での金融政策

以下では、これまで行ってきた金融緩和強化の取り組みを、一般的な文脈で整理してみたいと思います。

通常の政策金利(日本では無担保コールレート(翌日物))をコントロールする金融政策運営を「伝統的金融政策」とすると、政策金利がゼロ%下限に近づいたもとで実行される金融政策は、しばしば「非伝統的金融政策」と呼ばれます。政策金利がゼロ%近くまで低下すると、それ以上の金融緩和は難しくなりますが、一方で、ゼロ金利政策を将来にわたって続けることを約束したり、中央銀行の資産規模を拡大する、あるいは資産の構成を変更するといったことにより、さらに強力な金融緩和効果を発揮しようという政策が考えられます。

昨年10月からわが国で実施している「包括緩和」は、まさにこれらの要素をすべて含んだ「非伝統的な金融政策のパッケージ」と理解できます。すなわち、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで実質ゼロ金利政策を続けることとし、国債や社債・CP、ETF・J-REITなど様々な資産を購入しています。米国でリーマン危機以降実施されている一連の金融政策も同様で、そこには、大量の資産購入(住宅ローン担保証券や国債の購入)やその構成変化、景気物価情勢を前提としたゼロ金利政策の継続(2013年半ばまで)が含まれます。

これらはいずれも、長めの市場金利の低下や各種リスクプレミアムの縮小を促すことなどを通じて、企業・家計の支出行動や投資家の資産選択行動に働きかけ、最終的な景気や物価に影響を及ぼすことが期待されます。

包括緩和策の効果についてですが、金融市場の動向をみる限り、CPや社債のスプレッドが縮小し、また株価やREIT価格も総じて底堅く推移するなど、一定の効果が出ているとみており、それが景気物価を下支えする役割を果たしていると考えています。

米国の非伝統的政策についても、特に、2010年11月から本年6月まで実施された大量の国債購入プログラム(いわゆる量的緩和第2弾)を中心に、政策効果を巡り賛否が議論されています。その効果を評価する賛成意見としては、デフレ懸念を払拭したこと、株価が上昇したこと、消費マインドが改善したこと、ドル安により輸出が促進されたこと、株価上昇で公的資金が早期に回収できたこと等が指摘されています。一方、否定的な意見としては、雇用等の経済指標に顕著な改善が見られていないこと、株のミニバブルを発生させそれを崩壊させたこと、国際商品市況(原油・ガソリン価格)の高騰を招いたこと、資産価格高騰の恩恵を受けにくい低所得層の実質所得を低下させたこと、新興国へインフレを輸出したこと等が指摘されています。おしなべて、プラスの効果を前向きに評価する向きと、効果を疑問視する、あるいは予期せぬ副作用が大きすぎたと批判する向きが交錯している印象を受けます。ここから汲みとれることは、金融政策の効果の大きさやその現れ方を把握し、また事前に予見することが、いかに難しいかということだと思います。

(2)金融政策の効果:伝統的政策と非伝統的政策の比較

金融政策の効果およびその波及経路については、伝統的政策と非伝統的政策で、大きな違いがあるのでしょうか。

伝統的な金融政策においては、金利を通じる経路、(またそれにも付随する)ポートフォリオ調整を通じる経路の両面から、借入コストや株価・為替レートを含む様々な資産価格、銀行信用量などに働きかけ、それが企業・家計の支出行動に影響を及ぼして、最終的な景気・物価に影響を及ぼす、といった波及のメカニズムが期待されます。

これらの伝統的政策の波及メカニズムは、ロジックとしては、非伝統的な政策にも当てはまるものです。長めの金利や各種リスクプレミアムへの働きかけは、上記の金利経路、ならびにポートフォリオ調整・資産価格を通じた経路に他なりません。上記の米国の政策効果をめぐる議論でも、そのほとんどすべてが、伝統的な波及経路で説明できるものです。

一方で、定性的なメカニズムは同じでも、非伝統的政策において特に指摘すべき議論も存在します。

第一に、金融システム・金融市場安定化効果についてです。これは、金融機関に流動性を大量に供給することで金融システム不安を鎮める効果、もしくはマーケットが過度にリスク回避的となり市場機能が低下してリスクプレミアムが急上昇した時に、中央銀行の介入によって金融市場を安定化させる効果です。金融不安やマーケットの底抜けを防ぐことで、実体経済への悪影響を防ぐことができます。

第二に、国際スピルオーバー効果です。これは、ゼロ金利の長期化予想に伴い、グローバルな投資家が利回りを追求(キャリートレード・リスクテイクを積極化)し、資本が高金利国・資源国へ流れ、それが海外新興国の景気を拡大させたり株価を押し上げたりする結果、自国からの輸出拡大やグローバル企業の収益改善を通じて、景気・物価へ波及していくという効果です。

第三に、予想インフレ率を通じた効果です。これは、需要に働きかける従来の経路に加え、中央銀行のバランスシートが長期にわたり拡大するとの期待を持たせることにより、予想インフレ率を上昇させ、実質金利を低下させることを通じて景気・物価へ波及する効果です。

このような効果波及のメカニズムが考えられる一方で、金融緩和が行き過ぎると副作用も懸念されます。第一の効果には、中央銀行が過剰に介入して、リスクプレミアムを過度に抑え込むと、リスクに応じて価格付けがなされるという市場本来の機能までつぶしてしまうことになります。また金融機関の収益も圧迫する可能性があります。第二の効果には、過度なリスクテイクを助長することで、資本流入国の景気過熱や信用バブルをもたらし、その後の深刻な景気後退を招く可能性があります。第三の効果には、行き過ぎたバランスシート拡大を続けると、予期せぬタイミングで予想インフレ率が上昇したり、無規律な貨幣拡大もしくは政府債務の貨幣化と市場に認識されて国債利回りが急騰するといった可能性も考えられます。 

非伝統的な金融緩和には、このような特有の副作用を伴う可能性があることも十分に考慮する必要があります。

(3)留意点

以上のような整理を行ったうえで、強調すべき留意点がいくつかあります。

第一に、これらの効果波及の経路は、それぞれ重複したり相互に関わるものであり、個別の経路を区別して識別したり、またその定量的な効果を測定したりすることは、不可能ではないにしても、大変困難であるという点です。とりわけ、非伝統的政策の効果や副作用については実際の経験が乏しく、またそれが実施されるような経済状況は、企業や家計が過剰な債務を抱えるなど、金融危機後の深刻かつ長期の景気停滞の渦中である場合が多く、それだけ通常の波及経路が機能しにくい経済環境にあることも予想されます。経験が乏しい領域であることに加え、そのような経済状況であることを考慮すると、過去の政策の経験を参考にしつつも、予期せぬ副作用についても十分な目配りを必要とする、総合的かつ慎重な判断が重要だと考えられます。

第二に、こうした金融政策の効果が、もし仮に好ましい形で波及した後の金融・経済情勢下では、良い意味で金利は上昇しているという点です。金融緩和政策によってやや長めの金利が低下する、あるいはリスクプレミアムが縮小すると、資金の借入主体(たとえば企業)は低金利を基に借入を増やし、あるいは株価が上昇して新株発行によってより多くの資本財を購入できることから、設備投資を増やし、その結果、景気や物価は上昇します。それらの総体として、株価は上昇し、債券価格は下がり金利が上昇していきます。また、資金の運用主体の側で考えても、当初の金利低下に伴う収益率低下を嫌気して、低金利の債券を売って他の資産(株など)を購入しようとします。その結果、資産価格(株価)が上昇し、債券が売られ金利が上昇していきます。

結局、政策の効果が徐々に現れ、経済が着実に成長していくという経路のもとでは、より長めの金利は、当初低下したのち、やがて上昇に転じていくのが自然ということです。逆に、長めの金利が低水準のままということは、(インフレ期待を一定とすると)低成長のままということを意味します。

なお、補足ですが、金利が好ましい形で上昇していく場合の経済への影響には注意が必要です。例えば、財政再建の問題を考えると、前提としていた金利水準が上昇すれば、財政の金利負担が増すということになります。しかし、一方で成長が高まることで税収増も期待できますので、そうした双方の効果を踏まえて財政再建を議論することが肝要となります。

第三に、金融政策だけでは望ましい成長力強化は図れないということです。そもそも経済の成長力強化は、一義的には民間部門の構造変革努力、そして、それを支援する政府の成長戦略などにより推進されるものと理解されます。しかし、そう申し上げたうえで、金融政策にも、短期的・循環的な景気の振れを抑えるという効果に加えて、中長期的な効果を経済に及ぼす可能性があります。望ましい形では、金融緩和が良質な設備投資や研究開発投資を促進することを通じて、生産性や成長力強化に寄与する可能性が考えられます。一方で、望ましくない可能性としては、金融緩和が過度のリスクテイクや過剰な設備投資を促すことで、中長期的に景気の振幅を拡大したり、無規律な金融緩和が予期せぬタイミングで通貨に対する信認を喪失させたり金利高騰を招くという懸念が考えられます。このように、金融政策が潜在的に持ちうる効果は、中長期的な成長にとってプラス・マイナス両面ありうると認識しておくことは重要です。

なお、中長期的な成長力強化との関係では、日本銀行は、昨年6月から、「成長基盤強化を支援するための資金供給」という措置を実施しています。これは、中長期的な成長力強化につながる案件を発掘し、融資等を行なった金融機関に対して、当初1年、ロールオーバーすれば最長4年の長期資金を0.1%の低利で供給するものですが、既に当初設定枠の3兆円を満たし、一定の呼び水効果はあったとみております。また、本年6月には、5,000億円の貸出枠を新たに設定しました。新たな貸出枠では、企業に出資を行なった金融機関や動産担保融資を行なった金融機関に対して、当初2年で最長4年の長期資金を、0.1%の低利で供給しています。日本銀行としては、本措置により金融機関による動産担保等の活用が進み、わが国の成長基盤がさらに強化されていくことを期待しています。

以上、金融政策の効果波及経路と若干の留意点を紹介させて頂きました。繰り返しになりますが、実際の金融政策運営に際しては、さまざまな条件や可能性を丁寧に考慮し、全体として効果が最大限に発揮され、副作用が最小限に抑制されるようタイミングや手段を見極めながら、慎重かつ果断な対応が求められます。今後とも日本銀行は、不確実性の高い経済環境のもと、包括的な金融緩和策を通じた強力な金融緩和を推進するとともに、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援を通じて、中央銀行としての貢献を粘り強く続けていく所存です。

4.終わりに〜道南(函館)経済について〜

結びにあたり、当地について述べたいと思います。

道南地方の景気は、東日本大震災の影響により、基幹産業である観光面を中心に下押し圧力がみられ、先行き不透明感が強い状況が続いていました。もっとも、足もとは、東日本大震災に伴う圧力が和らぐ中で、観光・個人消費・生産を中心に持ち直しの動きがみられています。

道南地方は、世界三大夜景の一つに数えられる函館山からの夜景、五稜郭跡などの歴史的・文化的遺産、新鮮な海産物、多様な温泉など、魅力ある観光資源を豊富に有し、国内外から年間約1千万人の観光客が訪れる全国有数の観光地として有名です。こうした中、本年5月に発行された「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」改訂第2版において、「函館山からの眺望」が最高評価の三つ星(「わざわざ旅行する価値がある」)、「五稜郭跡」など6項目が二つ星(「寄り道する価値がある」)に選定されるなど、地域全体として高い評価を受けました。また、2015年度には北海道新幹線新函館駅開業が予定されているなど、観光面を中心に将来が期待される明るい材料が数多くあります。このチャンスを是非、活かして頂きたいと願っております。

また、豊富な海洋資源とそれを活かした水産加工業や造船業など、水産・海洋に関連産業が数多く存在し、関連する学術研究機関が多く立地していることも一つの特徴です。こうした特徴を活かし、現在、「函館国際水産・海洋都市構想」が産学官連携のもと進められていると伺っています。

このような当地の特徴や優位性を活かした活性化に向けた取り組みが道南地方のさらなる発展につながることを強く期待しています。