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【挨拶】欧州債務問題、日本経済、金融政策運営

香川県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2012年2月2日

目次

1.はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は香川県の行政および金融・経済界を代表する皆様にお集まりいただき、懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。偶然ではありますが、本日は日本銀行高松支店の開設70周年という節目の日にあたります。これだけの長い期間、当地でしっかりと業務を続けてくることができたのは、皆様のご理解とご協力の賜物であり、この場をお借りして、改めて厚くお礼申しあげます。

香川県は、私自身にとって思い出深い土地です。私は1996年5月から約2年間、支店長として高松支店に勤務いたしました。その間、地元の企業経営者の方々のもとへ足繁く訪問させていただき、当地の景気や金融の実情を詳しく教えていただきました。その時に目の当たりにした皆様の並々ならぬ経営努力は、今でもはっきりと私の記憶に残っています。もちろん、当地の讃岐うどんに何度も舌鼓を打ったことも、忘れられません。

さて、本日は、当面の世界経済にとって最大の懸念材料である欧州債務問題に焦点を当てながら、日本経済の展望や中長期的な課題、そのもとでの日本銀行の政策運営の考え方などについて、お話をしたいと思います。

2.海外経済の動向と欧州債務問題の現状

海外経済はこのところ減速傾向ながら先行きは緩やかに回復の見通し

まず、海外経済の動向から話を始めます。2008年のリーマン・ショック以降、世界経済は、新興国に牽引される形で回復を続けてきましたが、昨年半ば頃から成長ペースは減速してきています。

地域別にみると、米国経済は緩やかな回復を続けています。最近では、消費や生産などに明るい動きがみられ、市場の見方も幾分楽観的となりつつあります。もっとも、住宅市場の低迷が長引き、失業率が8%を超える高い水準で推移するなど、持続的成長の基盤はなお脆弱です。このため、景気回復のペースは、当面緩やかなものにとどまると考えています。

欧州経済は、ギリシャなどの債務問題を背景に、全体として停滞色を強めてきており、引き続き先行きの世界経済にとって大きな懸念材料となっています。この問題については、後ほど詳しくお話しします。

新興国・資源国経済は、全体として高めの成長率を維持しています。しかしながら、最近は成長ペースが鈍化してきており、しかも成長の減速やインフレ率低下の度合いに、国ごとのばらつきが見られるようになっています。例えば、インドやブラジルでは、経済の減速が目立ってきているにもかかわらず、インフレ率はなお高止まっています。一方、中国では、成長の減速とインフレ圧力の低下がともに緩やかに進行しており、なお不確実性はありますが、うまく軟着陸に向かう兆しが出てきています。

なお、先月下旬に公表されたIMF(国際通貨基金)の最新の世界経済見通しによれば、2012年の世界経済の成長率は+3.3%との予想が示されています。昨年9月時点の見通し+4.0%に比べれば、欧州債務問題を主因に下方修正されていますが、新興国・資源国を中心に世界経済が次第に回復していくという見方は、大筋において維持されています。

昨年末にかけて深刻さを増した欧州債務問題

次に、焦点となっている欧州債務問題についてお話しします。この問題の発端はギリシャの財政問題でした。2009年10月、ギリシャの財政赤字について、それまでの統計が実態を表しておらず、本当の赤字ははるかに大きかったことが明らかになりました。このため、ギリシャの国債がきちんと償還されるのかどうかについて疑念が拡がり、ギリシャ国債の価格は大幅に下落しました。言い換えれば国債の利回りは大幅に上昇し、最近では30%以上の水準で推移しています。これでは自力での資金調達はできませんので、ギリシャは他の欧州諸国やIMFなどによる資金繰り支援を受けながら、様々な財政再建策を講じています。しかし、そのことがまた経済の下押し要因となり、財政再建自体を難しくするという悪循環に陥っています。そこで、ギリシャでは、重い債務負担そのものを減らすため、民間投資家による債権の一部放棄を含めて、今後の債務の取り扱いに関する議論が進められています。

ギリシャの問題は、財政状況にやはり不安を抱えていたポルトガルやアイルランドに飛び火し、これらの国もIMF等からの資金繰り支援を受けることになりました。さらに、ユーロ圏でGDP第3位のイタリア、第4位のスペイン、といった規模の大きな国の財政状況に対しても、市場における不安が高まりました。とくにイタリアは、昨年末近くには一時国債利回りが7%を上回るなど、厳しい状況に陥りました。その後、イタリア、スペインとも、それぞれ新政権のもとで財政再建策が打ち出されたこともあって、最近は国債利回りが幾分低下しています。しかし、そうした財政再建策が確実に実行されるかどうかはまだ不透明ですし、この春にかけては過去に発行した国債が大量に満期を迎え、その借り換えが順調に行われるかどうかも注目されています。また、ポルトガルについては、国債の格付けが大きく引き下げられたことなどから、財政を巡る懸念がこのところむしろ強まっており、国債利回りは15%を超える高い水準で推移しています。

このように欧州諸国の国債の利回りが大幅に上昇、言い換えれば価格が大幅に下落したことにより、国債は安全であるという前提で大量に保有してきた欧州の金融機関は多大な損失を被りました。その結果、今度はそれらの金融機関が市場で信用を失い、資金調達コストの上昇や、資金調達そのものが困難になる事態が生じました。とりわけ昨年末にかけては状況が悪化し、資金調達に苦しむ金融機関の貸し渋りなどにより、既に停滞色を強めていた実体経済に対し一段と深刻な影響が及ぶ懸念が強まりました。

本年入り後は幾分緊張が和らぐも警戒は怠れない

こうした状況のもと、欧州中央銀行は昨年12月に、貸付期間3年という中央銀行としては異例に長期の資金を、金融市場に大量に供給しました。その間、日米欧の主要6中央銀行も結束して、ドル資金の供給体制を強化するなど、国際金融市場の安定に努めてきました。その結果、本年入り後は、ドル資金を取引する際の金利が低下するなど、市場の緊張は幾分和らいでいます。しかし、これはあくまでも、当面の資金繰り不安が後退したということであって、欧州の金融機関は依然として大きな損失を抱え、それとの関係で自己資本が十分ではないとみられています。これらの金融機関は、本年6月末までに自己資本比率を引き上げることを金融当局から求められていますが、資本そのものを十分に確保できなければ、計算上の分母である資産を減らして自己資本比率を引き上げることにならざるを得ません。そうした資産の圧縮、いわゆるデレバレッジングと言われる動きは既に生じ始めていますが、今後、企業など資金の借り手にさらなる悪影響を与えないかどうか、また、欧州系金融機関からの借入れが多い新興国経済に影響が及ぶことがないかどうか、注意が必要だと思います。要すれば、財政に端を発した問題が金融面にも波及し、それが実体経済に及ぶという悪循環が、グローバルにも拡がらないかどうか、注意が怠れないということです。

3.欧州債務問題の基本的な性格

そもそもなぜ欧州は、これほど大きな問題を抱えることになってしまったのでしょうか。この問題には、大きく言えば二つの側面があると思います。一つは、17か国で一つの通貨「ユーロ」を共有する通貨統合に、元々存在すると言われていた弱点が表面化したことです。もう一つは、2000年代半ば過ぎまでの世界的なバブルがはじけた結果、財政状況が悪化した、という先進国共通の側面です。

通貨統合に不可欠の財政や競争力に対する規律づけが機能せず

まず、一つ目の「ユーロ」の問題についてみておきましょう。現在17か国から成り立っているユーロ圏では、単一の金融政策、すなわち単一の政策金利のもとで、通貨が統一された一方、国としては言うまでもなく別々です。したがって、それぞれの国の間で競争力の格差が拡大すれば、競争力の強い国は貿易収支の黒字がたまり、逆に弱い国は赤字が蓄積していきます。もし、それぞれの国が異なる通貨を用いていれば、黒字国の通貨が高くなり、赤字国の通貨が安くなる、という為替相場の変動を通じて、競争力を均等にする力が働き、貿易面での不均衡の問題は和らぐと考えられます。しかし、通貨を一つにしてしまった以上、こうした為替市場の力を期待することはできません。また、それぞれの国が、経済状況に応じて別々の金融政策を運営することもできません。もちろん、それらの問題は最初からわかっていたので、そもそも競争力に著しい格差がつかないよう、競争力の弱い国にはその強化を促すためのルールが作られていました。財政赤字をGDPの3%以内に抑える義務などを盛り込んだ「安定・成長協定」もそのひとつです。財政赤字にしっかり枠をはめておけば、競争力の低下を財政支出で補うことが難しくなるため、経済力そのものを強化する努力を行わざるを得ない、と考えられていたのです。

しかし実際には、リーマン・ショック以降の財政面での対応などもあって、こうしたルールは厳格には運用されず、財政規律は次第に緩んでいきました。その結果、ドイツなどの競争力の強い国と、ギリシャなどの弱い国の格差はどんどん拡大し、貿易面での不均衡が膨らむことになりました。貿易赤字国はその赤字分を他国からの借金で補う必要がありますが、他国の金融機関や投資家は、ユーロという単一通貨のもとで為替変動のリスクを気にする必要がなくなったこともあり、ギリシャなどの国債を低金利で購入し続けてきました。結果的に、赤字国は身の丈以上に外国からの借り入れを増やしてしまい、それに早い段階で歯止めをかけることはできませんでした。ギリシャの場合、こうして過大に発行された国債が結局は返済しきれなくなり、今回の債務問題として表面化しました。

リーマン・ショック後の財政赤字拡大という日米欧共通の問題も

以上は、通貨統合の仕組みに弱点があったために、過大な政府債務が蓄積されたという問題です。欧州債務問題の背景には、もう一つ、世界的な信用バブルの崩壊による財政状況の悪化という、他の先進国にも共通する側面があります。

振り返ってみますと、2000年代半ば過ぎまでの世界経済は、新興国の台頭や金融イノベーションなどを背景に、インフレを伴わない高い成長が続いていました。この状況は、「大いなる安定(Great Moderation)」とも呼ばれ、とりわけ米欧経済は先行きへの自信を強めていきました。しかし、米国でサブプライム住宅ローンの問題が深刻化し、ついにはリーマン・ショックが起こるに至り、それまでの高成長の少なからぬ部分は、持続不可能なバブルに過ぎなかったことが明らかになりました。欧州でも、そうした世界的な成長局面で、アイルランドやスペインなどを中心に不動産投資が急増し、信用バブルの崩壊とともに不動産の価格が急落しました。その結果、金融機関の救済や景気対策に多額の財政資金が投入されて、財政状況が急速に悪化しました。米国もリーマン・ショック後に財政赤字が急増し、昨年夏には一部の格付機関が米国国債を最上位のトリプルAから格下げするという動きもみられました。日本では、急速な高齢化の進展などから、元々財政赤字は大きな問題でしたが、やはりリーマン・ショック後の累次の景気対策により、財政状況は一段と深刻化しています。

一般に、財政の立て直し、すなわち政府債務を減らしていくには、歳入や歳出といった財政そのものへの切り込みに加えて、債務返済の原資である税収を確保していくために経済成長力を強化していくことが必要です。例えば、ポルトガルやイタリアの場合は、財政の状況もさることながら、むしろ成長力の弱さに市場は懸念を持っています。

そもそもリーマン・ショック以前の世界の経済成長は、信用バブルによってかさ上げされたものであり、今となっては、そうした経済に再び戻ることはできません。財政の立て直しを着実に進めていくうえでも、リーマン・ショック後の経済構造の変化に対応した新しい成長モデルを構築し、将来に亘って成長力を強化していくことが必要です。日本については後ほど改めてお話ししますが、この点は、欧州、米国、そしてわが国に共通する非常に重たい課題として存在しています。

欧州債務問題の根本的な解決には時間がかかる

以上のような状況を踏まえたうえで、欧州債務問題の解決に向けた方策について考えてみたいと思います。先ほど述べたように、欧州中央銀行による大量の資金供給などにより、このところ金融市場の緊張は幾分和らいでいます。しかし、これはとりあえずの止血に過ぎません。問題の基本的な性格を踏まえれば、次のような、より根本的な対応が必要だと考えています。第1に、繰り返しになりますが、問題国が財政の健全化と成長力の強化に取り組むことです。第2に、こうした問題国の取り組みを支援するとともに、金融システムを立て直すため、資金面で十分な体制を整備することです。第3に、問題の再発を防ぐため、財政や競争力に対して十分な規律が働くよう、ユーロ圏内の統治の仕組みを強化することです。第4に、リーマン・ショックのような金融危機を回避することです。

これらのうち、1番目から3番目の対応については、少しずつ前進してはいますが、問題の難しさからみて、その解決にはなお相応の時間を要すると考えられます。例えば、財政健全化を推進するには、国民にかなりの我慢を受け容れてもらわなければなりません。また、資金面から問題国を支援する方策として、「欧州安定メカニズム(ESM)」と呼ばれる新たな資金供給の枠組みを創設することや、欧州域外からの支援策などが検討されていますが、資金を出す側にもリスクがありますので、一筋縄ではいきません。問題の再発防止という点では、先日のEU首脳会議において、多くの国が財政規律の強化などを内容とする新たな条約を締結する方向で前進しましたが、今後の具体的な手続などは依然残された課題となっています。最終的には個々の主権国の経済政策にどこまで介入できるのか、というユーロ圏が最初から抱えていた悩みを乗り越えていかなければなりません。

欧州の平和と繁栄と安定を作り出すという理想を掲げ、強い政治的な決意に裏打ちされて誕生したユーロの歴史を踏まえれば、今回の危機をバネに通貨統合はさらに進化していくと考えられます。実際、欧州当局者は今も並々ならぬ努力を続けています。しかし、そこに至る道のりの険しさを思えば、何らかのきっかけで金融システムの緊張が著しく高まる可能性や、最悪の場合は通貨統合そのものの維持に対する市場の信認が低下する可能性も完全には否定できません。確率はきわめて低いけれども起これば影響が甚大となりうるリスク——いわゆるテイルリスク——も意識しながら、今後の展開を注視していく必要があります。先ほど4番目に、リーマン・ショックのような危機を起こしてはならないと述べたのも、まさにこうした問題意識からです。

以上、欧州債務問題の現状と、その基本的な性格について述べてきましたが、残りの時間でそれらも念頭に置きつつ、日本経済の動向と日本銀行の金融政策運営の考え方について話を続けたいと思います。

4.日本経済の展望と中長期的な課題

やや長い目でみれば物価安定のもとでの持続的成長経路へ

日本経済は、昨年3月の震災発生によって大きく落ち込んだ後、企業や国民の努力により予想以上のスピードで回復しました。しかし、秋口以降は海外経済の減速や円高、さらにはタイの洪水の影響などが及び、最近の日本経済は横ばい圏内の動きとなっています。

こうした中、先週、日本銀行は、2013年度までの最新の経済見通しを公表しました。日本銀行政策委員の見通しの中央値で申し上げると、実質GDP成長率は、2011年度は震災の影響や海外経済の減速などから−0.4%とマイナス成長になる見通しですが、2012年度については、新興国に牽引されて海外経済の成長率が再び高まることや、復興需要が徐々に強まっていくことなどから、+2.0%と予想しています。さらに、2013年度についても+1.6%の成長率を予測しています。こうしたもとで、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、当面はゼロ%近傍で推移するとみられますが、2012年度は+0.1%、2013年度は+0.5%と徐々に上昇率が高まっていくと予想しています。このように、デフレ克服にはなお時間がかかりますが、やや長い目で見れば、日本経済は物価安定のもとでの持続的成長経路に復していくと考えています。

しかし欧州債務問題の影響を始め不確実性は大きい

ただし、以上の見通しには様々な不確実性が存在します。最大のリスクは、既に述べた欧州債務問題ですが、それ以外にも意識しておくべき不確実性があります。先ほどの日本経済の回復シナリオでは、新興国・資源国が、インフレ圧力の低下を受けて成長率を再び高め、世界経済を牽引していく姿を想定しています。しかし、そうした基本的な想定についても、その通り実現するかどうかについては、予断を持たずに見ていく必要があります。また、イランを巡る地政学リスクも懸念されます。今後、仮に情勢が緊迫化して原油価格が大幅に上昇すれば、物価には上振れ圧力となる一方、企業収益の悪化などを通じて景気には下振れ要因となります。原油価格の高騰は新興国経済の減速にもつながり得るだけに、今後の展開には十分な注意が必要です。

国内要因としては、今年の夏に向けて、四国地方を含む全国の広い範囲で電力需給を巡る情勢が厳しさを増す可能性があります。さらに、円高の定着や電力コストの上昇などを背景に、生産拠点の海外移転が急速に進行する場合、中長期的な成長期待が下振れる可能性があることにも、引き続き注意を払う必要があります。

日本経済の中長期的な課題:成長力の強化と財政の持続性確保

今申し上げた最後の点、すなわち中長期的な成長期待の下振れリスクは、ここにきての新しい問題ではありません。むしろ日本経済の成長率は趨勢的に低下してきており、とりわけ1990年代以降は慢性的な低成長が続いています。その基本的な背景は、急速な高齢化が進んでいるにもかかわらず、需要構造の変化を機敏にとらえて新しい産業を伸ばしていく力が、日本経済に十分備わっていないためであると考えています。今後高齢化が一段と進むことや、高水準の政府債務などを考えると、財政の構造改革を進めつつ、中長期的な成長力の強化に本腰を入れて取り組むことが、日本経済の喫緊の課題となっています。

外需・内需の両面作戦で成長力の強化を

中長期的な成長力を強化していくことは、容易ではありません。しかし、次の4点を念頭に置きながら是非とも実現していく必要があります。

第1に、グローバル需要を最大限に取り込んでいくことです。そのためには輸出もさることながら、積極的な海外進出によって、現地のニーズを的確にとらえて市場を開拓することが重要です。企業の海外進出については、そのスピードが速すぎさえしなければ、国内雇用の空洞化をもたらす要因には必ずしもならないと思います。海外で収益を拡大し、それを国内に還元して新たな製品・サービスの研究や開発に投資するという循環が築かれていけば、国内ではむしろ付加価値の高い仕事が創出され、成長基盤の強化に資すると思います。観光やビジネスの拠点として日本に滞在する外国人を増やす取り組みや、海外からの投資を呼び込む環境を整備していくことも、グローバル需要を取り込み、同時に国内の雇用を拡大するうえで効果的な戦略です。

第2に、潜在的な内需の掘り起こしです。高齢化社会には高齢化社会なりの新たな潜在ニーズがあり、価値観やライフスタイルの多様化にきめ細かく対応する余地が豊富に存在すると思います。医療・介護はもちろん、ITを応用した企業・家計に対するサービスなど、国内市場には多くの可能性があります。先ほど、電力需給を巡る懸念に言及しましたが、逆にそうした課題を克服する節電や代替エネルギーの開発なども、新たな付加価値の創出につながります。

第3に、労働市場の柔軟性を高めることです。高齢化に伴う労働力不足が経済成長の制約となるのを和らげるには、高齢者や女性の就業を促進することが必要です。また、転職や新規事業の立ち上げに踏み切りやすい環境を整えることは、経済全体における人材の有効活用や新陳代謝の活性化にもつながります。グローバル人材の育成も急務だと思います。

第4に、金融資本市場の機能強化です。新たな市場の開拓には、リスクへの挑戦が不可欠であり、それを支援するには、投資家や金融機関によるリスクの引き受け、すなわちリスク・マネーの供給が必要です。日本の家計には1,500兆円近い金融資産があり、金融機関には豊富な預金が集まっています。その一部でもリスク・マネーへと転化させていくよう、地道に取り組みを進めていくことが重要です。

以上、いくつかの切り口で日本経済の成長力強化について申し上げました。他にもいろいろとあるかもしれませんが、外需・内需の両面で市場を切り拓いていくことと、そうしたチャレンジ精神を支える労働・資本市場の活性化を進めていくことが、成長力強化の基本的な柱になると考えています。

市場の信認が失われないうちに財政の持続性をしっかり確保すべき

こうした成長力の強化と並んで、財政の持続性確保に向けた取り組みも着実に進めていく必要があります。わが国の政府債務残高は対名目GDP比で200%を超えており、先進国の中で最も高い水準となっています。それにもかかわらず、国債金利が低水準で安定している最も基本的な理由は、わが国には財政健全化に向けて取り組む強い意志があり、したがって日本国債は安全な資産であり続けると、市場が信頼しているためだと考えています。

そうは言っても、国の借金がなお増え続けている現状では、何らかのきっかけで国債市場の信認が一気に崩れるリスクは排除できません。仮にこれが現実のものとなった場合、金融システムや実体経済に大きな影響が及ぶことは、欧州の実例が証明しているとおりです。一段と高齢化が進む中で、社会保障費の増加圧力がかかり続けることなどを踏まえますと、成長力の強化だけで財政健全化の道筋を確保することは困難です。市場からの信認が失われる前に、歳出・歳入の両面で財政の構造改革を進めていく必要があります。

5.日本銀行の金融政策運営

デフレ脱却に向けて強力な金融緩和を推進

続いて、これまで述べてきた日本経済の見通しや中長期的な課題を踏まえて、日本銀行の金融政策についてお話しします。日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することがきわめて重要な課題であると認識しています。そうした認識のもと、「包括的な金融緩和政策」という形で、強力な金融緩和を推進しています。

具体的には、第1に、政策金利を実質的にゼロ金利といえる0〜0.1%程度にまで引き下げています。

第2に、こうした実質的なゼロ金利政策を、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで継続することを、はっきりと約束しています。また、今申し上げた物価の安定の意味について、「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度」という具体的な表現で明確に示しています。この表現を、日本銀行は「中長期的な物価安定の理解」と呼んでいます。ちなみに先週、米国の中央銀行も、物価上昇率に関する「長期的な目標(longer-run goal)」を導入して市場の注目を集めましたが、これも日本銀行の場合と同様、中長期的な物価安定の意味を数値的に明確にすることを狙ったものです。

第3に、日本銀行は、「資産買入等の基金」を創設し、そのもとで国債を始めとする多様な金融資産を買い入れています。これは、長めの市場金利などへの働きかけを通じて、金融緩和が企業の資金調達コストにまでしっかりと波及するよう促す措置です。この基金による買入等の総枠は55兆円程度と、日本のGDPの1割超に相当する大規模なものとなっています。

きわめて緩和的な金融環境を活用して外需・内需の開拓を

以上の強力な金融緩和の推進により、現在、日本の金融市場には潤沢な資金が供給されており、企業の資金調達環境はきわめて緩和的なものとなっています。欧州債務問題により、国際金融市場が緊張感の強い状況にあるのと比べれば、非常に対照的です。こうした国内の緩和的な金融環境が、先ほど申し上げた外需・内需の開拓などに積極的に活用されていけば、日本経済がデフレから脱却していくことは可能だと思います。この点で、日本銀行自身、成長基盤の強化に資する投融資を行った金融機関に長期かつ低利の資金を供給する措置も実施しており、これを通じて、緩和的な金融環境を活かす企業や金融機関の取り組みを支援しています。

金融政策運営の不断の点検と万が一の場合に備えた体制整備

日本銀行は、デフレからの脱却、そして中長期的な成長力の強化に向けて、中央銀行として最大限の貢献を粘り強く続けるとともに、海外経済の減速や円高の影響など、当面の情勢には不確実性が大きいことを十分認識し、引き続き適切な政策対応に努めてまいります。金融政策の運営に当たっては、市場とのコミュニケーションのあり方を含め、客観的かつ冷静な目で不断に点検していくことが重要だと思っています。このほか、欧州債務問題については、その確率が低いとは言え、金融市場が大きく混乱するようなまさかの事態にも備えておかなければならないと申し上げました。この点、日本銀行は、金融システムや決済システム、金融機関経営の状況をしっかりと把握し、政府や各国中央銀行とも緊密に連携をとりつつ、万が一の場合にも金融市場の安定を確保するよう、万全の体制を整えておきたいと考えています。

6.おわりに

そろそろ時間がなくなってきましたので、香川県経済について触れつつ、本日の話を締め括りたいと思います。

当地には、特定の分野で世界一のシェアを誇る企業が数多く存在していますが、今回の訪問でも、経営者の皆様から、グローバルな視野で成長市場をさらに開拓する強い意欲を伺うことができました。また、香川県は、全国に先駆けて全県的な診療情報共有システムを構築しており、昨年12月には、これを基盤とする「かがわ医療福祉総合特区」が創設されています。官民共同のこうした積極的な取り組みが、高齢者などの潜在的な需要を掘り起こし、内需開拓のモデルケースになることを強く期待しています。

最後に、昭和29年から1年半ほど高松支店長を務め、後に日本銀行総裁となった、前川春雄氏が好んで使っていた「奴雁」という言葉をご紹介したいと思います。元々は、福沢諭吉の書物の一節から引いたものであり、「雁の群れの中で、仲間を外敵から守るために周囲の状況の変化に注意を払う役割を担う雁」という意味です。前川元総裁は、しばしば中央銀行を「奴雁」になぞらえ、「時代の雰囲気に流されてしまうことなく、常に客観的な視点で時代の変化と方向性を見据えて世の中に訴えていくこと」の重要性を強調していました。私自身は、この言葉は中央銀行だけでなく、地域の行政、金融、経済における責任ある立場の方々それぞれにも当てはまると考えています。皆様におかれても、グローバリゼーションや少子高齢化、さらには地元経済が抱える様々な課題に直面する中、冷静な視点で時代の変化を見据え、地域の仲間を真の解決策に導く強いリーダーシップを発揮されておられると思います。日本銀行としても、中央銀行としての貢献を粘り強く続け、今後とも皆様の前向きな取り組みを応援してまいりたいと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。