公表資料・広報活動

ホーム > 公表資料・広報活動 > 講演・記者会見 > 講演・挨拶等 2012年 > 【講演】西村副総裁「岐路に立つアジア市場」(第12回OECD・アジア開銀研究所共催東京ラウンドテーブル)

【講演】岐路に立つアジア市場

第12回OECD・アジア開発銀行研究所共催東京ラウンドテーブルにおける講演「Asian Markets at the Crossroads」の邦訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年2月8日

目次

0. はじめに

皆さま、おはようございます。本日は、「第12回OECD・アジア開発銀行研究所共催東京ラウンドテーブル」において、キーノート・スピーチをする機会をいただき、大変うれしく、また光栄に存じます。

このラウンドテーブルは、政策当局者、金融界、学界を含めた幅広いバックグラウンドをもつ専門家の方々がアジアの金融市場の発展に関しフランクに意見交換をする場として、アジア危機直後の1999年に創設されました。昨年は東日本大震災のために中止を余儀なくされましたが、こうして再び今年開催できたことは、OECD、ADBIをはじめとする関係諸機関の皆さまの多大なるご尽力によるものであり、深く敬意を表します。また、海外からお越しの皆様におかれては、こうした日本での国際会議に参加することを通じて、大震災からの復興の状況を是非体感していただきたいと思います。

1. アジアの金融市場

さて、アジアの金融市場の発展を振り返った時、現時点の評価はどのようなものになるでしょうか。まず、金融及び経済の面から見てとれる、アジア諸国の強み(resilience)と脆弱性(vulnerability)について整理することから始めたいと思います。

強み

強みとしては、まず、アジア経済が世界有数の高成長をここ何年もの間達成してきたことが挙げられます。経常収支も、安定的に黒字基調で推移しています(図表1)。また、財政バランスを比較的健全に保ってきたことにも言及すべきでしょう。例えば、リーマン危機時に中国など幾つかのアジアの国が迅速かつ大規模な財政刺激策を断行し、域内のみならず世界景気の回復に大きく寄与したことは記憶に新しいところです。

加えて、アジア経済は、各種ショックへの耐性も強化してきました。国内の金融システムや資産価格を含めた物価の安定に向け、LTV比率やDTI比率の弾力的な運用など様々なマクロ・プルーデンス策が実施され、良好な結果を生み出しています。さらに、急激な資本流出入といった対外ショックに対しても、外国為替持高規制、金融取引税、債券保有期間設定といった施策を的確に導入し、相応の効果を上げてきました。

脆弱性

しかし、その一方で脆弱な点もあります。まず、1997年のアジア危機の際に指摘された通貨と満期のダブル・ミスマッチの問題です(図表2)。短期の外貨で資金を調達し、自国通貨に変換して長期の国内投資案件にその資金を使う場合には、通貨と満期の両面でリスクを負います。何らかの理由で短期の外貨調達が困難化した場合に、直ちに資金繰り面での問題が発生しやすいほか、その国の通貨が売られた際には銀行の債務残高が増加し、経営が悪化することになります。事実、リーマン危機の際、一部の国においてこうした脆弱性が改めて浮き彫りになりました。

また、アジアにおいては、資金仲介機能は伝統的に間接金融の割合が高く、最近ではその割合が低下している国・地域もあるとは言え、依然として依存度が高いという構造があります(図表3)。すなわち、金融セクターにショックが起こった場合、非金融企業の資金調達にも大きな影響が及び得るということです。

さらにスコープを拡大してみると、アジアの豊富な貯蓄はアジア域内に必ずしも十分投資されることなく、域外、すなわち欧米先進国の債券などに投資されるという、アジア域内の現地通貨建て投資機会が依然不足しているという問題もあります。

これらの脆弱性を別の角度からとらえれば、アジアでは、製造業など非金融企業が強い一方で、金融セクターの拡がりと深さの双方がまだ不十分であり、これが弱みとなっていると言えるでしょう。銀行依存度が高いということは、裏を返せば、債券市場が十分に発達していないことを意味しています。また、ヘッジ手段としてのデリバティブ取引の市場も未発達であり、健全なリスク取引を行いにくいという声もよく聞かれます。さらに、証券化市場の発展が遅れているために、リスク許容度に応じて多様な投資家を呼び込むといった証券化スキーム本来のメリットを活かし切れていないという面もあります。(図表4、5)

この間、アジアでは、マイクロ・ファイナンスへの依存度が高い国も少なくありません。マイクロ・ファイナンスは、G20の主要議題の1つに掲げられているように、特に新興国や途上国の持続的な成長に欠かせないものです。しかし問題点もあります。マイクロ・ファイナンスの主体は、銀行と同水準の監督は受けていないものの、預金を受け入れ、貸出サービスを提供しているノンバンク金融機関です。つまり、業態全体として貸出や預金の市場シェアが大きくなる場合には、金融システム全体の脆弱性を高める要素ともなり得ます。

2. アジアの対応

地域の取り組み

こうした脆弱性に対して、アジア地域としてどのように取り組んできたでしょうか。数ある対応の中で、ここでは、この10年間で大きな進展を見せた2つのプロジェクトを紹介します。

一つ目は、域内の豊富な貯蓄と投資を繋ぐ流動性の高い債券市場を育成しようというプロジェクトです。日本銀行を含めた東アジア・オセアニアの中央銀行・通貨当局11先で構成するEMEAPでは、保有外貨資産の一部を拠出して投資信託(Asia Bond Fund)を組成し、自ら最初の買い手としてメンバー8か国・地域のソブリン債、準ソブリン債に投資しました1。ASEAN+3プロセスにおいても、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の下で、現地通貨建て債券の発行促進・需要喚起、債券市場のインフラ整備などを重点分野に掲げています2。こうした取り組みもあって、アジアの債券市場は、国・地域毎に違いはあるものの、着実に成長してきています。

二つ目のプロジェクトは、有事の際にアジア域内での外貨流動性支援体制を構築しようというチェンマイ・イニシャティブ(CMI)の推進です。これは短期的な外貨流動性不足に対応し、ASEAN+3メンバー国の保有する外貨準備を基に2国間で通貨スワップ取極を結び合い、域内スワップ・ネットワークを構築するところからスタートしました。今では、参加国が増え、また金額が大きくなり実効力が強まっています3。現在、危機予防的な措置にも使えるよう機能面での拡充と併せて、規模の十分性についても検討しているところです。

さらに、危機の予防や資金支援を有効的に実行するに当たっては、日頃から域内の金融経済情勢をモニタリングし、お互いのマクロ政策に対する情報交換(サーベイランス)も欠かせません。そのため、2011年4月にASEAN+3独自のマクロ経済リサーチ事務所(AMRO)をシンガポールに設立したほか、2012年より、従来の財務大臣会合に中央銀行総裁も加え、財務大臣・中央銀行総裁会合が開催されることになっています。

  • 1 2003年の運用開始時は米ドル建て債券のみに限定していましたが、2005年から現地通貨建て債券も対象としました。これは民間投資家に対する呼び水効果を生み出すことを期待したもので、各国・地域に上場されたファンドは、個々に違いこそあれ、投資家の間で認知度が高まってきています。また、こうした取り組みの過程で、外国人投資家に対する規制緩和や源泉徴収税の免除といった制度の見直しや市場インフラ改善の触媒という機能も果たしてきました。
  • 2 最近の成果としては、2010年11月にADBの中に信託ファンドを設立し、本年前半から、域内で発行された現地通貨建て社債に対する信用保証業務を開始する予定です。
  • 3 2010年には、このCMIの枠組みを2国間から多国間へと進化させ、1本の契約書に全参加国が署名する集団意思決定体制(CMIM)が発効しました。この際、総額を900億ドルから1,200億ドルに引き上げ、一段と迅速かつ効果的な支援が可能となりました。

残された課題

これらの進展をみたものに対して、まだ今後さらに取り組むべき課題として5つ指摘したいと思います。

(1)通貨と満期のダブル・ミスマッチの解消

第1に、通貨と満期のダブル・ミスマッチです。先に申し上げたアジア経済の脆弱な構造そのものが、この10年間でそう大きくは変わっていません。外国銀行から居住者に対する与信についてBIS統計をみると、現地通貨建ての金額が2000年代に大きく伸びてはいるものの、依然として外貨建ての割合が大きい状態が続いています(図表2)。また、期間に関しても改善に向けた努力は見られるものの4、根本的な脆弱性は引続き存在しています。

  • 4 BIS統計では、国際与信残高の満期別統計では1年未満の部分が目立って減少している訳ではありませんが、実際に極短期の借入を縮小する動きは聞かれているところです。

(2)銀行中心の金融仲介と外国金融機関依存の変更

第2に、銀行中心の基本的な金融仲介構造も、これが大きく変わるまでは至っていません。プロジェクト・ファイナンスや貿易金融では、引き続き欧州系金融機関など外資に大きく依存しています。また、実際にアジアの株式や債券の資金フローをみれば、欧州ソブリン問題が深刻化するなかで、昨年8月から12月まで、10月を除いて資金が流出しました。その後、直近1月は流入超に転じるなど、資本フローの動きは高いボラティリティを示しています。これは、アジアにおける債券市場など市場インフラの整備がまだ遅れていることが1つの背景にあります。さらに、アジアの債券市場は確かに成長していますが、特に社債市場の存在は依然として限定的なものです5

  • 5 日本においても、社債の発行残高は増加しているものの、市場規模は国債に比べ限定的であり、流動性も低い状況と言わざるを得ません。これまで課題として認識されてきた投資不適格社債の発行も限定的です。こうした状況を改善させるために、市場参加者は「社債市場の活性化に関する懇談会」を設置し、様々な観点から議論を続けています。また、証券化市場についても、2006年度をピークに発行額が減少傾向を辿るなど低迷しており、活性化を図る必要があります。

(3)有担保市場の発達促進

第3に、厚みがあり強い金融市場が発達するためには、レポ取引を含む有担保市場が重要です。深刻な事態ではなくても、今次欧州ソブリン問題に端を発した金融市場でみられたような緊張が高まった局面では、金融機関同士のカウンターパーティ・リスクが強く認識され、結果として無担保取引よりも有担保取引が好まれる傾向が強まっています。このことは、金融環境の良し悪しに関わらず金融取引の安定性が確保されるためには、担保資産となる債券の取引市場基盤がしっかりしていることが極めて重要であることを意味しています。この点、昨年11月に日本とタイの間で結ばれたクロスボーダーで国債を担保に使う取引(CBCA)は、今後アジア域内で発展する余地が大きいと思われます。実際、ほぼ同時期に、シンガポールとマレーシアの間でもCBCAが締結されました。また、EMEAPでもアクション・グループを作り、域内でのCBCAの推進に向けて検討を進めているところです。

(4)金融革新の促進

第4の課題は、アジアの地域の高齢化に対応する革新的な金融商品の開発です。アジアでは日本のみならず中国、韓国、タイなどで高齢化が着々と、しかもかなりの速さで進んでいます(図表6)。こうした高齢化を見据えた金融革新をアジアでも更に進めていく必要があります。その一例としては、証券化市場の活性化が挙げられましょう。証券化−特に極めて複雑な商品−と言うと、リーマン危機から否定的なニュアンスで受けとめられることが多いことは事実です。しかしながら、シンプルなプレーンバニラ型の証券化商品市場の活性化は、貸出を含む金融取引についてリスクに見合ったリターンの実現に寄与し、金融機関の業務を活性化させることにも繋がります。さらに、金融機関の貸出を補完するかたちで信用仲介チャネルが複線化していけば、リスク分散を通じて金融システムのリスク耐性を高めることも展望できるだけに、有用な証券化技術を再度定着させることも重要です。

例えば、企業が保有する事業資産を担保にして行う融資であるアセット・ベースド・レンディング(Asset Based Lending、以下ABL)は、借り手企業にとって不動産担保や個人保証だけに頼ることなく、各種の資産を有効に資金調達に活用できるため、創業期や事業の拡大・転換期といった従来型の不動産担保融資では十分な資金を確保し難いライフサイクル局面にあっても、資金調達の可能性が拡がるといった利点があります。また、継続的なモニタリングを行うことを通じ、金融機関の目利き力の強化にも繋がり得ます。こうした特性を持つABLの一段の拡大は、経済の成長力強化に資すると期待されており、今後アジアでも有用な手法と考えられます。この点、日本銀行は、2010年夏から実施している成長基盤強化支援資金供給について、金融機関による出資やABL等への取り組みを対象とする新たな貸付枠を設定しています。日本銀行としては、金融機関が、金融面の手法を一段と広げ、わが国経済の成長基盤の強化に向けて、さらに活発に取り組んでいくことを期待しています。

(5)金融包摂(Financial Inclusion)の強化

第5に、金融包摂(Financial Inclusion)です。厚みのある金融市場を育成していく観点からは、多くの人々が金融サービスにアクセスできるようにインフラを整備することも重要です。世界では途上国を中心に25億人以上の成人が金融サービスから疎外され、また何百万もの零細及び中小企業が資金調達に深刻な問題を抱えていると言われています。金融包摂は、基本的な金融サービスへのアクセス問題を解消し、これらのサービスを受けられるようにすることです。これにより、貧困層の生活を改善し、零細及び中小企業を金融面から支援するための基本となるものであり、個人消費の拡大や雇用創出を通じて持続的な経済成長に繋がることが期待されます。特に、欧州債務問題の深刻化や世界経済の不確実性が高まる中にあって、潜在成長力の高い新興国や途上国の経済厚生を改善する金融包摂は、世界経済安定への貢献という重要な役割を担っています。(図表7)

金融包摂については、G20やAPECといった枠組みで議論が進められていますが、金融包摂とも密接に関連する金融教育(Financial Education)の分野で、OECDは2005年に"Recommendation on Principles and Good Practices for Financial Education and Awareness"を公表したほか、International Network on Financial Educationを構築するなど、イニシアティブをとってグローバルな連携を進めています。今後とも、グローバルな金融システムの安定、ひいては持続的な経済成長の実現に向けて、こうした活動の一層の発展を期待しています。

3. 金融の国際化

次に、金融の国際化、特に、本ラウンドテーブルのテーマの一つに掲げられている「人民元の国際化」の動きについて私なりの見解を述べたいと思います。 一般的に、通貨の国際化とは、通貨の決済・計算・価値貯蔵手段としての機能が一国を越えて国際的に拡大していくことを意味しますが、そのためには自由な資本の移動や、国際的な契約等の諸慣行が守られることが担保されることが大前提かと思います。言い換えれば、人為的、あるいは政治的な理由でそうした基本的な要件が左右されることがあっては真の意味の国際化は実現し得ないわけです。

人民元の国際化

そうした観点から、一般に「人民元の国際化」と呼ばれる最近の動きを見てみましょう。近年、人民元建て貿易決済の増加、香港におけるオフショア人民元市場の設立及び人民元建て金融商品の拡大に加え、ごく最近では、一部の新興国や途上国が準備通貨に人民元の採用を発表するなど、クロスボーダー取引における人民元の利用が拡がりつつあり、世界から注目を集めています。

中国の場合は、人民元の国際的な決済手段としての機能向上を第一歩として、国際化を進み出したことになります。こうした背景には、中国当局が、リーマン危機の影響が拡がる中、中国企業の貿易決済における米ドルへの過度な依存とその保有に伴う為替リスクの軽減を狙っていることが挙げられます。

クロスボーダー人民元建て貿易決済は、2009年7月から一部地域(上海市と広東省4都市の指定企業<365社>とASEAN・香港・マカオとの間)で試行的に開始され、2011年第3四半期の決済額は6,000億元弱(日本円で約7兆円)まで拡大しています。(図表8)

もっとも、こうした中国の動きは、従来外貨でのみ行われていたクロスボーダー取引に人民元が使用できるようになったというだけで、中国政府がこれまでとってきた厳格な資本規制の緩和にはほとんど繋がっていない点には留意が必要です。すなわち、クロスボーダーの貿易決済に人民元が使用されるということは、海外で流通する人民元の量が増えることを意味しますが、海外で流通する人民元が中国国内に還流する余地は、厳格な資本規制の下、かなり限定されています。このため、海外で人民元を保有する主体が、海外で人民元を運用できるようなオフショア市場を拡大させる必要がありますが、専ら香港オフショア市場が取引量の増加を吸収してきました。

今後とも、これまでのように厳しい資本規制の枠組みを大幅に変えない形で「国際化」を進めることが可能とは考えにくいと思います。オフショア人民元の国内還流を厳しく規制し続けていることが、オフショア人民元市場が拡大していく上で徐々に制約となりつつあるからです。中国本土に自由に資金を持ち込めない以上、点心債と呼ばれるオフショア人民元建て債券を発行するニーズも、自ずと限度があります。香港市場では、点心債の発行残高は708億元と、人民元建て預金残高(約6,000億元)に比べるとかなり小さく、今後、中国が人民元の国際化をさらに本格的に進めようとするならば、いずれは資本取引の自由化の議論は避けて通れないと思われます。

円と人民元の並存的発展

とは言え、これまで人民元の中国国外での利用は着実に増加してきており、今後も資本取引の自由化の進展次第では、域内のプレゼンスが高まっていくことが予想されます。こうした中、日本円はどうでしょうか。円は、米ドル、ユーロ、英ポンドとともに常時取引可能かつ決済にかかるインフラも整備されている通貨として国際的に利用されています。アジアにおいて経済規模が大きい日中間の貿易額は、2001年から2010年にかけて2.5倍の26.5兆円にまで拡大し、日本から中国への進出企業数は、2010年末には2001年の1.5倍の22,000社にまで増加していますが、円建てあるいは人民元建ての貿易決済額は極めて限定的な規模に止まっています。両国の深い関わりや、両国がアジアの域内貿易に占める重要性を考えると、円建て・人民元建ての貿易決済を促進し、輸出入業者の為替リスクや取引コストを低減させることには大きな意義があると思います。(図表9)

現在、外国為替市場で円と人民元の為替取引を行う場合、一般的には米ドルを媒介通貨として取引されます。このため、取引価格は、円と人民元の対米ドルレートを組み合わせたクロスレートで決定されるとともに、米ドルの資金決済も必要となります。仮に、円と人民元が直接交換できる市場が発展し、一定の厚みを持つまでに成長すれば、取引価格が米ドルを介さずに決まるため、取引コストが低減するほか、米ドルを介さない資金決済が可能となり、金融機関にとって決済リスクが低下するというメリットがあります。円と人民元という日中両国にとって現地通貨建ての金融為替市場を発展させることは、両国のみならず、アジア地域全体の金融安定にとっても重要な取り組みと言えるでしょう。(図表10)6

日中両国、ひいてはアジアの現地通貨建ての金融為替市場が発展していく過程では、円や日本国債が果たすべき役割は大きいと思います。例えば、流動性が高く厚みを備えた債券市場を発達させる上では、価格の透明性が確保されていることが必要不可欠であり、価格付けのベースとなるリスク・フリー金利が安定的に形成されていることが求められます。また、社債などのリスク商品市場の発展や、市場がファンダメンタルズを反映した為替レートの水準を模索する上でも、市場による金利形成機能の向上は欠かせない要素です。この点、欧州では、ドイツ国債がドイツ国内のみならず、欧州全体で取引される金利商品のベンチマーク的な機能を果たしています。現在のアジアでは、こうしたベンチマーク的な国債として、常時安定的に価格が提示され、迅速な取引や決済が可能でかつ発行残高も多く、信用力が高い日本国債が有力な候補として挙げられます。

日本では、これまで決済システムを含めたインフラの整備を進めてきました。日本国債の発行残高は世界最大であり、日本には整備された現地通貨建て債券市場が存在します。日本銀行は、国債の決済システムを運営しており、市場機能を改善させるために、この10年以上間断なく改善の努力を続けてきました。この結果、日本の国債市場は高い流動性を確保しています。こうした流動性に富む日本国債を有効活用していくアクションとして、繰り返しになりますが、アジア諸国との間でCBCAを推進していくことの意義は大きいと思います。

  • 6 この点、昨年12月25日に行われた日中首脳会談において、両国首脳は、両国間のクロスボーダー取引における円・人民元の利用促進や、両通貨間の直接交換市場の発展支援等の分野で相互協力を強化することで合意しており、「日中金融市場の発展のための合同作業部会」を設置し、一層の協力を促進することとなっています。なお、「人民元の国際化」に関する動きは、世界的にも注目されています。例えば、香港金融管理局と英財務省は1月16日に、香港とロンドン間でオフショア人民元業務の協力推進を目的に民間フォーラムを創設すると発表しています。

4. おわりに

以上、アジア地域の金融経済の現況や金融の国際化の進展に伴う動きについて、お話ししました。最後に、今後アジアがさらに発展していく上で必要な点につき、私なりの考え方を改めて簡単に整理することで結びたいと思います。

内外需のバランスのとれた成長

アジア諸国は、1970年代以降ほぼ一貫して輸出主導型の経済成長を続けてきました。2000年代半ば以降、こうした経済成長の結果として、各国で中間所得層が拡大したことなどを背景に内需も着実に拡大しており、世界経済の成長を牽引する地域となっています。とは言え、貿易チャネルを始めとする外的ショックに大きな影響を受けやすい点は、リーマン危機時の例からも否定はできません。今後、域内の人口構成が変化し、経済発展の段階が進んでいく中、内需主導型経済への着実な移行を通じて、欧州系銀行によるデレバレッジ等の外的ショックの潜在的な波及を遮断するための不断の自助努力が必要です。

域内債券市場の更なる発展

また、外的ショックに対する耐性を高める観点から、域内全体の資本市場の機能を強化することを通じて、海外からの資本フローに対する影響を吸収する能力を高める、すなわち厚みのある資本市場を育成することが、域内資産価格のボラティリティ軽減(金融安定力の向上)にとって重要な課題です。既にお話ししたように、アジアの株式や債券に対する資金フローのボラティリティの高まりが、通貨のボラティリティが高い原因となっています。資産価格が不安定な下では、金融システムも不安定となり、ひいては、持続的な経済成長を阻害する要因となります。あくまで重要なのは、資本の受け皿を大きくする、つまり"A big fish in a small pond"という状況を改善するということです。

域内金融協力と協働

各国において、自国の市場規制や取引慣行をグローバル基準に調和させることは、クロスボーダー取引を促進する上で重要ですが、一国の努力だけでは自ずと限界があります。この点、ASEAN+3やEMEAPなどの地域協力フォーラムを有効活用し、地域として1つの投資クラスを作り、投資の受け皿を作っていく努力も欠かせません。特に各国の多様性を尊重しながらも、恣意的な規制や国際的な契約慣行の無視というようなことがないようにする必要があります。

もちろん、金融危機をなくすことはできません。しかし、流動性が高く厚みのある資本市場を育成するとともに、通貨スワップ網の構築や、外貨建て資産を担保に資金を供給するCBCAなどのセーフティーネットを用意していくことで、金融危機への対応力が向上するのだと思います。

アジアは、文化、社会構造、経済発展段階において極めて多様であるとよく言われます。伝統的なファイナンス理論が言うように、多様であることは、これらがうまく組み合わさると利得が生まれます。アジア経済が相互の関わりを深めていく中で、域内金融協力を通じた市場機能の向上は、家計や企業、金融機関にとってより良いビジネス環境を提供し、ひいては、より効率的な資源配分の実現に貢献するでしょう。ASEAN+3やEMEAPによる、とりわけアジア危機以降の活動の歴史は、相互の理解と尊重に基づく金融協力が如何なる場合においても可能であり、それを通じた有効な施策が必ず見つけられることを物語っています。日本銀行としても、今後ともこうした域内協力を通じて、アジアの金融市場の発展に貢献していく所存です。

ご清聴ありがとうございました。