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【講演】社会、経済、中央銀行

Foreign Policy Association(ニューヨーク)における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年4月18日

目次

1. はじめに

輸送・通信技術の著しい進歩や、その結果生じている国民と経済の相互交流の増加により、世界は実質的に小さくなってきているが、残念ながら、外交政策は、日常生活の忙しさ故に、しばしば後回しにされてしまうテーマである。正に、Foreign Policy Association(FPA)の活動がきわめて有益となる所以である。1918年の創立以来、ほぼ1世紀にわたって、FPAは、グローバルな問題に対する意識を高め、理解を促し、そして学識ある見解を提供するという、触媒としての役割を果たしてきた。それゆえ、心より尊敬する多くの方々が含まれているメダル受賞者の仲間に、今晩私が加えて頂けることは、光栄である。

本日は、中央銀行の立場からみて、過去数年間で最も重要な国際的な出来事であったグローバルな金融危機に関して、私の見解を述べることにしたい。その際、金融危機そのものについては、既に多くの書物・論文が存在するため、話すことはしない。むしろ社会全体の繁栄との関係で、金融危機が中央銀行の役割に関して提起している諸問題についてお話したい。金融危機は、間違いなく世界経済に対し、消えることのない痕跡を残すことになろうが、将来にわたる中央銀行の政策運営のあり方にも、おそらく影響を及ぼすことになるだろう。

後ほど説明するとおり、今回の危機で、中央銀行は前例のないほど大量の流動性を金融システムに注入し、きわめて大規模な金融緩和を推進することによって、急性症状期の破壊的な影響を沈静化することに成功してきた。そして今、世界経済は、低成長としつこく続く高失業によって特徴づけられる慢性症状期に入っている。この点で、我々が失地を回復したうえで、そこからさらなる進歩を遂げるためには、本当に多くの課題が立ちはだかっている。

繁栄がかなり脆弱であるという点を連想させる一節を、ケインズ卿の「平和の経済的帰結」の中に、見出すことができる1。FPAは、ヴェルサイユ条約締結時の米国代表団を率いたウィルソン大統領が提唱した「正しい平和(Just Peace)」を促進するために創設された組織であること、そしてケインズ卿が前述の著作を執筆した背景には、国際社会が全体として、ヴェルサイユ条約の目的の達成に失敗したことがあること、を踏まえると、このケインズ卿の著作を引用することは、今日の場に相応しいように思う。ケインズ卿は、第1次世界大戦前の世界を、ロンドン市民の中流階級が、容易に「電話で、全世界の様々な産物を注文することができ」、「自分の富を世界の好きな場所に投資することができ」、「どの国にも安価で快適な輸送手段を確保できる」という「経済的黄金郷(Economic Eldorado)」ないし「経済的理想郷(Economic Utopia)」と描写している。さらには、このような状況は、「正常で、確実な、一層の改善という方向以外には変化しないもの」と見なされていた。私は、この一節を読む度に、経済的繁栄をもたらすグローバル化の力が大きなものであったこと、また、2度の世界大戦を踏まえると、そうした繁栄の達成は束の間であったこと、そして第1次世界大戦前の状況と今回の世界的な金融危機に至る我々の経験には類似性があることに、いつも驚かされる。

  1. Keynes, John Maynard, The Economic Consequences of the Peace, 1919を参照(『ケインズ全集 第2巻 平和の経済的帰結』、早坂忠訳、東洋経済新報社)。

2. 中央銀行を巡る過去50年間の経済・社会情勢の変化

現在、中央銀行がマクロ経済の安定に重要な役割を果たす存在であることを疑う人はいないと思う。しかし、第2次世界大戦後の歴史を振り返れば分かるように、中央銀行がそのような存在として認識されるようになったのはそんなに昔のことではない。中央銀行の役割が高まることを可能にした条件として、私は少なくとも次の3つの変化が重要であったと思う。

第1は、いささか自明に過ぎると思われるかもしれないが、金融政策が財政政策と明確に分離されたことである。第2次世界大戦中は米国や日本を含め、多くの国で、そもそも自律的な金融政策は存在せず、金融政策は財政政策の僕(しもべ)として、国債発行への協力を強いられていた。戦争終了後も、金融政策は直ちには自由度を回復しなかった。米国において、FRBが長期国債の金利を財務省の定めた上限金利以下に維持するという制約から解放されたのは、財務省とFRBの間でアコードが締結された1951年のことであった2

第2は、マクロ経済の安定に果たす金融政策の重要性が正しく理解されるようになったことである。1960年代から70年代前半にかけては、今から考えると誤った理解であったが、インフレは成長や雇用を確保するための必要悪のコストと見なされることが多かった。このような理解を背景に、景気の後退や回復に対応して金融緩和や引き締めが裁量的に行われ、実際のインフレ率は、人々の予想インフレ率の上昇とともに徐々に上昇していった。このため、インフレ率の上昇は、景気回復をもたらさないばかりでなく、経済主体の貯蓄投資に関する意志決定を歪めたり、市場の資源配分機能の低下を通じて、経済の低成長をもたらした。いわゆるスタグフレーションである。1960年代から70年代前半にかけての苦い経験を通じて先進国が学んだことは、経済の持続的成長には物価安定が必要であり、金融政策は物価安定を目的に運営されるべきであるということであった。

第3は、上述の理解に基づき、中央銀行に法的な独立性が与えられるようになったことである。中央銀行が物価安定を追求するためには、短期的な利害から解放され、中長期的な観点から金融政策を運営することが必要となる。これを法律的に担保するのが、中央銀行の独立性である。1980年代には法的な独立性を与えられた中央銀行は限られていたが、1990年代に入り、日本を含め多くの国で中央銀行法が改正され、中央銀行に金融政策運営の独立性が与えられるようになった。

以上述べた3つの変化を背景に、1980年代後半から90年代にかけて、中央銀行の政策運営に関して、新たな制度的枠組みが徐々に確立していった。その柱は、金融政策を遂行する中央銀行に独立性を付与し、物価安定というマンデートの達成を追求するというものである。そして、中央銀行には独立性が付与される代わりに、物価安定というマンデート達成に関するアカウンタビリティーが強く求められることになった。これを最も端的に象徴するのが1980年代後半に始まり90年代以降、採用が広がったインフレーション・ターゲティングの枠組みである。ただし、このような新たな枠組みが生まれる中で、中央銀行が伝統的に担うことの多かった金融の規制・監督の体制についても、微妙な変化が生じた。物価の安定と金融システムの安定が別個の目的であると理解されたことや、中央銀行に対する権限の集中を避けるといった理由から、イングランド銀行をはじめ、幾つかの国では、規制監督機能が中央銀行から別の機関に移行され、中央銀行は金融政策に「純化」することになった。

1990年代以降徐々に確立していった新たな枠組みとその下で、多くの先進国において、高い成長率と物価安定が実現した。「大いなる安定」(Great Moderation)という言葉は当時の良好な経済パフォーマンスを表す言葉として、しばしば用いられた。そして、良好な経済パフォーマンスを実現した立役者の一人として、中央銀行の役割が高く評価された。1990年代から2000年代半ばの金融危機にかけては、多くの中央銀行にとっては、「中央銀行の時代(heyday)」とでも呼ぶべき時期であった。ただし、そのような状況の中にあって、日本は例外であった。正確に言うと、日本はバブル崩壊に伴う経済パフォーマンスの変化を他の先進国に先駆けて経験した。日本は他の先進国同様、第一次石油ショック時には激しいスタグフレーションを経験したが、その後は労使の協力による抑制的な賃金設定や適切な金融政策運営の効果もあって、他の先進国に比べると、経済のパフォーマンスは格段に良好であった。そうした良好なパフォーマンスが最高潮に達したのが1980年代後半のバブル期であった。そして、日本は1990年代以降、このバブルが崩壊し、その後遺症に苦しめられることになる。

現在、日本で1990年代以降起きたのと同様の変化が欧米でも生じている。米国で住宅価格の下落が始まったのは2006年のことであるが、それ以降、2007年夏のパリバ・ショック、2008年3月のベア・スターンズ破綻、同年9月のリーマン破綻という形で金融危機が世界的に拡大した。その後、政府・中央銀行の積極的な政策措置の結果、経済は安定を取り戻したが、2010年春頃から、今度は欧州債務問題が波状的に深刻化していった。この結果、現在でも、先進国のGDPの水準は2006年対比で104%の水準であり、2007年以降の年平均成長率は0.8%に止まっている。

一体何が悪かったのであろうか。中央銀行はバブルや危機の再発を防止するために何をすべきだろうか。この点については、危機や危機に至る前の時期の金融政策や金融規制・監督の在り方を巡って、反省が行われている。このテーマについては別の機会に詳細に論じたので、本日は先程述べた中央銀行の政策哲学との関係で、1点だけ指摘することに止めたい3。それは、物価安定と金融システム安定は密接に関連しているということである。物価安定の下で低金利の持続予想が強まると、時として、資産価格の上昇やレバレッジの拡大という金融的不均衡が蓄積していく。不均衡はある閾値を超えて拡大すると、金融システムを不安定化させ、ひいては実体経済や物価を不安定にすることになる。その意味で、物価動向と並んで、金融的不均衡にも注意が必要であるし、金融政策運営に当たっては、従来考えられていたよりも長いタイム・ホライズンでの判断が必要となる。それと同時に、中央銀行を金融政策遂行の組織として「純化」することは適当ではなく、規制・監督の分野に関与することの必要性も明らかになった。

そうした将来の政策運営にとっての課題とは別に、もう1つの課題は、現在の政策運営の課題である。中央銀行はこの難しい局面において、どのような政策対応をすべきだろうか。もちろん、具体的な政策措置は国によって異なるが、共通する要素を取り上げながら、この問題を考えてみたい。

  1. 2Bernanke, Ben S., "Lecture 2: The Federal Reserve after World War II,(外部サイトへのリンク)" The Federal Reserve and the Financial Crisis, Chairman Bernanke's College Lecture Series, March 22, 2012.
  2. 3バブルや危機の教訓については、下記資料参照。
    白川方明「中央銀行の政策哲学再考」、エコノミック・クラブNYにおける講演の邦訳、2010年4月22日
    白川方明「デレバレッジと経済成長——先進国は日本が過去に歩んだ「長く曲がりくねった道」を辿っていくのか?——」、London School of Economics and Political Scienceにおける講演(アジアリサーチセンター・STICERD共催)の邦訳、2012年1月10日
    白川方明「セントラル・バンキング——危機前、危機の渦中、危機後——」、Federal Reserve BoardInternational Journal of Central Bankingによる共催コンファレンスでの講演の邦訳、2012年3月24日

3. 中央銀行を巡る現在の経済・社会情勢

現在、多くの先進国の中央銀行は、一昔前には考えられなかったような政策を展開している。短期金利はほとんどゼロ金利と言える水準にまで低下し、伝統的な政策を展開する余地はなくなった。このため、中央銀行は非伝統的政策と呼ばれる政策を実行している。これを反映し、中央銀行のバランスシートは量的にみて著しく拡大すると同時に、資産内容も大きく変化した。日本銀行は過去10年の間に、CP、社債、株式、ETF、REITを購入した。FRBもモーゲージ債をはじめ、様々なリスク資産を購入している。ECBは昨年末以降、金融機関に対し期間3年の貸付を金額無制限で供給した。日本銀行とFRBは将来の金利の運営方針を明らかにしている。しかし、前述のように、このような異例の政策展開にもかかわらず、先進国の経済はなお力強い成長軌道には復していない。

このような状況の下で、中央銀行が今後の政策を考える上で、以下の3つの社会的潮流を事実として認識する必要がある。

第1は、多くの先進国で、中央銀行に対する期待が高まっていることである4。このことを最も端的に象徴しているのが、欧州債務問題発生後のECBの政策を巡る議論である。中央銀行の重要かつ伝統的な役割は金融機関に対する「最後の貸し手」であるが、昨年夏以降は、政府に対する「最後の貸し手」という、それまで聞いたこともなかった新たな概念を使って、中央銀行の資金供給の拡大を求める声が強まった。

このように中央銀行への期待が高まるに至った最大の理由は、低成長や高失業が長く続いていることである。これに加えて、先進国の財政状況が大きく悪化し、財政政策を発動する余地が限られてきていることが挙げられる。因みに、G7諸国の国債残高の対GDP比率は第2次世界大戦直後の水準に匹敵するまで上昇している5。さらに、中央銀行の場合は、機動的に政策決定が出来ることも理由として挙げられるかもしれない。これは、金融市場の求めるスピードと、民主主義プロセスの中で決定される財政政策や構造政策のスピードが大きく違っていることの反映でもある。

現在起きている現象をどのように解釈するにせよ、中央銀行に対する期待が高まる一方で、その期待に見合う成果が実現しないと、最終的には中央銀行に対する国民の信頼は低下することになりかねない。そして、後述するように、そのことは中央銀行の政策運営に対しても影響を与えることになる。

中央銀行に関連して現在起きている第2の重要な変化は、金融政策と財政政策の境界線が不明確化しつつあることである。前述のように、現在、中央銀行は非伝統的政策の一環として、長期国債の買入れを大量に増やしたり、リスク資産の買入れを行っている。これらの政策は将来、キャピタル・ロスが発生し、最終的に国庫納付金の減少という形で納税者の負担になる可能性があり、また、ミクロの資源配分に介入しているという点で、準財政政策の領域に近づいている。民主主義社会において、独立した中央銀行が強制通用力のある通貨を無制限に発行できる権限を与えられているのは、中央銀行は財政政策の領域には踏み込まないという理解が共有されていたからである。それにもかかわらず、中央銀行が準財政政策の領域に踏み込むことになると、中央銀行に独立性を付与する正統性が失われ、最終的に中央銀行への信頼は低下することになりかねない。

第3の変化は、上述の2つの変化の系とも言えるが、中央銀行がこれまで採用したことのない異例の政策を展開していることを反映して、中央銀行の望ましい政策のあり方を巡って、意見が大きく分かれるようになっていることである。前述のECBを巡る政策はその代表例であるが、米国でもインフレへの警戒からFRBの金融緩和に対する強力な反対論が存在する一方、幾分改善したとはいえ、なお高い失業率が続いていることを反映して、エコノミストの間では、さらなる金融緩和を求める意見も聞かれる。日本でも金融緩和政策や財政健全化の進め方について、意見が分かれている。

  1. 4Hannoun, H., "Monetary Policy in the Crisis: Testing the Limits of Monetary Policy," Speech at the 47th SEACEN Governors' Conference, 13-14 February 2012.を参照。
  2. 5Haldane, Andrew G., "Risk Off," August 18, 2011.を参照。

4. 中央銀行によって達成できることと達成できないこと

中央銀行を巡るこのような経済・社会情勢の大きな変化を認識した上で、改めて中央銀行の役割を冷静に議論する必要性を感じる。結論を先取りすると、中央銀行の役割を過大評価することも過小評価することも、共に危険である。中央銀行は「正しく行動し」なければならない。

中央銀行が達成できること

中央銀行が達成できる第1の仕事は、インフレの抑制である。どのような激しいインフレであっても、原理的には、金融を引き締めることによって、インフレは抑制できるし、また、金融を引き締めない限り、インフレは抑制されない。ただし、技術的に達成出来るということと、それを実際に実行できるということは別である。中央銀行は法的な独立性を与えられているが、政策を適切に遂行するためには、不人気に耐える勇気と、社会のある程度の支持や理解が不可欠である。

第2は、中央銀行が民間金融機関に対し「最後の貸し手」機能を果たすことを通じて、金融システムの崩壊を防ぐことである。そして、このことこそ、経済が深刻なデフレに陥ることを防ぐ上で、最も重要なことである。1990年代後半の日本の金融危機や2000年代のグローバル金融危機は深刻であったが、対応を誤ればさらに事態は悪化し、1930年代の世界恐慌と同じような悲惨な事態を招きかねなかった。そうならなかった最大の理由は、中央銀行が最後の貸し手として行動したことである。民間経済主体が無条件で受け取ることのできる通貨を発行できるのは中央銀行だけだからである。このため、カウンターパーティに対する信認が低下する危機においては、中央銀行の役割は非常に大きくなる。非常に地味な仕事であるが、中央銀行は過去20年近くにわたって、決済システムの安全性と効率性の改善のために様々な努力——即時グロス決済、資金・証券の同時決済、外国為替の同時決済等——を積み重ねてきた。仮に、こうした努力なしに、リーマン・ショックに直面していたとすれば、金融取引は完全に止まりかねない事態になっていたと想像される。これらは「鉛管工」の仕事とでも言うべきものであるが、金融システムの崩壊を防ぐ上で極めて重要な仕事であり、中央銀行に長く勤めている実務家はそうした仕事に誇りを感じている。

中央銀行では達成できないこと

以上、中央銀行が大きな役割を果たすことのできる分野について述べたが、中央銀行では達成できない課題についても明確に認識する必要がある。当然のことではあるが、中央銀行が遂行できない政策は、構造政策である。現在、ユーロ圏諸国は欧州債務問題という重い課題に直面している。昨年夏以降、欧州債務問題は一段と悪化し、周縁国の国債の値下がりから、財政、金融システム、実体経済の間に負の相乗作用が働いた。そうした事態に対処するために、ECBは昨年末以降2回にわたって期間3年の資金を無制限に供給するオペレーションを実施した。その後、金融市場が落ち着きを取り戻したことが示すように、中央銀行の流動性供給は重要な役割を果たす。しかし、同時に、中央銀行の流動性供給は「時間を買う政策」に過ぎないことも冷静に認識する必要がある。現在、ユーロ圏諸国が直面している構造問題の1つとして、域内の経常収支不均衡がある。単一通貨ユーロの下ですべての参加国がほぼ同じ金利で資金を調達できるようになった結果、周縁国では債務が著しく増加すると同時に、賃金・物価が上昇し、競争力が低下した。従って、欧州債務問題を解決するためには、これらの不均衡発生の原因を取り除く取組みが不可欠である。中央銀行の流動性供給によって時間を買っている間に、必要な構造政策を実行に移すことが求められる。仮に、様々な経済主体が市場の改善に安堵し、自己満足に陥ると、事態は却って悪化する。買った時間は有効にも使えるが、無駄にも使われ得る。

構造政策の必要性に迫られているのは、どの国も同様である。人口一人当たりの実質GDP成長率について、過去10年間の平均をみると、日本は他の先進国とほぼ同程度、そして、生産年齢人口一人当たりの実質GDP成長率については、日本が最も高い。それにもかかわらず、日本の実質GDP成長率は1990年代以降低下し、過去10年平均では他の主要国に比べ見劣りする。これらの数字が示すように、現在、日本が直面している最も大きな挑戦の1つは、先進国では過去に例を見なかったような人口動態の急激な変化への対応である。日本の場合、成長率の低下にしても財政悪化にしても、相当程度は人口動態の急激な変化への不適合から生じている。そして、これによる潜在成長率の緩やかな低下は将来所得の予想を引き下げ、支出を減少させることを通じて、緩やかなデフレの大きな原因となっている。金融政策の効果波及メカニズムは、中央銀行の行動が金融環境に影響する第1段階と、その金融環境が企業や家計の支出行動に影響を与える第2段階とに分けられるが、金融環境という点では、日本は先進国の中で最も緩和的である。それにもかかわらず、日本経済が緩やかなデフレから脱却しない最大の理由は、成長力が徐々に低下していることである。日本経済がデフレから脱却し、物価安定の下での持続的成長経路に復帰するためには、成長力強化の努力と金融面からの後押しの両方が不可欠である。このような認識の下、日本銀行は当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していく方針である。

5. 中央銀行の適切な役割遂行を支える前提条件

中央銀行の政策の究極の目標は経済の安定的かつ持続的な成長である。安定的かつ持続的な成長は中央銀行の政策だけで実現できる訳ではない。個人、企業、金融機関、政府をはじめ、様々な経済主体の努力と協力によって実現するものである。中央銀行が物価安定の下での持続的成長という目的を実現するためには、中央銀行自身の努力が最も重要であることは言うまでもないが、幾つかの条件が満たされることが前提となる。そうした前提条件は普段はあまり意識されないが、金融危機以降の経験は、その前提条件の重要性を改めて認識させるものであった。

第1の前提条件は、財政の持続可能性である6。一般に、財政の持続可能性への信認が喪失し、その回復努力がなされなければ、帳尻が合わなくなる。その場合、論理的に考えて起こり得るシナリオはインフレか国債のデフォルトである。いずれの場合も、中央銀行の目的とする物価の安定や金融システムの安定を傷付けることを通じて、経済活動や国民生活に大きな悪影響を与える。その意味で、財政の持続可能性を確保することは中央銀行がその役割を適切に果たす上で重要な前提条件となるものである。

第2の前提条件は、中央銀行に対する国民の信認である。経済には債権者と債務者、輸出企業と輸入企業というように、金融政策は経済主体の置かれたポジションによって短期的には異なる影響を与えるし、時として、その影響は大きな痛みを伴うものである。それだけに、中央銀行は中長期的な観点から使命達成に誠実に努力しているという信頼感を国民が有しているかどうかが極めて重要である。中央銀行が望ましいと判断する政策を的確に遂行できるかどうか、また、その政策が所期の効果を発揮できるかどうかは、国民が中央銀行をどの程度信頼し、信認しているかに依存する。中央銀行が伝統的に準財政政策の領域に入らないようにしてきたのも、独立性の前提として資源配分に対する中立性が重要であるという判断に基づくものである。主要国中央銀行は現在異例の政策を大規模に展開しているが、そうした政策展開の有効性は、将来、異例の政策の必要性がなくなったと中央銀行が判断する場合は、その政策を速やかに巻き戻せるかに大きく依存している。中央銀行に対する期待や信認は連続的に自在にコントロールできるものではない。中央銀行は危機においては大胆に行動するとともに、細心の注意をもってそうした政策を遂行する慎重さの両方が求められる。

第3の前提条件は、中央銀行の政策に対する固有の前提条件ではないが、市場経済に対する国民の支持である。中央銀行の政策は競争的な市場経済を前提にしている。そうした市場経済への信頼感は、何らかの公平感が損なわれると、失われていく。危機後の景気後退により失業者が増加したり、経済のグローバル化の進展によって熟練労働者と非熟練労働者の所得格差が拡大したり、金融危機に対処した金融機関に対する公的支援によって反金融機関の感情が生まれる結果、競争的な市場経済への支持が低下すると、長い目でみて経済の効率性が低下する措置が取られやすくなってくる。戦間期の世界経済から得られる1つの教訓は、保護貿易の台頭や競争的な為替レート切り下げという近隣窮乏化政策をはじめ、危機への対応策が次の危機を生むということであったように思う。中央銀行を含め政策当局者はそうした歴史の教訓をしっかりと認識する必要がある。

  1. 6白川方明「財政の持続可能性—金融システムと物価の安定の前提条件—」フランス銀行Financial Stability Review(2012年4月号、近刊)を参照。

6. 最後に

影響力のある経済学者のロバート・シラー教授は、最近の著書の中で、「中央銀行は、歴史の中のある時点において、ある特定の環境下で、目的を果たすための発明である(Central banks are an invention that served its purpose at a certain time in history, in a certain kind of environment)」と指摘したうえで、中央銀行の時代は過ぎ去ったかもしれないと続けて述べている7。実際のところ、中央銀行は、バブルと金融危機の発生を防げなかった。しかし、それにもかかわらず、今日、私がお話したとおり、中央銀行の役割は年を経るにしたがって進化しているうえ、そうしたプロセスは金融危機後にも継続し、加速すらしている。

我々の経済システムは、先例のない繁栄をもたらしている半面、そのダイナミズムゆえに、本源的に不安定なものである。もし、世界の国民が、現在のライフスタイルを、一段と改善させることはもちろん、維持しようとするのであれば、中央銀行を含む政策立案者は、現在の危機によって生じた様々な問題が社会の豊かさの基盤を脅かすことがないようにしなければならない。理想的な世界において、もし、なぜある人が今朝、エスプレッソでなくラテを飲むことに決めたのかを理解し、これを理論モデル化することができるのであれば、経済の自動安定化装置をデザインすることも可能となり、中央銀行も経済史の中の1コマに過ぎなくなるだろう。しかしながら、経済を管理することは、人間とその感情を巻き込んだ複雑なシステムである以上、おそらく、科学ではなくアートであり続けるだろう。その際、機械や機械的ルールではなく、過去から学習し、それに応じて適応することができる人間の判断こそが、主導的な役割を果たしていかねばならない。私は、この学習と適応のプロセスを続けていくことが、現下の局面で中央銀行が直面する課題の核心にあると考えており、もし中央銀行がこうした課題に応えることができれば、中央銀行は依然として、良き社会に十分に貢献できるであろう。

ご清聴に感謝する。

  1. 7Shiller, Robert J., Finance and the Good Society, Princeton University Press, 2012を参照。