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【講演】財政の持続可能性の重要性 — 金融システムと物価の安定の前提条件 —

フランス銀行「Financial Stability Review」公表イベント(米国ワシントンDC)における講演の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年4月21日

財政の持続可能性と中央銀行の関係:一般的な整理

中央銀行の使命は通貨の安定を通じて経済の持続的成長に貢献することですが、この目的は物価の安定と金融システムの安定というふたつの側面に分けられます。財政の持続可能性はこのふたつの安定性に根源的に影響する重要な要素です。一般に、財政の持続可能性への信認が喪失し、その回復努力がなされなければ、最終的には、インフレか国債のデフォルトかのどちらかでしか、帳尻が合わなくなります。このため、中央銀行は、物価の安定と金融システムの安定のトレードオフに直面することになると言われます。しかし、両方とも、持続的な経済成長に不可欠な基礎的環境ですので、「トレードオフの中でどちらを選ぶべきか」という問題設定自体、そもそも意味があると思えません。そうしたトレードオフに直面するような事態を初めから回避することが決定的に重要であり、財政の持続可能性は中央銀行が正常に機能するための必要条件だと言えます。以下、この点について少し詳しく述べます。

通常、金融市場では、国債は安全資産であるという性格を反映して、大量に取引されると共に、担保としても活用されています。また、金融機関は国債を流動性バッファーや投資ポートフォリオの一部として、保有しています。したがって、国債のデフォルトリスクが増大した場合は、流動性リスクの増大やキャピタル・ロスの増大を通じて、金融システムが不安定化する可能性が高くなります。その際に中央銀行が金融市場や金融システムの安定維持の観点から、「最後の貸し手」として流動性を供給すれば、短期的には有効性を発揮する場合も少なくないと思います。実際、欧州の金融市場では、ECBのLTRO(Longer-Term Refinancing Operations)によって、小康を得ました。このことの意義は大きいと思いますが、同時に、これはあくまでも「時間を買う」政策に過ぎないことも冷静に認識する必要があります。

「時間を買う」ことの意義は、金融市場が不安定化する中で、財政の持続可能性回復に向けた国民の合意形成に必要な時間や財政健全化措置が投資家の信認を得るまでの時間を確保することにあります。しかし、財政改革へ向けての意志が弱かったり、決定された措置が実効性を欠くものであった場合は、時間を買うことの副作用も大きくなります。すなわち、金融市場の小康が保たれ国債金利が安定することで、事態の深刻さへの危機意識が薄れ、改革へのモメンタムが低下する可能性もあります。その結果として財政赤字の拡大が続き、金融システム不安が再燃すれば、中央銀行は国債担保の流動性供給、あるいは国債買い入れを通じて、最終的に際限のない流動性供給に追い込まれる可能性があります。それによる膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレです。投資家や国民はそうした歴史を知っているために、どこかの時点で、言わば「レジーム」の変化を予想し、国債や通貨への信認が非連続的に変化すると、制御不能なインフレのプロセスが始まります。

結局、財政健全化という軸がしっかりしていないと、経済活動や国民生活には極めて大きな悪影響が生じます。

日本のケース

さて、ここでしばしば質問を受ける日本のケースに言及したいと思います。ご承知のように、日本では、グロスの政府債務残高の対GDP比は先進国中最大となっています。しかし、国債の利回りは低位で安定しており、インフレの懸念が語られるどころか、緩やかなデフレ傾向——消費者物価は1998年以降、累積で3.4%、年平均で0.2%の低下——が政策論議の中心を占めています。国債金利の低さ自体は成長率と物価上昇率の動きと大きくは乖離していませんので、論点となるのは財政悪化に起因するプレミアムの解釈です。

先ほど述べた一般的な整理に照らすと、日本は特別な例外であるかのように見えます。しばしば指摘される要因は、日本には膨大な国内民間貯蓄が存在し、海外投資家の保有割合が非常に小さい、という点です。しかし、本質的には、経済・財政の構造改革が進み財政の健全性は回復されるはずだ、と人々が予想しているからこそ、国債金利が安定していると考えるべきでしょう。ただ、現在のところ、そうした人々の予想は、十分に具体的な改革のプランによって裏打ちされているわけではないために、人々は将来の財政状況への不安から支出を抑制し、そのことが低成長と緩やかなデフレの一因になっていると考えられます。そうであるとすると、日本のケースは、先ほどの一般的な整理よりも手前の段階、つまり最終的な財政バランス回復に対する信認が維持されている段階においては、巨額の政府債務が、もともとの成長期待の弱さともあいまってデフレ的に作用しうる、という可能性を示していると言えます。

こうした成長期待の低下と政府債務の累増には、高齢化の進展と、それに対して日本経済が柔軟に適応できてこなかったことも影響していると考えられます。人口動態そのものを変えていくことには、少なくとも短期的には限界があります。急速な高齢化が今後も続くことを前提に、生産性の引き上げを通して潜在成長率を強化することと、高齢化のもとでも持続可能な財政構造の確立が、中長期的なマクロ経済を安定化させるための最重要課題だと考えています。