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【挨拶】デフレ脱却への道筋と金融緩和の推進

広島県金融経済懇談会における挨拶

日本銀行副総裁 山口 廣秀
2012年7月25日

目次

1.はじめに

日本銀行の山口でございます。本日は当地の行政および金融・経済界を代表する皆様との懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行広島支店の様々な業務運営にご協力をいただいております。この場をお借りして、改めて厚くお礼申しあげます。

本日は、皆様との懇談に先立ちまして、私から、まず欧州債務問題を含めた海外経済の動向についてお話しし、その後、最近の内需の動きに焦点を当てながら、わが国経済の当面の見通しと中長期的な課題について述べたいと思います。そのうえで、最近の日本銀行の政策運営についてお話しします。

2.海外経済の動向:大きなリスクと背中合わせの先行きの回復

それでは、海外経済の動向から話を始めます。海外経済は、2008年秋のリーマン・ショックの後、2009年半ば頃から回復を続けてきましたが、昨年後半以降、成長ペースが幾分鈍化しており、現在もなお、減速した状態から脱していません。

地域別にみると、米国経済は、緩和的な金融環境にも支えられ、緩やかな回復を続けています。春先以降、雇用者数の伸びが鈍化していることもあって、市場では、米国経済の先行きに対する慎重な見方も窺われますが、個人消費は緩やかな増加を続け、長らく低迷していた住宅販売にも持ち直しの兆しがみられます。これは、リーマン・ショック以降、経済の重石となっていた家計部門の債務負担が次第に和らぎつつあることを示唆しています。また、春先以降のガソリン価格の下落が家計の実質購買力を押し上げ、個人消費の増加を下支えしていくことも期待されます。こうしたことから、米国経済については、先行き、成長ペースが目立って加速することはないにせよ、基本的には、緩やかな回復が途切れることなく続いていくと考えています。

欧州経済は、後ほどお話しする欧州債務問題の影響などから、全体として停滞しており、この先も、当面、厳しい状況が続くと考えられます。

この間、中国では、景気の減速が長引いています。実質GDPの前年比伸び率は、2010年初めの12%をピークに低下傾向を辿り、この4〜6月は8%を割り込みました。ただし、こうした動きは、中国の政策当局が、インフレの加速や資産価格の高騰を懸念して引き締め的な政策を行ってきた結果という面もあります。現に、そうした政策は相応の成果を上げており、1年前に前年比6%を超えていたインフレ率は、足もと2%台前半まで低下してきています。インフレ率の低下は、家計の実質購買力を高め、支出活動を促します。また、中国当局は、物価や資産価格の落ち着きを受けて、6月と7月に2か月連続で利下げを行ったほか、省エネ家電等の消費促進に向けた財政支援を決定するなど、金融・財政の両面から、本格的な景気刺激策を講じ始めています。輸出全体の約2割を占める欧州向け輸出の弱さには注意が必要ですが、中国経済は、そう遠くない将来、内需を中心に緩やかな回復経路に復していくとみています。

以上のように考えますと、先行きについては、米国経済の緩やかな回復と中国経済の持ち直しを推進力としながら、海外経済は次第に減速局面を脱し、成長率は徐々に高まってくると考えています。ただし、米国や中国を含めて海外経済の先行きには、引き続き、高い不確実性があります。いわば、中心的な経済の回復シナリオとリスクシナリオが背中合わせとなっている状況が続いています。とりわけ、次にお話しする欧州債務問題の展開は最も注意すべきリスク要因です。

3.欧州債務問題:なお険しい解決への道のり

そこで、少しお時間をいただき、欧州債務問題についてお話ししたいと思います。この問題の直接のきっかけは、2009年10月に、ギリシャで多額の財政赤字隠しが発覚したことでした。その後、財政状況に関する不安はポルトガルやアイルランドに飛び火し、昨年後半には、スペインやイタリアといった南欧の大国にも波及しました。

スペインでは、リーマン・ショックをきっかけに住宅バブルが崩壊したことから、税収の減少にもかかわらず、金融機関の不良債権処理や景気対策のために多額の財政資金の投入が必要となりました。その結果、ここ数年、財政状況が急速に悪化しています。イタリアの場合、国内産業の対外競争力の低下を財政支援で補い続けてきたため、財政赤字が慢性化しています。こうした中、市場では、政府債務残高の膨張とともに、経済の成長力の弱まりが懸念されています。

財政状況の悪化は、その国の国債がきちんと償還されないのではないかとの疑念を呼び、国債価格の下落、言い換えれば国債利回りの上昇に繋がります。ギリシャ国債については、償還資金を自力で調達できない状態が続き、昨年12月以降、一時35%を超える水準まで利回りが上昇しました。その後、2月には、重い財政負担そのものを減らすため、民間投資家に対して債権の一部放棄を求める事態となりました。スペインやイタリアの国債利回りも、昨年後半から不安定な動きを続けており、特にスペイン国債の利回りは、最近、7%を超えてユーロ導入後の最高値を更新しています。

こうした国々——欧州周縁国と呼ばれますが——の国債の利回りが大幅に上昇、すなわち価格が大幅に下落したことで、これらの国債を大量に保有する欧州の金融機関の資産内容は大きく悪化しました。その結果、金融機関の一部が市場で信用を失い、資金調達コストの上昇や、資金調達そのものが困難となりました。資金調達に苦しむ金融機関は、企業に対する貸出を慎重化させ、それが実体経済の下押し圧力となります。実体経済の停滞は、財政状況をさらに悪化させ、これがまた、国債利回りの不安定化などを通じて金融機関の経営に悪影響を及ぼすという悪循環をもたらします。欧州では、周縁国を中心に、こうした財政、金融、実体経済の間で負の相乗作用が働いていることが大きな問題となっています。

したがって、差し当たって必要なことは、こうした負の相乗作用を断ち切ることです。現在は、多額の不良債権を抱えるスペインの金融機関の立て直しが議論の焦点となっており、先月、ユーロ加盟国は、最大1,000億ユーロに上る金融支援を決定しました。欧州中央銀行も、昨年12月以降、金融市場に対し、貸付期間3年という中央銀行としては異例に長期の資金供給を実施しています。こうした当局の姿勢を受けて、金融機関同士が資金をやり取りする短期の金融市場は、危機感が強かった昨年末頃に比べて、随分と落ち着きを取り戻しています。

これらの対応は、負の相乗作用を食い止める応急措置という意味で必須ではありますが、欧州債務問題の根本的な解決にはなりません。先ほどお話しした周縁国の問題の原因に遡れば、これらの国で抜本的な財政再建や中長期的な成長力強化に向けた経済構造改革が行われることが必要不可欠です。また、欧州全体としても、「ユーロ」という単一通貨を使いながら、各国の財政や銀行監督がばらばらのままで、経済や金融システムの安定を図れるのか、という課題を突きつけられています。やや乱暴な比喩かもしれませんが、同じ円を使っている日本国内で、各地方の財政や銀行監督が全く独自に行われている状態を想像すれば、問題の難しさをご理解いただけるかと思います。ただし、この問題は、欧州の政治・経済・社会の統合の将来像をどう描いていくかという極めて本質的な課題です。問題の大きさと複雑さ、各国の政治的意思決定の難しさを考えれば、ある程度の時間がかかることは覚悟しなければなりません。

一方で、市場は性急に結論を求めます。待ってはくれません。この時間軸の違いが、市場の神経質な反応に繋がっているのですが、同時にこのことが、欧州債務問題の解決を早める力になる可能性もあります。中途半端な施策を打ち出せば、直ぐに市場の失望を招き、さらなる施策を催促されるということは、当局者も意識しています。欧州債務問題によって大きな影響を受ける国際社会も監視の目を強めており、日本を含めた多くの国が、国際会議等の場において問題の早期解決を求めています。そして何よりも、これまでの議論を通じ、欧州全体に、ユーロを瓦解させないという共通の認識が醸成されてきています。こうした状況を踏まえると、その道のりはなお険しいものの、そう遠くない将来、欧州債務問題の解決に向けた進展がみられるのではないかと期待しているところです。

4.財政問題と長期金利:財政再建に向けた取り組みの重要性

ここまで、欧州債務問題についてお話ししてきました。日本経済の動向に話を移す前に、この問題に関連して、わが国の財政と最近の長期金利の動きについて触れておきたいと思います。

日本の政府債務残高の対GDP比率は、現在、200%を超えています。これは、国際的にみても極めて高く、ギリシャの130%をも凌ぐ水準です。こうした点を捉え、このままでは、日本もギリシャのような状況に陥るのではないかと危惧する声も聞かれます。しかし実際には、日本国債は円滑に発行されており、利回りも極めて低く、安定しています。

その理由として、しばしば、日本では家計や企業が潤沢な貯蓄を有しており、差し当たり、日本国債を買うお金が不足する心配はないことが指摘されています。確かにこれは、日本国債の安定消化をサポートする材料です。しかし、仮に国債の価格が大きく下落したり、元本の返済に疑念が生じるような事態となれば、現状、いくら日本国民の貯蓄が多いからといって、進んで日本国債を買う人はいなくなるはずです。そもそも、少子高齢化が急速に進行する中にあっては、こうした潤沢な貯蓄がいつまでも続く保証はなく、それをあてにした議論は必ずしも適当ではないと思います。

それでは、なぜ、日本国債の円滑な発行が実現しているのでしょうか。私は、わが国の将来の政策運営に対する信認が存在しているからだと考えています。つまり、財政バランスの悪化にもかかわらず、市場参加者は、「日本は、最終的には財政再建にしっかり取り組む意思と能力を有している」と信頼しているのだと思います。実際、そうした取り組みは、今も着実に進んでいます。これがギリシャと日本の決定的な違いです。このように、財政の持続性を確保するための取り組みが進められるもとで、金融政策についても、物価安定のもとでの持続的な成長の実現という本来の目的の達成に向けて運営されていること、すなわち、日本銀行のお金が財政をファイナンスするために使われることはないということを、国民は信頼していると考えています。

世界的にみると、リーマン・ショック以降、グローバルな投資家は、以前よりもリスクを避けようとする姿勢を強めており、これも、日本国債の価格を押し上げ、利回りを低下させる要因となっています。かつてはリスクが殆どない安全な資産とみなされていた米国の証券化商品や、欧州周縁国の国債の信用力は低下し、世界的にみて、投資家の安全志向に応えられる金融資産の供給量は大きく減少しています。こうした中、世界の投資家は、数少ない安全資産を求めて日本の国債市場に資金を流入させており、これが、最近の国債価格の上昇に繋がっています。ここ数年の根強い円高も、こうした資金の流れがひとつの大きな背景になっています。

先ほど申し上げたとおり、日本国債の信用力の源泉は、わが国の財政・金融政策に対する信認です。しかし、もともと政府債務残高が極めて大きいだけに、何らかのきっかけで日本の財政規律に疑問符がつけば、国債の信用力が低下し、長期金利が上昇する可能性もあります。そうならないように、政策当局には、常に市場の信認を維持するための真摯な努力を続け、そのもとで、財政再建そのものを実現していくことが求められていると認識しています。

5.日本経済の当面の見通し:緩やかな回復とそれを巡る不確実性

それでは次に、日本経済の動向に話を進めたいと思います。日本経済は、昨年3月の東日本大震災によって大きく落ち込んだ後、夏場にかけて、企業や国民の努力によって予想以上のスピードで回復しました。秋口以降は、海外経済の減速や円高、さらにはタイの洪水の影響などから、横ばい圏内の動きが続いていましたが、最近再び、緩やかに持ち直しつつあります。

足もとの動きは、一言で言えば、内需はやや強め、外需はやや弱めという評価になるかと思います。先ほど申し上げたように、海外経済は、なお減速した状態が続いているため、日本の輸出も、思っていたより若干出遅れ気味です。

一方、国内需要はやや強めの動きをみせています。その背景としては、先ず、復興関連需要の増加が挙げられます。これには、公共投資や被災した設備や住宅の修復・建替え需要の増加、さらには、震災の影響によって抑制されていた需要の回復、すなわちペントアップ需要の顕現化などが含まれます。震災を契機とした耐震化投資や防災グッズ・節電商品の購入なども広い意味での復興関連需要といえるでしょう。エコカー補助金などの政策支援も効果を発揮しています。また、企業収益の回復を背景とした企業マインドの改善と、それを受けた賃金・所得の下げ止まりは、最近の投資や消費にプラスに作用しているように思います。加えて、このところ、団塊の世代を始め、高齢者の消費の増加が目立ちます。考えてみますと、高齢化の進展や震災という日本経済にとっての大きな試練は、企業や消費者の行動にも大きな変化を与えるものでありました。そして、そのことが新しい需要の芽になりつつあるように見えます。この点は、後ほど詳しくお話ししたいと思います。

先行きについては、当面、内需の堅調が、日本経済の緩やかな回復を支える姿を想定しています。ただ、今後は、エコカー補助金がこの夏にも予算切れとなる可能性があるほか、ペントアップ需要も次第に減衰していくと考えられます。そうした中にあって、経済全体の前向きな動きを確かなものとしていくためには、内需が景気を支えている間に、輸出がしっかりと立ち上がってくることが必要です。

これらの点を踏まえ、先日、日本銀行は、先行き2年間の最新の経済見通しを公表しました。2012年度の実質GDPについては、堅調な内需を背景に、2%をやや上回る成長率を見込んでいます。2013年度は、復興関連需要が徐々に減衰していくものの、海外経済が持ち直し、輸出が回復してくることから、1%台後半の成長を維持すると予想しています。

物価面に目を転じると、現在、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、概ねゼロ%です。先行きは、当面、ゼロ%近傍で推移した後、経済が回復経路に復し、マクロ的な需給バランスが改善する中で、2013年度にかけて、ゼロ%台後半へと徐々に上昇率が高まっていくと予想しています。私どもが、当面の目途として目指している1%には、2014年度以降、遠からず達すると考えています。このように、やや長い目で見れば、日本経済は物価安定のもとでの持続的成長経路に復していくとみています。ただ、こうした見通しを巡っては、様々な不確実性が存在しています。特に、欧州債務問題の動向や為替相場の変動が日本経済に及ぼす影響については、引き続き、十分な注意を払っていく必要があります。また、仮に経済・物価情勢が見通しどおりに展開したとしても、消費者物価の前年比が1%に達するのは再来年度以降であり、デフレ脱却に向けては、なお時間を要する状況にあると考えています。

6.日本経済の中長期的な課題:見られ始めた成長の芽

以上、日本経済の見通しについて述べてきました。ここからは、日本経済が直面する中長期的な課題について考えてみたいと思います。日本の経済成長率は、内外に例を見ない急速な高齢化のもとで趨勢的な低下傾向を辿っています。このため、企業や家計の成長期待、言い換えれば支出意欲が抑制され、これが、慢性的な需要不足をもたらしている面があります。デフレ克服のためには、短期的な景気の回復だけでなく、日本経済の中長期的な成長力を強化し、構造的な需要下押し圧力を解消していくことが必要です。

個々の企業のレベルでは、自らの成長力強化に向けた取り組みが少なからずみられています。震災や原発事故はわが国にとっての大きな試練ですが、同時に、エネルギーや環境に対する国民の意識を大きく変化させました。変化は常に、企業にとってのビジネスチャンスです。最近では、環境性能に優れた次世代自動車のほか、再生可能エネルギーの供給やスマート化関連事業が、本格的なビジネスとして、次第に形を見せ始めてきました。また、こうした分野の成長は、中小企業を含め、先端素材やナノテクノロジーを供給する企業にも大きな波及効果をもたらすと期待されています。

日本経済の課題である急速な高齢化も、企業の目から見れば、新たなビジネスチャンスとなり得ます。個人消費に占める60歳以上の高齢者の比率は既に4割を超えており、なかでも団塊の世代は、その前後の世代に比べ、高い消費性向を有しています。こうした高齢者層は、経済力、ライフスタイル、健康状態、趣味等において個人差が大きく、多様な価値観を持っています。旅行やレジャー、医療や介護、さらには高齢化に対応した住宅・まちづくりなど、成長分野は数多くあります。実際、今月初めに公表した私どもの短観では、飲食・宿泊業などの業況感が大きく改善していますが、これについては、高齢者向けサービスの充実が功を奏しているといった面もあると考えています。

このように、最近の内需堅調の背景には、日本経済が直面する高齢化やエネルギー制約といった課題に対して、企業が前向きに取り組み、新たな需要を掘り起こしてきていることが反映されているように思います。そうだとすれば、足もとの内需の強さは、当面の景気回復要因にとどまらず、将来の成長力強化に繋がる大きな動きの始まりであり、わが国経済の中長期的な課題を解決するきっかけとなる可能性を秘めています。この先は、こうした成長の芽を大事に育てていくことが必要です。

成長の場は、日本国内だけとは限りません。高齢化やエネルギー制約は、近い将来、他のアジア諸国も必ず直面する問題です。中国では、2015年頃を境に早くも生産年齢人口が減少に転じ、2025年には60歳以上の高齢者が3億人に達すると言われています。国内市場で培った高齢者向けビジネスのノウハウを、すぐ隣の巨大市場で活用しない手はありません。生産年齢人口の減少が、近い将来、省力化投資の加速をもたらし、この分野が、日本の機械産業の新たなビジネス・フィールドとなる可能性もあります。インフラ需要の増加や低炭素社会への移行という大きな流れの中で、日本の先端的なエネルギー技術に対する引き合いも、今後、強まってくると考えています。

日本経済の成長力の強化は、何よりも、チャレンジ精神に溢れた企業自身の努力によって可能となります。もちろん、そのためには、金融機関による資金面でのサポートも必要ですし、チャレンジしやすい環境を整備するという点で、政府の役割も重要です。民間企業、金融機関、政策当局がそれぞれの役割に即して取り組みを続けていけば、生まれてきた成長の芽を上手く育て、大きく開花させることができるのではないかと考えています。

7.日本銀行の金融政策運営:金融緩和の推進と成長力強化の支援

最後に、日本銀行による最近の金融政策運営についてお話しします。

日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することがきわめて重要な課題であると認識しています。そうした認識のもとで、本年2月には、デフレ脱却に向けた私どもの政策姿勢をより明確化しました。具体的には、当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、強力に金融緩和を推進していくことを明らかにしたところです。

実際に金融緩和を推進していくため、日本銀行では、「資産買入等の基金」と呼ばれる金融資産の買入れプログラムを実施しています。これは、国債を始めとする幅広い金融資産を市場から買入れることにより、長めの市場金利の低下などを促すための措置で、企業の皆様にとっては資金調達コストの低下に繋がるものです。日本銀行は、2月と4月にこの基金の枠を相次いで拡充し、来年6月末までに、基金残高を70兆円程度まで積み上げることとしました。現在の残高は約53兆円です。今まさに、70兆円を目指して基金の積上げを行っている途上であり、それとともに、今後も金融緩和の効果は日々絶え間なく、強まっていくと考えています。

振り返ってみると、リーマン・ショック以降、日本銀行の金融政策の構えは、わが国経済の状況に応じて変化してきました。当初はリーマン・ショックやその後の震災を含め、度重なる景気下押し圧力を緩和し、経済を下支えしていくという性格のものでした。その後、日本経済は、こうしたショックから徐々に抜け出し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復するという見通しが示せるような状況になってきました。それでも2月と4月に金融緩和の強化を実施したのは、それまでの金融緩和の累積的な効果と併せて、こうした見通しをさらに確実なものとするためです。現在は、拡充された枠のもとで日々資産の買入れを進めながら、金融緩和の効果や、経済・物価の見通しとリスクを丹念に点検しているところです。もちろん、例えば何らかのショックによって見通しが下振れたり、見通しを巡るリスクが大きく高まるような場合には、追加的な金融緩和を実施することを躊躇しません。日本銀行としては、引き続き適切な金融政策運営に努めてまいります。

また、先ほどお話ししたとおり、デフレからの脱却には、こうした対応に加え、民間企業や金融機関、さらには政策当局による成長力強化に向けた努力が必要です。この点、日本銀行では、「成長基盤強化を支援するための資金供給」という中央銀行としては異例の措置を実施しています。これは、わが国経済の成長に資する投融資を行う金融機関に対し、日本銀行が長期かつ低利の資金を供給する制度です。2年前に導入されてから、順次制度が拡充され、本年3月には、当初は制度の枠外にあった1,000万円未満の小口の企業向け投融資も日本銀行による支援の対象としました。併せて、外貨建ての投融資を対象とするドル資金の貸付も実施することとしました。この結果、現在、制度全体の貸付枠は5兆5,000億円に上っています。このうち、先月には、小口の投融資を対象とした第1回目の資金供給が行われ、金融機関9先に対して総額30億円の貸付を実施しました。各金融機関は、この制度を利用して、医療・介護、環境・エネルギー、農林水産、観光など幅広い分野の企業に対し、成長を後押しするための投融資を行っています。新たに事業を起こすための投融資を実施した金融機関も少なくありませんでした。初回ということもあり、資金供給額はまだ少額ですが、今後とも、日本経済の成長に向けた新たな芽の育成に貢献していきたいと思っています。日本銀行では、こうした制度が呼び水となって、地域の面でも、業種の面でも、成長力強化に向けた民間の取り組みが一層拡大していくことを強く期待しています。

8.おわりに

そろそろ時間がなくなってきましたので、広島県経済について触れつつ、本日の話を締め括りたいと思います。

広島県は、自動車、機械、鉄鋼を始め、多様な業種が集積する西日本有数の工業県であり、最近も、環境性能に優れた次世代エンジンの開発など、その高い技術力を存分に発揮しています。また、物流や紳士服販売といった非製造業を含め、多くの企業がアジアを中心に積極的な海外展開を図っています。さらに、当地は、2つの世界遺産や山海の豊かな自然といった観光資源、国際都市としての高い知名度を有しており、実際、広島市や宮島では、最近、過去最多の観光客数を記録しました。行政も、民間の前向きな取り組みを積極的に支援しています。例えば、地元企業のイノベーションを促進するため、地方公共団体としては初めて、県が100%出資する形で地域支援ファンドの運営会社を設立し、4月には第1号の投資対象企業を決定したと伺っています。この企業は、スマートフォンのディスプレイにも応用可能な独自の非接触電気検査装置の開発により、世界的なニッチ・トップ企業を目指しているとのことです。金融面に目を転じると、当地の金融機関では、コンサルティング部門の人員を拡充したり、ビジネスマッチングのための商談会を積極的に開催するなどして、地元企業の成長や新規事業の立ち上げを後押ししています。日本銀行の「成長基盤強化を支援するための資金供給」にも、複数の金融機関が参加されています。当地の企業の前向きな取り組みを一層促すためにも、是非、本制度を有効に活用して頂ければと思います。

日本銀行としても、皆様の挑戦に期待し、今後とも、中央銀行としてできる限りの応援をしてまいりたいと思います。

本日は、ご清聴ありがとうございました。