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【挨拶】在日スイス商工会議所30周年記念会合における挨拶の邦訳

日本銀行総裁 白川 方明
2012年10月10日

私の話を始めるに当たり、まず、スイス国民銀行のトマス・ジョーダン総裁に対し、スイス経済の現状とスイス国民銀行が直面している課題について詳細かつ有益なプレゼンテーションを行っていただいたことを感謝したいと思います。私自身、総裁のお話から多くのことを学ぶことができましたし、この場に居る誰もがそうお考えになっているものと思います。私の方からは、ジョーダン総裁のプレゼンテーションに対する直接のコメントに代えて、スイスと日本の経済を比較して感じることを、手短にいくつか述べてみたいと思います。

当然のことながら、スイスと日本はかなり違います。例えば、スイスには海がありません。ただ、実際には、スイスはEUという大海に浮かぶ島とも言えます。同国の輸出の6割、輸入の8割がEUを相手方とするものです(図表1)。人口を比較すると日本の方がはるかに大きいですし、経済規模は日本がスイスの約9倍あります。一方、共通点もあります。たとえば、どちらの国も非常に安定した物価を享受し、一面ではその安定した物価に悩まされています。1992年から2011年までの20年間の平均インフレ率を消費者物価(総合)の前年比上昇率でみると、スイスでは+1.1%、日本では+0.1%でした(図表2)。また、本年8月の実績は、スイスでは前年比−0.5%、日本では同−0.4%でした。そのことを反映して、両国の金利も、ともに非常に低い水準で推移しています(図表3)。ここ数週間の10年物国債の利回りの動きをみると、日本の0.7%〜0.8%に対し、スイスではこれを僅かに下回る0.5%前後となっています。また、ジョーダン総裁からご説明があったように、両国通貨の為替相場は、歴史的な高水準にあります。

為替に関するマスコミや世論の関心は、スイス・フランとユーロ、あるいは、日本円と米ドルといった、特定の通貨間の為替レートに集中しがちです。これらのレートは重要ですが、為替相場を表す指標はこれ以外にもあります。

為替相場の変動が経済に及ぼす影響を理解するためには、すべての貿易相手国の通貨との為替相場を考慮に入れなければなりません。こうした観点からは、貿易額で特定の通貨間の為替レートを加重平均した、いわゆる「名目実効為替レート」をみていくことになります。スイスと日本の名目実効為替レートをみると、2000年1月から本年8月までの間に、それぞれ41.4%と17.4%上昇しています(図表4)。

また、インフレ率が高いと競争力が低下するという面も考慮に入れなければなりません。この点、名目の為替レートをインフレ率で調整した、いわゆる「実質為替レート」から追加的な情報を得ることができます。仮に名目為替レートが上昇しても、低いインフレ率により相殺されれば、実質為替レートの水準は変わりません。もちろん、インフレ率の比較が一筋縄ではいかないため、評価は慎重に行う必要がありますが、2000年1月から本年8月までの間における実質実効為替レートの動きをみると、スイスでは12.5%上昇しているのに対し、日本では19.3%下落しています(図表5)。

より最近、2007年12月から本年8月までの間をみると、スイスと日本の実質実効為替レートは同じような動きをみせており、それぞれ16.9%と23.3%上昇しています。こうした最近の動きは、国際金融危機の影響を受けています。リスク回避指向が強まり、キャリー・トレードの巻き戻しが発生したほか、両国ともいわゆる「安全への逃避」から生じる資本の流れに直面しています。スイスと日本の通貨高は、先進国における金融経済情勢の変調と軌を一にしています。

為替市場介入について、スイスではスイス国民銀行が実施していますが、日本では、法律上、中央銀行ではなく政府が負託されています。日本銀行は、金融政策運営に当たって、為替相場がわが国経済ひいては物価の見通しに及ぼす影響について、十分注意を払ってきています。日本銀行による一連の金融緩和強化策は、為替相場の動きがもたらす影響に対する懸念をひとつの背景とするものです。

スイスと日本は、どちらも為替相場の上昇に悩まされていますが、私はスイス経済のダイナミズムに感銘を受けます。2000年から2011年の間におけるドル建ての輸出額の推移をみると、スイスでは192%、つまり約3倍に増加しているのに対し、日本では74%の増加に止まっています。自国通貨建てでは、スイスが53%の増加、日本は28%の増加です(図表6)。スイスでは、医薬品、精密機械、時計といった業界の輸出が大きく伸びています。これは、この間にスイス・フランの名目為替レートが日本円以上に大きく上昇しただけでなく、国際金融危機やユーロ圏の混乱といった大きなショックに見舞われたことを考えますと、特筆すべきことです。

あまり意識されていないことですが、グローバル化の効果は、それぞれの国の類似点や相違点から学ぶ機会が増えることです。本日、ジョーダン総裁からスイスについて貴重な視点を提供していただきましたが、総裁ご自身も今回の訪日を通じ何らかの有益な経験をされることを期待しています。本日のすばらしいプレゼンテーションに改めて感謝したいと思います。