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【発言要旨】経済成長をファイナンスするための資金供給 — シュンペーター的な視点 —

GIC(Global Interdependence Center)コンファランス「世界金融危機:日本からの教訓」におけるパネル発言の抄訳

日本銀行副総裁 西村 清彦
2012年12月3日

目次

1.はじめに:標準的なマクロ経済学を超えて

2008年の世界金融危機後の経済停滞を経験して、経済学者、市場参加者、政策担当者はいずれも、一人当たりの実質産出高が元の水準に戻るまでには長期の年限を要することを痛感しつつある。この長期停滞への対応について、標準的なマクロ経済学から得られる処方箋は単純明快であり、政策当局は潜在GDPを所与として捉え、それと実際のGDPの乖離率であるGDPギャップを解消するよう景気刺激策を行うというものである。経済の回復力の弱さが循環的なものか、それとも構造的なものか、リアルタイムで判断することは難しいが、いかなる手法を用いて潜在GDPを計測したとしても、現在のGDPギャップが大きいという事実は変わらないだろう。現在、ゼロ金利制約に直面するなかで、先進国の中央銀行の多くはそうした処方箋をもとに、資産買入れプログラムを含む非伝統的な政策措置を採用している。

しかし、私は、低成長環境下での政策の有効性を高めるためには、標準的な考え方を超えて、経済成長力自体に働きかけるような政策を検討する必要があると考える。特に、経済の成長基盤強化に向けた取り組みをサポートするような政策手段を見出していくことが重要である。この考え方は、既に非伝統的な領域にある資産買入れプログラムよりも、さらに非伝統的なものと考える人がいるかもしれない。しかし、成長期待が低下し、経済がゼロ金利制約に陥りやすくなると、中央銀行の目標である物価安定の達成が困難になる1。この困難を和らげるには成長期待を高めていくことが必要であり、たとえその効果に不確実性が大きく、間接的な形でしか影響を及ぼすことができないとしても、金融政策が経済の長期的な生産性に影響を及ぼすことができると考える。

実際、多くの国で成長期待が低下する兆候が現れている。金融危機の後遺症については既に沢山の議論がされているが2、人口の高齢化も既に先進国に影響を与えつつあり、今後は途上国にも影響を及ぼし始めると考えられる3。また、近年の技術進歩が経済成長に有利でない側面があるという点も、特に雇用への影響を考える際にはもう少し取り上げられてもいいと思われる4

本日の講演では、低成長環境下における中央銀行の役割に関する私の考え方——これはシュンペーター的な色彩が強い——と、そうした観点からみた日本銀行の政策について説明するが、その前に、まず、日本と他の先進国の実質成長率の長期時系列を振り返っておきたい。

  1. 1 日本で過去十年余にわたりデフレ圧力が持続したのは、負のショックが断続的に発生し、人々の成長期待が継続的に低下したことが一因と考えられる。負のショックによって成長期待が低下すると、企業経営者が設備投資の拡大や賃金の引き上げをためらうようになるほか、家計は消費を控え、将来に備えて貯蓄を増加させようとする。仮に成長期待の低下が一回限りであれば、調整が終了したところで物価水準は安定する。しかし、成長期待の低下が次々と継続して起こると、慢性的な需要不足によって物価水準には継続的な低下圧力が発生し、デフレが継続することになる。
    日本での持続的なデフレの背景には、これに加えて企業の価格・賃金決定を通じるルートもあったと考えられる。低コストの新興国との厳しい競争にさらされた日本の輸出企業は、賃金や納入価格の引き下げといったコストカットで対処したが、それが非製造業や公的部門にも波及し、日本全体の物価水準の下落をもたらした。しかもそれが購買力平価(PPP)のメカニズムを通じて為替の円高につながり、当初のコストカット分を一部帳消しして、再びコストカットからのサイクルが始まることにより、デフレが継続した。
  2. 2 Reinhart and Rogoff(2012)やIMF(2009)を参照。
  3. 3 高齢化の影響は多岐にわたる。高齢者が増えるとそれを支える若年層の負担が高まるという財政面での問題は言うまでもないが、高齢層の割合が高まると需要構造が変化し、企業の戦略にも変化が求められるようになる。また、就業者の高齢化のもとでの情報通信技術の発展は、生産性を低下させる方向に作用する可能性がある。例えば日本では、情報通信技術の発展が既存の企業特殊的なノウハウや人的資本を陳腐化させるよう働いたため、1990年代における就業者の高齢化は労働生産性上昇率の鈍化に寄与したと指摘されている。詳しくはMinetaki and Nishimura(2010)を参照。
  4. 4 Gordon(2012)は技術進歩が非線形に変化する性質があることを説明した上で、先行きは、生産性の改善幅が大きく低下することを示唆している。この点は、企業収益や雇用の創出について考える際に重要である。すなわち、情報通信技術は製品のデジタル化を加速させるが、デジタル化された製品の生産コストはほぼゼロであるため、製品価格には常に下落圧力がかかり、企業収益は減少することになる。また、中間管理職・中間熟練工層が担っていた仕事が情報通信技術によって置き換えられ、これらの労働者の職が失われてしまうという問題もある(西村2012)。

2.危機後の経済成長率の動向:変化の先頭を行く日本

図表1に示したとおり、過去60年間の日本の実質GDP成長率は、1960年代の9.7%という高みから2000年代のわずか0.6%までへの低下という類まれな歴史を持っている。図表2は、この実質GDP成長率を、労働生産性の伸びと労働投入の変化率に分解したものである。日本の資産バブルのピークが1990年頃であることに注意してバブル前(1980 年代)とバブル後(1990 年代)を比べると、この時期の実質GDP成長率の低下の大部分は、労働生産性の伸びの大幅な低下によるものであることがわかる。

労働生産性の伸びの低下にはいくつかの要因がある。労働生産性の変化は全要素生産性(TFP)の伸びと資本・労働比率の変化に分解できるが、このうちTFP成長率の低下には、技術面でのキャッチアップ過程の終了やバブル期の高成長の幻想の消失のほかに5、米国企業とは違って日本企業の生産性が情報通信技術によって改善しなかった点が影響していた6。また、より重要なことに、資本・労働比率の上昇幅も大きく低下したが、これにはバブル期に膨れ上がった設備や債務などの過剰の解消(デレバレッジ)が最優先課題となるなかで、企業が新規プロジェクトへの投資や更新投資にも及び腰になったことが影響していた。

日本は過去四半世紀の間に、高齢化やより最近では人口減少が進行するもとで、過去に例をみない大きさの資産バブルとその崩壊、その後はアジアと国内での金融危機といった、難しい問題に次々に直面してきた。しかし、2000年代半ば以降の世界経済の動向が示唆するように、他の先進国も日本の後を追うように類似の問題を経験するに至っている。実際、図表3で1971年から2010年までの先進国の総人口一人当たりの実質GDP成長率をみると——これは、理論的に自然利子率と密接な関係にある指標である——、金融危機を経て欧米先進国でもこれが日本とほぼ同じ水準まで低下している。こうした状況を踏まえると、中長期的な成長力を如何に高めていくかという問題は日本に限ったものではなく、先進国共通の政策課題になっていくものと考えられる。

  1. 5 顕著な例は建設業である。国や時期を問わず、建設業はTFP成長率の低い産業であることが知られているが、バブル期の日本では建設業の高いTFP成長率が観測された。この時期の日本では、値段の高い建築物の方が早く売れるという、根拠なき熱狂によるものと思われる特異な購買行動がみられた。Minetaki and Nishimura(2010)を参照。
  2. 6 脚注4を参照。

3.シュンペーター的視点:イノベーションにおける銀行の役割

それでは、特に高齢化が進行している状況において、経済成長力と成長期待を引き上げるためには何を行うべきだろうか。これを実現する上で鍵となるのは、労働生産性を引き上げること、すなわち、労働投入あたりの付加価値を高めていくことである。それには、コストをできるだけカットするか、あるいは新しい需要を創出するかのいずれかの対応が必要となる。人口成長率が高く、低価格の高品質商品に対して大きな需要が見込める経済であれば、コストカットがうまく適合しているといえる7。しかし、人口が成熟化し、人口増に伴う需要増加が見込めない場合には、コストカットよりも新しい需要を創出することの方が重要になる。すなわち、社会の潜在的なニーズを掘り起こし、人々が対価を払っても良いと思う財やサービスを供給することが、より重要になってくる。

企業がそうした需要創出型のイノベーションを進めていく上では、そうした企業を金融面で支える金融仲介機関の役割が重要になってくる。もし積極的な金融仲介機能が欠けていれば、高リスク・高リターンの事業も後押しされることなく、技術の伝播も進まず、経済は結局停滞することになる。実際、著書『経済発展の理論』の中で、こうした需要を創造するイノベーションを起こす「企業家」に加えて「銀行家」の役割を重視したのは、シュンペーターその人であった8

  1. 7 1980年代までの日本企業の強みは、ジャスト・イン・タイムと呼ばれる徹底した生産・在庫管理に代表される、オペレーション上の品質向上・効率性追求によってコストを引き下げると同時に品質を向上させて、大量に高品質商品の生産・販売を行うことにあった。しかしながら、そうした品質向上・効率性の追求でより高品質の財・サービスをより安価に生産する「コストカット型」のイノベーションは、改善余地が次第に逓減していくため持続性には限界があった。加えて、1990年代以降、IT化による標準化とグローバル化が進展し、先進国の技術・資本と新興国の豊富な労働力を結びつけて最適生産を追求する国際分業が可能になり、アジア新興国等が急速に先進国へキャッチアップしてきたことも、日本企業がコストカットによって利益を増加させることを難しくした。つまり、日本の企業の高成長を支えた既存のビジネス・モデルは、IT化・グローバル化という経済環境の変化に適合しなくなっていった。
  2. 8 Schumpeter (1926)を参照。

シュンペーター的創造的破壊における銀行家の役割

シュンペーターのいう創造的破壊は、まず「企業家」が新しい技術の結合や知識などを持ち込み、「銀行家」が信用創造を通じて投資資金を企業家に提供し、それらが既存の構造を揺り動かす過程から始まる。もちろん、ここでいう「銀行家」は文字通りの銀行に限定されず、現代ではベンチャーキャピタル等も含まれる。

この過程において、銀行家は2つの役割を果たす。ひとつは、革新的な事業を創造する企業家を見定め、最も有望な先を識別する役割であり、しばしば「目利き」の機能と呼ばれる。もうひとつは、いったん資金提供を始めた後も、ビジネス・マッチングや新市場についての情報提供をはじめとして、企業の業績改善につながる情報提供を行う役割であり、実際にはこちらの機能の方が重要である9。企業家の選別や企業家に対する適切な助言を、競合する他の銀行家と比べて相対的に低いコストで行うことのできる銀行家は、企業家との関係から安定した利益を得ることができる10。そうした銀行家の長期的な利益追求行動が、マクロ的にみて一層効率的なリスクの再配分を実現し、加えて生産可能性フロンティアを拡大し、経済成長を内生的に高めていく11

  1. 9 銀行家の2つ目の役割として指摘した点は、シュンペーターが自身の著書で明示的に検討したものではないが、経済が情報通信技術の時代に入るにつれて重要度を増している。例えば米国では、ベンチャーキャピタル企業が新興バイオテクノロジー企業に対して、資金提供だけでなく経営面での情報提供やビジネス契約のサポート等を行うことにより、バイオテクノロジー企業の製品開発に貢献していた(Michalopoulos et al. 2009)。
  2. 10 危機後の日本では、企業の最も必要とする情報提供の機能を銀行が十分に果たさなかったといった観点で、中小企業から不満の声が聞かれた。
  3. 11 Michalopoulos et al. (2009)は、企業家と銀行家を取り入れた内生的成長モデルを構築し、シュンペーターのアイデアを理論的に説明している。ただし、このモデルは銀行家の機能のうち「目利き」の機能に焦点を当てたものである。

不況期におけるシュンペーター型銀行の必要性

企業のイノベーションは、研究開発(R&D)や労働者の技術習得、新市場開拓などを源泉とするものであるが、そうした長期投資は、景気循環のどの局面で強まるのであろうか。理論上は、目先の需要に対応する短期投資が減少する不況期に、R&Dなど長期投資は活発になるはずである12。しかし、現実には逆であり、イノベーションは景気後退期に急減少する13。この理論と現実の乖離の背景を考えることで、政策設計に対する重要な手がかりが得られる。

理論上、不況期にイノベーションを行うことが企業収益面で望ましくなるのは、リターンが不確実で成果がでるまでに長期を要するR&D投資を需要が落ち込んでいる不況期に行ったとしても、その機会費用——短期の需要に対応するための生産設備の拡充を行わなかったことで逸失する利益——が小さくて済むためである14。しかし、これとは逆に、多くの実証分析ではR&Dをはじめとした長期投資は順循環的であり、景気後退期には減少すると指摘されている。この点については、理論では企業が信用制約に服していないことを暗黙の前提としている一方で、現実にはその前提を満たしていないというのが最も説得的な説明であろう。シュンペーターの用語を用いて言い換えれば、理論では、「銀行家」が革新的な「企業家」をいつでも資金面でサポートすることが前提となっているが、現実には、不況期には企業財務の悪化やR&Dのリターンに関する不確実性への懸念の高まり等を背景として、信用制約が逼迫することが多いということになろう。その結果として、不況期にはイノベーションに向けた企業の活動が全体として低調となり、経済の長い目でみた成長力が削がれるリスクが高まっていく。

したがって、シュンペーター的な見方によれば、金融当局はとりわけ不況期において、企業のイノベーションに向けた取り組みが資金面で阻害されることがないように、安定した金融環境の維持に努めていく必要がある。もっとも、銀行貸出が不良債権となって資金配分が非効率化することを回避する必要もあるため、微妙なバランスが要求されるのも事実であるが。

  1. 12 Aghion et al. (2005, 2010)を参照。
  2. 13 Aghion et al. (2008)、Mannasoo and Merikull (2011)などを参照。
  3. 14 不況がイノベーションに向けた取り組みを活発化させ、非効率性を矯正するという点が、いわゆる「不況の洗浄効果(cleansing effect)」の重要なポイントである。洗浄効果という言葉は、非効率性な企業の淘汰による効率性改善を表すものとして用いられることがあるが、実際には不況期にイノベーションが促進されるメカニズムも含む概念である。

イノベーションの外部性を考慮する必要性

最後に、シュンペーター的視点に基づけば、政策当局(あるいは金融当局)が企業のイノベーションへの取り組みを支援していく際には、イノベーションの「外部性」を考慮することが望ましい。例えば、最先端の技術開発につながるR&D投資は、知識のスピルオーバーを伴う技術革新競争を促すという社会的な効果——正の外部性——を持つ。しかし、個々の企業にとってみると、そうした社会(他企業)へのスピルオーバー効果が自社の収益に還元されない限り、私的な収益率は十分高くならないケースが多々ある15。実際、企業の投資案件において、社会的収益率は高いが私的収益率が低いために断念されている投資機会が少なくないと言われている16。このように、外部性が存在するもとでは、企業のイノベーションに対するインセンティブが高まらないため、R&Dなどの長期投資は、社会的にみて過小になる傾向がある。

ここで、イノベーションに対するシュンペーター的視点が重要になってくる。この問題を解決するための標準的な政策としては、政府による補助金(あるいは、いわゆるピグー税)が挙げられようが、これを行う上で必要となる情報や監視能力の不十分な公的当局が直接関与を強めれば、効率性を損なう可能性がある。効率性を重視しながら企業のイノベーションに対するインセンティブを高めていくには、シュンペーター的な銀行の機能を間接的に利用していくことが望ましい。すなわち、政策当局は、銀行家の情報生産能力——いわゆる、「目利き」と「機会提供」の機能——を頼りにして、銀行家が有望なプロジェクトへの支援を行う上で必要となる資金を提供する。以上の点を別の言葉で表現すると、イノベーションの外部性の問題を解決するためには、私的収益を下支えすることで社会的収益率の高い投資案件への資金や資源の効率的配分を進め、イノベーションを促進させる社会的仕組みが必要であるといえる。そうした仕組みの重要性は、成長期待の上昇や雇用機会の拡大といった社会的な便益をもたらすイノベーションが、私的収益率のみに基づく民間企業の活動では生まれにくい状況において、特に大きくなると考えられる。

  1. 15 社会的収益率には、時間を通じた動学的な規模効果と学習効果が作用する。すなわち、初期には多くの費用がかかるが、時間がたって生産量が増えるにつれて費用が低下していくため、初期段階では私的収益率は低いかもしれないが、その後の効果も考慮した社会的な収益率は高い場合がある。
  2. 16 一例として、某メーカーによる地雷探知ロボットの開発計画を挙げておこう。その会社では、社内の研究開発を盛んにするということを目的として様々な社内研究がなされていたが、その一つにこの会社のセンサー技術を駆使した地雷探知ロボットの研究開発があった。しかしながら、その収益性を考えた時、私的な利益を追求する企業として、こうした収益をほとんど生まないと予想されるプロジェクトを推進するのは無理があるということで、最終的にプロジェクトを断念したという。この場合の問題は、ロボットの社会的な重要性を反映する需要がないことである。西村(2004)を参照。

4.金融危機後の中央銀行業務:経済成長をファイナンスするための資金供給

ここで、経済成長力あるいは家計や企業の成長期待を高めることを明確に意図した、日本銀行の政策面での取り組みを説明する。日本銀行は、2010年6月に「成長基盤強化を支援するための資金供給」を導入したほか17、本年10月には「貸出増加を支援するための資金供給」を創設することを決定し、後者については現在、準備を進めているところである。これらの措置をまとめて一言で表すとすれば、「経済成長をファイナンスするための資金供給」と呼ぶことができるだろう。

これらの措置は、金融仲介機能を活用しながら潜在成長率を高めていくことに貢献することを目的としている。より具体的には、民間金融機関に対して非常に低利かつ長めの資金を適格な担保を裏付けとして供給することにより、金融機関の一段と積極的な投融資活動を促すことを企図したものである。

図表4は、このうち成長基盤強化を支援するための資金供給について、2010年9月に開始した本則ならびにその後追加された3つの特則に関し、日本銀行から金融機関への貸付残高の推移を見たものであるが、着実に残高が高まってきている。また、図表5は、金融機関が成長基盤強化を支援するための資金供給を利用して実行した個別投融資の実績を成長分野別に見たものである。これを見ると、「環境・エネルギー」が最も大きな割合を占め、「医療・介護」と「社会インフラ整備」がこれに次いで大きくなっている。このように日本銀行の成長基盤強化を支援するための資金供給は、金融機関の成長基盤強化に向けた取り組みをしっかりと引き出しているとみられる。

これらの資金供給措置には、先ほど説明したシュンペーター的視点に立てば、3つのポイントがある。第一に、革新的な企業家を見出し、その成長にとって有益な情報を提供するという、銀行家の情報生産能力を最大限に活用していることである。具体的には、プロジェクトを見定める上で銀行家の目利きとしての機能が重要な役割を果たし、イノベーションの価値を高める上で銀行家の良き助言者としての機能が大きく貢献する18。第二に、経済に対する逆風が強い局面で中央銀行が銀行家を資金面で支援することにより、不況が経済に与える負の影響を小さくしようとしていることである。第三に、中央銀行が非常に低利かつ長めの資金供給で支援することで、社会的収益率の高い投融資の「呼び水」としての役割を果たし、イノベーションの外部性に起因する私的収益率の低さを補おうとしていることである。

こうした政策思想は、金融仲介機能を通じた長期的な資源配分の効率性向上を企図している点で、短期的な総需要不足を埋めるための公的支出を推奨するケインジアン的な思想とは異なる。また、市場経済を活用しつつ公的当局が関与する点で、公的当局の介入を極力排除し、自由な競争的市場の優位性を説く新自由主義の思想とも異なる19。むしろ、経済成長力や経済活力を引き上げることを目指すという点でシュンペーター的な色彩があり、金融政策の領域では非伝統的な政策設計といえる。ただし、たとえ非伝統的な考え方であっても、日本がここ10年間ほど実質成長率の趨勢的な低下と成長期待の低迷に悩まされてきたことを考慮すると、日本銀行の資金供給措置は、日本銀行法で定められた金融政策の理念——すなわち、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」——と合致しているといえよう。

  1. 17 詳細は西村(2010)を参照。また、金融仲介機能を通じた成長基盤強化に向けた具体的な措置についても、これを参照。
  2. 18 銀行の良き助言者としての機能が企業家の成長にとって重要である点は、それほど広く認識されていないと思われる。なお、残念ながら日本の金融機関は、借り手企業のパフォーマンスを改善させるような、良き助言者としての機能を十分に果たしていなかった(Fukao et al. 2005)。
  3. 19 こうした整理はAghion (2012)にもみられる。なお、Aghion et al. (2012)は、金融政策が企業の研究開発投資への影響を通じて経済の生産性を改善させる効果があることを、理論と実証の両面から主張している。

5.おわりに:今後の展望

そろそろ本日の講演を締めくくることにしたい。生産性上昇率の低迷は潜在成長率の低下をもたらすが、これは経済の供給サイドの縮小につながるだけでなく、需要面にもマイナスに働く。潜在成長率の低下によって家計の所得見通しや企業の収益見通しが弱まると、家計消費や設備投資が抑制されるからである。このように生産性上昇率の低下によって供給サイドと需要サイドの双方の働きが弱まると、自然利子率は持続的に低下する。

バブル崩壊後や金融危機後にみられるデレバレッジは、経済主体の支出を急速かつ大幅に抑制させるように作用するため、自然利子率への低下圧力を大きくする20。中央銀行がゼロ金利制約に直面し、自然利子率の大幅な低下に対して金融緩和余地が小さくなると、マクロ経済を安定させることも困難になっていく。そうした状況で中央銀行は、経済成長力や成長期待を引き上げ、自然利子率を引き上げていくことに貢献する政策を考えていく必要がある。

上で描写したような状況は、もはや日本に特有のものではなく、他の先進国や、そう遠くない将来に高齢化に直面すると考えられる一部の新興国にも当てはまるものである。したがって、今後はこれらの国においても、今は異例なほどに積極的にみえる日本銀行による経済成長をファイナンスするための資金供給措置が、より現実味を帯びてくるかもしれない。英国の「貸出のための資金供給(Funding for Lending Scheme)」も、その発端は日本銀行の資金供給措置とは異なるかもしれないが、シュンペーター的な効果が期待できるという点では類似の側面も持っているものと考えられる。

  1. 20 Guerrieri and Lorenzoni (2011)は、金融危機時に予期しない借入制約のタイト化が発生すると、借入制約に服した借り手はデレバレッジを余儀なくされるほか、今は制約下にない貸し手も先行き借入制約に陥るリスクが高まったと認識して予備的貯蓄を増加させるため、自然利子率が低下することを指摘している。Eggertson and Krugman (2012)も同様に、借り手の借入制約がタイト化するデレバレッジの過程では、自然利子率が低下し、デフレ圧力が大きくなることを主張している。

参考文献

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