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【講演】チャレンジングな経済環境下での我が国の金融政策

イタリア中銀セミナー及びユーロアジア・ビジネス経済学会(ローマ)における講演(1月11日-12日)の邦訳

日本銀行政策委員会審議委員 白井 さゆり
2013年1月12日

目次

1.はじめに

本日は、皆様の前でお話する機会を頂き大変光栄に存じます。本日取り上げたいテーマは、我が国のマクロ経済状況、金融政策、および金融政策運営をとりまく経済環境についてです。お話のなかでは、少子高齢化やそれに関わるマクロ経済状況と構造的問題についても触れる予定ですが、こうした内容はこれまでの多くの中央銀行ではあまり注目されてきませんでした。といいますのは、こうした構造的な問題は金融政策の枠組を超えるものとして考えられてきたためです。

しかし、我が国に次いで欧州、特にドイツとイタリアでは、急ピッチで高齢化が進みつつあります。こうした諸国でも、我が国が現在直面しているような構造的問題が金融政策運営に影響を及ぼす要因として、今後、活発に議論されていくのではないかと感じています。このことから、我が国が、現在、世界に先駆けて経験している実態について皆様に理解を深めて頂くことは、とりわけ経済が成熟期に入りつつある先進諸国にとって、先行きに備えるにあたり有用な判断材料を提供することになるのではないかと思っています。また、我が国の経験についてお互いに洞察を深めていくことができれば、金融政策においても新しいイノベーティブな発想をさらに促進していける可能性があります。

まず、本日のプレゼンテーションの流れについて簡単にご説明致します。本日の話題の中心は、日本銀行がバブル崩壊後の1991年に最初に政策金利を引き下げて以来、およそ20年にわたって実施している金融緩和政策についてご紹介することにあります。時間の制約もございますので、そのなかでも2つのタイプの「非伝統的な」金融政策について焦点をあてていきたいと思っています。まずは、第1期の金融緩和の枠組み、すなわち2001年から2006年にかけて実施したいわゆる「量的緩和(Quantitative Easing <QE>)」政策についてお話いたします。そのうえで、第2期の金融緩和の枠組み、すなわち、2010年から現在にかけて実施している、いわゆる「包括的金融緩和(Comprehensive Monetary Easing <CME>)」政策についてご説明いたします。そして、最後に、構造的問題とそれがマクロ経済に及ぼしている影響についてお話し、こうしたきわめてチャレンジングな経済環境のもとで日本銀行なりに取り組んでいる施策についてご紹介していきたいと思っています。プレゼンテーション終了後に皆様との活発な質疑応答を楽しみにしております。

2.第1期:量的緩和(QE)のもとでの金融緩和策(2001年‐06年)

それでは、2001〜06年の量的緩和政策の枠組みとそのもとでの経験についてお話いたします。

(1)QE政策の枠組み

我が国が緩やかなデフレ局面に陥る以前の経済状況を振り返りますと、まず、1990年代初めに不動産と株式のいわゆるバブルの崩壊を経験し、その後1990年代後半に金融危機に直面しました。この間、一時的な景気回復局面が見られたものの、長期にわたって景気後退とマイナスの需給ギャップ(すなわち、供給超過状態)に陥りました(図表1)。消費者物価指数(CPI)でみると、総合、コア(総合から生鮮食品を除いた指数)ともに伸び率が低下を続け、1998年頃からは緩やかなマイナス(すわなちデフレ)が続くようになりました(図表2)。さらに、我が国経済は2000年の米国におけるITバブル崩壊の影響を受けました。2001年初めから、輸出と生産は大きく減少し、物価の伸び率は前年比マイナスが続きました。

経済情勢が悪化するもとで、2001年3月に、日本銀行は「量的緩和(QE)」政策と呼ばれる新しい金融緩和の枠組みを決定しました。その目的は、物価の継続的な低下を食い止め、持続的な経済成長に向けた基盤を整えることにありました1。この政策は政策金利の変更にもとづく「伝統的」な金融政策ではありません。なぜならば、このとき、政策金利であるきわめて短期の銀行間金利(正確には、無担保コールレートのオーバーナイト物金利)はゼロ金利制約に直面していたためです2

QE政策は3つの柱から構成されています。第一に、金融政策の主たる目標をそれまでの無担保コールレートのオーバーナイト物金利から、日本銀行当座預金残高に変更したことです。当座預金残高は、その後、所要準備(約4兆円)を超える「超過準備」を増やすことで段階的に拡大しました(図表3)。もう少し正確に申し上げますと、目標額は当初5兆円程度から経済状況が悪化するなかで9回引き上げを実施し、2004年1月には30〜35兆円程度に達しました。それ以降は、QE政策が解除されるまではこの水準を維持しました。この目標額は主として期間1年以内の短期の資金供給オペを繰り返すことで達成されました。

理論的には、QE政策——この政策により日本銀行のバランスシート(あるいはマネタリーベース)が拡大することになります——は、(1)「ポートフォリオ・リバランス効果」(マネタリーベースと不完全な代替関係にある金融資産のリスクプレミアムを引き下げることによる効果)と、(2)シグナリング効果(短期金利の将来経路に対する期待を引き下げることによる効果)を通じて金融資本市場に影響を及ぼすと考えられています(図表4)。ポートフォリオ・リバランス効果は、日本銀行のバランスシートの拡大が相対的にリスクの高い資産のリスクプレミアムを引き下げることで、金融機関や投資家がこれらの資産にそれまで以上に積極的に投資をするインセンティブ(誘因)を高めると考えられています。こうした投資が増えれば金融資産の価格が上昇し、つれて企業の設備投資や家計消費が間接的に刺激され、CPIのような一般物価が上昇することが想定されています。シグナリング効果は、中央銀行がバランスシートを拡大することによって中央銀行が将来の短期金利を低い水準に保ち続けるだろうとの市場予想を高める効果を想定しています。そうした効果がより長め金利や他の金融資産の利回りの期待についても影響を及ぼすと考えられています。

第二に、日本銀行は、「コアCPIの前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで」QE政策を維持すると約束(コミット)しています3。この革新的な金融政策手段は、今日では「時間軸政策(フォーワード・ガイダンス)」として知られています。理論的には、シグナリング効果を通じて、事実上のゼロ金利政策が将来において経済状況が改善した後でもしばらく維持されるだろうという市場の期待を強めることで、短期金利の将来経路を引き下げることが想定されています4

第三に、当座預金残高目標を達成するうえで必要と判断される場合には、長期国債(JGBs)の買入を増額することを決めています。国債買い入れは、理論的には日本銀行のバランスシートの大きさを維持したままその構成を変えることで、(当座預金残高の拡大がもたらす効果と同じく)ポートフォリオ・リバランス効果とシグナリング効果を発揮することが想定されています。実際には、短期の資金供給オペを中心に実施するなかで、当座預金の拡大が難しい場合の追加手段として位置付けられました。

  1.   1  これより以前の時期については、経済情勢の悪化とデフレリスクに対応するために、無担保コールレートのオーバーナイト物金利(政策金利)は1999年2月までにゼロ%に引き下げられています。この「ゼロ金利政策」は需要の弱さによるデフレ圧力が緩和されたとの認識のもと、2000年8月に解除されて政策金利は0.25%に引き上げられています。その後、米国ITバブル崩壊によって我が国の景気が悪化したため、政策金利は2001年2月に0.15%に引き下げられています。
  2.   2  量的緩和の時期に、無担保コールのオーバーナイト物金利は潤沢な流動性供給に支えられて0.001%で推移していました。この水準はゼロ金利政策を採用した時期の0.02〜0.03%よりも低い水準にあります。
  3.   3  この時間軸政策は、2003年10月にQE政策の継続についての出口条件を明確にすることで強化されています。その条件として、第一に、直近公表のコアCPI前年比上昇率が単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できることが必要であり、第二に、コアCPI前年比上昇率が先行き再びマイナスになると見込まれないことが必要(展望レポートで多くの委員が見通し期間においてゼロ%を超える見通しを有していることが必要)であるとしています。ただし、これらの条件は必要条件であって、これが満たされたとしても、経済・物価情勢によっては、QE政策を継続することが適当であると判断する場合も考えられるとも明記しています。
  4.   4  Eggertsson, Gauti B., and Michael Woodford, "The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy," Brookings Papers on Economic Activity, 1, pp. 139-211, 2003; and Reifschneider, David, and John C. Williams, "Three Lessons for Monetary Policy in a Low-Inflation Era," Journal of Money, Credit and Banking, 32 (4) Part 2, pp. 936-66, 2000を参照。

(2)景気回復と量的緩和の解除に向けた展望

2001年から06年の時期には、海外経済は順調に拡大し、我が国の輸出の伸びを高める方向に寄与しました。これにより、2002年1月を底にして我が国経済はついに回復局面へと転換することができました。同時期の企業収益は、原油価格やその他の原料価格が上昇していましたが、それでも増加基調にありました。生産拡大を反映して設備稼働率は上昇しており、生産能力が限界に近づきつつあるとの制約が意識されるようになり、特に輸出部門の製造業の設備投資が高い伸びを記録しました。もっとも、設備投資の規模はキャッシュフローの水準を超えることはありませんでしたが。家計所得については雇用の増加が主因で緩やかに増えていましたが、部分的には労働者1人あたりの名目賃金(労働時間の増加が中心)、配当収入、株価上昇も寄与していました。こうした家計所得の増加が消費活動を下支えしていたと言えます。

さらに、我が国経済は2002年初めから回復を続けており、回復基調は強まりつつありました(前掲図表1)。経済成長は当面続くと思われていました。この時期の経済成長の牽引力は、輸出とそれに関連する設備投資にあり、それらは世界の経済成長にもとづく外需の強さと円安によってもたらされていました。円安は特に対ドルと対ユーロに対して顕著で、それは(米欧の金利が我が国の金利を上回ることによる)金利差と活発な投資家のリスクを取る姿勢を反映した(円売り・外貨買い)キャリー取引の拡大が主因となって生じていました(図表5)。この見方は、製造業について、大企業と中小企業どちらとも、非製造業と比べて景況感が大きく改善していることからも裏付けられます。

物価動向については、コアCPIの伸び率が1990年代末にマイナスの領域に移行してからは緩やかなデフレ状態を続けていましたが、2005年末にかけてついにプラスの領域に転換するようになりました(前掲図表2)。その後、2006年初めになるとさらに上昇しています5。企業を対象にした複数の調査によると、生産設備と雇用の両面で不足超にあると認識する企業が増えていることを示しており、マイナスの需給ギャップがほとんど解消したことを示唆していました(前掲図表1)。先行きの経済については、潜在成長率を超えるペースで拡大することが予想されたため、需給ギャップはプラスの領域(需要超過状態)に移り、さらにプラス幅が緩やかに拡大していくことが見込まれていました。ただし、懸念材料としては、単位労働費用(ユニットレーバーコスト<ULC>)が低下を続けていることがあり、このことは時間当たりの労働生産性の改善が時間あたり賃金の動きを上回っていることを意味していました。しかし、2005年に入ると幅広い業種にわたって労働需給がタイト化したことで、賃金は上昇を始めました。また、景気回復が長く続く局面では労働生産性の上昇率はしだいに低下していくと見込まれたことから、ULCも目先は低下傾向が止まって緩やかに上昇を始めることが想定されたのです。それに加えて、さまざまなミクロ調査によれば企業や家計は短期だけでなく中長期のインフレ予想も引き上げていることが示されていました。

この間、他の先進諸国と同様に、我が国でも、数年間にわたり、需給ギャップの変化に対してCPI等の物価指標が反応しにくくなる現象に直面するようになりました。いわゆる「フィリップス曲線のフラット化」と呼ばれる現象です。こうした現象を認識しながらも、日本銀行が緩やかに物価変化率が上昇していくとの見通しを立てた背景として、既に指摘していますように、第一に需給ギャップが改善を続けると考えられること、第二に労働市場が経済活動の活発化等によってタイト化が見込まれること、第三に企業と家計のインフレ予想が高まる傾向がみられていること等があげられます。また、国際商品価格の上昇や円安傾向もインフレ予想の上振れに寄与していました。

以上の経済物価認識をもとに、国内企業間の競争の激化、グローバル化による国境を超えた競争の激化、IT技術革新などで部分的に減殺されるものの、CPIの上昇基調は先行き定着するであろうとの見通しが立てられました。こうして、コアCPIの伸び率は2006年度はゼロ%から1%の間で推移し、2007年度には1%を少し下回る水準に近づくと展望されたのです。

その結果、2006年3月に、日本銀行はQE政策の解除の条件(すなわち「約束」)を満たしたと判断して、QE政策の解除を決定しました6。同時に、金融市場調節の操作目標を日本銀行当座預金残高から以前の無担保コールレートのオーバーナイト物金利に戻し、新しい誘導目標としてその金利を概ねゼロ%で推移するよう促すことにしました。

同時に、日本銀行は金融政策運営にあたり新たな枠組みとして政策委員会の9人の委員(総裁1名、副総裁2名、審議委員6名)それぞれが中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率を「中長期的な物価安定の理解」として公表しました。そこでは、中長期的にみて物価が安定していると理解する物価上昇率について、CPI前年比で表現すると0〜2%程度で、委員の中心値は大勢として1%前後として合意し、原則ほぼ1年ごとに点検していくことにしました。ここで、他の先進諸国と比べて低めの物価変化率の範囲が示された理由として、海外主要国と比べて過去数十年の我が国の平均的な物価上昇率が低いこと、1990年代以降の長期にわたって低い物価上昇率が続いたことから企業や家計が物価安定と認識する物価上昇率が低い可能性等に配慮したことが指摘されています。

その後、緩やかに景気が回復し先行きについても拡大を続け、物価上昇率はプラス基調が続く見通しのもとで、政策金利は2回引き上げられました。1回目は2006年7月に0.25%へ、2回目は2007年2月に0.5%へ引き上げています。この水準は2008年10月まで続きました。

  1.   5  正確には、コアCPI伸び率は2005年11月からプラスに転じ、2006年1月データ(同年3月に公表)はプラス0.5%を示していました。他方、CPI総合については、2005年の同時期はマイナスの値が続いていましたが、2006年1月データはプラス0.5%に達しています。しかし、同年8月にCPIの基準年が2000年から2005年に変更されたことで過去のデータが下方に遡及改訂された結果、これまでプラスの数値とされていたコアCPIおよびCPI総合の伸び率はすべてマイナスの値となりました。こうした改訂は5年に一度実施されていますが、当時の改定幅は(携帯電話通信料等で指数計算方法の変更等があったことから)過去のパターンと比べて想定を超えるものであったようです。
  2.   6  改訂前のコアCPI伸び率は2005年11月から2006年1月までプラスの値を維持していたことと、既に申し上げた情勢判断を踏まえたうえで、条件を満たしたと判断されました。

(3)量的緩和政策は効果的だったのか?

日本銀行のユニークなQE政策により、実額でも対GDP比でもマネタリーベースが急速に拡大しました。マネタリーベースの規模は1990年の38兆円 (GDPの9%)からQE政策の導入直前には65兆円(同13%)にまで増えていましたが、2006年3月にはさらに110 兆円(同22 %)に増加しています。こうした金融緩和の規模は、当時の米国やユーロ圏と比べて非常に大きかったと言えます(図表6)。

実証的には、QE政策の効果とそのトランスミッション・メカニズム(政策効果の実体経済や金融資本市場への波及経路)は、図表7で概念化していますように、(1)第一段階として金融緩和から金融資本市場への波及経路、(2)第二段階として第一段階から実体経済や物価への影響に分けて見ることができます。鵜飼(2006)7論文では、特に第一段階に関連する量的緩和政策の既存の実証文献をまとめて、先ほどもご説明いたしましたQE政策の3つの柱である(a)当座預金残高を増やすことでバランスシートを拡大することがもたらす効果、(b)時間軸政策が短期金利の将来経路に及ぼす効果、(c)長期国債の買入れによる日本銀行のバランスシートの構成変化がもたらす効果に分けて分析しています(前掲図表4)。このうち、(a)と(c)はポートフォリオ・リバランス効果とシグナリング効果を通じて、(b)はシグナリング効果を通じて金融資本市場に働きかけることが想定されています。

実証分析結果では、QE政策の効果は、主として時間軸政策を通じて、イールドカーブを下方に押し下げること(すなわちシグナリング効果)を通じて確認できることが明らかにされています。(a)と(c)によるポートフォリオ・リバランス効果については効果があるという研究とほとんど確認できないという研究の両方があり、明確な結論は出ていません。ただし、長期国債の買い入れについては、リスクプレミアムの引き下げにはほとんど影響がないとの結果が出ている一方、株価については、量的緩和が資本流出を促しその資金を海外のヘッジファンド等が活用して日本株に再投資することで株価の上昇に寄与したとの分析が見られます。

QE政策の効果の第二段階については、それがマクロ経済状況に及ぼす影響を分析した研究は少ないようです。このうち、日本銀行のバランスシートの拡大が総需要や物価に及ぼした効果は限定的とする研究がある一方、QE政策が生産に対して統計的に有意な影響を及ぼしたものの、コアCPIに対してはほとんど影響がないとする研究が見られます8

QE政策の総合的評価については、2006年に、当時の福井俊彦総裁の講演のなかで触れられています9。すなわち、第一に、潤沢に流動性を供給することで金融システムの安定化に寄与しており、特に金融システムの安定性に対して根強い懸念があったときに大きな効果があったことです。潤沢な流動性供給は、増大する金融機関の流動性需要を充たし、それにより1990年代後半の金融危機の際に見られた大規模な信用収縮の再来を回避できました。第二に、QE政策を継続する「約束」をすることで、日本企業の回復を下支えする極めて緩和的な金融環境を形成したことです。特に、銀行の貸出金利や社債の発行金利は、イールドカーブがフラット化し、リスクプレミアムも緩やかに低下しました。その一方で、日本銀行は、これまで、QE政策の副作用として、金利がゼロ%まで低下したことで裁定の機会が失われたことや、市場からの資金調達の必要性がなくなったことで銀行間市場が縮小した点を指摘しています。また、金融機関のクレジットラインが縮小し、金融機関の内部で資金部門の人員削減やシステム投資が抑制され、取引基盤が弱まったとの指摘も聞かれています。

そうした点に加えて、より厳しい事実は、これだけの金融緩和策を実施しても、銀行の融資活動が活発にならなかったことです(図表8)。この原因は、大量な不良債権を抱える金融機関のバランスシートの悪化に対処するための政策対応が遅れたことにありますが、部分的には、多くの人々が不動産価格や株価がいずれは戻ってくるであろうと期待したことで、金融危機の可能性や景気後退の可能性を認めなかったことに求められます。実際、後に、多くの専門家が公的資金を金融機関に供給する必要があるという点で合意したあとでさえも、公的資金の注入は国民の反発に遭いました(白川 2012)10。同時に、企業もバランスシート問題と3つの過剰(雇用、設備投資、債務)を抱えていたことで、投資等の総需要への下押し圧力は大きかったわけです。ただし、こうした状況下にあっても、日本銀行が供給する流動性が銀行の融資活動に及ぼす効果は、小さいながらも統計的にはプラスの効果があったとする研究も見られます(Bowman et al. 2011)11

  1.   7  鵜飼博史、「量的緩和政策の効果:実証研究のサーベイ、『金融研究』第25巻第3号、日本銀行金融研究所、2006年を参照。
  2.   8  安達誠司『円の足枷—日本経済「完全復活」への道筋』、東洋経済新報社、2007年、Fujiwara, I., "Evaluating Monetary Policy When Nominal Interest Rates are Almost Zero," Journal of the Japanese and International Economy, Vol. 20(3), pp.434-453, 2006を参照。
  3.   9  福井俊彦、「低金利環境下における金融市場と実体経済」(第13回国際コンファレンス開会挨拶)、日本銀行金融研究所、2006年を参照。
  4.  10 白川方明、「デレバレッジと経済成長—先進国は日本が過去歩んだ「長く曲がりくねった道」を辿っていくのか?—」、London School of Economics and Political Scienceにおける講演の邦訳、2012年1月を参照。
  5.  11 Bowman, David, Fang Cai, Sally Davies, and Steven Kamin, "Quantitative Easing and Bank Lending: Evidence from Japan," International Finance Discussion Papers No. 1018, Board of Governors of the Federal Reserve System, 2011を参照。

3.第2期:包括的金融緩和(CME)のもとでの金融緩和策(2010年以降)

以上、2000年代前半を中心に、困難な経済状況に対して日本銀行がどのように対応してきたのかをお話してきました。次に申し上げたい内容は、2010年10月から現在まで実施中の「包括的金融緩和(CME)」政策についてです。ただそのご説明をさせていただく前に、2008年9月にリーマンショックを契機に発生した世界金融危機に対して、CMEが導入されるまでに日本銀行がどのような対応をしてきたのかについてお話したいと思います。

(1)短期間で終わった金融政策の正常化プロセス

世界経済情勢は、2008年秋に米国と欧州の金融システムの動揺が高まり、世界金融市場にも波及していくなかで急速に悪化しました。輸出は海外経済の急速な悪化により大きく減少しました。また、企業の設備投資も企業収益と金融環境の悪化によって大きく冷え込みました。そのうえ、円相場が2007年夏から特に対ドルで円高となりました(前掲図表5)。名目実効為替相場も同様に円高へ転じています。家計部門では、民間消費が消費者センチメント並びに雇用や所得環境の悪化によって弱まっていました。このため、2008年の経済成長は悪化する可能性が強く意識されていました。その一方で、CPI総合とコアCPIは2008年夏にかけて国際商品価格が急上昇していたことで伸び率を高めていましたが、それ以降は商品価格の高騰がもたらす影響が次第に弱まり、2008年末までに緩和されていきました。

以上の経済物価情勢を背景にして、日本銀行は、一連の金融緩和を実施しました。まずは政策金利を2回引き下げ、2008年10月には0.5%前後から0.3%前後へ、同年12月にはさらに0.1%前後まで引き下げています。この結果、政策金利を引き上げていくいわゆる金融政策の正常化のプロセスは、ごく短期間に終了しています。さらに、貸付先からの借り入れ申請を受けた場合に日本銀行が融資を実施する「補完貸付制度」に適用される基準貸付金利も同時期に0.75%から0.5%へ、さらに0.3%へ引き下げられています12。同年10月には、日本銀行は、当座預金残高の超過準備に対して0.1%の金利を適用する「補完当座預金制度」を導入しています。この補完当座預金制度のもとでの適用金利(いわゆる付利金利)の有無に関する議論は、後ほどご紹介いたします。

第二に、銀行間市場において長めの金利のさらなる低下を促すことを目的として、期間3か月物の「固定金利方式(0.1%)の共通担保資金供給オペレーション」を2009年12月に導入しています。当初の資金供給枠は10兆円でしたが、これを2010年3月にさらに10兆円拡大して20兆円としています。さらに、同年8月には6か月物も導入し、10兆円の資金枠を設定しています。これらを合計して30兆円の資金が供給されることになりました。

第三に、企業の資金調達に関する安心感を確保する観点から、2008年12月に「企業金融支援特別オペレーション」を導入しています。これは共通担保として差し入れられている民間企業債務の担保の範囲内で金額に「制限を設けずに」政策金利で年度末越えの資金を供給することを目的としています。その後、三回延長されて2010年3月末まで実施されました。また、2009年にはCPや社債の買入れも実施しました。

第四に、2009年12月に「中長期的な物価安定の理解」(2006年3月導入)の明確化が図られています。具体的には各委員が中長期的にみて物価安定と理解する物価上昇率をそれまでの0〜2%程度の範囲内にあり、中心値は大勢として1%程度という表現から、2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心という表現へと変更しています。これは、我が国経済がデフレから脱却するにあたり、日本銀行がゼロ%以下のマイナスの領域は許容していない点を明確にするためです。

  1.  12 「基準貸付金利」(従来、公定歩合と呼ばれていました)は、量的緩和時期の2001年9月に0.25%から0.1%へ引き下げて以来、同水準が維持されていました。2006年3月に同政策解除の際に政策金利(無担保コールレートのオーバーナイト物金利の誘導目標)の引き上げにあわせて、同年7月には0.4%へ、2007年2月には0.75%へと引き上げられました。

(2)包括的金融緩和(CME)の導入に至った経済状況

リーマンショックの発生以来、海外経済は一時的に落ち着きを取り戻し、2009年後半から急速な回復を見せました。これは世界の主要国による積極的な財政政策と金融政策が効果を発揮したためです。しかし、回復のペースは2010年半ばになると財政による需要喚起政策の効果が薄れたこともあって幾分緩やかになり始めました。さらに、ユーロ圏周縁国の債務問題が深刻化し、他の諸国でも米国を中心に先行きの不確実性が高まり、世界の投資家もリスク回避姿勢をいっそう強めるようになりました。その結果、米国と欧州の社債の信用スプレッドは2010年に拡大し、株価は欧米と我が国を含む多くの国で不安定な動きを示しました。外国為替市場では、円は相対的な安全通貨としてみなされたことから、円高が続いていました(前掲図表5)。

我が国経済については、緩やかな回復の兆しが2009年には見られるようになっていました。しかし回復のペースは、海外経済の低迷によって輸出と生産の伸びが低下するにつれて、2010年半ばには減速するようになりました。先行きについても極めてゆっくりとした回復ペースしか見通せませんでしたが、それは海外経済の減速が継続すること、財政による耐久消費財の支出喚起策が終了すること、円高の継続といった点が織り込まれたためでした。

こうした情勢を背景にして、2010年10月に「包括的金融緩和」(CME)政策の導入が決定されました。CME政策は次の三つの柱から構成されています。第一に、金融市場調節方針における金利誘導目標である無担保コールレートのオーバーナイト物金利を0.1%程度から0〜0.1%程度へ変更しています。実質的なゼロ金利政策と言えると思います。補完貸付制度と補完当座預金制度に適用される金利はそれぞれ0.3%と0.1%が維持されました。

第二に、QE政策以来の新たな時間軸政策を導入し、「中長期的な物価安定の理解」に基づく物価安定が展望できる情勢になるまで、実質ゼロ金利政策を継続するとの「約束」(コミットメント)を取り決めています13。物価安定の表現は、2009年12月の2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心という表現が、維持されています。しかし、この政策は2012年2月に、二段階にわたって大きく変更されています。第一段階として、各委員による中長期的な物価安定の「理解」から、日本銀行として中長期的に持続可能な物価安定と整合的と判断される物価上昇率を示す「目途(英語ではゴールと表現)」へと変更がなされました。そのうえで、この目途は「2%以下のプラスの領域」にあるとし、「当面は1%を目途」としました。この目途は原則1年ごとに点検するとしています。第二段階として、時間軸政策を強化し、「物価上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と(後述する「資産買入等の基金」による)金融資産の買入れ等の措置により、強力な金融緩和を推進していく」としています。

この変更には過去のアプローチと比較して2つの意味で大きな転換があったと思います。第一に、中長期的な物価安定についてこれまでは各委員の異なる見解を網羅する形の表現になっていたため、「理解」という言葉が用いられていましたが、今回は委員全員が合意した形で表現する「目途」に転換したということにあります。ある意味で、これまでの各委員の「異なる見方の集合」という位置付けから、日本銀行として「ひとつの見方」を提示することができたわけです。第二に、市場や国民の皆様によっては「目途(ゴール)」という言葉は、「理解」という言葉と比べて、(たとえ日本銀行がデフレに取り組む強い姿勢が変わらなかったとしても)日本銀行による「より積極的なスタンス」を意図しているという感覚を持たれる方々も多くおられることにあります。こうした認識もあって、そうした日本銀行の強い姿勢を行動で示したいという思いもあって、同時に同基金による10兆円の増額を決めたわけです。

第三に、日本銀行は長期金利とさまざまな金融資産のリスクプレミアムを押し下げて金融緩和を実施するために「資産買入等の基金」を導入しました。同基金のもとで買入れる資産は、(残存期間が1〜3年までの)長期国債14、国庫短期証券、社債、CP、指数連動型上場投信(ETFs)、不動産投信 (J-REITs)から構成されています。既存の3か月物と6か月物の「固定金利方式の共通担保資金供給オペレーション」は運用が継続されています。これを含む同基金による残高は当初は2011年末までに35兆円に増額することになりましたが、その後8回にわたって引き上げられ、現在は2013年末までに101兆円まで増額することが予定されています(図表9)。2012年だけでも5回(2月、4月、9月、10月、12月)の増額が行われました。増額は、長期国債(当初1.5兆円から44兆円へ)と国庫短期証券(当初の2兆円から24.5兆円へ)が中心となっています。

  1.  13 ただし、このコミットメントは、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないことを条件とすると明記されています。
  2.  14 資産買入等の基金のほかに、日本銀行は(残存期間が1年以下から30年までの)長期国債を年間21.6兆円のペースで買入れています。これは発行が増え続ける銀行券(日本銀行の負債)の見合いとして買入れています。

(3)量的緩和(QE)と包括的金融緩和(CME)はどのように違うのか?

包括的金融緩和(CME)政策と量的緩和(QE)政策にはいくつかの違いがあります。まず、第一に、資産買入等の基金 はQE政策の時代と比べても、「非伝統的な」金融政策を実施している他の主要先進諸国の中央銀行と比べても、幅広い資産を対象としています。つまり、CME政策の方が、国債だけでなくさまざまなリスク性資産を買入れることによってポートフォリオ・リバランス効果とシグナリング効果をより高めて、長めの金利とリスクプレミアムの低下を強く促していくと考えられます(図表10)。

第二に、CME政策は日本銀行のバランスシートの「資産側」に注目し、同基金残高の「量」そのものよりも長めの金利やリスクプレミアムの引き下げ効果を重視しています。これに対して、QE政策はバランスシートの「負債側」にある日本銀行当座預金残高に注目し、しかもその残高の「量」を増やしていくことを金融市場調節方針の柱として重視しているという違いがあります。つまり、CME政策では、金融緩和によって長めの金利やリスクプレミアムの下げ余地があるのかどうかが重要です。したがいまして、当座預金の大きさはもはや達成すべき「目標」ではなく、金融緩和措置の実施によって「内生的に」決まると考えられています。

第三に、CME政策では、政策金利の誘導目標として0〜0.1%程度を維持する一方で、補完当座預金制度(2008年10月導入)の下で適用金利(付利金利)0.1%が適用されています。これに対してQE政策では短期金利はゼロ%に達していたなかで補完当座預金制度は導入されていませんでした。当座預金の超過準備に対して0.1%を支払っている理由はいくつかあります。ひとつには、先ほどQE政策の評価のところでも指摘いたしましたが、(付利がないと)銀行間市場が縮小してしまい金融機関がいざ必要なときに市場から即座に資金調達することが難しくなる可能性にあります。また、これに関連していますが、付利金利があると銀行間市場の金利に下限が生まれますので、その分だけ市場金利の変動は小さくなると考えられます。これにより、日本銀行は市場金利を大きく変動させることなく銀行間市場に十分な流動性を円滑に供給できるという利点があります。さらに、将来の話になりますが、学術的には、景気回復局面で中央銀行が過度なインフレを引き起こすことなく、金融政策の正常化に向けて円滑に移行できる利点が指摘されています(Svensson 2012)15。付利金利があらかじめ維持されていれば、たとえ当座預金に多額の超過準備が残されていたとしても、(市場金利の下限を形成する)付利金利を引き上げることで市場金利も引き上げることができると考えられるからです。

その一方で、付利撤廃で期待される効果もあるようです。例えば、国庫短期証券やそのほかの短期金利が低下しますので、米国など他国との金利差をもたらすことで為替相場を円安方向に後押しする効果が期待されます。この他、付利撤廃がもたらす影響が定かではないのが、金融機関の貸出行動への影響です。一般論として、付利金利を撤廃すれば金利の付かない当座預金に預けておくよりも民間貸出を増やすインセンティブが高まるという見方がある一方で、付利収入を失うこと等により金融機関の収益が低下すると信用リスクのある民間貸出を伸ばすインセンティブがむしろ阻害される可能性も指摘されています。いずれにしましても付利金利の長所と短所について、その撤廃の有無が経済・物価にどのように寄与するのかを含めて理解と議論を深めていく必要があるように思います。

海外では我が国と同じようなアプローチを、米国連邦準備制度(FRB)が採用しています。FRBは政策金利(フェデラルファンドレート)の誘導目標を0〜0.25%に設定しながら、付利金利を0.25%に維持しています。おそらく、銀行間市場の機能を維持するという狙いがあると思われます。一方、欧州中央銀行(ECB)では2012年7月に政策金利(主要リファイナンスオペレーションに適用される固定金利)を1%から0.75%に引き下げた際に、預金ファシリティの適用金利を0.25%からゼロ%へと引き下げています。ゼロ%に設定した理由は、ユーロ圏では銀行間市場が欧州債務問題の深刻化とともに分断されてほとんど機能しておらず、中央銀行からの借入れに依存する金融機関が多いという実態を踏まえて、銀行間市場の機能を阻害する問題が限定的と判断されたのではないかと考えられます。

  1.  15 Svensson, Lars E. O., "Practical Monetary Policy: Examples from Sweden and the United States," NBER Working Paper Series No. 17823, 2012を参照。

(4)日本銀行の金融政策運営はインフレーション・ターゲティングと異なっているのか?

世界には、いわゆる「インフレーション・ターゲティング(以降、略してインフレ・ターゲティングと呼ぶ)」を採用している諸国があります。例えば、英国、カナダ、スウェーデン、ニュージーランド、ノルウェー等が挙げられます。インフレ・ターゲティングは、現実には元々の厳密な意味(つまり、物価の安定だけに焦点を当てる方針)で採用している国はなく、全ての採用国がいわゆる「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」を採用していると、金融論の分野では世界的権威かつスウェーデン中央銀行(Riksbank)の副総裁であるLars E. O. Svensson博士が指摘しています。フレキシブル・インフレ・ターゲティングは、インフレと需給ギャップのそれぞれの見通しが、インフレはインフレ目標の近くで、需給ギャップは持続可能な水準の近くで最も安定化すると思われる政策金利を設定することを試みる枠組みです。したがいまして、単純にインフレ目標をいかなるコストを払っても達成するというものではなく、インフレ安定化とマイナスの需給ギャップの縮小との間でうまくバランスをとるような政策金利を設定しようという枠組みです。つまり、インフレ目標を達成するにあたり、現実には様々な予期せぬショックが発生しておりますので、それらが経済成長に及ぼす影響にも配慮しながら、柔軟に金融政策を運営するという考え方に立っています。

さらに、世界金融危機が金融政策に与えた教訓として各中央銀行に共有されている見方は、インフレ目標や物価安定だけに着目した政策運営では、インフレを低い水準に維持できても、リーマンショックを契機とする金融危機の発生を回避できなかったということです。つまり、多くの中央銀行がこれからはインフレないしは物価の安定だけではなく、「金融不均衡」にも注目してそれが拡大しないように金融政策を運営する必要があると考えるようになっています。こうした観点からも、フレキシブル・インフレ・ターゲティングを採用する多くの国では、金融政策の「柔軟性」を維持することが重要であり、場合によっては実際のインフレがインフレ目標から乖離することを容認するようになっています。実際、かなり長い期間にわたって実際のインフレがインフレ目標から乖離する採用国も複数見られます。

こうしたなかで、日本銀行はインフレ・ターゲティングを採用していませんが、経済成長や金融不均衡にも目配りしながら金融政策を柔軟に運営している点で、フレキシブル・インフレ・ターゲティング採用国と共通しています。この他にも、類似点がいくつかあります。

第一に、中長期的な物価安定の目途を「2%以下のプラスの領域」としており、幾つかの採用国がインフレ目標として設定する「2%」のインフレ率を排除しておりません。インフレ率の目途が単一の数値ではなく範囲で示されているのは、各委員が異なる見解をもっているなかで合意に至るために必要であったからです。また、「当面は1%を目途」とした理由のひとつは、過去の物価動向を考慮していることにあります。具体的には、我が国の物価変化率が長期にわたって低い水準で推移していることを踏まえて、企業・家計の経済活動や物価安定の認識がその低い水準に基づいている可能性があり、より高いインフレ率が許容されるような経済物価環境を徐々に作り上げていく必要があると考えられることにあります。もうひとつの理由は、企業や家計に負担にならない形でより高いインフレ率を目指していくには、政府、日本銀行、金融機関、企業等あらゆる経済主体による成長力強化の努力が必要ではないかと判断されたからです。そうした各主体の努力が結集されて実を結べば、1%以上のインフレ率も十分実現しうると思います。なお、中長期的な物価安定の目途やその数値については、日本銀行の白川方明総裁(金融政策決定会合議長)が2012年12月の金融政策決定会合後の記者会見で、2012年2月に変更して以来ほぼ1年が経過するので、1月の次回会合において議論すると述べています。

第二に、日本銀行は1%を目指してCME政策を推進していくことをコミットしています。これは市場や国民との「約束」ですのでとても強い意味をもっております。その点では、フレキシブル・インフレ・ターゲティングを採用している国との違いはないように思われます。とはいえ、もし日本銀行のそうした意図が十分に伝わっていない場合には、コミュニケーション手法あるいは戦略の工夫が必要だと言えるのかもしれません。

第三に、日本銀行もフレキシブル・インフレ・ターゲティング採用国も、向こう数年程度の経済成長と物価の見通しを打ち立ててそれを定期的に報告書として発表している点で共通しています。日本銀行の場合には、いわゆる「展望レポート」と呼ばれる報告書を年に2回(4月と10月)に発表しています。そこではベースライン・シナリオを策定し、我が国経済がより長期の視点でみて「物価安定にもとづく持続的な成長経路」に復していくかどうか、その蓋然性やその見通しの上振れ下振れリスクについて確認・検討しています。また、7月と1月にはそれらの見通しの中間評価を行って修正した見通しを発表しています。

第四に、今申し上げたことに関連していますが、日本銀行もフレキシブル・インフレ・ターゲティングを採用している国も、金融政策運営においてはともに「実際のインフレにもとづくアプローチ」ではなく、「インフレ・フォーキャスト(インフレ予測)・アプローチ」を採用しています。Svensson博士によれば、これは「現在」のインフレが、本質的には(1)企業や家計が過去に意志決定をした経済行動、(2)過去に取り決めた賃金契約、(3)様々なショックやその他の要因(たとえば消費税等)によって影響を受けているため、金融政策をもってしても中央銀行は「現在」のインフレに対して「不完全に」しかコントロールできないということを意味しているからです(Svensson 1996)16。さらに、金融政策がインフレに影響を及ぼすまでには、経済状況にもよりますが通常は1.5〜2年の「ラグ」を伴いますので、市場と国民がそうした金融政策をモニターし評価を下すにはそれだけ先にならないと適切に実施できない面があります。

これらの理由から、Svensson博士は中央銀行が影響力を行使できるのは「現在」のインフレではなく、「将来」のインフレ、つまりインフレ「予測」だけである、と説明しています。このことから、インフレ「予測」はインフレ「目標」(ないしは目途)の達成に向けた「中間目標」(intermediate target)と位置づけられます。重要なポイントは、この「予測」を段階的に「目標」に近づけていけるように金融政策を運営することにあります。この観点から、日本銀行の時間軸に関する表現、すなわち「物価上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、・・・強力な金融緩和を推進する」のなかの「見通せるようになるまで」という表現は、まさにインフレ予測アプローチに根差していると言えるわけです。こうしたアプローチは採用国だけでなく、FRBを含む主要諸国の中央銀行で一般的に用いられています。しかし、この「見通せるようになるまで」という表現に対して、受け身的なニュアンスがあり、日本銀行が1%の目途を達成しようとする強い意志が感じられないとの意見も耳にします。したがいまして、どのようにして日本銀行の趣旨が正しく伝えられるかは、今後さらに検討を続けていく必要があると思っています。

  1.  16 Svensson, Lars E. O., "Inflation Forecast Targeting: Implementing and Monitoring Inflation Targets," NBER Working Paper No. 5797, 1996を参照。

(5)包括的金融緩和(CME)政策は効果があったのか?

包括的金融緩和(CME)政策はQE政策のように量をターゲットにしたわけではありませんが、結果としてマネタリーベースが大幅に拡大し、その規模はQE時代で実現したピークの規模を優に超えています(前掲図表6)。ここで冒頭のお話を思い起こしていただきたいのですが、日本銀行は既に1990年代から金融緩和を実施しており、かなりの規模でマネタリーベースが拡大しています。このため、リーマンショックが発生した2008年9月当時のマネタリーベースを(経済規模が大きく異なる国・地域を国際比較するために)対GDP比で比較すると、米国やユーロ圏よりもかなり高い水準にありました。

しかしリーマンショック後、欧米では深刻な金融危機に陥りましたので、両地域の中央銀行は大量に資金供給を行っています。一方、我が国の金融機関は既に1990年代に金融危機に直面してからはバランスシートの健全性を回復していましたので、今回は金融危機の再発を免れることができました。それでも、CMEのもとでマネタリーベースの規模は拡大しており、現在ではGDPの26%に到達しています。米国の17%、ユーロ圏の18%と比べてもかなり大きくなっていると思います。

このように緩和的な金融環境のもとで、我が国の金融資本市場は安定しています。銀行間市場のオーバーナイト金利はかなり低い水準で推移していますし、ターム物金利や貸出金利も低下しています(図表11)。全体として、銀行借入れやCP・社債の発行による企業の資金調達コストは歴史的に最低水準まで低下しています。しかも、国債の長期利回りについても着実に低下しており、特に3年ゾーンまでの利回りが低下しフラット化しています。東日本大震災が発生した直後も市場は安定しており、これは投資家のコンフィデンスが悪化することがないように日本銀行が金融システムに大量の資金を迅速に供給したことも功を奏したようです。

この間、実証分析をみると、イベントスタディによればCME政策は金融資本市場に一定のプラスの効果があったことが確認されています。金融緩和の直後には、長期国債の利回りもあらゆる年限で低下したことが示されています。投資適格社債の利回りは全体的に低下し、発行環境も改善しています。REITs価格も上昇しています。金融緩和は円高のさらなる進行を抑え、株価を下支えしています。また、金融緩和の発表時と実際の金融資産の買入れ時とで比較すると、発表時の方が金融資本市場への影響が大きいことが明らかにされています。このことは、投資家が、日本銀行による将来の金融資産買入れの影響を、発表と同時に直ちに価格に織り込んでいることを示しています17

しかしながら、QE時代と同様に、企業の外部資金需要は弱い状態が続いています。キャッシュフローが改善していることや内外の財サービスへの需要が低迷していることが原因です。銀行の企業・家計向けの融資残高は最近では増加傾向を示していますが、ペースは緩慢です(前掲図表8)。銀行貸出が伸びない理由としては、QE時代は銀行が不良債権処理に直面していたこと(資金供給側の要因)や企業も過剰債務を抱えていたことで資金需要が乏しいこと(資金需要側の要因)が主因でした。しかし、現在では、そうした問題は解消されており、金融機関の貸出態度が積極的であるにもかかわらず、主として経済取引の低迷に伴う資金需要不足で貸出がさほど伸びていません。このことは、問題の背景に、一つの要因として構造的な問題が内在している可能性を示唆しています。私のお話の最後の部分でこの点について触れさせて頂きたいと思います。

  1.  17 例えば、Lam, W. Raphael, "Bank of Japan's Monetary Easing Measures: Are They Powerful and Comprehensive?," IMF Working Paper WP/11/264, 2011を参照。

4.金融政策運営に関連する構造的問題

最後に、金融政策運営をとりまく経済環境に影響を及ぼす構造的変化とこうした課題に対する日本銀行の取り組みについてお話していきたいと思います。

(1)マクロ経済状況に影響を及ぼす構造的問題

ご存じのように、人口動態の変化は我が国が現在直面する最も重要な構造的問題のひとつです。我が国は人口動態の変化とそれがもたらすマクロ経済問題に既に直面しているという意味で、世界に先行しています。我が国では、既に1990年代半ばから「生産年齢人口」(15〜64歳)の絶対数が減少しており、このペースは今後加速していくと推計されています(図表12)。「総人口」については高齢者数が増えているのでこれまでは生産年齢人口ほど極端な減少トレンドは見られていませんでしたが、ついに2011年から減少局面に入っています。人口減少率も今後加速していく見込みです。この結果、我が国は既に世界で最も高齢化が進行した社会へと変容しているのです。生産年齢人口と総人口と伸び率がともに急速にマイナスに転換している状況は、世界でもまだ我が国しか経験していません。

では、そもそも何故、我が国の人口動態は世界に先行するほど変化しているのでしょうか。端的に言えば、出生率の低さ、移民の純流入の少なさ、及び高齢化が同時に起きていることにあります。まず、(合計特殊)出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す)の低さですが、米国(現在は2.01)との差は歴然としています(図表13)。出生率については我が国(1.39)、ドイツ(1.39)、イタリア(1.41)との差はほとんど見られませんが、欧州先進諸国のなかにはほぼ米国と並んで出生率が高いフランス(2.03)のほか、英国(1.98)、スウェーデン(1.98)、フィンランド(1.87)等の相対的に高い国もあります。とはいえ、アジアのなかには日本よりも出生率が低い韓国(1.22)、シンガポール(1.15)、香港(1.11)、台湾(0.90)、といった諸国・地域がありますので、我が国だけが低い水準に直面しているわけではありません。しかし、我が国がそれでも人口動態の変化で世界に先行するに至った理由は、移民の純流入が少ないうえに、後述する高齢化と高齢者人口の急速な増加に直面していることにあるようです。移民の「純流入率」(1000人あたりの人口に対する移住者と流出者の差)について言えば、シンガポール(15.62)は非常に高く、イタリア(4.67)や米国(3.62)も高いです。ドイツ(0.71)は相対的に低めですが、我が国(0)を上回っています。

つぎに、高齢化についてですが、まず、高齢者の方々をどの程度の勤労世代の方々が支えているのかを示す「高齢者従属比率」、すなわち 高齢者人口(65歳かそれ以上)を生産年齢人口(15〜64歳)で割った比率、を見てみましょう。これによりますと、我が国では2000年代から急速なペースで同比率が上昇していることが明らかです(図表14)。世界で我が国に次いで高齢化が進行しつつあるのが欧州で、その中でもドイツとイタリアが筆頭にあげられます。図表14はそのドイツやイタリアと比べても、我が国の高齢者従属比率が急速なペースで高まっており、足元ではさらにその差が開いていることが見てとれます。

さらに、我が国は高齢化が欧州や米国と比べても進展していることが分かります(図表15)。また、高齢者人口が総人口に占める割合(高齢者人口比率)を見てみますと、現在、我が国が23%と世界最高水準に位置しており、ドイツとイタリアはそれぞれ20.6%とその後を追っています。ちなみにフランスはまだ17%、米国は僅か13%に過ぎませんので、これらの国でも高齢化とそれが財政や社会保障負担に及ぼす影響が取りざたされてはいますが、我が国と比べればまだ人口動態の変化が相対的に初期の段階にあるようです。またアジアでは人口動態の変化が我が国や欧州と比べてより将来的な課題としてとらえられていますが、その理由は出生率が低い国・地域であっても高齢化のペースはより緩やかなため、高齢者人口比率がまだ相当程度低い水準にあるからのように思います。ちなみに、出生率の低いアジア諸国について高齢者人口比率をご紹介しますと、香港(13%)、韓国と台湾が約11%、シンガポール(9%)程度に過ぎませんので、既に23%に到達する我が国とは大きな開きがあることが分かります。

つまり、我が国の人口動態の変化を一言で申し上げれば「少子高齢化」のペースが速いということになります。生産年齢人口と総人口の低下はドイツが後を追っていますが、移民の流入がある分だけそのペースを幾分和らげることができるようです。米国についてはこれらの指標が低下する兆しは全く見られません。このことから、人口動態がマクロ経済および金融政策運営をとりまく経済環境に及ぼす影響を考えるうえで、我が国と米国について同じ土俵で論じるのはなかなか難しいのではないかと感じています(図表16、17)。

(2)構造的課題は金融政策運営にとって何故重要なのか?

こうして人口動態の変化を概観してきましたが、そこで皆様は「人口動態の変化が我が国のマクロ経済状況に一体どのような影響を及ぼしているのか」との疑問をもたれているかと思います。そこで、その疑問に対する私なりの考えをお話しさせて頂くにあたり、まずは我が国の「経済成長」の趨勢について見て行きたいと思います。

人口動態の変化、とりわけ生産年齢人口の低下は、我が国の「潜在」成長率および「実際」の成長率を過去10年以上の期間にわたって下押ししてきました(図表18)。この影響は様々な経路を通して生じており、例えば、労働人口の直接的な低下による経路の他、労働生産性の伸び率の低下や製造業から非製造業へ向けた消費構造の転換等を通じて影響が生じています。さらには、「成長期待」がなかなか高まらないこと(つまり、企業にとっては国内における自社の財・サービス市場がこの先拡大していくとの見通しを立てにくいこと、家計にとっては将来の収入増加が期待しにくいこと等)、あるいは企業の設備投資や家計の住宅投資が減少していくといった経路を通じても、人口動態が「経済成長」に影響を及ぼしていくと考えられます(図表19)18。このことからも、人口動態の変化がもたらす経済の下押し圧力を緩和する(あるいは上回る)労働生産性の伸び率(すなわち、労働者1人あたりの実質GDP成長率)を引き上げ、同時に急速な人口動態の変化に対してどのようにして対処していくのか考えて行く時期にきているように思います(前掲図表18)。

次に、人口動態の変化が及ぼす影響は、「需給ギャップ」にも及んでいると考えられます。需給ギャップは1990年代半ば以降から今日までの大半の時期にマイナスの値(供給超過状態)が続いています。一般的に、マイナスの需給ギャップは景気循環的な要因や経済に対する一時的なショック(例えば、天災等)によって起きると考えられています。実際に、我が国の場合、これまで相次ぐショックに見舞われてきました。主なものでは、1990年代初めの資産バブルの崩壊、1990年代後半の東アジア通貨危機と我が国の金融危機、2000年代初めの米国ITバブルの崩壊、2008年の世界金融危機、2010年以降の欧州債務問題、2011年の東日本大震災とタイの洪水、最近では日中関係の影響などが挙げられます。こうしたショックが発生するたびに、マイナスの需給ギャップが縮小する動きが停止して再び悪化するという事態が繰り返されてきました。

これらに加えて、構造的要因が長期にわたるマイナスの需給ギャップの存在に寄与しているように思われます。一般的には、需要不足であれば企業がそれに合わせて生産調整するので需給ギャップは比較的早く縮小していくとの見方があります。しかし、我が国ではこのような状況が起きているとは言いにくい面があります。ここで、話を分かりやすくするために、需要が減少し衰退しつつある産業を想定してみましょう。そうした産業で、仮に企業が利益率が低下していても従来型の業務を継続しており、新たに生まれつつある産業やまだ顕在化していなくても潜在的には大きいと見込まれる市場(例えば、高齢者向けの財・サービス市場、医療・介護、医薬品、ロボット、エネルギー関連等)があるにもかかわらず、新しいビジネスモデルへと転換していく企業が少ない場合にはどうなるでしょうか。この場合、従来型産業では供給能力が需要の大きさを上回り続けるために、マイナスの需給ギャップは存続しなかなか縮小していかないことになります。その一方で、新しい産業あるいは潜在的に市場拡大が見込まれる産業では、諸規制、新産業への支援の在り方、企業の対応の遅れ等もあって急ピッチで拡大していかないのかもしれません。その分だけ、新たな需要を十分取り込めていませんので、新たな産業でも需給ギャップがなかなかプラス(需要超過状態)になりにくいとも言えます。この結果、経済全体でみてマイナスの需給ギャップが長く続くだけでなく、それが解消した後でも経済成長率がさほど高まらない可能性があるのです。

さらに、我が国では「緩やかなデフレ」状況が続いていますが、それについてもこうした構造的要因と深い関わりがあるように思われます。我が国経済が持続的に経済成長を続けながら物価が継続的に上昇していく環境を整えていくには、これらの構造的な要因を解消していくことが必要であり、そのためには少なくとも次のような三つの経済状態が実現していくことが大切だと思います。ひとつには、需給ギャップがマイナス(供給超過状態)からプラス(需要超過状態)に転換しその状態を維持・拡大することが必要です。さらには、企業・家計による将来の「成長期待」が高まっていけば、インフレ期待もさらに高まっていく可能性があります(図表20)。そして、企業の価格競争力や利益率にマイナスの影響を及ぼすことなく家計の所得・賃金を持続的に引き上げることができれば、企業の販売価格が引き上げられても(購買力が低下しないので)家計が緩やかな物価上昇を受け入れる状況が生まれていくと思います。これらの経済状態は相互に関連していますが、なかでも成長期待を高められれば、需給ギャップや家計の所得・賃金環境にもプラスの影響が及び、物価が継続的に上昇する流れが強まっていくように思われます。

  1.  18 関連するテーマで私が講演した内容として、白井さゆり「人口動態の変化は我が国のマクロ経済に影響を与えているのか?—金融政策へのインプリケーション—」、フィンランド中銀、スウェーデン中銀、ストックホルム大学セミナーにおける講演(9月3日-7日)の邦訳、2012年9月;並びに、白井さゆり「少子高齢化を迎えるアジア地域と我が国の金融経済情勢」、熊本県金融経済懇談会における挨拶要旨、2012年11月があります。

(3)潜在成長率と資金需要を高めるための日本銀行の取り組みについて

以上を背景にして、日本銀行は、金融政策を通じてどのようにしてこうした構造的な課題やマクロ経済のパフォーマンス改善に取り組むことができるのか、以前から考えてきております。具体的には、2010年6月に、潜在成長率や労働生産性の引き上げに寄与するために「成長基盤強化を支援するための資金供給オペレーション」の導入を決定いたしました(図表21)。これは、民間金融機関による成長力強化に向けた融資・投資の取り組み実績をもとに、長期かつ低利の資金を供給することを目的としています。この資金が金融機関を通じて新たな需要を取り込むような企業や事業に回っていくことで、我が国の成長力や生産性が高まっていくことが期待されます。貸付期間は原則1年、3回まで借り換えが可能ですので、最長4年の長期資金を供給しています。貸付利率は政策金利(現在0.1%)としています。貸付総額の上限は当初の3兆円から2012年3月には3.5兆円へ増額しています。2012年3月には、小企業の支援を目的に、小口の案件にも日本銀行の資金供給が及ぶように「小口投融資を対象にした新たな資金枠」を導入し、新たに5000億円の資金枠を導入しています。

この成長基盤強化支援制度のもとで、新たな取り組みも行っております。まず、2011年6月には、金融機関による出資等や「動産・債権担保融資」(いわゆるAsset-based Lending等の不動産担保や人的保証に依存しない融資)を促進するために、新たな貸付枠「出資等に関する特則」を設定しています。この資金枠では貸付期間は原則2年とし、1回の借り換えができますので最長4年の融資をしております。貸付利率は0.1%で、資金枠の上限は5000億円としています。さらに、2012年4月には、我が国の成長力強化に資すると認められる、1年以上の外貨建て投融資に対して、日本銀行がもともと保有する米ドル資金を活用して、ドル資金を供給する「ドル資金供給に関する資金枠」も導入しています。貸付期間は1年ですが3回借り換えができますので最長4年の資金供給ですし、貸付金利はドル6か月物LIBORを適用しています。上限額は120億ドルです。

次に、日本銀行では、2012年10月に、金融機関に対して企業・家計向けの「ネット貸出増加額」に応じて、希望があればその全額を長期・低利で無制限に資金を供給する「貸出増加を支援するための資金供給オペレーション」の導入を決定しました(図表21)。金融機関が日本銀行から実績に応じて借り入れる際に、貸付期間は1年、2年または3年を選択可能で、最長4年までの借り換えを行うことができます。資金供給の対象となる貸付には、金融機関の海外店舗での融資や外貨建て融資も含めており、貸付金利は政策金利(現在は0.1%)です。つまり、金融機関にとって「かなり長め」の資金を低金利で得られるので、それによって金融機関が新たな顧客や案件を発掘して貸出に向けた積極的な取り組みが促されることを期待しています。最近、民間部門の総資金調達(銀行借入れ、CP・社債発行等)はプラスに転じており、なかでも銀行借入れが緩やかに伸びております。最近の貸出実績は15兆円ほどなのでそれを上回る融資活動が生まれることを期待しています。そして、この資金供給と成長基盤強化支援制度を合わせて「貸出支援基金」と命名しています。同基金の実施期間は2014年3月末までとしています。

5.結語

最後に、我が国経済の先行きあるいはデフレ脱却の見通しについて、私自身は希望をもって見ていることを強調しておきたいと思います。わが国経済の先行きは、企業や金融機関が成長力強化への取り組みを活発化する一方で、政府がそうしたビジネス環境を整備し、日本銀行の金融緩和の効果がそうした動きを下支えするなかで、それらの成果が徐々にあがっていく可能性があるからです。我が国の技術を以ってすれば、多くの分野で最先端の研究開発や商品・サービス開発が期待されますし、それらの開発の多くが成熟した高齢化社会においてより便利で生活しやすい環境を生み出すことに貢献すると思います。また、そうした成果は高齢化が現在進行中の欧州や将来的に急ピッチで高齢化が進むと見込まれるアジア諸国でも今後活かされていく可能性があります。このような状況が実現あるいは見通せるならば、企業・家計の成長期待も緩やかに高まっていき、そうしたもとで投資や消費が活発化し、物価の下落圧力は次第に弱まっていくのではないかと考えています。

我が国は極めてチャレンジングな経済環境にありますが、日本銀行は今後とも金融緩和政策ならびに長期・低利の資金供給を通じて民間の経済活動を下支えしていきたいと考えています。我が国経済がデフレからできるだけ早期に脱却し、物価安定のもとでの持続的な経済成長を達成するために日本銀行が重要な役割を担っていることは十分認識しております。今後ともこうした環境のもとで日本銀行として何ができるのか、どのような工夫ができるのか先入観を持つことなく前向きに検討し、真摯に取り組んで参りたいと思います。また、日本銀行の金融政策についてより多くの国民や世界の皆様にご理解していただけるように、分かりやすさという観点からコミュニケーションの一層の工夫等を通じて、私自身、できる限りの努力をして参りたいと思っております。

ご静聴、誠にありがとうございました。